チャゲ。 チャゲが語るデビュー40年「もう一度、ASKAと一緒に歌を!」

チャゲとASKAの埋まらない深い溝 鍵を握る「金銭問題と愛人」

チャゲ

ASKAは、《(チャゲアスの)再始動を、ひたすら待ってくれている多くのファンの方々の気持ちを前にして、私にはそれはできません》と述べた上で《手を替え、品を替えで、ただ延命するより、いっそ解体して、新しく積み上げることの方が建設的だと思うのです》と、脱退理由を明かした。 CHAGEの了承は得ておらず《相棒は、まだ『解散』を受け入れていません。 ましてや、この『脱退』も受け入れられないでしょう》。 CHAGEは26日になって、ようやく《皆様を悲しませてしまった事に責任を感じると共に率直にとても残念な思いです》との声明を発表した。 4年間の執行猶予期間が明け、ASKAは妻と離婚し、かつての愛人女性とともに人生を歩む選択をした。 以前に比べて疑心暗鬼に陥っている部分はあると思う」 という。 ブログでは自身が起こした薬物事件を踏まえた上で「私が(チャゲアスについて)多くを語ってはならない」としたものの、長文ブログの文字数は4000Wオーバー。 CHAGEに対しても「嫌いなわけではない」と言っておきながら、代理人を通じて連絡を寄越す相方に不信感をあらわにするなど、何が何だかわからないことになっている。 「ASKAさんは良く言えば、武士のような人。 長らく剣道に打ち込んでいることもあって、筋が通らないことが大嫌い。 すでにチャゲアスに心がないのに、延々と商売するのはファンに失礼だということでしょう。 『自分あってのチャゲアス』というプライドもある。 CHAGEさんがソロライブや7月発売の女性誌でチャゲアスの再始動や将来について、とうとうと語っていたことも許せなかったのでは?」(ASKAを知る人物 一方のCHAGEサイドは困惑しきり。 音楽関係者が次のように語る。 「これまでも多少のトラブルはあったが、今年に入って急に態度が強硬になったイメージだ。 CHAGEは直近で2回、会談を申し出たが、返答はなかった。 愛人女性と同棲を始めたことで、ASKAに何か心境の変化があったのかもしれない」 かつての所属事務所をめぐる攻防もあった。 ASKAは「ロックダムアーティスツ」に所属していたが、薬物事件でクビに。 それでもチャゲアスの運営・権利管理を手掛ける同社からは関連商品が次々とリリースされる。 現に同社ホームページでは今月23日に「CHAGE and ASKA LIVE DVD BOX4」(税込17600円)の予約を受付開始したばかりだ。 「ASKAさんは同社の株式を50%保有する大株主で、以前から株主総会でチャゲアスとロックダムの解散を提案していたそうです。 しかし、もう50%の株式を保有するCHAGEさんが反対するので、通らない。 業を煮やしたASKAさんはロックダムに対し、自分が考えるビジネス計画を持ち込み、会社運営にタッチしようとした。 攻めのASKAと現状維持のCHAGEで考え方が決定的に違ったんです」(スポーツ紙音楽担当記者) 大多数のファンは今もチャゲアスが復活することを望んでいるが、両者の溝は想像以上に深刻だ。 PHOTO:香川貴宏.

次の

CHAGE and ASKA

チャゲ

山里剛• 澤近泰輔• 村田努 公式サイト メンバー (・) 旧メンバー (ボーカル・ギター) CHAGE and ASKA(チャゲ・アンド・アスカ)(中国語表記: 恰克與飛鳥、韓国語表記: 차게 앤 아스카)は、の。 通称: チャゲアス。 の同級生同士であったとで結成し、に「」でデビュー。 に「」、には「」がヒット。 に「」が13週連続1位を獲得し、ダブルミリオンを記録。 には『』もダブルミリオンを記録し、アルバム年間1位を獲得。 シングルでは「」がを記録。 に「」が史上初となる同一歌手でシングル2作目のダブルミリオンを記録し、年間1位を獲得。 には「」と「」がミリオンを記録。 自身初の海外ツアーを開催し、にアジア出身者初の『』に出演して、にはで日本人初の大規模ライブを行った。 しかし、にデュオでの無期限活動休止を宣言し、に再始動を発表するもASKAのの疑いと薬物事件により白紙となり、デビュー40周年となるにASKAが脱退を発表した。 メンバー [ ] 人名 (本名) 生年月日(年齢) 出身地 血液型 備考 ( 柴田 秀之) 1958-01-06 (62歳) B型 - ( 宮﨑 重明) 1958-02-24 (62歳) A型 2019年8月25日に脱退した。 来歴 [ ] デビュー前 [ ]• 高校時代からの友人だった2人が在学中、別々に出場していた『第15回(通称:ポプコン)』福岡大会でチャゲがグランプリを獲り九州大会へ進む際に、ヤマハの九州地区担当ディレクター・秋吉恵介の勧めにより初めてデュオが組まれた。 『第17回ポプコン 』には「ひとり咲き」で再び『つま恋本選会』に出場するが、またしてもグランプリ獲得にはならず入賞となる。 しかしデビューの話は進行していき、7人編成のバンドとしてではなくチャゲと飛鳥のみでデビューという方向で話が進んでいった。 2人は何度か断るも悩んだ末に残された5人の了承も得て承諾するが、それと同時に7人編成での最後のステージをポプコンで行いたいことを要求する。 そして、『第18回ポプコン』九州大会のゲスト出演という形で7人編成最後のステージを行った。 このライブでは、それまで未完成だった楽曲「歌いつづける」をバンドを去る5人への餞の曲として完成させ披露した。 残された5人の中には、後にお笑い芸人になったがいた。 デビュー後 [ ]• 1979年• 8月25日、ワーナー・パイオニア(現:)よりシングル「」でデビュー。 熱い喉が衝き叫ぶ! シングル「」をリリース。 秋には『』を行う。 なお、「万里の河」は年末からチャート上位になり、初のヒットシングルとなる。 アルバム『』が、オリコンアルバムチャート1位を獲得する。 また、デビュー3年目にして59公演となるコンサートツアー『熱風』を行う。 周囲では誰もが「無謀だ」と思っていたが、コンサートは大盛況だった。 8月、で『The 夏祭り'81』を開催する。 史上初めて をコンサート会場として使用。 この頃から徐々に鍵盤やを使った楽曲制作に変化していく。 シングル「」リリース。 8月には念願の公演を含むコンサート『SUPER EVENT "INSIDE"』を開催。 コンサートは盛況だが、セールスは伸び悩んでいた。 一方、この夏チャゲはとの「」がヒットする。 シングル「」・「」を2枚同時にしてから、所属レコード会社のワーナー・パイオニアを去る。 レコード会社未定の中、コンサートツアー『SHAKIN' NIGHT』、福岡・大阪で『THE 夏祭り'85』を開催する。 10月にをキャニオン・レコード(現:)に移籍。 『』をリリースする。 レコード会社の移籍、「SAY YES」のヒット [ ]• キャニオン・レコード移籍後初のシングル「」がスマッシュヒット。 この年はシングル4枚、アルバム2枚、限定で1枚を発表。 コンサートも夏にで開催する等、1年を通して精力的な活動を行う。 ベスト・アルバム『』リリース。 3年間にランクインするというロングセールスを記録する。 シングル「」が初のドラマ主題歌に起用される。 また、この頃2人は、をはじめとしたグループ・タレント・歌手への楽曲提供が盛んで、音楽家としての知名度が向上する。 デビュー10周年。 シングル「」、「」をリリース。 デビュー日にリリースしたアルバム『』は、『熱風』以来となるオリコンアルバムチャート1位を獲得する。 ASKAは渡英し、楽曲制作。 CHAGEは""を結成。 この時解散を噂されたが、2人はそれを否定した。 これはASUKAだとイギリス人に「アスーカ」と呼ばれてしまったためである。 8月には初のレコーディングとなったアルバム『』を発表。 約1年ぶりのコンサートツアーも行う。 アルバム『SEE YA』から「」をシングルカットし、ロングセールスを記録する。 そして、系ドラマ『』の主題歌となったシングル「」が、デビュー12年目で初のシングルチャート1位を獲得。 大ヒットシングルとなり、オリコンシングルチャート13週連続1位、累計売上枚数が約282万枚となる記録を樹立する。 また、10月にリリースされたアルバム『』は発売2週目で達成、当時史上最高のセールスを記録。 11月には「」をシングルカットし、こちらもオリコンシングルチャート1位となる。 ASKAは、3月にリリースしたシングル「」、6月リリースのアルバム『』でもミリオンセラーを達成する。 チケットは瞬く間に完売し両ツアーで45万人を動員した。 そして、第6回では、主要7部門中6部門受賞するという快挙となる。 3月にリリースしたベスト・アルバム『』は、日本国内だけで累計売上枚数が約270万枚を売り上げ、アジア諸国でも大ヒットとなり、オリコン年間アルバムチャート1位を獲得する。 シングル「」、アルバム『』はともにミリオンセラーを記録。 フジテレビ系ドラマ『』の主題歌となったシングル「」の累計売上枚数が約242万枚を記録して大ヒットとなり 、オリコン年間シングルチャート1位を獲得する。 また、第7回日本ゴールドディスク大賞を2年連続で受賞する。 5月にはで開かれたに日本代表として初出場する。 この頃から、への支援活動も行い、10月にアルバム『』リリースと同時にコンサートツアー『史上最大の作戦 THE LONGEST TOUR 1993-1994』がスタートする。 デビュー15周年のこの年も第8回日本ゴールドディスク大賞グランプリシングル賞などを受賞。 The World Music Awardsを3年連続受賞し、アジア代表として14カラット・ソウルと現地で共演。 また、初のアジアツアー『ASIAN TOUR 1994』を行ない、日本のツアーの延長として今まで誰も果たせなかった大規模なステージセットでの公演となり、・・で合計6万人を動員、現地のメディアに大きく取り上げられた。 シングル「」・「」がオリコンシングルチャート1位とミリオンセラー。 12月には映画『』が全米公開され、エンディングテーマに全英語詞の楽曲「」が起用される。 また、4枚組の『』をリリース。 こちらもオリコンアルバムチャート1位となる。 その中で、「」のとしてが製作され、コンサート会場及び劇場で公開される。 また、ハリウッド映画『』のエンディングテーマにASKAが「TIME」を提供し、日本盤に収録される。 2度目のアジアツアー『ASIAN TOUR II - MISSION IMPOSSIBLE』を台湾・シンガポール・香港にて計5公演開催する。 6月、出身者としては初めて『』へ出演。 その後、、、ら海外の実力派アーティストによる『』をリリース。 にも取り上げられた。 初の開催となったASKAのコンサートにCHAGEがサプライズで参加。 「YAH YAH YAH」を披露した。 CHAGEもソロでの音楽活動を開始。 初のソロコンサートをで行い、ASKAがスクリーン映像で出演した。 その後の日本武道館公演にはASKAが生出演。 また、CHAGEもASKAのソロコンサート最終日の公演に生出演。 ともに「終章(エピローグ)」を披露した。 デビュー20周年を迎え再始動 [ ]• デビュー20周年。 5月、MTV番組収録のためのアコースティックライブをで行う。 9月からコンサートツアー『CONCERT TOUR 電光石火』を開催。 11月には『ASIAN TOUR NO DOUBT』として・公演を行う。 12月には初のコンプリートベスト・アルバム『』をリリース。 大晦日には故郷で初のドーム公演にして初のカウントダウン・ライブ『千年夜一夜ライブ 〜福岡ドーム 僕らがホーム〜』を開催。 ファンとともにイヤーを迎えた。 また、このライブの模様はを通じて全世界に衛星生中継された。 5月、に移籍。 8月、のに伴い、ので日本人アーティスト初の大規模公演を2日間行う。 に移籍。 表記を CHAGE and ASKAに変更。 シングル「」を皮切りにシングル4枚を発表。 夏は各野外イベントに出演。 ツアー中の12月にオリジナル・アルバム『』をリリース。 21年ぶりの学園祭ライブをで開催。 コンサートツアー『CHAGE and ASKA CONCERT TOUR 02-03 THE LIVE』スタート。 ・アルバム『』リリース。 オリコンアルバムチャート1位を獲得する。 野外イベント『』で、らと共演。 『』にも初出演。 その他イベントにも精力的に出演する。 また、2002年のイベントで披露されたとの楽曲「」を9月にリリース。 デビュー25周年。 コンサートツアー『CHAGE and ASKA CONCERT TOUR 2004 two-five』を行う。 8月、1996年から1998年にかけて系『』のオープニングテーマとして使用されていた楽曲をアレンジしたシングル「」をリリース。 11月には、三田祭の前夜祭ライブを行う。 12月にシングル「」をリリース。 11月に「On Your Mark」のPVとライカリールを収録したDVD『ジブリがいっぱいspecial ショートショート』がスタジオジブリから発売される。 12月、国立代々木競技場第一体育館にて、とともに『Point Green Live 2006』を行った。 会場にはも鑑賞に訪れた。 1月、限定シングル「」・「」を同時リリース。 およそ5年ぶりとなるオリジナル・アルバム『』をリリース。 3月よりコンサートツアー『CHAGE and ASKA Concert tour 2007 DOUBLE』を開催。 11月からは、上海大舞台(旧称:上海体育館)での公演を皮切りに8年ぶりにアコースティック・ライブ『CHAGE and ASKA Concert 2007 alive in live』を行った。 デビュー30周年。 1月30日、ソロ活動を充実させるべく、CHAGE and ASKAとしての活動を無期限休止にすることを正式発表した。 無期限活動休止以降、ASKAの逮捕 [ ]• 1月25日、公式サイトにて活動再開することを一旦発表 、当初同年8月末に国立代々木第一体育館において、復活スペシャルライブを開催する予定を組んでいた。 だが同年6月11日、公式サイトでASKAに一過性脳虚血症の疑いがあり、静養が必要と診断されたため、スペシャルライブを延期。 しかし同年12月12日、会報誌で開催の目処が全く立たない状況のため、復活ライブを完全中止する事を発表した。 5月17日、ASKAが違反(所持)の疑いで逮捕された。 5月19日、今回の逮捕に伴い、ASKA、CHAGE and ASKAの音楽・映像および関連商品の販売中止・回収と、全楽曲・映像のデジタル配信停止が発表された。 5月25日にはASKAの所持・使用に絡み、所属事務所である「ロックダムアーティスツ」が家宅捜索を受ける。 6月27日、所属事務所「ロックダムアーティスツ」が、ASKAの契約解除を発表。 7月3日、ASKA保釈される。 深く一礼しその後軽く一礼後、車に乗り込み家族と会い謝罪する。 深い一礼の間にマイクにも入らない小さい声で「すみませんでした」と反省した言葉を述べている。 8月28日に初公判が行われた。 7月6日、1993年より支援してきた「セーブ・ザ・チルドレン」からの申し出より「Save the Children with CHAGE and ASKA」の活動を終了を発表。 事実上の解散状態となり、以後はChageが単独でファンクラブを立上げて活動を続ける。 「」も参照• 5月15日、公式サイト及びメールマガジン上で1999年に発売されたアルバム『』がChageのライブツアーの5月18日以降の公演で、会場販売されることが発表された。 ASKAの逮捕の影響で、CHAGE and ASKA及びASKAのCD・DVD等は販売中止となり、廃盤状態になっていた。 また、ASKAの逮捕後にCHAGE and ASKAのCDが再発売されるのは今回が初めてである。 11月1日、2000年より前に発売されたアルバムとシングルの配信が再開された。 11月13日、『VERY BEST ROLL OVER 20TH』に続き、『』『』『』のCDの販売が再開された。 3月1日、映像作品『千年夜一夜ライブ 〜福岡ドーム 僕らがホーム〜』『ASIAN TOUR IN TAIPEI』『MTV UNPLUGGED LIVE』『CHAGE and ASKA LIVE DVD BOX 1』『CHAGE and ASKA LIVE DVD BOX 2』『CHAGE and ASKA LIVE DVD BOX 3』の販売が再開された。 4月28日、から再発売された『』から『』までのアルバムが販売再開。 11月5日、薬物事件による執行猶予期間が9月に明けたASKAが本格的に音楽活動を再開し、ソロコンサートツアーの初日公演を行う。 同日、2001年以降に発売された発売元の作品が販売再開。 デビュー40周年迎えて、ASKAの脱退 [ ]• 2000』を発売。 2000」が収録される。 同日、ASKAが脱退を発表。 5月13日、1989年から1994年にかけてVHSビデオで発売され、廃盤だった『WALK』『SEE YA』『TREE』『Go to Eleven~GUYS〜』『RED HILL』『On Your Mark』をDVDで発売すると発表。 5月27日、VHSで発売された過去の映像作品『WALK』『SEE YA』がDVDで発売。 不仲説・解散騒動 [ ] CHAGE and ASKAの2人には人気、収入の格差などで不仲説が度々流れることがあるが、2人は高校からの付き合いでもあり、テレビ出演時には一度もないとChageもASKAもお互い不仲説を否定している。 1996年にチャゲアスの活動休止を発表し、翌年の1997年からお互いソロ活動が発表された際も、解散説がメディアによって流れた。 2009年の時の無期限活動休止の際は、2人の不仲説や音楽性の違いで解散するとメディアで流れた。 実際もChageとASKAで話し合い「中途半端で活動するなら解散しよう」と話しあっていた。 しかし、2人は色々と話を詰める内に「解散はやめよう」と決め活動休止を選んでいる。 ASKAも「50歳になると色々考える時期で、1人で作るとしたらどれくらいやれるのか今は興味があるけど、気持ちが乗ってきたら、チャゲアスをやろうという気持ちもある」と話している。 2014年のASKAの薬物逮捕により、チャゲアスの解散が報道された。 しかし、活動休止を継続していたが、にASKAが系『』に出演した際に「今、チャゲアスの復活はない。 いずれは復活したい。 」と述べた。 コンサートの二人の距離 [ ] コンサート等でステージに立つ際の2人の距離(正確には2人の使用するマイクスタンドの間隔)は 基本的に「210cm」と決まっており、2004年のコンサートツアーの際に発行されたオフィシャルブック『two-five』の中でも取り上げられている。 理由について、『two-five』では「手を伸ばしても相手にぶつかることなく、三歩足を踏み出せばそれぞれの肩に触れることができる」「お互いがお互いを引き立て合い、時に大きく、時にCHAGE and ASKAとしてのまとまりを見せてくれる」と述べられている。 また、系『』では実際にライブ映像などを元に画像解析を行ってこれを検証したことがあり、その際にも検証に使用されたほぼ全ての映像で2人の距離が210cmであることが確認されている。 音楽性 [ ] Chage、ASKA各々の自作曲をレパートリーとし、大半のシングル曲の作詞作曲はASKAが担当している。 メインボーカルは原則的に作曲者が担当するが、Chageが作曲、ASKAが作詞を手がけた楽曲や、初期の一部のChage曲ではASKAがメインボーカルを務めている。 デビュー当時はでの楽曲作りをしており、"演歌フォーク""大陸的なサウンド"などと評されていた。 しかし、デビュー5年目となる1984年頃から、やなどを使った楽曲作りと変わり、ポップスやロック色が強まっていった。 1990年に発売されたアルバム『』は、で制作され、そして1991年に大ヒットとなる「SAY YES」が発売された。 このヒットにより、チャゲアスは「 を使ったロマンチックなを歌うラブソングの旗手」というイメージが定着した。 なお、コンピュータでの打ち込みはが率いるが最初とされているが、実際はチャゲアスの方が先にコンピュータでの打ち込みを始めている。 詳細は「」を参照 作品に関して、大衆から売上枚数が注目されたりすることがあるが、「SAY YES」「」の発売時に2人は「楽曲を作った時のテンションが注がれている状態で発売することが自分達のやり方」「売上枚数の数字ばかりが注目されるが、それらに対して意味はない」とコメントしている。 初めての記録 [ ] 1991年にシングル「SAY YES」が250万枚以上の売上を記録し、のレコード市場には予測できなかった記録を作り、1992年に第6回を受賞した際シングル390万枚を売り上げての受賞をし、1990年に記録したの60. 4万枚の記録を大きく更新した。 翌年の1993年の第7回も受賞しており、アルバム売上が409万枚となり、のとの普及の基となった。 今では、ライブを映画化することは多々あることだが、当時ライブを映画化にするのは失敗すると言われてた時代に大ヒットさせ、この常識を覆した。 他にはにで初となるコンサート開催を行なったり、日本人初としてには出演 、には韓国で日本人初の大規模ライブを行なっている。 2006年9月に自身のアルバム21枚、Chageのアルバム1枚、ASKAのアルバム5枚、MULTI MAXのアルバム6枚がにて全世界に配信された。 日本のメジャーアーティストが全アルバムを配信するのは初の試みである。 シングルは日本でのiTunes Storeが開始された2005年8月から配信されている。 プロモーション活動 [ ] デビュー当時からASKAはでの披露の際は、テレビサイズ(番組の放送時間に合わせて、楽曲を短く演奏すること)に抵抗があり、フルサイズでの披露を強く希望していたという。 また、「テレビサイズを受け入れなかったから、自分たちの輪郭を世の中に見てもらえるようになった」と語っているが、「SAY YES」の頃からはテレビサイズも受け入れ始めたとしている。 ファン層 [ ] ファンクラブのファンは8割以上が女性であり、年齢別だと「SAY YES」「YAH YAH YAH」が発売された時期の10〜20代からの支持が最も多い。 批評・影響 [ ] ミュージシャンやシンガーソングライターでも、()、()、、、()、()、、、小林祐介()などがチャゲアスやソロの楽曲に影響を受けている。 ミュージシャン以外に、、、、、、、、、、()など、多岐に活躍する人達がファンを公言している。 その中でもケンドーコバヤシはASKAの薬物事件をきっかけに楽曲を聞くようになり、チャゲアスに関して「素晴らしいアーティストだ」と述べている。 8月に女性が調査した復活してほしい音楽グループランキングにて19位にランクインしている。 オリコンの記録については「」を参照• シングル・アルバム総売上:3141万枚(歴代13位・2016年12月現在)• シングル総売上枚数:1649. 2万枚(2019年9月現在)• 連続ミリオン獲得年数:4年(歴代3位タイ、2020年1月現在)• シングル歴代売上ランキング• 7位「SAY YES」• なお、シングル2作品ダブルミリオンをもつ同一アーティストとして、歴代1位タイである。 歴代週間連続1位獲得数:「SAY YES」(13週連続・歴代5位) アルバム記録 [ ]• アルバム1位獲得数:12作品(歴代17位タイ・2017年1月現在)• アルバム10位以内獲得数:28作品(歴代11位タイ・2012年12月現在)• 1993年10月18日付のオリコンチャートにてアルバムの総売上が1000万枚を突破し、として初めての快挙となった。 3年代アルバム1位獲得:1980〜2000年代 作品 [ ] ASKAのソロ作品については「」を参照 CHAGE and ASKAのディスコグラフィ リリースリスト スタジオ・アルバム 21 ライブ・アルバム 4 ベスト・アルバム 9 EP 2 シングル 48 映像作品 35 ミュージック・ビデオ 9 サウンドトラック 1 トリビュート&カバーアルバム 2• 順位はオリコンによる最高順位である。 シングル [ ]• 1st〜40th、47th、48thシングルは現在 廃盤となっている。 デビュー15周年記念盤 1位 1999年12月16日 デビュー20周年の2枚組コンプリートベスト 2位 2004年11月3日 アルバム『TREE』から『STAMP』までのバラッド集 22位 2009年2月4日 2位 ベスト・アルバム(海外盤) [ ] 発売日 タイトル 主な発売国 備考 1993年5月17日 ASKAの「伝わりますか」・「はじまりはいつも雨」も収録されている 1995年12月20日 中国盤には2曲が追加収録されている 1994年7月22日 1998年1月13日 1999年2月10日 2枚組。 CHAGE SIDE, ASKA SIDEに分かれているがソロの楽曲は収録されていない 2004年1月13日 韓国のを記念して発売された 2008年4月23日 4枚組。 「THE 夏祭り」はステレオ録画だがハイファイVHSデッキ発売前であったためノーマルステレオ。 『 愛すべきばかちんたちへ』、1981年12月10日。 『 時計まわりの青春』、1983年9月22日。 『 PRIDE I 〜10年の複雑〜』八曜社、1989年7月20日。 『 PRIDE II 〜10年の複雑〜』八曜社、1989年10月10日。 『 10年の複雑(上)PRIDE(文庫版)』、1992年10月10日。 『 10年の複雑(下)PRIDE(文庫版)』角川文庫、1992年10月10日。 ファンクラブ限定 [ ]• 『WE SHALL RETURN! 1』(VHS、1991年)• 2』(VHS、1991年)• 3』(VHS、1992年)• 4』(VHS、1993年)• 『感謝』(VHS、1996年)• 『SPECIAL EVENT '93 GUYS〜夢の番人〜』(VHS、1999年)• 『史上最大の作戦 THE LONGEST TOUR 1993-1994』(VHS、1999年)• 『千年夜一夜ライブ -福岡ドーム 僕らがホーム-』(VHS、2000年)• 『FROM HERE』(VHS、2000年)• 『CHAGE and ASKA CONCERT TOUR 2004 two-five』(DVD3枚組、2005年)• 『Blu-rayスペシャルセット』(15枚組、2012年) 楽曲提供 [ ]• 1987年 - 作曲「」()• 作詞はASKA(飛鳥涼名義)が担当している。 「」CMソング 1984年 CMソング 1987年 '87 沖縄キャンペーンソング '87 テーマソング 1988年 系ドラマ『あぶない雑居カップル』テーマソング テレビ朝日系『』オープニングテーマ Energy 系『』テーマソング で使用されていた。 1989年 「」CMソング 1992年起用 JAL '92 沖縄キャンペーンソング 1992年起用 PRIDE 系『』挿入歌 1994年公開 砂時計のくびれた場所 TBS系スペシャルドラマ『拝啓オグリキャップ様』主題歌 1991年放送 天気予報の恋人 SUBARU「VIVIO」CMソング 1994年起用 1990年 「」CMソング SUBARU「VIVIO」CMソング 1995年起用 水の部屋 「」CMソング モナリザの背中よりも 国内信販「KCカード」CMソング 「」CMソング 系『』エンディングテーマ オートバイ「」CMソング 1993年起用 1991年 フジテレビ系ドラマ『』主題歌 「」CMソング 2004年起用 「」CMソング 誰かさん 〜CLOSE YOUR EYES〜 国内信販「KCカード」CMソング BIG TREE Panasonic CMソング 1992年 Panasonic「」CMソング SUBARU キャンペーンソング 今日は…こんなに元気です 国内信販「KCカード」CMソング JAL CMソング GUYS Panasonic「」・「」CMソング 野いちごがゆれるように JAL CMソング 1993年起用 WHY SUBARU「VIVIO」CMソング 世界にMerry X'mas SUBARU「VIVIO」CMソング 1993年 フジテレビ系ドラマ『』主題歌 「」CMソング 2009年起用 '93 テーマソング 君はなにも知らないまま フジテレビ系ドラマ『振り返れば奴がいる』挿入歌 SUBARU イメージソング CMソング SUBARU「」CMソング フジテレビ系ドラマスペシャル『振り返れば奴がいる』エンディングテーマ 今夜ちょっとさ 「北海道ポタージュ」CMソング THE TIME フジテレビ系『』エンディングテーマ 缶コーヒー「J. 」CMソング RED HILL JAL CMソング Knock JAL CMソング 1994年起用 1994年 東宝系『ヒーローインタビュー』主題歌 東宝系『ヒーローインタビュー』オープニングテーマ アメリカンフェスティバル'94 テーマソング フジテレビ系ドラマ『』主題歌 1995年 ハリウッド映画『』エンディングテーマ 1994年12月23日公開。 1995年5月6日公開。 北京五輪への道 走り出したHEROたち』エンディングテーマ 2006年放送 出演 [ ] ラジオ [ ]• (:1983年4月 - 1984年9月)• (:1984年10月 - 1985年3月)• (:2001年10月 - 2002年3月)• (:2001年12月19日)• (:2002年12月、2007年1月) CM [ ]• 「KCカード」(1990年 - 1992年)• 「」(1991年)、「」・「」・「」(1992年)• 企業CM(1992年 - 1997年)、「JAL SEASONS」(1999年)• 」(1993年)• 企業CM(1999年 - 2000年)• 自動車保険「MOST」(2001年)• フジテレビケータイサイト(2003年)• 受賞時の模様や、初のアジア・プロモーション、ツアーリハーサルを追った内容であった。 ASIA 世界音楽祭3年連続受賞!! 1994 The World Music Awards(1994年7月24日、系)• 15th Anniversary Special -起-(1994年8月23日、)• 15th Anniversary Special -承-(1994年8月24日、WOWOW)• 15th Anniversary Special -転-(1994年8月25日、WOWOW)• 2013年現在、同番組でゲストが1組のみのスペシャル番組が放送されたのは、他に(1994年8月12日放送)と(2008年8月8日放送)がある。 ライブ・ビデオ『ASIAN TOUR IN TAIPEI』からのライブ映像や、ツアーの裏側にも迫った内容であった。 無料放送であった。 放送最終日の12月31日は、カウントダウン・ライブ『千年夜一夜ライブ 〜福岡ドーム 僕らがホーム〜』が生放送された。 CHAGE and ASKA 25th Anniversary CHANNEL(2004年8月、 ch179) デビュー25周年を記念し、方式()で1ヶ月限定開局したチャンネル。 内容は、過去にリリースされた映像作品をまるごとオンエアするといったもので、無料放送時間帯には「」のPVも放送された。 その他 [ ]• (通称:ポプコン) が主催していた音楽コンテスト。 ヤマハ音楽振興会が制作協力していたラジオ・テレビ番組でヤマハポピュラーソングコンテストと連動して番組が制作されていた。 その後デュオ(2人組)としてデビューするが、グループ名はそのまま使用された。 で1983年4月 - 1984年9月まで彼らがを務めた番組。 2010年に行われた初代番組プロデューサーの追悼会では、無期限活動休止中であったが2人揃って公の場に姿を現した。 当初は、にでのコンサート開催を計画していたが、事務所関係者の間で賛否が分かれて断念した。 その代わり、「まだ誰もやったことのない場所でやろう」となって選ばれたのが国立代々木第一体育館であった。 2007年には無期限活動休止前最後となるコンサートを開催。 また、2013年に活動再開後初となるライブ開催を予定していた場所であった。 主催のである。 が主催する国際音楽賞。 1992年の授賞式に日本代表として招待されていたが、スケジュールの都合で出演できず、1993年に改めて日本代表として初出演しパフォーマンスした。 1994年はアジア代表として出演し、アメリカのグループである14カラット・ソウルと共演した。 2010年にはが現地でパフォーマンスした。 が放送するを基調とするライブ番組。 収録は1996年6月19日にロンドンのファウンテン・スタジオで行われた。 1999年12月31日に初のドーム公演と初のカウントダウン・ライブを開催した会場。 それまで、コンサートとして最大でも1万人から1万5千人規模の会場になるべく拘って活動してきたが(過去に3万人規模の横浜スタジアムでコンサートを開催するなどの例外はあった)、"特別なお祭り的イベント" ということで2人の故郷でもある福岡で開催した。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 九州大会では優秀曲賞を貰うが、で開かれる本選会には行けなかった• 当時の呼称は「代々木オリンピックプール」• 売上200万枚以上のCDシングルを2作品持つアーティストは、CHAGE and ASKAと(「」と「」)の2組のみである。 『SUPER BEST 3』というベスト・アルバムがあるのではなく、あくまでツアータイトルのみで使用した。 『』、監督、製作。 劇場公開は『』と同時上映• なお、 バラードのチャゲアスを払拭されるためにASKAは「」「」(ASKAソロ楽曲)など、CHAGEは「」などのそれぞれが作詞作曲した作品も発売している。 ・に次いで2組目、男性アーティストとしては初の快挙となった。 その後、2020年6月29日付で・が同じ記録を達成した。 男性アーティスト別で集計すると歴代9位となる。 、、、などが同じく歴代5位となる。 歴代1位は(10年)、2位は(7年)であり、・・らと同記録になる。 (「」「」)と並ぶ。 グループとしては、(1980〜2000年代)に次いで2組目の快挙となった。 キャッチコピーは「もうやれません、こんなこと。 CHAGEもASKAも日テレも」• なお、念願の公演は翌1984年8月8日・9日に開催している。 出典 [ ]• 2020年5月15日閲覧。 OKMusic ジャパンミュージックネットワーク株式会社. 2019年9月18日. 2020年4月24日閲覧。 OKMusic. ジャパンミュージックネットワーク株式会社. 2020年4月24日閲覧。 スポニチアネックス 2019年8月26日配信, 2019年8月27日閲覧• - アサ芸プラス、2014年2月12日• 系『』放送でのインタビューより。 1996年6月22日. 2013年12月30日閲覧。 CHAGE and ASKA Official Web Site 2009年1月30日. 2009年1月30日閲覧。 CHAGE and ASKA Official Web Site 2013年1月25日. 2013年1月25日閲覧。 CHAGE and ASKA Official Web Site 2013年6月11日. 2013年6月11日閲覧。 スポーツニッポン 2014年5月17日• CHAGE and ASKA Official Web Site 2014年5月19日. 2014年5月19日閲覧。 ユニバーサル ミュージック合同会社 2014年5月19日. 2014年5月19日閲覧。 ヤマハミュージックコミュニケーションズ. 2014年5月19日. 2014年5月19日閲覧。 ORICON STYLE(). 2014年5月19日. 2014年5月19日閲覧。 共同通信• MSN産経ニュース• スポニチアネックス 2014年7月6日配信、2019年1月11日閲覧。 Chage official website 2017年5月15日閲覧• CHAGE and ASKA official Web Site 2017年6月30日閲覧• CHAGE and ASKA official Web Site 2017年11月12日閲覧• 2018年1月12日閲覧• CHAGE and ASKA Official Web Site. ロックダムアーティスツ 2018年1月29日. 2018年1月29日閲覧。 CHAGE and ASKA Official Web Site. ロックダムアーティスツ 2018年4月17日. 2018年4月18日閲覧。 BARKS 2018年11月22日閲覧• ユニバーサルミュージック 2018年10月7日閲覧• CHAGE and ASKA Official Web Site 2019年8月9日配信, 2019年8月9日閲覧• ASKA Official Web Site 「Fellows」. 2019年8月25日閲覧。 Natalie. 2019年8月25日閲覧。 2016年12月3日閲覧• 「」1996年11月25日放送 Chageの発言より。 音楽ナタリー 2016年12月3日閲覧• 音楽ナタリー 2016年12月3日閲覧• ZAKZAK 2017年8月21日閲覧• 系『』2006年5月31日放送• 1999年10月号(インターネット・アーカイブのキャッシュ)より• スポニチアネックス 2011年8月5日配信,2019年3月7日閲覧• CHAGE and ASKA Official Web Site 2019年3月7日閲覧• 2016年12月5日閲覧• mysound 2017年8月7日閲覧• IT media NEWS 2006年9月21日配信, 2020年6月9日閲覧• 日刊スポーツ 2018年1月31日閲覧• 2014年4月3日閲覧。 2017年11月12日閲覧• ニュースウォーカー 2018年2月11日閲覧• real sound 2020年5月27日配信, 2020年6月8日閲覧• 2006年4月6日付紙面より• トレンドニュース(GYAO! 2020年1月18日閲覧。 アメバタイムズ 2018年2月17日閲覧• ミュージックヴォイス 2018年10月9日閲覧• 女性SPA! 2018年9月2日閲覧• 2020年06月07日閲覧• 2020年06月07日閲覧• 2020年06月07日閲覧• 2020年06月07日閲覧• CHAGE and ASKA official web site 2016年6月25日閲覧。 TBS 2019年10月8日閲覧• オリコン 2019年9月24日配信, 2020年1月26日閲覧• オリコン 2007年10月9日配信, 2020年1月26日閲覧• オリコン 2016年9月13日閲覧• with news 2016年2月15日閲覧• CHAGE and ASKA official web site 2016年6月25日閲覧。 オリコン 2008年9月30日配信,2019年7月2日閲覧• オリコン 2010年7月27日配信, 2020年6月4日閲覧• の各作品ページにて閲覧可能• 2013年11月30日閲覧。 2010年12月7日. 2014年4月1日閲覧。 特設サイト• 『ASKA CONCERT TOUR GOOD TIME』 パンフレット内のインタビューを参照 外部リンク [ ] 公式サイト• レコード会社によるサイト• YouTube・Facebook・Twitter• - チャンネル•

次の

本当は凄かった!CHAGEがもっと評価されるべき5つの理由

チャゲ

チャゲ CHAGE の曲って、つまらないんですか? 私はチャゲアス CHAGE and ASKA が好きで、チャゲアスのソロ曲に興味を持ちました。 飛鳥涼 ASKA のソロ曲を全て聞いて、とても素敵な歌詞と 歌声に感動しました。 チャゲのソロ曲・バンド MULTIMAX ・デュエット 石川優子と も聞いてみたら、とても面白いメロディーと歌詞で、楽しくなる曲がいっぱいありました。 ところが、知り合いのチャゲアスファンに話したら、『チャゲの曲はパッとしないから覚えてない』と言われました。 チャゲアスの音楽の話でも出てくるヒット曲は、全て飛鳥涼が作った曲です。 ファンの感想を読んでも、チャゲより飛鳥涼の音楽観が多く書かれているばかりです。 自分の周りにチャゲの曲を聞かせても、知ってる人はいません。 石川優子とのデュエットなら知ってる人が多いです。 さらに困ったことに、CDショップやレンタルCDで、チャゲとMULTIMAXの作品を探しても、全くなくて残念な気持ちになりました。 チャゲアスと飛鳥涼のCDはあるのに、売れないから扱ってないのですか? 絶望的な知名度から見て、チャゲの曲は、評価が低くて、いまいちな印象なんですか? 「CHAGE and ASKA」とデュオ名に書いてあるのに、どうしてチャゲのソロ曲を知ってる人が少ないのですか? 皆さんのチャゲへの想いを聞きたいです。 初めにいっておきます。 CHAGEさんは超一流のアーティストで相違ありません。 売れる、売れないは下記の条件が整った時です。 特にMULTI MAXの楽曲はマニアックな曲が多いです。 しかし、一般受けする曲も沢山あります。 下記は一例です。 <MULTI MAX> some day(チャゲアスライブVerが最高) Windy Load Love 勇気の言葉(CHAGEの歌唱力を堪能できます) 遠い街から Mr. しかし、音楽の教養、社会的教養、様々な人生経験をつんでからは CHAGEさんの楽曲の素晴らしさを十分理解できるようになっています。 CHAGEさんの楽曲はASKAさん以上にジャンルが豊富で器用な方です。 様々なジャンルの音楽を聴き、大人にならないと理解できない要素ですね。 そして残念ながらCHAGEさんのソロの楽曲のセールスはといいますと、 MULTI MAXの中盤はチャゲアス人気もあって多少売れていました。 勇気の言葉などのシングルは16万枚程度のセールスです。 武道館でライブできる程です。 CHAGEソロについてはチャゲアスの人気が下降していた時期もあって 低迷していました。 CHAGEソロベストがオリコン初登場10位程度です。 でも武道館で一日ライブしたり全国ツアーも実施していました。 個人的にですがCHAGEさんの歌声は透明感があり、非常に美しいので そこを持ち味にして楽曲作りをされた方が売れていたと思われます。 あくまで実力があっても決してセールスには結び付かないのです。 売り方が上手い、営業力がものを言います。 そしてこれだけは言えます。 CHAGEさんの楽曲を否定する人は音楽を知りません。 音楽の素養や感性は明らかに低いと言えるでしょう。 回答ありがとうございます。 不思議だと思ったのは、どうしてチャゲは飛鳥涼より結構遅れてソロ活動することになったのでしょうか。 私は飛鳥涼のほうが、音楽ジャンルが多いと思っていました。 でも、チャゲのほうにしかない音楽ジャンルがあって、聞くたびに発見があって良いです。 チャゲアスでのチャゲ曲『謎2遊戯』『CRIMSON』を聞いた時、ヒット曲によくあるメロディーが全然ないことに驚きました。 一番聞き応えがあったのは、MULTIMAX『組曲WANDERING』でした。 あの構成を組み立てて盛り上げる流れは驚きました! グループのソロ作品はつまらない傾向がよくあるなかで、チャゲアスのソロ作品は今まで聞いたなかで一番面白い音楽です!.

次の