ヒース レジャー。 ヒース・レジャーとは

ヒース・レジャーの恋のからさわぎ|ブルーレイ・DVD・デジタル配信|ディズニー公式

ヒース レジャー

1979年生まれ、オーストラリア出身の俳優ヒース・レジャー。 10歳の頃から地元の劇団に所属し、舞台やテレビに子役として出演していました。 1996年にオーストラリア国内のテレビドラマにレギュラー出演したことがきっかけで、ヒースの演技力が業界内で広く知れ渡ることになります。 その後、1997年にオーストラリアで映画デビュー。 同年に全米放送のテレビドラマに出演して俳優として有名になっていきました。 彼のハリウッドデビュー作は1999年公開の『恋のからさわぎ』。 このロマンティック・コメディ作品で不良っぽいキャラクターを演じたヒースの人気は跳ね上がります。 以降アイドル路線の配役オファーが殺到しますが、彼自身が断ってしまったそうです。 そして、2008年公開クリストファー・ノーランがメガホンを取った映画『ダークナイト』のジョーカー役に抜擢されたヒースでしたが、映画公開を待たず28歳という若さで急逝。 今回はそんな彼の軌跡を振り返ります。 アイドル路線を拒否し、真の俳優として評価される役だけを望んでいたヒース。 そんな彼のもとにチャンスがやってきます。 2005年に公開された『ブロークバック・マウンテン』は、1963年のアメリカ中西部を舞台に、惹かれあう二人のカウボーイを描いた作品です。 ヒースは、メインキャストのうちの一人イニス役で出演。 作中では20代から40代のイニスが描かれますが、ヒースはわずかなメイクと声の調子を変えるだけで世代を超えて役柄を見事に演じきり、その演技を高く評価されました。 その結果、数々の映画賞を受賞。 また、26歳の若さでアカデミー主演男優賞にノミネートされたことに加え、アメリカ映画界で偉大な功績を残した証である映画芸術科学アカデミーの会員にも招待されています。 『ダークナイト』の完成を待たずしてヒース・レジャーは2008年の1月22日にニューヨーク・マンハッタンのアパートで遺体として発見されました。 ベッドで発見された時は全裸であり、処方された睡眠薬が散乱していました。 死因は薬の併用摂取がもたらす薬物中毒による死亡事故であり、自殺でも他殺でもありませんでした。 しかし、ジョーカーというのは特別なキャラクターです。 ジャック・ニコルソンもジョーカーを演じることの危険性を前もって忠告しており、コミックでもジョーカーに影響を受け、彼の後に続く者は跡を絶ちません。 バットマンをサポートする名刑事であるジム・ゴードンの息子もジョーカーと出会い、同じ道を進みました。 こういったことからヒース・レジャーが死んだのはジョーカーを演じたからという噂が今も根強く残っています。 2008年に若干28歳という若さで無くなったヒース。 彼の遺作となった作品が2009年公開の『Dr. パルナサスの鏡』です。 『Dr. パルナサスの鏡』の映画はテリー・ギリアム監督のファンタジー映画。 自称1000歳のパルナサス博士が、悪魔との賭けより自身の娘を引き渡すことになってしまい、娘を守るために悪魔と鏡の中で攻防戦を繰り広げる物語です。 本作でヒースは謎の男トニーを演じていました。 しかし撮影中に急逝、映画の完成も怪しくなってしまいました。 そこで救いの手を差し伸べたのが、ヒースと親交が深かったジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルという3人の俳優です。 パルナサス博士が持っている鏡は、人の心の中にある欲望の世界を映し出す鏡です。 ヒースの友人たちは、そんな鏡の中の世界に行ってしまった別世界のトニーという設定で映画に出演しました。 そして映画は無事に完成、公開される運びとなったのです。 ちなみに3人は、出演料をすべてヒースの娘に寄贈したそうです。

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小栗旬、ジョーカー怪演のヒース・レジャーを語る…役者の苦悩とは

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ヒース・レジャーの直接の死因は薬物の併用摂取 ヒース・レジャーの 死因は、 薬物の併用摂取です。 ヒース・レジャーは28歳の若さで、 アカデミー賞助演男優賞を受賞しています。 『ダークナイト』で演じた、 バットマンの宿敵・ジョーカーの 凄まじい演技が評価されたからです。 ただ、この受賞は、 ヒース・レジャーの死後なのですが… 『ダークナイト』撮影中から、 ヒース・レジャーは 睡眠薬の使用を、 インタビューで 公言しています。 この記事を読んでくれているあなたは、 『ダークナイト』を見ているかもしれません。 あんなに狂った演技は、 中々、お目にかかれませんよね。 あれだけの「 狂気」を作りこむには、 睡眠薬の使用が必要だったのかもしれません。 ただ、睡眠薬だけであれば、 ヒース・レジャーが死ぬことはなかったでしょう。 運悪くヒース・レジャーは、 インフルエンザにもかかってしまったのです。 睡眠薬とインフルエンザの薬、 この 薬の併用が、 ヒース・レジャーの 直接の死因となりました。 ヒース・レジャーの間接的な死因は彼の性格にあり? ヒース・レジャーの直接の死因は、 上で触れたとおりです。 ですが僕は、 ヒース・レジャーの 間接的な死因は、 彼の 性格にあると思っています。 実はヒース・レジャーは、 極端な「 あがり症」でした。 そのことが発覚したのは、 2005年のこと。 『 ブロークバックマウンテン』で 演じた ゲイのカウボーイ役の演技が 評価されたヒース・レジャーは、 第12回全米映画俳優組合賞 アンサンブル演技賞 にノミネートされます。 ヒース・レジャーはその時の壇上で、 緊張のあまり 腰に手を当てる、 意味の無いくすくす笑いをする、 などの振る舞いをしてしまいます。 この振る舞いに対して、 ロサンゼルス・タイムズ紙は、 明らかにゲイの人たちをからかっていた と報道しました。 当然、ヒース・レジャーにそんな気持ちはありません。 ロサンゼルス・タイムズに電話をし、 自身の あがり症について告白をしたのです。 あがり症という性格にも関わらず、 超大作『ダークナイト』の ジョーカー役を演じなければならなかった。 彼のこの 性格が、 睡眠薬を飲む理由となり、 間接的な死因となったと、僕は考えています。 Sponsored Link ヒース・レジャーの死因にはプレッシャーも関係していたはず バットマンの宿敵、 ジョーカーを演じた人物は、 『ダークナイト』以前にもいます。 その男の名前は、 ジャック・ニコルソン。 彼が1989年の『バットマン』で 演じた ジョーカーも、 大絶賛を受けました。 『ダークナイト』のキャストが 発表された時も、 ジョーカー役が何故、ジャック・ニコルソンではないのか? と 苦情が出たほどです。 そんな世論の中で、 新たなジョーカーを作り出すことは、 相当の プレッシャーだったはずです。 その世間からのプレッシャーが、 ヒース・レジャーが睡眠薬に頼る 一因となったことは想像に難くありません。 ジャック・ニコルソンとの比較というプレッシャー これがヒース・レジャーの 間接的な死因であると、 僕は考えています。 ヒース・レジャーの名誉の為に触れておくと、 『ダーク・ナイト』公開後、 ジョーカーはジャック・ニコルソンで無くてはならない という 意見は、 全くと言っていいほど、 無くなりました。 それだけ、 ヒース・レジャーのジョーカー役が ハマリ役だったということです。 圧倒的な演技力で、 世論をひっくり返したヒース・レジャー。 『ダークナイト』の完成を待たずに、 世を去ったのが悔やまれます。 ヒース・レジャーの死因が壮絶!名悪役を演じたことも原因? まとめ ヒース・レジャーの死因について、 直接的な原因と間接的な原因を触れてきました。 ヒース・レジャーの 直接的な死因は、 薬物の併用摂取 です。 ヒース・レジャーの 間接的な死因は、• あがり症という性格• ジャック・ニコルソンとの比較というプレッシャー の2つに触れました。 この2つの 間接的な死因は、 あくまでも僕の 推測です。 28歳という若さで散った、 天才役者ヒース・レジャーの 夭折 ようせつ が悔やまれます。

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ヒース、ジャレッド、ニコルソン… “歴代ジョーカー”俳優に迫る

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日本でも3月に公開予定の映画『マリリン 7日間の恋』で、第69回ゴールデングローブ賞ミュージカル・コメディ部門の主演女優賞を受賞したミシェル・ウィリアムズ(31)が、男性誌『GQ』のインタビューで元婚約者の俳優、故ヒース・レジャー(享年28)との思い出を涙ながらに語った。 『GQ』最新号で、の妖艶な下着姿を披露しているミシェル。 ゴールデングローブ賞受賞スピーチでは、「私は女優である前に、まず母親でありたいと思っています。 だから一番に感謝したいのは娘です。 」とヒースとの間に産まれた愛娘マチルダちゃん(6)を大事にする思いを語っていた。 いつもはプライベートをあまり語りたがらない彼女だが、『GQ』のインタビューで08年1月に急性薬物中毒により急逝したヒースとの思い出について語っている。 映画『ブロークバック・マウンテン』(05年)で夫婦役を演じたことがきっかけで、出会った2人。 「ヒースとあなたは何故お互いに惹かれたのか?」と聞かれたミシェルは、「その答えはあるけれど、言えないわ。 」と彼女は振り返る。 出会いからまもなく彼女は妊娠するが、「沢山のことが一度に起きた。 それはまるで、私達には時間がないから急いでいるかのようだった。 」と語る。 マチルダちゃんが産まれた後、07年には婚約を解消してしまった2人だが、インタビュアーに「2人がいつか結婚する日のことを考えたことはあるか?」と聞かれ、ミシェルは「その質問には悲しすぎて答えられない。 」と返す。 その後、彼女の目に涙があふれ始めたのを見て、インタビュアーは慌てて謝罪の言葉をつぶやいたそうだが、ミシェルはそれをさえぎるようにして言葉を詰まらせながら、こう続けたそうだ。 「ヒースと私が一緒になるということをいつも想像している。 2人の結婚を想像することは、私の大好きなことの一つなのよ。 」 また、に年の近いきょうだいを作ってあげたいと、これまで焦っていたというミシェルだが、最近は彼女が6歳になったこともあって「もう焦るのをやめた。 」そうだ。 その理由は「これは運ではなく、それが私とマチルダの生きる道だから。 」とのこと。 ミシェルは08年から(42)と交際していたものの、09年9月に破局している。 惜しまれながら亡くなったヒースだが、ミシェルの心の中にはいつも特別な居場所があるようだ。 (TechinsightJapan編集部 ブローン菜美).

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