池江 璃 花子 病名。 池江璃花子オフィシャルサイト

池江璃花子選手が白血病!症状(ステージ)や生存率は?復帰はある?

池江 璃 花子 病名

白血病からの復帰を目指す競泳女子の池江璃花子(19=ルネサンス)が19日、にテレビ朝日系「報道ステーション」にVTRで出演。 昨年2月に白血病となったことを公表してから初めてカメラの前でインタビューに答えた。 池江は元テニス選手でスポーツキャスターの松岡修造(52 のインタビューに答える形で行われた。 病名告知後にはすぐにポジティブな気持ちに切り替えられたと明かした池江だが、治療は想像を絶する苦しさだったという。 「吐き気がひどい時に、ずっとトイレに閉じこもっていて。 すごくしんどくって、でもこの気持ち悪いのが一生続くわけじゃないから大丈夫って。 大丈夫、大丈夫って言い聞かせていました」と明かした。 今では「家族、関係者の支えがなかったら乗り切れなかったと思うし、すごく感謝しています」と語るが、「これまでも弱音を吐くところは見せなかったし、素直に頼れなかった。 それがたまって、結構しんどい時もあった」と言う。 その理由を松岡に聞かれると「家族に迷惑をかけたくなかった」と語りそっと涙をぬぐった。 そんな池江だがツイッターに「思っていたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどいです」とつづった時よりもっとひどい状況が続いたという。 「携帯なんて絶対さわれない。 もうテレビも見られない。 音も聞きたくない。 ご飯も食べないっていう状況が2週間続いた。 寝返り打つのもしんどい状況」で、「もう数千倍どことじゃない。 人が感じる苦しいとはレベルが違う苦しさなんだろうなって思いました。 こんな経験二度としないだろいうという経験はしたと思います」と語り「一番しんどい時には、死にたいと思いました。 こんなに苦しい思いをするんだったら死んだ方がましって思っちゃって」と明かした。 しかし「時の言葉を後で思った時にすごく反省しました」と語った。 その後一時退院をした時に外に出られてこと、車に乗れたこと、外食できたこと「すべてが本当に幸せで、なんであの時あんなこと思っちゃったんだろう。 絶対こんなこと思っちゃだめだって思いました」と言葉をつづけた。 今、池江は2024年のパリ五輪出場を目指している。 病気でのブランクもあり「覚悟をしています。 パリに出られなかったとしても次があると思っています。 自信があるわけじゃないですが、目標は絶対に必要だと思うし、パリが今の一番の目標」語る。 「いつか試合に出れた時には何秒くらいは絶対出しておきないな、とか、そういうレベルでは考えています。 まだ泳いでもいないのに」と語る。 自分が泳いでいる夢も見るそうで「タイムも意外に早くてびっくりしました」と語り「夢ですけどね」と続けた。 最後に病気を通じ「病気になって水泳ができなくなって、水泳をするのが当たり前だったし、ここにいる、っていうのが当たり前になっていたけれど、ここにいることが奇跡だし、生きていることが奇跡っていういう風に気持ちが変わりました」。 続けて、「病気になってよかったとは1モミリも思わないんですけど、学んだことが多いから、どういう気持ちで生きていくべきなのかっていうのを考えさせられたので、自分の人生にとってすごく大きなターニングポイントになるんじゃないかな、と思っています。 この番組に出させてもらうことで、たくさんの方に見ていただくことで病気の方たちにとっても希望を持って治療を持って励んでほしいし、とにかくここまで元気になれた人間がいるんだから、あなたも元気になれるよということを伝えたいと思います」と、メッセージを伝えた。 池江は昨年2月に白血病となったことを公表。 昨年12月に退院を報告し、東京五輪出場を断念して24年パリ五輪でのメダル獲得を目標に掲げ、医師と相談の上で軽めのトレーニングも再開している。

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池江璃花子「あの日、決心はついていたものの...」 短髪姿公開時の心境明かす: J

池江 璃 花子 病名

白血病からの復帰を目指す競泳女子の池江璃花子(19=ルネサンス)が19日、にテレビ朝日系「報道ステーション」にVTRで出演。 昨年2月に白血病となったことを公表してから初めてカメラの前でインタビューに答えた。 池江は元テニス選手でスポーツキャスターの松岡修造(52 のインタビューに答える形で行われた。 病名告知後にはすぐにポジティブな気持ちに切り替えられたと明かした池江だが、治療は想像を絶する苦しさだったという。 「吐き気がひどい時に、ずっとトイレに閉じこもっていて。 すごくしんどくって、でもこの気持ち悪いのが一生続くわけじゃないから大丈夫って。 大丈夫、大丈夫って言い聞かせていました」と明かした。 今では「家族、関係者の支えがなかったら乗り切れなかったと思うし、すごく感謝しています」と語るが、「これまでも弱音を吐くところは見せなかったし、素直に頼れなかった。 それがたまって、結構しんどい時もあった」と言う。 その理由を松岡に聞かれると「家族に迷惑をかけたくなかった」と語りそっと涙をぬぐった。 そんな池江だがツイッターに「思っていたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどいです」とつづった時よりもっとひどい状況が続いたという。 「携帯なんて絶対さわれない。 もうテレビも見られない。 音も聞きたくない。 ご飯も食べないっていう状況が2週間続いた。 寝返り打つのもしんどい状況」で、「もう数千倍どことじゃない。 人が感じる苦しいとはレベルが違う苦しさなんだろうなって思いました。 こんな経験二度としないだろいうという経験はしたと思います」と語り「一番しんどい時には、死にたいと思いました。 こんなに苦しい思いをするんだったら死んだ方がましって思っちゃって」と明かした。 しかし「時の言葉を後で思った時にすごく反省しました」と語った。 その後一時退院をした時に外に出られてこと、車に乗れたこと、外食できたこと「すべてが本当に幸せで、なんであの時あんなこと思っちゃったんだろう。 絶対こんなこと思っちゃだめだって思いました」と言葉をつづけた。 今、池江は2024年のパリ五輪出場を目指している。 病気でのブランクもあり「覚悟をしています。 パリに出られなかったとしても次があると思っています。 自信があるわけじゃないですが、目標は絶対に必要だと思うし、パリが今の一番の目標」語る。 「いつか試合に出れた時には何秒くらいは絶対出しておきないな、とか、そういうレベルでは考えています。 まだ泳いでもいないのに」と語る。 自分が泳いでいる夢も見るそうで「タイムも意外に早くてびっくりしました」と語り「夢ですけどね」と続けた。 最後に病気を通じ「病気になって水泳ができなくなって、水泳をするのが当たり前だったし、ここにいる、っていうのが当たり前になっていたけれど、ここにいることが奇跡だし、生きていることが奇跡っていういう風に気持ちが変わりました」。 続けて、「病気になってよかったとは1モミリも思わないんですけど、学んだことが多いから、どういう気持ちで生きていくべきなのかっていうのを考えさせられたので、自分の人生にとってすごく大きなターニングポイントになるんじゃないかな、と思っています。 この番組に出させてもらうことで、たくさんの方に見ていただくことで病気の方たちにとっても希望を持って治療を持って励んでほしいし、とにかくここまで元気になれた人間がいるんだから、あなたも元気になれるよということを伝えたいと思います」と、メッセージを伝えた。 池江は昨年2月に白血病となったことを公表。 昨年12月に退院を報告し、東京五輪出場を断念して24年パリ五輪でのメダル獲得を目標に掲げ、医師と相談の上で軽めのトレーニングも再開している。

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池江璃花子、ウィッグを外した姿を初公開「小さな希望になれば」

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白血病からの復活を目指す競泳女子の池江璃花子(19=ルネサンス)が、9日放送のNHKスペシャル「ふり向かずに 前へ 池江璃花子 19歳」(後7・30)に登場。 白血病を乗り越えアスリートとして復帰を目指す池江に番組が密着し「前を見るしかない」と語る姿を伝えた。 池江は昨年2月12日に、ツイッター上で白血病であることを公表。 12月17日に退院し、通院治療に切り替えている。 退院直後は1年にわたる闘病で57キロあった体重は10キロ以上落ち、寛解はしているものの免疫抑制剤など1日20錠の薬を服用しなければならなかった。 体力、筋力も落ちて懸垂もできなくなっている悔しさの中、それでも池江は「当たり前じゃなくなった時に、それができるようになった時に幸せを感じるんだなって」と退院して普通に生活できることを「奇跡でもあるんじゃないかなと思います」と前向きにとらえた。 そんな池江が歌詞を自分に重ねたのがKing Gnuの「白日」。 「戻れないよ 昔のようには きらめいて見えたとしても明日へと歩きださなきゃ」「真っ新に生まれ変わって、人生一から始めようか」という歌詞に「昔の栄光には戻れないから、前を向こうって思わせてくれた」と言葉をもらした。 懸命なトレーニグで退院から3カ月後の3月には懸垂4回、腕立て伏せ10回ができるようになり、「今は本当にこれからできていく自分の成長が楽しみ。 過去のことを振り返る必要はないと思うし。 前を見るしかない」と語った。 3月17日には406日ぶりにプールにも入ることができ「すごく気持ちいい。 楽しい」とはしゃいだ様子も見せた。 さらにビート板を使ってバタ足で25メートルを泳いだ。 病気の前には15秒ほどで泳いだ25メートルだったが「きつい…記録しておいてください19秒41」と再スタートのタイムをを明かし、「今までには感じたことのない気持ちになりました。 忘れません。 この日を」と泳ぐ楽しみを現した。 だが、その後新型コロナウイルスの感染拡大で五輪も延期に。 池江はアスリートの気持ちが「めちゃめちゃわかる。 目の前の大きな目標を失った感じ。 当たり前のことが非日常になっちゃう。 ある日突然」と、自身が白血病になった時の気持ちを思い出すように語った。 その後も外出自粛要請などが続き「正直病院から出て、まさか日常生活でこういうふうになるとは思っていなかったので、正直ちょっと残念というか…仕方ないんですけど。 皆の自由が奪われちゃうってのもあるけど、普通に生活しているのは当たり前だけど、当たり前じゃないし、そういう日常生活に対する感謝を考えさせられた」と語った。 池江は「自分が復帰したということをまずは病気の人たちに伝えて、元気づけたい」としアスリートとしての自らの成長を感じることで「病気の人たち、普通に生活をする人たち、スポーツをする人たち、全員の気持ちがわかるようになったから、結果うんぬんよりも、どん底まで行った人間がここまで上がってきたんだという成長をちょっとずつでも見せていければいいんじゃないかななと思います。 できるところまでやりたいし、できるところまでチャレンジしたい」とかみしめるように語った。 番組後、池江は自身のツイッターで「番組見て頂きありがとうございました。 いつか皆さんに試合会場で、戻って来た自分をお見せ出来るよう、頑張ります!」と誓っていた。

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