竹田 恒 泰 韓国。 竹田恒泰チャンネル(竹田恒泰チャンネル運営者)

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竹田 恒 泰 韓国

竹田恒泰公式サイト「竹の間」より 先日、明治天皇の玄孫に当たる竹田恒昭被告が、大麻所持の疑いで現行犯逮捕されていたとのニュースが報道された。 この竹田という苗字でピンとくる人も多いと思うが、竹田恒昭被告は日本オリンピック委員会(JOC)竹田恆和会長の甥で、ネトウヨのアイドル・の従兄弟にあたる。 旧皇族・竹田宮家をルーツにもつ男が、まさかの大麻取締法違反容疑で逮捕され世間に衝撃が流れた。 しかし、旧皇族・旧宮家の人間にスキャンダルが流れるのは決して珍しいことではない。 むしろ、考えようによっては、今回のような個人的な犯罪よりもっと悪質な、"旧宮家の権威"を悪用するような事件を頻繁に起こしている。 竹田恒昭被告の従兄弟、竹田恒泰氏もそのひとり。 ネトウヨ発言の数々や、と元との間で二股をかけていた醜聞でもおなじみの彼だが、過去にはのっぴきならないスキャンダルを二つも起こしている。 一つ目は、マルチ商法への関与。 「FLASH」(光文社)2002年7月30日号によれば、彼はインターネットマルチ商法・スカイビズ2000に関わっていた。 スカイビズ2000は、加入金110ドルを払えば自由に使えるホームページのスペースと、簡単にサイトが作れるソフトの利用権が得られるというサービスだが、新会員を勧誘すると、その数に応じて多額のボーナスを得られるとも喧伝しており、"ねずみ講"と指摘されていた。 竹田恒泰は旧皇族の出自を出すことで信用を得て、新規会員を次々と勧誘していった。 そのためのミーティングを東京のみならず全国各地で行なっていた事実も報道されていた。 ちなみに、スカイビズ2000を展開していたスカイビズ社は、01年に米国連邦取引委員会からねずみ講にあたるとして提訴され実質破綻している。 二つ目はもっと事件性の高いもの。 彼の祖母・松見イクが経営していた精神病院・松見病院の多額借金をめぐるトラブルである。 松見病院の経営陣のひとりでもあった竹田恒泰氏は、この件をめぐる借金の保証人となっており、東京地裁で1200万円および13年6月24日から年5分の利息の支払い命令を受けた。 その経緯について、「週刊文春」14年10月16日(文藝春秋)で、原告の男がこのように語っている。 「知人から金を貸してくれという話があったのは去年2月のことでした。 聞けば、"病院の売却話が進んでいる。 ついては、つなぎ資金が必要で、融通してもらえないか"という話でした。 それが1200万円だったのです。 大金なので躊躇していると、今度は竹田さんを"保証人"につけると言う。 本人にも会いましたが、なにせ明治天皇の玄孫というから信用するでしょう。 大丈夫だろうと考えて知人に1200万円を貸すことにしたんですよ」 歴史を紐解いていけば、こうした"旧皇族""旧宮家"としての名を使った詐欺まがいの行為が、枚挙に暇がないほど大量に存在するのだ。 その前に、"旧皇族""旧宮家"とは何かを、簡潔に解説しておこう。 "旧皇族""旧宮家"とは、戦後GHQにより特権を享受している宮家の縮小を求められ皇籍離脱した11宮家のこと。 これにより1947年、秩父宮、高松宮、三笠宮のみを宮家に残し、山階宮、賀陽宮、久邇宮、梨本宮、朝香宮、東久邇宮、竹田宮、北白川宮、伏見宮、閑院宮、東伏見宮の11宮家51人が一般人となっている。 彼らは皇籍離脱し、自分の食い扶持を自分で稼がなければならなくなったわけだが、多くの旧宮家はこれまで同様の華美な生活を維持するために、大量の資産を元手に商売を始める。 その過程で怪しげな人物に騙される人が後を絶たなかった。 牧場経営や菊の紋章を入れた"久邇香水"の製造販売、ダンスホール経営などに手を出し失敗した久邇宮家。 そして、禅宗の僧を名乗る人物にカモにされ食料品店、喫茶店、骨董屋を開きすべて潰した東久邇宮家。 東久邇稔彦にいたっては、最終的に、"ひがしくに教"なる新興宗教の教祖に祭り上げられるも、元皇族が宗教を興すのには問題があるとして宗教法人として認められず解散する騒動まで起こしている。 そんな戦後と皇籍離脱のゴタゴタのなか起きたのが、東伏見宮家の150万円詐欺事件だ。 「真相」(人民社)1949年8月号には、観光事業に手を出すも放漫経営により資産を食い潰し、明治時代にジョージ5世の戴冠式で使用した王冠を売りに出すことになった経緯や、不渡手形を濫発し告訴された事実が記されている。 こうして凋落していった家の多い旧宮家だが、高度経済成長期には皇族としての名を商売道具に使う者も登場する。 その例が、賀陽宮家の賀陽邦寿である。 「産経新聞」76年12月20日夕刊には、以下のような記事が載っている。 〈「名誉売る"民間勲位"」「ああ、ありがたやと五千人」 賀陽邦寿が会長を務める「日本経営功労顕彰委員会」という団体が、二万八千円から六万八千円を支払った中小企業経営者に「功五等位」から「功一等位」まで与えていた。 厳密に言えば詐欺事件ではないが、総理府賞勲局がこれを問題視し、調査に乗り出した〉 また、賀陽邦寿はこの後、彼が会長を務める「時事新聞社社会事業団」という団体が全国の中小企業の社長や商店主に菊の紋章入り「経営褒華賞受賞資格推薦書」というものを送っていたことも公になっている。 こちらも、受賞するためには一律5万円が必要であったという。 このように、旧宮家の人物がトップにいる団体が"賞"を送り、その代わり金銭が必要になるという商売を行なったのは賀陽邦寿だけではない。 日本文化振興会なる団体の名誉総裁であった、梨本宮の梨本徳彦も同じようなビジネスに手を染めていた。 こちらも、表彰にあたって、対象者から多額の礼金を募るシステムは同じ。 「週刊新潮」(新潮社)85年8月15日・22日合併号では、受賞にあたり50万円ものお礼金を出すよう仕向けられたとの証言が臨済宗妙心寺派興禅寺の住職からなされている。 この詐欺まがいの商法は長く続けられているようで、「週刊新潮」2012年3月15日号に掲載されている、作曲家・青島広志による連載コラム「ブルー・アイランド氏のクラシック漂流記」にはこんな記述が出てくる。 ちなみに、01年から、この団体の名誉総裁は、伏見宮家の伏見博明になっている。 〈日本文化振興会というところから連絡があって、あなたに賞を差し上げることになりましたと言われたら、喜ぶべきなのだろうか。 (中略)箔押しの封筒が届いた。 授賞式の知らせかと思って開けると、これが驚いたことに寄付金の要請なのである。 曰く「民間の国際文化交流団体であり、会員や受賞された各先生方のご協賛を頂き運営」しているのだそうで(中略)しかも念の入ったことに「平均的な協賛金は50万円となっておりますが、ご事情もあるかと思いますので、一括でなくとも可能でございます」と書かれており、封筒の中を見ると、何と大手有名銀行銀座中央支店の口座を記した用紙までが入っていた〉 また、話は梨本徳彦に戻るが、彼は日本文化振興会の名誉総裁を退いた後も詐欺まがいの報道にたびたび登場する。 「FRIDAY」(講談社)04年3月5日号では、元本保証と高配当を約束して焼却炉販売事業への出資を募り約1000人から10数億円を集めたものの、配当未払いを理由に詐欺や出資法違反容疑で警視庁に告訴されたNPO法人・やまびこ会の名誉総裁に梨本宮家・梨本徳彦の名前があったと報じられた。 このNPO法人をめぐる一件では、法人の代表理事ら4名が詐欺容疑で逮捕されるという事態にまで発展している。 また、その2年後、「週刊新潮」06年2月23日号では、伊勢神宮の灯籠を建て替えるとウソの話を出し寄付を募っている団体の名誉総裁に、またしても梨本徳彦の名前があったとの報道がなされた。 03年、すでに断絶している有栖川宮家を騙る、自称・有栖川識仁が結婚式の祝儀を騙し取った事件を覚えている読者も多いと思う。 この事件は、皇室の権威を利用して金品を騙し取るべく、何の関係もない人間が皇族を騙った事件だが、すべての旧宮家がそうだとは言わないまでも、ここまでご紹介してきて分かる通り、実際の旧宮家もやっていることはさほど変わらない。 "皇室の権威"を利用して悪辣な商売をしている点では同様である。 本稿前半でご紹介した作家の竹田恒泰は、皇室典範をどのように変えていくかの議論のなかで、女系天皇を認めるのではなく、皇籍から離脱した旧宮家を復活させたらどうかと主張している。 彼自身、竹田宮家の名を掲げているなかでの発言だが、それに関して、は「SAPIO」(小学館)10年3月31日号掲載「ゴーマニズム宣言スペシャル 天皇論 追撃篇 旧宮家復活なんてありえるか?」のなかでこのように批判を加えている。 〈現在、「旧皇族」はもういない。 旧皇族で「俗界」に降りた人々を「俗界一世」とすれば、今生きているその子孫は「俗界二世・三世」だ。 それを今になって、これら旧宮家の末裔を再び皇族になどという妄想を本気で信じているのが現在の男系絶対主義者だ。 そもそも、旧皇室典範で伏見宮系皇族は邦家親王の4世子孫を最後に消滅することになっていた! その4世子孫とは、現在60〜70代の当主にあたる。 「男系絶対主義者」たちが期待をかける竹田恒泰らの世代は5世である。 要するに彼らの言う「GHQの陰謀」がなくても、旧皇室典範の下でも彼らの世代は皇族ではなく、臣籍降下させられる身分だったのだ! さらに竹田恒泰についていえば、彼の父・恒和氏は竹田家の三男なので、父の代で臣籍降下していたはずである。 仮に時代がどう違っていても、彼が皇族だった可能性は全くないのだ!〉 「正論」(産経新聞出版社)06年2月号で、「DIME」(小学館)デスクの今井康裕は「民間の経験をされた旧皇族の方が皇室に入ることこそ、新しい風ではないかな」というコメントを寄せているが、こういった意見が「男系絶対主義者」たちの主張だ。 しかし、小林よしのりの語るような旧皇室典範と照らし合わせても彼らに皇族を名乗る資格がないという問題に加え、彼らの主張の拠り所である「民間の経験」というのも、本当に価値のあるものなのかは疑問だ。 皇室の権威を悪用する術を一般社会で学んできたような人が宮家に戻ることが、本当に皇室を良い方向に導く策なのだろうか? 紹介してきたようなスキャンダルを見る限り、正直、それが正しいとは全く思えないのである。 (井川健二).

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竹田恒泰

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嘘だろ!? 竹田恒泰が中学校歴史教科書を執筆して検定申請だって 2018年04月26日 のんきに介護 【悲報】竹田恒泰さんが中学校歴史教科書を執筆して検定申請されるそうです。 — mold lautream 竹田氏、下手な事書いていたらまた許永中氏から呼び出しくらいますよ。 日本では反韓のフリをしないと商売上がったりなので勘弁して下さい、と少し前の文藝春秋4月号に。 そして本人は記事の9割は嘘と否定していますが韓国に行って会った事は認めていると。 どちらにしても香ばしい人物。 — わお yLNV4htmt7Cijrs 王家とか貴族とかそういうのって歴史上の豪族。 現代においては根拠希薄の特権階級 その人が偉いわけじゃない。 生まれつき偉い人いない。 残存してて民主主義が脅かされるようなら廃絶も同情余地無し。 そんな簡単なことなぜ今だにわからない? 頭ちゃんと働いてる人いないわけじゃないでしょうに・・— lisa lilycornneo タイトルは「日本バカ話」にしたほうがいいな。 — 札幌「資本論」に学ぶ会 SappDasKapital こういうのが、てんこ盛り。 生徒がいい迷惑です。 — 艸wisdom odawisdom 申請するのは勝手だが、認定されるわけが無いことを願うのみです。 いけ bachmint 検定制度があってよかったと思えてしまって草生える。 — 萬田労(肉球新党) Tyuramanta.

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竹田恆和

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2016年東京五輪招致活動当時の竹田恒和(右から2人目が竹田、2009年8月8日) ・の三男。 第125代天皇のにあたる。 父の恒徳王は恆和の誕生直前の(昭和22年)にを行ったため、生まれの他の4人の兄姉と違い、恆和がであった時期はない。 よりに学び、を卒業する。 父は日本スケート連盟と日本馬術連盟の会長もしていたので、父に連れられてよく両方の大会の観戦に行っていた。 スポーツは何でも好きで、小さい頃からいろいろなスポーツに親しんでいた。 馬術の経験 [ ] 父は騎兵将校の職業的軍人で馬に乗ってはいたが、恆和は実際に父の乗馬姿を見たことはなかった。 父から「馬をやれ」と言われたこともなかった。 馬を始めたのは小学校5年生のときである。 たまたま同級生が乗馬クラブに通っていて「僕も連れていってくれよ」と頼んだのが馬術を始めるきっかけだった。 中学生になったとき馬術部に入った。 3年生のときは部の選手が足りず、各部から足の速い選手が集められ、1年間ラグビー部のレギュラーもやっていた。 高校でもラグビー部に引っ張られたが、恆和は「馬術で行く」と決めていた。 オリンピックに出場 [ ] (昭和47年)、にとして馬術のに出場、乗馬はジョセフィンで、個人42位、団体16位であった。 (昭和51年)、に、乗馬はフィンク、個人39位、団体13位の記録を残した。 選手引退から後進の育成へ [ ] 選手を辞めたあと、「世話になった慶應大学の馬術部に恩返しがしたい」と考え、コーチ、監督を12年間務め、学生とともに過ごした。 その後のオリンピックでは、コーチ、監督、本部役員(広報担当)、コーチとして携わった。 オリンピック委員会 [ ] (平成3年)、日本オリンピック委員会(JOC)理事に就任。 (平成4年)、FEI理事に選出。 (平成10年)、FEI副会長に選出。 (平成13年)、この年のに死去したの跡継ぎで日本オリンピック委員会(JOC)会長に就任した。 では、団長を務め、(平成15年)、(平成17年)、(平成19年)、(平成21年)、(平成23年)3月、(平成23年)6月、(平成25年)6月、(平成25年)6月、(平成27年)7月にJOC会長に再任され10期目 となり、またの名誉会長も務めている。 (平成24年)3月、の理事会においてIOC委員への推薦が決まり、7月26日のにて正式に委員に任命された。 東京五輪招致と贈収賄疑惑 [ ] (平成25年)、竹田恆和は理事長として、のらを中心とする(IOC)を巡り、後述のように汚職容疑で国際問題化するの渦中にあった。 同年(現地時間)、国際オリンピック委員会(IOC)が、の首都で総会を開き、2020年・の開催都市としてを選出した。 東京では以来56年ぶり2回目の五輪開催(・)となった。 、のを含めると、日本で4回目の五輪開催となる。 、の立候補都市を調査する評価委員会のメンバーに、に続いて選ばれた。 12月、捜査当局は東京五輪招致をめぐる容疑で竹田をとするの開始を決定した。 2019年3月、これを受けて「会長辞任は避けられない見通し」と報じられる。 、6月の任期満了に伴い、日本オリンピック委員会(JOC)会長を退任すると表明した。 国際オリンピック委員会(IOC)委員を辞任し、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会副会長・理事も退任した。 エピソード [ ]• 不祥事 (昭和49年)にを起こしている。 同年10月22日、会場に向かうためで走行していた内にて、竹田の運転する車が歩行者を轢く事故を起こし、事故に遭った22歳の女性が亡くなった。 遺族に補償することで決着した。 1億円の障害があったためで決着したという。 事故以来、ハンドルを握る機会はなくなり、妻や知人に任せるようになった。 家族・親族 [ ]• 父 -• 母 -• 兄弟 - 、 素子、 紀子、 、 恒和• 妻 - 昌子(松見病院理事松見郁の次女)• 子 - (作家) 1975- 、 恒俊 1978- 、女子1人• 甥 - 恒貴、 恒昭、 恒智• 姪 - 浩子• 一般財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会• 毎日新聞社• 産経新聞 2012年7月26日閲覧• 2020年3月31日. 2020年6月25日閲覧。 2020年3月31日. 2020年6月25日閲覧。 朝日新聞 2019年1月11日• 読売新聞 2019年1月11日• 共同通信2019年3月15日• 『』1974年10月23日夕刊6面。 『天皇家の50年』p. 264-265。 「五輪馬術代表の竹田選手 女性はね死なす」1974年10月23日付の読売新聞夕刊。 PR会社を経て東京放送勤務• 語られなかった皇族たちの真実 223頁• 第1子が恒泰(長男)・第2子が恒俊(次男)・第3子が長女で出身 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• 株式会社せとうちLTKトラベル• エルティーケーライゼビューロージャパン• - バイオグラフィーとオリンピックでの成績 (英語) 先代: 会長 第15代: - 次代:.

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