僕たちがやりました。 僕たちがやりました 下ネタの多さに賛否両論?批判の声も!

僕たちがやりました ドラマの感想(窪田正孝)

僕たちがやりました

えげつない下ネタや濃厚すぎるキスシーン、濡れ場が多すぎる?! 『僕たちがやりました』最新の5話だけでなく、1話からとにかく下ネタ要素が強いです! 遊び仲間の4人組の会話はもっぱら下ネタ。 僕たちがやりました ってドラマあるやん?下ネタやばない?親いるとこで見れないんだが。。 ・逃走中マルとトビオがキャバクラやおっパブなど夜の店の話ばかりする。 ・伊佐美・今宵のカップルが、トビオがいるにもかかわらず濃厚キスをし始め、ヤリ始める。 ・伊佐美の彼女の今宵とトビオがやってしまう。 ・高校生なのにマルはキャバクラにどハマり。 毎回こういった性描写や下ネタがドラマの大半を占めるので9時代に放送してクレームこないの?!とヒヤヒヤします。 僕たちがやりました、おもしろいって聞いてたから見たかったんだけどTwitterでまわってきた動画がつまらんくて萎えた~~~。 あと、個人的には下ネタが多いドラマだなとも思った。 市橋(新田真剣佑)率いるヤバ高生がとにかく酷い!ヤバ高は地域でも有名な不良高校生たちが集まる高校。 いつも事件ばかり起きています。 ただ目があっただけなのに『睨んでいた』と因縁をつけ、謝る相手を無視しボコボコにします。 誰が標的にされてもおかしくないようなイチャモンをつけては弱いものいじめをするヤバ高生たち。 トビオとマルがヤバ高ヤンキーたちが暴力を振るう現場に遭遇した際に、マルが小声で「矢波高全員死ねー!! 」と毒づいたのを市橋に聞かれてしまい怒りを買い、目をつけられてしまう。 マルは拉致され、市橋らにボコボコにされてしまう。 その際、マルと同じような理由でボコボコにされていた男子高校生もいる。 市橋はマルともう1人の男子高校生に、『どっちかが死ぬまで闘え。 』と指示する。 2人は逃れられない恐怖から本気で殺し合いの戦いをする。 結果マルが勝つ。 男子高校生は死には至らなかった。 今までも不良高校生たちをテーマにしたドラマはありましたが、『仲間を守るため闘う』のが主流でした。 しかし『僕たちがやりました』の不良高校生たちはそういった筋の通ったタイプではないので、過激な演出に批判の声もあるもよう。 僕たちがやりましたってそんないちゃいちゃちゅっちゅするはなしなの? 私みたときなんか二人が殺し合いしてて怖くて見るの辞めたわ 逆にこーゆー展開でも恥ずかしくて親とはみたくないけど — 祐 Gosick12240730 ドラマ『僕たちがやりました』を観てますが市橋哲人の発言が腹立たしくて仕方ありません。 爆発事故で車椅子になり夢が叶わなくなったと泣いてました。 一見、同情しますし増渕トビオを殺したいと言ってました。 特に不良役の市橋。 イキってるわりにはすぐ仲間呼ぶし。 脅して洗脳して家族同士殺し合いさせた北九州監禁殺人事件を思い出した。 火曜の9時台には観たくないわ。 観るけど。 まとめ 下ネタや痛々しい暴力のシーンが多すぎて嫌悪感を持ってる方も多いように思いますが、みなさんそう言いながらも続きが気になっている様子です。 筆者もそのうちの1人です。 ドラマ制作者側や原作者の狙いはそこなのかな、とも思えるような作風です。 このご時世で、それも9時代。 批判が起きることもわかっていて放送したことはすごいなぁと純粋に思いますね。 下ネタや暴力などマイナスイメージも強いドラマですが、謎の深まる展開が魅力的なドラマでもあります! 次回6話はどんな展開になるのか気になりますね!.

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僕たちがやりました 原作最終回の結末ひどい!?【閲覧注意&禁止】

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第1話のイジメ描写に引かなかったと言ったら嘘になる。 だけど、償うことのできない犯罪を犯してしまった、クズな若者たちの、情けなくても、みっともなくても、なんとか生きようと足掻く姿に最終回には涙を抑えきれませんでした。 このドラマには、全てを見通して正しく導くような、神様キャラはいない。 また、トビオ、イサミ、マル、パイセンの間にも信頼できる友情みたいなものはない。 あるのは、空虚を埋めるかのような浅い仲間意識だけ。 しかし、それしかなければ、それに頼るしかない寂しい若者たちの悲喜劇には、本当のリアリティがあったと思います。 また、レンコやコヨイの女たちも、熱い愛情というよりも、何となくの腐れ縁とか愛着とかいったもので繋がっているだけでしかない。 しかし、時にはどの男たちよりも愛情深く、強かになる、ヤンキーものにありがちな華やかし要員ではなく、ちゃんと奥行きを持った人間として描かれていたことも称賛すべき点だと思います。 永野芽郁は、今時流行りの美人顔女優ではないけれど、有望株だと思います。 (朝ドラとかいう変なフォーマットのドラマの主役に決まったそうだけど、変な人気が出てジジババ-私もアラ還ジジイだけど-のアイドルみたいなものにだけはならないで欲しい) 神様キャラに頼らず、信頼に裏打ちされた友情とか、深い愛情とかいった便利な道具も利用せず、主要な登場人物たちが時には情けなく、時には狡くも生き抜こうとする群像劇を妥協なく作った制作陣の誠実さとそれを演じきった役者さんたちに惜しみない称賛を送りたいと思います。 倫理面から非難する意見が散見されます。 でも社会的な倫理とか常識なんかは、厳しい現実の前ではあっさり覆されるもの。 最後にあるのは生きたいと思う本能だけ。 そして、究極の「倫理」は「それでも生きてゆく」という姿勢であり、それに迫ろうとしたことに目を向けて欲しいと思います。 「時々死にたくなるのが生きている証や」というパイセンの言葉と、フラッシュバックに怯え、社会的に排除され、自殺したくなりながらも生き続けるトビオの姿こそが若い人たちにとって最後の命綱になるだろうと期待します。 このような人物を描き切った心意気を称賛したい。 本当に若い人に必要なドラマはこういうドラマです。 親の困惑を感じながら、「間違って」、こんな「下品」で「過激」なドラマを観てしまった子供や若者たちの心の底に何らかの引っ掛かっていればこのドラマは成功だと思います。 だからこそ、ゴールデン帯でやらなければならなかった。 その前にはBPOとか視聴率なんかは何の意味も持たない。 関西テレビの制作のドラマいは今一つ信用ができなかったのですが、始めて本当に見ごたえのあるドラマを見せてもらいました。 このドラマと「警視庁いきものがかり」(「コードブルー」はどうでもいい)を制作した関テレ、フジテレビ系列は、2017年夏クールの本当の勝者です。 ついでに両ドラマで対象的な刑事を演じきった三浦翔平は、文句なしの助演男優賞でしょう。 ティーバで全話視聴。 最初は正直ながら見でした。 でも最後の2話で、これはただごとではないと、画面から目が離せなくなりました。 この作品の一貫したテーマが、どんなことがあっても、生きているというだけで、少しでも前を向いて生き抜いていく、ということではないかと感じました。 これだけ正面から「生きる」ということを描いた作品は初めて見ました。 それで、原作マンガの最終巻も買って、読み比べてみました。 原作も同じように「生きる」ことを正面から捉えた作品と感じました。 ドラマは原作のラストとエピソードは変えており、得てしてそういう時はドラマがしくじっちゃうんだけど、このドラマのラストも素晴らしかったと思います。 原作とドラマのラストが両立する珍しい作品と感じました。

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DISH//“憧れの”OKAMOTO’Sと対バン 新曲「僕たちがやりました」初披露

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(僕たちがやりました1巻) そしてある日、トビオの友達・マルが矢波高校の市橋たちにフルボッコ。 そのままダンボール詰めされてトビオたちに発見される。 一体誰の仕業かと考えあぐねる間もなく、背後から「ギャハハハ!お届け物でーす!!」とせせら笑う矢波高校の生徒たちの姿。 矢波高校のヤンキーたちに復讐を目論むものの… そこでトビオはブチ切れた。 「そこそこ楽しく生きる」というモットーをついに捨て、矢波高校の生徒たちに逆襲することを伊佐美やパイセンたちと誓い合う。 もちろん実際に危害を加える意図はなく、単にビビらせるだけ。 当然爆発の威力は知れてる。 あくまで 矢波高の不良たちの慌てふためく姿を見て楽しむだけの他愛ない復讐劇…になるはずだった。 翌日、授業中に次々と爆発させていくもののパイセンが仕掛けた場所が悪かった。 (僕たちがやりました2巻) 一方、主人公・トビオは自分がやった重大さから罪悪感にさいなまれる。 常に頭の隅に燃え盛る矢波高の生徒たちの光景が頭から離れない。 だから共感できそうな部分はあるものの、最終的には警察の追っ手から逃亡しちゃう。 しかも伊佐美の元カノで初体験を済ませたり、美人の看護師さんを自分から口説いておいて最後はこっぴどく振ってみたり、この トビオも結構シンプルにクズ。 もちろん現実逃避から快楽に溺れたと考えるのが自然ですが、何故トビオがこんなことをしたのかといった考察は最後らへんに後述。 特にトビオのクズっぷりを発揮したのが、不良・市橋に対するそれ。 もちろんカツアゲなど犯罪行為を何度か繰り返すなど、市橋もかなりのクズでした。 ただ予備校に熱心に通うなど、まさかの大学進学を目指してたらしい。 しかも夢はパイロット。 (僕たちがやりました4巻) お前は男子小学生か!というツッコミはさておき、ネタバレしておくと市橋は瀕死になりながらも一命を取り留める。 ただ下半身不随で歩くこともままならない。 まともに日常生活も送れない以上、当然パイロットを目指せるわけがない。 ましてや途中で市橋は祖母が亡くなったり、高校でもイジメられる側にスクールカーストを転げ落ちたり、まさに踏んだり蹴ったりで生きる希望ゼロ。 そんな天涯孤独の市橋の唯一の生きる希望が、画像にも写ってる蓮子。 ちなみに市橋はトビオを犯人だと思って憎んでいたものの、真犯人が途中で現れて結果的にトビオと市橋が仲良くなる。 トビオは良心の呵責もあってか自ら市橋に近づき、無意識的に何とか市橋に許してもらおうとしてる。 この時点でかなりのクズ。 でもトビオと蓮子は両思いで、最終的に2人は付き合う。 トビオは市橋の想いを知ってるだけではなく、途中で「お前と蓮子応援するわ」とすら言ってのけた。 当然こんなヒドい仕打ちをした以上黙ってりゃいい話なんですが、 トビオは市橋に正々堂々と「俺たち付き合った宣言」をしてしまう。 結果的にこの宣言の直後に 市橋は自ら命を…。 これぞマウントフルボッコ。 (僕たちがやりました5巻) 挙句の果てに「 もうやめよーよ。 みっともない。 俺を責めたってお金は返ってこないんだよ?」とシレッと言い放つ。 そりゃそうだけど、お前が言うなよっていう。 このトボケ顔が清々しくて面白い。 果たして実写ドラマ版でこのクソ憎ったらしい表情を俳優さんが演じられるのか。 やはりトビオと同様に良心の呵責にさいなまれて何度も自分を傷付けることもあるんですが、結果的に彼女・今宵が忘れられずに生きる選択を選ぶ。 でも罪悪感の余り、アソコがエレクトしなくなる。 その結果、伊佐美がどういった行動に走ったかと言えば、被害者の矢波高の生徒たちの家に元友達と称して足繁く通っては、「真犯人が憎い」と被害者の両親に向かって咽び泣く。 被害者の両親は伊佐美の姿を見て同じように泣くんですが、それを見て伊佐美は「自分は善人」であることを確認して良心の呵責を封じ込める。 結果、今宵とやりまくって最終的には2児のパパになってしまう。 「僕たちがやりました」の最終回の結末はどうなるの? ラストは『僕たちがやりました』の結末。 果たして最終回でトビオたちは一体どういった選択を選ぶのか? (僕たちがやりました8巻) さすがにガチの最終回まで詳細にネタバレしませんが、果たして、 このパイセンの表情は一体何を意味しているのか?トビオの涙の意味とは?果たして罰が下ることで良心の呵責が消えたのでしょうか? …ともったいぶって煽ってみた。 ネタバレなんか気にせえへんという方は、もっと詳しい最終回を知りたいならテキトーにググってみてください。 中には「良く分からんオチでつまらない」といった感想もあって、確かにスッキリとした読後感は得られないオチで面白くないという評価も分からなくはない。 ただ基本的には「 良心の呵責はどうすれば消えるのか?」という単純なテーマとして捉えれば、自ずとこの漫画の読み方は定まってくると思います。 更に言うなら、まさに「罪と罰」がテーマ。 例えばトビオが蓮子を最後まで選ばなかったのも、自分自身に対する罰。 ただその程度の罰では一向にドロドロとした良心の呵責は消えなかった。 人が何人も亡くなってる以上、罪と罰のバランスが合わない。 「死には死で償うべきなのか?」などテーマとしては意外と深いはず。 「僕たちがやりました」の総合評価・評判・口コミレビュー 以上、『僕たちがやりました』全9巻のネタバレ感想でした。 個人的な評価としては、 まあまあ面白かったと思います。 キャラクター一人一人の心理描写が巧み。 一見ふざけてるように見えても、展開はしっかりリアルに仕上がってる。 頻繁にギャグを折り込みつつも雰囲気はシリアス。 このバランスの良いギャップ感のお陰で割りと最後まで飽きずに読める。 やや写実的なタッチの絵柄は好みが分かれそうですが、それでも作者・荒木光の画力そのものは高い。 キャラクターそれぞれの表情は毎回笑わせてもらえる。 描き込みも適度でゴチャゴチャしてない。 読み味としてはサラサラと滞りなく読める。 『僕たちがやりました』は掲載誌がヤングマガジンだけあって工口シーンも多く、下手な引き伸ばしもないので内容は読みやすくおすすめ。 全9巻というボリューム感を考えても買って損はしないでしょう。 本当に『僕たちがやりました』の登場人物はクズばっかり。 圧倒的な罪悪感と究極の罰の重さの間で恐怖しながら、自分たちがおかした罪に向き合えずにいる少年たちが描かれる。 その弱さや様態に共感できる読者は少なくないか。 それでも最後だけはトビオたちを罰すればいいじゃん、っていう感想も分からなくはない。 あまりネタバレしないように注意したいですが、前述のように結論としてはオチはスッキリとしません。 でも、それで良い。 何故なら、『僕たちがやりました』のストーリーで終始描かれているテーマ性がまさにそこにあるから。 トビオは罰が与えられてないからこそ苦しむ。 もし最終回でトビオに罰が当たれば、結果的にトビオは救済されてしまう。 でもパイセンが出所したことで、もはやトビオが罰せられる機会は未来永劫なくなった。 つまりは トビオが救われる機会は未来永劫なくなったと言い換えてもいい。 だから『僕たちがやりました』という作品で作者が伝えたかったことは、おそらく「そこ」。 こういったメッセージを加害者目線で遠回しに、かつ的確にラストまでネチネチと描いたイヤらしい作品ではなかろうか。 ちなみに安倍晋三、テメーのことを言ってんだぞ。

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