吉永 みちこ。 吉永 みち子

吉永正人

吉永 みちこ

佐高 信 [評論家] さたか・まこと 1945年山形県酒田市生まれ。 評論家、『週刊金曜日』編集委員。 高校教師、経済雑誌の編集者を経て評論家に。 「社畜」という言葉で日本の企業社会の病理を露わにし、会社・経営者批評で一つの分野を築く。 経済評論にとどまらず、憲法、教育など現代日本のについて辛口の評論活動を続ける。 著書に『保守の知恵』(岸井成格さんとの共著、毎日新聞社)、『飲水思源 メディアの仕掛人、徳間康快』(金曜日)など。 佐高 信の「一人一話」 歴史は人によってつくられる。 ときに説明しがたい人間模様、ふとした人の心の機微が歴史を変える。 経済、政治、法律、教育、文化と幅広い分野にわたって、評論活動を続けてきた佐高 信氏が、その交遊録から、歴史を彩った人々の知られざる一面に光をあてる。 人間に朝日派と夕陽派があるとしたら、自分は夕陽派だ、と吉永みち子は言う。 夕陽をぼんやり眺めているのが好きなのである。 朝日はまぶしくて、ぼんやりなんか眺めていられないとか。 テレビでコメントしたり、卓抜なエッセイを書いている吉永は『気がつけば騎手の女房』(集英社文庫)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。 彼女は野間惟道が社長をしていた『日刊ゲンダイ」で競馬記者をしていたことがあるが、あるとき、夜遅くまでみんな必死になって原稿を書いている中で、ひとり、ぷかっと煙草をふかしている男がいた。 まだ20代で元気のよかった吉永は「ちょっとあんた邪魔よ。 何にもなかったら帰ってよ、目障りだから」と声をかけた。 吉永は顔を知らなかったのだが、それが社長の野間だった。 しかし、そう言われて野間は怒りもせず「それもそうだな」と腰を上げた。 すぐにデスクがとんできて、吉永は、その男が社長であることを知る。 「しまった、これでクビだな」と思っていたら、逆に、それ以後かわいがられて、家に呼ばれたりした。 小生意気な女の子が競馬に目ざめ騎手の女房に 『気がつけば騎手の女房』は東京外国語大学在学中に、突然、競馬に目ざめ、競馬記者になった吉永が、なんと、伝説的騎手の吉永正人の女房になってしまうまでの、ドラマを地で行くドキュメントだが、女性の就職物語であり、恋愛物語であり、結婚物語でもあるこのドラマは、「学生ホールで初めてダービーを見る」に始まり、「下宿屋の娘、通訳に憧れる」という回想に移る。 父親が60歳の時に生まれた吉永は、9歳でその父を亡くし、母親と2人で下宿屋をやっていた。 この小学生は「今思うと吹き出してしまうほど小生意気」で、下宿人がいろいろ無理を言うと、とびだしていって「ちょっとあんた、女子供だと思ってなめんじゃないよ。 上等じゃないの。 そんなに自分の都合ばかり並べるなら、明日から外食にしてもらおうじゃない。 お母ちゃん、1人分減らしな」と、ベランメエ口調でまくしたてた。

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吉永みち子の離婚理由&夫は元騎手。家族のエピソードがすごい!学歴&事務所は?

吉永 みちこ

来歴・人物 [ ] 出身。 中学生の時、母子家庭の家計を助けるためアイドルタレントになろうと考え、のオーディションを受けて合格(ただし芸能活動は行わず)。 その後、、1973年に語学科卒業後、「」を発行する株式会社に入社。 日本初の女性競馬新聞記者となる。 夕刊紙「」の記者を経て、に(当時)のと結婚(後に離婚)。 ただし、騎手・調教助手のは正人の前妻との間に生まれた子供であり、吉永みち子の実子ではない。 また正人が亡くなる直前には彼の身の回りの世話をしていたという。 また、正人の弟のとは婚姻期間中は義理の弟であった。 1978年、株式会社日刊現代を退社し、約5年間の専業主婦を経てノンフィクション作家として復帰。 、雑誌「」誌上の50周年企画で募集されたコンテスト「優駿エッセイ賞」最優秀作を受賞。 これは『気がつけば騎手の女房』のベースとなる作品であった。 に『気がつけば騎手の女房』で第16回を受賞。 ノンフィクション作家に転身後は、主に関係や女性の視点から物事を捉えた著作が多い。 テレビののほか、男女共同参画運動をテーマとした講演をたびたび行っている。 かつてはのTaKaRa酒生活文化研究所が主催する酒育大学学長や、障害者に乗馬を楽しんでもらうNPO法人、副理事長を務めていた。 2007年にはプロ野球・スカウトのアマチュア2選手に対する裏金授受事件を受けて球団が全容解明のために設置した第三者による調査委員会のメンバーにも選ばれた。 過去には、、、などの委員を歴任している。 2010年、元検事らによるを受けて設置された委員に就任。 また、委員やの会長 も務める。 著書 [ ]• 『気がつけば騎手の女房』草思社 1984 のち集英社文庫• 『気がつけば三十なかば』文芸春秋 1987 のち文庫• 『吉永みち子のさわやかトップ訪問』平凡社 1988• 『気分はグリーングラス』朝日出版社 1989 のち集英社文庫• 『繋がれた夢』講談社 1989 のち文庫(小説)• 『もっと馬を! 』平凡社 1990• 『下宿屋さん』講談社 1992• 『お隣りの外国人』写真 平凡社 1993• 『ドラマティック 今を駆ける18人の男たちの断章』小学館 1993• 『愛のひとムチ勝負 子育てに悩む親たちへ』日本経済新聞社 1994• 『女が自分を生きるには 16枚の合わせ鏡』青春出版社 1994• 『風花のひと 亡き母と私』中央公論社 1994 「母と娘の40年戦争」集英社文庫• 『カントリー・ビート』家の光協会 1994• 『旅路の果ての名馬たち』大和出版 1994• 『物語 蹄跡よ永遠に』大和出版 1995• 『馬に魅せられた女たち』アリアドネ企画 1996• 『子供を蝕む家族病』小学館 1996• 『総理とその女房 は聞きしにまさる…』光文社 1997• 『トライアル 難病と闘う家族たち』テレビ朝日事業局出版部 1997• 『6ぴきと8にん物語』日本放送出版協会 1999• 『斗酒空拳』TaKaRa酒生活文化研究所 酒文ライブラリー 1999• 『 性転換の朝』集英社新書 2000• 『そして燦く』日経ホーム出版社 2000• 『麻婆豆腐の女房 「料理の神様」を支え、「鉄人」を育てた人生』光文社 2000 「麻婆豆腐の女房 「赤坂」物語」知恵の森文庫• 『老婆は一日にしてならず』東京書籍 2002• 『晴ればれ更年期 女ざかりがもっと輝く処方箋』祥伝社 2003• 『女偏地獄』集英社文庫 2004• 『ボクって邪魔なの? 』小学館 2004• 『変な子と呼ばれて の人生』ちくまプリマー新書 2005• 『どこゆく? 団塊男どうする! 団塊女』日本経済新聞社 2006• 『オバハン流旅のつくり方』中央公論新社 2007• 『子供たちは甦る! 少年院矯正教育の現場から』集英社 2007• 『26の「生きざま! 」』日経ビジネス人文庫 2008• 『40代。 自分が変わる生き方』海竜社 2008• 『怖いもの知らずの女たち』山と溪谷社 2009 のち文庫• 『老いも孤独も踏み越えて 行くが女の生きる道ってか』主婦の友社 2011• 『人生を決めた"あの時"』光文社知恵の森文庫 2012 共著編 [ ]• 『写真集』共著 サラブレッド血統センター 1986• 『男の魅力女の引力』共著 労働旬報社 1993• 『素敵なカントリー・ライフ』編 家の光協会 1994• 『こうすれば学校を救える』,共著 風媒社ブックレット 2000• 『お願いしますよ、さん! 』共著 アミューズブックス 2002• 『しぶとく自分を生き抜く! 』共著 海竜社 2013 出演番組 [ ]• (、担当)• (TBS、)、2014年3月まで• (TBS、)、2014年4月~• (、)• (、金曜日)• (テレビ朝日、金曜日)• (、不定期)• (、不定期) 社会的活動 [ ]• 註 [ ] 注釈 [ ].

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吉永みち子 玉川徹の音声がいきてた?総理の北把握への反応とは?

吉永 みちこ

来歴・人物 [ ] 出身。 中学生の時、母子家庭の家計を助けるためアイドルタレントになろうと考え、のオーディションを受けて合格(ただし芸能活動は行わず)。 その後、、1973年に語学科卒業後、「」を発行する株式会社に入社。 日本初の女性競馬新聞記者となる。 夕刊紙「」の記者を経て、に(当時)のと結婚(後に離婚)。 ただし、騎手・調教助手のは正人の前妻との間に生まれた子供であり、吉永みち子の実子ではない。 また正人が亡くなる直前には彼の身の回りの世話をしていたという。 また、正人の弟のとは婚姻期間中は義理の弟であった。 1978年、株式会社日刊現代を退社し、約5年間の専業主婦を経てノンフィクション作家として復帰。 、雑誌「」誌上の50周年企画で募集されたコンテスト「優駿エッセイ賞」最優秀作を受賞。 これは『気がつけば騎手の女房』のベースとなる作品であった。 に『気がつけば騎手の女房』で第16回を受賞。 ノンフィクション作家に転身後は、主に関係や女性の視点から物事を捉えた著作が多い。 テレビののほか、男女共同参画運動をテーマとした講演をたびたび行っている。 かつてはのTaKaRa酒生活文化研究所が主催する酒育大学学長や、障害者に乗馬を楽しんでもらうNPO法人、副理事長を務めていた。 2007年にはプロ野球・スカウトのアマチュア2選手に対する裏金授受事件を受けて球団が全容解明のために設置した第三者による調査委員会のメンバーにも選ばれた。 過去には、、、などの委員を歴任している。 2010年、元検事らによるを受けて設置された委員に就任。 また、委員やの会長 も務める。 著書 [ ]• 『気がつけば騎手の女房』草思社 1984 のち集英社文庫• 『気がつけば三十なかば』文芸春秋 1987 のち文庫• 『吉永みち子のさわやかトップ訪問』平凡社 1988• 『気分はグリーングラス』朝日出版社 1989 のち集英社文庫• 『繋がれた夢』講談社 1989 のち文庫(小説)• 『もっと馬を! 』平凡社 1990• 『下宿屋さん』講談社 1992• 『お隣りの外国人』写真 平凡社 1993• 『ドラマティック 今を駆ける18人の男たちの断章』小学館 1993• 『愛のひとムチ勝負 子育てに悩む親たちへ』日本経済新聞社 1994• 『女が自分を生きるには 16枚の合わせ鏡』青春出版社 1994• 『風花のひと 亡き母と私』中央公論社 1994 「母と娘の40年戦争」集英社文庫• 『カントリー・ビート』家の光協会 1994• 『旅路の果ての名馬たち』大和出版 1994• 『物語 蹄跡よ永遠に』大和出版 1995• 『馬に魅せられた女たち』アリアドネ企画 1996• 『子供を蝕む家族病』小学館 1996• 『総理とその女房 は聞きしにまさる…』光文社 1997• 『トライアル 難病と闘う家族たち』テレビ朝日事業局出版部 1997• 『6ぴきと8にん物語』日本放送出版協会 1999• 『斗酒空拳』TaKaRa酒生活文化研究所 酒文ライブラリー 1999• 『 性転換の朝』集英社新書 2000• 『そして燦く』日経ホーム出版社 2000• 『麻婆豆腐の女房 「料理の神様」を支え、「鉄人」を育てた人生』光文社 2000 「麻婆豆腐の女房 「赤坂」物語」知恵の森文庫• 『老婆は一日にしてならず』東京書籍 2002• 『晴ればれ更年期 女ざかりがもっと輝く処方箋』祥伝社 2003• 『女偏地獄』集英社文庫 2004• 『ボクって邪魔なの? 』小学館 2004• 『変な子と呼ばれて の人生』ちくまプリマー新書 2005• 『どこゆく? 団塊男どうする! 団塊女』日本経済新聞社 2006• 『オバハン流旅のつくり方』中央公論新社 2007• 『子供たちは甦る! 少年院矯正教育の現場から』集英社 2007• 『26の「生きざま! 」』日経ビジネス人文庫 2008• 『40代。 自分が変わる生き方』海竜社 2008• 『怖いもの知らずの女たち』山と溪谷社 2009 のち文庫• 『老いも孤独も踏み越えて 行くが女の生きる道ってか』主婦の友社 2011• 『人生を決めた"あの時"』光文社知恵の森文庫 2012 共著編 [ ]• 『写真集』共著 サラブレッド血統センター 1986• 『男の魅力女の引力』共著 労働旬報社 1993• 『素敵なカントリー・ライフ』編 家の光協会 1994• 『こうすれば学校を救える』,共著 風媒社ブックレット 2000• 『お願いしますよ、さん! 』共著 アミューズブックス 2002• 『しぶとく自分を生き抜く! 』共著 海竜社 2013 出演番組 [ ]• (、担当)• (TBS、)、2014年3月まで• (TBS、)、2014年4月~• (、)• (、金曜日)• (テレビ朝日、金曜日)• (、不定期)• (、不定期) 社会的活動 [ ]• 註 [ ] 注釈 [ ].

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