ビリー ジョエル マイ ライフ。 ビリー・ジョエルのおすすめ名曲・有名曲!絶対に聴くべき人気曲10選

ビリー・ジョエル 『ニューヨーク52番街』国内盤アナログリリース!|HMV&BOOKS online

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眠れない夜に聞こえてきたビリー・ジョエルの曲 ちょうど都合よく忘れかけていた頃に限って、眠れない夜というものは訪れる。 頼んでないのに。 明日も朝早いのに厄介な野郎だ。 まったく。 何とかならぬものか? それは1980年、昭和55年頃の話。 同じく眠れない夜に見舞われた男一人。 「チッ。 全然寝付けねぇや。 どうしたもんだい?え?しょうがねぇなぁ。 はす向かいの角の赤ちょうちん、まだやってるかな?あんまり銭もねェけど、まあいいか?チョッと一杯ひっかけるか。 よし、財布と鍵と、あとそうそうコレコレ。 生徒手帳。 学割にしてもらわねぇとなぁ。 なんせまだ中学生だしな。 何ならツケにすればいっか?じゃあ、ちょっと行ってくらぁ!」 コラコラ。 当然、いつの時代でもそんなわけにはいきません。 酒飲んでる年じゃねェだろ。 なめんなよ小僧。 眠れない中学生、寝酒も許されず、それじゃあと勉強などとは思いもつかず、しょうがねぇべと決まって聞いていたのが深夜のラジオ番組です。 寝るまで気を紛らわすつもりが、ハマってしまいかえって目が冴えたりしたものです。 当時は娯楽といえばTVかラジオぐらいしかありませんでしたから。 娯楽ってアンタ、死語やん。 そんな時ラジオからよく流れてきたのがビリー・ジョエルの曲。 当時は常にヒットチャートにランクインしている感じでした。 それでは、ビリー・ジョエルの私的おすすめ名曲ランキングです! ビリー・ジョエルのおすすめ名曲ランキング:第10位~第4位 第10位. 「Allentown」 発売日:1989年10月 収録アルバム:Storm Front アルバム「Storm Front」に収録されている曲です。 ピアノメインの曲ではありませんが、ビリー・ジョエルの曲にしては変わった感じの曲ですね。 ロングアイランドの漁師の現状を歌った内容になっています。 そういった視線も先程の「Allentown」同様、ビリー・ジョエルの曲の特徴的な一つですね。 民族音楽的な感じがして何か似てると思ったのが、サリフ・ケイタの楽曲です。 アフリカのマリ共和国出身のアルビノのミュージシャンで、アフリカ民族音楽と現代音楽を融合させたサウンドで有名な人物です。 歌唱力、存在感、圧倒的です。 興味があればぜひ聴いてみてください。 第8位. 「Root Beer Rag」 発売日:1971年 収録アルバム:Cold Spring Harbar ビリー・ジョエルのファーストアルバムの最後に収録されている曲です。 ピアノの弾き語りで淡々と歌われています。 美しいバラード調ですが、歌詞の内容はかなり切実で明日からどうやって生きていこうという崖っぷち状態を歌っています。 しかも短い曲なので、聴き終わった後の余韻が何とも言えません。 これが深夜のラジオで、この後何の音もなく終わってしまったら何を考えるでしょうか? 今の静寂を淋しいと思うだけ?明日また頑張ろうって思えるかな? 中学生の頃はどうだった?大人になった今ではどうかな?・・・ではしばらくの間、お静かに。 第5位. 「Baby Grand Duet with Ray Charles」 発売日:1977年9月 収録アルバム:Stranger 「誰もが夢を持っている」訳せばそのままのタイトル曲です。 スローワルツでのゴスペル風の曲調です。 改めてビリー・ジョエルの音楽性の多様さを思い知らされます。 色々なジャンルの曲調をやはりビリー・ジョエルならではの音にしてしまう手腕はさすがです。 この曲が終わった後に「Stranger」の曲の冒頭で流れる口笛のイントロが再び流れます。 この収録アルバムがコンセプトアルバムなので、ストーリー的にこのフレーズで締めくくられています。 知らなければあれって思いますよね。 知って聴いてもなんか半ば強制的にクールダウンされている様で、少し不思議な感覚になります。 さて、ビリー・ジョエルのおすすめの曲ランキングはここからついにトップ3です! どんな曲がランクインしているのでしょうか?.

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ビリージョエルの私的おすすめ名曲ランキングトップ10を作ってみた!│新時代レポ

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Some are satin some are steel Some are silk and some are leather They're the faces of the stranger But we love to try them on あるものはサテン あるものは鋼 あるものはシルク あるものはレザー そんなストレンジャーの仮面を 僕らは付けてみたがるもの この曲では、全く違った二通りのボーカルスタイルを使い分けています。 基調部分は粘り気のある黒っぽい歌い方、そしてブリッジ部では一転して透明感のある歌唱をみせ、その鮮やかな切り替えのテクニックには誰もが驚かされるでしょう。 しかも、ジョエルのボーカルスタイルのバリエーションはこの二通りだけではありません。 「素顔のままで」でも「アップタウン・ガール」でも「マター・オブ・トラスト」でも、それぞれ別人かと思わせる歌唱を使い分けています。 つまり、 彼はさまざまな声の「仮面」を持っているのです。 ロック、ポップス、フォーク、ジャズ、ソウル、そしてクラシック……。 ビリー・ジョエルの音楽スタンスはひとつのジャンルにとどまりません。 そしてそれぞれのジャンルを適切に表現するために、ボーカルスタイルを変化させます。 そうした仮面を付け替えるような自在なテクニックが、彼の音楽の魅力を力強く支えていることは誰しも異論のないところでありましょう。 ストレンジャーの葛藤 Once I used to believe I was such a great romancer Then I came home to a woman that I could not recognize When I pressed her for a reason She refused to even answer It was then I felt the stranger Kick me right between the eyes かつては自分を かなりのロマンチストだと信じてたけど 家に帰ったら 見たこともない女がいて 理由を問い詰めても 頑なに答えを拒みやがった そのときばかりは これがストレンジャーかとたまげたね しかしそうした仮面、つまりストレンジャーとしてのスタイルは、セールスとは裏腹にジョエルの孤独感を深める要因につながったのかもしれません。 例えば、同時代のアーティストであるブルース・スプリングスティーンと同じように、彼も社会的な問題をたくさん曲にしています。 しかしスプリングスティーンに比べて、ジョエルのそうした活動に対する世間の反応はおおむね冷ややかなものでした。 スプリングスティーンの歌詞は詩情豊かですが、音楽スタイルは決してテクニカルなものではありません。 そうした等身大とも言える愚直なスタイルこそが、当時の悩めるアメリカ社会に寄り添うヒーロー像として望まれる姿でした。 しかし彼とセールスを競っていたジョエルを、そのポジションに担ぎ上げるファンや評論家の動きはほとんどありませんでした。 テクニックを軽々とこなす彼のスタイルが仇となり、メッセージさえも軽々しく響いていたのかもしれません。 You may never understand How the stranger is inspired But he isn't always evil And he isn't always wrong 君にはまるでわからないかもな いかにしてストレンジャーの顔があらわれるかなんて でもそいつはいつも悪いわけでもなければ いつも間違ってるわけでもない ここでストレンジャーとなることの功罪を問うています。 広がる孤独の闇の中で、自身のスタンスに葛藤するジョエルの姿を重ねずにはいられません。 ストレンジャーの呪い Though you drown in good intentions You will never quench the fire You'll give in to your desire When the stranger comes along 君にどれだけ善意が溢れていようと その炎を鎮めることなんてできやしない ストレンジャーがやってくるのは 君がその欲望に身をやつしたときだ ビリー・ジョエルにとってストレンジャーであり続けることは、逃れがたい業のようなものだったのかもしれません。 音楽という欲望を満たすための仮面は、深まる孤独とひきかえに彼を成功へと導きました。 成功につきまとう呪いのストーリーとしては、モーツアルトやロバート・ジョンソンほど劇的なドラマはないかもしれませんが、彼にもまたそうした成功者の光と闇を感じずにはいられません。 そして、そうした伝説の存在がそうであったように、 自身にあらわれるストレンジャーを御しきれない不器用さもまた、彼の音楽に深みを与えていることは間違いないでしょう。 「ストレンジャー」のイントロに流れる口笛の主は、ビリー・ジョエルの成功から片時も離れなかった孤独のストレンジャーなのかもしれません。 Well we all have a face That we hide away forever And we take them out and show ourselves When everyone has gone 僕らの誰もが 永遠に隠し通す顔を持っている そして誰もいなくなったときに 僕らはその顔を取り出してみるんだ TEXT:quenjiro.

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ビリージョエルの私的おすすめ名曲ランキングトップ10を作ってみた!│新時代レポ

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ビリー・ジョエル 『ニューヨーク52番街』 が、ソニー自社一貫生産アナログレコードの洋楽第一弾に決定! 株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ)が、同社のグループ会社でありディスク製造工場である株式会社ソニーDADCジャパン(以下DADJ)において、アナログレコード用のスタンパー製造設備を導入したことを発表。 3「夢で逢えたら」』)。 『ニューヨーク52番街』は、1978年10月に発表された通算6枚目のスタジオ・アルバムで、今年は記念すべきリリース40周年にあたる。 「オネスティ」、「マイ・ライフ」、「ビッグ・ショット」などの代表曲を収録した同作はビリーにとって初の全米アルバム・チャート1位獲得作品となり、全米年間(1979年)アルバム・チャートも1位を記録している。 第22回(1979年度)グラミー賞にて、最優秀アルバムと最優秀男性ポップ・ヴォーカルを受賞した歴史的名盤だ。 同作は、1982年に世界初の商業用CDソフトとして当時のCBS・ソニー静岡工場(現DADJ)にて生産され、同年10月1日に発売された(当時のCD品番は35DP-1)ことが広く知られているためだ。 くしくも今年は、ビリーが1973年にCBS(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)より『ピアノ・マン』でデビューを果たしてから45周年にあたる。 記念すべき年にリリース40周年を迎えるメモリアルな作品が、世界初のCDソフトとして生産されたのと同じ製造工場で、自社一貫生産アナログ盤の洋楽第一弾として復活するということになる。 名盤は時代を超えて、そして形を変えて生き続けるというわけだ。 グループ会社の株式会社ソニー・ミュージックコミュニケーションズが運営するソニー・ミュージックスタジオにおいて、アナログレコード製造用のラッカー盤カッティングマシンを導入し、2017年2月よりアナログレコード用カッティングマスターの制作を開始。 また、同年6月にはDADJにアナログレコード用のプレス機を導入しております。

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