風 の 谷 の ナウシカ。 安田成美 風の谷のナウシカ 歌詞&動画視聴

風の谷のナウシカ (映画)

風 の 谷 の ナウシカ

『』に連載していた宮崎の同名漫画(『』)を原作とする。 原作の単行本全7巻から見ると、序盤に当たる2巻目の途中まで連載された時点での作品であり、映画公開後に連載を再開した漫画とは内容が異なる(後述)。 アニメージュを発行するとのによるで 映画化され、宮崎自身が監督・脚本を手がけた。 ・・ら、のちの作品を支えるスタッフが顔を揃えている。 同時上映 「」「青い紅玉(ルビー)の巻」「海底の財宝の巻」。 あらすじ [ ] 千年前の「火の七日間」と呼ばれる最終戦争により、巨大産業文明は崩壊し、錆とセラミック片におおわれた荒れた大地に「腐海(ふかい)」と呼ばれる有毒の瘴気を発する菌類の森に世界は覆われていた。 人類は生き残るが衰退し、腐海が放つ猛毒と、そこに棲む巨大な虫たちに脅かされていたが、辺境にある「風の谷」は、酸の海から吹く風によって森の毒から守られ、のどかな農耕生活を送っていた。 族長の娘であるナウシカは、住民から深く敬愛されており、人々から恐れられている腐海の虫とも心を通わせる優しい少女である。 ある夜、大国トルメキアの輸送機が風の谷に墜落する。 輸送機には、千年前に世界を焼き尽くしたという巨大人型兵器の「(きょしんへい)」のが積まれていた。 トルメキア軍は撃墜されたと案じ、風の谷に向けて侵攻するが、ユパの説得により和解する。 しかしその成り行きで、風の谷の長を殺害してしまうのだった。 司令官である皇女クシャナは、巨神兵で腐海を焼き払うことを目論んでいた。 クシャナは、本国へ運ぶつもりだった巨神兵の輸送を諦め、未完成の巨神兵を風の谷で完成させることにする。 失意から捕虜となったナウシカらはトルメキアに護送される途中、突然現れた戦闘機の攻撃により大きな損害を受ける。 護衛機がその戦闘機を撃墜するものの、ナウシカが乗る輸送機も被弾し落下する。 ナウシカは、クシャナとともに輸送機から脱出するが、腐海に不時着したナウシカらは、敵の戦闘機に乗っていた少年が虫に襲われていることに気づき、少年を助ける。 少年はトルメキアと敵対するペジテ市のアスベルだった。 風の谷にある巨神兵は、このペジテで発掘されたのちにトルメキアが奪ったものだった。 ペジテの仲間たちは、風の谷にある巨神兵を奪還するために王蟲の大群を風の谷に誘導し、風の谷のトルメキア軍を全滅させる計画を企てていた。 そのころ風の谷では、住民達がトルメキア軍に反旗を翻し、谷から離れた遺跡の中に立て篭もって膠着状態が続いていた。 そこに王蟲の群れが近づいているという知らせが入り、クシャナは巨神兵を未完成のまま目覚めさせ、王蟲を焼き払おうとするが、巨神兵はすぐに体が崩れて死に、王蟲の群れの暴走を止めることができなかった。 暴走する王蟲の群れの前方に、この暴走のきっかけとなった王蟲の幼生とともにナウシカが空から降り立つ。 ナウシカと幼生は王蟲に跳ね飛ばされてしまうが、間もなく王蟲の暴走が止まり、王蟲の群れはナウシカを囲むようにして動きを止める。 倒れているナウシカは死んでいるかのように見えたが、王蟲の触手がナウシカを包むとナウシカが立ち上がる。 その光景は、風の谷に古くから伝わる伝説を具現するかのようであった。 全てが終った後、ナウシカはクシャナに歩み寄る。 その後、王蟲の群れとトルメキア軍は風の谷から去り、風の谷には平和な生活が戻る。 原作との違い [ ] 映画の制作準備のため、原作漫画の連載は『アニメージュ』1983年6月号にて一時中断された。 この時点では単行本第3巻のはじめの部分(住民が全滅した集落で、ナウシカが蟲に襲われる場面)までが描かれていた。 映画版では単行本第2巻途中、王蟲の群れが暴走するエピソードまでを扱い、設定や展開を脚色している。 以下に原作と映画版のおもな相違点を記す。 登場人物に関しては「」を参照。 勢力図 原作ではトルメキアと土鬼(ドルク)諸侯連合の二大勢力の紛争(トルメキア戦役)に、風の谷やペジテ市などの小国が巻き込まれる構図。 映画版に土鬼は登場せず、トルメキアがこれらの小国に侵攻する構図となっている。 トルメキア 原作では風の谷の東方に位置し、風の谷やペジテ市などの辺境諸国と同盟を結んでいる王国だが、映画版では国号もトルメキア帝国で、遥か西方に存在する強大な軍事国家であり、ペジテ市で発掘された巨神兵を奪取しに来た侵略者として描かれる。 王族同士の権力争いは描かれず 、辺境諸国統合の司令官となったクシャナのみ登場する。 また、突撃砲や「大型船」など、原作には無かった技術を有している。 トルメキア兵のうちコルベットに乗りこんでいる軽装強襲隊は、原作の蟲使いと似た形状のヘルメットと仮面を装着している。 風の谷 原作ではトルメキアとの盟約に従い、ナウシカがクシャナの部隊の南下作戦に従軍する。 その後は物語にほとんど登場しない。 映画版ではトルメキア軍によって占領され、巨神兵の卵の培養地となったため、ペジテ市の残党により王蟲の暴走の標的とされる。 ペジテ市 原作・映画版とも、地下で発掘された巨神兵を狙うトルメキア軍に侵攻され大半の市民が虐殺されている。 原作では、避難民を乗せた輸送機が墜落してアスベル以外の住民は全滅する。 映画版では、生き残りの避難民達がトルメキア同様に巨神兵を使った腐海の焼却を目的に行動し、まずペジテ市に駐留するトルメキア軍を壊滅させるために人工的に王蟲の暴走を起こし、自らの手でトルメキア軍もろとも街を腐海に飲み込ませ滅ぼした。 さらに風の谷にも王蟲を暴走させようとしており、ナウシカの抵抗にあう。 巨神兵 原作では知性を持つ巨大人工生命体として描かれるが、映画版ではとしての面が強調され、単なる兵器、あるいは腐海を焼き払うための道具として使われようとする。 詳細は「」を参照。 絵コンテの段階では巨神兵と王蟲の戦闘場面が描かれていた。 腐海 人類によって汚染された大地を再生するためにこの星が生みだしたという仮説は、原作序盤でも語られている。 しかし、原作の終盤では、腐海は自然発生したものではなく旧文明の科学力により創出された浄化装置の一種であることが明かされる。 王蟲の幼生 原作・映画版共に王蟲の幼生を捉えて王蟲の群れをおびき寄せることは共通しているが、原作では実際にはその王蟲は幼生ではあるものの、人間が捉えることができないレベルにまで成長しており、以降の展開への伏線となる。 ラストシーン 傷つけた王蟲のを囮にして、王蟲の群れを怒らせて暴走させるという作戦は、原作では土鬼軍がクシャナの部隊の宿営地に対して仕向ける。 その後、ナウシカが暴走を停止した群れの前に降り立ち幼生を帰し、ナウシカは感謝する王蟲たちの触手によって空中へと持ち上げられる。 映画版ではペジテ残党が風の谷(巨神兵を擁するトルメキア軍の駐留地)に対してこの作戦を行い、ナウシカが幼生とともに暴走する群れの前に立ちはだかり、身を犠牲にして王蟲の怒りを鎮める。 暴走を止めた王蟲の群れの中で倒れていたナウシカに、幼生やその他の王蟲たちが金色の触手を集中させ、ナウシカは蘇る。 ナウシカは原作では土鬼のマニ族の服、映画版ではペジテの青い服を着ている。 「青き衣の者」伝説の具現と呼ぶのは、原作ではマニ族僧正、映画版では風の谷の大ババである。 宮崎の絵コンテでは、ラストシーンは突進してくる王蟲の前にナウシカが降り立つ場面で終わっていた。 とは娯楽映画としてが足りないと考え、一旦死んだ後甦るという案を提案し、公開間近で焦っていた宮崎はこれを受け入れた (ほかに「ナウシカが死んで永遠の伝説になる」という案も検討された )。 これについて宮崎は、映画を宗教的な画面にしてしまったことへの想いから、宿題が残った映画であると振り返っている。 鈴木は「いまだに宮さんはあのシーンで悩んでいますね」 と述べている。 は演出で強引にラストへと持っていったことに関して「あそこは納得できません」としている。 後年には「宮さん流の『』なんですよ。 色々粉飾をこらしているけど、精神が充満している」 とも述べている。 制作 [ ] 映画化までの経緯 [ ] 「」も参照 宮崎はアニメージュ編集部の依頼を受け、同誌1982年2月号から『』の連載を開始したが、11月にを退社してフリーとなり、一時『ナウシカ』の漫画連載が唯一の仕事となる。 この状況を知った編集長から、同誌主催のイベント「」で上映する10分程の短編としてアニメ化する事を提案され、主人公ナウシカの幼少期を描くプランを提示したが、結局実現しなかった。 次にの企画があがり、70分程度ならばと受諾したが、採算が合わないという理由でこの件も消滅した。 最後に長編アニメ映画案が上がり、尾形編集長が徳間書店社長から共同出資するパートナー企業をつけることを条件に承諾を得た。 当時、徳間グループ傘下には映画会社のがあったが、アニメへの理解とノウハウがなかったため製作に関わらず、徳間書店自らが製作を行っている。 条件だった共同出資社は、『』誌でつきあいのあったが浮上するも出資は実現せず、広告代理店大手のの社長と徳間康快がトップ会談で出資が決定。 博報堂には宮崎の弟が勤めていたことも幸いし、映画化と全国公開が実現することになった。 配給するにとっては当初マイナー作品の扱いで宣伝に熱が入ってなかったが 、徳間康快が親しかった社長に「もっと力を入れて欲しい」と頼み、岡田が現場に尻を叩いた。 公開前には徳間康快指揮の下、なども含めたグループ総動員で宣伝活動がなされた。 宮崎はアニメーションにならない世界を描くつもりで『ナウシカ』を執筆しており、実際に映画化が決まると困惑したという。 それでも「アニメーションをやるには『ナウシカ』しかないって言うんだったらやってみよう」 という思いで制作作業に取り組んだ。 制作体制 [ ] 映画は1983年になって始動し、同年5月、プロデューサーにが選ばれる。 長年宮崎と仕事を組んで来た仲間であり、宮崎の指名によるものだった。 当初、自分はプロデューサー向きではないと渋ったものの、アニメージュの副編集長の説得により受諾し 、8月から作画に取りかかる。 制作拠点となったのは、宮崎や高畑の時代の同僚であるたちが運営し、主に海外合作を手がけていた。 ここに宮崎らはフリーで参加するという形を取る。 当初、宮崎らはかを制作母体とすることを考えていた。 テレコムは長編アニメーション制作を目的に設立された会社で『』もここで制作された。 宮崎や高畑は籍を離れたとはいえ、などかつての仲間たちも在籍している。 宮崎の考える制作環境としてはうってつけだったが、同社は『』の準備に忙しく、一部スタッフが手伝い程度に参加するに留まった。 鈴木によれば、宮崎・高畑コンビが在籍した会社はそのあとダメになるという通説のため、制作拠点探しは難航し、本作の成功後も状況は変わらなかったという。 次作『』ではトップクラフトを改組する形でを設立し、以降の宮崎と高畑の長編アニメーション映画を制作する拠点となった。 本作には、それまで宮崎と付き合いのなかった新しい顔ぶれのスタッフも多数参加している。 宮崎や高畑が要求する高いレベルのスタッフがトップクラフト内だけでは不十分だったこともあり、2人が過去に関係した人材のみならず、ら「」関係者も、取材を通じて知った人材などをスカウトしてスタッフが集められた。 本作で原画で参加したのアニメーターは4、5人程度で、原画マンも動画として参加させるほどスタッフを淘汰していたという。 作画監督はテレビ時代の東映動画の中心アニメーターであるの。 美術監督のは、神秘的な腐海の背景制作を担当した。 原画には系のや、「金田パース」という独特の作画で人気だった、後に『』で名を馳せるなどが集結している。 金田は宮崎アニメを支える有力スタッフとなり、の『』まで連続して参加した。 本作の制作協力を担った主なアニメ制作会社の内、現在もTVアニメなどの制作に関わる会社は、、、などである。 制作技法 [ ] 王蟲の登場シーンでは巨大さと重量感を表現するためにハーモニー処理 が用いられ、さらに体節の動きを再現する為に、パーツをゴムで繋いで伸縮させるゴムマルチという方法で撮影している。 王蟲の鳴き声は当時 に在籍していたによるギターの音が使われた。 劇中の防毒マスク装着時の会話シーンの収録は、様々な試行錯誤の末、紙コップにゴムをつけた特製マスクを声優が装着して行われた。 音楽 [ ] 映画公開前に「ナウシカガール・コンテスト」と銘打ちイメージガールを募集し、7600人あまりの応募者から後に女優となるがグランプリを獲得。 当初、安田が歌う『風の谷のナウシカ』を主題歌にする旨が発表されたが、宮崎と高畑が本作の内容と楽曲の乖離等を理由に反対し、劇中本編で使用されることはなかった。 しかし、予告編やテレビCMなどの映画プロモーション用のシンボルテーマソングとして使用され、エンディングタイトルにもクレジットが刻まれている。 音楽は、後の宮崎作品にも関わっていくが初めて参加している。 当初、久石は映画に先行して発売されたイメージアルバムのみの担当で、映画の劇伴音楽は安田成美の歌うシンボルテーマソングを作曲したが担当する予定であった。 細野以外には、、が候補だったという。 しかし、宮崎と高畑が久石のイメージアルバムを気に入ったため、本編の音楽にも起用され、テーマソングのみが存在することになった。 久石のイメージアルバムへの起用は徳間グループ系列のレコード会社で過去にアルバムを出していたことから関係者の推薦で 、それまで宮崎も高畑も久石の予備知識は何もなかったとされる。 映画で使われている「遠い日々」は、当時4歳だった久石の娘、が歌っている。 本編のサウンドトラックは50名編成のと 、、リン・ドラム、MC4、などの機材を中心に、、、などのを使用し制作された。 「ナウシカ・レクイエム」などに使用されたは、矢島マキ夫妻がスタジオで所有していた物を借りて作られた。 久石はナウシカの仕事が終わるとすぐにフェアライトを注文した。 当初、宮崎はの「大地の歌」を主題歌に使用したいと考えていた。 しかし版権の問題で使用することが出来なかったため、それなら自分たちで曲を作ろうと高畑・久石と3人で話し合い、歌手を呼びレコーディングを行ったがお蔵入りとなり、エンドロールにはメインテーマ「風の伝説」が使用された。 反響 [ ] 1984年度の、の作品部門をダブル受賞。 また、映画雑誌ではベストテンに選出され、新聞のでは「女性原理の主張」や「自然との共生」という視点を賞賛される など、アニメの枠を越える評価を受けた。 国内外でを受賞し、アニメーション作家としての宮崎駿の知名度を引き上げる作品となった(節を参照)。 観客動員は約91万5千人、は約7. 4億円。 当時のアニメ映画としては大ヒットとはいえず 、この作品が多くの人に知られるには翌年のテレビ放映以降まで待たねばならなかったが、その後のソフト販売・レンタルでは一般映画に並ぶ売上げを記録した。 ランキングでは、1997年発売のVHS版 、2003年発売のDVD版 、2010年発売のBlu-ray版 が各部門1位を獲得しており、史上初の同一作品による3部門制覇を成し遂げている。 『風の谷のナウシカ〜はるかな地へ〜』はオリコンアルバムチャートで最高8位 、が歌うシンボルテーマソング『風の谷のナウシカ』は同シングルチャートで最高10位 を記録した。 宮崎は興行的成功については「ものを作るチャンスがまた巡ってくるかもしれないと思って、ほんっとにホッとしたんですよ。 運が良かったと思って」 と語っている。 映画としては原作漫画の途中までしか描かれていない不完全な作品とし、自身ではあまり評価していない。 原作完結後の1997年に公開された『』は、テーマが本作の延長線上にあり比較されることもある。 宮崎は映画のラストが予定調和であることを認めており、力が足りずにああせざるをえなかったと語っている。 二時間では他の収め方がなく、ああいうものを作りたかったこともたしかで、否定はしないけれどクリスマスの奇跡映画のようなものを作ってしまったという後ろめたさもあるという。 映画の続編を作らない理由は、マンガで結論が出なかったのに、映画になったらもっとわからないからだと説明している。 備考 [ ] スタジオジブリ作品としての扱い [ ] 前述のように、この作品の制作会社はであり、厳密にいえば、制作・公開後に設立されたの作品ではない。 しかし、『』にてテレビ放送される際には冒頭での描かれているブルースクリーンが表示されているほか、スタジオジブリが販売したVHSビデオ「 ジブリがいっぱいコレクション」シリーズにも含まれていることなどから、社会一般からもスタジオジブリ作品の一つとして幅広く認知されている。 例として『』が公開される際、において大々的に宣伝がなされたが、そのナレーションにおいて「『風の谷のナウシカ』から13年(以下略)」という文句から始まっていたことからジブリの歴史が当作を起点としていることが証明されている。 また、2016年9月公開の『』の公開を記念して過去の長編作品を劇場にて上映する企画がなされ、過去の作品の中から1作選んで投票する総選挙が開催され、投票可能な該当作品の中にも当作が含まれている。 以上のことから、スタジオジブリ側も同社のシリーズ作品の一つとして公式に扱っている。 海外版 [ ] アメリカでは『Warriors of the Wind(風の戦士たち)』という英題を付けられ劇場公開された。 これはが創立した社の配給であり、腐海の浄化作用などの設定やナウシカの過去に関する描写は省かれ、日本で116分だった上映時間は95分に短縮されている。 またナウシカが「ザンドラ姫」となっているなど、登場人物の名前も多くが改変されている。 このバージョンを知らなかった宮崎は、夕刊「いまアニメの時代」の連載3回目を読んで初めて知り、無断で改変されたことに激怒した。 『Warriors of the Wind』は同年にビデオで発売されている。 その後南アメリカやヨーロッパに二次輸出され、アルゼンチン、イギリス、スペイン、フランス、ドイツなどで改変された内容のままVHSがリリースされた。 フランスではVIP Internationalから『Le Vaisseau Fantome(幽霊船)』の題で、Blue Kid's Videoから『La Princesse des Etoiles(星のプリンセス)』の題で発売された。 その後配下のがビデオ配給の権利を得て、改変が施されていないオリジナルバージョンが各国に配給されるようになった。 後に2005年にナウシカの完全英語版がDVDで発売された。 この英語版では、ペジテ市長役でが出演している。 ディズニー製作の英語版はアメリカで、2017年にとによってイベント上映され 、2019年にも字幕版と併せて751館で劇場公開された。 実現しなかった続編と外伝 [ ] の『』特別試写会の際、挨拶に立った製作者の徳間康快はナウシカの続編映画を依頼しているが、宮崎が期待に応えてくれないことを明かし、今後も会う度にしつこく頼んだり手紙を出していくと語った。 漫画作品の連載がクライマックスを迎えた1993年頃には映画会社内で続編が企画されていたが、続編を作らない主義の宮崎駿の意向により企画は立ち消えとなった。 原画として参加したは、後に作中の登場人物クシャナを主人公にした外伝を作りたいと申し出るが、宮崎駿は庵野の企画を「戦争ごっこをやりたいだけなのだ」とし、「くだらない最低のものになるのが決まっているから」と却下していた。 しかし頃になって宮崎がアニメ映画『』制作中に体調不良で病院で検査することになり、その際に死を覚悟して心変わりを起こす。 庵野が『風の谷のナウシカ』をやることを許す気になり、宮崎は自分も亡くなった人の作品を原作にやりたいようにやったのだから、庵野もやるのなら原作通りではなく好きなようにやることを希望した。 自身で続編を制作することについては2013年9月の引退会見で明確に否定している。 声の出演 [ ]• 奥本篤志• 安田のファーストシングルとして、1984年1月25日により発売された。 受賞・推薦 [ ] 日本 [ ]• 優秀映画製作奨励賞• 第39回(1984年)• 1984年(第13回)ぴあテン 映画部門第2位• 第2回アニメフェスティバル 最優秀作品賞• 全国映連賞日本映画作品部門第1位 日本映画作品賞部門1位• 日本SF大会 メディア部門 第1位(1985年)• 第1回映像ソフト大賞 ビデオ部門アニメ賞• 第7回(1984年)月刊アニメージュ 作品賞• 第8回〜第15回 1984年〜1992年 月刊アニメージュ アニメグランプリ 歴代ベスト1作品 ここまでの出典。 アニメ部門選出(2006年) 海外 [ ]• 関連商品 [ ] 映像ソフト• 風の谷のナウシカ - 1997年9月19日発売• DVD(通常版) - ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント 2003年11月19日発売• DVD(ナウシカ・フィギュア セット) - ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント 2003年11月19日発売• DVD(コレクターズBOX) - ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント 2003年11月19日発売• DVD(宮崎駿監督作品集) - 2014年7月2日発売• Blu-ray Disc - ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 2010年7月14日発売• Blu-ray Disc(宮崎駿監督作品集) - ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 2014年7月2日発売 宮崎駿:著• アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 1(1983年8月25日)• アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 2(1983年8月25日)• アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 3(1985年1月20日)• アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 4(1987年5月1日)• アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 5(1991年6月30日)• アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 6(1993年12月20日)• アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 7(1995年1月15日)• 風の谷のナウシカ 豪華装幀本(上・下)(1996年11月30日)。 豪華装幀本「風の谷のナウシカ」(2巻組)(1996年11月30日)• アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 全7巻組(2002年8月25日)• アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ トルメキア戦役バージョン 全7巻組(2003年10月31日)• 風の谷のナウシカ(スタジオジブリ 絵コンテ全集1)(2001年6月30日)• THE ART OF 風の谷のナウシカ(アニメージュ編集部編)(1984年6月20日)• 風の谷のナウシカ GUIDE BOOK(アニメージュ増刊 ロマンアルバム)(1984年3月、復刻版2010年7月)• 風の谷のナウシカ-ロマンアルバム (1984年5月、復刻版2001年5月)• 講談社アニメコミックス61 風の谷のナウシカ 1(1984年4月11日)• 講談社アニメコミックス62 風の谷のナウシカ 2(1984年4月25日)• 講談社アニメコミックス63 風の谷のナウシカ 3(1984年5月18日)• 講談社アニメコミックス64 風の谷のナウシカ 4(1984年5月30日)• 風の谷のナウシカ(上)(徳間アニメ絵本)(1988年3月31日)• 風の谷のナウシカ(下)(徳間アニメ絵本)(1988年3月31日)• 風の谷のナウシカ 1(アニメージュ フィルムコミック)(1990年10月30日)• 風の谷のナウシカ 2(アニメージュ フィルムコミック)(1990年11月20日)• 風の谷のナウシカ 3(アニメージュ フィルムコミック)(1990年11月20日)• 風の谷のナウシカ 4(アニメージュ フィルムコミック)(1990年12月20日)• 風の谷のナウシカ トルメキア戦役バージョン(アニメージュ フィルムコミック 4巻組)(2003年10月31日)• ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ(文春ジブリ文庫)(2013年4月10日)• シネマコミック1 風の谷のナウシカ(文春ジブリ文庫)(2013年4月10日) 音楽• 風の谷のナウシカ BEST CD (1986年11月24日)• 1980年代中期当時、などが発売し、オーディオマニアなどで人気だった、オープンリール似のハブを使ったノーマルポジションのカセットテープを560円にて販売していた。 よりナウシカや王蟲、、などのプラモデルやが発売された。 2011年にはよりハイエンドトイの「FORMANIA ガンシップ」が発売された。 ナウシカの長銃を再現したモデルガンがより販売された。 100丁限定、価格は35万円。 売上記録 [ ] (日本国内) 内容 記録 補足 興行収入 約14. 8億円 推測 配給収入 約7. 42億円 全国動員 91万4767人 『イメージアルバム〜鳥の人〜』• 4万枚出荷(1986年発売のシングルCD)• 9万枚出荷(1988年発売の再発シングルCD)• 5万枚出荷(2004年発売の再々発シングルCD) VHS・ベータ(徳間版) 12万本出荷 1989年7月時点 VHS(ブエナビスタ版) 90万本出荷 2003年6月時点 DVD 75万枚出荷 2005年3月時点 Blu-ray Disc 2. 0万枚売上(発売初週) 2010年7月時点 テレビ放送 [ ] での初回放送は、1985年4月6日(土曜日)。 19時30分-21時50分に特別枠を設けて、ノーカットで放送した。 日本テレビ系列の『』では、ほぼ2年に1度の割合で放送されており、放送回数は当枠最多の15回を数える。 2013年12月27日放送分では、による副音声による解説放送も行われた。 テレビ放送の視聴率 回数 放送日 視聴率 備考 1 1985年 04月 06日(土) 16. ゲストは監督の宮崎駿やナウシカガールの安田成美。 この特別番組内では、約30分のラジオドラマが流された。 当時の同種のアニメ映画のオールナイトニッポンスペシャルでは生のラジオドラマも多かったが、本作では事前に収録が行なわれていた。 宣伝という性格上、ストーリーと声優のキャスティングはアニメ版に準拠し、途中までをドラマ化し、続きを映画館で見せるとの趣向だった。 脚色は藤井青銅、演出はドン上野こと上野修。 特撮短篇作品 [ ]• コンピュータゲーム [ ] 劇場アニメ版とのタイアップとして、に徳間書店からソフトのブランド名で、当時の用にナウシカを素材としたが発売された。 『風の谷のナウシカ』 用。 徳間書店、、6,800円。 『ナウシカ危機一髪』 用。。 土鬼の飛行ガメを撃ち落としていく。 『忘れじのナウシカ・ゲーム』 用。 シューティングゲーム。 ストーリー的には漫画版をベースにしている。 風の谷へ侵攻する土鬼を最終的には交渉して引き返させるのが目的。 ガンシップ、メーヴェ、パージの連結・切り離し、土鬼の浮砲台、飛行ガメ、王蟲、ストロボ光弾など原作の要素が含まれている。 飛行している蟲は撃ち落とすことはできず、接触すると減点となる。 「ナウシカのゲームが、ナウシカが腐海の蟲たちを撃ち殺してスコアを稼いでゆくというもので、このゲームに宮崎や高畑が激怒したため、以降の作品がゲーム化されなくなった」という説があり、宮崎駿がコンピューターゲーム嫌いになったのはこのゲームが原因という記述が井坂十蔵の『宮崎駿のススメ。 』にもあるが、実際にはこのような内容のゲームは存在しない。 その他 [ ] 1987年に徳間書店〈〉で、ゲームブック『巨神兵を倒せ! 「風の谷のナウシカ」より』 が発売された。 からは、『風の谷のナウシカ』というボードが発売されている。 頭、胴、右腕、左腕、右足、左足、盾、手持ち武器がそれぞれ駒になっており(長剣などは2の駒)、1対1の剣格闘で剣を振りかぶって斬りつけるなどの動作を再現している。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• キャッチコピー「少女の愛が奇跡を呼んだ」は映画宣伝会社の宣伝プロデューサー徳山雅也によるもの(叶 2006 、p. 63)。 『名探偵ホームズ』は宮崎が在籍時に演出として参加していながらお蔵入りになっていたもので、宮崎の手がけた短編6作品のうちの2作品。 後のテレビシリーズとは声優など細部で異なる点がある。 クシャナが巨神兵移送を命じる本国に対し、バカ共達の玩具にさせる気はないと触れる程度。 最初に高畑にプロデューサー就任を断られたとき、宮崎は酒席で「高畑に全青春を捧げたのに」と涙を流したという(鈴木(2008)、p. 41)。 「ハーモニー」とはセル画にセルカラーをベタ塗りするのではなく、グラデーションを付けて絵画的に表現する技法。 の演出法として知られる。 動画ではなく止め絵に用いるのが一般的。 本作でも王蟲の動きの多いカットでは通常の動画処理している。 1984年公開の長編アニメ映画では、『』の配給収入16. 5億円がトップ()。 実際に、DVD等の映像作品のジャケットにも「スタジオジブリ作品」と表記されている。 ただ、ジャケット裏側の「制作」のクレジットはトップクラフトである。 出典 [ ]• 2020-06-18. 2020年6月18日閲覧。 鈴木俊夫『ジブリの仲間たち』新潮新書、2016年、p. 映画ナタリー. 2016年9月17日閲覧。 48 - 50。 鈴木 2008 、p. 宮崎駿『出発点 1979~1996』徳間書店、1996年、p. 472。 『映画 風の谷のナウシカ GUIDE BOOK』、p. 201。 叶(2006)、p. 71(キネ旬臨時増刊『宮崎駿・高畑勲とスタジオジブリのアニメーションたち』 キネマ旬報社、1995年より引用)。 アニメージュ編集部編 「ナウシカへの道」『ジ・アート・オブ・ナウシカ』 徳間書店、1984年、p. 182。 尾形英夫『あの旗を撃て 「アニメージュ」血風録』オークラ出版、2004年、p. 177。 尾形 2004 、p. 178。 243 - 244。 鈴木 2005 、p. 鈴木 2008 、p. 叶 2006 、p. 尾形 2004 、p. 183。 「鈴木敏夫、ジブリとは何かを語る」『CUT』2009年12月号、ロッキング・オン、p. 鈴木 2005 、p. 「第25回 」『この人に話を聞きたい アニメプロフェッショナルの仕事 1998-2001』、2006年11月2日、、415頁。 『ロマンアルバム・エクストラ61 風の谷のナウシカ』徳間書店、1984年、p. シネマトゥデイ 2011年2月10日. 2011年11月2日閲覧。 『ロマンアルバム・エクストラ61 風の谷のナウシカ』徳間書店、1984年、p. 130• 叶 2006 、p. 61およびp. 2014年2月22日時点のよりアーカイブ。 2012年5月12日閲覧。 320-322• 叶 2006 、p. 『風の谷のナウシカ サウンドトラック はるかな地へ』ライナーノーツ• 『久石譲in武道館 パンフレット』p15• 『ロマンアルバム・エクストラ61 風の谷のナウシカ』徳間書店、1984年• NOAH BOOK(2011年)• 久石譲『I am 遥かなる音楽への道』メディアファクトリー、1992年、p52-53• 『風の谷のナウシカ イメージアルバム』ライナーノーツ• 久石譲『I am 遥かなる音楽への道』メディアファクトリー、1992年、p48-49• 「映像」『』 1984年3月17日夕刊4面。 「」『』 1985年1月8日朝刊1面。 navicon 2012年5月11日. 2016年1月17日閲覧。 2016年1月17日閲覧。 2016年1月17日閲覧。 『オリコン・チャートブック LP編 昭和45年-平成1年』 オリジナル・コンフィデンス、1990年、332頁。 『オリコン年鑑 1985年版』 オリジナルコンフィデンス、1985年、p18。 宮崎(2002)、p. 276。 叶 2006 、pp. 72-73。 211、p. 215)• 叶 2006 、p. 叶 2006 、p. www. allmovie. com• 2017年. 2019年9月15日閲覧。 Zack Sharf 2017年3月28日. 2019年4月28日閲覧。 2019年. 2019年9月15日閲覧。 SOURCE Fathom Events 2019年2月14日. 2019年4月28日閲覧。 2020年3月18日閲覧。 「これがヒットしなければ日本のアニメに明日はない がんばれ『ラピュタ』!! 」『』VOL. 33 1986年10月号、pp. 16-17• 鈴木貴博. ITマネジメント. 2008年9月11日閲覧。 「少し前よりもナウシカの事が少しわかるようになった。 ロング・インタビュー宮崎駿」『コミックボックス』VOL. 98 1995年1月号、p. 」『』2013年8月上旬号、p. 『』2013年9月6日(インターネットアーカイブ)• 2016年1月17日閲覧。 2016年1月17日閲覧。 2016年1月17日閲覧。 2010年5月27日. 2011年6月21日閲覧。 2010年9月30日. 2016年1月17日閲覧。 企画室「風の谷のナウシカ」『Gun』第43巻第1号、国際出版、2004年1月、 118-121頁。 朝日新聞1985年4月6日• この当時に放送されていた「(「」の前身番組)」ではなく「」枠での放送。 所謂「金曜ロードショー枠」以外での放送はこの初回放送のみ。 「金曜ロードショー」枠での放送はこの回から。 2019年11月22日閲覧。 金曜ロードショー. 日本テレビ. 2019年11月22日閲覧。 金曜ロードショー. 日本テレビ. 2019年11月22日閲覧。 ヲタにゅぅ 2012年5月15日. 2016年1月17日閲覧。 日本テレビ. 2019年11月22日閲覧。 金曜ロードSHOW!. 日本テレビ. 2019年11月22日閲覧。 金曜ロードSHOW!. 日本テレビ. 2017年3月12日時点のよりアーカイブ。 2019年11月22日閲覧。 MANTAN WEB. 2019年1月7日. 2019年1月7日閲覧。 藤井青銅『ラジオな日々 80's RADIO DAYS』小学館、2007年、p. 198。 「巨神兵を倒せ!」(下村家恵子・文、・イラスト、アニメージュ文庫、1987年7月)。 参考文献 [ ]• 井坂十蔵編著『宮崎駿のススメ。 -「宮崎アニメ」完全攻略ガイド』21世紀BOX 、2001年7月。 尾形英夫『あの旗を撃て! -『アニメージュ』血風録』オークラ出版、2004年11月。 『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年。 酒井信『最後の国民作家 宮崎駿』〈〉、2008年• 鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年4月。 鈴木敏夫『仕事道楽 スタジオジブリの現場』〈〉、2008年。 スタジオジブリ責任編集『ナウシカの「新聞広告」って見たことありますか。 -ジブリの新聞広告18年史』徳間書店スタジオジブリ事業本部、2002年7月。 高畑勲『映画を作りながら考えたこと-1955〜1991』徳間書店、1991年8月。 宮崎駿『風の帰る場所-ナウシカから千尋までの軌跡』ロッキング・オン、2002年7月。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - 日本映画情報システム• - (英語)• - (英語)• - (英語).

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『風の谷のナウシカ』を深く読み解く「5つ」の事実

風 の 谷 の ナウシカ

雑誌『アニメージュ』(徳間書店)で長期連載されていた漫画『風の谷のナウシカ』。 アニメーション映画が繰り返しテレビで放送され、スタジオジブリの代表作の一つとして人気を獲得する一方、漫画版の『ナウシカ』も、全7巻で累計約1600万部を記録。 漫画史に残る傑作と評されています。 その赤坂さんと、『ナウシカ』のファンである作家の川上弘美さんが、「漫画版ナウシカ」をテーマに対談しました。 2人はこの物語を、どう読み解いたのでしょうか。 「エコロジーの戦士」として語られてきたナウシカ 赤坂憲雄(以下、赤坂) 『ナウシカ考』という本を出したのですが、(漫画版『風の谷のナウシカ』は)川上さんの『大きな鳥にさらわれないよう』(講談社)や『某』(幻冬舎)などの一連の作品と、遠いようで近い、近いようで遠い、交わる世界があると感じました。 そのつながりについては後ほど語らせてください。 『アニメージュ』という雑誌で連載されていた、漫画版の最終巻が出たのが1995年。 阪神・淡路大震災、オウム真理教の事件と重なる時期です。 そのときに、全巻通して読む機会があり、衝撃を受けたんですね。 84年に公開された映画では「エコロジーの戦士」と語られたナウシカですが、宮崎さんは漫画版で、そうしたナウシカ像をどんどん壊して、疾走していきます。 さまざまな問いが盛り込まれているこの作品を、どう解きほぐして、どう読めばいいか。 25年かかりましたが、手探りでようやくここにたどり着きました。 一度読んだだけでは分からない作品だなと、いま改めて思います。 川上弘美(以下、川上) 私も最初に読んだのが阪神(大震災)の1年後と、近い時期です。 きっかけは、子どもの通っていた幼稚園のママ友が貸してくれたから。 ママたちで全巻回覧していたんですよ。 おそるべきママたち(笑)。 赤坂 ママ友で回し読みしていたのですか。 感動的ですね。 川上 赤坂さんとお話しするにあたって、二十数年ぶりに読み返してみたら、当時とはまた違った印象を受けました。 でもふたたび没入しすぎて、夜通しで全巻読んでしまったくらい(笑)。 赤坂 この漫画は、とりわけ後半に「母と子」というテーマが広がっていきますよね。 最後は巨神兵とナウシカの不思議な関係が、暴走していく。 子育て中のお母さんは、どんな点に共鳴したのか気になります。 川上 当時の私は、ミラルパ皇弟を、母親のように、ナウシカが連れていくシーンがとても心に残りました。 幼い子がいる母親たちは、「無垢(むく)」にも「死」にも近いんです。 作中で登場する「虚無」や「無垢」という類いの言葉に鋭くなっていたから、みんなが惹(ひ)かれたというのもあるかもしれない。 社会のできごと、身体のできごとが作品に影響するか 赤坂 僕が論じてみたいと思ったきっかけとしては、ことに漫画版について、先行研究や専門書が少なかったから。 けれど、実際にやってみると「漫画について語る」とはどういうことなのか、まず分からないんですよ。 漫画を含めて、僕はそもそもあらゆる専門領域から外れた人間ですが、この作品を論じるための手がかりも見当たらなかった。 漫画を言語化するとはどういうことなのか。 やり始めてはつまずいて、しばらく置いて、また、ということを繰り返し、長い年月が経ってしまいました。 今年になって、追い詰められてやっと書いたのですけど、追い詰められないと、書けなかった。 かなり無理をして書いたので、第四章から終章にかけては、体の痛みと戦いながら、ようやく駆け抜けることができた感じですね。 川上さんは、身体や心の状況が、作品と連動することはありますか。 川上 そのときの状況が「そのまま直截(ちょくせつ)に作品に反映される」ということはありませんが、もちろん、人間は体と心が一緒なので、体が変わると書くものは変わります。 ナウシカ的にいえば、社会と自然、そして自分はつながっているので、そこが変化すると当然、変わってくるのだと思います。 赤坂 この作品は禁欲的なまでに、男と女が交わるとか、性そのものから距離を置いていると感じました。 性的なものを描いていない。 川上 それは当然だという気もします。 全巻を通してほぼ戦い続けていて、そうじゃない場面のほうが少ないですから。 人類が滅亡に直面し、個々人も戦乱のさなかにある。 それも、豊かな戦争ではなく、「貧しい戦争」というのでしょうか。 食べ物も少なく、技術もない。 性欲の入り込むすきが、そもそもないと思うんです。 第2次大戦中の強制収容所での経験を描いた、フランクルの『夜と霧』(みすず書房)にも、極限状況にある収容所で最初になくなるのは性欲だと書かれています。 私はむしろ、食欲と排泄(はいせつ)は描かないのかなあと思っていました。 赤坂 性的なものが、出てきてもいい描き方はされていると思うんです。 たとえば、反出生主義への対抗として読むこともできますが、作中では、トリウマという動物が、ナウシカを助けて死んでいく一方、つがいが卵を産んでいる場面がありますよね。 生命が受け継がれることを、「トリウマの産卵」というかたちで提示している。 宮崎さんの中には、どんな状況でも、命を生み出すことについての、絶対的な肯定があると思います。 川上 そうですね。 肯定、それも、モラルの観点からではなく、世界そのものを善悪と無関係に肯定する、という観点からなのだと思います。 ただ、アニメでは生殖に関しての言及はあえて避けているのではないでしょうか。 赤坂 アニメは避けますよね、子どもに性を持ち込む必要はまったくないと思います。 でも、ナウシカという少女に、そういったまなざしを向けていた大人もいる。 宮崎さんは、そういう目でナウシカが眺められることに対して、抵抗があったと思いますし、漫画では抑制していった面はあると思います。 川上 アニメーションは、長くても2時間内外。 その中で、ナウシカという人物のことを描ききることは、当然難しいことなのだと思います。 漫画の中では、抑制、というよりも、拡大そして重層化していって、ロリコン的視線をはねとばしていったように感じられました。 女性を主人公にする意味が、大きく変わった 川上 赤坂さんはD・H・ロレンスの言葉をひいて、作品は自分の手を離れると読者のものになり、そこでさまざまな解釈がなされると書かれています。 『ナウシカ考』が出たことで変わると思いますし、また違うものが出てくれば、『ナウシカ』への解釈もさらに広がっていくに違いありません。 読み込まれることによって、作品って、どんどん大きくなってゆく。 赤坂 漫画版の『ナウシカ』で、女性を主人公にする意味が、大きく変わったような気がするんです。 つまり、まだ1、2巻は少女戦士のイメージで、少女が世界を救うように、描かれるんですね。 でも、漫画を読み進めると、宮崎さんは「少女戦士」によって今までのヒロイン像をひっくり返そうとしたのではなく、まったく違う世界に行こうとしています。 1巻にありますが、風の谷の城の地下に、ナウシカはラボ、実験室を持っていて、そこでは少女戦士ではなく、観察や探求、知性にスポットが当たる。 ヒロイン像をそっちに持っていって、その後は戦う場面をあまり描いていませんね。 川上 私はアニメを見ていても、実は少女戦士という印象はなかったんです。 アニメでもラボの場面がありますが、そこが特に印象に残っていて。 最初に『ナウシカ』を見たとき、理科の教師をしていましたから、余計に(笑)。 赤坂さんが冒頭におっしゃっていましたが、「エコロジーの戦士」としてイメージされていた、というのは、どういうことだったんですか? 赤坂 映画が公開された当時は特に、ナウシカは環境破壊で追い詰められていく世界を、自己犠牲によって救済する、エコロジーの戦士として扱われていたと思いますね。 宮崎さんは、それにいら立っていたと、勝手に想像しています。 川上 世に流布している「エコロジー」という言葉と、科学的に言う「エコロジー」、すなわち生態学とは、少し乖離(かいり)があるんです。 「エコロジー」というと、環境保護のイメージですが、「生態系」というものは、生物と無生物全体をひっくるめた環境を理解するためのシステム解析の視点であって、そこに人間中心の正否の判断が持ち込まれることは、ない。 人間は今、とてつもない数がいて、地球上で一番の権利を持っていると思う人もいるかもしれないけれど、そうではなくて、人間やほかの動・植物、すべて含めて有機的に関係しあっているから、均衡を保っていられる。 それがどう崩れて、持ち直すか、どう変わるのか、を見ていくのが生態系の視点だと思うんです。 そのことが最初から最後まで、大きなテーマとして描かれていることを特に感じました。 愚かな人たちが作った自然も、あがめられるか 赤坂 川上さんの作品世界にもつながっていくと思うのですが、(『ナウシカ』には)キツネリスやトリウマが出てきますよね。 ある箇所で、「千年昔の世界には馬という動物がいて、哺乳類だったらしい」という記述が出てきます。 つまり、ナウシカ世界の動物は、かつての生態系の分類で、哺乳類と呼ばれていた動物ではないのです。 生命を操る技によって、変えられているということが明らかになりますが、なぜ異種交配の生き物しかいないのでしょうね。 実は人間の体も操作されて変えられているという事実も、やがて明らかになります。 生態系は、腐海だけでなく、人間も動物も植物も、すべてが変えられている。 野生と文化、自然と人間という、我々の世界ではかろうじてある境界そのものが、壊れてしまった世界を宮崎さんが描いているということに、途中まで気付かなかったんです。 それが大きな問いかけになると思ったのは、森の人について考えていたときですね。 彼らは腐海と共存し、それを聖なる世界だとあがめている。 けれど、その世界を作り出したのは千年前の「火の七日間」という戦争を引き起こした愚かな人類ですよね。 それでも、腐海を聖なる森としてあがめることができるのか。 彼らはすごく困るわけです。 『ナウシカ』が提示するのは、「すべてが変えられている」ところからしか、出発できないということ。 手付かずの自然をめでるのは楽なんです。 でも、愚かな人たちが作った自然であってもそれをめでて、聖なるものとあがめることができるのか、という深い問いが突きつけられていると感じました。 「普通」の生物たちはどこから来たのか 川上 そもそも私たちが「手付かずの自然」と呼ぶものも、たかだかこの数千年くらいの間の「自然」です。 『ナウシカ』は、そこを軽々と超えていった、まだ見ぬ明日の生態系を描いているわけで、このイマジネーションの広がりは、ほんとうにすごい。 私、『ナウシカ』の世界はどうなっているのかよく分からないんです。 地図はあるけれど、あれは地球の一部ですよね。 地球上全部が腐海? 赤坂 どうなっているんでしょうね。 川上 ほとんどが腐海だと仮定して、さらに図に描かれているのが地球のすべてだと仮定します。 海が機能していなくて、腐海以外の植生も動物の多様性も、どうやら貧弱。 つまり、地球上のほぼすべての生物は、昔の人間が作りかえたものであり、だからこそ多様性にとぼしいのでしょうか。 でも、最初は自然界に存在していた生物を用いて作りかえたのでしょうから、いくら操作されているとはいえ、自然に突然変異が起こるのを待たずに、早送りのようにして人為的に変異を起こしたと考えることもできるわけで、それも立派な生物だとすることもできるし、当の操作された生物自身にとっては、「お前たちは悪だ」と決めつけられたら、たまらない。 ナウシカでなくとも、私だってその立場になったら反抗しますよ(笑)。 そういえば、ナウシカは途中、腐海が地球をきれいにしきった、究極の場所に行きましたよね。 そこに生えていた「普通のもの」はどこから来たのか。 あれは、シュワの庭からは離れた場所らしかったのに。 赤坂 僕も気になってきたのですが、オアシスの村で鳥が飛び立つ場面がありました。 あるいは、シュワの庭にも鳥はいましたね。 この庭には、古い種が保存されているという設定ですけど、どうなんでしょうね。 一つの鍵は、ナウシカが腐海で採集してきた胞子を、実験室のきれいな水と土の中で育てると、普通の植物として花を咲かせているところです。 どうやら植物は腐海という環境に適応して、あのような姿になっているらしい。 川上 まだまだ秘密がありそうです。 赤坂 最初の問題提起に戻しますが、川上さんの世界は、漫画版『ナウシカ』とは遠くない気がしているんです。 川上 光栄(笑)。 赤坂 宮崎さんは生命を操る技術がもたらした世界、とりわけ社会のあり方や、権力関係に焦点を当てていると思います。 けれど、そこに生きている人たちの心の関係性といったものは、すくなくとも、その変容は描かれていない。 つまり、人間の身体も操作されて変わっているのであれば、外見は人間なんだけれど、我々とは違う精神のあり方を持っているはずだと思うんです。 でも、喜怒哀楽や嫉妬、欲望のかたちが我々の延長線上に、『ナウシカ』では置かれている。 川上さんの『大きな鳥にさらわれないよう』では、いわば生命を操る技術がもたらした未来の光景が鮮やかに描かれていました。 川上さんはそれを、社会的な変容や権力ではなく、変えられてしまった人間たちの心のなかをのぞき込んで、細密画のように描かれている。 それは、ナウシカ的世界と遠いのではなく、背中合わせなのかもしれない。 僕はそういう目で眺めてきました。 この物語では一つの声だけを聞くべきではない 赤坂 漫画と文字表現で、できることは違いますか。 川上 まず、アニメと漫画でも大きく違うと思います。 ジブリ作品は特に、自然や背景がとても美しくて、リアリティーがあります。 加えて、音楽がある、声がある。 すべてが合わさって、全体を表現しています。 漫画では、宮崎駿個人の表現したいことが、絵と文字で表されていて、立体的です。 でも文字だけでは立体性はなかなか出せないのです。 だから小説家は、「書かない」ことによって、空間を広げてゆこうとします。 それで興味深いと思ったのは、『ナウシカ考』にあった、ドストエフスキーのポリフォニー(多声音楽)の話。 単一の音しかないモノフォニーではなく、小説をいかにポリフォニックに響かせるかというのは、小説家が目指すところだと思いました。 一人称で書いたからといって、それがモノフォニーというわけでもない、そこも難しいところで。 いわゆる、神の視点で書いたからポリフォニックになるかといわれたら、そこも違う。 面白いなと思いました。 赤坂 宮崎さんには『シュナの旅』(徳間書店)という美しい絵物語がありますけれども、あれはまさに単声的で、絵を見ながら磨き抜かれた言葉を追っていくだけで、世界がくっきりと浮かび上がる。 そこにはノイズがないんです。 『シュナの旅』を読んでから漫画版ナウシカを読むと、多声的で、世界がさまざまな音や声で満たされている、開放的な印象に圧倒されますね。 川上 出てくる人の考えがおり重なって聞こえてきますよね。 赤坂 それで、漫画版『ナウシカ』を読むときには、一つの声だけを聞くべきではないと思うようになりました。 ナウシカの声が物語の中心にありますが、それがそのまま宮崎さんの声や考えではない。 ナウシカの声ですら、ほかの声によって常に相対化されている。 川上 ナウシカが絶対的な正義だと思われがちですが、そうではないんですよね。 私自身には、ケチャという少女の声がとてもよく響いてきました。 多様な声が重層的に出てくるところが、ものすごく面白かった。 赤坂 終章では、ミハイル・バフチンの『ドストエフスキーの詩学』(筑摩書房)に触れましたが、そこでのドストエフスキーを宮崎駿に置き換えても成り立つと思うところがたくさんあると感じています。 この多声的である、ポリフォニックであるということは、漫画という表現にとっては、未来に託されるべき可能性でしょうね。 漫画版では、黙示録的な善悪の戦いが決着したわけではありませんね。 とりあえず、旧人類のプログラミングした未来へのシナリオを破壊しましたが、それをはたして全否定できるのか。 ナウシカの選択は、正しいのか。 漫画版は我々に、改めて問いの立て直しを求めています。 それをさらに考えていきたいと思います。 (文・構成=岡本尚之 写真=山田涼香 取材協力=岩波書店) 赤坂憲雄(あかさか・のりお) 1953年、東京都生まれ。 学習院大学教授。 専門は民俗学・日本文化論。 2007年、『岡本太郎の見た日本』(岩波書店)でドゥマゴ文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞(評論等部門)を受賞。 川上弘美(かわかみ・ひろみ) 1958年、東京都生まれ。 94年『神様』(中央公論社)で第1回パスカル短篇文学新人賞を受賞。 96年『蛇を踏む』(文藝春秋)で芥川賞、99年『神様』でドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞、2000年『溺レる』(文藝春秋)で伊藤整文学賞、女流文学賞、01年『センセイの鞄』(平凡社)で谷崎潤一郎賞、07年『真鶴』(文藝春秋)で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『水声』(文藝春秋)で読売文学賞、16年『大きな鳥にさらわれないよう』(講談社)で泉鏡花文学賞を受賞。 ほか、『ニシノユキヒコの恋と冒険』(新潮社)、『七夜物語』(朝日新聞出版)など、著書多数。

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風の谷のナウシカ (映画)

風 の 谷 の ナウシカ

日本のアニメーショ界を彩る名作たちを、劇場の大スクリーンで再び堪能することができる。 今回上映が決定したのは、『風の谷のナウシカ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ゲド戦記』の4作品。 『風の谷のナウシカ』は1984年に公開された映画。 宮崎駿監督が描く、まさに絶対的ヒロインのナウシカ。 世界中の映画やアニメに影響を与え、女性主人公のあり方を変えた、日本アニメーションを代表する珠玉の名作のひとつだ。 『もののけ姫』は、自然界と人間との関わりについて描いた壮大な物語。 1997年公開当時の日本の興行収入記録を塗り替え、日本だけではなく世界中で絶賛を浴びた。 自然と人間は共に生きることができるのか……人類の命題とも言える大きなテーマに挑んだ超大作だ。 『千と千尋の神隠し』2001年に日本公開、興行収入は304億円と現在でもなお歴代1位を誇る国民的大ヒット作。 主人公は、神々が集う「油屋」に迷い込み、両親を豚に変えられた少女・千尋。 千と名前を変えられ、油屋で働きながらいろいろなことを学び、成長していく少女の姿を描いている。 『ゲド戦記』は、2006年に公開された作品。 映画監督は宮崎駿監督の長男の宮崎吾朗が務めた。 少年アレンと大賢人ゲドの旅を通じて混迷する時代を生き抜くためのメッセージを投げかける感動巨編だ。 これら4作品は、2020年6月26日より、全国372館にて上映される。

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