ブラック バード ポルシェ。 憧れのポルシェ911!維持費ってどれくらい?

ブラックバード.のプロフィール

ブラック バード ポルシェ

ポルシェ911は、スポーツカーとして大変長い歴史を持つ車です。 誕生したのは1963年。 一貫してRR ・リアドライブ 方式にこだわったスポーツカーとして進化を続け、901、930、964、993、996、997、そして991と、いつの時代も「最新のポルシェが最良のポルシェである」というポリシーのもと、独自の世界を築いてきました。 その一方で、3代目964型で4WDモデルを追加、5代目996型でエンジンを水冷化して、6代目997型の途中からに変更するなど、時代に合わせて進化を遂げてきました。 現行モデルとなる7代目991型の登場は2011年。 2017年3月時点の車両価格は、ベーシックな911カレラ MT が1,244万円。 最上級モデルの911ターボSカブリオレ AT が2,865万円と、同じ911の名前がついていても、価格には2倍以上の開きがあります。 ひと口に911といっても50年以上の歴史があり、7世代の歴史を持つ車ですから、税金や維持費が世代によってもずいぶん変わってきます。 ここでは現行型911について解説しましょう。 まず共通して言えることは、タイヤ交換に20万円以上のお金を必要するということです。 これはポルシェに限ったことではなく、高性能スポーツ車に共通することですが、一般の車が3万kmで交換するところを、ポルシェ911は5,000〜1万kmで交換が当たり前となります。 しかも、ポルシェ社認証のミシュランやピレリの高性能タイヤともなると、では40万円前後 4本 、専門ショップでも20万円前後の費用が掛かるといいます。 では、ポルシェ911の1年間の維持費を計算してみましょう。 自動車保険料 200,000〜300,000円 自動車税 73,000円 オイル交換 50,000円 タイヤ交換 200,000円 1年点検 85,000円 ガソリン代 1年1万キロ走行。 ハイオク1L 140円、実燃費6. そこに、駐車場代などを含めると、やはり100万円を超えてしまいそうですね。 新車で買うならメンテナンスパッケージがオススメ! ポルシェ911を新車で買うなら、基本的なメンテナンスメニューがセットになった「メンテナンスパッ」がオススメです。 ポルシェ メンテナンスパッは、新車登録から35ヵ月間または走行距離が45,000kmまでの車両に対して適応されるもので、定期的に入念な点検整備を実施することで、最高のパフォーマンスを維持するものです。 維持費の節約に大きく役立ちそうですね。 年間50~100万円超とも言われているポルシェ911の維持費。 支払うことができる経済力があれば、一度はオーナーになってみたいものです。

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ブラックバードは実在した!湾岸ミッドナイトの撮影に使われたポルシェ911(930ターボ)。

ブラック バード ポルシェ

日本のポルシェ乗りなら誰でも知っているブラックバードという一台の黒いポルシェ・ターボ・・・我がクラブ会長が第一回目のMenbers Talkです。 湾岸で930turbo全盛期の時代に深夜を駆け巡っていた一台の黒いポルシェ。 そして実写映画化された「湾岸MIDNIGHT」により撮影車両として出演。 そして2009年(今年)ブラックバード号は、何と新車購入時から20年目の節目となる年になります。 文末には会長挨拶として当クラブのご案内を、ブラックバードさんの言葉で掲載しています。 メンバー名 ブラックバード (当クラブ 会長) 現住所 東京都 出身地 東京都 誕生日 12月19日 いて座 職 業 役員・管理職 趣 味 車・バイク,ドライブ・旅行, 映画,スポーツ 「僕がまだ少年だった約30年前、空前のスーパーカーブームがありました。 ランボルギーニカウンタックLP400、フェラーリ365GT4BBは、少年達を虜にしていました。 エンジンは、カウンタックやフェラーリの甲高いV12サウンドとは全く異なり、水平対抗のバタバタした図太いサウンド。 他のスーパーカーとは違うこんな930turboは、少年にとって憧れではありましたが、不思議と何か近い存在にも思えました。 」 18歳で免許を取り湾岸を走っていたブラックバードさんはBMWのハルトゲに乗っていたといいます。 そこで劇的に出会った某有名カークラブ会長のマルーンカラーの930turboに惹かれ、少年の時の想いが一気に爆発したという・・・。 未だブラックバードさんが大学生の頃、この時ばかりはかなりの苦労を強いられて購入〜ローン返済までの道のりを歩むことになります。 「大学の放課後は部活、そして深夜から朝にかけてアルバイトの毎日、睡眠は翌日の授業中・・・喉が渇いても勿論水道水で我慢していました。 すべては、930turboだけの為に。 徹底した禁欲生活の4年間後に、とうとう憧れ続けた930turboを手に入れました。 貯金生活をしてなければ、大学の青春時代にもっと遊べたかも知れない。 でも、夢であった930turboを手に入れる為には何も苦にはなりませんでした。 」 930turbo カタログ上は911turboの名称 は当時ポルシェ社のフラッブシップカーです。 そこでブラックバードさんは、また大胆な行動に出ます。 なんとドイツ語の話せる友人を通し自ら個人輸入で新車を買うという事だったのです。 ニアミスもあり、一度は他の国へ行ってしまった事で再オーダー。 1年間待った怪我の功名で89年の最終型930turboを手に入れる事になります。 「やっとの思いで夢の930turboを手に入れた所から、本当の意味で僕の青春時代は始まった。 いつでも930turboに接していたい。 見ているだけでもいい・・・ハンドルを握ると、なぜかニヤニヤしてしまう・・・女性に対して以上に愛してしまっていました。 勿論その思いは今でも一緒です。 」 正規物より安く買えたポルシェには、長いローンが待っていたということです。 それでも、その後自分の情熱を一途に投影し、新たなポルシェがリリースしても目もくれず一台のポルシェ・・・ブラックバード号をこつこつと仕上げて行くのです。 この状態で暫く走っていたとの事です。 「ポルシェでの湾岸ランナー生活も10年が過ぎた1999年、雑誌社ネコ・パブリッシングが毎年モテギサーキットで開催している『ネコ・ヒストリック・オートモービル・フェスティバル』にて『レンシュポルトカップ』というポルシェオンリーのレース出場募集を見つけ、遊び半分でレースデビューしてみました。 感想は・・・レース、超面白い!そして、サーキットって安全に自分の車と対話できる。 一方通行でエスケープゾーンも広くて湾岸よりも何倍も安全に遊べると思いました。 」 翌年の2000年にアイドラーズがポルシェオンリーのイベント、「ジャパン・ポルシェディ」を初開催することになり、そしてその中で行われる930カップ(930型以前モデルのみのポルシェワンメイクレース)に初出場となります。 「アイドラーズは、アマチュアレースの中では最高峰の団体です。 他の出場車両は物凄い仕様のポルシェも多く、当初『私のようなド素人が出場していいものなのか?』と戸惑いながらの出場でした。 しかし、皆さん驚くほどマナーが良く、レースというよりも自分の好きな車で『かけっこ』しているような和気藹々とした雰囲気に感動して、それからはアイドラーズのレースには毎戦出場するようになりました。 ですが、それは容易いことではなかったのです。 930独特のドッカンターボは、サーキットではコーナー出口ではNAのように下から加速しないし、ターボが効いてきたころには次のコーナーが来てしまう・・特に雨ではまったく踏めない最悪の仕様で苦しみました。 でも、そんなジャジャ馬を乗りこなすのが最高に楽しかったと語ります。 私たちみたいな930turbo好きなら皆首を縦に振るのではないでしょうか。 そして、ブラックバードさんはストリートが原点、普段も触れて楽しんでる愛着のある車でレースを楽しみたいということで、なんと自走でサーキットに入りレースを戦って、翌日には買い物やドライブでも使う・・・これをモットーにしたとのことです。 そんな中、レースデビューして5年目の2003年3月モテギサーキットにて、大バトルの末、念願の930カップで初優勝しました。 「優勝の瞬間はヘルメットの中で号泣してしまい、ピットに戻ってもヘルメットを脱げませんでした。 私のレース人生で、最高に感動した瞬間です。 そして、その2003年シリーズは他のレースも優勝して、とうとう湾岸仕様のままでの目標のシリーズチャンピオンも獲ることができて、最高の年になりました。 」 しかし、翌年からは最新型のポルシェまで出場するアイドラーズ最高峰クラスのスーパーカップへのステップアップとなるので、一気に禁断の扉を開きます。 そして悩んだ末に、ブラックバード号に大幅な改造を施すことになります。 6カムなど入れ、なんといってもエンジンをMoTeCのフルコンで制御したことにより、一気に550馬力仕様にまでしました。 足は、トーションバーを止めコイルオーバー化。 ブレーキも大型化し、鉄板剥き出しになった車内には、溶接ロールバーを装着。 」 その後、出場するレースでは自らのドライビングセンスと共に930turboの持つポテンシャルの高さを見せつけ、ついに2007年にはアイドラーズの最高峰クラスのスーパーカップでもシリーズチャンピオンを獲ることができました。 「ポルシェレースで一番悔しかったのは、2002年?のモテギサーキットでの930カップでのナイトレース。 暗闇のサーキットで、トップが何回も入れ替わるデッドヒートを繰り広げ、レース終盤にトップを走っていると急にエンジン・ストップでリタイヤ・・・初優勝を逃しました。 原因は、ヒューズボックス内の赤く丸いリレーが振動で緩んだだけ(!?)でした。 それがわかって余計に悔しかったです。 」 ブラックバードさんはツーリングやイベントにも積極的に参加する。 サーキットを走っていてもやはりベースはストリートに身を置きたいと語ってます。 何処へ行っても彼と彼の分身ブラックバード号は大人気です。 最新のポルシェに乗っている人たちからの支持も厚い。 club930turboの会長である彼ならではの発想で、イベントや交流会などをリードしています。 「実写版・湾岸ミッドナイトのブラックバード役として車が出演してから、この車は「ブラックバード号」、僕自身は「ブラックバードさん」と呼ばれるようになりました。 とうとうブラックバード号と20年の付き合いになってしましたが、でもまったく飽きない・・・。 このポルシェが好きで好きでたまらない・・・。 この車は、生涯現役であり続けると思います。 」 僕(Kero)がブラックバードさんを通して見たポルシェ像は、彼の人生同様とても憧れます。 なんと言っても、ブラックバードさんには930turboのコノリーレザーの匂い立ち込める車内とキズ一つ無いピカピカのボディーの記憶が今でも鮮やかにあると言うこと。 そしてそれを乗り続け、人生の半分位を一緒に生きているという点です。 貴方も何処かでブラックバード号を見かけたら、是非雰囲気を確かめてみてください。 19年間走り込んできた思いと彼の情熱の結晶を見てみてください。 そしてきっと、誰も真似できないが、こんなポルシェ・ライフに身を置くのも悪くないと思うはずです。 最後に我がメンバー会長として・・・誰よりも長く930turboを維持しているブラックバードさんに930turboプレ・会員に向けてコメントを頂きます! 「人にはいろんな車への思い、ストーリーがあります。 当クラブメンバーは、年令、社会での立場、そして思い、ストーリーも様々。 でも、共通することはただ一つ・・・・930turboが大好き。 このような共通の思いのメンバーが集まった場合、年令、立場などはまったく関係無くなり、垣根を越えて930turbo話に没頭し、気が付けば何時間も過ぎてしまいます(笑)。 こんな、気兼ねなく平等でお付き合いできる、930turboを愛して病まない人間が集まってこのクラブが誕生しました。 主な活動は・・・ ・定例ツーリング、お夜会(ナイトプチツーリング) ・定例オフ会(食事会など) ・サーキット走行会(レース参戦及びレースサポート) ・掲示板などによる情報交換 ・その他・・・ クラブの規約は、930turboを所有してること、そして930turboが好きで好きでしょうがないこと・・・。 このようなクラブですが、930turboをお乗りの方は、是非お仲間にお入り下さい。 club930turbo 代表 ブラックバード」 購入当時のBB号 「僕がまだ少年だった約30年前、空前のスーパーカーブームがありました。 ランボルギーニカウンタックLP400、フェラーリ365GT4BBは、少年達を虜にしていました。 エンジンは、カウンタックやフェラーリの甲高いV12サウンドとは全く異なり、水平対抗のバタバタした図太いサウンド。 他のスーパーカーとは違うこんな930turboは、少年にとって憧れではありましたが、不思議と何か近い存在にも思えました。 」 18歳で免許を取り湾岸を走っていたブラックバードさんはBMWのハルトゲに乗っていたといいます。 そこで劇的に出会った某有名カークラブ会長のマルーンカラーの930turboに惹かれ、少年の時の想いが一気に爆発したという・・・。 未だブラックバードさんが大学生の頃、この時ばかりはかなりの苦労を強いられて購入〜ローン返済までの道のりを歩むことになります。 「大学の放課後は部活、そして深夜から朝にかけてアルバイトの毎日、睡眠は翌日の授業中・・・喉が渇いても勿論水道水で我慢していました。 すべては、930turboだけの為に。 徹底した禁欲生活の4年間後に、とうとう憧れ続けた930turboを手に入れました。 貯金生活をしてなければ、大学の青春時代にもっと遊べたかも知れない。 でも、夢であった930turboを手に入れる為には何も苦にはなりませんでした。 」 930turbo カタログ上は911turboの名称 は当時ポルシェ社のフラッブシップカーです。 そこでブラックバードさんは、また大胆な行動に出ます。 なんとドイツ語の話せる友人を通し自ら個人輸入で新車を買うという事だったのです。 ニアミスもあり、一度は他の国へ行ってしまった事で再オーダー。 1年間待った怪我の功名で89年の最終型930turboを手に入れる事になります。 「やっとの思いで夢の930turboを手に入れた所から、本当の意味で僕の青春時代は始まった。 いつでも930turboに接していたい。 見ているだけでもいい・・・ハンドルを握ると、なぜかニヤニヤしてしまう・・・女性に対して以上に愛してしまっていました。 勿論その思いは今でも一緒です。 」 正規物より安く買えたポルシェには、長いローンが待っていたということです。 それでも、その後自分の情熱を一途に投影し、新たなポルシェがリリースしても目もくれず一台のポルシェ・・・ブラックバード号をこつこつと仕上げて行くのです。 この状態で暫く走っていたとの事です。 「ポルシェでの湾岸ランナー生活も10年が過ぎた1999年、雑誌社ネコ・パブリッシングが毎年モテギサーキットで開催している『ネコ・ヒストリック・オートモービル・フェスティバル』にて『レンシュポルトカップ』というポルシェオンリーのレース出場募集を見つけ、遊び半分でレースデビューしてみました。 感想は・・・レース、超面白い!そして、サーキットって安全に自分の車と対話できる。 一方通行でエスケープゾーンも広くて湾岸よりも何倍も安全に遊べると思いました。 」 翌年の2000年にアイドラーズがポルシェオンリーのイベント、「ジャパン・ポルシェディ」を初開催することになり、そしてその中で行われる930カップ(930型以前モデルのみのポルシェワンメイクレース)に初出場となります。 「アイドラーズは、アマチュアレースの中では最高峰の団体です。 他の出場車両は物凄い仕様のポルシェも多く、当初『私のようなド素人が出場していいものなのか?』と戸惑いながらの出場でした。 しかし、皆さん驚くほどマナーが良く、レースというよりも自分の好きな車で『かけっこ』しているような和気藹々とした雰囲気に感動して、それからはアイドラーズのレースには毎戦出場するようになりました。 ですが、それは容易いことではなかったのです。 930独特のドッカンターボは、サーキットではコーナー出口ではNAのように下から加速しないし、ターボが効いてきたころには次のコーナーが来てしまう・・特に雨ではまったく踏めない最悪の仕様で苦しみました。 でも、そんなジャジャ馬を乗りこなすのが最高に楽しかったと語ります。 私たちみたいな930turbo好きなら皆首を縦に振るのではないでしょうか。 そして、ブラックバードさんはストリートが原点、普段も触れて楽しんでる愛着のある車でレースを楽しみたいということで、なんと自走でサーキットに入りレースを戦って、翌日には買い物やドライブでも使う・・・これをモットーにしたとのことです。 そんな中、レースデビューして5年目の2003年3月モテギサーキットにて、大バトルの末、念願の930カップで初優勝しました。 「優勝の瞬間はヘルメットの中で号泣してしまい、ピットに戻ってもヘルメットを脱げませんでした。 私のレース人生で、最高に感動した瞬間です。 そして、その2003年シリーズは他のレースも優勝して、とうとう湾岸仕様のままでの目標のシリーズチャンピオンも獲ることができて、最高の年になりました。 」 しかし、翌年からは最新型のポルシェまで出場するアイドラーズ最高峰クラスのスーパーカップへのステップアップとなるので、一気に禁断の扉を開きます。 そして悩んだ末に、ブラックバード号に大幅な改造を施すことになります。 6カムなど入れ、なんといってもエンジンをMoTeCのフルコンで制御したことにより、一気に550馬力仕様にまでしました。 足は、トーションバーを止めコイルオーバー化。 ブレーキも大型化し、鉄板剥き出しになった車内には、溶接ロールバーを装着。 」 その後、出場するレースでは自らのドライビングセンスと共に930turboの持つポテンシャルの高さを見せつけ、ついに2007年にはアイドラーズの最高峰クラスのスーパーカップでもシリーズチャンピオンを獲ることができました。 「ポルシェレースで一番悔しかったのは、2002年?のモテギサーキットでの930カップでのナイトレース。 暗闇のサーキットで、トップが何回も入れ替わるデッドヒートを繰り広げ、レース終盤にトップを走っていると急にエンジン・ストップでリタイヤ・・・初優勝を逃しました。 原因は、ヒューズボックス内の赤く丸いリレーが振動で緩んだだけ(!?)でした。 それがわかって余計に悔しかったです。 」 ブラックバードさんはツーリングやイベントにも積極的に参加する。 サーキットを走っていてもやはりベースはストリートに身を置きたいと語ってます。 何処へ行っても彼と彼の分身ブラックバード号は大人気です。 最新のポルシェに乗っている人たちからの支持も厚い。 club930turboの会長である彼ならではの発想で、イベントや交流会などをリードしています。 「実写版・湾岸ミッドナイトのブラックバード役として車が出演してから、この車は「ブラックバード号」、僕自身は「ブラックバードさん」と呼ばれるようになりました。 とうとうブラックバード号と20年の付き合いになってしましたが、でもまったく飽きない・・・。 このポルシェが好きで好きでたまらない・・・。 この車は、生涯現役であり続けると思います。 」 僕(Kero)がブラックバードさんを通して見たポルシェ像は、彼の人生同様とても憧れます。 なんと言っても、ブラックバードさんには930turboのコノリーレザーの匂い立ち込める車内とキズ一つ無いピカピカのボディーの記憶が今でも鮮やかにあると言うこと。 そしてそれを乗り続け、人生の半分位を一緒に生きているという点です。 貴方も何処かでブラックバード号を見かけたら、是非雰囲気を確かめてみてください。 19年間走り込んできた思いと彼の情熱の結晶を見てみてください。 そしてきっと、誰も真似できないが、こんなポルシェ・ライフに身を置くのも悪くないと思うはずです。 最後に我がメンバー会長として・・・誰よりも長く930turboを維持しているブラックバードさんに930turboプレ・会員に向けてコメントを頂きます! 「人にはいろんな車への思い、ストーリーがあります。 当クラブメンバーは、年令、社会での立場、そして思い、ストーリーも様々。 でも、共通することはただ一つ・・・・930turboが大好き。 このような共通の思いのメンバーが集まった場合、年令、立場などはまったく関係無くなり、垣根を越えて930turbo話に没頭し、気が付けば何時間も過ぎてしまいます(笑)。 こんな、気兼ねなく平等でお付き合いできる、930turboを愛して病まない人間が集まってこのクラブが誕生しました。 主な活動は・・・ ・定例ツーリング、お夜会(ナイトプチツーリング) ・定例オフ会(食事会など) ・サーキット走行会(レース参戦及びレースサポート) ・掲示板などによる情報交換 ・その他・・・ クラブの規約は、930turboを所有してること、そして930turboが好きで好きでしょうがないこと・・・。 このようなクラブですが、930turboをお乗りの方は、是非お仲間にお入り下さい。 club930turbo 代表 ブラックバード」.

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湾岸ミッドナイトのブラックバードのポルシェについて詳しく教...

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930ターボ、面白いですよ。 乗るときにいつも「特別な気持ち」に、最も多くさせてくれたのは ターボでした。 「怖い」という緊張感もありますし。 74年から89年まで長きに渡り生産されていたので 仕様変更も多々あります。 厳密に言うとポルシェは毎年のようにマイナーな仕様変更をしています。 しかも最終モデルとしても既に22年経過しているクルマなので 個体差も広がっています。 大きなのが、88年までのミッションは4速。 最終の89年のみが5速。 やはり一番人気があります。 私のは85年だったので4速。 でもパワーバンドが充分広いので不満はありませんでした。 逆に適しているのは4速では…と思う部分も沢山ありました。 エアコンは現代のクルマのものを求めたらだめです。 これも最終のは大分良い、と聞きます。 ただONにすると吹け上がりが重く感じてしまうのでほとんど使いませんでした。 「ドッカンターボ」と言われる様に過給が始まると凄いパワーです。 リアにぐっと荷重が掛かり「俺じゃ扱えねぇ!」といつもビビッていました。 そのかわり過給していないとNAのモデルより低速トルクが細い印象で その点は残念な部分です。 NAのエンジンは低速でぶっといトルクがあり尚且つシャープに 吹け上がるのが魅力ですから。 そのためタイヤにとっては過酷です。 約10. 000kmでリア交換、20. 000kmで4輪交換、といった感じでした。 まぁ他にも記したいことは沢山ありますが、 自身で追求してみてください。 情報は割と多いと思います。 最後の伝統的な911のボディシェイプでもありますし。

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