啓蒙 類語。 「啓発・自己啓発」の意味と使い方、「啓蒙」との違い

「啓蒙(けいもう)」の意味とは?使い方や類語、英語表現を徹底解説

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そもそも啓蒙活動(けいもうかつどう)とはなにか? 啓蒙活動の「啓」は、わからないことを教え導くという意味があり、「蒙」の字は、物知らずなことを意味する言葉です。 上記の事から啓蒙活動とは、ものを知らない人に正しい知識を与えて教え導く活動という意味の言葉です。 啓蒙活動の主な例 啓蒙活動で一番見かけるのが交通安全です。 ルールを軽視して、自己中心的な解釈をするということがあるためです。 交通安全の講習を開いたり、講演会で交通安全の大切さについて話したりすることによって啓蒙します。 交通安全のビラ配りなども啓蒙活動の一つでしょう。 動物愛護も啓蒙活動です。 飼えなくなったペットを捨てる事や、行政で犬猫が大量に殺処分されていることを知らないという人は少なくありません。 動物の現実を伝え、動物を大切にしようと人々に声かけて回ることも啓蒙活動です。 ビジネスに関係のある啓蒙活動の例としては、コンプライアンス意識が浸透するように研修を行うというものがあげられます。 現代でも日本では、自分たちの都合を優先してしまいがちで、コンプライアンス意識が低い会社が多いというのが現実です。 啓蒙活動の類語 教宣活動は教育や宣伝を行う活動のこと 教宣活動とは教育や宣伝を行う活動のことで、政党や組合などが行うものをさすことが多いです。 団体の理念を広めるための活動であるため、啓蒙活動とは少し異なりますが、近いものがあります。 広報活動 宣伝活動 PR活動 キャンペーンは宣伝に関わる言葉 広報活動、宣伝活動、PR活動、キャンペーンは、宣伝に関わる用語で、自分たちのことや、なにかを広めたいときに使います。 交通安全キャンペーンという言葉があるように、啓蒙活動を兼ねているものもあります。 啓蒙活動という言葉を使わない場合は、キャンペーンや広報活動という言葉を用いるとよいでしょう。 啓蒙活動の英語表現 啓蒙活動の英語表現は以下の通りです。

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「啓蒙活動」の意味と使い方・例と啓発活動との違い・方法

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「啓蒙(けいもう)」の意味とは? 「啓蒙」とは「情報を持たない人々を教え導く」という意味 「啓蒙(けいもう)」とは、人々に正しい知識を与え、知的水準を高めるように教え導くという意味です。 「啓」は「未知のものを明らかにする」「教え導く」という意味があり、「蒙」は「知識不足」という意味があります。 そのことから、情報を持たない一般の人々に、知識のある者がその知識を与え導くという意味合いが含まれます。 また、学術書などの専門書ではなく、一般の人の教養を高めることを目的に書かれた書物を「啓蒙書」と呼びます。 「啓蒙」が差別用語であるとの誤った認識に注意 「啓蒙」の「蒙」に「愚かなこと、無知なこと」という意味があることから、「啓蒙」は差別的な言葉だとする誤った認識があるようです。 差別的な意味は啓蒙にはなく、あくまでも知識や情報を持たない人に新しい知識を与え、導くという教育的な意味の言葉です。 啓蒙が差別用語であるなら、啓蒙活動をうたうNPOや、啓蒙書との但し書きで本を発行する出版社などは差別を助長していることになってしまいます。 「啓蒙」は英語で「enlightenment」 啓蒙は英語で「enlightenment」と書きます。 「啓蒙思想」は「the Enlightenment」です。 啓蒙思想の意味はのちほど説明します。 動詞の「啓蒙する」は「enlighten」と書き、宗教用語の「悟る」という意味もあります。 「啓蒙」の使い方と例文 「啓蒙」は社会全体に対する新しい考え方の導きの意味で使う 「啓蒙」は、社会全体に対する新しい考え方の導きを示す言葉として使われます。 啓蒙を行う活動を「啓蒙活動」や「啓蒙を図る」などと表現します。 時事的な記事や哲学などでも用いられることが多い言葉です。 社会に対する「啓蒙」の例文• 年金が不足する老後への備えのため、投資技術に関する啓蒙が必要だ。 情報メディアの発達により、新聞が市民の教養を啓蒙する時代は終わったといえる。 世間への啓蒙を図るという意味で、麻薬犯罪人への捜査活動が強化された。 社会に対する「啓蒙活動」の例文• 飲酒問題を解決するため、メディアを使った啓蒙活動が行われた。 青少年のために薬物乱用防止の啓蒙活動を行っている。 高齢者への詐欺被害防止のための啓蒙活動が各地で行われている。 「啓蒙」の類語とは? 「知識を与える」という意味の「啓発」 「啓蒙」の類語に「啓発(けいはつ)」があります。 「啓発」は、一般の人が見逃しがちな問題などについて、専門的な知識を持つ人が専門家の観点から知識を与えることを言います。 「大いに啓発された」「啓発を受けた」などと受け身の形で使うのが一般的です。 「啓蒙」は知識のない者に新しい知識を与えるのに対し、啓発は一般的な人が見逃している知識を与えるという違いがあります。 「思想的な影響を与える」という意味がある「教化」 「人民を強化する」などと使われる「教化(きょうか)」という類語があります。 「教化」は、人を教え導くという意味では「啓蒙」と同じですが、政治的権力者などが思想的な影響を与え、望ましい方向に人々を進ませるという意味で使われることが「啓蒙」とは異なります。 「啓蒙思想」とは? 「啓蒙思想」や、啓蒙思想に関する言葉「啓蒙主義」や「啓蒙時代」といった言葉は、知識のない人々を教え導くという意味の「啓蒙」に関連する意味をちますが、ある特定の思想運動を指す言葉です。 「啓蒙思想」とは17世紀ヨーロッパに起こった革新的思想運動のこと 「啓蒙思想」とは、17世紀ヨーロッパに起こり、18世紀後半に全盛期を迎えた革新的な思想運動です。 聖書や神学にもとづく伝統的な価値観や権威を否定し、理性による思考の合理性を唱えました。 啓蒙思想の立場を取る「啓蒙主義」 啓蒙思想の立場や意見・主張を強調する表現が「啓蒙主義」です。 「啓蒙主義の思想家」「啓蒙主義の論調」などと使います。 啓蒙思想が主流となった時代を「啓蒙時代」と呼ぶ ヨーロッパの17世紀後半から18世紀にかけて、啓蒙思想が主流となりました。 この時期のことを「啓蒙時代」と呼びます。 啓蒙思想の先駆となったフランス啓蒙思想 特にフランスでは、理性による人間の解放を唱える啓蒙思想が広まり、政治にも影響を与えました。 国民の当時の社会体制に対する不満の高まりもあり、啓蒙思想はフランス革命への布石となりました。 モンテスキュー(1689年~1755年)は『法の精神』において、三権分立論や奴隷制度の廃止、市民的自由の保持など国家や社会改革を提言し、ヴォルテール(1694年~1778年)は腐敗していた教会を弾劾しました。 まとめ 「啓蒙」とは、「情報を持たない人々を教え導く」という意味の教育的な言葉です。 啓蒙を受けることにより、それまで知らなかった新しい考え方や知識を知り、教養を高めたり知的水準を向上させることができます。 18世紀の哲学者カントは「啓蒙」を哲学的に考察し、「啓蒙とは、みずから招いた未成年の状態から抜け出ることだ」と述べています。 未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができない状態であり、「自分の理性を使う勇気が必要だ」と論じています。 カントが論じたように「啓蒙」に重要なのが「理性」です。 理性とは、物事の道理を考えたり、道理に従って合理的に判断したり行動したりする能力のことを言います。 理性の対義語が感情です。 啓蒙の対象である「情報を持たない人」とは、道理を考えず、感情のおもむくまま行動する人だと言えます。 つまり、一般的な誰もがその対象であるといえるでしょう。

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啓蒙活動の意味は?啓発との違いや類語や英語・使い方や活動例も

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「啓蒙」という言葉を知っていますか? そして読むことが出来ますか? 普段の生活では、あまりお目にかからない漢字ですよね。 ただ文学や歴史が好きな人は意外と知っている言葉であります。 大学や高校の講義なんかでもお目にかかる言葉でありますね。 「啓蒙」とは「けいもう」と呼びます。 高校や大学の授業の中では「啓蒙」と単独で使用されるというよりは、啓蒙主義や啓蒙思想と言ったフレーズで耳にした事と思います。 ヨーロッパの歴史の授業で、この「啓蒙主義」というフレーズを習うからですね。 そのためこの熟語を知らない人は、きっと世界史の授業を寝ていたんでしょうね。 さてそんな啓蒙(けいもう)意味を確認しておきましょう。 <啓蒙> 無知の人を啓発して正しい知識に導くこと。 少し難しい意味ですね。 ちなみに漢字を分解して、意味を見てみましょう。 「啓」は、わからないことを教え導くこと 「蒙」は、愚かであり無知であること といった意味を持ちます。 この啓蒙の「蒙」は少し現代では問題視されるような意味を含んでおります。 そのため、現代においてこの言葉を使う事は不適切であるのではないかという議論も巻き起こっています。 その点に関しても、後程お話していきたいと思っています。 さて今回はそんな「啓蒙」という言葉をピックアップしていきます。 啓蒙の正しい使い方を見ていきましょう。 意味のおさらいをもう一度しておきます。 「啓蒙」とは、「まったく何も知らない人に、正しい知識を教えていく」ことです。 このことを聞いても、日常的なシーンではあまりピンときませんよね。 そこでこの言葉を聞き馴染みのある言葉に言いかえる事にしましょう。 その単語とは「セミナー」です。 皆さんも一度は聞いたことがある言葉だと思います。 セミナーではその授業内容によりますが、一般的には専門的な知識を教わるためによく各地で開催されています。 そしてそのセミナーは素晴らしい内容もあれば、胡散臭いと呼ばれても仕方のない内容のものも存在しています。 まさに一長一短です。 そして後者のセミナーの存在ばかりが注目された結果、「セミナー=胡散臭い」という図式が成り立つようになってしまいました。 ですが本来は、知らない人に知識を教え込んでいく事を「啓蒙」といい、悪意的な意味は含まれておりません。 このようなケースが正しい使い方であるため、先生から生徒へ教えることや、また専門家から一般人へ教える行為の事を指して、「啓蒙」という言葉は使用されます。 例文をいくつかあげると 「遊んでばかりいる息子を啓蒙する」 「何事も人に頼ろうとするダメ人間を啓蒙する」 などがあります! 先ほど挙げた中で、啓蒙と啓発はよく似ていると比較されます。 その使い方の違いをみていきます。 啓蒙と啓発、2つの言葉の大まかな意味に関してはそこまでの差異はありません。 ただ厳密に見ると違いは当然あります。 それはどこでしょうか? その違いは、知識に関しての教え方にあります。 答えそのものを教えることが「啓蒙」なります。 啓蒙に関してはあらかじめ答えを教示することで、その教えを導いてきます。 一方で「啓発」の場合はすぐに答えは教えません。 教える段階で、ヒントを与えながら徐々にその核心へと近づけていきます。 このように解法を大事にしてアプローチを含めて教えてく方法が「啓発」になります。 啓発の一部分の漢字である「発」には世間に向けて出していく・外に出していくといった意味合いがあります。 その点が「啓蒙」という言葉と最も大きな違いであり、差別的な意味合いもオブラートに包まれている事が分かります。 そのためもあってか、昔は専門書のことを「啓蒙書」と呼んでいましたが、今ではほとんどの書店コーナーで「啓発本」という書き方に変えられています。

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