かちかち山 教訓。 童話かちかち山のうさぎがたぬきに復讐したのはなぜでしょう...

何気なく使っている言葉の意味

かちかち山 教訓

かちかち山のあらすじ ずるがしこいたぬき むかし、あるところに、年老いた夫婦が仲良く暮らしていました。 ある日、おじいさんとおばあさんは豆を畑にまきにいきました。 2人は豆が増えるように歌いながら豆をまきますが、たぬきがやって来て、まめが腐ってしまうように歌ってからかうのです。 ですから、おじいさんは、このたぬきを捕まえてしばりあげました。 そして、たぬき汁を作ってくれるようにおばあさんに頼みます。 そこで、おばあさんは、ひとりでたぬき汁の用意をしている時に、たぬきにだまされて、殴られて殺されてしまうのです。 それから、たぬきは、おばあさんの着物をはぎ、自分で着て、おばあさんになりすましたのです。 そして、ばば汁をつくり、おじいさんを待っていました。 それから、帰って来たおじいさんは、たぬきにだまされて、ばば汁をお腹いっぱい食べて寝てしまいます。 さて、翌朝早くから、「ばば汁食ってうまかった。 」と歌う、たぬきの声で目が覚めます。 おじいさんは、だまされた事に気づき、たいそう驚いて泣きます。 すると、前に助けてやったことのあるうさぎがやって来て、話を聞き、かたきを取ってあげるというのです。 それから、たぬきにかやを背負わして、後ろからかちかちと火打石で火をつけるのです。 そのうちに、かやはバリバリと燃え上がって、たぬきは背中におおやけどをしてしまいます。 うさぎは、こんどは、やけどの薬を作っていると言うと、たぬきが自分の背中に塗ってくれと言います。 そこでうさぎは、とうがらしをたっぷりとすりこんだみそを、たぬきの背中にぬりつけます。 たぬきはやけどで、皮が赤むけになったところに、とうがらしみそを塗られて、痛くて転がりながら帰っていきました。 うさぎは、今度は、海の幸を食べるために、船を作っているんだと言うと、たぬきは自分も作りたいと言い出すのです。 そこで、うさぎはたぬきと一緒に泥の船を作ります。 それから、うさぎは木の船、たぬきは泥の船、それぞれの船を運んで、海に浮かべてこぎました。 そして、船端をパタパタたたいたら、魚が寄ってくるとたぬきに教えます。 たぬきは、そうか、と思い、おもいっきり船ばたをたたいたので、泥舟はザックリとさけて、たぬきといっしょにブクブクと沈んでしまいました。 おしまい。 さて、この『かちかち山』に含まれる教訓はどんなことでしょう。 かちかち山の教訓 このお話の教訓は、知恵をつけることが、自分の身を助けるためには必要だということです。 ここでは、たぬきがつかまって、たぬき汁にされそうになった時に、知恵を働かせて、おばあさんに縄をほどかせます。 うさぎは、かやをつかったり、とうがらしみそを使ったり、泥舟を使ったりして、たぬきをこらしめる事に成功します。 うさぎは経験から、とうがらしやみそが傷にぬると染みていたいことや、泥舟が一度乾燥して固めたとしても、水分を吸うとと、崩れてしまう事等を知っていました。 とうがらしやみそは当然、傷にぬると染みて痛いですが、とうがらしを食べた事がなければ、あのヒリヒリする独特な感覚はわかりません。 そして、みそも、味噌汁としては知っていても、みそという物がどんなものなのか、みそ汁に味噌が溶かしてあるという事自体知らない人もいるのではないでしょうか? 家で食べるご飯が、どんな風に出来上がっていくのか知る事も、とてもいい経験になります。 それに、例えば、泥遊びをして泥団子などを作って遊んだりしたことがあれば、乾いて固まった泥は水を含むと崩れてしまうことは当たり前にわかるのですが、そんな遊びをしてこないで大きくなった子は、そんなことは全くしらないのです。 それから、さわった感じでどれくらいでこの泥は乾いて固まったな。 とか、どのくらいの衝撃でこわれるものなのか等の、触感や、実際に投げる力加減は、経験しなけれはわかりません。 他にも、水はこうたたくとしずくがどこまで飛ぶのか?とか、どのくらい傾けたら、水がこぼれるのか?とか、例えば教科書を見て知っていても、頭で知っているのとでは、実際に触って経験して知っているのとは全く違います。 経験を伴わない知識は、本当に必要な時にまったくでてこないものなのです。 汚いから等の理由で子供が遊ぶ方法を制限してしまいがちですが、興味を持って、遊んでいる時はそのことでしか経験できないことをしています。 出来れば、危険がないように近くで見守ってあげたいです。 それからもうひとつ、たぬきはどうして、おじいさんとおばあさんを、少しからかっただけなのに、おじいさんに捕まってたぬき汁にされそうになるのでしょうか? それは普段から、たぬきは、誰かをいじめたり、だましたりしていたのでしょう。 それに対してうさぎは、信用され、捕まえられてうさぎ汁などにはされないのです。 このお話では、詳しい事は書かれていませんでしたが、うさぎは以前におじいさんに助けてもらって、それで、恩返しのつもりで、たぬきをこらしめたのです。 そのことで又うさぎのイメージはどんどん上がりますが、たぬきはと言うと、悪いイメージしかなくて、周りもそんな風に接してしまうので、どんどんひねくれていってしまいます。 悪循環になっています。 最初から手に負えない悪者なんていないはずなのです。 それなのに、周りが悪者と思って悪者あつかいしかしないので、どんどん悪くなってとうとう最後には殺されてしまうのです。 誰の事も先入観なく、接することが出来たらそんな悪循環はおこらないのですが、わかっていても、人間はイメージというのに支配されがちです。 そして、人も子供の時から悪い子やいじわるな子などいません。 でも、周りの人が、何かのきっかけで、イメージを作って接してしまうので、どんどん悪い方向にいってしまうのです。 周りがその子を悪い子、意地悪な子にしていっているのかもしれません。 イメージに左右されず、平等に接するという事は、大事な事なのです。 江戸時代には、良いものは悪い者を成敗するスタイルが好まれて、『さるかに』や『桃太郎』等と共によく読まれた。 おばあさんを殺して、ばば汁にしてしまう所は大人には残酷ですが、子供はこれくらい極端なお話のほうが、納得しやすいようです。 まとめ 『かちかち山』の教訓は、いざと言う時に使える知恵を身につける為に出来るだけ実際の経験をすることが必要だという事でした。 それから、イメージに左右されることなく、平等に接しましょうということです。 今からでも、知恵をつける、頭を柔らかくすることは可能だと思います。 まず、余計な考え方の型をとっぱらうことが大事かもしれません。

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浦島太郎の教訓の意味とは?省略された結末に真実があった!!

かちかち山 教訓

かちかち山、白雪姫、浦島太郎…幼い頃、絵本や紙芝居を通じてこれらの物語に親しんだ人も多いはず。 しかし、それらにもともと絵はなく、物語は言葉だけで表現されるものだった。 「昔話は語られている間にだけ存在する」。 それらは何百年もの間、人から人へ語り伝えられてきた。 日本には30万もの昔話が存在するという。 口承文芸学者の小澤俊夫さん(85)=川崎市多摩区在住=は、その昔話の伝承に使命感を覚え、1960年代から研究を深めていった。 92年からは全国各地で市民大学「昔ばなし大学」を開講。 98年には独自の昔話研究と実践、若手研究者の育成を目的に同区で「小澤昔ばなし研究所」を設立した。 昔話の研究と語りの現場を結びつけることに努めている。 小澤さんはかつて相模原に住んでいたことがあり、講演もこれまでに3回開いている。 今回は小澤さんに昔話の魅力、相模原の思い出などを聞いてみた。 参考資料:日本の昔話第一巻(福音館書店) 「昔話は3、400年前、おじいさん、おばあさんが孫に話していたもの。 夜の娯楽だった。 おじいさん、おばあさんは自分の子どもが親になる過程をロングスパンで見ている。 今は子どもを一世代で育てるケースが多い。 昔話にはもう一世代前のじいさん、ばあさんからのメッセージが込められている。 『人間ってこんなもんだ』ということがしみ込んでいる」 昔話とは、古くから主に農民の間で口伝えられてきた物語のこと。 必ず耳で聞かされていたため、昔話は「わかりやすい」簡潔な文体となった。 また、聞きやすいよう、同じ場面がでてきたら同じことばで語る。 そして、「3回の繰り返し」を好み(例えば白雪姫は本来3度殺される)、それによって物語にリズムをつける。 「子どもにとってリズムは大切な喜び。 赤ちゃんのときは抱っこしてリズムをとるでしょ」 日本の昔話の内容は、人間が自分をとりまく自然や、そこに住む動物、妖怪たちとどう付き合うか、を語るものが多い。 昔の人が自然の中で生き抜いた姿が語られている。 また、子どもを主人公としたものが多く、それらは主人公が変化しながら成長していく姿を語っている。 「生命は残酷な上に成り立っている」 昔話は残酷なものもあり、そのために内容を書き改められてしまうこともある。 例えば「かちかち山」。 山仕事の邪魔をしたタヌキは、爺によってタヌキ汁にされそうになる。 しかしタヌキは婆を殺して婆に化け、婆汁を作って爺に食べさせる。 これが伝えられてきた内容だが、このエピソードは得てして「残酷だから」とカットされ、ウサギがタヌキをこらしめる部分だけで「かちかち山」の昔話としてしまうことがある。 しかしこのエピソードは、共に自然の中に生きる人間と動物とが、食うか食われるかの自分の存在をかけた戦いをしている物語。 人間は自分の生命を維持するためには、ほかの生物の生命をもらわなければならない。 逆に、人間も動物に生命を奪われることもある。 「かちかち山」は、「生命とはどうやって成り立っているか?」という根本問題を語っている。 「虫を殺して初めて生命の大切さに気が付く。 その経験が大事」 『日本の昔話』(95年)の中で小澤さんは次のように記載している。 「こうして生命の真相を語る昔話は、現在の日本のように、豊かな、清潔な暮らしの中で育つ子どもたちには、とくに必要だと思います。 自分たちが他の動物たちの生命をもらって生きていることが、豊かさのために見えなくなっているからです」 「(その方が楽だから)スマホなどを簡単に与えてしまう親もいる。 子育ては手間がかかるもの。 何でもそう。 例えば料理を作ること。 今ある食材で何を作ろうか?工夫が想像力を生む。 食材を買うのも楽しくなる。 自分も小さい頃から作っていた(そう教育された)。 征爾(せいじ)(俊夫さんの弟、世界的な指揮者)だってウィーンにいた時は自炊。 自分の2人の息子(次男はミュージシャンの健二さん)もできるように育てた。 手間だけど作ること、自分でやることで、世界が広がる。 外食で済ませていたらこうはいかない」 小澤さんは1965年頃、それまで住んでいた世田谷区から相模原市に転居した。 「近所にいい人ばかりでコミュニティがあった」と当時を振り返る。 住居は現在の淵野辺公園の近くだったが、当時はまだそこは在日米軍施設で日本人は利用することができなかった。 「子どもたちは近くの林や空き地でよく遊んでいたよ」。 71年から73年までドイツで過ごし、帰国後再び相模原で暮らす。 そして79年に現在住む川崎市多摩区へ転居した。 小澤さんに子育て世代におすすめの昔話を尋ねると、「うまかたやまんば」「三年寝太郎」と答えてくれた。 「子育てには親の姿勢が影響する。 (子どもに対し)妥協はしても、降伏はしないように」とのアドバイスもくれた。

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かちかち山のあらすじと教訓!使える知恵をつける方法。

かちかち山 教訓

Contents• かちかち山のネット絵本 むかし、むかしの話です~ あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。 二人はとても真面目に働く正直者で、今日も一日中、畑で汗を流しておりました。 しかし、そんな二人には悩みが・・・それは毎日のように姿を現すタヌキのことです。 「こらっ!!」 おじいさんが一喝すると、タヌキはいつも、そそくさと逃げて行きます。 その程度なら良かったのですが、タヌキの悪行は目に余るほどになってきました。 ある朝のことです。 「おばあさん、先に行ってるでな。 」おじいさんは、そう言って、朝早くから畑で収穫作業をするために家から出ていきました。 すると・・・ 目に飛び込んできた光景にビックリ。 収穫間近の野菜がいっぱいに実っていた畑が、メチャクチャに荒らされているではありませんか。 その犯人は、逃げもせずに、畑を荒し続けています。 そう、犯人はあの意地悪タヌキなのでした。 「大根も、にんじんも、豆も、おいしいところだけ食べてやったぞ」 「お前らは、これでも食べていろ」 タヌキは野菜の食べ残しカスをおじいさんに投げつけて、逃げていきました。 大事に育てた野菜を食べ散らすばかりか、植えたばかりの種まですべて掘り返してタヌキは逃げて行きました。 おじいさんは、そんな意地悪タヌキを懲らしめてやろうと、林の中に罠を仕掛けました。 息をひそめて・・・タヌキが現われるのをじっと待つのでした。 好物のサカナに食いついた瞬間、タヌキは、縄にグルグル巻きになって捕まったのです。 「捕まえてみるとお前もかわいいもんだ」そう言って、おじいさんは、タヌキを家に連れて帰りました。 姿はかわいいが意地悪なタヌキです。 「絶対に縄を解いちゃダメだよ」そう念を押してから、おじさんは、滅茶苦茶になった畑を直すため出ていきました。 しかし・・・意地悪タヌキが、このチャンスを見逃すはずがありません。 ポロポロ、ポロポロ・・・タヌキは涙を流し始めました。 どうしたの?と聞くと、タヌキは身のうえ話を始めました。 「お前も可哀そうなんだね・・・」おばあさんは、タヌキに同情して、もらい泣きをしました。 そして・・・ タヌキを逃がしてやろうと縄を解いた、その瞬間・・・ 「全部、 嘘だよ!よくも縄で縛りやがったな!!」タヌキが襲い掛かり、おばあさんは大けがをしてしまいました。 畑に出てこないおばあさんを心配して、おじいさんは家に戻って来ました。 どうしたの?と問いかけると・・・「今行こうと思っていたの」と言うので、おじいさんはホッとしました。 そして・・・ おじいさんが畑に戻ろうと背を向けると・・・「俺が 化けてたんだヨ!! 」そう言って、タヌキが襲い掛かってきました。 そして・・・おじいさんも大けがを負ってしまったのです。 畑に出られないほどの大けがを負った二人を、看病するウサギがいます。 いつも二人に可愛がられていた近所に住むウサギで、タヌキの悪行にはとても憤っていました。 「何とか、タヌキを懲らしめてやらねば・・・」 ひと晩中、作戦を練ったウサギは、タヌキに笑顔で近づきます。 はぁ、はぁ・・・、これだけ集めれば100匹くらいには交換できるかな?タヌキは必死に集めた柴を、肩に担いで歩きます。 「あの山の向こうに交換所があるよ」 カチ、カチ、ウサギは柴に火をつけようと、火打石(ひうちいし)を打ち鳴らします。 「カチカチと音がするけど何の音だ?」 「かちかち山に住む、かちかち鳥の泣き声だよ」ウサギはそう言って誤魔化しました。 重たい柴を担いで歩くためなのか?タヌキの体は熱くなってきました。 「ボー、ボーと音がするけど何の音だ?」 「ボーボー山に住む、ボーボー鳥の鳴き声だよ」ウサギはまた誤魔化しました。 すると・・・まるで電流が走ったように、タヌキの背中にイタミが走ります。 うぎゃーーーっ タヌキは柴が燃えていることに、やっと気づきました。 タヌキは柴を投げ捨てて、一目散に川へ・・・ どっぽーーーん ・・・と飛び込んで行きました。 う、う~痛てぇ・・・「タヌキさん、ヒドイ目にあったね」ウサギは、ヤケド用の塗り薬を調合しながら、言いました。 タヌキがそう言うので、ウサギは唐辛子入りの塗り薬を、ヤケドのキズにたっぷりと塗ってやりました。 ハラペーニョ 再びタヌキの背中に電流が走ります。 う~・・・この痛み、とてもじっとしていられません。 タヌキは再び、川に飛び込んで行きました。 ウサギはその姿を見つめて息をのみました。 (さて、最後の仕上げだぞ・・・・)タヌキが川から上がってくると、「ごめーん、薬の調合を間違えたかも・・・」とウサギは謝りました、そして・・・ 「お詫びに・・・湖で魚獲りの競争をしよう、 大きな泥の舟と、 小さな木の舟、好きな船を選んでね」とウサギは言いました。 強欲なタヌキは、当然のように大きな泥の船を選びました。 「魚がたくさん積めるので有利に決まってるじゃないか」 軽快に進むタヌキの舟に向かってウサギが言いました。 「一番深い、湖の真ん中あたりに、魚がいっぱいいるよ」それを聞いて、タヌキの舟はいち早く湖の真ん中に到着しました。 しかし・・・ どうも舟の様子がおかしい、泥の舟は、どんどん、水に溶けていきます。 そして・・・「ふ、舟が沈む~」あっと言う間にタヌキの舟は沈んでしまいました。 「あっぷ、あっぷ、助けて・・・」タヌキは必死にウサギに助けを求めます。 そこへウサギの乗った舟が近づいてきました。 助かったぁ・・・ タヌキが、舟の縁に手を掛けようとすると、 パチンッ!・・・とウサギが手をはたきます。 「僕の舟に手を掛けたらダメだよ!」 「えっ、溺れちゃうよ~・・・」 それなら岸まで連れて行ってやるけど・・・ 「二度と、おじいさんとおばあさんの前に姿を現すな!!」 ・・・タヌキは黙って頷くしかありませんでした。 岸に着くと、タヌキは森に向かって一目散に逃げてゆき、二度と姿を現すことはありませんでした。 その後、おじいさんとおばあさんは幸せに暮らしたそうです。 めでたし、めでたし。 織姫と彦星が年に一度しか会えない理由を覚えていますか?これを読めばサクッと思い出せますよ! あとがき・・・ かちかち山のお話はいかがでしたか? オリジナルが好きな方には少し物足りない内容だったかも知れません。 しかし昔話は口々に伝承されていくうちに、どんどん内容が変化したり、その時代の考え方によっては、内容が削除されたり、一部変更されたりもしてきました。 今回お届けしたソフトな内容は、規制の厳しい現代にはいちばんピッタリしているのでは無いかと私は思います。 【教訓】悪いことをすると、その報いを必ず受けることになる。

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