皇室 菊 の 紋 ニュース。 運営者、執筆者情報|菊ノ紋ニュース

皇室 菊 の 紋 ニュース

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概要 [ ] 観賞用のキクはにより伝えられた。 高潔な美しさがに似ているとされ、、、と共にとされた。 上は、『』には詠まれておらず、『』、『』などから登場する。 には、をと呼び、を「の」「菊の節句」とし、を飲む「菊花の宴」「菊花の杯」で邪気を払い、を祈った。 菊文様もとして、好んでに用いられた。 には、がことのほか菊を好み、自らの印として愛用した。 その後、・・が自らの印として継承し、慣例のうちに菊花紋、ことに32弁の八重菊紋である 十六葉八重表菊がの紋として定着した。 にはにより厳しく使用が制限されたとは対照的に、菊花紋の使用は自由とされたため一般庶民にも浸透し、菊花の図案を用いたやなどの飾り金具が作られるなど各地に広まった。 図案 [ ] 菊花紋は古くから、・の、店舗のなどとして豊富な種類が図案化され、変種も多い。 主に、花弁の数、花弁の重なり(一重または八重)、表と裏(蕊(ずい、しべ) があれば「表菊」、萼(がく) があれば「裏菊」)、その他の意匠(輪郭を浮かせた「陰菊」、円形でなく菱形にした「菱菊」、水流をあしらった「菊水」、が考案した「光琳菊」、半円形に割った「割菊」「半菊」、井筒・井桁・文字・菊葉等と組み合わせたものなど)により表記される。 ただし、文献により表現の仕方に違いがある。 とりわけ・関係の紋には、詳しく花弁の数に弁や葉(十六弁( )・十六葉())などの単位がつけられることがある。 例えば、10の花弁があるのなら「十菊」あるいは「十葉菊」、12なら「十二菊」あるいは「十二葉菊」である。 花弁が一重なら「一重菊」、複数重なっていれば「八重菊」「九重菊」となる。 中心に蘂が表現されるなど表を向いているものは「表菊」、萼を表現するなど裏を向いたものは「裏菊」である。 これらを合わせて、16の花弁で裏を向いた八重菊であるのなら「十六八重裏菊」(十六葉八重裏菊)となる。 皇族の家紋(十四葉一重裏菊) 菊紋のうち、八重菊を図案化した菊紋である 十六葉八重表菊は、およびを表す紋章である。 俗に 菊の御紋とも呼ばれる。 などの皇族は、この紋の使用が()のをもって制限され、(15年)の皇室儀制令(大正15年第7号)13条により「十四葉一重裏菊」が皇族の紋章とされた。 この「十四葉一重裏菊」や「十六葉一重裏菊」に独自の図案を加えたもの(家・家など)や、「十六葉八重表菊」を小さな図案に(家・家・家など)。 戦前(明治・大正・昭和初期~第二次世界大戦) [ ] ()、諸藩の宮門警衛に際して、旗・幕・提灯等に菊花紋章を使用するよう布達された。 その後、「十六葉八重表菊」が公式に皇室の紋とされたのは、2年()の太政官布告第802号である。 同布告は、親王家の菊花紋として十六葉の使用を禁止し、十四葉・十五葉以下あるいは裏菊などに替えることを定めた。 また、(明治4年)の太政官布告第285号で、皇族以外の菊花紋の使用が禁止され、同第286号で、皇族家紋の雛形として 十四葉一重裏菊が定められた。 その後、(15年)に制定された皇室儀制令(大正15年皇室令第7号)第12条 、第13条 によって正式に定められている。 (1868年4月20日)の「菊御紋並禁裏御用等ノ文字濫用禁止ノ件」(明治元年太政官布告第195号)で、・・貢物などに菊紋を描くことを禁止し、2年()の「社寺菊御紋濫用禁止ノ件」(明治2年太政官布告第803号)で、で使用されていた菊紋も、一部の社寺 を除き一切の使用が禁止された。 その後、徐々にの装飾や・提灯には菊紋の使用を許され、(明治12年)の「明治二年八月菊御紋禁止ノ布告前神殿仏堂ニ装飾セシ菊御紋ニ限リ存置ヲ許ス件」(明治12年太政官達第23号)で、一般の社寺でも・の装飾として使用することが許されている。 ただ、社寺以外の団体や個人による菊花紋章の使用は、引き続き厳しく制限された。 菊花紋章の取り締まりに関する主な法令・通達• 菊御紋並禁裏御用等ノ文字濫用禁止ノ件(明治元年3月28日太政官布告第195号)• 社寺菊御紋濫用禁止ノ件(明治2年8月25日太政官布告第803号)• 皇族ノ外菊御紋禁止ノ件(明治4年6月17日太政官布告第285号)• 官幣社社殿ノ装飾及社頭ノ幕提灯ニ限リ菊御紋ヲ用フルヲ許ス件(明治7年4月2日太政官達)• 国幣社社殿ノ装飾及社頭ノ幕提灯ニ限リ菊御紋ヲ用フルヲ許ス件(明治12年4月2十2日太政官達第20号)• 明治二年八月菊御紋禁止ノ布告前神殿仏堂ニ装飾セシ菊御紋ニ限リ存置ヲ許ス件(明治12年5月22日太政官達第23号)• 菊御紋章ヲ売品ニ画ク者禁止方(明治13年4月5日宮内省達乙第2号)• 菊御紋章取締ニ関スル件(明治33年8月18日訓第823号)• 菊御紋章取締ニ関スル件(明治37年8月9日訓第507号)• 菊御紋章類似品取締ニ関スル件(大正13年9月25日警発甲第96号)• 菊御紋章ニ関スル件(大正14年2月26日警発乙第296号)• 菊御紋章類似図形取締内規(昭和4年11月21日訓第1368号) 上記各法令のうち、「菊御紋並禁裏御用等ノ文字濫用禁止ノ件」(明治元年3月28日太政官布告第195号)と「皇族ノ外菊御紋禁止ノ件」(明治4年6月17日太政官布告)は、法律に匹敵する法令として、取り締まりの法的根拠とされた。 この2つの太政官布告は、いずれも(昭和22年)12月31日限りにおいて失効している。 なお、皇室儀制令についても、「」(昭和22年5月2日皇室令第12号)により廃止されている。 菊は「菊花紋章」から皇室の代名詞とされ、のにも「 (=皇室)は咲く咲く、(=)は枯れる」と歌われている。 においても、幕府や諸藩が明治政府へ環納した小銃に種々様々な紋所や刻印が刻まれていたのを、菊花紋章に改刻して統一したのを端緒に、以降のすべての国産軍用に刻印されていた。 これらの小銃を部外に払い下げる場合には、菊花紋章を削り取る、または丸印等の刻印を重ねて打って潰す措置が行われた。 またの(旗)の旗竿先端(竿頭)や、の の艦首に金色の菊花紋章 が付されていた。 戦後(第二次世界大戦後~昭和後期・平成) [ ] のセント・ジョージ・チャペルに掲げられたの。 右側にはの菊花紋章()が見える。 1947年(昭和22年)に皇室儀制令は廃止されたため、菊花紋章を天皇・皇室の紋章と定め、または日本の国章と定める現行法令はない。 しかし、慣例的に天皇・皇室の紋章として、またはに準じる紋章として、菊花紋章が用いられ続けている。 日本のの玄関には、戦前から引き続き、菊花紋章のが飾られている。 また、日本国発行のの表紙にも「十六一重表菊」をデザイン化したものが使われている。 のには「十一菊」の図案が使用されている。 そのほか、菊花紋はの意匠にも取り入れられるなど、菊はと並び、に準じた扱いを受ける。 日本の国章に準じた扱いを受け、法的にはに準じた扱いを受けるため、それに類似した商標等は登録できない(第4条第1項第1号)。 国際的にも、十六八重表菊は、第6条の3 に基づいて、1967年に同条約の同盟国に通知されており 、これらの国では商標登録をすることができない。 またが司法機関紋章であり使用できない(による規制)ため、業者が権威を表現するために自社の表号として使用する例がある。 のは、かつて絵の背景に菊の花をあしらった模様を頻繁に描いていたが、これが菊花紋章に酷似していることに気付きに問い合わせたところ「 できれば使わないでいただきたい」と言われ、以後は描画を差し控えている、と語っている。 宮家の紋章 [ ]• 他編 『古語辞典』• 「十六弁菊(十六葉一重表菊)はの紋で、三十二弁菊(十六葉八重表菊)は(および現・)の紋である」との説明も見かけるが根拠不明である。 アークシステム編 『自由に使える家紋大図鑑』 グラフィック社、• 皇室儀制令(大正15年皇室令第7号)第12条「天皇太皇太后皇太后皇后皇太子皇太子妃皇太孫皇太孫妃ノ紋章ハ十六葉八重表菊形トシ(後略)」• 皇室儀制令(大正15年皇室令第7号)第13条「親王親王妃内親王王王妃女王ノ紋章ハ十四葉一重裏菊形トシ(後略)」• は・・など、は・など。 日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律(昭和22年法律第72号)1条「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で、法律を以て規定すべき事項を規定するものは、昭和22年12月31日まで、法律と同一の効力を有するものとする。 明治流行歌史。 他にも(4年)に誕生した誕生の際に製作された『伏見小唄』の歌詞で使用。 特に銃は雑な扱いをしようものなら懲罰や私刑が待っている事もあったほど丁寧にされた。 や、など。 やは狭義の軍艦ではないとされたので菊花紋章は付けられなかった。 当初は磨き上げられた製であったが、後に掲章する軍艦が大型化するとそれに伴って菊花紋章もデザイン上の都合から大型になり、重量上の問題が出たことから、木材(が用いられた)の上に金箔を貼って仕上げたものが使われるようになっている。 (出典::刊 :著『軍艦雑記帳 下巻』 p4 - 6、p18)• 粟生こずえ 2015年12月25日. 2016年5月27日閲覧。 皇室儀制令(大正15年皇室令第7号)19条では「親王旗親王妃旗内親王旗王旗王妃旗女王旗(後略)」。 関連項目 [ ]• (ロゼット紋) - 菊花紋章のように放射状に広がる紋章を学術的には「ロゼット紋」という。 ロゼット(rosette)は「バラ状の」という意味であり、バラ(rose)に由来する。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 河野圭司編『』文林堂、1892年• - (2019年1月1日アーカイブ分)(大正15年皇室令第 7号)、中野文庫.

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古くは「日月紋」が皇室の紋章でしたが、現在では、 御大喪や即位礼で日像纛旛 にっしょうとうばん 、 月像纛旛 げっしょうとうばん と呼ばれる幟に用い るくらいで、皇室の紋という意識は薄れています。 やはり、世間一般では皇室の紋章としては菊花紋だと 思います。 鎌倉時代に後鳥羽上皇が好んで菊花紋を用いられ、 それが後代の天皇に引き継がれたために皇室の紋章 として定着していきましたが、具体的なデザインに ついては特に規定がなかったので、弁の数、花の中 心の円の大きさなどはまちまちでした。 明治元年の太政官布告で菊花紋の一般使用が禁止され、 翌年の布告では皇族が16葉の菊花紋の使用することを 禁じ、明治4年の布告で皇族共通の紋章として14葉一 重裏菊紋が制定されましたが、16葉の菊花紋について は細かいデザインは規定されないままでした。 菊花紋のデザインが厳格に規定されるのは大正15年の 皇室儀制令が制定されてからです。 神社仏閣については、明治7年と12年に官幣社、国幣 社への使用が許可され、13年には従前より伝統的に使 用している神社寺院に限って今後の使用も許可されま した。 武家で菊花紋を使用しているところがありますが、 賜紋のようです。 徳川家の葵の紋みたいに禁制が出て いたわけではないので、単にデザインとして用いてる 例もあるようです。 なお、現在では、菊花紋の使用についての法的制限は 商標法で登録商標に使用できないこと以外はありません。 「日月紋」については知らないのですが・・・ 「菊花紋」を使用している家について、私の知っているごく偏った(?)情報をお教えします。 文豪・森鴎外の先祖の家紋は「菊花紋」を使用していましたが、明治以降の一般人の菊の御紋章の使用禁止に付き合って(?)、替え紋として使用していた菊の葉をデザインした家紋に変えています。 一方の夏目漱石の家紋にも、菊花が使われているらしいのですが、こちらは特に改めることは無かったそうです。 森家の紋は、16葉の菊花紋そのものではないようですが(島根県津和野町の永明寺にある森家墓所の墓石に彫ってあるものなのではっきり何の紋とは言いにくいかも・・・)、「菊花紋」なので天皇家に遠慮したようです。 漱石の方は、家紋の一部に「菊花」が入っているものらしいので、そのあたりの違いも、家紋を変えた変えないに関係しているかもしれません。 夏目家についてはよく知らないのでこれ以上のコメントはできませんが、森家について言うと、江戸時代には、天皇家と何の関わりも無い田舎の御典医でも「菊花紋」を使用していたようです。 もちろん天皇家から賜って使用している家もあるでしょうが、「菊花紋」だからといって、即、天皇家と関係があるわけではないと思われます。 調べたところによると,皇室の元々の紋は「日月紋」だそうですが,後鳥羽上皇が菊が好きで調度や衣装に使い,代々使われることによって「天皇家の紋」として定着したようです. 皇室の家紋は16弁八重の表菊紋で,明治4年以降,天皇家以外では使用できなくなっています. 皇族の家紋ですが,14弁一重裏菊が皇族共通の家紋で,各宮家は独自の変形菊家紋を用いるそうです. 家紋としても16弁八重の表菊紋は,ですから天応皇后両陛下と紀宮さまが使っているんではないでしょうか. 私的なものには,各自の「御印」があるのでそちらだと思いますが. なお「日月紋」は今でも天皇の即位時に,錦の御旗に必ず使われるそうです.一般が使っていいのかどうかについてはわかりませんが,神社の社紋として使われているところはありました. A ベストアンサー kamesenninさんは、右翼が国民の統合の象徴である天皇、あるいは日本のイメージを負の方向へ持っていくと憂慮されていますが、はたして危惧すべきは右翼だけなのでしょうか。 やはり、右翼=ヤクザという考えは安直そのものではないのでしょうか。 右翼の起源・歴史も知り得ないのに(私もなんですが)、嫌悪・凶悪・ヤクザ・恐怖などの感情に囚われ、似たような菊の御紋を見ただけで天皇=右翼=ヤクザと連想する我々市民の無知こそ、真に憂慮すべきことと思います。 氾濫する情報を選別し、物事を一点だけに見ず、判断する柔軟性をもち得ることが、日本のイメージを高めることと思います。 わかりにくいかもしれませんが、とにかく我々の無知さを先に憂慮すべきだと思います。 右翼は二の次、参の次・・・・・・。 商標法 (商標登録を受けることができない商標) 第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。 一 国旗、菊花紋章、勲章、褒章又は外国の国旗と同一又は類似の商標 使用してはダメってのは、戦前とかにはありましたが、現在は法律としての制限は無いハズ。 軽犯罪法が微妙ですが。 軽犯罪法 第一条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。 十五 官公職、位階勲等、学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称し、又は資格がないのにかかわらず、法令により定められた制服若しくは勲章、記章その他の標章若しくはこれらに似せて作つた物を用いた者 そちらと別途、宮内庁から個別に注意されるとかって事はあるとか無いとか…。 Q 天皇誕生日の一般参賀の際に、お姿の背後の布に『四つ割菱』の紋がありました。 え?? 天皇家の家紋とは違うんじゃ・・・・ と思いました。 ネットで調べたところ、この『四つ割菱』は、武田家専用の紋だと載っていました。 www2. harimaya. html (ここの中段) この疑問は、他の方も抱いているようです。 blog73. fc2. html え?? まさか!!? 来年の大河ドラマの宣伝のために、陛下のお姿の後ろに『武田菱』を入れて、サブリミナル効果で視聴率を上げる作戦なのですか??? とりあえず、私はサブリミナルにかかっちゃったので、来年の大河ドラマは見ますが、陛下の背景に『四つ割菱』が飾られいてた真相について、教えてください。 よろしくお願いいたします。 折柄や調度品などにも用いますね。 質問者さんは模様=家紋と誤解されていますが、一度家紋という概念を切り離して考えてください。 順序だてて整理しなおすと・・・ 1. 菱模様はそのデザインの美しさから、古くから広く折柄や調度品などに用いられていた。 天皇家や宮家でも菱模様を用いた。 武田氏の祖がその菱模様を「家紋」として用いた。 現代人でもそうでしょう。 きれいなデザインのものを身の回りに置きたいのは。 当時も同様です。 伝統的な模様も同じです。 家紋というものも始めから家紋として生まれたのではなく、普遍的に存在する模様から、気に入ったものを「家の紋」「一族の紋」として打ち立てたものです。 ですから、ここで使われている菱模様は家紋ではなく、伝統的かつ普遍的な模様です。 そのデザインの美しさから今でも使われている。 あまり他意は存在しないでしょう。 A ベストアンサー アッシリア王の腕飾り? それともバビロンのイシュタールの門かな? エルサレムにもあったはず 確かシュメールの戦勝碑が一番古いと思ったけど・・・ まあ、オリエントの16弁菊花紋(に見える紋章)はシュメール起源と思ってもさほど不自然ではない。 よく「オリエントには菊がない」なんて言うけれど、なんでだろうね? 確かに厳密に「キク」といえば中国原産の栽培種で、古代オリエントには存在していない。 でもキク科、キク属の植物群はそれこそ世界中に自生してる。 ツタンカーメンに手向けられていた花輪に「ヤグルマギク」が使われていたのは有名な話だ。 菊がないから「太陽の輝き」の図案化って表現はちょっと違うと思う 最も古い(たしか紀元前2000年くらいだったと思った)シュメールの戦勝碑の刻まれ方が、どうみても太陽にしか見えない。 これがルーツだと考えれば、当然他のものも「陽光の図案化」として認識される事になる。 まあ研究者の中には「羅針儀」「日時計」などと言う人もいるけれどね。 ちなみに「16」と言うのは、放射や輝きを図案化する際にごく自然に出てくる数です。 4だと「十字」、間に1本づつ足して、8。 これでやっとそれっぽくなってくる。 じゃあ、もう一本づつ足そう。 となって16。 うん、光ってるっぽく見える。 つまり16本の集中線てのは、世界中どこでも自然発生するデザインだということ。 で、これをぐるりと円で囲む。 石に刻むとどうしても角が丸くなりがち。 16弁の菊花紋の出来上がりだ。 日本の菊の御紋はちょっと違って、まず菊の花ありき。 「四君子」の概念伝来以前に菊花紋が使われていたという証拠はない。 確かに、日本の菊花紋もシュメール伝来だとする研究者もいないわけではない。 そう考えると古代史にロマンを感じることも確かだ。 ただ「外見が似ている」=「ルーツが同じ」と直結してしまうのは説得力に乏しい。 せめて、同様な物が世界各地に残っており、伝播ルートが推測できる位の傍証が欲しい。 アッシリア王の腕飾り? それともバビロンのイシュタールの門かな? エルサレムにもあったはず 確かシュメールの戦勝碑が一番古いと思ったけど・・・ まあ、オリエントの16弁菊花紋(に見える紋章)はシュメール起源と思ってもさほど不自然ではない。 よく「オリエントには菊がない」なんて言うけれど、なんでだろうね? 確かに厳密に「キク」といえば中国原産の栽培種で、古代オリエントには存在していない。 でもキク科、キク属の植物群はそれこそ世界中に自生してる。 ツタンカーメンに手向けられていた花輪...

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皇室の謎 のトレンドにこんなのが上がっていた。 元記事はこちら。 小室さん関係の報道久々に見たなぁと思いつつ、それよりも常軌を逸した記事の内容と、それを鵜呑みにして小室佳代氏を叩きまくるツイートがトレンドに乗っているのにかなり嫌な気持ちになった。 前にも同じようなことがあった。 半年前、で大いにバズりまくったこの記事。 タイトルだけ見ると死ぬほど面白いんだけど、記事の内容は現実性が無さすぎるし、実名がさま以外出てこず信憑性もない。 何よりこのソースの 「菊ノ紋ニュース」なるメディア、 信じられないことに皇室専門のニュースサイトであり、皇室関係のニュースが毎日数記事配信されるという女性自身も真っ青の超ハイペースで皇室ニュースを量産していた。 常識的に考えれば明らかなサイトだ。 クソ狭い皇室の世界でこんなおもしろニュースが毎日生産されるなんてことは絶対有り得ないからだ。 さらに「菊ノ紋ニュース」周りには面白いことがある。 「菊ノ紋ニュース」のには運営者情報が書かれているのだが、分かっている限り、このサイトを運営している「」は以下のサイトも同時に運営している。 これを以下では「MI社グループ」と呼ぶことにする。 絶対おかしいだろ!!!!!!!!!!! どれもこれも皇室専門ニュースサイト。 「菊ノ紋ニュース」の存在だけでも怪しいのに6倍だぞ6倍。 これらのサイトは「菊ノ紋ニュース」以外は現在いずれも更新停止しているようだが、一時期はこれらのサイトを同時に運営し、全皇室ジャーナリストが束になっても敵わない量の記事を毎日量産していたのだ。 当たり前だがその中身はまぁ酷い。 スキャンダラスなタイトルが付けられているが、内容は全て憶測と匿名記者からの伝聞で構成されている。 水を水で薄めた飲み物にキャッチーなラベルを貼り付けて売り付けるようなもの。 買う方もどうかしてるのだが... ちなみに「菊ノ紋ニュース」だが、現在に至ってはニュースにすらなっていない。 毎日配信される記事はどれも本文は一切書かれておらず、出所不明のスキャンダルに対し「口コミ」「国民の声」と称して皇族への罵詈雑言が書き並べ立てられている、信じられないぐらいガチでホラーなサイトに生まれ変わっている。 そしてそれに読者からの追加の罵詈雑言コメントが多数ついている。 この世の終わりか。 「皇室報道局」という新手 さて、冒頭の記事に戻る。 こちらのソース 「皇室報道局」もまた皇室専門ニュースサイトであり、皇室関係のニュースを1日数本お届けする怪しすぎるメディアだ。 には謎の運営者と適当な住所、実在するのかもわからない編集長の名前が記載されている。 仕方がないので「皇室報道局」で。 皇室仲間として「菊ノ紋ニュース」は分かるが、「皇室問題研究室」とは? デザイン同じやんけ!!!!!!!!!!!!! という訳で、「」の他にも、皇室関係のサイトを複数運営してを垂れ流している組織を発見してしまった。 皇室業界というビジネス、まさか競合他社がいるとは... しかし以下の通り、このグループではメディアを複数持っていることを公言している。 散らばっている情報をまとめると、皇室の今後を憂いていた元職員・ 小内誠一氏が、2019年11月にというサイトを公開したのが始まり。 そのサイトが徐々に更新停止となり、その間の2020年2月にが公開。 そして5月にはの通りを公開し移転 しかし「実録」の更新も続いている 、さらに6月27日はとしてを新たに公開。 小内誠一氏は、昨年11月から半年の間に、ほぼ同内容のニュースメディアを4つ立ち上げている。 これらのサイトを「小内グループ」と呼ぶことにする。 当然、小内グループのサイトも全てサイトだ。 記事の内容は同じく他週刊誌の要約や匿名記者からの又聞きでほとんどが占められているし、そもそも皇室関係の記事を複数メディアで毎日配信するということが、誠実なジャーナリズムを前提にしていればあり得ない。 「皇室の今後を憂いて」サイトまで立ち上げた人間が、そんな適当な仕事をするだろうか? サイトにはもっともらしいことが書かれているが、 信憑性ゼロのサイトなので絶対に鵜呑みにしないように気をつけてほしいし、でで誹謗中傷を書き込んでいた人は反省するか再発防止のため脊髄を抜くかしてほしい。 というところで終わってもいいのだけれども。 点と線 「菊ノ紋ニュース」と見比べてみると、なんとなく、なんとなく「皇室報道局」のサイトと似てるように見えない? いや、見た目は当然大きく違うんだけど、 デザインのダサさは共通している。 およそ皇室メディアとしての風格がカケラも感じられない、個人ブログかと勘違いしてしまいそうなほど簡素で質素で貧相なデザイン。 実際、MI社グループと小内グループのサイトは全てを利用して構築されている。 両者共に、似たようなセンスの人がサイトのデザインを行ったんだろうなというのが分かる。 果たして「似たような人」なのだろうか? 情報を見てもロクな情報が得られなかったので困っていたのだが、見比べてみるとMI社グループと小内グループのサイトでは似たような画像が使われていることが分かる。 どちらもモラルの低さはどっこいどっこいなので、ネットから適当に引っ張ってきた画像なのかもしれない。 では以下はどうか。 これは小内グループの「皇室問題研究室」のより。 「皇室の今後を憂いて」いる割にはテレビのスクショを平気で貼り付けるモラルの低さに頭を抱えるのだが、注目してほしいのは画面左側のコンソールに表示されているファイル名。 「-9. jpg」という投げやりな名前が付けられているのだが、 全く同じファイル名・全く同じ内容の画像がMIグループの「菊ノ紋ニュース」の に掲載されている。 これはどういう事だろうか? 画像検索をしてみたが、この画像に「-9. jpg」という名前がつけられているのはMI社グループ・小内グループのサイトのみだ。 また、「皇室問題研究室」や「皇室報道局」は同じく「-xxx. jpg 」というファイル名を掲載している記事が複数存在する。 例えばは先ほどの記事の10日前に作成されたものだが、 ファイル名が「-415. jpg」であり明らかに不自然だ。 これはただの連番であり、過去に公開されているブログの素材であるなら、普通に考えてこの数字は9より小さい番号が与えられるはずだ。 さらに、小内グループの記事の中で、「-xxx. jpg 」の最小の連番は、「9」を除けば「皇室問題研究所」5月25日付のに登場する 373。 MI社グループの中で登場する最大の連番は「令和新聞」5月6日付のに登場する 359。 小内グループとMI社グループでは似たようなファイルの採番方法を採用しながら、その番号帯は全く重なっていない。 それどころか、小内グループはMI社グループの番号体系を引き継いでいるように見える。 おかしな事は他にもある。 「皇室報道局」が公開されたのは 6月27日。 前述のように「菊ノ紋ニュース」はニュース本文の代わりに罵詈雑言が記載されるようになったが、 このような記事が初めて登場するのは6月26日公開分、6月28日公開分からは全てこの形式の記事となっている。 上記のことより、以下の可能性が非常に高い。 「」と「小内誠一氏のグループ」は実質同一の組織である• 「」は皇室関係のブログを多数立ち上げた。 「小内誠一」なるペルソナを擁立した「皇室是々非々自録」もその一つである• 「菊ノ紋ニュース」以外の新規サイトは軒並み伸び悩んだが、「小内誠一」のキャターは好評を博したため、この枝を発展させようと試みた• 資源を集中させるため、「菊ノ紋ニュース」以外の新規サイトは全て更新を停止した• 「菊ノ紋ニュース」には固定層が多数いるため、PVを確保するために罵詈雑言オンリーの省エネ更新スタイルに切り替えた• 現状、「菊ノ紋ニュース」を執筆していた人間は「皇室問題研究室」「皇室報道局」に移って創作活動を続けている ここまで長々と書いてきてアレなんだけど、 それはそうって感じだ。 皇室の闇 皇室ビジネス、以下の点でとてもよく出来ている。 皇族に対するの告訴は、総理大臣が代理で行う必要がある 刑法第232条より ため、告訴リスクが低い• 政治ネタのように派閥が存在せず事実について争われる事が少ない• その他のニュースのように、一般人が真贋を確かめる方法がない• 皇室ニュースを好む層は比較的年齢層が高く、情報の真贋を確かめるスキルを持っていないことが多い• そもそも、皇室ニュースを好む層は情報の真贋などどうでも良く、井戸端会議のネタや日頃の鬱憤をぶつける事が出来れば何でもいいと考えている(偏見) 正しく。 玉石混交の石だけを詰め合わせたものを垂れ流してもメディアは金を稼げるということを教えてくれる。 日々遅くまで仕事し日々ネットでぶっ叩かれてる新聞記者がもの凄い目で睨んでいるぞ。 しかしこれがのトレンドに載るってどうなの。 やってるって事はある程度のネット持ってるんかと思ってたけど。 ニュースを見る際にオススメなのがソースを確認すること。 ニュース記事のサイト名を見たり、yahooニュースなどのニュースサイトの場合は記事の配信元を確認する。 見たこともない聞いたこともないサイトであれば読まない信じない。 誰もバカにしなくても俺がバカにしてやるから安心してほしい。 それにしても、この記事を書くためにMI社の皇室サイトを見回ったんだけど、とにかく酷くて気分が悪くなった。 記事の内容もそうだけど、それに乗じて皇室に対する悪意を剥き出しにしてコメントを書き込む人がこんなにいるのかと。 記事の内容を信じちゃうのと、それに乗じてあんな酷い言葉まで吐けるという二重苦。 もうネットが登場して25年。 一般の人までもがネットに手を触れて情報の洪水に揉まれるようになって20年ぐらいか。 もうそろそろ、こんな下らない事は終わりにしなければならない。 そうするためにはWeb技術に何ができるだろう、とエンジニアの端くれとしては思う。 realizemoon.

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