グレート ジャーニー。 大江戸グレートジャーニー ~ザ・お伊勢参り~ 4話 動画 2020年6月27日

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グレート ジャーニー

新たなる挑戦の旅路へ -日本人のルーツをたどる新グレートジャーニー- 気の遠くなるような道のりを踏破し、感慨にひたる関野氏だったが、その心の中には既に次の旅への構想ができていた。 かつてのグレートジャーニーは人類発祥の地をたどる旅だったが、今回は「人類が日本列島にやってきたルートをたどる旅」をテーマに選んだ。 新グレートジャーニーと呼ぶにふさわしい壮大なプロジェクトを胸に、関野氏の新たな挑戦が始まった。 「自然から素材をとってきて自分たちで作る」 工具造りからはじまる新グレートジャーニーのもう一つのテーマ。 関野氏のこだわりは旅のルートだけに留まらなかった。 探検家であると同時に武蔵野美術大学教授としての一面を持つ彼は、今回の旅に使う舟を手作りしたいと考えたのだ。 学生たちと共に原材料を採集し、そこから工具、縄、保存食等の準備が始まった。 砂浜から磁石を使って砂鉄を集め、刀鍛冶の河内國平氏と野鍛冶の大川治氏の協力のもと斧、ノミ、ナタ、チョウナが出来上がった。 帆を結うなど様々な場面で使用する縄はシュロという木から造り上げた。 市販の物に頼らず、あえて原材料の収集からスタートする。 それはかつてグレートジャーニーで近代動力を使用せずに徒歩、自転車、カヤック、そして動物たちの力を借りて移動し続けた彼ならではの発想だ。 工具が完成すると、航海に使用する舟を造るための木を探すため2008年の夏、学生たちとともにインドネシアへと渡った。 丸木舟を造るために相応しい太さを持った木を探すのは並大抵のことではなかったが、インドネシアに渡航してから2ヶ月半、周囲6メートル以上、長さ約54メートルの大木が見つかった。 現地の人々の協力を得てこの大木を使用した丸木舟造りが始まった。 形質人類学、考古学、遺伝学、古生物学、文化人類学などの学際的研究から日本人の祖先は「グレートジャーニー」から3つの主要ルートをたどって日本列島へやってきたと考えられている。 ヒマラヤ北部からサハリンを経由して北海道へと到達した「北方ルート」、ヒマラヤ南部からインドシナ半島を通り、朝鮮半島を経由して九州へと到達した「南方ルート」、そして東南アジアから島伝いにオセアニアへと移動し、黒潮にのって九州に到達した「海上ルート」。 これら3つのルートをたどるべく2004年7月から「新グレートジャーニー 日本列島にやって来た人々」がスタート。 シベリアを経由して稚内までの「北方ルート」と、ヒマラヤからインドシナを経由して朝鮮半島から対馬までの「南方ルート」を終えると、最後のルートとなるインドネシア・スラウェシ島から石垣島まで手作りの丸木舟による4000キロの航海「海のルート」へと出発。 嵐や向かい風で舟が思うように進まなかったり、月や星が見えない夜は方向決定に苦労したが、それでも日本への道のりをあきらめることなく舟は進み続けた。 舟の上で釣った魚を食べたり、訪れた港で現地の人々と交流したりと、様々な文化に触れつつ、日本人の先祖がたどったであろう道をたどった。 そして、2011年6月13日、手作りの丸木舟による4000キロの航海「海のルート」はついに石垣島・浜崎マリーナへゴールしたのだった。 ONYONEは関野吉晴さんのサポートをこれからも続けていきます。 壮大な探検に私達オンヨネも魅了されて関野吉晴さんが必要とするウェアをサポートし続けています。 関野吉晴さんの旅のスタイルは自転車・カヌー・徒歩など、できる限り自分の力で旅を続け、さらに南米最南端からアフリカまで過酷な自然環境での旅はけして楽な旅ではありません。 過酷な自然環境に対応できるウェアを継続して提供出来た事は、私達オンヨネの技術の歴史でもあります。 南米から北米へ。 そしてユーラシア大陸から人類が生まれた地であるアフリカまでのその距離、約5万キロ。 人類の歩んだ道のりを遡る尊い旅。 私達オンヨネのウェアがどんな時も一緒に旅をして来た事に対して、もしかしたら『人間に一番身近な道具がウェアかもしれない。 』と改めて気づかされました。 そんな時、関野吉晴さんから、インドネシアのスラウェシ島を出航して足かけ3年、6月13日に関野吉晴「新グレートジャーニー 海のルート」が4000キロの航海を終えて、沖縄県石垣島にゴールした連絡が届きました。 それは1993年12月にスタートした「グレートジャーニー」10年間の旅、そして「新グレートジャーニー 北方ルート・南方ルート・海のルート」を合わせれば18年間の長きにわたる旅が、ひとまず完結した事を意味していました。 関野吉晴さんの報告会や報道予定が決まりましたら当サイトでもインフォメーションにてご紹介する予定ですのでお楽しみに。

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グレートジャーニー (Great Journey)

グレート ジャーニー

もともとぼくは、もう44年前、 1971年に初めてアマゾンに行きました。 そこから20年間は、南米ばかり歩いてきました。 最初の10年はアマゾンをめぐりました。 10年後からはアンデスとか、パダゴニアとか、 ギアナ高地とかも行くようになりました。 ただ、アマゾン以外の南米でも、 リマなどの大きな町にはいないで、 ほとんど先住民の人たちと一緒に暮らしていました。 そして、南米以外は知らない状態でした。 南米の先住民の人たちと日本人って 見た目がよく似てるんですね。 ぼくが町から彼らの村に帰ってきて、 お土産の太鼓とか弓矢とかを持って 裸足で歩いてると、かならず呼び止められて、 「あんたは何族だい?」と言われるほどなんです。 そういったこともあり、ずっと 「この人たちが、どうやって この土地にきたかを探る旅をしたい」 と思っていたんです。 彼らがどこからやってきたかというと、 アフリカなんですね。 今、72、73億いるわたしたち人類は すべてアフリカで生まれているんです。 6万年前、アフリカに ホモ・サピエンスが登場しました。 6万年前がどのくらい前か、 ちょっと想像してみましょうか。 じゃあ、曾おじいちゃんや曾おばあちゃんの 名前を知っている人は? すごいですね、けっこういます。 ふつう1人くらいいるものなんですが。 (会場笑) 研究者はだいたい1世代を30年と見ています。 その計算だと、 「10世代前」は300年前です。 江戸時代の真ん中から少し前くらいです。 ただ、その「10世代前」の先祖ですら わかる人がいませんから、 「100世代前」までたどれる人は、まずいないですね。 でも「100世代前」の先祖がいないと、 わたしたちはいないんです。 たとえば1センチに1世代ずつ名前を書いたら、 1メートルあれば書ききれる長さです。 この「100世代前」の祖先が暮らしていたのは さきほどの計算だと3千年前。 縄文時代です。 もっとも縄文時代は文字がないですから、 名前を書こうと思っても、 残せた人はいないはずですけど。 じゃあ、もっともっと遡ってみて、 「2000世代前」になるとどうでしょう? 途方もない昔かもしれませんが、 これも、1センチに1世代ずつ書いてみると、 20メートルで書けちゃうんです。 この、20メートルで書けてしまう わたしたちの「2000世代前」の祖先が どれほど前の人たちかというと、 ざっと6万年前なんですね。 名前を1センチにひとつずつ書いて 20メートル先にあるわたしたちの祖先は、 みんなアフリカにいたんです。 今、人種差別の問題は まだ完全には消えていませんけど、 でも、たった2000世代たどれば、 みんな同じアフリカにいたんです。 祖先はみんなアフリカにいたけれど、 今の見た目がそれぞれに違うのはなぜか。 それは、みんな環境に適応したからです。 たとえばスウェーデンとかデンマークの人は 肌が白いですけど、実は彼らの祖先も 2000世代前は浅黒い肌を持っていました。 アフリカでは紫外線が強いので そこから体を守らなければいけませんから みんな浅黒い肌をしていたんですね。 でも、北に住むようになると、 太陽の光が弱いんです。 紫外線は人間にとって有害でもあるけれど、 人間は、太陽の光をもとに自分の肌で 生きるために必要なビタミンDを作るんですね。 だけど北に行って、肌が黒いままだったら、 ビタミンDを作るのに十分な光を 肌に取り込むことができず、 骨の異常が起こって、早死にしてしまうんです。 だからそのとき、北の地域では 突然変異して、肌が白くなった人たちが 生き延びたんです。 そんなふうにして、 何千年、何万年という時間をかけて適応して、 人々は見た目の違いができてきたんですね。 さて、ぼくの話に戻ります。 6万年前にアフリカにいた人類は、 何万年もかけて、世界各地に散らばりました。 アフリカを出て世界中に拡散した人々の旅路を、 イギリス人の考古学者が 「グレートジャーニー」と名づけているんですけど、 ぼくはこの「グレートジャーニー」を 10年かけて、逆にたどってみたんです。 人類が世界各地に拡散した道のりの中で、 いちばん距離の長い アフリカから南米の先端までのルートです。 スタート地点は南米の最南端。 ゴールはアフリカ・タンザニアのラエトリ遺跡です。 この遺跡には360万年前の人類の 家族の足跡の化石があるので、そこにしました。 南米の最南端からラエトリ遺跡までは 約5万3千キロ。 昔の人々がどんなふうに広がっていったのかを 自分の肌で感じてみたかったから、 ぼくはすべて、自転車や手漕ぎボートなどの 自分の力だけを使って、そのルートをたどりました。 飛行機や自動車などは一切使いませんでした。 ただし、乳牛、トナカイ、馬、ラクダといった 動物の力は、 「自分で触れるならいい」というルールにしました。 そのグレートジャーニーの旅で 気づいたことはいろいろありますが ひとつに「人々が拡散した理由」があります。 ぼくはもともと、 アフリカにいた人々が、はるか遠く、 南米の最南端まで拡散していったのは、 人々の「好奇心」や「向上心」が理由かと 思っていました。 「あの山の向こうには何があるんだろう」 「あっちならもっといい暮らしが できるんじゃないか?」 そういった思いを理由にして 人々は南米の最南端まで到着したんじゃないかと 予想していたんです。 でも「好奇心」や「向上心」が理由だったら、 南米の最南端にいるのは いちばん「好奇心」や「向上心」の強い、 新進の気鋭にとんだ人々のはず、ですよね。 だけど南米の最南端に行ってみたら ぼくが訪れた当時、もうそこには 2人しか暮らしていませんでした。 絶滅寸前だったんです。 現在はもう1人しか住んでいません。 そして彼らは、海に潜って 貝を採ったりして生きていました。 これは要するに、 「ほかを追い出された弱い人たちが 結果的に、先端に到達した」 ということだと思うんです。 ラオスでも同じような例を知りました。 山の上で米を作る「モン族」という人たちがいます。 彼らは、暮らしやすい長江、揚子江から 逃げて、追い出されてきた人々なんです。 要するに、どちらも 弱い人たちがだんだん突き出されて、 そこに暮らすようになった、ということなんですね。 人が増えたり、よそから人がやってきたら、 残るのは強い人で、弱い人が突き出されます。 弱い人はみんな、追い出されて新しい土地に行く。 突き出された人の中には、 滅びる人もいっぱいいたはずです。 ただ、新しい土地が住み良い場所であれば 人口が増えます。 でも、そのときはまた突き出される。 また人口が増えたら、また突き出る。 時代が新しくなればなるほど、 そういうふうに弱い人が突き出される。 人々の拡散の歴史というのは、 そういうことなのではないかと思いました。 また、弱い人が弱いままではなく、 パイオニアになった人たちが 新しい文化を作って、自分たちを追い出した人より 強くなることがあります。 その典型がイギリスと日本です。 いいことか悪いことかは別にして、 イギリスは世界を征服しようとしました。 日本はアジアを制覇しようとしました。 イギリスの人というのは これ以上西に行けない島に追い込まれた人たちです。 日本はこれ以上東に行くなら ハワイまで行くしかないような場所です。 たとえば縄文というのはすごい文化ですが、 これも、弱い人たちが素晴らしい文化を作った 例だと思います。 弱いことで突き出された人が 新しい文化を作ることがある、というのは、 人類自体の歴史にも見ることができます。 たとえば、人間は実は非常に弱いものです。 この中でチンパンジーと戦って 勝つ自信がある人はいますか? 実はチンパンジーの握力は300キロ、 白鵬の倍以上あります。 鋭い爪と牙で襲ってきたら、 プロレスラーでも敵いません。 ゴリラだったら握力500キロです。 もう、誰だろうがほとんど関係なし。 素手なら人間はもうぜったいに敵いません。 そんな弱い人間がサバンナに出たら どうすればいいか? 人間は、2本足で立って歩くことと、 コミュニティを作ること、 武器を持つことなどで、生き延びたんです。 実際に4つ足になってみるとわかりますが、 2本足になると、ずいぶん遠くまで 見えるようになります。 また、コミュニティを作ることでも、 天敵のライオンとかヒョウとかが襲いにくくなる。 あと、武器を使えるのも大事です。 そんなふうにして、弱いからこその工夫をして、 人間はかろうじて生きてきたんです。 わたしたちは、ほんとうに奇跡的な存在です。 実はわたしたちの祖先である 「ホモ・サピエンス」が生まれる前に、 20の人類が生まれたのですが、 「ホモ・サピエンス」以外はぜんぶ滅びました。 ネアンデルタール人も滅びました。 で、わたしたちだけが生き残ったんですね。 また、生命誕生から今までに 生命は13回の絶滅危機を迎えています。 いちばん最後が、恐竜の絶滅時です。 そのときに生き延びたのは 弱いはずの、ネズミのような存在でした。 それがたまたま住処が空いてた森の中に入り、 サルが生まれました。 その中に類人猿が生まれ、人類が生まれました。 すべて弱さからきています。 弱さをもとに、わたしたちは奇跡的に いままで生きてきたんです。

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