どこ か 遠く へ 行き たい。 どこかに行きたい!遠くに?それとも近場?・しかし外出自粛ですね;

はてなブログ今週のお題 「いつか行きたい場所」

どこ か 遠く へ 行き たい

「どこか遠くへ行きたい」 そう思って日々の生活を送りながら悩んでいるのではないでしょうか。 「とにかく今が辛い」「とりあえずこの場所からどこか違うところへ抜け出したい」「もう今は何もしたくない」 他にもこのような気持ちで思い詰まってしまった場合はどうすればいいのでしょうか。 そこで、今まさに同じように悩んでいる僕なりの思いや解決方法を提示していきたいと思います。 少しでも心が楽になってくれたら幸いです。 「どこか遠くへ行きたい」と感じる時の心理と解消法 そもそもなぜ「どこか遠くへ行きたい」と感じるのでしょうか。 「どこか遠くへ行きたい」と感じる場合でも色々なパターンがあります。 ここでは主な4つのパターンを紹介していますが、今のあなたに最も当てはまるのはパターン4ではないでしょうか。 では、ひとつひとつみていきたいと思います。 パターン1:体が疲れているとき まず漠然とどこか遠くへ行きたいと思うとき、それはただ単純に体が疲れているだけかもしれません。 もし体が疲れているときは、ゆっくり寝て休んでください。 そうすることでネガティブになっている気持ちを忘れさることができ、また日々の生活を活気づけることができるでしょう。 何かに焦っていて、日々忙しくて寝る暇もないという方もいるかもしれません。 そういう場合はこう考え方を変えてみてはどうでしょうか。 「日々忙しいから寝る時間もない」のではなく「寝ていないから日々やるべきことが思うように捗(はかど)らずに時間がない」のだと。 そう思えば、まずはしっかりと寝る。 その上でやるべきことを集中して終わらせることで、日々充実した生活をとり戻すことができることでしょう。 パターン2:毎日が退屈で刺激がないとき また毎日が退屈で刺激を求めているがために、「どこかへ行きたい」と思うこともあります。 しかし、これはある意味ポジティブな状態で全然悪いことではないです。 人間日々同じことだけをしていたら、慣れてきて日々の生活に飽きてくるのは当然です。 すると、今とは違うどこかへ行ってみたくもなるでしょう。 そんなときは、思うがままに自分の行きたい場所、まだ行ったことのない場所へ行ってみることです。 そこで、日々の生活では感じることも経験することもできない非日常を味わうことで、再び日々の生活と向き合うことができるようになるでしょう。 パターン3:一人になりたいとき 「どこか遠くに行きたいとき」 それは、今の環境に不満はない。 職場や家族、友人との人間関係もそれなりにうまくやれているし悪くもない。 だけどなんか少し一人にさせてくれ。 そんなときがあるでしょう。 漠然とちょっとの間でいいから「一人で遠くへ行きたいな」と思うのです。 そんなときは、空いてる電車に揺られながら田園風景をただぼっーと見つめながら、目的地もなく遠くへ向かう。 そんな1日を過ごしてみるとスッキリすることでしょう。 そうしたら自然と、そろそろ寂しくなってきたし日々の生活に戻って頑張ろうと思えることでしょう。 もし、それだけで満足できない場合は次で紹介するパターン4の傾向である可能性があります。 パターン4:現状から逃げ出したいとき 「とにかく今が辛い」「とりあえずこの場所からどこか違うところへ抜け出したい」「もう今は何もしたくない」 日々生活している中で多くの不安やストレスを抱えて、このような思いを持っている人は多いのではないでしょうか。 そしてそんなときに人は「どこか遠くへ行きたい」と感じるのです。 しかし、この気持ちは今までの3つのパターンとは大きく違います。 疲れているだけならちゃんと休めば解消できますし、刺激がないときやちょっと一人になりたいときでも1日どこかへ出かけてみれば解消できます。 また、不安やストレスの解消方法もたくさんあります。 友達と飲みに行って騒いで忘れる、カラオケに行く、運動する。 しかし、現状から逃げ出したいという気持ちからくる「どこか遠くへ行きたい」という思いは、1日どこかへ行ったくらいで解消できるものではありません。 なぜなら、1日日々の生活を離れて、日常を忘れられたとしても、また次の日には逃げ出したい現実がやってくるからです。 だからこそ1番辛いし、悩んでしまうものなのです。 それはなぜかというと僕自身もそうだから。 とにかく仕事が辛い。 上司が嫌だ。 そんな思いから、もうこんなところから抜け出してやりたいと本気で思っています。 でも思っているだけでは何も変わりません。 実際に僕も会社の休憩中にトイレの個室で「どこか遠くへ行きたい」と検索していました。 別に明確に答えなんか求めていませんでした。 ただ他にもそういう人っていないかなと。 ただ共感したかったんです。 もちろん解決方法を知ることがベストなのかもしれないけど、結局解決するのは自分次第だし状況次第。 そこでふと思ったんです。 僕自身が、今にも「どこか遠くへ行って逃げ出したい」と感じている人として、同じように悩んでいる人の力に少しでもなれればなと。 これは自己満足かもしれないけど、そうしてこんなにも悩んでいるという僕の存在が少しでも誰かの心の支えになるかもしれない。 そう思えることで、僕自身も目の前の日々をもう少し頑張ろうと思えるのです。 僕は今なんとか頑張っています。 だからこそあなたもなんとか頑張ってほしい。 そこから抜け出すその日まで。 別に何も一生そうしている必要はないです。 だからこそ、ここから一刻も早く抜け出すためにも、何か頑張らねばと思いますし、行動しなくてはと思うのです。 「どこか遠くへ行きたい」 「逃げ出してやりたい」 「辛い」 いいです。 こんなふうに思うこと自体はしょうがないことですし、考えないようにしようなんて思わなくていいんです。 ただこのこの思いを感じているということを受け入れて認識していればいいのです。 そしてここからが大切で、この思いをどう利用するかです。 この辛い気持ちをバネに、絶対なんとかしてここから抜け出すんだという思いをもてるか、それともこの思いをひたすら自分に向け続けるのか。 頑張ってここから抜け出すことができれば、明るい未来が待っています。 でも逆に、このまま何もせずにただ目の前の厳しい現実を受け入れてしまっては、おそろくあなたにとってもいいことではないでしょう。 それは一番あなたがわかっていることだと思います。 突然ですが、例えば包丁。 包丁は危険で怖いものですが、うまく利用すれば、美味しい料理を作るために野菜を切るのに利用できます。 しかし、自分に向かって利用したらどうなるか? 痛い残酷な結果が待っているのは容易に想像できます。 あなたはそれでも自分に包丁を向けるのですか。 一番は危険な包丁は持たないことです。 でも持ってしまったのだから仕方がない。 うまく利用して捨てるしかないのです。 だから僕もすぐ自分に向けてしまいそうになる包丁という名の逃げ出したくて辛い感情を必死で利用して「ここから抜け出してやるんだ」という思いに変換しているのです。 自滅してしまってはせっかく生まれてきたのにもったいないですよ。 あなたがどういう「逃げ出したい」状況にいるかはわかりません。 仕事が辛いからやめたい。 嫌な人間関係から縁を切りたい。 いじめられていて死んだ方がましかもしれない。 でも仕事をやめるのはやめるで怖いし、人間関係を切るのもその周りの仲良くしておきたい人とまで縁を切ることになりかねない。 転校した先でうまくやれる自信もない。 そう思うけど何か行動しないとこの状況は変えられない。 ならばもっと他に良い方法があればそのために今何をする必要があるのか。 それを必死で考えるしかないのです。 人間は変化を拒む生き物です。 変化が怖いのは当たり前なのです。 でも今の不安や負の感情は決して当たり前ではありません。 ならば、変化することに賭けてみるのもありではないでしょうか。 何も失わないで状況を打開できれば最高ですし、どんなに失うものがあっても0になるだけです。 マイナスになることはありません。 また0からスタートして、前よりもっと良いものを築き直せばいいのです。 僕が実践した具体的打開策 僕自身、「どこか遠くへ行きたい」と感じてから、実際に休日に都会から電車に乗り込み遠い地方の終着点までただひたすら体を揺らして目指し、着いたら何もせずに帰ってくるということをしたことが何度もあります。 これによって何が変わるのか?確かに一瞬だけ仕事やいつもの日常から離れることができたというのはまず一つあります。 しかしそれだけでは、次の日からまた逃げ出したい現実に戻らなきゃいけないという思いがどうしても出てきてしまうため、短期的なものでしかありません。 それよりももっと良いことに気づけたのです。 それは田舎の方へ足を運ぶとこの辺はのどかでいいなと思うわけです。 こんなところに住んでのどかに生活するのも悪くないなとか思うわけです。 そんなときこの辺だったらいくらで住めるのだろうと軽い気持ちで調べてみると数百万円で家を購入できることに気づいたのです。 「数百万なら数年めっちゃ貯金すれば貯められる。 あと数年頑張って田舎に家買ってのどかに生活して、またもし気が変わったら戻ってくればいいじゃないか?」 それに気づけてから少し気が楽になりました。 実際に行動に移すかはわかりません。 本当にそうするかもしれませんし、しないかもしれません。 ここで一番大事なのは「最悪そういう道があるぞ」という保険です。 この保険こそが険しくて今にも崩れそう僕の心を保ってくれているのです。 これは一つの例に過ぎませんが、最初は何も変わらないと思っていても、やってみて初めて気づけることがあるかもしれません。 最後に 「どこか遠くへ行きたい」と感じるのはあなた自身からのSOSです。 現状から逃げたいというサインです。 でも安心してください。 そう思っているのは決してあなただけではないのです。 「どこか遠くへ行きたい」と感じたらその気持ちに素直に答えてあげてみてはいかかでしょうか。 人生は希望に満ち溢れていると信じて。

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どこか遠くへ行きたいって英語でなんて言うの?

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368,002アクセス• 旅の2日目 すでにずいぶん長く感じますけど、まだ2日目… おはようございます。 本日はワールドカップ決勝戦!! 昨日から、ハワイにいながらもそっちに気を取られ、実はそわそわしてました。 なんせここはハワイ。 ベースボール、バスケ、アメフト大国で、世界でも珍しいサッカー不毛の地。 ワールドカップ決勝といえど、生中継があるかどうか…。 神に祈りつつテレビを点けると奇跡が? グッ! 今日も良い天気だ。 我らはハワイではいつもノープラン。 その場その場で行きたいとこ、やりたい事を考えます。 私は何度か見た事あるんですが、家族旅行で行くのは初めて。 毎年、絵も替わるから何度でもきっと楽しいはずづら。

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遠くへ行きたい (テレビ番組)

どこ か 遠く へ 行き たい

『遠くまで行くんだ…全6号 1968~1974 完全覆刻』 白順社 革命的共産主義者同盟全国委員会 中核派 の政治局員だった小野田は、1967年の10・8羽田闘争の後に同派を離れ、共に離れた活動家たちと『遠くまで行くんだ…』を創刊した。 刊行の趣旨は、「戦後を破壊せよ。 戦後の情況を破壊せよ」というアジテーションに集約されているが、その本音は「全力量をふりしぼって日本の旧来からの政治思想・政治党派を倒さねばならない」という決意表明に表われている 「われわれの闘いの出発にあたって」、創刊号所収。 小野田たちが意図していたのは、誌名から推測される文芸的表現の場ではなく、新たな政治党派の建設だった。 しかし、誌名はその意図をあえて裏切っている。 「遠くまで」は古くさい革命政治のやり口からわが身を引き離すための警句にも聞こえるが、その潔癖主義から匂ってくるのは、間違いなく詩的言語への強い傾倒である。 誌名のアイデアは、吉本隆明の詩「涙が涸れる」に由来している。 小野田はそのことに誌面で触れていないが、ほとんどの読者は事情を了解していた。 1960年代に学生運動を体験した者にとって、これほど舌に馴染んだ詩は他になかったからだ。 しめつぽい貧民街の朽ちかかった軒端を ひとりであるいは少女と とほり過ぎるとき ぼくらは 残酷に ぼくらの武器を かくしてゐる 胸のあひだからは 涙のかはりに バラ色の私鉄の切符が くちゃくちゃになってあらはれ ぼくらはぼくらに または少女に それを視せて とほくまで ゆくんだと告げるのである とほくまでゆくんだ ぼくらの好きな人々よ 嫉みと嫉みとをからみ合はせても 窮迫したぼくらの生活からは 名高い 恋の物語はうまれない ぼくらはきみによって きみはぼくらによって ただ 屈辱を組織できるだけだ それをしなければならぬ 『吉本隆明全著作集1 定本詩集』、1968 新左翼の中でも一番野暮ったく一徹な くそまじめな 中核派を離脱した幹部が、吉本の詩句を思わせる誌名を選ぶこと自体がセンセーショナルだった。 また運動に飛び込みたいが、党派には距離感を持つ多くの学生は、小野田たちに強いシンパシーを抱いた。 なぜなら彼らの行動は、党派に入らなくても自らの裁量で政治活動を続けることの可能性も指し示したからだ。 ときはちょうど「三派全学連」から「全共闘」へ、学生運動の主人公が入れ替わる時期でもあった。 党派からの「自立」は、活動家のみならず、周囲にいた多くの潜在的活動家にも新鮮な驚きを与えたのである。 絓秀実によれば、創刊号は、初刷りの2000部を売り切って2000部を増刷し、第2号以後は3000部刷ってほぼ完売したという 『遠くまで行くんだ…』完全復刻版解説、2007。 この雑誌は当時もっとも成功したリトルマガジンだったのである。 ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院 コミュニケーション研究科 講師 1952年、東京生まれ。 76年、慶應義塾大学文学部卒業。 同年、筑摩書房入社。 89年、同社を退社。 編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。 企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、の変容を考察している。 現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院 コミュニケーション研究科 講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。 著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

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