深夜 高速 バス に 100 回 くらい 乗っ て わかっ た こと。 特別編vol.7 スズキナオ初単著を左近洋一郎(ルノアール兄弟)が読む

『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』編集後記

深夜 高速 バス に 100 回 くらい 乗っ て わかっ た こと

私がいなかっただけだったのだーー散策 誰も知らないマイ史跡めぐり チャンスがなければ降りないかもしれない駅で降りてみる としまえんに行ったけど入れなかった人のために ディズニーランドに行ったけど入れなかった人のために 終電を逃したつもりで朝まで歩いてみる 名前のないラーメンを探して あとがき 検索してわかった気になっていたけど、この世はこんなにいろいろだってことを教えてくれる。 ー 林 雄司(「デイリーポータルZ」編集長) ただ座って飲んでるだけで、知らない人から話しかけられるひと、というのがいる。 スズキさんがそんなひとだ。 ちょうどよい温度の風呂のようなひと。 その場に溶け込むくせに、意外に人の領域に入り込んでくる。 正直、羨ましい。 とにかく、これめっちゃいいので、みんなに読んでほしい。 これが生活史だ。 ー 岸 政彦(社会学者) 若手飲酒シーンの大本命、「チェアリング」の開祖、ウェブメディア界の真打ち、待望の初単著! 人、酒、店、旅……、現代日本に浮かび上がる疑問を調査し、記録する、ザ・ベスト・オブ・スズキナオ! 『深夜高速バスに 100回ぐらい乗ってわかったこと』編集後記 スズキナオさんと初めて会ったのは、その後『酒場っ子』を一緒につくることになるパリッコさんと初めて会った同じ日だった。 その夜のことは以前、『酒場っ子』の編集後記で書いた。 パリッコさんと本を作る中で、パリッコさんともお酒の可能性追求ユニット「酒の穴」を組み、共著もあるスズキナオさんの文章を読む機会を得た。 ある時、たまたま SNSでシェアされたお酒、ラーメン、旅に関する文章を読んでいて、書き手は意識せずに、おもしろいなあと思ってしんみり読み終わってみると、ナオさんが書いたものであるということが続いた。 パリッコさんが監修を務めていた雑誌『酒場人』の創刊号( 2016年 1月)で読んだ「大阪の瓶ビールはどこまで安い?」という文章もずっと印象に残っていた。 あとから思うと、それもナオさんの文章だった。 この本の表題作である「深夜高速バスに 100回ぐらい乗ってわかったこと」をウェブで読んだのも誰かのシェアだった。 大きな、衝撃的な、という形容の似合わない、静かな、重くはないけど体にスーッと入ってくるような感動をおぼえた。 その後、パリッコさんのイベントなどでもときどきナオさんにお目にかかるようになり、会話をした時や LINEで、読んだ文章の感想を言葉少なに伝えるようになった。 今年( 2019年)の春、 UR都市機構のウェブサイトに掲載されたナオさんの日記を読んだ。 いつものように、静かな感動が自分の中に広がり、 LINEで短い感想を送った。 その時、「ナオさんの本をつくりたい」という想いが、ふと浮かんだ。 あちこちで書かれていた、あらゆるジャンルの文章を選んだ、ベストオブスズキナオのような本が読みたいと思った。 今、「あらゆるジャンルの文章」と書いたが、ジャンルは多岐にわたっているが、それらは全部同じことを書いている気がした。 1ヶ月ほど経ち、ナオさんの本をつくりたい気持ちが自分の中でどんどん強くなり、意を決し、 LINEで伝えた。 ナオさんは快諾してくれた。 それから半年も経たないうちに、こうして本にすることができた。 本書に収録されたいちばん古い文章は 2012年に書かれたものだ(「名前のないラーメンを探して」)。 結果的にここ数年の間に書かれた文章が多くを占めることになったが、書いていることは今とまったく変わらないように思える。 この 10年の間にナオさんが書かれた文章は、本書に収録できたものの何倍も量があり、捨てがたいものもたくさんあった。 先の日記も、本書には入っていない。 様々な媒体に書かれた文章を、ナオさんは今年の夏、一冊にするため、丁寧に細かく手を入れてくれた。 本にする課程で、ナオさんの文章を何度も読んだ。 何度読んでもおもしろかった。 村上龍の『 69-sixty nine-』という本を高校生の時に読んでから好きで、特にそのあとがき言葉は、今に至るまで、自分の生きるための指針となっている。 「これは楽しい小説である。 こんなに楽しい小説を書くことはこの先もうないだろうと思いながら書いた。 この小説に登場するのはほとんど実在の人物ばかりだが、当時楽しんで生きていた人のことは良く、楽しんで生きていなかった人のことは徹底的に悪く書いた。 楽しんで生きないのは、罪なことだ。 わたしは、高校時代にわたしを傷つけた教師のことを今でも忘れていない。 数少ない例外の教師を除いて、彼らは本当に大切なものをわたしから奪おうとした。 彼らは人間を家畜へと変える仕事を飽きず続ける『退屈』の象徴だった。 そんな状況は今でも変わっていないし、もっとひどくなっているはずだ。 だが、いつの時代にあっても、教師や刑事という権力の手先は手強いものだ。 彼らをただ殴っても結局こちらが損をすることになる。 唯一の復しゅうの方法は、彼らよりも楽しく生きることだと思う。 楽しく生きるためにはエネルギーがいる。 戦いである。 わたしはその戦いを今も続けている。 退屈な連中に自分の笑い声を聞かせてやるための戦いは死ぬまで終わることがないだろう」 (村上龍『 69 sixty-nine』「あとがき」) スズキナオさんの文章にも楽しさが満ちている。 楽しさを最優先してなんでもない日常を生きている。 しかし、その楽しさの先に敵はいない。 戦いという感じもしないし、復讐という言葉も似合わない。 退屈は、時には寄り添うものにもなり得るのではないかと、今は思う。 「まあ、まだまだ楽しいことはあるよな」 (スズキナオ『深夜高速バスに 100回ぐらい乗ってわかったこと』「まえがき」) この本を世の中に届けることができて、本当に嬉しい。 2019年 10月 31日 朝 森山裕之.

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スズキさんがそんなひとだ。 ちょうどよい温度の風呂のようなひと。 その場に溶け込むくせに、意外に人の領域に入り込んでくる。 正直、羨ましい。 とにかく、これめっちゃいいので、みんなに読んでほしい。 これが生活史だ。 若手飲酒シーンの大本命、「チェアリング」開祖、ウェブメディア界の真打ち、待望の初単著! 人、酒、店、旅……、現代日本に浮かび上がる疑問を調査し、記録する、ザ・ベスト・オブ・スズキナオ! 岸政彦 社会学者 さん・林雄司 「デイリーポータルZ」編集長 さん、推薦! レベルまで飲み代を厳密に割り勘する飲み会はどうか 第5章 この店で過ごす時間は、新型のスマホと違って並べば手に入るものではないのだーー酒 大阪の瓶ビールはどこまで安い? 大人の休日、動物園飲み 見慣れた風景が違って見える「チェアリング」の楽しみ 野毛の名酒場「武蔵屋」の最後の姿を見に行く 店選びを自分の父親に完全に任せるハシゴ酒 第6章 私が知らなかったこの町は、こうしていつもここにあった。 私がいなかっただけだったのだーー散策 誰も知らないマイ史跡めぐり チャンスがなければ降りないかもしれない駅で降りてみる としまえんに行ったけど入れなかった人のために ディズニーランドに行ったけど入れなかった人のために 終電を逃したつもりで朝まで歩いてみる 名前のないラーメンを探して あとがき 社会学者の岸政彦が帯に書いているように、これは生活史の本だ。 著者が本書のなかで訪ね歩いたあらゆる場所では、私たちの知らない誰かの人生が当たり前に営まれていて、著者は彼ら彼女らの人生の、生活の断片を丁寧に拾い上げる。 銭湯で頭や体を洗う時に自分の姿を映し出す鏡。 その鏡の横に添えられたレトロな(もしくはレトロ風な)広告。 あの広告が、いったい誰がどのように作っているのか、そんなことを考えたことがあるだろうか。 私はなかった。 誰がどのように広告を作っているのかを辿っていったら、幾人かの生き字引きのようなおっちゃんやおばちゃんの人生と生活が浮かび上がってくるなんてこと、想像したことがあるだろうか。 私はなかった。 「デイリーポータルZ」編集長の林雄司が帯に書いているように、これは「検索してもわからない世の中のいろいろ」についての本だ。 会社の同僚や取引先と、あるいは同級生や気の置けない友人たちとの飲み会を想像してみてほしい。 会計を「一人いくら」と割り勘したり、あるいは誰か太っ腹な人や年長者やいちばん稼ぎのいい人が奢ったりすることが多いと思う。 でもちょっと立ち止まって、「唐揚げ何個食べた?」レベルまで飲み代を厳密に割り勘するとどうなるのか、考えてみたことがあるだろうか。 私はなかった。 なかったし、そもそも飲み会での会話を文字起こししてみるとあんなにグルーヴ感が生まれることすら知らなかった。 他人より秀でたものなんか一つもない自分の人生を、それでも楽しみながら歩んでいこうという勇気が湧く一冊だ。 普通にある街や人々が、普通なのに魅力的。 本来ならば、『自分の大切な居酒屋』(居酒屋の本ではありません) にしておきたいと思うような 様々なお店や多種多様な人々が おしみなく公開されています。 この本単体で読んでも十分面白いと思われます。 その上で、 経済や政治、思想、生き方、デオドラントスタイルのマニュアルなどの本を頼りに なんとか真剣に正解を求めて、手探りで努力されている方々にとって 一回読むのをやめたくなった時用 ちょと柔らかい本が読みたい時用に、あわせて読まれることが良い感じの本ではないでしょうか。 お城を抜け出した若殿様が わらじで歩いて、たまに足についた泥をパンパンと払いながら書かれたような 秘密の冒険日記と言ったおもむきの 難しい本と一緒に読むには最適な本のように思えました。 冒険日記とは言っても、どこにでもありふれているお店や人や街を 自意識がないと思われる作者様(ナマケモノっぽい)が、 純情なフィルターで浮かび上がらせる魅力を 「全然今の時代でも通用するじゃん!」なごとく、光らせています。 なんでもないことがなんでもあるに見えてしまう。 普通にいる人々、普通にあるお店。 (普通とは言い難いのもあるけれども)が、 「ウケル!」のですから、そのすくい上げ方もまた この本の強い魅力に思われました。。

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特別編vol.7 スズキナオ初単著を左近洋一郎(ルノアール兄弟)が読む

深夜 高速 バス に 100 回 くらい 乗っ て わかっ た こと

はずっと見ている。 もそうだが、Web上でいろんな記事をアップしている人だ。 この本はそういう記事の集大成。 東京や大阪が中心だが、それ以外のちょっと郊外の町を歩いたりして、出くわす「なんでもない店」での飲食体験を丁寧に記事にしている。 その他、「家系ラーメン」と言う言葉通りに、友達の家にお邪魔して、作ってもらうラーメン、の記事だとか、動物園で昼のみ宴会をしてみたり、路上に椅子を置いて風景を愛でながら飲む「チェアリング」など、オリジナルな中にも緩さがつきまとう記事が印象的だ。 これだけ外食産業が栄え、が全国を席巻している昨今というのを考えると、(そういう風潮に逆に食らいついてコンテンツを量産しているのが、例えば『めしばな探偵』などだと思う)、街の個人経営の食堂、以下のところは淘汰されてしまった、と考えるべきなんだろう。 逆に、21世紀に入っても相変わらず生き残っている飲食店は、地域に愛されているということなんだと思う。 グルメ探訪という趣でもなく、街をぶらぶら歩いているような、そしてその道中にたまたまある飲食店にふらりたちよった、ような、そんな、テンションは高くはないが、それゆえにか、優しく暖かい視点で街を切り取る。 エッジの効いた記事、というよりは、どこか薄ぼんやりとしている。 でも、例えば、おらが街の、ラーメン屋とか、そういう人を、誰に紹介して欲しいか、というとこの人だよね。 例えば、いい人で有名な親戚のおじさんが、テレビに出る。 司会は誰?というと、やだったら、ちょっと止めたい。 だけど、勝俣だったら出てもいいんじゃないか。 この人には、そういう優しさが文に溢れている。 ラーメンの旨さとか、新奇さとか、してどうかはともかく、その街における、その店の「ハマり具合」をきちんと言葉にしてくれるだろう。 や序列ではなく、ナラティブなのだ。 ウェブというのは、に自分たちが求めている情報を素早く、抵抗なく拾い上げるためのメディアだ。 しかし、そういった効率第一のウェブの世界で、効率性からも有益性からも程遠い無縁なこのような記事が、逆にネットの中では、妙な存在感をもつのは面白いことだ。 ま、我々人間が、矛盾しているということなんだけれども。 hanjukudoctor.

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