カチューシャ カラオケ。 カチューシャ

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カチューシャ カラオケ

「カチューシャ」は、実は第二次大戦の頃作られた歌らしく、「民謡」というよりも「歌謡」と言った方が正確だと思われます。 題名の「カチューシャ」とは、一般的な女性名「エカチェリーナ」の愛称です。 ここではまず、よく知られている日本語版を紹介します。 Aki翻訳。 直訳気味のつもり。 正確に訳せたかどうかは不安)を紹介します。 日本語版も、分かりにくくはありますが、やはり戦争に関するもので、「君なき里にも〜」というのは、君が戦争に行ってしまってここ(里)にはいない、という意味です。 ただ、ロシア語版が、日本語版での「君」に相当する人物がまだ生きているようなのに対し、日本語版ではもう亡き人になっているように思えます。 この歌は、第二次大戦中に戦場のソ連兵の間で流行したらしく、タマーラでもエレーナでもなく「カチューシャ」だというのも、当時ソ連軍で使用されていた「カチューシャ砲」と関係あるようです。 また、ロシア語版も、勇ましさのようなものはあまりなく、死と隣り合わせの戦場においては、本当に気がかりなのは、いかに敵を蹴散らすかとかじゃなくって、遠い故郷でみんな元気にしてるのかな、ってことなのかな、という気がします。

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カチューシャ: 二木紘三のうた物語

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作詞:ミハイル・イサコフスキー 作曲:マトヴェーイ・ブランテル 日本語詞:関 鑑子 1 りんごの花ほころび 川面に霞たち 君なき里にも 春はしのびよりぬ 君なき里にも 春はしのびよりぬ 2 岸辺に立ちて歌う カチューシャの歌 春風やさしくふき 夢がわくみ空よ 春風やさしくふき 夢がわくみ空よ 3 カチューシャの歌声 はるかに丘をこえ 今なお君をたずねて やさしその歌声 今なお君をたずねて やさしその歌声 4 りんごの花ほころび 川面に霞たち 君なき里にも 春はしのびよりぬ 君なき里にも 春はしのびよりぬ 《蛇足》 第二次世界大戦が始まった1939年に発表されました。 ただし、詩はもっと前に作られたようです。 日本ではロシア民謡の代表曲の1つとされていますが、正確には民謡ではなく、 ポピュラーソングという ほうが当たっています。 左翼色の強かった昭和20年代以降の歌声喫茶では、『』『』のような本来の民謡も、『カチューシャ』や『』のような、作られてからあまり時間が経っていないポピュラーソングも、一緒くたに民謡として括られていたわけです。 しかしまあ、現実にはロシア民謡として定着しているので、当サイトでもそのジャンルに入れておくことにします。 イサコフスキーの詩は恋の歌ですが、独ソ戦が始まると、同じメロディでカチューシャ砲をテーマとした戦意高揚歌も作られました。 カチューシャ砲はソ連が開発し、対独戦に使われた多連装ロケット砲(写真) の愛称で、制式名は別にあります。 カチューシャと呼ばれるようになったいきさつについては諸説ありますが、砲に刻まれていた製造工場名の頭文字Kから、前線の兵士たちが当時流行っていた『カチューシャ』を連想して、そう呼ぶようになったという説が有力です。 金属製やプラスチック製のアーチ形の髪留めをカチューシャと呼ぶのは、日本だけのようです。 島村抱月が主宰していた劇団芸術座でトルストイ原作の『復活』を上演したとき(初演は大正3年) 、カチューシャ役の松井須磨子がつけていた髪飾りが評判になり、まねする者が続出しました。 これがそのタイプの髪飾りをカチューシャと呼ぶようになったきっかけだとされています(『』参照)。 エスペラント運動が盛んだったころ、日本で歌われていたエスペラント訳を下に示します。 原詩がわからないので確かなことはいえませんが、歌詞の内容からカチューシャ砲のヴァージョンを訳したものだと思われます。 文字に乱れがある場合はUnicodeにエンコードしてください。 :MIYAMOTO Masao) 1. Floras arboj pomaj, piraj plene. Densnebulas super la river'. Ho, knabin'. (二木紘三) 『カチューシャの唄』と共に、こちらの歌も忘れてはいけません。 「カチューシャ」という名前は、ロシア女性の、理想化され美化されそしてどこか儚げな女性のイメージとして、私などは想い描いてしまいます。 ところで、この歌の中で「リンゴの花」が歌われています。 私の中学時代の通学路の途中に、何本かのリンゴの木が植えられた畑がありました。 「リンゴの花ほころび」る季節には、やわらかな色合いの花が木々いっぱいに咲き誇っていました。 中学の時それは当たり前のこととして、ちらっと眺めて行き過ぎるだけでした。 しかし高校1、2年の頃、その季節にたまたまそこを通りかかったことがあります。 するとどうでしょう。 それまで感じたことのない、息を呑むほどの美しさで花々がぐっと迫ってきたのです。 ひょっとして大変遅まきながら、その頃が私の「性に目覚める頃」だったのでしょうか(笑)。 投稿: 2008年11月24日 月 17時17分 シベリア森林開発プロジェクト向けに油圧掘削機の大量引き合いを受けたことがあります。 ネゴの相手は機械輸入公団副総裁のネハラショフ氏(ネハラショフという名前からして縁起が良くない)。 応札したのは、日本メーカー4社と欧米メーカー数社。 数ヶ月のネゴを経て、結局日本の専業メーカーが受注し、当社は逸注。 その時、並行してアンモニア・プラント4プロジェクトの引き合いも出ており、それには日本の大手エンジニアリング会社の副社長と大手商社の担当部長が直接出馬。 遂にフランスに勝ち、受注。 現地でのささやかな祝賀会で私はこのカチューシャとトロイカをロシア語で歌って祝ったところ、お二人とも大感激。 えらい喜ばれました。 そのお陰で帰国後お二人には商売で様々のお世話になったという経緯があります。 実は、副社長ご本人が出馬なさったには訳があります。 モスクワのシェレメチェボ空港で日航機の離陸事故があり、営業担当役員がお亡くなりになったので、その弔い合戦だったのです。 投稿: 大門坊 2009年5月11日 月 16時33分 先日カチュウシャのメロディーがラジオから聞こえ、びっくりしました。 シリアの軍港とプーティン欧州訪問との関係でしょう。 それですぐ思い出したのが、コソボ紛争のボロボロタンク百台がハンガリーからセルビアを抜けて一夜にしてコゾボに着いた時、これもボロボロ軍服 と言えない擦り切れお古 の若い兵隊が肩を組んでカチューシャを屈託なく歌っていたこと。 作られたのが1939年、罪の無い若いロシア兵達がナトー軍を前にして歌う。 そんな事情から、カチューシャの唄は戦意高揚のために作られたと、つい思ってしまんですね。 ラジオやテレビで聞くことはまず無いですが、皮肉なのか?シリア政府の後押しするロシアが出てくると倉庫から引っ張り出され使われる。 このメロディーを知る熟年以上の欧州人は日本ほど多くないと思います。 歌声喫茶なんてのが無かったように思いますから。 クレムリン息がかりの部隊が民間機を4連装ミサイルSA11の一発で撃墜。 アマチャで眠っていたEUはガツンと目覚まされ、USにお尻を叩かれ、自らの痛みを予感しつつ、ようよう激しい対露経済制裁に入ります。 連日のニュースはざまに、コソボ紛争時のオンボロ兵装から急激にモダナイズしつつある露軍が紹介されます。 上の写真、郷愁を感じるような多連装ロケット砲が戦車搭載型ミサイルシステムに衣替え。 しかし、浮き浮き弾み、こんなに明るいメロディーと小柄ロシア人の外交政略とを結びつけるのは不幸この上ありません。 我が村ですら、誰かさんの知り合いが犠牲者…。 欧州は新たに目覚めるために、この惨事を待たねばならなかったのでしょうか。 蘭国は悲しみに満たされ、新たな決意をしているように思われます。 カチューシャの戦意高揚版歌詞がウクライナ国境沿いの向う側に布陣する若者たちによって決して歌われないように望みます。 投稿: 2014年7月30日 水 01時34分.

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カチューシャ(GuP) (かちゅーしゃ)とは【ピクシブ百科事典】

カチューシャ カラオケ

概要 [ ] カチューシャという娘が川の岸辺で恋人を思って歌う姿を描いた歌曲である。 この歌の制作は、イサコフスキーとブランテルがに出版社の仲介で引き合わされたことに端を発する。 2人は依頼された新刊雑誌のための歌曲を完成させると、帰りの車中で早くも次の作品への構想を立てた。 ブランテルが自らの率いる国立・のための曲作りを持ちかけると、イサコフスキーはその場で自作の詩を暗誦した。 ブランテルは歌詞を書きとめながら、その時すでにリズムと旋律が頭の中に浮かんでいたという。 当初の歌詞は2番までしかなく、カチューシャの恋人が兵士として徴用されていることを示唆する内容はなかった。 しかし当時の不穏な世界情勢を反映して、国境警備に当たる若い兵士を故郷の恋人が思って歌うという設定で3番と4番の歌詞が書き足された。 この初演は好評を博し、に応じて3度も演奏された。 やがて6月に(ロシアではと呼ばれる)が始まると戦場の兵士に広く愛されて歌われるようになり、代表的な戦時流行歌として定着した。 替え歌も多く生まれ、「女性兵士カチューシャ」や「看護兵カチューシャ」など、亜種が多様に歌われるようになった。 当時によって使用されたがの愛称で呼ばれるようになったのも、この歌の流行による影響だといわれる。 ソ連以外での受容 [ ] 戦後の東西対立期には同じにも広まり、現地語に翻訳された版、版、版などが現在でも親しまれている。 当初、であったでは、9月のへの無条件降伏後、「カチューシャ」のに独自の歌詞をつけ、蜂起を呼び掛ける歌として歌われている。 の歌詞は、ので自身もパルチザンであったによって書かれ、冒頭の句から「」と呼ばれた。 この曲は「」とともに最も有名な愛唱歌となり、その後、、などが自身のアルバムに収録している。 日本では、になっていわゆるを代表する一曲として「」などとともにの中で広く歌われた。 7月にはがシングル「ともしび」のB面として発売した。 のでは初出場のがこの歌を歌った。 現在日本で一般に知られている詞はによる訳詞である。 発売の版『』では、各ラウンドのフィナーレでに使用されている。 また同年発売のソフト『』でも、対戦のBGMとして使用されている。 近年ではのやの応援歌としても使用されていた。 なお、『』の劇中歌として歌われ、戦前に流行した「」はこの歌よりも昔に作られたもので、全く関係ない。 にのCMでのが60年代風のセットでを踊ってた曲として替え歌で「疲れがタモレば、タモリのユンケルだ」とイタリアン・ポップス調(風)のアレンジ風で使用された。 ただし海外吹き替え版では著作権の問題から当該部分は削除されている。 の三好ナイトにおいて、興行師・天然トウジロウが拡声器で歌う三好のテーマ曲に使用されている。 また、近鉄特急の近鉄奈良駅到着前放送の予告チャイムとしても使われていた。 さらにアーティストのMad Cowは「Rasputin, Pasternak and Molotov」というリミックス曲を出している。 なお、この曲は VOL. 147に収録されている。 脚注 [ ] [].

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