大友 アキラ。 AKIRAのラストがわからない【ネタバレ注意】

(2ページ目)『AKIRA』大友克洋が36年前に「2020東京五輪」を予言できたのはなぜか

大友 アキラ

AKIRAのラストがわからない【ネタバレ注意】 以前、大友克洋さんのAKIRAを読みました。 結末は、アキラたち超能力者の子どもが異次元か、べつの銀河かどこかにスリップして、 アキラの脅威が無くなった後、金田やケイが「大東京帝国」を引き継ぐというものでした。 金田が「アキラは俺たちの中に生きているぞ!」と言っていましたが、どういう意味なんでしょう。 べつにアキラは地球や人類の希望、というものではありませんでしたし、 反対に不安定な核兵器のように恐れられて、鉄夫や隊長などの悪党に利用されるばかりでした。 倦むべき存在のようなアキラが、金田たちのなかで生きている、というのはどういうことなのか。 作者の解説をご存知の方がいたら教えてください。 もしくは、皆さんはどのように解釈されましたか? 私も当時、ラストに関して、鉄雄はビッグバンとなり、何処かで新たな宇宙を形成創造した、(移動して連れ出さなければ其の威力でこちらの宇宙は消滅してしまう、其の為にアキラ達は鉄雄を連れて遥か別次元へ移動した)のだろう、と、思っていました。 今正に崩壊する、其の瞬間があると私自身は受け取っています。 そういった意なのか。 解釈は色々に取れますが、私は上記2つを主に思います。 金田君達の大東京帝国の宣言と、アキラは金田達の中で生きている、と言ったのは、アキラと言う存在を究極の純粋な力の象徴、奇跡の存在と思える部分、自分等は新たなこれからを形成し生きて行く上で、気概の一つとなる、アキラの生きた其の存在や魂も、姿は見えなくなっている今であっても、思い出や記憶は失せる事はなく、新たな今からを、世界を作り上げて行く指針の中の一つとして忘れずにいる、といった意味合いに受け取っています。

次の

AKIRA : 作品情報

大友 アキラ

舞台は2019年。 1982年に関東地方に「新型爆弾」が炸裂し、東京は完全に崩壊してしまう。 それをきっかけに世界大戦が勃発し、世界は荒廃していった。 その後、東京湾上に新たな都市「ネオ東京」を建設し、首都機能はそちらへ移行した。 繁栄するネオ東京においても反政府ゲリラと軍は敵対し合い、デモ隊と警察は日々衝突しあっており決して平和で治安のよい状態とは言えなかった。 職業訓練校に通う青年・金田は暴走族グループのリーダーを務めており、友人の山形や甲斐、そして親友でもある鉄雄と共にバイクに乗り暴走行為をしていた。 ある日、閉鎖されている旧市街(爆心地である東京)へと向かうため遺棄されたハイウェイを走る金田たちの前に、白髪の少年が突然姿を現した。 この白髪の少年こそが、軍の極秘機関「超能力研究機関」から反政府ゲリラのメンバーによって連れ出された超能力者の一人、タカシ(26号)だった。 突然鉄雄の乗るバイクの目の前に姿を現したタカシを避けきれず、衝突し重傷を負ってしまう。 鉄雄とタカシは駆けつけた軍(アーミー)により入院させられるのだが、この事故をきっかけに鉄雄の中に超能力が覚醒する。 退院後の鉄雄はまるで人が変わったように高圧的で乱暴になり、以前のような大人しい様子は一切なくなってしまっていた。 超能力に目覚めた鉄雄を「研究材料」として取り込みたい軍と、その鉄雄にただならぬ影響を与えている金田を捉えるため軍が動き出すが、その中で金田は反政府ゲリラメンバーである竜とケイに出会い、一時的に協力関係となった。 鉄雄は自分の中に目覚めた超能力を自覚すると、今まで内向的な性格ゆえに何かと金田に上から目線でモノを言われていたことに対する不満や鬱憤が爆発し、自分の力を見せ付け金田を屈服させることを考えた。 その第一歩として金田たちと敵対する暴走族グループ「クラウン」のジョーカーを屈服させ、自らがリーダーの座についた。 それからクラウンの所持するドラッグ(薬物)を過剰に使用しながら超能力を使い、他の暴走族グループのメンバーを襲撃した。 その事実を知った金田は周辺の暴走族グループと協力し合い、鉄雄を含めクラウンを倒すことを決意する。 鉄雄の能力により山形は無残な死を遂げる クラウンの下っ端の襲撃に次々と成功する金田たちだったが、最終的に鉄雄の超能力の前に惨敗してしまう。 鉄雄と対峙した山形は超能力により惨殺され、激情に駆られた金田は鉄雄へ向けた銃の引き金を引く。 鉄雄もまた、以前から劣等感を抱いていた金田に対し敵対心をむき出しにし、両者は衝突した。 そこへ軍(アーミー)の部隊と敷島大佐が現れ、超能力覚醒に伴い激しい頭痛に悩まされている鉄雄に対しある提案をした。 それは、その頭痛を抑えるための薬物(超能力研究機関で開発された、超能力を覚醒・安定させるための薬物。 一般に出回っているドラッグの何百倍もの刺激があるため常人が使うと死ぬほどの効力がある)を提供する代わりに、超能力研究機関の研究に「41号」として協力する、というものだった。 鉄雄はその条件を飲み、暴走族の抗争は軍によって制圧されたのだった。 この「ラボ」には、鉄雄と衝突事故を起こしたタカシをはじめとした、「ナンバーズ」と呼ばれる超能力を持った者たち(キヨコ(25号)とマサル(27号))が住んでいた。 彼らは軍が以前から極秘に研究してきた、超能力を開発・育成された子供たちの生き残りである。 多くの子供たちが実験の途中段階で命を落とす中最終的に生き残った数少ないメンバーである。 鉄雄は薬物を投与されながら様々な実験と研究により徐々に能力を開花させていった。 その中で、研究者たちの口から聞かされた「アキラ」と呼ばれる存在に興味を持ち始めた。 アキラ(28号)というのはかつて「ナンバーズ」の仲間として共に過ごしていたのだが、軍が30年以上にわたり巨額の資金を投じて封印し続けている謎の存在であった。 予知能力を持つキヨコは、アキラが間もなく目覚めることとネオ東京が崩壊することを予知するのだった。 この時、アキラに強い関心を抱いていた鉄雄がアキラ覚醒の鍵を握ることを察していたキヨコは、自らの超能力でケイを操り鉄雄を殺害しようと試みるが、鉄雄の超能力が思った以上に強かったため逃げられてしまった。 この時ナンバーズの三人は、ケイに「超能力を媒介させる能力」に秀でていることを見出す。 軍事衛星SOL 鉄雄はラボを脱走し、軍研究施設に封印されていたアキラのもとへ行く。 絶対零度に封印されていたアキラは鉄雄の力に共鳴し、覚醒してしまう。 アキラ覚醒に取り乱した敷島大佐をはじめとする軍関係者はネオ東京に第七級警報(非常事態宣言)を発令し、軍事衛星「SOL」を使って鉄雄とアキラを攻撃しようと試みる。 しかし鉄雄は片腕を失ったってだけで、そのまま行方不明になってしまう。 「SOL」の攻撃の中、意識を失い倒れていたアキラを金田とケイが発見し保護、そのままゲリラメンバーの一人であるチヨコの家へとかくまうことにした。 爆心地の地下にあった軍研究施設、その中に絶対零度で封印されていたアキラ。 東京を無に帰した新型爆弾は実はアキラの力だったことを金田らは知ることになった。 アキラの威力は都市をまるごと崩壊させるほどであった ケイたちはゲリラの支援者である野党政治家・根津の元へアキラを引き渡すが、根津は自らの政治的権力を勝ち得るためアキラを個人的に利用すべく、根津を支援していたミヤコやゲリラメンバーも裏切ってしまう。 しかし生き延びた竜やケイ、チヨコ、そして金田たちがアキラを根津の元から奪還する。 一方で第七警報の発令による混乱の責任を問われていた敷島大佐は、いつまでも責任不在の醜い言い争いをやめない政府に見切りをつけ、自らクーデターを起こしアキラの捜索に当たる。 根津の部下、アキラを特別な存在として崇めるミヤコ教の超能力を持った信者、敷島大佐率いる軍、そして金田たち、彼らによるアキラ争奪戦が繰り広げられた。 その中で大佐が連れてきたナンバーズの子どもたちは念願かなってやっとかつての仲間であったアキラとの再会を果たした。 ところが、物陰からアキラを射殺しようと根津が銃口を向け発砲する。 その弾はタカシの頭に命中し、その瞬間ナンバーズの子どもたちとアキラの脳内にショックが走り、アキラが37年前に東京を壊滅させた力が発動し始めた。 巨大な爆発によって全ての建物、地盤が海中へと崩れ落ち、ネオ東京は吹き飛ばされた。 ナンバーズの子どもたちによってケイや大佐らは瞬間移動により一命を取り留めたが、金田は爆発の光に飲み込まれ行方不明となる。 新たな爆心地の中心に佇むアキラの元へ、片腕を失った鉄雄が現れるのだった。 アキラを「大覚様」と奉る大東京帝国 ネオ東京崩壊後の世界には、アキラを「大覚様」として崇め奉り鉄雄が実質支配をする「大東京帝国」、ミヤコを教祖とする「ミヤコ教」が主な勢力として君臨していた。 竜は酒におぼれ街をさまよう中、ワシントンからの工作員ジョージと出会い行動を共にしており、敷島大佐は一人さまよっていた。 ケイと反政府ゲリラであったチヨコ(おばさん)は、ナンバーズのキヨコとマサルをかくまいながら生き延びていたが、薬なしでは長く生きられない二人を延命させることが難しくなってきていた。 そこへミヤコの教団へ行けというキヨコのお告げに従い、ケイとチヨコはミヤコの元を訪れる。 ミヤコはキヨコとマサルを連れてくるよう二人に提案する。 弱った二人を決死の覚悟でミヤコの元へ移送するケイとチヨコだが、途中大東京帝国の手下に襲撃され、ケイはマサルだけを連れて単独でミヤコの元へ急ぐ。 キヨコを連れたチヨコは、負傷しているところを敷島大佐に助けられる。 一方、鉄雄は被災者に薬物を混ぜた食事を与え、ひそかに能力者を開発しようとしていた。 適性のない者は薬物を飲んだ途端にその場で死んでしまったが、中にはその刺激に耐え超能力の覚醒にいたる者が数人いた。 また鉄雄は側近に女を連れてこさせ薬物を投与させては退廃的な性行為に溺れた。 少女たちの肉体に薬物の刺激は強すぎ、行為後に全員が死に至っていた。 ところが、連れてこられた女の中に薬物を飲まずに死を免れた少女、カオリがいた。 鉄雄はカオリを自らの侍女としてそばに置き、薬物による不安定な自らの精神をカオリに依存することで補おうとするのだった。 鉄雄との最終決戦のため命をかける覚悟を固めながら禊をするケイ ネオ東京崩壊後に甲斐はジョーカーら暴走族グループの生き残りたちと合流していた。 甲斐はその一団に金田を会わせ合流。 鉄雄に落とし前をつけよう、という思いをお互いに確かめあう。 一方ケイは、超能力を媒介する能力(触媒の力)を見出され、キヨコ・マサル・ミヤコの力を束ねて鉄雄の力をアキラにぶつけるよう誘導しアキラをこの世から抹殺するというミヤコらの計画に乗ることを決心しようとしていた。 敷島大佐は独自にSOLを使って鉄雄とアキラを抹殺しようと追い、工作員ジョージは生物兵器を使って鉄雄を葬ろうとしていた。 大東京帝国が被災民の統率を図るため行った集会で、鉄雄は月の一部を崩壊させる力を見せつける。 月の一部が崩壊したことにより地球の潮流に影響が出始める。 混乱の中、ケイはミヤコの計画に乗り自らの命を投げうってでも鉄雄とアキラを止めることを決意する。 その意思を固め、精神集中と共により「触媒」としての力を高めるため、身体を清める等の形式的な禊を行う。 しかし金田はそれを全力で止める。 鉄雄を止めるのは自分…そう決めた金田は、自らの力が制御不能になり異形の姿になった鉄雄の前に現れ決戦を挑む。 鉄雄の中に飲み込まれた金田、その鉄雄の覚醒を引き受けるため命をなげうったミヤコ、アキラがまだ人間として「心」を保っていた頃の状態へ導くために寄り添ったナンバーズ…やがて覚醒した鉄雄とアキラの巨大な力が融合し大きな渦となる。 その渦の中で金田はかつての孤独だった鉄雄の幼少期のビジョンの中をさまよう。 あの時手を差し伸べていたら、鉄雄との友情をやり直したい、鉄雄の手を取ろうとする金田の耳にケイの呼び声が届く。 金田は鉄雄に別れを告げ、ケイの手を取り、現実の世界へ戻るのだった。 鉄雄とアキラの消滅…その後の世界.

次の

大友克洋

大友 アキラ

大友 克洋 生誕 1954-04-14 (66歳) 国籍 職業 、 活動期間 - ジャンル 、 代表作 『』 『』 受賞 第10回優秀賞 (「童夢」「I・N・R・I」ほか) 第4回 第15回コミック部門 (以上『童夢』) 第8回一般部門 (『AKIRA』) 第41回(生涯功労賞) シュバリエ、オフィシェ 大友 克洋(おおとも かつひろ、本名同じ 、 - )は、の、。 息子はのSHOHEI(大友昇平)。 (現在の迫町)出身。 血液型はA型。 『』にてデビュー。 代表作に『』『』など。 ペンタッチに頼らない均一な線による緻密な描き込み、複雑なを持つ画面構成などそれまでの日本の漫画にはなかった作風で、80年代以降の漫画界に大きな影響を与えた。 、自作を元に自ら制作したアニメーション映画『AKIRA』は日本国外でも高い評価を得、「ジャパニメーション」と呼ばれる、日本国外における日本アニメムーブメントのさきがけとなった。 近年は主に映画監督として活動している。 経歴 [ ] 幼少の頃より、の「」や「」を見て育つ。 中学時代に漫画家を志すが、高校時代は映画漬けの日々を送り一時漫画から離れる。 当時は映画を作りたいと思っていたが、一人立ちを考えて漫画を描き始め、1971年末に処女作『マッチ売りの少女』を執筆。 手塚治虫の雑誌『』や『』に数度投稿を行い 、1973年、『マテオ・ファルコーネ』を原作とする『銃声』で『』にてデビュー、以後『漫画アクション』を中心に短編作品を発表していく。 、初の単行本となる自選作品集『ショートピース』刊行。 このころより『』『コミックアゲイン』などのSF雑誌・マイナー雑誌に寄稿しの作家と目されるようになる。 1980年、『アクションデラックス』に『童夢』(-1981年)、『漫画アクション』に『』(-1981年、原作:)を連載。 、『』にて『』(-1993年)の連載を開始し、この作品で一気にメジャー作家となる。 、の漫画作品を原作とするアニメ映画『』にキャラクターデザインとして参加、以降アニメーション映画にも携わるようになる。 1984年にはのカメラのCMアニメでのほか、とを手掛けた。 アニメ『』の中の一編「工事中止命令」を監督として手掛けた後、自作『AKIRA』を自ら監督しアニメーション映画化。 7月に日本公開、12月に全米で公開された。 以降は漫画よりも映画の分野で活動している。 には8年ぶりの長編監督作となる『』が公開、にはの同名作品を原作とする実写映画『』が公開された。 、ので、の復興支援を兼ねた初の原画展「大友克洋GENGA展」が開催。 『AKIRA』の全原稿など約3000枚の原画が展示され、漫画家の原画展としては世界最大規模となる。 作風と影響 [ ] にて 初期の作風 [ ] 大友の作品が一般的に知られるようになるのは初作品集『ショートピース』が刊行され「ニューウェーブ」作家とも交流を持つようになる1979年頃であるが、76年-78年頃にはすでに作風を確立し一部の漫画読者からは知られた存在になっていた。 大友の初期の作品はの影響が強く、や、といった70年代の文化を背景とした日常風景を淡々と描くものが多かった。 コマ割りなどに大友が敬愛するやの影響が強い。 また緻密に描き込まれているにも関わらず、余白を大胆に取ることで白っぽい画面が作られており、リアルでありながらのような泥臭さや過剰さのない乾いた画風が注目された。 さらに初期の大友作品の大きな特徴は、日本人のキャラクターをまったく美化せずに、見たままアジア人的な容姿(細い目、低い鼻、短い足、小さい乳房)で描いたことであり、これは男はかっこよく、女はかわいらしく描くのが当然とされていた漫画界において異例のことであった。 このような大友のスタイルの新鮮さは漫画志望者や既成の漫画家に大きな影響を与え 、『ショートピース』刊行前後より模倣者が数多く出現、その影響はなどの少女漫画家にも及んだ。 また、大友はフランスの作家メビウス()の影響を受けた作家として言及されることも多く、欧米では「日本のメビウス」という呼び方をされることがある。 この作品はそれまでロングショットだけで作中人物を描いてきた大友が初めてアップを使った作品でもあり 、『童夢』『AKIRA』と続く80年代のSF作品への前触れとなった。 なお、『AKIRA』以降の作品では登場キャラクターのヒーロー・ヒロイン化に伴い、初期に比べて登場人物の目が大きくなり、造形をかっこよく・可愛らしく描くようになっている。 過去のインタビューでは、「そういった(一般的なアニメらしい可愛さの)絵柄も簡単に描けるが、描く理由もない。 描かないと生き残れないなら描く」と語っている。 大友以前・大友以後 [ ] 『ショート・ピース』刊行以後大友の名が知られるに従って日本の漫画の画風、手法が大きく変わったため、漫画の表現史を画するものとして「大友以前、大友以後」という言葉もしばしば用いられている。 この言葉を用いた一人であるは、記号化された絵を使い意味のあるコマの連続で物語を表現するという、によって体系化された漫画の手法に対して、事態をリアルに一枚の風景として描き出し、自在に変化するカメラワークによる画面の連続で作品を構成する大友の手法 を「非手塚的手法」と呼んだ。 大友の作品ではしばしばキャラクターのいない、風景だけが大写しにされたコマが続けて描かれるが、風景を物語の説明的な背景として使うのではなく「風景だけで何かを語らせる」このような方法はそれ以前の漫画にはない新しい手法であった (米澤は「キャラクターと背景ではなく、キャラクターのいる風景こそが描かれる」と述べている )。 は、漫画の絵から説明的な意味・文脈を取り去り、人物も風景も同じ質感を持った単なる「もの」として写実的・立体的に描く大友の表現が、漫画の作品世界の中で均質な空間を表現することを可能にしたと指摘している。 このことは一面では、箱庭的な物語世界のなかにディテイルを描き込むことへの欲求を作家に与え、70年代以降のブーム・ブームと連動して、作品に細かな世界設定を描きこむ傾向を育てた。 このような傾向はのちにらによって徹底的に追究されていくことになる。 他面、人物の立体的な造形は80年代以降の士郎正宗や、などの描く美少女像を変化させ、「記号的な顔」と「写実的な肉体」を併せ持つ、日本の漫画表現独特の美少女キャラクターを生み出す一因ともなった。 上記に加え、老人を口元に皺を一本入れるというような記号的な方法でなく、骨格から皮膚のたるみまで老人として表現するような大友のデッサン力、建物を様々な角度から正確な遠近法で描き出す描写力、写真や映画などから影響を受けた光学的な表現方法 などは、以後の漫画界全体の画力を底上げすることになった。 この他にも、効果音を描き文字ではなくフキダシを使って描く方法や、超能力などの大きな力によって地面が割れたり、球状にへこんだりするといった表現方法など、大友が始めたことでスタンダードとなった手法は数多い。 パロディと批評性 [ ] 大友は上記のような新しい手法で、戦後に漫画において描かれてきた物語を解体し語りなおす作家として登場した。 そのため写実的な作風である一方で、作品には過去の漫画作品を始めとする他の作品からのパロディ、引用も数多くなされている。 1978年から『』で連載された「大友克洋の栄養満点! 」(のち『ヘンゼルとグレーテル』に収録。 なお、原稿の大半はが大友に確認せず勝手に廃棄した)では『』『』といった有名な童話をシニカルなファンタジーとして語り直しており、1979年より『バラエティ』に連載された『饅頭こわい』(単行本未収録)では毎回2ページを使って『』や『』などといった様々な漫画作品のパロディを行なっている。 また上述したようにデビュー前の大友は少女漫画誌への投稿歴があるが、1979年『コミックアゲイン』誌では少女漫画の画風を模倣したパロディ作品「危ない! 生徒会長」(『SOS大東京探検隊』収録)を掲載している。 代表作である『童夢』は破壊的な超能力を持つ少女が登場する作品であるが、その少女の悦子という名は同じく超能力を持つ少女が登場する作品『』の主人公にちなんでつけられており、そのほかにも破壊的なパワーを持つ少女(アンドロイド)である(『』)の帽子が描かれるなど、これらの作品へのオマージュであることを示している。 OVEにもなった短編作品『猫はよく朝方に帰って来る』に登場する私立探偵はの『』に登場するスパイ、エーベルバッハ少佐のパロディだと筆者自身がコメントしている。 長編SF作品『AKIRA』では、主要人物の名前をのロボット漫画『鉄人28号』にちなんでつけており、作品の構造も同作品の一種のパロディとなっていることが指摘されている。 また2004年の映画監督作品『』のタイトルは、の『』の英題である『アストロボーイ』を意識したものであった。 受賞 [ ]• 『』で第4回を受賞。 『』で第8回を受賞。 1984年 『童夢』で第15回コミック部門を受賞。 『AKIRA』の彩色された米国版が、最優秀彩色部門を受賞。 『AKIRA』の米国版が、アイズナー賞最優秀アーカイブプロジェクト部門および最優秀国際作品部門を受賞。 フランス政府から「シュバリエ」を授与される。 アイズナー賞で、コミックの殿堂入り。 2012年 『』の一編『火要鎮』が第16回大賞を受賞。 日本国政府から、を受章。 を受賞。 フランス政府から「オフィシェ」を授与される。 第42回・を受賞。 作品リスト [ ] 漫画作品 [ ] 詳細は「」を参照 単行本 [ ]• ショート・ピース(1979年、奇想天外社)• ハイウェイスター(1979年、双葉社)1• さよならにっぽん(1981年、双葉社)大友克洋傑作集2• ショート・ピース(1984年、双葉社)大友克洋傑作集3、奇想天外社版の復刊• GOOD WEATHER(1981年、綺譚社)• ヘンゼルとグレーテル(1981年、ソニー・マガジンズ)• (1982年、双葉社)原案• BOOGIE WOOGIE WALTZ(1982年、綺譚社)• (1983年、双葉社)• (講談社、1983年-1993年)全6巻• 彼女の想いで…(1990年、講談社)• SOS大東京探検隊(1996年、講談社) 漫画原作など [ ]• (1982年、作画)原作。 ワールド アパートメント ホラー(1991年、作画)原作。 と共同原作。 ZeD(1991年、岡田鯛作画) 原作。 『』のコミカライズ。 沙流羅(1990年-2004年、作画) 原作。 (2001年-2002年)、絵本。 との共作。 スチームボーイ(2005年-2007年、作画) 原作。 『』のコミカライズ。 危機之介御免(2006年-2007年、作画)原案。 原作は富沢義彦。 危機之介御免〜ギヤマンの書〜(2008年-2009年、海童博行作画)原案。 原作は富沢義彦。 映像作品 [ ] 監督作品 [ ]• じゆうを我等に(実写映画、1982年)自主制作作品。 16ミリ60分。 (・、1987年)オープニングとエンディングの監督・脚本・絵コンテを担当• (オムニバス・アニメ映画、1986年)「工事中止命令」の監督・脚本・キャラクターデザインを担当• (アニメーション映画、1988年)• ワールド・アパートメント・ホラー(実写映画、1991年)• (オムニバス・アニメ映画、1995年)• (短編作品、1998年)• (アニメーション映画、2004年)• (実写映画、2007年)• (オムニバス・アニメ映画、2013年)「火要鎮」の監督・脚本、「武器よさらば」の原作を担当• ORBITAL ERA(アニメーション映画、時期未定) 脚本、キャラクターデザインなど [ ]• ライブイン・茅ヶ崎(8ミリ長編映画、1978年、監督)宣伝用イラスト• (アニメーション映画、1983年)キャラクターデザイン• (アニメーション映画、1983年)スペシャル・デザイン(アラクネ)• (、1988年)シナリオ、プロデュース• (アニメーション映画、1991年)原作、脚本、メカニックデザイン• (アニメーション映画、1998年)総監修• (アニメーション映画、1998年)企画協力• (アニメーション映画、2001年)脚本• (CMおよびアニメーション映画、2006年)一部キャラクターデザイン・メカニックデザイン• (短編テレビアニメ、2009年)「おはなし」担当• (アニメーション映画、2011年)オロチコンセプトデザイン• 「 飲む自然篇」(テレビCM、2012年)キャラクターデザイン• (テレビアニメ、2014年)ダンシング星人デザイン• 東京リボーン(テレビ番組、2018年 - )一部デザイン監修 原作提供 [ ]• 高校エロトピア 赤い制服(1981年) - 映画。 短編「任侠シネマクラブ」映像化。 シャッフル(1981年) - 短編映画。 短編「RUN」を実写映像化。 監督: 出演:ほか。 大友との連絡が取れなかったので撮影は無許可で行われたが、後に知らされた大友は一言声をかけて欲しいとコメントしている。 不可思議物語(1988年) - オムニバスVシネマの中の一作。 短編「猫はよく朝方に帰ってくる」を実写映像化。 監督: 出演:、室井滋ほか• SO WHAT(1988年) - 劇場公開映画。 同名の短編を実写映像化。 監督:山川直人 出演:、室井滋、ほか• 新SOS大東京探検隊(2006年)原作・キャラクター原案。 - 劇場アニメ映画。 イラストレーション [ ]• 『カニを、もっとカニを! 』(1981年)挿絵• 『カニを、さらにカニを!! 』(1982年)挿絵• 『』(1982年)の集。 テーマ音楽は。 『久住昌之の笑えるビデオ HESO』(1990年) 表紙イラスト• 『DOVE LOVES DUB』(1995年) CDジャケットイラスト• 『幕末袖がらみ』(1998年) 表紙イラスト• おたくの殿堂 『お殿』(2006年) ロゴ• 『ぬかるんでから』(2007年) 装画• 『天の茶助』(2015年) 装画• の絵画「」(1563年)の内部図解「INSIDE BABEL」(2017年) 画集 [ ]• OTOMO KATSUHIRO ARTWORK KABA(講談社、1989年)• (、2008年)との合作• OTOMO KATSUHIRO ARTWORK KABA2(講談社、2012年)• GENGA OTOMO KATSUHIRO ORIGINAL PICTURES(発行:大友克洋原画展実行委員会 発売:パイ インターナショナル、2012年) MV [ ]• 「じゅうくはたち」(2016年) - 監督 関連人物 [ ] 大友は石ノ森と同郷、同高校の出身であり、特に意識していた漫画家として石ノ森と(『アイアン・マッスル』)を挙げている。 江口は自分の絵柄がイラスト的になっていったことについて、大友の影響が大きかったことを語っている。 住まいが近かったため一時期はよく一緒に飲んでいたという。 『』への参加も飲み話がきっかけに実現したものであった (メビウス) しばしば画風が似ていることが指摘されており、大友自身「非常に好きな作家」として名を挙げている。 メビウスのほうも1984年-85年頃に大友の『さよならにっぽん』に衝撃を受けて以来興味を持ち、相互に影響し合っていると語っている。 大友のアニメーションの仕事では、初期のアニメを支えたナイン・オールドメンの影響があり、『工事中止命令』(1988年)では画集を見ながら作業していたという。 本人曰く大友の作風に影響されたとのことで、初期の画風は大友の画風と似たようなものとなっている。 大友が中川の漫画を気に入っており、後に中川の「マンガ家再入門」でストーリー漫画の指導をし、本作では大友が登場する。 アシスタント [ ]• 末武康光• - 臨時アシスタント。 脚注 [ ] []• 「ニューウェーブ・キイワード事典」『フリースタイル9』、2009年8月20日、、33頁• 『BSマンガ夜話 ニューウェーブセレクション』カンゼン、2004年、9頁• NHK-FMラジオ「日曜喫茶室」鉄腕アトムの贈り物 1993年5月30日• 真崎守「インタビュー 大友克洋」『ぱふ』1979年7月号、雑草社、20頁• 日本映画200選」 清流出版 2004,• 夏目房之介『手塚治虫の冒険 戦後マンガの神々』筑摩書房、239頁-240頁• 影響を受けた当時の新人としてやなどが登場しており、また、らの既存の作家にも作風の変化が表れた。 、らは大友風のSFX描写を取り入れている(前掲 米澤嘉博「マンガからのエクソダス」『ユリイカ』1988年8月臨時増刊号、157頁)。 前掲 米澤嘉博「マンガからのエクソダス」『ユリイカ』1988年8月臨時増刊号、157頁-158頁• いしかわじゅんの指摘による。 前掲『BSマンガ夜話 ニューウェーブセレクション』、32頁-33頁• 前掲 米澤嘉博「マンガからのエクソダス」『ユリイカ』1988年8月臨時増刊号、152頁-153頁• 前掲 夏目房之介『手塚治虫の冒険』、240頁-241頁• 劇場版『AKIRA』メイキング映像『AKIRA PRODUCTION REPORT』(1988年)• 「大友克洋 新解説」『BRUTAS』2007年1月1日・15日合併号別冊付録、マガジンハウス、20頁• 米澤は大友と手塚の表現方法の違いを以下のような例で説明している。 「『童夢』のえっちゃんの前でカッターナイフで首を切る浪人生の連続させられるコマは、間に少女の叫びのコマを入れることで、その間の動き(アニメートされた部分)を意識させる。 同作品の少女テレポートシーンにおける、同一構図、フレームを止めた二つのコマの連続もそうだ。 手塚風にやれば、パッと言う擬音やフラッシュ、あるいは斜線が描かれるだろうし、切るシーンは手の動きとズブッという擬音によって事態は描写される」(前掲 米澤嘉博「マンガからのエクソダス」『ユリイカ』1988年8月臨時増刊号、159頁)• 前掲 米澤嘉博「マンガからのエクソダス」『ユリイカ』1988年8月臨時増刊号、157-159頁• 夏目房之介は風景の写実的な描写についてからの影響を指摘している。 前掲 夏目房之介『手塚治虫の冒険』、231頁-234頁• 前掲 米澤嘉博「マンガからのエクソダス」『ユリイカ』1988年8月臨時増刊号、159頁• 『<美少女>の現代史』講談社現代新書1718、2004年、152頁-153頁• 前掲 ササキバラ・ゴウ『<美少女>の現代史』153頁-154頁• 前掲 ササキバラ・ゴウ『<美少女>の現代史』142頁-154頁• 走行中のバイクや自動車の残光の表現は大友が始めて広まったものであった。 前掲 夏目房之介『手塚治虫の冒険』、226頁• 前掲『BSマンガ夜話 ニューウェーブセレクション』、64頁-70頁• 前掲『BSマンガ夜話 ニューウェーブセレクション』、29頁-38頁• 前掲 米澤嘉博「マンガからのエクソダス」『ユリイカ』1988年8月臨時増刊号、148頁-149頁• 前掲 夏目房之介『手塚治虫の冒険』、216-217頁• MovieWalker. 2004年7月10日時点の [ ]よりアーカイブ。 2008年7月4日閲覧。 アニメ! アニメ! 2012年7月15日• 第16回文化庁メディア芸術祭. 2012年12月15日閲覧。 時事通信. 2013年11月2日閲覧。 2014年2月3日中日新聞朝刊27面• com 2015年1月30日. 2015年1月30日閲覧。 トムス・エンタテイメント. 2016年5月19日閲覧。 森達也『夜の映画学校』• コミックナタリー. 2016年6月14日. 2016年6月14日閲覧。 前掲 真崎守「インタビュー 大友克洋」『ぱふ』1979年7月号、26頁• 前掲「大友克洋 新解説」、30頁• 前掲 真崎守「インタビュー 大友克洋」『ぱふ』1979年7月号、29頁-30頁• 前掲「大友克洋 新解説」、30頁• WEB「」(2009年10月20日閲覧)• 『』2017年34号『「ガマンできないマンガ」教えます! 』より。 参考文献 [ ]• 『ぱふ』1979年7月号「特集 大友克洋の世界」雑草社• 『ユリイカ』1988年8月臨時増刊号「総特集 大友克洋」青土社• 夏目房之介『手塚治虫の冒険 戦後マンガの神々』筑摩書房、1995年• 『BSマンガ夜話 ニューウェーブセレクション』カンゼン、2004年• 『BRUTAS』2007年1月1日・15日合併号別冊「新解説 大友克洋」マガジンハウス 外部リンク [ ]• - 大友克洋 (受賞スピーチ映像).

次の