いっそ 英語。 ドイツで英語を学びたい!

それならって英語でなんて言うの?

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Storyline : A cheerful grasshopper and hard working ants. TIME 4:07 英語レベル 初級 英語 あらすじ 肉をくわえたイヌが欲張って、肉を失ってしまうお話。 Storyline : A dog with a piece of meat was so greedy that he lost his own meat. TIME 1:52 英語レベル 初級 英語 あらすじ どちらが早いか、ウサギとカメが、かけっこしました。 Storyline : The hare and the tortoise ran a race to find out which is faster. TIME 2:51 英語レベル 初級 英語 あらすじ モミの木がイバラにいばっていましたが、でも・・・。 Storyline : The fir-tree was being arrogant towards the bramble, but… TIME 2:22 英語レベル 中級 英語 あらすじ 頭の良いカラスの水の飲み方。 Storyline : How a smart crow drinks water from a pitcher. TIME 1:55 英語レベル 初級 英語 あらすじ 命を助けてもらったネズミが、ライオンに恩返し。 Storyline : The mouse repays lion for his life. TIME 1:57 英語レベル 中級 英語 あらすじ 落としたのは、金のオノですか? それとも銀のオノですか? Storyline : Which axe did you drop, golden or silver? TIME 1:38 英語レベル 中級 英語 あらすじ 「オオカミが来た!」と、うそばっかりついていると・・・。 Storyline : If you keep lying, that can be a serious problem. TIME 1:56 英語レベル 中級 英語 あらすじ 「ぼくは」と「ぼくら」の、正しい使い分け方。 TIME 1:42 英語レベル 中級 イラスト myi 英語 あらすじ アリはむかし人間でした。 でも、神さまが怒って・・・。 Storyline : Ants used to be humans but the god got angry and…. com 366日への旅 女の子応援サイト さくら 世界60秒巡り 子どもの病気相談所.

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[mixi]日本の日替わり定食を英語でいえますか?

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小学生のころからモデルやエッセイストとして活躍し、テレビやラジオで大活躍の華恵さんに、人との出会いで心が暖かくなってふんわり楽しい、すてきな出来事を感じたままに伝えていただく連載です。 1回目は、華恵さんのルーツをたどる英語のお話です。 私の目を開いたイタリア人学者の言葉 「時間があまりないですが、華恵は英語ができますし、インタビューは、いっそのこと英語でもやれますから」。 ディレクターが私のことを、少し誇らしげに言った。 通訳者の方がインタビュー相手のイタリア人学者に伝える。 私は、何かが引っかかった。 カメラの前で英語でやりとりするのか……。 スーツを着た威厳のあるイタリア人学者が、ディレクターと私を見て、ゆっくり英語でこう言った。 , you like. 私はなんだか、胸の中が晴れ晴れとしていった。 国や人によって、大切な言語がある。 自国の言葉に誇りを持っているって、すてきだ。 このイタリア人学者の言葉は、私の中に強く刻まれた。 英語はできた方が便利だ。 でも、できるから胸を張れるものでもなければ、できないから自信を失うものでもない。 必要のある人が、できたらいいだけ。 そう思う。 ただ、私自身は英語ができないと恥ずかしいと思っている。 それは、私自身の場合は、だ。 私は英語にルーツを持っている。 私はアメリカ人の父と日本人の母の間に生まれた。 アメリカで生まれ、英語を使って育ったが、6歳の時に両親が離婚し、母と共に日本にやって来た。 日本では少しでも早く日本語を覚えようと、絶対に英語を使わないというルールを自分に課した。 分からない言葉があれば、身ぶり手ぶりで伝え、母に日本語で教えてもらう。 幼かったこともあり、あっという間に日本語を習得した。 小学校に入学してから、冬休みになると父と兄に会いにニューヨークに行った。 最初の年は、ちょっと久々に英語を使ったな、という感じがあった。 次の年になると、英語が話しにくくなり、兄と父の前で内気になった。 兄が近所の友達と遊ぶとき、私は誘われても「いい。 家にいる」と引きこもってしまった。 アメリカに住んでいれば、増えていたはずの語彙が、日本にいて増えるわけもない。 考えることや話したいことは、年齢の成長とともに広がるし深まる。 それは日本語でなら言えるけど、英語だと言えない。 もともと英語でしゃべっていた幼少期があるのに。 その言葉に自分のルーツがあるのに。 自分の根幹が削られてしまったみたいな、根無し草になったような感じがした。 当時、テレビなどで「見た目は外国人でも、英語は全然話せないっす」と笑うハーフタレントなどを見て、私は笑えなかった。 なんだか自分のコンプレックスが世にさらされ、笑われるように思えて、情けなかった。 英語の勉強を始めたら、日本語の小論文も上達した 小学校3年生頃、見かねた母が私に英語の勉強をさせ始めた。 基礎英語の教材を買い、ラジオを聞いて、英検を受け始めた。 中学に入って英語の授業が始まると、テストは余裕。 リスニングは簡単過ぎて眠いくらい。 英語の勉強をやめてしまった。 高校生になって状況はまた変わった。 満点が取れないのはおろか、なぜ間違えたの分からないという問題が出てきた。 母は、私が文法を全然やっていないことがだと言う。 さっそく家で母の授業が始まった。 「S+V+O」の役割。 なんでこんな部分に、主語とか動詞とか、わざわざ名前を付けるの? 当たり前過ぎてくだらない……そう思いつつ、「S+V+O+C」になってくると、あ、ちょっと待って、えっと、これはだめってこと?あ、こうするの?と途端に姿勢を正して聞くことになる。 英語の読解や文法を鍛えると、日本語の小論文も上達した。 文の、語順や文脈の読解を鍛えると、日本語で明瞭な文章になった。 アメリカ生まれだからと言って、英語を勉強しなくていいわけではない。 使わない言語は語彙力が下がるし、新しい言葉にも出合えない。 自分のルーツを感じたアメリカの旅 大学生になり、父とアメリカのニューオーリンズを旅する機会が訪れた。 英語の勉強をたくさんして、子どものころより話せるようになったとはいえ、3日も経てば、私は英語疲れしていた。 レストランで食事をしたり、車でしたり、音楽フェスへ行ったり、父の友人と会ったりしていて、ただでさえ慣れない環境だ。 父とは、私が6歳のときから離れて暮らしていて、気楽に接せられるわけでもない。 それがたまり、時折、父にイライラしてしまった。 そして少し無口になると、Huh? と父に何度か言われた。 「はぁ?」じゃないでしょ。 少しはそっちも日本語を使う努力をしたらどうなのよ。 父に、心の中で毒づく。 くわーっと頭に血が上るのが分かった。 うっすらと懐かしさがあるだけに、余計にムカつく。 何を今さら父親面して!と怒りたかった。 でも、父親にムカついたときってどういう言葉を言うのか、何も引き出しがない。 悔しい。 それが余計に頭にくる。 あぁ、嫌になる。 それでも、この旅は私にとって大切な時間になった。 私はアメリカの家族をよく知らず、叔父や叔母が何人いるのかもよく分かっていなかった。 父は、親戚のことを話してくれ、叔母のミッシェルとは、電話をつないでくれた。 昔写真で見た記憶しかない「ミシェル」とやら。 何を話そう。 正直、他人と電話で話すみたいな変な妙な感じだけど、困ったらすぐ携帯を父に返せばいい。 そう思って父に渡された携帯電話に耳を当てる。 How are you? ミシェルの高い声が、妙に体の奥に届き、響く。 これまで使っていた、機械的でどこか違和感の残る英語ではない、しっかりと私の体の中から発せられる英語が出てきた。 心なしか、私の声も高くなる。 子どもみたいに、甘えた気持ちになる。 いたんだ。 私の中の、子どもの英語を話す幼い私が。 ミシェルと何を話したのかよく覚えていない。 でもとにかく柔らかくて簡単な言葉で、シンプルな気持ちで話せた。 彼女の声で、タイムスリップしたかのようだった。 景色ははっきりとは思い出せないけど、私、子どものころにこの人に甘えたことがある。 居心地が良かったことがある。 それを、体のどこかがちゃんと覚えている。 やっと自分の英語のルーツを、少し感じられた。 それでいて、学んだ言葉は、ツールとしてもちろん大切に使ってもいる。 私も、気持ちやシーンによって、心にままに選べるようになりたい。 今は相手に合わせて変えているけど、この言語を話したい、と選ぶ余裕を持ちたい。 そしてその言語を使う意味、その言語との気持ち的距離感、全てをし、納得しているようなこのイタリア人学者に、やっぱり私は憧れる。 カメラにも残っていない、撮影現場の裏で聞いた言葉は、いつまでもわたしの中で響いている。

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「おじさん」「おっさん」は英語でどう言う?

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親戚の「叔父さん」は英語では uncle という 「おじさん」に対応する英語表現として最初に見つかる単語は、きっと uncle でしょう。 ただし英語の uncle は、もっぱら父母の兄弟である「叔父」あるいは叔母の配偶者としての「叔父」を指す語であり、あくまでも親戚に当たる(血縁のある)方を指す言い方として用いられる語です。 日本語では兄弟関係に応じて「叔父」と「伯父」の表記が使い分けられますが、英語は兄弟の区別には鈍感で、叔父も伯父も uncle と表現されます。 知らない人を uncle と呼ぶ用法も皆無ではない 英語の uncle にも、日本語の「おじさん」と同様、特に血のつながりのない男の人を指す語義があります。 ただし、これは幼児語の類です。 informal An unrelated older male friend, especially of a child. 血縁関係にない年配の男性の友人、特に子供にとっての(そういう人) 上記オックスフォード英語辞書の記述からは、この語義が「子供の」語彙であること、および、おじさんに当たる人が friend の関係であることが示されています。 friend は「友達」「仲間」あるいは「味方」。 いずれにしても好意的・友好的な関係があることを示す語彙です。 uncle の語は「知らないおじさん」とか「ヘンなおじさん」といったニュアンスでは使えない、という示唆が汲み取れます。 英語では他人を血縁関係になぞらえて呼ばない 日本語において、特に面識も血縁もない中高年の男性を「おじさん」と呼ぶ言い方は、親戚の叔父さんになぞらえた表現と捉えてまず間違いないでしょう。 を、主に外見上の年齢層に応じて「兄さん」「親父さん」「おじいさん」と呼ぶ、その手の言い方はだいたい家族関係の中での呼称を拡張した表現といえます。 そして、これは子供を中心に据えた(子供の立場から見た)関係性に基づく呼び名です。 家族関係に関する語を家族以外にも拡張して用いる、という考え方は、東洋的な発想といえそうです。 日本だけでなくアジアの他の言語にも同様の言い方があります。 他人の「おじさん」は英語では man や guy で表現する 日本語的「おじさん」が 叔父= uncle を拡張した言い方であり、そういう発想は多分に日本的・アジア的なものである、と割り切ってしまえば、英語では「おじさん」をどう表現するべきかは考えやすくなるでしょう。 素直に「男の人」と捉える発想が英語的発想のカギ 他人の男性を指す言い方としての「おじさん」は、英語では単に man と呼べば事足ります。 man の同義語といえる guy を用いてもよいでしょう。 やや丁寧に述べる場面では gentleman も有力な選択肢です。 年齢的ニュアンスを含めるなら older man くらいが穏当 単に man と述べるだけでは、どのくらいの年代の人なのかは示せません。 の「やや歳がいってる」意味合いも含めるなら、 older man のような表現がまずまず無難です。 old er は old の比較級であり「相対的に歳をとっている」というニュアンスが表現できます。 単に old man と表現してしまうと、比較するまでもなく高齢な「ご老体」のニュアンスが出てきます。 old boy という表現もあります。 おじさん相当の年代の男性を指す言い方です。 ただし 12-year-old boy(12歳の少年)のような言い方と紛らわしくもあり、用例もほとんど見つかりません。 「おっさんくさい」という場合なら middle-aged man なども 「中年男性」という意味で middle-aged man と表現する手もあります。 まあ意味もニュアンスも「中年男性」そのままです。 middle-aged man は「おじさん臭い」「いかにもオッサン的だ」という意味を込めて述べる場合にはうまくハマる表現といえそうです。 「ねえ、そこのおじさん」という呼びかけは Hey, sir! おじさん当人に呼びかける言い方としての「おじさん!」の場合、man や guy はあまり適当ではありません。 相手に呼びかける場合、おじさん要素は度外視して、呼びかけ表現として定着している英語表現に切り替えましょう。 たとえば Mister! とか Sir! とか、あるいは Excuse me, but ~ のような言い方が素直に見つかるはずです。 「変なおじさん」はいっそ「変質者」と言い直す 「最近この辺に変なおじさんが出没しているらしいからね気をつけてね」というような文脈で用いられる「おじさん」は、まあ man や guy でも充分に表現できます(さすがに gentleman は無理がある)が、いっそ意訳して pervert (変質者)のような語に置き換える手もアリでしょう。 strange は主に「奇妙な」「変な」という意味合いで用いられますが、同時に「見慣れない」「知らない(未知の)」という意味合いでも用いられます。 不審な「知らない人」を形容するにはうってつけの語です。

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