死に たい けど 死に たく ない。 「死にたい」あなたへ。 自殺未遂を繰り返した私が伝えたいこと — 文・七海

就活したくないけど働きたい・・・その理由ととるべき行動

死に たい けど 死に たく ない

2017年に34歳で多発性骨髄腫という血液がんにかかっていることがわかり、がんを公表した。 治療を続けながら、写真家としての活動の他、患者が抱く思いや読者の人生相談へ回答するウェブ連載、本執筆など、様々な発信を続けている。 その中で、注目されている発信の一つは、「安楽死」をできるようにしてほしいという問いかけだ。 日本では認められていない安楽死。 医師が致死量の薬を患者に注射したり、医師から処方された致死量の薬を患者が自ら飲んだり(自殺幇助)して、死期を早める方法だ。 必要なのか、どんな影響があるのか、反論の声にどう答えるのか。 約1年ぶりのインタビュー直前、肺炎にかかってまさに死に直面した幡野さんにじっくりお話を伺った。 インタビュー予定日に肺炎で入院 「死ぬ可能性が半分」 当初予定していたインタビューの日は、2018年の12月26日だった。 その3日前、Twitterのメッセージで、幡野さんからこんな連絡が入った。 じつはちょっと体調を崩しています。 ちょっとというレベルではなくけっこうやばくて、肺炎になっています。 医師の話によると助かる可能性が半分、死ぬ可能性も半分だそうで、入院しています。 26日は難しい状況にあります。 当然、インタビューは延期した。 私は改めて、幡野さんが、生と死の境目にいるような、こういう日常を生きているのだと実感した。 年が明けた。 幡野さんは回復し、改めてインタビューの日程を尋ねる連絡をくれた。 1月中旬の退院間もない日、私も幡野さんもマスク姿で再会した。 ーー心配しました。 危なかったですね、今回。 危なかったですよ。 肺炎で死ぬ理由がわかりましたよ。 これは死んでもおかしくないなと思いました。 ーーどんな状況だったのですか? 40度ぐらいの高熱と、ひどい咳と痰の症状なんですけれども、肺炎になったことがなかったので気づかなかったんです。 ーー奥さんが気づいたそうですね。 いつも風邪をひくときに38度とか39度とか高熱が出て、だいたい1日で治るんですよ。 今回、2日間も40度の熱が続いて、いいかげん妻が、「ちょっとおかしいね」と言い出した。 土曜日の夜だったんですけれど、救急外来に妻が連れていってくれた。 それでも最初は行かなくてもいいかなと思っていたんですよ。 そういうのが医療者の負担になるのかなと思って。 ーーそんなこと言っている場合じゃないでしょう。 風邪ぐらいで救急外来に行くのって、負担ではないかと思いますよ。 「週明けにクリニックでいいんじゃない?」と僕は思っていたんですけれども、もしかしたらその日の夜に行ってなかったら、もしかしたらそのまま夜にベッドで死んでいたかもしれない。 それはちょっと感じますね。 息ができない 「死んじゃうんだろうな」 ーーそんなに苦しかったのですね。 息ができないんですよ。 僕の場合は肺の片方に膿が溜まって、呼吸がとにかく苦しかった。 だけど、咳だけは一方的にでてくる。 首を締められている感覚になって、涙も出てくるし、おしっこも漏れそうになる。 窒息するような感じで、死んでしまうのだろうと感じました。 ーー最初にがんの診断を受けた時の腰の痛みは死にたいほど強烈だったと話されていました。 今回の「死んじゃうんだろうな」という苦しさは違ったのですか? がんとはまた種類が違う苦しさです。 がんの苦しさってわりと中長期的じゃないですか。 1日や2日で死ぬわけじゃないし。 肺炎の苦しさって超短期的な苦しさなので苦しさの質が違います。 いま、死んじゃいそうだと思いましたね。 これはきつかった。 がんの時は中長期的な苦しみだったから、「もう死にたい」と思いましたけれども、短期的にくると、「今、死にたくない」とすごく思う。 ある程度覚悟はしていたけれど、今じゃなくてもとは思いましたね。 ーーこれまで死について考え抜いてこられたと思いますが、差し迫った経験をされて考えが変わったりはしましたか? やっぱり苦しんで死にたくないなと思いました。 改めて。 死ぬのはしょうがないけど、こんなに涙を流して、咳でむせながら、おしっこ漏らしそうになって死にたくないなと思いましたね。 仮にもし肺炎で死ぬのだとしても、回復が見込めなくて助からないんだったら、延命治療とかは勘弁してほしいなと思いました。 救急で聞かれた延命措置の希望 ーー家族にそういうことを話したりはしたのですか? 最初に救命救急の部屋に入った時に、肺炎ということがわかって、妻も部屋に呼ばれて、場合によってはこのまま亡くなることもあること、その場合、人工呼吸器を使うか、心停止したときに心臓マッサージするかを聞かれました。 血液内科の担当医がたまたまいて、その人が、直接、妻の前で聞いてくれましたね。 それに僕が答えるという感じでした。 ーーどう答えたのですか? 妻は基本的には僕のしたいようにしたほうがいいという考えなので、妻だけに尋ねられていたら、どう答えたかわからないです。 僕は心臓マッサージも人工呼吸器も必要ないと言いました。 ーーその場でそんなことを聞かれるんですね。 珍しいんじゃないですか? お医者さんって普通、もっと差し迫った状態になった時に聞きますよね。 このお医者さんは雑談の回数も多いし、コミュニケーションが取れているんですよ。 僕のツイッターやブログなども目を通してくれていて、「幡野さんの性格をよくわかっているんで」と言ってくれる。 心臓マッサージや人工呼吸器が必要となった時に、本人は意識がないわけじゃないですか。 その時に僕の妻に聞いたら、妻は「お願いします」と言っちゃうでしょう。 僕の意識があるうちに、患者と医師が家族の前でこういうやりとりができたのは正しいことだと思いました。 家族と話はしているのか? もしもの時にどうしたいか ーー1度きちんと聞いてみたかったのですが、前のインタビューの時、奥さんはあまり自分の病状について知ろうとしないとおっしゃっていましたね。 たぶんね、それは今でもそうだと思います。 そんなに知ろうとはしていない。 ーー幡野さんは、安楽死の話をツイッターや取材でも発信していて、日本で安楽死を考える上でキーマンになっているのは間違いない。 一方で、奥さんとはどこまで突き詰めて話をしているのですか? 安楽死に関しても、治療のことでもなんでもそうですが、基本的にうちの妻は、「あなたのやりたいことをすればいい」というスタンスですね。 僕に好きなことをさせることが、きっと妻自身の後悔にもつながらないのだろうと思います。 だけど、今回、車で大学病院まで連れていってくれて、僕からすると、あと一晩ほっといたら死んでいたかもしれないから妻に対して感謝しているんですが、妻はもっと早く病院に連れていけばよかったと少し後悔しています。 妻はどちらにしても後悔を抱えてしまうタイプの人だと思うんです。 それでも、僕が好き勝手にやっている方が、同じ後悔するにしても、後悔の質が違うだろうとは思いますね。 ーー先ほど、もし入院する時に、医師の延命治療に関する問いに自分が答えてなかったら、奥さんが「お願いします」と言うかもしれないとおっしゃいましたよね。 それはきっと医者の伝え方も関係します。 「こうすれば、もうちょっと生きられますよ」というニュアンスで言えば、誰だって延命をお願いするでしょう。 お医者さんは、「やっても助からないけど、延命しますか?」とは言わない。 尊厳死、安楽死、家族は理解して同意しているのか? ーー幡野さんの思う通りにすればいいという奥さんの気持ちは本物だと思います。 奥さんは、過剰な延命治療を行わない尊厳死と、薬で死期を早める安楽死の違いはわかった上でそう思っているのでしょうか? 理解はおそらくしていると思います。 ぼくは食事中とか、日常的に安楽死の話をしています。 これは少しぼくのずるいところかもしれないんですが、ぼくは安楽死を望んでいるわけですから、妻に反対されたら困るわけです。 だからある程度、安楽死を選ばなかった場合の、あまり良くないパターンを話したりしています。 この間、を読んで思ったんですけれども、片木さんはがん患者会の代表だから相談がいっぱい来て、僕はSNSを通じてたくさん来る。 その中で、これはちょっとつらい死に方だなと思うものもたくさんあって、そういう話も妻に話すようにしています。 ーーどんな話をしているのですか? 例えば旦那さんのがんが判明して、治療法も色々試していたけど、お医者さんに1年もたないといわれたそうです。 子どもたちにもそれを伝えて、抗がん剤をやりつつ在宅に切り替えた。 鎮痛剤が麻薬しかなく、奥さんが管理していたそうですが、ご主人が麻薬は嫌だとおっしゃって、やらなかったそうなんです。 想像をこえる痛みだったと思います。 お医者さんからは、呼吸が止まっても心臓マッサージをしないように言われたそうです。 骨がもろくなっていて、心臓マッサージをすると骨が折れて臓器に突き刺さってしまうから。 鎮痛剤を使わないことについて医師や看護師から咎められていたのに、それでも使わなかった。 ある日、ずっと耐えていた旦那さんが亡くなる直前に「もう終わりにしていいか」って奥さんに言ったのだそうです。 よくこういう話は聞きます。 気丈だった方が、最後の最後に「許してくれ」とか「もう終わりでいいか」という。 諦める瞬間がくるんですよ。 その時、奥さんは旦那さんの言葉をウソだと思ったんだそうです。 信じたくなかったんでしょう。 そして、あまりにも痛みがひどかったから鎮痛剤を使うと、呼吸が止まったそうです。 最後は吐血をしている状態で、人工呼吸をしながら亡くなったそうです。 そして奥さんは大きな後悔をしています。 ーーそのお話を、幡野さんはどのように感じたのですか? 適切な知識や助言があれば防げたことだと思います。 麻薬の鎮痛剤を使ったところで廃人になるわけではないし、痛いのを我慢する必要はない。 「麻薬」という言葉に引っ張られてしまったのだと思うんです。 在宅医や看護師も奥さんに説明したのかもしれませんが、言い方もあるのでしょう。 とにかく全ての歯車が噛み合わなかったから、不本意な結果になったのだと思うのです。 そして、こういう体験談をぼくは妻に読ませたりするんですよ。 うまく夫婦で歯車が回らないと、患者を苦しめる結果になるし、その後悔を抱えて生きることになると伝えています。 そして聞くんです。 「そういう結果と安楽死はどっちがいい?」と。 ずるいとは思います。 ーーずるいと思われているんですね。 ずるいというよりも、そっちの方に誘導しているのかな。 ぼくがどんどん症状が悪くなって、寝たきりの状態になったときに、薄い関係の親族が大きな顔して出てくるわけですよ。 その人たちが安楽死にしましょうというはずはない。 ぼくが症状が進んで何も言えなくなった時に、やっぱり好き勝手言われて、ぼくの望まない治療を受けさせられる可能性はかなり高い。 それを跳ね返してくれるのは妻しかいないんです。 だから、味方にするために安楽死のいい部分を伝えているんです。

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死にたくないけど死にたい… そんなときはいっそ世界を変えてしまおう|スピリチュアルの虎

死に たい けど 死に たく ない

死にたくないけど死にたくなる理由 なぜ、死にたくないのに死にたいと考えてしまうのでしょうか? 恋愛、友人関係、受験、仕事、体調不良、人によってさまざまあるかと思いますが、突き詰めて言うと「思い通りの世界にならない」からではないでしょうか? 自分の目標を達成することが叶わなかったり、恋人に振られたり、親友だと思っていた人が実は自分を嫌っていたり… 自分の望んでいた世界と、今自分が生きている世界が違ってしまった。 いくら努力しても一向によくならないどころか、より事態が悪化してしまう。 もちろん、この世界に未練はある。 でも望んでいたことが叶わなかった。 いくら努力しても報われない。 こんな世界だったら、生きている意味があるのだろうか? 死にたくないけど死にたいと考えてしまう根本には、そんな気持ちがあるのではないかと思います。 そしてもう一つは、他人と比べたときの自分に価値を見いだせないことでしょう。 目標が達成できない、何をやってもうまくできない自分に比べ、友人は目標をクリアして人生を楽しんでいる。 それを見ていると、自分はなんてダメなんだろうと劣等感に打ちのめされる。 こんな価値のない自分が生きていていいのだろうか? 何をやってもうまくいかない自分が、この先ちゃんと生きていける自信が持てない、だから、死にたくはないけど死んでしまいたい。 こんな風に考えているのではないでしょうか? 実際、うまくいかないものは投げ出したくなって当然です。 だから、「誰でも何度かは『死にたい』と考えたことがある、だから甘えるな」とか「あなたよりつらい境遇の人はたくさんいる」とか「『死にたい』って言ってたってどうせそんな勇気ないでしょう」というような批判は筋違いということです。 「つらい」とか「悲しい」というのは、あくまで主観的な感情で、他人と比べることはできません。 あなたがつらいのであれば、「つらい」でいいのです。 まじめな人ほど「甘えてはいけない」「自分よりつらい人がいる」「我慢しなきゃ」と必死で自分を抑えつけようとしています。 そして、そうやって自分の感情を無視し続けていることが、あなたの世界がどんどん悪い方へ行ってしまう理由なのです。 無視し続けていた感情を受け止めよう 自分自身の感情に耳を傾けることことで、あなたの世界をよりよい方 望む方 へ向かわせることができます。 繰り返しますが、感情とは主観的なもので、他人と比べられるものではありません。 たとえば、あなたが大学受験に失敗したとします。 そして、滑り止めの大学に入学した。 そこには当然、その大学が第一志望だった人もいるわけです。 だからと言って、あなたの悔しさが晴れるわけではありませんよね? あなたはあなたの目標を目指して努力したものの失敗して、第一志望だった人はその人の目標のために努力して成功したわけです。 他の人間が決めた基準で、あなたの感情を決めることはできません。 それなのに、私たちは自分よりも他人の感情を優先しようとします。 その大学に合格して喜んでいる人の前で、滑り止めだと悔しがることはするべきでない、と考えるのです。 たしかに、社会で人間関係を円滑にするには、そうしたことも必要でしょう。 しかし、あなたの心の中でまでも、感情を押し殺す必要はないのです。 まずは、くやしいなら「くやしい」、つらいなら「つらい」、さみしいなら「さみしい」という自分の感情を素直に認めることから始めましょう。 「情けない」「みじめ」、なんでもいいので、自分自身に対して感じることを言葉にしてみてください。 そうやって、これまで無視し続けていた感情を受け止めましょう。 そうすることで、それまで心の中で暴れていた感情が静かになります。 誰かに呼ばれても無視し続けていると、その人は気づいてもらおうとよい大きな声で呼ぶようになります。 でも、返事をしてしまえば止まりますよね。 それと一緒で、感情も無視し続けているとどんどん大きくなってコントロールできなくなります。 ですから、一度受け止めてしまうのです。 そうすることで、その感情をコントロールできるようになるのです。 この世界は、あなたのイメージでできている これまで無視していた感情を一つ一つ受け止めることができたら、次に考えることはこの世界についてです。 あなたはこの世界にいたくない、いたいけどいたくない。 であれば、一体どんな世界を望んでいるのでしょうか? 「こんな世界にいたくない」と考えているにも関わらず、どんな世界を望んでいるのかというイメージがはっきりしていないという人も結構います。 そして、このイメージがはっきりしていないということこそが、あなたの世界があなたに優しくない最大の原因なのです。 あなたの望む世界を精一杯イメージしましょう。 そのときに重要なのは、今の現実を基準に考えないということです。 今の世界で友達が一人もいなくても、恋人に振られて独りぼっちでも、体調不良で起き上がれなくても関係ありません。 イメージは完全に自由です。 あなたがしたいことができる世界はどんなものですか? できるだけ具体的にイメージを作り上げてください。 振られた恋人が戻ってきて幸せいっぱいに過ごしてもいいですし、より素敵な新しい恋人と出会ってもいいです。 体調がすぐれないのなら、毎日元気いっぱいで朝から晩まで一日中パワフルに動き回っているあなたをイメージしましょう。 イメージしているときに楽しくてワクワクするとか、うれしくて涙が出てくるとか、感情が溢れ出せば出すほどいいイメージができている証拠です。 そして、ここで作り出すイメージこそが、これからあなたの世界を変えていく設計図になるのです。 おそらく、あなたはこれまで「世界はつまらないもの」「自分の思い通りにはならないもの」「生きるには苦しい思いをしなければならない」というようなイメージを持って生きてきたのではないでしょうか? だから、あなたの今の世界はその通りになっているのです。 イメージが、あなたの世界を作っているのです。 ですから、あなたが理想の世界をイメージできれば、それがそのまま現実世界に反映されるのです。 にわかには信じられないかもしれません。 そして私は「半信半疑でもいいから」などとは言いません。 これが事実です。 あなたがこれまで、あなたが知っているすべてを以ってしても世界が変えられなかったなら、新しいことを受け入れるほかありません。 どうせあきらめかけた人生です。 放っておいて目いっぱいイメージの世界に逃げ込みましょう。 イメージの中は楽しいことばかりです。 現実がつまらないなら、イメージを思う存分楽しみましょう。 言葉の使い方を覚えよう 最後に言葉の使い方についてお伝えしておきます。 イメージ• 言葉 この3つは互いに影響しあい、あなたの世界を形作っています。 ここでは、この3つの関係性を簡単に説明し、効果的な言葉の使い方についてご紹介していきたいと思います。 感情とは、あなたが今どんなイメージをしているかによって自然と沸き上がってくるものです。 あなたが嫌なイメージをしていれば嫌な感情が、いいイメージをしていればいい感情が沸いてきます。 ですから、感情に注意することで、あなたが今どんなイメージをしているのかを知ることができます。 そして、言葉はイメージを作ります。 あなたが普段話している言葉や聞いている言葉によって、ものすごい数のイメージを次々としているのです。 「ラーメン」という言葉を聞くとラーメンのイメージが浮かびますよね。 でも次に「戦争」と聞くと戦争のイメージが浮かんでラーメンのイメージが消えてしまいます。 このように、言葉はあなたのイメージを作り上げているのです。 この関係性が分かれば、言葉をうまく使うことが結果としてイメージや感情にいい影響を与えるということが見えてきます。 それでは、効果的な言葉の使い方についてお伝えしていきます。 この世界をあなたの望むものに変えるには、あなたのイメージを変える必要があります。 そして、イメージは言葉によってつくられています。 ということは、あなたが普段触れる言葉をいいイメージを作り上げるために役立つものに変えれば、あなたの世界が変わるということです。 あなたが日常でもっとも多く接している言葉、それはあなた自身の言葉です。 あなたが起きている間じゅう、あなたはあなたの声を聞き続けていることになります。 そして、あなたの言葉によって、イメージを次々に繰り出しているのです。 であれば、あなたが常にポジティブな言葉を話すようになれば、あなたはいいイメージしかしないようになります。 そうなれば、そのいいイメージがそのまま現実になるのです。 とはいえ、はじめのうちはポジティブな言葉を使おうと思っても、ついついネガティブな言葉が口をついて出てしまうこともあるでしょう。 ですから、ネガティブな言葉を口にした以上にポジティブな言葉を口にすることで、結果ポジティブ優勢の状態を維持することができます。 アファメーションという方法があります。 アファメーションとは、あなたの願望を文章にして何度も唱えることで願望通りのイメージを作り上げ、そのイメージを現実に引き寄せるという方法です。 詳しくは以下のページを見てもらえればと思いますが、言葉とイメージと感情の関係をうまく活用した方法です。 世界は、実は簡単に変えることができます。 死にたくないけど死にたいと考えるまで思い詰めてしまったのは、あなたがイメージと言葉の持つ力を知らなかったからというだけです。 あなたは今日ここで、イメージと言葉の持つ可能性を知りました。 あとはあなた次第です。 それでもネガティブなイメージを続けるか、イメージの世界を楽しむか。 自由に選んで頂ければと思います。 photo credit: via.

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なぜ私が死を恐れないのか、その7つの理由とは…

死に たい けど 死に たく ない

久々の更新 色々あって 自分がなぜ鬱病なのか考え直した。 別に死にたいとは思ってない 苦しいから そして家族に迷惑をかけるから さらに死ぬ時の公開をそれを実際にした人の恐怖をこの記事で感じた この記事を読んで恐ろしくなった 自殺は怖い、苦しい そして迷惑をかける だから自殺はしたくない 家族を悲しませたくはない でも迷惑をかけず ひとりでに消える方法があればやっていたかもしれない 安楽死の薬が手に入るなら迷う 楽に死ねるなら死んでもいいと思う。 でもその想いと同時に 生き続ける意味がわからない 生き続けないと思えない 未来への希望がない 夢もない将来の展望がない 敢えていうならKH3の完結はやりたいし ゴジラキングオブモンスターズが見たい それぐらいだ今の生きる意味は。 そんなもんしかない そんなこと時期が来れば達成できるだろう 正直怖い 満足したらどうなるんだろう それに達成しなくたって別にいい タイミングが合えばやりたいだけだ それができる前に死んでも後悔はない 漠然とした将来設計はあったんだ。 夢と言ってもいい 結婚がしたかった 家庭を持ちたかった 大好きな奥さんと大変でも可愛い子供と一緒に居たいと思ってた。 奥さんと一緒に子供を育てて 円満な家庭を築きたかった。 それも今は無くなった。 昨年9月 甥っ子が産まれたんだ。 僕が鬱で会社を休んでる間に それゃもう必死に世話をしたよ。 会社休んでるから時間はあったし 姉の手伝いをしながら すごく、充実してた。 幸せだった。 甥っ子が可愛くて可愛くて 世話がかかるのも可愛くて オムツ替えだって楽しかった。 抱っこできるだけで幸せだった。 でももういない 安定して姉は遠くの旦那さん家に帰った。 それで気づいたんだ。 姉の子供だったから幸せだったのかもしれない。 自分は叔父だ。 甥っ子の面倒を最後まで見るわけじゃない だから客観的に見てたんだろう なら自分の子ならどうだ。 愛せるだろう それは間違いない だが、今の彼女と子供の世話ができるだろうか 仮定の話ではあるが どうしても、そうは思えない 今の彼女は 甘えてくるばかりだ。 ぼくが支えないといけない。 家庭をもっても永久にそれは変わらない 耐えられない いい子なんだ。 一緒に居て楽しいし元気で面白い、話題に耐えない子 でも僕が苦しい時には支えてはくれない いつか学校の先生が言っていたことを思い出した。 「ふと、人間関係仕事何もかもを投げ出して逃げ出したくなる」 今ならすごくわかる。 なにもかも投げ出して逃げ出したくなる。 でも子供や家庭がができたらそうはいかない 支え続けなければならない だから、その子と家庭を持ったら 僕は支え続けなければならない 奥さんも子供も それが枷になる もう逃げられない それが怖い カウンセラーの人に相談したんだ 言われたよ 「なぜぼくが支え続けなければならない? 夫婦なら支え合うのが当然だ」 その通りだ。 ぼくが支え続けなければいけないと、男なんだから。 そう思ってた だけど今の彼女にそれができるとは思えない 将来そうなってくれるとも思えない だから結婚と子供をもつということに絶望した。 漠然とした夢だったけど その夢が自分の未来を支えていたことに気づいた。 夢というか生きる目的が無くなった。 今の仕事を続けることができなくなった上に 将来のビジョンが見えなくなった。 もう 何もない 生きる意味が したいことはないし 喜びの感情が薄れてる。 楽しいと思っていた映画もゲームもスポーツも 楽しいと、思えなくなっている。 年末年始 気のおけない友達とあった。 順風満帆な友達、結婚報告に子供ができた報告も聞いた、 彼氏がYOUTUBERをめざして別れたりとか いろんな話を聞いた。 でもみんな 自分が生き続けることに疑問なんて持ってなかった。 人生を楽しんでいた。 ビジョンがあった。 ちゃんとみんな心配してくれた。 自分のことを話せたことにもビックリだったけど、心配してくれたことが泣いてしまうくらい辛かった。 嬉しかった。 情けなかった。 ぼくも人生は楽しむためにあると思ってた。 でも もうその楽しみがわからない 楽しいって感情が無くなってる そりゃ友達との飲み会は楽しいさ ワイワイ話して それと同時に罪悪感と絶望感がやってくる 自分の不甲斐なさに ルートエンドって漫画を読んでるんだ。 面白い漫画でさ ちょっと鬱っぽい感じなんだけど そのセリフで 「死にたいと思うことを本当に表現するのは死ぬしかない、そうなったら手遅れ、その想いからは逃げられない」 悪役のセリフだ 自殺を教唆するカウンセラー 主人公はそれに気づいて論破するんだけど もし僕がそのカウンセラーに出会っていたら 自殺していたかもしれない。 何回も読み返した。 そのセリフには恐怖を覚えた 死にたくないけど生き続けたいと思えない 今の僕にはその言葉は強烈過ぎた だからと言って自殺はしないさ でも ぼくの先の未来が真っ暗闇になった。 なんとなく流されて生きていける人もいるだろう ニートを続けられる人は尊敬するよ そのメンタルの強さ ぼくは同じようにはいかない 生きる目的がないと生きていけない 楽しいことは もう 想像がつかない 楽しいってなんだろう これを 母親に話した 涙が止まらなかった。 もともと泣いたりしないタイプの人間だけど 死にたくないけど生き続けたいと思えない それを親に伝えることがどんなに罪深いことか とれだけ悲しませる事なのか わかった上で言った なんどもなんども 母親は悪くないと ぼく自身の問題だと 伝えるべきでなかったのかもしれない でも伝えなかったら伝えなかったで 何か 起きてたかもしれない 今は案外冷静なんだ なぜその想いを待ってるのか 思ってしまったことを後悔したり思ってしまうこと自体を悪だとしても意味はない だから 先に進むために まずはカウンセラーに相談する。 ジャンププラスのルートエンドを読んで カウンセラーが怖くなったのは事実 関係ないことまで分かってるけど アレは今の僕には説得力があり過ぎた タイミングも合わせて 良い漫画だよ リアリティも含めて ブログ更新が止まって 消そうと思ってたけど やっぱりあってよかったと思う 思いの丈を綴るだけでも 頭の中が整理されていく感じがわかる 人に見せるものではないかもしれないが ぼくの役には立ってる 生き続ける それの理由が今のぼくには必要だ 喜びと楽しみが必要だ それが何かはわからない 今年は始まったばかり 絶望から始まった一年だけど まだ死ぬ理由はない 死ぬ理由が見つかるまでは生きる理由を探そうじゃないか nkazu5121.

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