谷口 信輝 ブログ。 新企画始動! あの人気レーシングドライバー谷口信輝選手が自分仕様のハイエースをCRS横浜で作るんだって!

谷口信輝の結婚した嫁は白川茉知!子供がいるのかインスタ画像を調査!

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VIDEO OPTION CHANNELに公開 誰のガレージライフでも、興味津々ですが 谷口信輝サンのプライベートガレージ、となればなおさら。 これだ! 鉄骨スレート小屋の内装貼らずまんまが一周回って格好いい! クルマもいいよね。 TOYOTA 86 にS13 シルビアかぁ。 やっぱしリトラなクルマって格好いい。 電動シャッターが自慢 このオーバースライダーユニットのワイヤー取り回しって、鉄骨に穴開けてそこ通してないか?意外に手が込んでいる。 ガレージの内装?に目をやれば、整備しないのに見せる工具もいい。 スポンサー、、、いいね! NOBサンの最近のガレージ このサイズのクルマだと、ドア開けるのギリギリだね(笑) ウチの最近のガレージ。 やっぱ、ちょ〜〜っとファンシーかもね。 無骨なNOBサンの工具の並べ方は参考にしたいね。 どもです。 ハシリやの兄ちゃんがプロになっていく系譜の、織戸学サンの次世代、谷口信輝サン、今村陽一サン、、久々に見ますと、NOBサンも年取ったなあ、、、。 今年47ですって。 NOBさんの場合、整備作業は殆どしないっていってるので、工具というよりガレージのオブジェですしね。 しかもTONEがスポンサーで 供給を受けている、、という羨ましさ。 道具のしまい方、ですね。 道具のしまい方も含め、モノとの付き合い方の変遷について、最近衝撃を受けていて、ブログにもアップしています。 精度の高い高級工具をずっと大切にする、、という時代も永遠ではなさそう。 1回こっきり使い捨て工具の方が精度出てる場合、収納自体の概念が無くなったりして、、。 2020年 07月 08月 09月 10月 11月 12月 2019年 01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 2018年 02月 07月 09月 10月 2017年 09月 11月 12月 2016年 01月 08月 2015年 01月 05月 07月 12月 2013年 01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 12月 2012年 01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 11月 12月 2007年 01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月.

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谷口信輝選手のブログ「なめてるやろ?」を読んで ( レーシングドライバー 脇阪寿一 OFFICIAL BLOG )

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それぞれの言い分もあり、意見もあり、考え方もあり・・・故意じゃなくミスもあり(それが故意と勘違いされる場合)・・・。 ガイドラインを決めて統制するのは難しい気がします。 服部先輩がGTAとして頑張っていますけど。 スーパーGTには色んな意味で色んなレベルのドライバー、車が参戦しています。 そこがなかなか難しいところであり、スーパーGTが他のどのレースより面白いところなんですよ。 ですが、ここで僕の経験や考え方を少し。 まずレース中のGT500のGT300に対するパッシングについて。 「どけどけどけぇ〜〜〜〜!!!」 ってライトをチカチカしているドライバーがいますよね? 某メーカーは1度ボタンを押すと何回か自動でパッシングするのかな!? 本来パッシングの意味を考え直して欲しい。 本来のパッシングの意味は「僕はここに居ますよ!!」と言う事存在を示すものだと思う。 一般公道でもそうでしょ!? 灯りのない交差点に進入する時や、何かあったとき。 その後で、ラインを譲ってもらえる、もらえないは、次の問題である。 だからGT300に対してパチパチして相手をムカとさせてもしょうがないのにね。 わざと譲ってくれないよ!! でもね僕もたまにパチパチする時があるのよ! それで譲ってくれないとムカッとしてしまう事も。 レースはいいよ。 お互いレースしてるから。 でも例えばTESTの時に・・・ それはTESTを実施する仕組みから話しはおよぶ。 GT500のメーカーが協力してサーキットを借りて大切なTESTを行う。 不景気からGTAを通してGT300のチームがお願いしてきて、GT300の何台かが参加してくる事がある。 そのシチュエーションにおいて、例えば我々がアタックしている時に、ピットアウトしてきてすぐのGT300に譲られないとムカッとする。 でもそのパチパチは 「どけどけどけ!!」 ではなく、僕の場合は 「わぁ〜どけて〜、お願い、どけてぇ〜、何とかお願いします!!」 なんだけでね。 (笑) 同じライトがパチパチするだけではわからないよね。 GT300の方々の中には色んなシチュエーションも全てが一緒枯淡に考えてる方々も居るようで・・・理解されないとこが多々ある。 これは何とかしたいけど・・・難しいよね。 服部さん、説明会する!? GT300の中でもわかってる人は解ってくれているんですけどね。 GT500だけの間でもパッシングはよく話しに出てくる。 普通にバトルしていても後ろでパチパチするドライバーいるでしょ!? あれはどういう意味!? 「どけどけ」なの!? 順位争いしてるのに譲るわけないよね!! 存在を示してるの!? バトルしてるのに、そこに居るのはわかってるよ!! プレッシャーをかけているの!? そんなにパチパチした方が「こいつ冷静さを失っている!」とよけいに抜かれる気がしないよ! パッシング テレビ見てても度が過ぎるとカッコ悪い。 醜ささえある。 プロモーション的にもね!! ドライバーみなさん、考えましょう!! でもでも、僕がパチパチではなくパチパチパチパチパチする時はよっぽどの時なので・・・・ お願い〜〜〜 譲って〜〜〜 今度お返しするからさぁ!! 次は何やったっけ!? GT500とGT300の関係か!? 難しいよね!! それぞれ立場が違うからね。 その立場にならないと想像もつかない事、考え方がたくさんあるだろうから。 考え方を統一するのは絶対無理!!(多分) 無理だから色んな事が起こって、このレース、スーパーGTが面白いんやから・・・ その問題はあきらめましょう!!(笑) でも、でも、 一ついえる事は、何事も「最後は人」と言う事。 車に乗っていても、普段の生活も、大切なのはその人がどういう人かと言う事。 どういう行動をとるかってところ。 学校でも、会社でも、そうでしょ!? レースだって一緒だよ!! GT500もGT300も関係ない。 人だよ、人。 それは一生なおらない人もいるし、誰かと出会いなおる人もいる、歳を取ってなおる人もいる。 あと、スーパーGTの面白いところは、2人のドライバーが1台の車に乗ること。 車の性格が、そのどちらが乗るかでいわゆるその車の「性格」が変わるところ。 通常のレースは車を見ると、ゼッケンを確かめると誰だとわかるけど、スーパーGTはどっちが乗っているかわからないよね!? 僕レベルだと、後方からでも車の動きでどっちが乗っているかわかるけど・・・(笑)・・・たまに間違える。 去年はそうでもなかったけど、今年はやたらとコース上で他車に意地悪されるって感じてるドライバーいない!?自分はちゃんとしてるつもりなのに・・・。 そんな方々!! チームメートが変わってませんか!? 多分ですが、そいつが何かしでかしています。 そいつに対する「クソー」のとばっちりですわ! 他の車に文句を言うのも良いけど、そいつを指導するのも一つの手かもね!? 僕の経験からの対策方法です。 偉そうにすいません!! どう!? それにしてもNOBは素晴らしいね。 GT500に乗せたいGT300ドライバー、No,1だね。 どの車に乗っても優勝に導くし・・・ 何より自分の意見をはっきり言う!! しかも筋が一本通ってる。 自分の意見を言うために普段から努力して、自分なりのメディアも持っているし。 こういうドライバーがもっともっと多くなると良いのに!! もっと簡単に良い方向に導けるのに!! この・・・なレース界を。 13:19 こんにちは。 脇阪さんのこのブログを読んで涙出そうになりました。 なんでかよくわからないけど・・・ 私は谷口さんのブログもいつも見ています。 この日のブログ内容も見て、コメントも全部見ました。 谷口さんに賛成、反対。 コメントした方に対して反対、いろいろありました。 私も以前より必要以上のパッシングを見て少し不快には思っていました。 その車(ドライバーさん)がいくら早くてもカッコ良く見えません。 素直に応援しようとも思えなくなります。 早いだけでは本当に人を惹きつけることは出来ないんじゃないかな、と。 最近、レース中以外の場面でも参加するとつまらなくなってしまっている事もあります。 何事も人・・・確かにそうですよね。 魅せる側も見る側も。 谷口さんのハッキリ物を言うところも好きですが、 脇阪さんがこうして御自身のブログでも取り上げ、しっかり問題に目を向け軽く流してしまわないところも好きです。 今日のブログを読んでこれからもS-GTを応援しようと改めて思いました。 投稿者: み〜ちゃん 2011年08月05日 14:07 日時: 2011年08月05日 結局、意思疎通できないことが問題の発端で有ることは間違い有りません。 昔から思うんですけど、車同士の通信ができるようになれば良いのに・・・と。 今ではデジタル通信するにも様々な方法がありますし、位置情報検出の精度も上がっています。 なので、それぞれの車の周囲数十メートルに限って通信する仕組みを作ってドライバーの操作無しに話が出来れば最高なわけです。 話す余裕が無い場合は仕方ないので今まで通り阿吽の呼吸ですが、もしこういうシステムが有ればトラブルは激減します。 技術的には出来なくもない事だと思いますし、作れれば世界のレース業界にも売れそうなのですが...。 ここからはちょっと脱線気味ですが、チーム内の無線はオープンにすることは出来ませんが、この車間通信だけはオープンにして、その周囲の観客にだけ聞こえるようにすれば、観戦の楽しみも倍になります。 観客と選手が一体になってひとつのイベントを盛り上げる為には、選手同士あるいは選手と観客のリアルタイムコミュニケーションをどう取っていくかがモータースポーツイベントの将来を担っているのはないかと思います。 投稿者: ほりP 2011年08月05日 14:18 日時: 2011年08月05日 寿一さん、ありがとうございます。 寿一さんがたまに書いてくれる、経験談や苦言的なもの。 谷口さんが書いてくれる、こう思うって意思のしっかり出たもの。 自分に何か役に立たないかな?って、よく考えます。 深く考えても仕方ないですが、やっぱり読み終えて感謝の言葉が浮かびました。 だから、ありがとうございます。 人と人、合う部分もあれば、それだけでもない。 私は、パッシングの件も、このSuperGT面白く見せる為ならどうしたらいいかを最前堤にして頂けたらと思います。 また、こんな人たちが、私たちを楽しませることを考え続けてくれる。 だから、パッシングの件、全てうまく行くかわかりませんが、感謝です。 いいレースにして、また楽しませて下さい。 よろしくお願いします。 投稿者: ニオちゃん 2011年08月05日 19:49 日時: 2011年08月05日 寿一さんの言われるとおり、結局人なんですね。 その人それぞれに個性があって、いろいろな特徴があってあたりまえ。 でもそれぞれの考え方の次元の違いですかね。 レース、勝負なので「やられたら、やりかえす」はあると思います。 でも「あてられたから譲らない」とかっていうのはどうかと。 そこか?そこで戦っているのか?って感じがします。 300と500だ同時に走るレースで、300がパスされる場面は多くあるのは当然ですよね。 300で戦っている人たちに対して、なめた態度を取ったドライバーは私からしたら非常に格好の悪い「人」だし、恥ずかしい行為だと思います。 「なめられている」という感情を持つのもどうかと思いますけど・・・。 あまりこういう話題がクローズアップされないといいですが。 もっと人気が出て、サーキットまでなかなか観にいけないから、テレビで中継いてほしいし。 投稿者: rocky 2011年08月05日 21:06 日時: 2011年08月05日 GTレースの難しそうなところですよね。 攻めなきゃ前にいけないし、冷静にならないと接触したりリタイアになってしまったり。。。 まあそれで今までいろんなドラマが生まれてきたわけですから、それも魅力といえば魅力なんですが、やっぱりつまらない争いは極力さけるべき。 非常に判断のむずかしいところですが、不必要なパッシングのしすぎは今度からぺナルティにしたらどうでしょう? 前のドライバーが青旗にも全く気づいてないような場合は別ですが。。。 やはり寿一さんのおっしゃるとおり、最後は本人の自覚と技術になってしまうんでしょうね。 投稿者: Yoshua 2011年08月05日 22:08 日時: 2011年08月05日 子供達から見ると、パッシングをしているレースカーは格好良く見えています。 トイラジコンでもパッシング機能が付いていたりする位ですから。 うちの中2と小5はカートを地味にやっていますが、彼らにパッシングについて聞いてみましたら、小5の息子が「F1には付いてないからいらないんじゃない? だってさぁ、抜けない時は、抜けないじゃん。 抜けるところまで待って抜けば?」って言ってました。 ナント闘争心のない…。 中2の息子は「市販車ベースなんだから、クラクション鳴らせば? あ、ドライバー毎に音が違うと面白いかも。 それか、ウインカーつけたら?」と言ってました。 ドライビング技術、チーム戦略などで差がつくと考えれば、パッシングは技術とは関係ないと思います。 確かにF1にはパッシング機能なんて無いですから小5の息子が言うとおり、パッシング機能がなくったってレースが成立していますし、抜ける選手はちゃんと抜いて行っています。 そしてもめる行為があれば、ペナルティが課せられます。 でも、やはり息子達曰く、派手に見えるのは確かだとも言ってました。 寿一さん、意外と子供達も面白い視点持ってますよ。 シンプルです。 それから、寿一さん、かなり前、三年程前の新宿でのトークショーで子供がカートを始めるきっかけを得たのですが、サラリーマンの家庭でも、地道にレーサー目指してますよ! 投稿者: 仮面ライダーV8 2011年08月05日 22:23 日時: 2011年08月05日 そんなことが・・ 生でレース見たことないし・・もしサーキットへ行けて、パチパチとする車を見かけても、どの車に対するものなのかすら私、わからなそう・・ でも、違うクラスが一緒に走る(1位が2つある)と別々の世界観?があっても全然おかしくないですよね。。 レースのゴール寸前、チェッカーフラッグを横目にパチパチする車にはそれに合わせてTV画面の前でよく拍手をしているんですけど。。 (はやく35号車で拍手したいな) レースの途中で意味深な?パチパチがあるのか・・ 1つ勉強になったというか、これもGTならではのことなのかな? (うん?F1とかFNではパチパチはないってことしら??) TESTの時のは・・ピットから出る前に誰がアタック中かとか確認できるといいですよね〜 それが、難しいのでしょうか? うーん素人が失礼しました。。 今更、500だけ、300だけでレースしても面白みにそれぞれ欠けると思うんです。 ドライバーチェンジのないGTも・・物足りない(涙) ずっと今のスタイルのスーパーGTが続いて欲しい、そのためにはドライバーも応援側も気持ちの良いレースが増えないといけませんね。 そうでないとスポーツでもレースでもなくただの乱暴なカーチェイスになってしまいます。 あと必要以上のパッシングは観ていて単純に見苦しいです。 カッコ悪いですし。 「落ち着きのないヤツだな〜!何そんなにバタバタしてるの?」って感じです。 必要以上にいい子ちゃんになる事もないけど最低限のマナーは守ってほしいですよね。 子供も観ているんですし。 好き嫌いはあるかもしれませんが個人的には谷口選手のはっきりとしたところ好きです。 影でこそこそと遠回し、遠巻きに文句言うよりハッキリ言った方がかえって気持ちいいです。 なんと言っても筋が通っているところがいいです!言うだけの事もやってますし。 どんな事でも影でこそこそしているヤツは嫌いです! 長文な上にちょっと偉そうな事書いてしまいすみませんでした。 ハッとさせられました。 そうですよね〜、フォーミュラにはパッシングライトは無いですよね。 (Fポンのオーバーテイクシステムは別ですが) この500と300の問題は、寿一選手の言うとおり、永遠に解決しないのか…? 一素人が申し上げるのはアレですが、 私のようにこういった裏事情を知らないまま見ている人も大勢いると思います。 興行としてレースを見せているのであれば、このような話をファンに知らせるべきだったのかな?と思います。 何も知らずに純粋にレースを観ていたのに、余計なことを知りたくなかった、、、という気持ちが正直あります。 出来れば、ドライバーおよびGTAの中だけに留めて置いて欲しかった気持ちもあります。 でも、こうやって話が出た以上は、レースをより良いものにするためにも、ドライバー間で何かしらの話し合いなどするべきじゃないでしょうか? 寿一選手も谷口選手も、それぞれが他の選手に働きかけないと何も解決しないと思います。 我々ファンに現状を知らせる(訴える)のは、ちょっと筋違いかと… プロというものは裏側を見せませんよね? いろいろ事情はあるとは思いますが、まず目の前のファン(客)を楽しませるのが責務と思います。 これはどの仕事でも同じで、「あなたにこのサービスを提供するために、私はこんなにいろいろ苦労してやってきてるんですよ」などという人間はいない、と言うことです。 そんな裏事情など関係なく、求められているものを提供するのがプロの仕事だと私は思うのです。 出すぎたことを言って申し訳ありません。 これを契機に寿一選手・谷口選手が中心となって、レース界をより良いものにして頂ければ幸いです。 投稿者: 名無しの音速 2011年08月06日 02:34 日時: 2011年08月06日 初めまして、脇阪さん。 初めてコメントさせていただきます。 私も名無しの音速さんと同じ意見です。 今年からSUPER GTに興味を持って次の鈴鹿で初観戦、凄く楽しみにしていた矢先での今回の件に少なからず動揺しています。 パッシング問題に端を発した両クラスの問題はもちろん、谷口選手のブログのコメント欄でのファンの貶し合いはとても見苦しくまたレース初心者からすると戸惑いを覚えます。 このまま両クラスのファンの間にギスギスした空気が流れてしまうと、最悪SUPER GTを嫌遠していまいそうです。 それほど新参者にとっては耐えきれない雰囲気になってます。 ファンを巻き込む騒動となってしまう前に、ドライバー同士で解決することはできなかったのか。 谷口選手の言ってる事は一本筋が通っていますしはっきりした物言いは好きなのですが、それが今回は悪い方向へと働いてしまったような気がしてなりません。 こうなってしまった以上、今さら今回の件を無かった事にすることはできません。 ならばぜひ脇阪選手と谷口選手が中心となって事態の収拾と改善を図る方向に持っていってほしいです。 恐らくこのままでは、SUPER GTから離れていってしまうファンも少なからず出てくると思います。 せっかく好きになったのに、これがきっかけで避けてしまうのは非常に残念な事ですし、レース界にとっても良い事はないのではないでしょうか? 投稿者: こっこ 2011年08月06日 11:11 日時: 2011年08月06日 初めて投稿します。 読んでみて思ったのは、私はどちらかと言うとパッシングがある方がテンションあがるし自分の中ではすごく盛り上がるのでありだと思います。 まぁ…ある程度の節度は必要だと思いますが…。 全員いい人逹のレースだったらそれはそれでまた違うんじゃないかな!? とも思うし…。 勝負してる中で相手を思いやることは中々できることではないけど、プロ意識を持ててれば度がすぎることはないと思うな。 一番は11さんみたいに『冷静さもありつつ負けん気ある』のがいいと思います。 パッシング自体は箱レースの醍醐味でもあると思うしな…。 投稿者: みっち 2011年08月08日 11:29 日時: 2011年08月08日 はじめまして。 初めてコメントします。 自分もパッシングに関しては場面によっては必要だと思いますが「ここで?、このタイミング?」と感じることがあります。 クラス違いの混走レースはお互いに違うクラスを利用してバトルする見応えが今のSGTだと思います。 クラス違いを地位の上下関係と勘違いしないでほしいです。 バトルに熱くなるのは仕方ない事ですが、違うクラスを尊重してレースするのがプロなんじゃないでしょうか? 自分はサーキットのコースオフィシャルをしているので、担当箇所を監視していると違うクラスのマシンがコーナーに入る場面だと速度差やラインの違いなどで接触の恐れがあるので緊張します。 しかし、お互いにフェアにパスしていくと監視していて感動します。 言われる通り、人がマシンを操ってレースするので「気持ち」が間違った方向で伝わると、お互いに間違った方向になますが、逆に真っ直ぐな方向で伝わると、もっともっと感動できるバトルが多くなるんでしょうね。 投稿者: 白デミオSP 2011年08月16日 01:43 日時: 2011年08月16日.

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自分で「変態」って言うんだから間違いないね ~谷口信輝選手大阪オートメッセでのあれこれ~

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2002年マカオにて 基本情報 国籍 生年月日 1971-05-18 (49歳) 出身地 ・(現:) での経歴 デビュー 2005 所属 車番 4 過去所属 出走回数 121 優勝回数 17 ポールポジション 8 シリーズ最高順位 1位 、、 過去参加シリーズ 2001-2005 2012-2014 2001-2002 2004-2005 2008-2013 2002-2004 2013- 選手権タイトル 2001 2002,2005 2008-2013 2011,2014 2017 2011 2014,2015 2018,2019 (GT300) シビックレース 谷口 信輝(たにぐち のぶてる、 - )は、(現:)出身の。 プロフィール [ ]• 身長:185. 4cm• 体重:66kg• :B型• 愛車:、 、 、、 、、 S14、S15 、(4代目)、、、、、• 愛称:NOB ノブ 経歴 [ ] 16歳 1987年 よりバイクに夢中になり、18歳 1989年 でミニバイクレースで日本一に輝く。 その後、いくつかのバイクチームからのオファーもあり、ライダーのステップアップも考えていたが、バイクレースの帰り道にドリフトしながら交差点を曲がって行くに遭遇し、ドリフトに興味を持ち始める。 その時、知人からバイク運搬用としてを購入予定だったが、 FC3S でドリフトしたいと思っていた。 従兄弟に相談すると、RX-7は燃費が悪いと反対されAE86を薦められる。 同時に近所にある知人の中古車販売店に60万円のAE86()が売られているのを薦められ、谷口は悩んだ末にAE86を選択する。 ここから谷口のドライバーとしての人生がスタートする。 本人曰く、「あの時ボンゴを買っていたらライダーになっていた」。 1996年に四国ので開催されたが主催するドリフト大会「」(通称)の中四国大会に出場、3位となり全国大会の切符を手にする。 で開催された第2回いか天全国大会では3位を獲得。 この時から雑誌などの取材が増え、谷口の名が世に出始める。 なおこの時の仕事は2トントラックで豆腐屋の配達をしていた。 その後、モータージャーナリストを目指し28歳 1999年 で上京し、バイトをしながら雑誌ドライバーを務め、2001年 30歳 からレーシングドライバーとしての活動を開始。 最初のレースはアルテッツァワンメイクレースだった。 戦績 [ ] D1グランプリ [ ] 2001年 - 第2戦、第5戦(共に)で勝利を飾り、シリーズチャンピオンの座を掴む。 第2戦で4輪(この時はウェット用)装着、第5戦ではドライ用のSタイヤ4輪装着で優勝を飾り、Sタイヤでも滑らせる技術を見せた。 2002年 - HKSのワークスドライバーとなり、HKSハイパーシルビア S15 に乗る事となる。 しかし、シェイクダウン時運転していた土屋圭市がクラッシュをしてしまい、第1戦では自前の車にHKSのパーツを装着した物を使っていた。 第2戦以降はHKSのワークスカーが復活し、早速第2戦では優勝するが、第3戦以降度重なるシフトミスでの敗退(第3戦富久田、第4戦、第5戦山下)、そして第6戦でが折れるというマシントラブルなど、上位には食い込むが表彰台にはあまり立てなかったため、シリーズチャンピオンになる事は出来なかったが、シリーズランキングでは2位を獲得した。 2003年 - この年もシリーズチャンピオンの候補に挙げられていた。 しかし第1戦で練習中、(マイカー)のが剥離し、それを修理したところバランスが狂ってしまい、決勝1回戦でスピンしてしまい追走に進出できなかった。 第2戦では地元ながら不得意なで、しかも滑りやすい路面にマシンが合わず、ベスト16にて敗退した。 第3戦では電気系のトラブルが発生し、予選落ちすることとなる。 2ヶ月のブランクがあった第4戦では、得意の超高速コースと復調したマシンの戦闘力が加わり、2位を獲得。 待望の新車、ハイパーシルビアRS-II S15 が投入された第5戦で6位。 そして最終戦では今までのスピードだけの走りでなく、角度と白煙をRS-IIと共に自分のものとした強烈な走りを披露した(この頃には、リアがセンチ単位でコントロール出来ると語っていた)。 しかしベスト16に入る前のオープニングセレモニーで、から第1戦と同様にエンジンブローが発生してしまう。 セッティングも走りもまったく違うRS-Iに乗り換え、追走序盤とサドンデスを繰り返すなど苦労していたが、決勝まで進出。 相手であるのハーフスピンにも助けられ、シーズン初優勝を飾る。 普段はクールに見える谷口が、表彰台で泣き出すという一面を見せた [ ]。 2004年 - 第4戦()での優勝を始め、開幕戦(・)、第2戦()での準優勝、第3戦南コース()での3位表彰台など、抜群の安定感を見せた。 シリーズチャンピオン最右翼と言われていたが、第6戦のエビスで、乗りなれた「HKS ハイパーシルビアRS-II S15 」から乗り換えた「HKS Racing Performer IS-220R SXE10 」がブーストがほとんどかからなくなるという突然のマイナートラブルを起こし、シーズン初の一回戦落ちとなった。 最終戦ので巻き返しを図るも、追走一回戦(ベスト16)でテールを止めきれずにに接触して敗退し、シリーズチャンピオンを逃した。 2005年 - 第4戦、第7戦がやと重なるために不参加が決定していた。 第1戦アーウィンデールではマシントラブルによりベスト16敗退。 第2戦でもが折れるという、予期出来ないマシントラブルにより決勝で敗退した。 高速コースは得意としているはずだが、第3戦SUGOでは1本目を失敗した事によるリズムの崩れから一回戦で敗退した。 第5戦エビスではベスト8にてとのGTドライバー対決となったが、先行で、後追いでスピンをしてしまい敗退した。 第6戦では得意の高速コースとあって期待されていたが、ベスト8にて詰まりすぎによるアンダーを出して敗退。 前述のようにここでシーズンを終えることとなる。 2006年 - 2月24日にHKSがD1グランプリからの撤退を発表した。 所属していた谷口も他チーム・プライベート参戦は行わなかった。 本人の日記を見る限り、谷口の方からD1参戦を取り止めたことが伺える [ ]。 以前にも、HKS以外でD1に出ることは考えられないという発言をしていた。 2008年 - 第2戦の富士でHKS・IS220-Z 2号機 でスポット参戦。 約2年ぶりの復活となる。 一回戦を難なく通過したが、ベスト16で当たったにサドンデスの末に敗れる。 そしてお台場エキシビションにも参戦し、土曜日のベスト16でにまたもやサドンデスの末に敗れるが、日曜日ではベスト16で当たったが観客席側に設けられた鉄柵に突き刺さるほどの大クラッシュに見舞われたことから不戦勝でベスト8に進出を果たす。 ベスト8ではにサドンデスで敗れたものの、2年間のブランクを感じさせない走りを見せた。 2009年度はスケジュールの調整などを詰め、フル参戦での復帰を目標に準備を進めていたが、結局参戦は実現しなかった。 2011年度は第3戦と第5戦、D1 CHAMPIONS in Centrairにゲスト解説者として参加した。 また、D1 CHAMPIONS in Centrairにてデモランを披露。 2012年、HKS&谷口が実に7年ぶりにフル参戦で復帰。 マシンはアルテッツァからこれまた完全HKSチューンのトヨタ・86を投入。 開幕戦からの予定だったが開発が間に合わず開幕戦は従来のアルテッツァで参戦。 その開幕戦お台場は追走に進出するもベスト16で、BMW3シリーズに乗る上野高広に敗れ13位に終わる。 第2戦鈴鹿より86を投入し得意のレーシングコースで単走7位とつけ、追走でもベスト16で片岡龍也に勝利するも、続くベスト8ではパワーに勝るトヨタ・マークXに乗る高橋邦明に敗れ5位。 第3戦オートポリスでは天候が変わる悪条件であった。 単走こそ9位だが追走でそれぞれ末永直登(ベスト16)、手塚強(ベスト8)に勝利し、得意のオートポリスで強さを見せるが、ベスト4ではC33ローレルを駆る熊久保信重の前に1本目のミスもあり敗退。 ただし3位決定戦では佐久間達也に勝利し、自身では2005年の第2戦以来、86では初めての表彰台に登った。 その後第4、5戦のエビス、さらに6戦のセントレアでは3戦連続1回戦落ちと精彩を欠いてしまうが、最終戦お台場では谷口らしい走りが戻り、単走ではシーズン最高の4位につけると追走でも楽々とベスト16で藤中学に勝利するとベスト8ではまたもパワーに勝るマークIIに乗る斎藤大吾と対決、パワー差では斎藤に劣る谷口だが1本目はストレートで斎藤を引き離し、インを差せない走りでアドバンテージを得ると2本目ではインに着くドリフトを見せ斎藤に勝利(なお斎藤は優勝すればチャンピオンの可能性があったがこの敗戦でチャンピオンは熊久保のものとなった)。 ベスト4こそこのラウンド単走から好調の内海彰乃に敗れ決勝進出はならなかったが3位決定戦ではオートポリスと同じく佐久間との対決で勝利を飾り2度目の3位表彰台を獲得した。 2013年も引き続き「HKS Racing Performer 86」でフル参戦。 2014年を最後に参戦休止し、以降審査席での解説等で活躍。 全日本GT選手権・SUPER GT [ ] ・ではよりGT300クラスに参戦。 当時はからでのエントリーで、早くも第4戦で初優勝を遂げた。 から(坂東商会)に移籍。 当初は元のから化されたの挙動変化に戸惑っていたそうだが、その後マシンの挙動をものにしたと言う。 この年は第2戦で優勝し、シリーズ5位となった。 はシリーズ7位に終わった。 にはチームをに移籍し、2006年度第3戦終了時点でポイントランキングトップに立つが、同年8月にはディレクシブがシーズン途中ながら事実上モータースポーツ界から撤退してしまったため、にチーム丸ごと移籍。 第7戦まではトップのままシーズンを順調に過ごしていたが、第8戦以降はノーポイントに終わり、結局ドライバーズランキング3位で終了した。 はに移籍。 マシンが5年前の旧型ポルシェという事やチームメイトが体調不良による欠場など、2年続けて不安の多いシーズンだったが、旧型車の性能優遇措置を活かし、メインストレートが長く、テクニカルコーナーが少ないや富士スピードウェイではダントツの速さを見せ 、年間2勝の活躍でランキング6位の成績を残す。 も引き続きチーム・タイサンから参戦。 マシンの熟成が進んできたこともあり、開幕から2戦連続表彰台に登る。 第7戦ツインリンクもてぎでは自身初のを獲得する。 チャンピオン争いの天王山となった第8戦では、2位走行中にパートナーの山路慎一がGT500の車に接触され4位に後退。 さらに19号車にも追突され、ノーポイントに終わったためタイトル争いから脱落した。 最終戦富士では優勝し、ランキング3位の成績を残した。 は古巣のRE雨宮に復帰。 開幕からしぶとい走りと、チームのタイヤ無交換作戦が功を奏し4戦連続表彰台に乗りランキングトップに立った。 特に第4戦では、接触によりほぼ最後尾まで落ちたものの、そこから怒涛の追い上げを見せ、タイヤ無交換も成功し3位表彰台を獲得した。 最終戦は2位で終わり、シリーズ2位で終えた。 は引き続きRE雨宮から参戦。 開幕戦はポールポジションからスタートし、オープニングラップでコースアウトするものの得意のタイヤ無交換作戦で優勝を飾ると、セパンでも優勝を果たして2勝を挙げるものの、マシントラブルやシーズン途中の性能調整に足を引っ張られたのかそれ以外のレースで大量得点を得られず、シーズン3位で終えることとなった。 はSUPERGT初のチーム であるの GT3での参戦。 第3戦セパンでは圧倒的なストレートスピードを武器にポール・トゥ・ウィンを果たした。 その後シーズン途中の性能調整を受けるも3勝し、GT参戦10年目にして自身初のシリーズチャンピオンを獲得した。 普段は堂々としてクールな谷口も今回はいろんな思いがこみ上げ、珍しくインタビューには涙を見せた [ ]。 JAFグランプリ1日目では、タイヤ選択のミスにより予選は振るわなかったが、本選では、そのストレートスピードを武器にして首位に立つ。 その後、最終ラップの最終コーナーでHANKOOKの藤井に一旦交わされるものの、直線でオーバーテイクを果たし、優勝した。 以降もグッドスマイルレーシングのBMW・Z4 GT3で、移籍してきたと共に参戦。 2012年は、優勝1回するも、ガス欠トラブルや性能調整に苦しむ形でシーズン5位に終わった。 は、JAF-GT勢が猛威をふるう中で、ポイント圏外や鈴鹿1000kmでのレース後の車両検車でリストリクターのトラブルによって失格になるという不運にあう。 それでも終盤で2連勝しシリーズチャンピオンの可能性を残して最終戦に臨むが、結局シーズン3位に終わる。 は、GT300としては初めて開幕2連勝を果たし順調なシーズンを切ることが出来たが、中盤は他車との接触や雨天での作戦ミスによりポイントを取れない時期が続いた。 終盤ではウェイトハンデに苦しみながらもポイントを重ね、チームとして初めてドライバーズランキングトップで最終戦を迎える。 最終戦のもてぎでは、練習走行からセッティングに苦しむが、予選では大幅なセッティング変更が功を奏し3番手につける。 本選では、仮にGANERが勝利をした場合3位以内に入ればシリーズチャンピオンを獲得できる状況の中で後半のスティントを担当し、Audiの猛追を振り切り、3年ぶりとなる2度目のシリーズチャンピオンを獲得した。 では、2012年以来となるデフェンディングチャンピオンとしてカーナンバー0を付けて参戦。 車種は前年まで使用していた初音ミクBMW・Z4 GT3からメルセデスベンツSLSに変更しての参戦となった。 また、現行レースとなってからGT300においては連覇を果たしたチームが皆無であることから連覇の偉業に挑戦するシーズンでもあった。 しかし、シーズンではレギュレーションの影響もあってか開幕戦から苦戦が続く。 結局、最終戦では2位表彰台を獲得したものの、1年を通して優勝はおろか表彰台もこのレースのみとなった。 では、前年と変わらず片岡龍也とのコンビで参戦。 車種がSLSからAMGに変更となる。 シーズンでは、開幕戦を2位と好調な滑り出しを見せたものの、ストレートスピードが極端に遅いという問題をかかえ苦戦が続く。 それでも安定した成績を残し、また車も後半になるにつれて調子を上げていった結果、最終戦のもてぎでは3位表彰台を飾り、シーズン5位で終わる。 では、前年に引き続き片岡龍也、車種はAMGで参戦。 開幕戦の岡山の予選にて2番手につける。 決勝では、赤旗が出るなど荒れた展開ながらも3年ぶりに優勝を飾る。 インタビューの際には、いつものように冗談をいいつつも涙を見せた。 その後も順調にポイントを重ね、3年ぶりのGT300のチャンピオンを獲得した。 以降2020現在まで同じ体制で参戦し続けている。 ツーリングカーレース [ ] には早くから参戦しており、8度のクラスチャンピオンに輝いている。 2011年にはGT300、シビックインターと合わせてST-1クラスも制覇し、国内ツーリングカー三冠という快挙を達成した。 この実績もあり、GT500やF1乗車経験が無いのにも関わらず、特例でのプラチナドライバー認定を受けている。 にもKTMS(神戸モータースポーツ)から参戦し、2014年、2015年と連覇している。 筑波スーパーラッパーとしての活躍 [ ] におけるには2001-2002シーズンから登場した。 最初は、、、の影に隠れていた。 2003-2004シーズン、 CT9A をベースにHKSがチューニングした「HKS・TRB-02(ツクバレコードブレイカー02)」で、筑波サーキット最速タイムとなる55秒フラットを叩きだしレコード保持者となり、後日55秒切りを達成した。 しかしその後のセッティングラン中に、第一ヘアピンでスポンジパッドに全開で突っ込み、車両価額推定1000万円 のマシンをスクラップにしてしまった それでも2004-2005シーズン・そして2005-2006シーズンにおいてこのタイムを越える車は登場しなかったが2006-2007シーズンにランサーエボリューションIXをベースにした「HKS・CT230R」で53秒589を記録し最速レコードを更新した。 谷口は2012年までチューニングカーにおける筑波レコードホルダーであった (2013年にアンダー鈴木がスコーチADVANシルビア(S15)で更新(52秒649)) 現在はこのCT230Rで出した4WDレコードの他に、前述のD1車両レコード(HKS HIPER SILVIA RS-IIにて)、そして4ドア車レコード(Racing Perfomer IS-220Rにて、のちにCT230Rが更新)の3部門でのレコードホルダーとなっている。 TOPFUEL S2000-RR• 2015年1月25日 富士スピードウェイ 1分39秒131 チューニングカーSタイヤコースレコード• 2015年2月5日 岡山国際サーキット 1分27秒887 チューニングカーコースレコード• 2015年3月20日 オートポリス 1分46秒568 チューニングカーコースレコード• 2015年12月3日 鈴鹿サーキット 1分59秒936 チューニングカーコースレコード ドライビングスタイル [ ]• ストリート出身だけあって、ウェットコンディションなど荒れたレースに強さを見せている。 では「チョイ濡れスリック(雨が降り出した直後のスリックタイヤでの走行)が得意」と紹介されている。 のに、「タイヤの使い方が上手い、グリップとドリフトの中間のように、タイヤを物凄くつぶして走るんだ」と誉められた経験がある。 ニコニコ動画「脇阪寿一の言いたい放題」に出演していたSUPER GTでパートナーを組んでいる片岡曰く「尋常ではない負けず嫌い」とのことである。 エピソード [ ]• テレビ東京の内におけるコーナー『愛車自慢コンテスト』で「愛車キング」として審査長を務める。 「・」を信条としており、自身の車も必ずチューニングをする。 自身の所有するも、エンジンをのものに換装している。 最初に買ったAE86はイカ天登場時はスーパーチャージャー仕様ではあったものの、その他のパーツは「付いていればいい」状態で、キャンバーを調整するためのピロアッパーマウントは0度のまま、ロールバーは固定されず室内に入っているだけの状態だった。 その後5台のAE86を乗り継いだ。 2006年、のCMで、出演しているのスタント役として、アフロヘアーのカツラをかぶりラクティスを運転し、初CM出演を飾る。 父親もチューンされたを所有していた(現在は手放している)。 には、戦績や勝利数が谷口より多いのに関わらず永遠の先輩と呼ばれ、尊敬されている。 株式会社制作のにライバルキャラクターとして度々出演している。 「」や「」、「」において、実際の谷口の愛車である「」と共に登場する。 幕張メッセでのデモランを行った際、会場からで出ようとしたを呼び止め、隣の席に乗せてとともにツインドリフトを体験してもらった。 走行後豊田からは「私もこんな走りがしたい!」と言われた。 2001年のマカオ・ギアレースで4位チェッカーを受けた後、リスボアコーナーでと共に二台ので華麗なドーナッツターンを披露してマカオの観客を沸かせた。 レース戦績 [ ]• 2000年 - 十勝24時間レース 5ZIGEN CIVIC 総合10位・クラス4位• 2001年• D1 GRAND PRIX シリーズチャンピオン・2勝• ネッツカップアルテッツァワンメイクレース 41 REDLINE ALTEZZA)(シリーズ4位)• 2002年• 全日本GT選手権・GT300クラス RE雨宮レーシング 7 雨宮マツモトキヨシアスパラRX7)(シリーズ13位・1勝• D1 GRAND PRIX シリーズ2位・1勝)• 2003年• 全日本GT選手権・GT300クラス 第6戦まで)(RE雨宮レーシング 7 雨宮マツモトキヨシアスパラRX7)(シリーズ17位• D1 GRAND PRIX シリーズ4位・1勝)• 2004年• 全日本GT選手権・GT300クラス RACING PROJECT BANDOH 19 ウェッズスポーツセリカ)(シリーズ5位・1勝• スーパー耐久・クラス1 DENAG RACING 25 ADVAN DGゼナドリンGT3)(シリーズ2位・2勝• D1 GRAND PRIX シリーズ2位・1勝• 2005年• SUPER GT・GT300クラス RACING PROJECT BANDOH 19 ウェッズスポーツセリカ)(シリーズ7位• スーパー耐久・ST1クラス TEAM ADVAN DENAG 25 ADVAN DENAG GT3)(シリーズチャンピオン・7勝• D1 GRAND PRIX シリーズ10位• 2007年 - SUPER GT・GT300クラス TEAM TAISAN with NISHIZAWA 26 ユンケルパワータイサンポルシェ)(シリーズ6位・2勝• 2008年• SUPER GT・GT300クラス TEAM TAISAN with NISHIZAWA 26 ユンケルパワータイサンポルシェ)(シリーズ3位・1勝• スーパー耐久・ST1クラス PETRONAS SYNTIUM TEAM 28 PETRONAS SYNTIUM BMW Z4M COUPE)(シリーズチャンピオン• 2009年• SUPER GT・GT300クラス M7 RE雨宮レーシング 7 M7 MUTIARA MOTORS雨宮SGC 7/MAZDA RX-7)(シリーズ2位• スーパー耐久・ST1クラス PETRONAS SYNTIUM TEAM 1 PETRONAS SYNTIUM BMW Z4M COUPE)(シリーズチャンピオン・5勝)• 2010年• SUPER GT・GT300クラス M7 RE雨宮レーシング 7 M7 MUTIARA MOTORS雨宮SGC 7/MAZDA RX-7)(シリーズ3位・2勝• スーパー耐久・ST1クラス PETRONAS SYNTIUM TEAM 1 PETRONAS SYNTIUM BMW Z4M COUPE)(シリーズチャンピオン・6勝)• ホンダ エキサイティングカップ ワンメイクレース シビックレース(アールエスファイン 18 ジョージスピリッツM7シビック)(インターシリーズ2位・4勝)• 2011年• スーパー耐久・ST1クラス PETRONAS SYNTIUM TEAM 1 PETRONAS SYNTIUM BMW Z4M COUPE)(シリーズチャンピオン・6勝)• 2012年• スーパー耐久・GT3クラス PETRONAS SYNTIUM TEAM 1 PETRONAS SYNTIUM Mercedes SLS AMG GT3)(シリーズチャンピオン・4勝)• D1 GRAND PRIX HKS 87 HKS Racing performer 86 (シリーズ10位• 2013年• スーパー耐久・GT3クラス PETRONAS SYNTIUM TEAM 1 PETRONAS SYNTIUM Mercedes SLS AMG GT3)(シリーズチャンピオン・4勝)• D1 GRAND PRIX HKS 87 HKS Racing performer 86/TOYOTA 86 (シリーズ32位)• 2014年• D1 GRAND PRIX HKS 87 HKS Racing performer 86• 2015年• 2016年• 2017年• 2018年• インターコンチネンタルGTシリーズ( 00 Mercedes-AMG Team Goodsmile/Mercedes-AMG GT3)(シリーズ19位• 2019年• 5 関連項目 [ ]• 脚注 [ ] []• は「GT400クラスの加速」と発言。 ただしTEAMマッハのマッハ号が初の痛車という意見もある• は1億円と言っていた。 Video Option Vol. 120(レコードランとクラッシュシーン収録)、Vol. 122(こちらはクラッシュシーンのみ収録)に収録されている。 外部リンク [ ]• - 谷口信輝公式ウェブサイト• - 谷口信輝 公式ページ• - 谷口信輝 公式ブログ.

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