高橋 源一郎 ラジオ。 「コロナ」と「これから」元に戻すのか、変えるのか高橋源一郎×久米宏

高橋源一郎の飛ぶ教室

高橋 源一郎 ラジオ

作家・高橋源一郎が夜開く学校<高橋源一郎の飛ぶ教室>。 今回は時間を100分に拡大してのスペシャル番組。 人気コーナー「秘密の本棚」を特集し、リスナーから読書感想文を募集しました。 その課題図書は夏目漱石『こころ』と太宰治『人間失格』。 どちらも日本を代表する名作で、読書感想文の対象として読んだことがあるのでは! 前半では源一郎さんは『こころ』を独自の解釈を施し、新境地を開きました。 後半の『人間失格』ではどのような解釈をしたのでしょうか。 【出演者】 高橋さん:高橋源一郎さん 作家 小野アナ:小野文恵アナウンサー 能町さん:能町みね子さん 文筆業 好悪の分かれる自伝的小説 小野アナ: 「秘密の本棚スペシャル」2コマ目。 続いての本はこちらです。 高橋さん: 太宰治著『人間失格』です。 小野アナ: 太宰治といえば破滅型作家を代表する小説家です。 昭和の初期、第二次世界大戦前から戦後にかけて作品を数々発表。 太宰治が1948 昭和23 年に発表した代表作の1つが『人間失格』。 太宰はこの作品を書き終えた1か月後に入水自殺しています。 高橋さん: これは有名ですよね。 日本で一番売れている小説は 夏目 漱石の『こころ』と太宰治の『人間失格』だとよく言われています。 でも、どっちもすごく暗い話じゃないですか。 小野アナ: はあ 苦笑 …改めて高橋源一郎さんがこの『人間失格』のあらすじを説明してくださると、どうなりますか。 高橋さん: よく考えたら『こころ』に似ているんですよね。 『こころ』は、先生の遺書が半分ありますよね。 「私」に書いた遺書です。 この本も、「私」は語り手で、ほとんど主人公の手記が載っているだけ。 ほとんど全部が「先生」の手紙みたいなんですね。 最初に印象的なはしがきがあって、男の写真が3枚あります。 10歳ぐらいの、かわいらしいけども人間じゃないような、不思議なほほえみをしている少年の写真。 それから、20歳ぐらいの学生のころの非常に美貌 びぼう の学生の、でも作りものみたいな笑い。 そして最後の、たぶん亡くなる直前の表情がない、印象がない、年齢も分からない、という写真。 おそらく27~28歳です。 「この人物は一体誰だろう?」ということで、この人物が残した手記、「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」をみんなで読んでいくという形になっています。 簡単に言うと、これはほぼ太宰の自伝です。 東北のお金持ちに生まれて、すごく成績もよくて、ただ自分の才能を持て余してうまく生きていけない。 東京に出てきて、カッコいいし、頭もいいし、お金持ちだし、美男子なのでもてる。 でも、それもなんか嫌だという。 若干違うのは、この主人公を絵描きにしていることなんです。 非合法活動をやって捕まりそうになって、何回も心中未遂をして、女の人は死んだり、でも自分は生き残ったり…。 次々女の人にところへ逃げては裏切る、逃げては裏切るを繰り返して、最後には精神科病院に入って何もかもなくして、どこか田舎へ落ちていって、誰もいないところに行ってしまう。 「どこまで人間が落ちていくのか」という話を一人称で書いているんですけど、この世の最低の男を一人称で書いた小説ですね。 まあ、自分で「人間失格」と言っていますからね。 小野アナ: この本の読みどころは何ですか。 高橋さん: まず1つ、太宰治という作家は本当にすばらしい作家だと思っています。 『斜陽』『お伽草紙 おとぎぞうし 』などたくさん名作があるんですけども、『人間失格』はあまりにも自分のことが直接的に書いてあるので、「名作と言うのはつらい」「痛々しい」という感じの人が多い。 小野アナ: 「この本は嫌い」と言う人も多いですね。 高橋さん: 「太宰が嫌い」という人には、『人間失格』が嫌いという人が多いですよね。 「ほかの小説はまだいいけど、これはやりすぎじゃない?」という人もいる。 でもこれ、読み返してみるとなかなかいい。 この小説の最後って、どうなっているか知ってます? 小野アナ: 今回読み返してみて、最後が好きでした。 高橋さん: ずっとひどい手記があって、「あとがき」で彼を知っているという女性のところに行って、「どんな人ですか」って聞くんですよね。 そしたら最後にこう言うんです。 「私たちの知っている葉 よう ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」 高橋さん: 「これを伝えたかったのはなぜだろう?」ということですね。 どう読んでも、この男は最低ですよ。 小野アナ: 私は…どうかな? そうですかね。 高橋さん: ダメですよ、こんなの。 許しちゃいけない。 『こころ』の先生なんか全然かわいいよ。 最後にこう言うバーのマダムみたいな人も迷惑をかけられているんですよ。 ところが、迷惑をかけられたはずなのに、「神様みたいないい子でした」と言わせたかった、というのが太宰なんだよね。 小野アナ: つまり「自分が言ってほしかった」ということですか? 高橋さん: 言ってほしかったんだと思います。 「ふざけるな」と言う人もいるかもしれませんが。 作家として「ふざけんな」と言われてもしょうがないでしょう。 でも、太宰治という人がこの小説全体で描きたかったのは、「こういう救いようのない人間だけれども、生きていてもいい」というようなメッセージかと思って今読むと、懐かしい気がしますね。 『人間失格』を初めて読んだ感想は「痛快!」 小野アナ: では、続いての先生をお呼びします。 文筆業のこの方です。 高橋さん: 能町みね子さんです。 もしもし! 能町さん: もしもし、よろしくお願いします。 緊張しております。 小野アナ: 緊張なさっていますか。 京都府の30代の女性からこんなメッセージが届いています。 <能町さん、こんばんは。 能町さんの『結婚の奴 やつ 』を読みました。 「周りに迎合したいけれども、できない」ともがくところに、能町さんという人間の輪郭が浮かび上がってきて、引き込まれて読みました。 源一郎さんが能町さんのことを「現代の太宰治」と言っていましたね。 きょうはそのお二人が太宰を話す楽しみです。 > 能町さん: いやあ、緊張しますね…。 小野アナ: 先にプロフィールをご紹介しちゃいます。 能町さんは1979年北海道生まれ。 エッセイ、コラムからイラスト、漫画まで多くの連載を手がけつつ、テレビやラジオでも広くご活躍です。 大相撲マニアとしても知られています。 夏場所は中止になってしまいましたけどね。 太宰治の『人間失格』を取り上げているのですが、能町さんはこれまでのところをお聴きになっていますか。 「現代の太宰治」と高橋源一郎さんがおっしゃったくだりも…? 能町さん: ビッグネームなので最初はうれしかったんですけど、「これって喜ぶことなんだろうか?」と疑問に…。 高橋さん: どうして? 能町さん: 『人間失格』みたいなものを書く人ですから。 これ、ほとんど自画像みたいなものですね。 「『人間失格』の人と言われているのかな?」と…。 高橋さん: いやいや、そんなことは言ってないです。 「能町さんは太宰が好きで読まれていたんじゃないか?」と僕は勝手に思っていて、『人間失格』をどうやって読んだのか気になっていたんです。 能町さん: 実は私、『人間失格』を読んでなかったみたいです。 読んだ気でいたんですけど、今回読んでみて「これは読んでないな…」と。 小野アナ: 『結婚の奴』など、源一郎さんが「現代の太宰だ」とお思いになったものは、太宰治を読まずにお書きになったものだということですね。 能町さん: ほかの短編はいくつか読んでいますね。 高橋さん: じゃあ『人間失格』は初読。 『人間失格』をいい年齢で初読はすてきだと思います。 能町さん: この年齢で初読はなかなかないですよね。 高橋さん: 感想はどうでした? 能町さん: すごく痛快な作品。 確かに私が書いた本と一致するところもある作品です。 主人公がとにかく人をコケにしているわけですよ。 特に私が好きなのは、自分のことを好きになる女のことを徹底的に下に見るシーン。 何個も出てきますけど。 高橋さん: ひどいよね。 能町さん: 特に女の人は「ひどい」と思うかもしれないんですけど、私は「男が女をバカにしている」とはあまり思わなかった。 主人公の葉蔵 ようぞう は男だろうが女だろうが全員コケにしているんですよ。 それを行動で見せてはいないんですけど、心理面では完璧にコケにしている。 それを、筆を緩めずに書いている様子が、私にとっては痛快なんですよね。 小野アナ: 生きにくそうな表現なのかと思っていたら、あれはこき下ろしていたんですか。 能町さん: 私はそう思いましたね。 行動ではこの人は世間を怖がっていて何をするにもビクビクしているんですけど、でも筆を取って書かせると、全員をボコボコにこき下ろすわけです。 その「ストレス解消」をしている感じが、私にとっては痛快に感じちゃうんです。 高橋さん: 能町さんがおっしゃるとおりコケにしているんですが、普通コケにすることって、「嫌いだから」「憎んでるから」という理由があってやるじゃないですか。 でも『人間失格』はそうじゃなくて、人の考えていること、やっていることが何でも見えちゃうんで、普通に接しているとコケにしていることになっちゃうんだよね。 能町さん: 確かに。 「見透いちゃう」んですね。 高橋さん: 人のやっていることが全部見えちゃうので底が浅いことが分かるから、尊敬できなくなっちゃうんだよね。 能町さん: この人は誰も尊敬できない、誰も好きにならないんですよね。 高橋さん: そういう自分もまた見えているわけです。 能町さん: 全部をふかんで見ちゃっているようなところがある。 先ほど話題に上がった最後、ほかの方に「葉蔵はすごくいい人だ」と言わせて終わる。 あそこは私、ちょっとだけ解釈が違います。 これはほとんど太宰治本人だと思うんですけど、本人だとするとあまりにもナルシシスティックすぎて、自分に没入しすぎている。 そう思われそうなところを、「本当のナルシストじゃなくて、あくまでも僕はふかんで見て書いたんですよ」ということをアピールしたいがために、最後にあれを入れたんじゃないか、というふうに思っています。 小野アナ: どういう意味ですか? 能町さん: 「こんなふうに頭もいいし顔もいいし、人の考えなんかも全部分かっちゃうよ」というまま終わるんじゃなくて、「そんな僕だけど、人から見たら何でもない普通の人に見えてた、というところまで分かってますよ」と。 高橋さん: 分かります? 普通は「自分はひどい。 最低だ」で終わるじゃないですか。 それはそれで自分を特権化しているんですよ。 「俺はすごい。 この世で最低の男だ」と。 でも、普通にまともな人が見たら、そういうもがいているところも含めて「かわいいところあるよ」と見えちゃう。 そんなに「人間失格」なほどのことじゃないよ、という終わり方だよね。 能町さん: 「もがいてもがいてますけど、普通の人からしたら意外とうまくやってたんです」ということを、「そこまでふかんできてるんです」というアピールの意味も入っているんじゃないか、と思ったんです。 太宰の文章はキュートでフェミニン? 高橋さん: 僕はまた、作家として感じるのは…これは救いがない話でしょう。 作家の本能で1つ、どこか作品の中に救いのあるところ、きれいなもの、美しい花を1輪入れたいと思うんだよね。 能町さん: ああ…。 高橋さん: 変な料理を出して相手をびっくりさせて「すげえ」と言わせるんじゃなくて、その中にきれいな花を1輪置いて「こういうところもあるんだ」と、今までのひどいのを全部一瞬忘れさせる。 それって、たぶん作家の本能だと思うんですよ。 能町さん: 確かに、きれいなまとめ方ですもんね。 高橋さん: ここだけきれいだよね。 バランスが悪い。 その辺が太宰治という作家の「キュート」なところですね。 能町さん: 「キュート」なんですよね。 それはすごく感じています。 ものすごく暗い話なんですけど、全部「ですます調」なんですよね。 私は文体を見るのが好きなんですけど、全部「ですます調」なところもかわいいですし、自分の感情を表現するときに、1つの文がものすごく長くてネチネチした言い方になる。 読点 、 がものすごく多いんですよ。 すごく息を切りながら、丁寧に丁寧に「これだけ言えば分かりますよね?」というぐらい粘着質に説明している感じがすごく太宰らしい。 わざとやっているとは思うんですけど。 小野アナ: 例えばどこでしょうか。 能町さん: 私の好きなシーン。 堀木という、「友人」と言っていいか分からない悪友がいるんですけど、堀木という人にこう言われる。 「しかし、お前の、女道楽もこのへんでよすんだね。 これ以上は、世間が、ゆるさないからな。 」 能町さん: 葉蔵は、「世間というものは個人じゃないか」「世間世間と言ってるけど、お前がそう思ってるんじゃないか」と気付くんです。 そこの文章です。 世間とは、いったい、何の事でしょう。 人間の複数でしょうか。 どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。 けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きて来たのですが、しかし、堀木にそう言われて、ふと、 「世間というのは、君じゃないか」 能町さん: ここの、自分が「いろいろこう思っていた」と説明するところの 読 点の多さ。 こういうリズムが、私は文体として好きですね。 高橋さん: 太宰治については作家のファンも多いんですが、やっぱり文章ですね。 すごく簡単に言うと「男性的な文章」の反対側なんですよ。 能町さん: ああ…。 小野アナ: 文章にも 性別が あるんですか? 高橋さん: 「男性的な文章」は 志賀直哉みたいな、短くてはっきりした文章ですね。 でもこれは「ですます」もありますし、いろいろちぎって長くなっていて、非常にフェミニンなんですよね。 男性の文章って、ざっくり言うと世間なんですよ。 「世間というのは誰だ?」と言っているのは大体女の人なんです。 要するに、男性中心社会だから。 社会・世間は男性で動いているから。 「それって何ですか?」と言うのは普通女性なんですけど、太宰はこの文章で言っているんですね。 さっき能町さんのことを「現代の太宰」と言ったんですが、『結婚の奴』を読んでそう思ったんです。 能町さんの『私以外みんな不潔』がもっと似ているとおっしゃったらしいんで、実はきょう午前中に読みました。 能町さん: ありがとうございます。 高橋さん: これは『人間失格』ですね。 能町さん: これは、『人間失格』を読んで書いたわけではないですね。 自分の作品で恐縮ですけど、「5歳なんだけど、表現はあくまでも大人の言葉で書ける5歳」というつもりで書いた小説なので、こんな感じになっているんです。 高橋さん: 太宰は戦後にものすごく人気になって、結局今でもずっと読まれているんですね。 今の作家としては本当に頭に来るんですけど、でも、読まれるだけの理由があると思います。 今のような時代になって、太宰の『人間失格』を読むと今のことを言っているような気がすることがいっぱいあるんだよね。 能町さん: そうですね。 高橋さん: うるさい人がいっぱいいるでしょう。 世間が「外に出るな」と言っている。 それはお前が「出るな」と言っているの、とか。 能町さん: 今まさにそうですね。 高橋さん: 今まさに、『人間失格』に書いてあることと同じようなシーンが繰り返し出てくる。 すごい作家だな、むかつくな、というのが感想です。 小野アナ: たくさんの視点をいただきました。 話は尽きないのですが、そろそろ授業が終わる時間が近づいてきております。 能町さん、最後にひと言。 能町さん: ひと言、無理やりねじ込みますと、私は「共感した」という言葉が最近嫌いになっていまして、「『人間失格』に共感した」とはなるべく言わないようにしようと気を付けていたんです。 小野アナ: そうなんですか。 能町さん: 安易に共感と言うのはよくない、と最近思います。 「みんな個人個人の感想があるんだから、簡単に共感と言うのは今やめよう」というのが私の課題ですね。 小野アナ: 共感する人が多いから名作になっているわけじゃないですか。 能町さん: だけじゃないはず。 「簡単に共感に収めないでほしい」と今は思っています。 高橋さん: 教科書の読み方だと「共感する文章」がいい文章となっているので、それは疑ったほうがいいですね。 小野アナ: この時間の先生は能町みね子さんでした。 ありがとうございました。

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高橋源一郎が、あの滝沢カレンのカレン節を切る!|読むらじる。|NHKラジオ らじる★らじる

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イギリスの中学校生活を描いた話題作『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の著者・ブレイディみかこさんが<高橋源一郎の飛ぶ教室>に登場。 レギュラーコーナー「秘密の本棚」で高橋源一郎さんが取り上げたのはブレイディさんの最新作『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』。 決して裕福ではない労働者階級の「おっさんたち」の愛らしい生態をちょっぴり切なく描いた作品です。 実はこの「おっさんたち」、最近意外なことから注目を集めていたといいます。 【出演者】 高橋さん:高橋源一郎さん 作家 小野アナ:小野文恵アナウンサー ブレイディさん:ブレイディみかこさん ライター イギリスのいとおしい「おっさんたち」 高橋さん: きょうの本は、2コマ目に先生として登場してくださるブレイディみかこさん著『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』です。 小野アナ: まずは著者のブレイディみかこさんをご紹介いたします。 1965年、福岡県福岡市生まれ。 1996年からイギリスのブライトンに。 ブライトンは、ロンドンから電車で1時間ほどのところ。 高橋さん: 競馬場があります。 小野アナ: 何度もいらしたことがあるそうですね。 高橋さん: はい、そうです。 小野アナ: みかこさんは日系企業に数年間勤めたあと、翻訳やライターとして活動をスタートしました。 そして去年出版されたエッセー『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は「本屋大賞2019 ノンフィクション本大賞」などを受賞。 先日発表された、この半年間の書籍ベストセラーでも4位。 いまだに売れ続けています。 それに続く新作が『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』です。 ブレイディさんの周りの中高年の友人たちを描いた21編のエッセー集です。 高橋さん: ちょっと『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の話もしたいと思います。 コロナ禍でカミュが世界中で一番売れた本ですが、たぶん日本で一番売れたのはブレイディさんだと思うんです。 ブレイディさんの本が去年からずっと読まれている。 僕も大好きな本なんです。 ときどきものすごく売れて読まれる本が出てきます。 たぶん、その本を必要としている人たちがいる、ということだと思うんです。 「なぜブレイディさんが読まれているんだろう?」ということも考えながら、『ハマータウンのおっさんたち』の話をしたいと思います。 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、ブレイディさんの息子さんを中心にした、子どもたちのお話です。 イギリスの学校、若者たちのお話です。 打って変わって今度は「おっさんたち」の話。 本を読まれる方は、最初に登場人物が表になっていますので生年を見てほしいんです。 レイ、1956年。 スティーブ、1958年。 テリー、1955年。 サイモン、1955年。 現時点でみんな65 歳 ぐらい。 僕よりちょっと下の、真の「おっさんたち」です。 ブレイディさんが仕事をされ住まれた場所というのが、いわゆるイギリスの労働者階級といわれる人たちが住んでいる場所です。 ご存じの方も多いと思いますが、イギリスは一種の階級社会なので、エリートやすごいお金持ちの人たちもいれば、労働者階級といわれる人たちがいる。 そこからなかなか上昇していけない。 『ハマータウンの野郎ども』というポール・ウィリスの本があります。 これも大変名作なのでぜひ読まれたらいいと思います。 小野アナ: ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』をなぞった副題が『ハマータウンのおっさんたち』。 高橋さん: 『ハマータウンの野郎ども』は、イギリスの若い労働者階級の子どもたちが荒れて、学校に行かなくて「そういう価値とは違うところで生きていく」と言って、父親と同じような労働者階級になっていく循環を研究した本なんです。 つまり、無理やり労働者階級にとどめ置かれているんじゃなくて、自分たちが望んでそうなっていく。 『野郎ども』で子どもたちだったのが、大人になって今「ハマータウンのおっさんたち」なんです。 小野アナ: もう「おっさんたち」になっちゃった。 高橋さん: ある意味『ハマータウンの野郎ども』の続編、完結編のようなところがあると思います。 ここに出てくる「おっさんたち」がかわいすぎる。 読みましたよね? 小野アナ: 私も読みましたが、源一郎さんは本の帯を書いていらっしゃるじゃありませんか。 「世界でいちばん愛すべきおっさんたち &おばさんたち が、ここにいる。 あんたら、最高すぎるんだけど…」とお書きになっています。 魅力的な登場人物が…。 高橋さん: どこが魅力的だと思いました? 小野アナ: いとおしい。 みかこさんのまなざしがいとおしそう。 高橋さん: いとおしそうに見ているし、よく見るといとしい人たちなんです。 これは、イギリスの労働者階級の人たちの登場人物が出てくる一種の小説みたいなものなんです。 日本語に「民草」や「常民」という言葉があります。 まるで草のようにずっとそこにいて、その国を支えている一般庶民のことを言うんですね。 この人たちがいるからこの国が成り立っている。 イギリスの「民草」はこういうことなんだ、と思いました。 その人たちがいるからその国がある。 上にいる連中じゃないんだ、という存在なんですね。 この本は、ブレイディさんが会ったイギリス労働者階級のいとおしいおっさんたちの物語を、ひとつひとつのエピソードを愛情深く取り上げている。 だからみんなかわいいし、いとおしい。 普通、おっさんはかわいくないでしょう? かわいいんだもん。 まだまだ捨てたもんじゃない。 「長い、長い道をともに」という章があります。 これが一番長く書かれている。 おっさんの中の1人にダニーさんという魅力的なイケメンの人がいて、晩年ガンになって亡くなっています。 ダニーさんの二周忌にみんなが集まるという場面です。 ここがとてもすてきなんです。 ふだん酔っ払って酒ばかり飲んでいる連中だったのに、なぜかこの二周忌のパーティーではみんなお酒を飲まない。 非常にヘルシーなパーティーになっている。 しかし、問題はほかのおっさんたちだ。 つまり、以前ならビール腹を突き出して空のパイントグラスをテーブルに並べたおっさんたち。 単なる水にカネを払うのはおかしいとミネラルウォーターを敵視し、マラソンさえビールを飲みながら走ったことのある猛者 もさ も混じっているメンツである。 それが、いきなりどうなっているのか、みんなヘルシー・ガーデンパーティーをエンジョイしてしまっているのである。 高橋さん: みんな、お酒も飲まずにダンスをしたりしている。 確かにそうである。 ブラジル人のインストラクターと軽やかにステップを踏んでいる人々も、爽やかにスムージーを飲んでいる人々も、庭の後方にあるジェマの子どもたち用のバスケットのゴールを使ってミニバスケに興じている人々も、みんなほぼ素面 しらふ なのだ。 […]このヘルシーな雰囲気の中では、わたしや連合いは現代の異物というか、過去の遺物というか、なんかもう人間は酒なんか飲んでいてはダメなのかなという気になってくる。 高橋さん: ブレイディさんは飲んでいます。 長いパーティーのあとに、ダニーの写真が飾ってあるシーンがあります。 友達だから、若いころのおっさんたちも一緒に写っているんですね。 ここが僕の大好きなところなんです。 フレームの中には、十代の頃 ころ からのダニーの写真がびっしり並んでいる。 レイも、テリーも、うちの連合いも一緒に写っているのが何枚もあった。 ダニーだけの写真を探すほうが難しいくらいだ。 ベルボトムのジーンズをはいて、異様に襟の大きな細身のシャツを着た長髪の少年たちの写真。 みんなつぶらな瞳で初々しい。 ダニーだけはこの頃から妖艶な色気を放っていた。 モッズとスキンズの中間みたいな、ポークパイ・ハットを被 かぶ ってリーバイスのジーンズの裾を折り上げ、ドクターマーチンのブーツを履いている野郎どもの写真。 ビーチに上半身裸で座っている海パン姿に逞 たくま しい青年たちの写真もあった。 胸が詰まるほど若かった。 そこに写っている若者たちは、生き物としての美しさの絶頂にある。 ああ、ときの流れは無常だ。 なんて人のことは言えたものじゃないが、みんなかわいいときがあったんだよねとしみじみ思う。 テリーの結婚式の写真もあった。 連合いとダニーがウエディングケーキを手づかみでお互いの口に押し込んでいる写真がある。 みんな、スパンダー・バレエみたいなスーツと髪型でバッチリ決めている。 ダニーが赤ん坊を抱いている写真もあった。 脇に哺乳瓶 ほにゅうびん を持ったレイが座っているので、赤ん坊はドイツの銀行に勤めているレイの長男かもしれない。 奥に写っているのはレイの最初の妻だ。 キム・ワイルドみたいな髪形がいま見ると異様なほど大きい。 野郎ばかり並んでパリのエッフェル塔の下で半ケツ出して振り向いて笑っている写真もある。 どっかのパブでウエストハムのシャツを着てパイント片手にみんなで何か歌っている写真や、上半身裸でバーベキュー・パーティーをしている写真もあるが、この辺までくるとけっこうみんなもう腹の辺りがだぶついている。 ほんとに長いつきあいなんだなあと思った。 不覚にも目頭が熱くなるぐらい、その長さが目に沁 し みた。 そしてフレームの下のほうにはベトナムの屋台みたいなところで笑っているダニーとベトナムの女の子の写真がある。 高橋さん: ダニーさんの晩年に看病してくれて、もめて帰っていったベトナム人の恋人ですね。 なんだかんだ言っても、それを兄の人生の一ページとしてちゃんと排除しないでおさめたジェマの気風 きっぷ も胸に沁みた。 高橋さん: ジェマさんというのがダニーさんの妹で、その恋人とトラブったんですけど、ちゃんと写真は飾ってあった。 サンルームの中で見た、スパンダー・バレエみたいなスーツで決めた若き日の彼らのダンディな写真を思い出すと、よれたTシャツに短パンでだらしなく半ケツ出して踊っているおっさんたちの姿とのギャップがあまりに大き過 す ぎ、世の無常を感じる以前に、人間ってすごいなーと思った。 人間ってこんなに変わるんだ。 というか、こんなに変わりながら何十年も、ことによったら百年ぐらいとか生き続ける生物なのだ。 高橋さん: 最後の部分です。 おっさんの臀部 でんぶ のことばかり考えてもしょうがないので、ズンバ・コーナーから目をそらすと、ジェマがにこにこ笑いながら踊るおっさんたちを眺めていた。 爽やかに微笑 ほほえ んでいるけれども、レイが新しい服なんか買っていそいそとベトナムの女の子に会いに行く支度なんかしているのを知ったら、きっと怒るんだろうなと思った。 怒られたり、バカなことをやったり、痛い目にあったり、尻を出したり、おっさんたちの人生はこれからも続く。 あなたたちを祝福しなくちゃ、ベイビー。 まだまだ褒めたたえられる生き方なんてしなさそうな彼らだが。 高橋さん: さっき番組冒頭で「人を傷つける言葉」の話をしました。 傷つけない言葉は何かといったら1つしかないんですよ。 肯定することです。 「OK。 いいよ、それで」と。 これだけは傷つけないんですよね。 ほかのことは全部傷つける可能性がある。 これは難しいですね。 でも、ブレイディさんの本が受け入れられた理由は、ブレイディさんの本の中に大きい肯定を読者がみんな感じたからだと思います。 以上です。 小野アナ: スタジオにあるモニターの中でブレイディみかこさんが「うんうん」とうなずいていらっしゃるのが見えます。 きょうは早めに2コマ目の「今日のセンセイ」にご登場いただいていいでしょうか。 この方です。 高橋さん: ライター、コラムニストのブレイディみかこさんです。 ブレイディさん: 先程から聴かせていただいておりました。 よろしくお願いします。 小野アナ: イギリスからリモート出演ありがとうございます。 今、そちらは何時ですか。 ブレイディさん: 今、お昼の1時ですね。 高橋さん: 不思議な感じがします。 この番組が始まって9回目なんです。 紹介する本と、インタビューに出ていただくゲストはいつも違うんですけど、今回初めてブレイディさんで両方ということで…やりにくかった 笑。 当人の顔が目の前に映っているのに…。 小野アナ: ラジオをお聴きの<飛ぶ教室>の生徒の皆さんが楽しみになさっていたようで、メッセージが届いているので読ませていただきます。 小学校4年生のお嬢さんが大ファンという方から。 <小4の娘がブレイディみかこさんの本を読んでファンになりました。 中でも『子どもたちの階級闘争』は、自分が体験した幼稚園生活と比べて読んでみたようです。 私は『女たちのテロル』が好きです。 これからもブレイディさんの新刊を楽しみにしております> 楽しそうな親子ですね。 そして、さっそくお読みになった方も。 <『ワイルドサイドほっつき歩け』、読みました。 おもしろくてぐいぐいとイッキ読みしてしまいました。 エッセーというけれど、連作小説のようで、ハマータウンのおっさんたちのどうしようもなさとかわいらしさを感じました。 スティーブのファンになりました。 まっとうな正義をまっとうに表現している人という印象です> スティーブというのは確か、パトロールする人ですよね。 <隣人にいたら面倒かな。 楽しいかな。 いや、まずビビるかな。 こわいもの見たさで会ってみたいです> 高橋さん: いろんな人が読まれていると思います。 小野アナ: 周りからはどんな声、どんな反響をどう感じてらっしゃるんでしょうか。 ブレイディさん: 息子のことを書いた『ぼくはイエローで…』から読まれた方は、書いている対象も違うし文体も微妙に違ったり、今回のほうがはっちゃけた部分があるので、「同じ作者か?」とびっくりされた方もいらっしゃるようですけど、おおむね「笑いました」という明るい反応が返ってくるのでうれしいですね。 「今は笑いが必要かな」と。 小野アナ: そういう意味でも、ステイホームの中で救われる思いがしました。 高橋さん: 同じ時期に書かれたのもあって、「両A面」ですよね。 ブレイディさん: そうですね。 高橋さん: 今はLPじゃないからそういう言い方はしないんですけど。 言っていることが古いな。 小野アナ: 若い方に説明するには、レコードにはA面とB面がありまして…という話です。 コロナ禍でも働く「おっさんたち」 高橋さん: この本の「あとがき」が1月27日ですね。 コロナ前といえば前なんですけれども、イギリスで感染が確認されたのはそのあとですよね。 ブレイディさん: 私、2月の頭に日本にいたんです。 帰ったら、こちらも感染者の数がまだ1桁だったんですけど…。 高橋さん: 確かブライトンは多かったんじゃないですか? ブレイディさん: そう! ブライトンの診療所の先生が感染していてそこが閉鎖されて、ブライトンにすごいメディアが集まってわあわあ言っていました。 でも、まだあのころは1桁だったから、まだ日本のクルーズ船のニュースのほうを見ていました。 高橋さん: 「日本のほうがひどい」という感じだったんですね。 ブレイディさん: 「アジアはすごいね」と言っていたら、あっという間にイギリス。 まずイタリアに来て、イギリスに来たという感じですよね。 小野アナ: 私の思い込みですけど、「おっさんたち」にはマスクしなさそうなイメージがあるんですけど、どうなんでしょうか? 高橋さん: ソーシャルディスタンスを守らなそうだし。 ブレイディさん: いやいや。 この本に出てくる「おっさんたち」は、例えばスティーブはスーパーに勤めているし、運送業や配送業、いわゆる「キーワーカー」と呼ばれるロックダウン中も外に出て働くような人たちなんです。 看護師のローラという人が出ますけど、彼女は政府の呼びかけに応えて復職したんですよ。 高橋さん: 彼女は辞めてリタイアしていますよね。 ブレイディさん: そうなんです。 NHS 国民保健サービス が緊縮財政で人などを減らしていたので人材不足になっちゃって、政府が「3年以内に離職した人は、もう一度戻りませんか」と呼びかけたんですよ。 彼女はちょうど3年で引っ掛かっていた。 彼女みたいに現場を知っているとどれだけ大変になるか想像がつくから、「じっと家に座ってテレビでニュースを見てるわけにはいかない」と言って、復活して働いています。 小野アナ: コロナの中でも家で自粛しているわけにはいかない、むしろ必要とされて働かなきゃいけない人たちを「キーワーカー」とイギリスでは呼ぶんですね。 ブレイディさん: 看護師、介護士といった人たちも含まれますし、スーパーの店員さん、郵便配達の人、ゴミ収集の人。 ふだんは目立たないところでみんなに無視されている。 それに、こういう仕事はおおむね低賃金じゃないですか。 ふだん報われない気持ちでいる人たち。 さっきのお話だと「民草」ですか。 今回、イギリスでは毎週決まった時間に家の外に出て、そういう人たちへ感謝の拍手を送ることが続いていたんです。 おっさんたち、例えばスティーブは仕事に燃えたりして、脚光を浴びて悪い気はしない。 みんな頑張って働いています。 高橋さん: 今までのブレイディさんの本は女性を取り上げることが多くて、女性たちは頑張り屋さんで、一緒にいる男や背後にいる男は大体だらしないというイメージがあった。 今回の「ハマータウンのおっさんたち」は意外と「やるときはやる」みたいな感じがある。 ほかのところでブレイディさんが書かれているんですけど、「キーワーカー」、それからデビッド・グレーバーが「ケア階級」と呼んだ彼らが今脚光を浴びている感じがするんですけど、その辺はどう思いますか? ブレイディさん: 拍手をする習慣にしても、しない人たちもいるんです。 「オンラインで仕事をできる身分の人間が、感染の危険を冒して低賃金で働いている人たちを、褒めておだてあげて利用する構図はグロテスクじゃないか」と拍手することに反対する人たちもいるし、しないことを選ぶ。 でも見た感じ、うちのストリートはみんな出て拍手しているし、多いですよ。 子どもたちはタンバリンを鳴らしたり太鼓をたたいたり、ストリートがその時間だけお祭りみたいな感じになったりする。 そういうのは子どもたちの記憶に残ると思うんですよ。 「学校に行かない時期に外に出て拍手してたけど、一体誰のために拍手してたんだろう?」「どうして拍手していたんだろう?」と、10年後、20年後に思い出して何かをする人たちがきっと出てくるんじゃないかな、という希望の種を感じます。 高橋さん: 悲惨な出来事の中にすばらしい体験が混じっていることもありますからね。 ブレイディさんはイギリスの労働者階級のことを書かれている。 どこかで僕らは他人事みたいに、「日本には階級社会はない」と…実際にはあるんですけどね。 彼らが動いて社会とかかわり合っているのを見ると、うらやましい。 「キーワーカー」や「ケア階級」みたいなものは、日本で可視化されてない感じがするんですよね。 ブレイディさん: イギリスはNHSに対する愛がすごいんですよ。 小野アナ: みんなが無料で医療を受けられる、イギリスの保健と医療の仕組みのことですね。 ブレイディさん: 戦後1945年にチャーチルがなぜか選挙で負けて、労働党が「それまで貧しい家庭の人たちが医療を受けられなくて亡くなることもあったから、変えなきゃいけない」と打ち立てた、夢の医療制度だったわけです。 こま切れに民営化されながら、今でも基本的に治療は無料なんです。 「すごく待たされる」とか本に書いていますけど、それでもまだ存在している。 うちの息子は思春期だから「NHSって、イギリスにとって宗教みたいになってるよね」と言ったりもするんです。 心のよりどころになっているところがあるから、コロナでそれが吹き出た。 派生して、キーワーカーへの感謝、「民草」への感謝が湧き上がっている感じがあるんですよね。 グレーバーは、「ケア階級」の人たちについて、「人間には他者をケアしたい本能が備わっているものであって」…。 小野アナ: グレーバーって何ですか。 高橋さん: デビッド・グレーバーさんという社会学者ですね。 ブレイディさん: 昔は労働者というと製造業や工場というイメージだったけど、今は他人をケアする仕事をしている人たちが中心になっているから「ケア階級」。 フランスで「黄色いベスト運動」が起きたときも、前線に介護士や看護師といった人たちがいたのが、こちらで話題になっていたんです。 他人をケアして「社会に必要な仕事している」と自分で思える仕事のための経済を作ったほうがいいんじゃないか、とグレーバーが言っている。 コロナでみんなが「民草」へ拍手をしているのをロマンティックな見方をして「これは新しいことの兆しかな?」と思いました。 高橋さん: そういうものが重要だ。 当たり前のはずなのになぜかそうなっていなかった、ということですね。 小野さん: きょうの「秘密の本棚」はブレイディみかこ著『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』を引用させていただきました。 そして、きょうのセンセイはブレイディみかこさんでした。 みかこさん、ありがとうございました。

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太宰治『人間失格』に高橋源一郎が迫る!|読むらじる。|NHKラジオ らじる★らじる

高橋 源一郎 ラジオ

作家・高橋源一郎が夜開く学校<高橋源一郎の飛ぶ教室>。 センセイの源一郎さんが気になる1冊をテキストに授業を展開する「ひみつの本棚」。 今回は、モデルの滝沢カレンの『カレンの台所』。 いつもの文学作品ではありません。 カレンさんが、独自のコトバを使い、30の料理のレシピを物語のように紹介します。 源一郎センセイは、この本から何を解読し、どんなメッセージをおくるのでしょうか。 【出演者】 高橋さん:高橋源一郎さん 作家 小野アナ:小野文恵アナウンサー 前代未聞!? レシピ本でロールキャベツの結婚式! 高橋さん: きょうの本は滝沢カレン著『カレンの台所』です。 小野アナ: 著者の滝沢カレンさんは1992年、ウクライナ人のお父様と日本人のお母様の間に生まれました。 2008年にモデルデビュー以降、MCや女優としても活躍中です。 トーク番組で飛び出す独特の「カレン節」でも人気の滝沢カレンさんが書いた料理のレシピ本が『カレンの台所』です。 これまでの「ひみつの本棚」とはかなり変わった感じ…。 高橋さん: 結構ヘビーなやつが多かったんですが、今回ガラリと変えました。 僕、この本を出る前から楽しみにしていたんです。 小野アナ: そうなんですか。 高橋さん: 滝沢さんはよくテレビにも出られている。 独特の言葉遣いで、言語感覚のいい人だと思っていた。 料理のレシピの話もされていたことあったんです。 「早く本にならないかな」と思っていたら出たので、読んだ。 期待をはるかに超える傑作ですね。 取り上げて読んでみましょう。 とりあえずレシピ本なんで、全部作り方です。 ロールキャベツのところを、若干飛ばしながら読んでいきます。 本日は包まれたい欲の強い乙女なひき肉と、包みたい欲が強いキャベツの男気溢 あふ れるロールキャベツを作りました。 ラッキーな出会いをした5つ包みの話をします。 男気キャベツは男試しに、まずは1枚1枚丁寧にキャベツを剥がしていき、熱湯で茹 ゆ でられている真っ最中です。 どの葉がいちばん男として強いかを、見定めていきます。 おっきな包容力がありそうなキャベツ男には率先して先に乙女な豚ひき肉と一緒になる権利を与えましょう。 高橋さん: 材料もあるんですね。 ひき肉には、玉ねぎ粉々、マヨネーズをお賽銭 さいせん 程度、卵を1個、お麩 ふ の粉々を鈴が2回なるほど、そして頼りっぱなしの塩胡椒 こしょう をみなさんにふりかけるようにお願いします。 マッサージを惜しげなくしたら、綺麗 きれい な形に整えていざロール時間です。 両手をバサッと大袈裟 おおげさ に開いたキャベツ男の胸元に、豚ひき肉乙女は飛び込みます。 そして両手をそぉっと右、左と包んだら、下から上にと巻き込んでロールします。 豚ひき肉乙女が完全に私たちの目からいなくなったら両想 りょうおも い確定ですので、結婚指輪がてらに爪楊枝 つまようじ などの棒をぶっ刺して離れないように誓ってもらいます。 ロールしたときに横から豚ひき肉乙女がはみ出ていたら包容力オーバーですので、少しひき肉の形を変えるか、ほかのキャベツ男をお選びください。 まだまだたくさんキャベツはいるはずです。 それぞれ自分に合ったキャベツに出会えて、幸せなキャベツ男の背中しか見えなくなったら、お鍋やフライパンに式場を用意します。 先に薔薇 ばら の床のようにトマト缶を流し入れ、コンソメカサカサをひとつの花束くらい添えて、部屋を整えていきます。 愛の赤が足りないよと神父様から怒られるので、赤を足すためのケチャップを濃い赤にするまで入れます。 と、いった割には不安になったのか、水も1人で飲むくらい入れます。 最後に客入れの塩胡椒をしましたら、いざロールキャベツの入場です。 合同結婚式はロールキャベツ界では当たり前です。 できあがった全てのロールキャベツで式場がピチピチになるまで詰め込みます。 そうしましたら、あとは若いもの同士で煮詰まってくださいと言うように蓋 ふた をして、私たちは知らん顔です。 せめて弱火でお願いします。 30分くらい知らん顔したら開けてください。 「おいおい、こんなに仲良くなって」とロールさせた私たちはキューピッドですから嬉 うれ しくなるはずです。 染み込んだ愛 トマト をそっとお皿に乗せ、ヴェールのような生クリームを差し上げたらできあがりです。 高橋さん: 拍手! 小野アナ: 『結婚行進曲』が聞こえてきました。 高橋さん: ね? ぶっちゃけ、読んで楽しいですね。 これが料理のレシピだということを忘れてしまいます。 小野アナ: <文学的な料理レシピだなあ>とつぶやいてらっしゃる方がいます。 そして別の方は <なるほど、わからん>。 高橋さん: 分からない方もいらっしゃるかもしれません。 めくるめく料理の物語の数々で、いつの間にか調理法を習得 高橋さん: ではもう1つ、麻婆豆腐 マーボー豆腐 の作り方です。 みなさん、こんにちは。 今回はちょっぴり名前が派手派手しい麻婆豆腐の物語です。 豆腐をお婆 ばあ さんにしていくことではありません。 麻婆豆腐は知っておいたら必ず損はさせませんので、安心してください。 私はすぐには揺るがない固い気持ちを持った木綿豆腐が好きですが、ゆるっとさがたまらない綺麗系絹豆腐でもお好きにしてください。 [……] まずは油を引いたフライパンににんにくと生姜 しょうが をレディーファーストしてあげ、[……] 高橋さん: 「レディーファースト」ということは、ニンニクとショウガは女性なんですね。 なんだか匂 にお ってきたらひき肉塊を入れ、まな板で千切りにするかのように、ガツガツとヘラで刺激してあげてください。 ある程度の男子学校になるなという分までバラけさせたら、また刻むだけ刻んだネギを入れ共学にさせます。 高橋さん: ネギは女性ということですかね。 男子という名のひき肉は喜びに変わりどんどん男らしくなっていきます。 男になったひき肉を見たら、水を1杯分入れ、鶏ガラスープの素 もと をお小遣いで500円玉もらった程度入れ、お酒を全員にサラッとあげる程度、そしてお醤油 しょうゆ と甜麺醤 テンメンジャン という兵器を一部しか気づかない程度に、こっそりと。 最後にお砂糖をさらにひっそり忍ばせます。 全体を校長先生になったつもりで安心したら、強い意志をもった教育実習の先生のような木綿豆腐を、なんと自分の手でむしり取りながらおっきめに入れてきます。 高橋さん: 少し飛ばしますね。 教育実習の先生と生徒たちをしばらく眺めたら、今まで中火だった火の力をギリギリまで弱め、先ほど作った片栗粉 かたくりこ 水を入れ、ゆっくりヘラで背中を押すように丸く追いかけっこするようにすれば、徐々にまた速度を失っていきます。 高橋さん: 終わりの部分に行きましょう。 最後に赤髪のやんちゃなトウガラシを乗せますが、気の乗らない豆腐たちがいたら、見た目からは誰も気づかないが、口に入れれば爆発度が味わえる山椒 さんしょう をふりまけてもいいです。 またもやサボテンのような形でびっくりな生姜を上手 うま く千切りいわく二十切りくらいして、体の体温を負けじと上げたっていいです。 それでも気の乗らない方は、絶対になんの味のブレも出さない見た目命の小ネギたちを優しく散らしたっていいです。 高橋さん: これが、カレンさんのレシピということになる。 小野アナ: 学校の風景が浮かんできました。 高橋さん: ほかのところも、ちょっとだけいい? もう時間がないんで、僕が読みたいピーマンの肉詰めのところを読ませてください。 終わりのほうです。 空き地になったフライパンにケチャップと中濃ソースに少しの酒を足し全てを煮詰め、 筒ピーマンたちに敷金返すつもりでお塗りください。 そんな引っ越しが成功したピーマンの肉詰め物語でした。 高橋さん: つまり、肉がピーマンの中に引っ越すわけですね。 ピーマンしか住む家を選べない選択の無さにうつむくひき肉たちがいるのなら、椎茸 しいたけ のように床のしっかりした住居だっていいです。 ナスの身を縦に半分にして身をくり抜き、皮だけの空間にまるで海賊船に乗るようにひき肉を入れたっていいです くり抜いた身はどこかにお使いください。 レンコンを薄く切り、集合住宅のように窓がたくさんあいた場所にひき肉を埋めたっていいです。 ひき肉の住居を探してあげる不動産屋は私たちだということです。 しっくりくる食材にお試しください。 高橋さん: こんな感じです。 小野さんも読みましたよね? 小野アナ: 私、実は作りました。 高橋さん: え!? 小野アナ: 豚のショウガ焼きを作ってみたんですよ。 おいしくできました。 高橋さん: それはよかったです。 役に立ったんですね。 小野アナ: それだけじゃなくて、発見がありました。 私は今までレシピの分量を覚えるのが苦手で、同じものを毎週1回必ず作っているのに、必ずレシピ本を開かないと気が済まなかったんです。 でも、このショウガ焼きは、何も見ないでも、今晩でもあしたでも再現できる気がするんです。 高橋さん: 覚えちゃった? 小野アナ: 覚えちゃったんです。 おしょうゆは「お肉の足湯くらい」。 お酒は「肩まで入る」。 お風呂に入るストーリーなんですよ。 そしてハチミツは「潤いクリーム」。 だから「乳液を手に取るぐらいの量」。 みりんは「入浴剤を入れる感じ」。 高橋さん: 暗記してますね。 小野アナ: 覚えてます。 絶対作れる自信があります。 「こんなに身に付くことがあるんだ」という発見でした。 始原の「物語」の作用を再生させる、滝沢カレンの恐るべき才能 高橋さん: これは、基本的にはレシピ本です。 家事をするときに役に立つもの。 家事をするとき、ふだんはただ黙ってやっていますよね。 人間は有史以来、ふだんやっているような仕事をするとき、単調でつらい場合は歌を歌ったんです。 労働歌もそうですし、機織り歌もあります。 子どもを寝かしつけるための子守歌もそうなんですよ。 単調な仕事でも、歌を歌うことで楽しくできる。 今はそんなことしなくなったでしょ? 仕事はただただするだけ。 そういう意味で、この本は機織り歌と一緒なんです。 覚えられるところがあるでしょう? 小野アナ: そうなんです。 しみ込んでくるように、気が付いたら覚えてしまっている。 ツイッターでこうおっしゃっている方がいます。 レシピって、単にハウツーじゃない? そこには物語も何もない。 ところが、物語というのはとても大事なことです。 人間は、何かを理解するときに、物語の形で理解すると体に入ってくるんです。 しかも、楽しく。 「めだかの学校」という歌があるでしょう。 客観的にいうと、あれは単にめだかが並んでいるだけなんです。 小野アナ: そうか。 高橋さん: 「学校」や「 めだかが そこに通っている」という物語を当てはめたときに、風景が違って見える。 小野アナ: ああ…! 高橋さん: 自分が学校に行くときはいつも、小さい川にめだかがいた。 「僕らと一緒に学校に行くんだ。 一緒に楽しく行こう」と。 物語はそもそも何のために生まれたか。 いろんな説があるんです。 人間って、普通に生きていると、生きている意味はないでしょう。 「なぜ生きるのか?」と言われても困るじゃないですか。 ところが、そこに…例えば誰かとの出会いがあります。 好きになって結婚する。 「この人は生まれがお金持ちだよ。 あなたは王子様を見つけたのね」と言われる。 昔から王子様がいる物語はもともとあるんです。 「そんな物語の中に生きているお姫様と、自分は同じ運命にあったんだ」と思うと、幸せになるじゃないですか。 小野アナ: この本は物語で書いてある。 そして分量は書いてない。 数字は出てこない。 高橋さん: 数字は暗記するだけだから。 人間は古代から、楽しみがなかったころにどうしたかというと、その集落に伝わる古いお話を、集落のおばあさんが火の周りに集まった子どもたちにしてくれた。 これがいわば「物語の起源」といわれているんです。 お話を聞くことで、「こういうお話の中に、自分も生きているんだ。 その仲間なんだ」と思って、喜びを感じる。 そうやって人間は生きてきたんです。 これも、小説の世界でよく言われるんです。 明治維新のあとに、日本の近代小説を森鴎外や夏目漱石が書いた。 主人公の帝大生が海外へ行ったり、彼らが出世して女の子と恋愛して大体失敗する、という話がいっぱい書かれたんです。 なぜかというと…いろんな理由があるんですけど…新聞ができて、みんながお話を読むようになった。 新しい時代になって、自分たちはどう生きていいか分からないでしょう。 そんなときに、例えば学校へ行く。 行くといろんな人に会えるから、そこで恋愛して…と行くのが一番楽しい、そんな「憧れるケース」を作ったんです。 小野アナ: 悲劇でも? 高橋さん: 悲劇になったら、悲劇の主人公になるわけ。 つまり「ドラマ」が欲しいんですよね。 そういうときにドラマを与えてあげるのが小説の役割だった。 それはどの時代でもそうです。 自分がそういうものを体験してみたいけど、できないから。 小野アナ: 「何に憧れていいか?」という…。 高橋さん: 今はどういうのがモデルか分からないですよね。 小野アナ: 今はどんな人に憧れたらいいんですか。 高橋さん: そんなことを、小説家は考えているんです。 カレンさんの場合は、物語を新しい場所に提供したんです。 小野アナ: 場所? 高橋さん: レシピや料理本に。 「こういうところにも物語はあるよ」ということなんです。 すごく新しい何かを見た、という感じがしますね。 「やられちゃった」という感じです。 小野アナ: 「ひみつの本棚」。 きょうは滝沢カレン著『カレンの台所』から引用させていただきました。

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