地下鉄サリン。 地下鉄サリン事件から25年……日本の化学・生物テロ対策にまだ“足りないもの”|ニフティニュース

地下鉄サリンから23年、オウム事件と日本社会の変化(2018年7月12日)|BIGLOBEニュース

地下鉄サリン

1995年3月20日。 春の訪れを感じるうららかな朝の東京は、稀に見るパニックに陥った。 営団地下鉄 現・東京メトロ の複数の路線でサリンがばらまかれて多数の重傷者と13名の死者が出た、オウム真理教による同時多発テロ、地下鉄サリン事件である。 通勤ラッシュのピークに合わせて、密閉空間の地下鉄車内に猛毒のサリンがまかれるという、まさしく前代未聞のテロ事件。 被害者はもとより、直接被害を受けていない人でもしばらくの間地下鉄に乗るのが怖くなったというケースも多く、一時的ではあるものの、東京では営団地下鉄の利用者が落ち込んだという。 それだけ、地下鉄サリン事件は社会的に大きな影響をもたらしたのである。 結局、事件後にオウム真理教には警察による強制捜査が入り、教祖の麻原彰晃をはじめ幹部や実行犯は軒並み逮捕。 オウム真理教は壊滅し、長く続けられていた裁判も麻原や幹部らの死刑判決によって幕を閉じた。 とは言っても、肝心の麻原はほとんど何も語ることはなく、他の幹部らとともに今夏に死刑執行された。 では、この地下鉄サリン事件とは何だったのか。 すでに述べたように、「オウム真理教による無差別テロ」というのが一般的な見方だ。 ところが、30年来の鉄道ファンというA氏は、この見方を一笑に付す。 「被害を受けたのは千代田線、丸ノ内線、日比谷線の3路線。 その状況をつぶさに見ていけば、明らかにおかしな点ばかりであることに気が付きます。 鉄道に詳しい人ならば、誰でもわかるはず。 「例えば代々木上原行の千代田線。 実行犯の林郁夫は、新御茶ノ水駅でサリンのパックを傘で刺して穴を開けて逃走しています。 乗客に異変が生じたのは二重橋前駅 新御茶ノ水駅から2駅、4分 を過ぎたあたりですが、列車はそのまま運行を継続しているんです。 駅員がサリンを除去したのは霞ケ関駅 同4駅、8分 ですが、さらに走り続けて運転を打ち切ったのは国会議事堂前駅 同5駅、9分 でした。 また、北千住方面に向かって走っていた日比谷線では恵比寿駅手前でサリンがまかれ、六本木駅付近、 恵比寿駅から2駅、6分 で車内に異臭が立ち込めた。 神谷町駅 前同3駅、10分 で被害者の搬出作業まで行っています。 ところが、そこでも運転を続けて霞ケ関駅 同4駅、12分 まで走っています。 一部の鉄道ファンは、『国会議事堂前駅や霞ケ関駅は折返し設備があるために運行停止をしやすいから』と言うのですが、それはまったく当てはまらない。 車内で次々に倒れる人が出るほどの異常な状況ならば、最も近い駅でただちに運転を打ち切り、まずは乗客の救出を第一に考えるべき。 車両の折返しなどはその後で考えればいい話なのに、それが日本の政治の中心である国会議事堂や霞ケ関までわざわざ進んでいる。 何か理由があったとしか考えられない」 A氏 こうした疑問は、丸ノ内線の被害状況を見ても浮かんでくる。 丸ノ内線では荻窪行と池袋行の2列車が被害を受けているが、荻窪行はサリンがまかれた御茶ノ水駅から中野坂上駅 14駅、28分 まで、延々と被害者を出しながら走り続けている。 途中、被害者の搬出もサリンの回収も行われていないのだ。 その後、中野坂上駅でサリンが回収されたが、列車は終点まで走って通常通りに折り返し、新高円寺駅でようやく停車している。 丸ノ内線池袋行はさらに疑問だらけで、四ツ谷駅でサリンが散布されたが、そのまま終点の池袋駅 13駅、28分 まで運転。 ここで、普通ならば行われるはずの車内の遺留物確認がなされずに折り返し、サリンが除去されたのは本郷三丁目駅に着いてから。 その時点ですでに9時を回っており、被害発生はテレビなどでも報道されていた時間帯だ。 にもかかわらず運転を続け、国会議事堂前駅でようやく運転が打ち切られたのである。 「他の駅で重傷者が出るほどの異臭騒ぎが起きていて、同じような異臭が車内に立ち込めているとなれば、ただちに運転を止めて乗客を避難させるのが常識的な対応です。 また、最も多くの被害を出した日比谷線の中目黒行は、秋葉原駅で散布されたサリンを小伝馬町駅で乗客がホームに蹴り出したことで、被害が拡大した。 しかし、気になるポイントは他にもある。 それを指摘するのは、オウム事件の真相を追ってきたジャーナリストのB氏だ。 「地下鉄サリン事件が3月20日で、その2日後にオウム真理教に強制捜査が入っています。 それに、そもそもオウムは松本サリン事件を引き起こしており、サリン製造能力があることは警察関係者にとって周知の事実だったでしょう。 当然、公安関係者も動いていたはずなので、実行犯を含めた幹部ら関係者の動きはすべて捕捉されていたと考えるのが妥当。 しかし、B氏は「ここまで被害が拡大するとは思っていなかったのでは」と指摘する。 「実際、オウムが作ったサリンは純度が極めて低く、化学兵器として戦場で用いるようなレベルには達していませんでした。 それに通勤時間帯は各駅での乗り降りが多く、乗客が入れ替わる。 ドアも開くから換気になるし、被害はもっと小さいもので済むと考えていたのでしょう。 それがフタを開ければ死者13名、重傷者は2000人以上ですから。 慌ててオウム真理教に強制捜査に入って麻原らを逮捕し、真相をうやむやにしようとしたのでは」 さらにA氏は「地下鉄」という観点から、サリン散布計画を知りつつも放置した、当局のもうひとつの狙いを看破する。 「現実的な見方としては、地下鉄という空間が化学テロにどれだけ耐えられるかをテストしたという可能性。 ただ、それだけでは国会議事堂前駅や霞ケ関駅までの運行を継続した答えにはなりません。 被害拡大を少しでも抑えるべきですから。 ところが、すでに大パニックになっている中でも列車を走らせ続けた。 ということは、国会議事堂前駅や霞ケ関駅まで運転を続けることに意味があったと考えるべき。 その通路を利用して、霞ケ関や永田町周辺に待機している自衛隊や警察の秘密部隊がどう動けるか。 いくら異臭が立ち込めて被害者が出ていても、無理やり列車を国会議事堂前駅や霞ケ関駅まで走らせた理由は、こう考えればスッキリしませんか」 A氏 もちろん、サリン事件そのものはオウム真理教が計画し、それを実行したものだ。 麻原らの死刑が執行された今となっては、真相を知るすべはない。 しかし、こうした推測は実に的を射たものだ。 当時の当局関係者が、真実を告白することを期待したいものである。

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サリン事件の真実 (新風舎文庫)

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北海道・東北• 東海・甲信越• 近畿・北陸• 中国・四国• 九州・沖縄• 地下鉄サリン事件 警察当局は次第に、教団とサリンの関係に注目していった。 94年秋には教団施設の付近の土壌を採取し、サリンの残留物を確認。 95年1月に読売新聞がこのことを報じると、教団はサリンプラントの偽装工作を進めた。 一方、同年2月には出家をめぐって教団とトラブルになっていた、信徒の兄で目黒公証役場事務長の仮谷清志さんを東京の路上で拉致し、警視庁が捜査に乗り出した。 教団に対する捜査の可能性が報じられる中、松本死刑囚は同年3月18日、東京から上九一色村に向かうリムジンの中で教団幹部と相談。 東京の地下鉄にサリンをまくことが提案され、松本死刑囚は「それはパニックになるかもしれない」と述べ、実行を指示した。 幹部らは、教団に残っていたサリンの中間生成物を使ってサリンを製造。 5人の散布役が同月20日朝、東京の霞ケ関駅に向かう日比谷線、千代田線、丸ノ内線の計5車両に分乗し、計11個のサリン入りポリ袋をとがらせた傘の先で突いて車内にまいた。 乗客やポリ袋を片付けていた霞ケ関駅の男性助役ら21~92歳の13人が死亡し、6千人以上が負傷する未曽有のテロ事件となった。 警視庁などは同月22日、仮谷さんの拉致事件で教団施設の一斉捜索に乗り出した。 サリンを警戒し、警察官たちは防護服をまとい、毒ガス検知用にカナリアも持参した。 地下鉄事件の捜査は当初難航したが、別件で逮捕されていた散布役の一人、林郁夫受刑者=無期懲役が確定=が関与を自供。 これをきっかけに5月16日、上九一色村の教団施設に潜伏していた松本死刑囚が逮捕された。 林受刑者は裁判でも自首が認められ、散布役の中で1人だけ、死刑を免れた。 地下鉄事件は被害の全容が長く明らかでなかった。 刑事裁判では12人の殺害が審理対象となったが、警察庁は2010年、「サリンの影響は否定できない」として13人目の死者を認定。 傷病や後遺障害を負った人は約6300人にのぼった、という調査結果も初めて公表した。

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地下鉄サリン事件

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オウム真理教の一連の事件で教団の元代表 麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら7人は平成30年7月6日に、ほかの6人は26日に刑が執行された。 教団に対する強制捜査から23年余りがたって死刑囚全員に刑が執行された。 オウム真理教は、平成元年の坂本弁護士一家殺害事件や平成6年の松本サリン事件、平成7年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こし、合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭った。 平成7年3月から始まった強制捜査では192人が起訴され、首謀者とされた松本元死刑囚など13人の死刑が確定した。 一部の元信者が逃亡を続けたため刑事裁判は長期化したが、平成30年1月に地下鉄サリン事件などに関わった高橋克也受刑者の上告が退けられたことで終結し、死刑囚が事件について証言を求められる機会がなくなった。 その後、一部の死刑囚は東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ移送され、平成30年7月6日、元代表 麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら7人に刑が執行された。 ほかの6人は、東京拘置所、名古屋拘置所、仙台拘置支所に収容されていたが、7月26日午前、刑が執行された。 教団に対する強制捜査から23年余りがたち、教団の死刑囚全員に刑が執行された。 オウム真理教は、昭和59年に麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚が東京で開いたヨガと宗教のサークル、「オウム神仙の会」から始まった。 昭和62年には「オウム真理教」と名乗るようになり、神秘体験などを通じて信者を急速に増やしていき、平成元年に東京都から宗教法人として認められた。 教団は信者の財産をお布施として納めて出家するよう強く勧め、施設で共同生活を送らせていたが、信者の親との間でトラブルが相次ぐようになった。 平成元年11月、親たちの相談に応じていた坂本堤弁護士の一家の行方がわからなくなり、関与が疑われたが、教団は「関係ない」と主張した。 平成2年には松本元死刑囚らが衆議院選挙に立候補したが惨敗し、この直後からハルマゲドン、最終戦争が近づいていると強調し、信者の危機感をあおっていった。 その後、山梨県の旧上九一色村のサティアンと呼ばれる施設で急速に武装化を進め、ひそかにサリンを製造した。 平成6年6月、最初の無差別殺人となる松本サリン事件を起こし、8人が死亡、140人以上が被害を受けた。 平成7年2月には、東京の公証役場の事務長だった假谷清志さん(当時68)を拉致する事件を起こし、教団への捜査が本格化した。 そして強制捜査が迫った平成7年の3月20日、地下鉄サリン事件を起こした。 13人が死亡、負傷者はおよそ6300人にのぼる未曽有のテロ事件だった。 その2日後、全国の教団施設に一斉に警察の強制捜査が入った。 2か月後、松本元死刑囚は教団施設の隠し部屋に潜んでいるところを逮捕された。 幹部らも次々と逮捕され、教団による一連の事件は終わったが、一部の信者は逃亡を続けた。 しかし平成23年にオウム真理教による一連の事件の裁判がすべて終わると、特別手配されていた3人のうち、平田信受刑者が警視庁に出頭した。 平田受刑者は、逃亡中、14年余りにわたって東大阪市のマンションで元信者の女性にかくまわれ、ほとんど外に出ずに生活していた。 出頭した理由については、裁判の中で、「松本元死刑囚以外の死刑囚に対する執行はかんべんしてほしいという気持ちがあり、自分が出頭すれば執行が延びると思った」と話した。 その出頭の半年後、17年にわたって逃亡し、教団とは無関係の男性と東京や神奈川県で暮らしていた女性の元信者が通報を受けて逮捕された。 さらに高橋克也受刑者もその12日後に逮捕された。 建設会社で働いていた高橋受刑者は女性の元信者の逮捕を知って社員寮から姿を消したが、防犯カメラに映った写真が次々に公開されて追い詰められ、東京の蒲田駅近くで逮捕された。 コインロッカーに入れていたバッグの中からは松本元死刑囚の本や写真、説法が録音されたカセットテープが見つかった。 特別手配されていた3人が逮捕され、警察の強制捜査から17年余りかかって一連の事件の捜査が終わった。 平田受刑者と高橋受刑者はその後、有罪が確定し、女性の元信者は無罪が確定している。 オウム真理教は、松本智津夫元死刑囚が平成7年に逮捕された後、「アレフ」と名前を変えた。 その後、平成20年に、「アレフ」のセミナーを撮影したとみられる動画を公安調査庁が入手したところ、オウム真理教を名乗っていたころと同じような修行の様子が写っていた。 動画では、信者とみられる人たちが、イヤホンや頭に装着する器具をつけ、松本元死刑囚の顔写真を前に、説法の音声にあわせて声を出して読み上げたり、立った状態で両手を頭上に合わせ、ひれ伏す動作を繰り返す「立位礼拝」と呼ばれる修行をしたりしている。 公安調査庁によると、こうした修行は今も行われているとみられるが、同じ動作を繰り返すことで思考が鈍るため、教団からマインドコントロールを受けやすい状態になるおそれがあるとしている。 また、公安調査庁が、平成30年3月に札幌市にある国内最大規模の拠点施設で立ち入り検査を行ったところ、松本元死刑囚の写真が祭壇に飾られていたほか、著書が書棚に並べられていることを確認したということだ。 公安調査庁は、今も「アレフ」が松本元死刑囚に帰依し、かつての危険な体質を維持していることがうかがえるとしている。 「アレフ」は活発な勧誘活動を行っていて、公安調査庁によると、信者らは、教団の名前を隠して書店などで声をかけたり、SNSやビラを使ってヨガや占いのイベントに誘ったりしているということだ。 そして、相手との関係を深める中で、地下鉄サリン事件に教団が関与したことを否定し、「すべて陰謀だ」などと言って教団への抵抗感を薄め、勧誘しているということだ。 札幌市の別の施設では、子ども向けの教材として松本元死刑囚を「そんし」や「グル」と呼ぶカルタも見つかったということだ。 公安調査庁によると、「アレフ」がことし4月から5月にかけて埼玉県や北海道などの施設で開いた「集中セミナー」にはおよそ520人が集まり、参加費として2700万円以上の資金を獲得したとみられるということだ。 一方で、教団の内部では、信者どうしの対立が深まったとみられ、平成19年に元幹部の上祐史浩代表が一部の信者と共に新しい団体「ひかりの輪」を設立した。 「ひかりの輪」は、松本元死刑囚からの脱却を掲げている。 これに対して、公安調査庁は、依然として影響力が残っているとみている。 さらに、最近になって「アレフ」から分派したとみられる「山田らの集団」が金沢市などを拠点に活動しているものとみられる。 公安調査庁によると、「アレフ」など3つの団体は、今も全国15の都道府県に34の施設を持ち、セミナーを開催するなど積極的な勧誘を続けていて、国内の信者の数は合わせておよそ1650人だということだ。 公安審査委員会は、再び事件を起こす危険性があるとして、平成30年1月、3つの団体に対して、立ち入り検査や資産の報告などを義務づける観察処分の期間を3年間更新することを決めた。 このうち「ひかりの輪」については、去年、東京地方裁判所が、前回・3年前の観察処分の更新を取り消す判決を言い渡したため、国が控訴して争っている。 公安調査庁は3つの団体に対する立ち入り検査を続けていて、死刑の執行を契機として信者が動揺したり、松本元死刑囚の神格化が進むことで団体の結束が強まったりするなど様々な事態が想定されるとして、警戒している。 上祐史浩代表 オウム真理教の元幹部で、信者同士の対立から新たに「ひかりの輪」を設立した オウム真理教から名前を変えた「アレフ」は、若い世代を中心にいまも新たな信者を増やしている。 札幌市の市街地にある4階建ての建物。 2年ほど前から「アレフ」が修行やセミナーの会場として利用している。 セミナーが開かれる時には、若い女性や子どもを連れた女性が出入りしている。 入口には防犯カメラが設置され、建物に看板などはない。 窓にはすべて目張りがされ、中の様子をうかがうことはできない。 近くの住民は「中で何をやっているのかまったくわからず不安だ」と話していた。 「アレフ」は、どのように信者を増やしているのか。 NHKは、勧誘が活発に行われている札幌市の街なかで「社会人サークルに参加しないか」と声をかけてきた信者から詳しい話を聞くことができた。 待ち合わせたのは札幌市内の喫茶店。 サークルを主催しているという2人組の女性信者は、ヨガや占いなどの活動について説明した。 サークルの会員は女性を中心におよそ100人、週末や平日の夜に会員の家に集まって仏教の勉強やヨガを行っているということだ。 女性信者は「訓練していくことで精神性を高めていくという考え方です。 人間関係が180度変わります。 みんな自分を見つめる機会を設けています」などと話した。 1時間半に及ぶ説明で、「アレフ」の名前などは一切出なかった。 「アレフ」の施設から見つかった勧誘マニュアルには、勧誘する相手に信者が1人から2人で寄り添うことや、お茶会や勉強会、それにイベントの順に参加してもらい、最後に「アレフ」を紹介して入信させるといった勧誘の流れが記載されていた。 実際に信者から勧誘を受けて入信を迫られた女性にも取材することができた。 最初、女性も「アレフ」と知らずにヨガ教室に通っていましたが、しばらくして今度は「お楽しみ会」に参加しないかと誘われたということだ。 指定された会場は、札幌市内にあるアレフの施設だった。 そこで初めて相手から「アレフ」の信者と告白され、松本元死刑囚のDVDや本を見せられたという。 この女性は「入会の書類を出されて『入りませんか?』という話になりました。 『アレフ』と初めから聞いていたら、話を聞きたくないと思うので、卑劣だと思います」と話していた。 「アレフ」 今も松本元死刑囚の教えを守る 「アレフ」が、死刑が執行された麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚の教えを忠実に守る形で今も教義を広めていることがNHKが入手した資料でわかった。 専門家は「事件への反省や犠牲者への謝罪の態度が見られない」と指摘している。 「アレフ」について、公安調査庁は、今も松本元死刑囚に帰依し、かつての危険な体質を維持していることがうかがえるとして、関連施設に立ち入り検査を行うなど警戒を続けている。 こうした中、NHKは関係者を通じて数年前に「アレフ」が会員に渡した教本3冊とCD2枚を入手した。 このうち、「新会員の願いをかなえる宝石の言葉」という教本は、「麻原彰晃です。 さあ、あなたはいよいよ、入会なさいました」という書き出しで始まる。 さらに「マスコミを中心として、大いなる悪魔がこの世の中を支配しているのである。 したがって、悪魔と対決し、悪魔を粉砕し、そしてわたしは必ず、自己の最終的な悟り・解脱を得るんだ」などと社会と敵対するような姿勢をとるよう求めている。 また、「マントラ」と呼ばれる呪文を最低30万回は唱えるよう求めているほか、「修行するぞ」、「救済するぞ」などということばが繰り返し書かれ、松本元死刑囚の教えに忠実に従うよう求めている。 一連の事件のあと、オウム真理教を脱会し、今も「アレフ」の信者と交流があるという元信者の男性は「今も松本元死刑囚への信仰を続けていて、基本的な教義は変わっていない」と話している。 これらの教本について、心理学者でオウム真理教の実態について研究している立正大学の西田公昭教授は「明らかに教祖を神格化しようとしており、麻原彰晃を信じなさいと言っているに等しい。 教団の教えはオウム真理教のころと全く変わっておらず、事件への反省や犠牲者への謝罪の態度が見られない」と指摘している。 NHKは教本の内容について「アレフ」の広報に取材を申し込んだが、これまでに回答はなかった。 公安調査庁一斉立ち入り 危険な兆候は見当たらず 麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら教団の元幹部7人の死刑が執行されたことを受けて、公安調査庁は、執行された今月6日から3日間にわたって「アレフ」など14の都道府県にある29か所の施設に、およそ370人の態勢で一斉に立ち入り検査を行った。 その結果、松本元死刑囚の写真を祭壇に飾っている施設もあったなど松本元死刑囚に帰依し、かつての危険な体質を維持している状況が伺えるとしているが、執行前と大きな変化はなく、今のところ、危険な兆候は見当たらなかったということだ。 公安調査庁は引き続き、信者が動揺したり、松本死刑囚の神格化が進むことで団体の結束が強まったりするなど、さまざまな事態が想定されるとして警戒を続けている。 アレフ居住施設内を独自に撮影 地下鉄サリン事件で駅員の夫を亡くし被害者の会代表を務めている 「13人の死刑が執行されて刑事司法としては終わったことになるが、私は司法関係者ではないので、事件が終わったという感覚はない。 後遺症を抱えている人もいて被害はまだ続いていて、つらいなと思う」 「(豊田死刑囚の)ご両親と話をしたり、死刑囚本人から手紙をもらったりしていたので、ほかの死刑囚よりも思うことがあり、面会して話したかった。 裁判で多くの被告を見てきたが、豊田死刑囚がいちばん被害者遺族のことを考えていて、『裁判での豊田死刑囚の態度に怒りはない』ということを伝えたかった」(7月26日記者会見) 「最近、体調が良くなくて、朝起きられずにいたのですが、死刑執行を知って、そういうことも忘れてしまうくらい緊張しました。 高橋克也受刑者の裁判が終わり、死刑が執行されるということは分かっていたので『その時が来たなと』それだけしか思いはありません。 ただ、夫や私の両親は亡くなっているので、執行のニュースを聞くことができなかったのは残念だっただろうと思っています」 「(1日に7人の死刑執行について)松本元死刑囚の執行は当然だと思っていますが、そのあと、死刑が執行された6人の名前を聞いたときは、動悸がしました。 今後のテロ対策や防止ということで、もっと彼らにはいろいろなことを話してほしかった。 それができなくなったという、心残りがあります」 「こんなに長く待たされ、もう何も話すことはないだろうと思っていましたが、人生の3分の1をオウム真理教によって狂わされたと考えると、辛い、悔しい思いです。 いろいろな人達がいろいろな思いでこの日を待っていたのだろうと思うと、これは1つの区切りだというふうに思います」(都内で記者会見)(7月6日) 假谷実さん 「松本サリン事件」で当初、事件への関与を疑われ、妻も犠牲になった 「オウム事件そのものの真相が明らかになっておらず、なぜここまで早急に続けて執行しなければならないのか、その経緯を国が説明すべきではないか」 「1か月間に13人すべての死刑が執行されたことは理解できない。 麻原の精神状態についても何もわからない状況で執行が行われ、通常であればあり得ない。 麻原が精神的な病気を装っているだけだったということがどこまで立証できているのか」 「死刑囚は長い間、自由を奪われていた。 死刑の執行をもって罪を償ったのだからこれで普通の人になれたのだと思う。 私としては冥福を祈るしかない。 一方で、死刑囚の遺族の人たちは辛い思いをされていると思う。 そっとしておいてあげたい」 「事件は起きてしまったことであり、もう元には戻れない。 私の中では10年前に妻が亡くなった時点で事件は終わったが、被害者の中には今も苦しんでいる人がいて、そういう意味で事件は終わっておらず真相もわからないままだ」(7月26日) 大山やいさん 東京の電機メーカーに勤務し長期出張で松本市に滞在していた次男の豊さん(当時23)を松本サリン事件で亡くした 「全員の刑が執行されたことを息子の墓前に報告します。 よどんでいた川が流れたような感覚はありますが、息子が帰ってくることはなくうれしさやこれで終わったという思いはまったくありません。 事件からこれまでに息子の生きた23年よりも長い24年という年月が流れましたが、2度とこのような事件を起こさせてはいけないので、決して風化させることのないよう伝え続けていきたい」(7月26日) 「気持ちは少し軽くなりましたが、いくら死刑が執行されても息子は帰ってきません。 複雑な思いです。 息子は23歳で亡くなっているのに、それより長い24年という年月がかかりました。 執行まで本当に長かったです」 房枝さんは6日朝、死刑執行の知らせを聞いた。 「いちばんに電話をくれた同じ松本サリン事件の遺族が、慌てた様子で、『とにかくテレビをつけて、死刑執行だよ』と教えてくれました。 その後、7人の死刑が執行されたということを知りました。 一度に執行されるとは思っていなかったので、驚いています」 「(今回は対象にならなかった6人への死刑囚について)できることなら私自身が立ち会いたいです。 早く執行してほしいという思いと、いつ執行されるか分からない苦しみを存分に味わってほしいという思いがあります。 それが亡くなった人たちへのせめてもの償いだと思います」 一方で、松本元死刑囚の死刑執行によって懸念することもあるという。 「麻原が神聖化されたり、あがめ奉られたりするような状況になれば、若い人が興味をもち、信者が増えるようなことになるのではないかと、とても心配です」(7月6日) 永岡弘行さん 信者の親などでつくる「オウム真理教家族の会」の会長として教団と対じし、信者の脱会を支援してきた 平成7年1月には信者に猛毒のVXをかけられて一時意識不明になり、今でも右半身にしびれを感じる後遺症があるという 「麻原以外の死刑囚はマインドコントロールされて事件に関わってしまった人たちであり、自分は親のような気持ちで接してきた。 それなのに今回死刑が執行されたことに腹立たしさを感じている」と話していました。 (7月26日) 「私は麻原以外の死刑囚については親になった気持ちで接してきた。 親の気持ちを考えれば、つらい。 それだけです」 また、5月のNHKのインタビューで以下のように語っていた。 「(多くの若者が教団に入信したことについて)世の中が恵まれていると自分たちに何かできることはないかとまじめに考える若者が多くなります。 オウム真理教は『君たちの力で世の中をなんとかしようじゃないか』という教えを広め、若い人たちが走ってしまいました」 また、死刑の執行については、今も教団に残る信者の間で麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚に対する信仰心が高まることを懸念しているという。 「死刑が執行されれば教団は松本元死刑囚が天界に昇るとして、信仰心をあおると思います。 より信仰心を高めて仲間を増やすのが松本元死刑囚の意向だと言って利用するのだと思います」(7月6日) 岩田キヨエさん 教団に殺害された坂本堤弁護士と同期 「オウム真理教犯罪被害者支援機構」の副理事長を務める 「わずかな期間に13人の死刑囚全員に刑が執行されることは想定していなかった。 これだけ多くの死刑執行は国際的にも批判があるかもしれないし、日本の死刑制度について議論する契機になるのではないか」(7月26日) 「坂本弁護士とは、一緒に司法修習を過ごしたが、とても優秀な弁護士だった。 家族全員が殺されてしまい、事件の首謀者である松本元死刑囚については、死刑で罪を償ってもらうしかないと思う」 「(オウム真理教の後継団体について)松本元死刑囚を信仰し、あがめ奉って、修行している人たちがいるが、現実を直視し、早く集団から抜けていただきたい。 そうしないと、また同じことがくり返される危険がある。 1200人を超える事件の被害者のために、「アレフ」と裁判を続けているが、アレフは賠償責任を果たすと言いながら、遅々として賠償が進まない」 「(1日に7人の死刑が執行について)正直、驚いた。 死刑廃止に向かっている国際社会の中で大きな批判を生むかもしれない。 執行の順番についても理由をぜひ知りたい」(7月6日) 佐藤一雄さん NPO法人「リカバリー・サポート・センター」の理事長で地下鉄サリン事件などの被害者の体や心の支援を続けている 「来るべき時が来たと受け止めている。 しかし、死刑囚にも家族がいることを考えると何とも言えない気持ちになる。 広瀬死刑囚の母親に会った時、母親は『小さいころから利発で優しい子だった』と話していて、今回死刑という話を聞くと母親の顔が思い浮かぶ」 「全員の死刑が執行されてもオウム事件は終わりではない。 事件から23年がたった今も体や心の不調に苦しむ被害者は少なくない。 死刑執行のニュースでさらに気持ちがざわつく方もいるので、今後も被害者の支援を続けていきたい」(7月26日) 「被害者のほとんどは死刑執行を望んでいたので、ひとつの区切りがついたと感じていると思う。 ただ現在も体がだるいとか目が見えづらいといった不調を訴える被害者は少なくなく、死刑が執行されたことで事件が終わったとは思ってほしくないし、事件が風化してほしくない」(7月6日) 小島周一弁護士 事件当時 坂本堤弁護士と同じ法律事務所に所属 坂本弁護士を捜す活動に取り組んだ 「麻原に語らせる努力を最後まで続けてほしかった。 オウム真理教という教団が、なぜ生まれてしまったのか、膨張していったのか、真面目に世の中のことを考えようと思っていた若者がなぜ入っていったのかということを社会としてきちんと振り返って検証することはできていないと思う」 「松本元死刑囚は、その後も一切、事件を語ることなく、謝罪の言葉1つ述べることないままに、死刑が執行された。 事件の核心部分が闇に閉ざされたままとなってしまったことを改めて残念に思う。 坂本弁護士一家事件を決して忘れることなく、弁護士業務への妨害に屈することなく、今後も、坂本弁護士の志を受け継いでゆく決意である」(法律事務所のコメント)(7月6日) オウム真理教による一連の事件を発生当初から取材 「とうとうこういう日が来てしまったという感じだ。 死刑囚だった人たちはオウム事件の生き証人でもあったと思う。 専門家が話を聞いて、この事件を研究し尽くして、そこからいろいろなものを学んでいくことが必要だったと思う」 「事件に関わった多くの人たちは本当に真面目な若者たちだった。 それが人生の意味や生きがい、あるいは自分の居場所を求めて、オウムという巨大なありじごくみたいなところにはまり込んで抜けられず、結局、自分の命も縮めることになってしまった。 本当にカルトの怖さを体現し尽くしたような問題だった。 きょう執行された人も含めて、結局は、オウムによって命を奪われたということだと思う」 「大きな区切りではあるが、これでこの事件が終わったとは思わない。 今も苦しんでいる被害者が大勢いるし、事件から学ぶべきことは学んでいかなくてはいけない」(7月26日) 「オウムが犯罪行為を活発化させていった時代は、バブルが膨らんでしぼんでいく過程と大体一致する。 日本全国に札束が飛び交って、価値観がおかしくなっていた時代とも言える。 本当の幸せとは何か、金ではなく、もっと違うものを探し求める人たちがたまたま麻原の本を手に取り、のめり込んでしまうケースがかなりあった」 「多くの若者が生きがいや居場所を探す中でオウム真理教に出会ってしまった。 人間関係に悩み、逃げ場を探して行き着いてしまった人もいた。 時代を超えて人がカルトに引き寄せられる動機は存在すると思う。 オウム事件は大きな区切りを迎えるかもしれないが、過去に変な人たちが起こした変な事件だということで終わらせるのではなく、私たちが巻き込まれないようにするにはどうしたらいいのかしっかりと分析する必要がある」(7月6日) 滝本太郎 弁護士 信者の脱会を支援する活動を続けみずからも信者から襲撃を受けた経験がある 「松本智津夫元死刑囚の死刑執行は当たり前だが、ほかの12人については非常に無益だ。 あの事件は松本元死刑囚の指示・命令に従って起きたもので、ほかの12人はマインドコントロールによる集団的な拘束力によって実行していた。 12人は生かしておいて、その後の気持ちの変化を話してもらうことが同様の事件の再発防止やオウムを潰すことに役立つはずだった」 「特に若い人はオウム事件は過去のものだと考え、風化が進んでいくだろう。 同じことが起きないように、どのような事件だったかを繰り返し伝えていくことが必要だ」(7月26日) 「松本元死刑囚の刑が執行されたと聞いてようやくこの時が来たと感じたが、ほかに6人が執行されたと聞いてぼう然とした。 彼らは松本元死刑囚の手足でしかなく、これから事件のことを何度も振り返ってなぜ自分が教団にはまってしまったのか説明してもらうという有益な仕事をしてもらいたかった」 「(教団幹部らによって車にサリンをまかれたことについて)私を殺そうとした人に事件後に会ってみたらいい人だった。 いい人がいいことをするつもりで犯罪に手を染めたという前例のない事件だったということをこれからも伝えていきたい。 事件を風化させないためにも松本元死刑囚以外は刑を執行してはならなかったのに、返す返すも残念だ」(7月6日) 宇都宮健児 弁護士 「オウム真理教犯罪被害者支援機構」の理事長を務める 支援機構は「アレフ」に対して未払いとなっている賠償金の支払いを求める訴えを起こしている 「死刑囚の中には、このような事件が再び起きることのないよう一連の事件がなぜ起きたのか社会に向けて語ってもよいという人も出てきていたので、1度に7人の死刑を執行したことについてはやや疑問が残る。 この点について法務省に説明してほしい」 「死刑執行によって事件が風化していくことがないようにすることが重要で、オウム真理教の後継団体には事件にきちんと向き合って高齢化が進む被害者や遺族に一刻も早く賠償責任を果たしてもらいたい。 社会全体としても、カルト教団のような団体が広がらないよう対策を強化する必要がある」(7月6日) 吉岡忍さん(ノンフィクション作家) オウム真理教の信者や裁判などを長年取材してきた 「なぜ、あの時代にオウムというカルト集団が生まれたのかという意味を考えなければいけない事件だった。 あのような事件を二度と繰り返さないためにはなぜ彼らがそうしたのか動機を知る必要があるが、裁判ではその部分があいまいなまま7人の一斉の死刑執行によって終わってしまったという印象だ」 「バブル経済崩壊後の日本社会が若い人たちにそれなりのきちんとした生きがいを与えられなかったのが事件の背景にあると考えている。 社会の行く先が見えないのは今も同じで、若い人は同じように迷っているようにも思う。 事件から学ぶことは多い」 「オウム事件の中心になった人たちは現在の社会の中心となっている世代と重なる。 特殊な宗教の信者が起こした特殊な事件だと決めつけず、同じ世代の若者がみずからの正義を示すために無差別殺人に及んだ理由を問い続けなければ、再びこうした事件を生み出してしまうかもしれない。 死刑の執行で一連の事件が一段落したと考えるのではなく、『なぜ』を問い続けることが求められていると思う」(7月6日).

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