ズームインサタデー。 「ズームイン!!サタデー」の動画を視聴!

【ズームイン!!サタデー全国うまいもの博】札幌東急百貨店で4/11~4/16開催

ズームインサタデー

生放送を行っている 日本テレビ汐留本社 (から) ジャンル ・ 演出 高井健司 出演者 ほか 製作 プロデューサー 似鳥利行、首藤由紀子 碓田千加志、坂本水奈、塚本大輔 関健一() 制作 放送 映像形式 (2017年4月1日より) (同上) 音声形式 (2011年10月8日より) 放送国・地域 放送開始から2009年3月まで 放送期間 - 放送時間 土曜日 5:59 - 8:00 放送枠 日本テレビ系列朝の情報番組枠 放送分 121分 2009年4月から 放送期間 2009年 - 放送時間 土曜日 5:30 - 8:00 放送分 150分 特記事項: 6:10頃 - 6:18頃に 『』を内包。 大半の地域では2009年4月以降、5:59からの飛び乗りで放送。 2018年9月までは6:28からの飛び乗り局もあり。 『 ズームイン!! サタデー』(英称: Zoom in!! Saturday、略称: ズムサタ)は、系列でからされているである。 全国29局ネット。 概要 [ ] 時間としては過去に放送していた『』と『』の後枠で、在京キー局としては当該時間帯初のである。 中継の企画やお天気リレーは関東地方と制作に携わっている基幹局(、、、)のある地域と日テレの計5局で行っていた。 しかし、2009年4月からは地方からの中継が「今日の天キャメラマン」があるだけとなり、事実上不定期となったが、2011年3月を持って廃止された。 ではあるが、基幹局の中継は中継車からの映像が標準画質である場合が多い(放送回線はハイビジョン対応のため一部などの映像はハイビジョン映像で放送されている)。 2009年3月28日まで、本番組は天気予報など一部を除き差し替えはなく、原則全ネット局5:59()開始で放送されていた(ただし、中京テレビでは編成の都合上、放送開始の1996年4月から半年間のみは7:30で終了していた)。 一方その中でも、は最初の1年間は放送されていなかったが、後にフジテレビが『』開始と同時にそれまでのネット番組の代替番組として1997年4月5日に本番組のネットを開始した。 このため、テレビ大分はその1年間のみ土曜朝の全国ニュースの放送がなかった。 2009年4月4日からは、本番組の前に放送していた『』を統合する形で5:30からの2部制の放送に移行する。 また同時に、これまでの開始時間である5:59に飛び乗り点が設けられ、さらに一部地域での編成見直しのため6:28(第2部開始時刻)にも飛び乗り点が設けられることになった。 詳しくは参照。 4月1日からは本番組スポーツコーナーを担当していたが総合司会を務める『』がスタートした。 『ZIP! 』の名前は「 ZOOM IN!! PEOPLE」(ズームイン!! ピープル)の略であり、位置的には『朝! 』から続く「」シリーズの3代目であるが、「ズーム」および「ズームイン!! 」の表示は番組中に一切登場しないため、初代『朝! 『ZIP! 』の最後のCM明けに本番組の「ジャスト!! 日本」の予告をしている(2011年6月以降、ただし金曜日のみ)。 2011年4月2日より放送開始15周年を記念して、デザインなどが変更された。 また同年から編成上の音声がに変更されたが、スタジオ音声はBGM・効果音含めての状態である(ただし、オープニングBGMのみステレオ音源で流れている)。 2016年4月で番組放送開始20周年をむかえるのにあわせて、2016年3月26日から『ズームイン!! SUPER』時代から使われていたスタジオセットが一新された。 2017年4月1日からマイスタジオの改装のためスタジオが変更。 同時に、を開始。 出演者 [ ] 総合司会・サブ司会・スポーツ・お天気担当・その他コーナー [ ] 「ズームイン!! サタデー」歴代の出演者一覧 期間 総合司会 サブ司会 スポーツ お天気 その他コーナー 1996. 6 1997. 27 ( ジャストミート) ( 三子さん) 不在 ( バード) 女性司会者が兼務 不在 1998. 10 1998. 29 ( ミヤちゃん) 1998. 5 2003. 1 羽鳥慎一 ( バード) ( ボート) 2003. 8 2004. 25 ( ヤッシー) 2004. 2 2006. 25 ( モッチー) 2006. 1 2006. 23 ( ターボ) 2006. 30 2008. 27 ( ) ( ユッキー) 2008. 4 2010. 27 ( みゅうみゅう) 2010. 3 2011. 26 ( エース) 2011. 2 2011. 24 ( モリスケ) 2011. 1 2012. 29 ( ドキンちゃん) 2012. 6 2015. 28 2015. 4 2017. 30 ( ギドー) ( あーみん) 2017. 7 2018. 22 ( ミッキー) 2019. 5 2019. 29 週替わり 2019. 6 現在 この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2012年12月) 備考(総合司会)• ( )内は愛称。 男性司会者は全て出演時点で日本テレビアナウンサー。 それぞれ降板後、初代総合司会の福澤は『ズームイン!! 』(『ズームイン!! SUPER』の初代総合司会も担当)、2代目の羽鳥は『ズームイン!! SUPER』の総合司会を担当。 一方、3代目総合司会の矢島は降板して、『』(終了)、『』(から)とスポーツ中継を担当。 4代目総合司会の藤井は降板後、夕方に放送される『』を担当( - 現在)。 5代目総合司会の上重はまで『ズームイン!! SUPER』のスポーツキャスターを担当していた。 降板後のからは『』を担当。 6代目総合司会の辻岡は、『』(月曜日)を兼務している中で就任。 2018年11月より、サブ司会の宮本の読売巨人軍投手総合コーチ就任に伴う番組降板およびその前準備として、宮本が担当していた「プロ野球熱ケツ情報」のリポーター・進行を兼任している。 2020年3月7日放送分は、辻岡が冬休みのため5代目総合司会を務めていた上重が代行した。 備考(サブ司会)• 宮本は就任初回から司会者とともにタイトルコールを行う。 各コーナー出演はもとより、「プロ野球熱ケツ情報」のコーナーではリポートとスタジオ進行を担当。 備考(その他)• スポーツコーナー担当はすべて出演時点で日本テレビアナウンサー。 スポーツコーナー時代の羽鳥は福澤が総合司会の時期のみ担当。 テロップでも「 バード 羽鳥慎一」と記載されていた。 高橋の愛称は担当コーナーに合わせたもの。 桝は2011年4月1日からは『』でメインキャスターを務める。 森は2009年3月30日から2011年3月まで『ズームイン!! SUPER』のエンタコーナーを担当していた。 日本のナレーションも担当していた。 安村は2014年4月から9月まで『ZIP! 』にフィールドキャスターとして出演していた。 現在は『』(金曜日)と『』(木・金)、『』を兼務している中で出演。 望月は罹患のため2018年1月13日放送回を休演。 2019年1月から12月まで月1回「日本全国ビューティー城」のコーナーにが出演していた。 2020年4月11日からは、2020年4月7日に番組を制作している日本テレビが所在する東京都などにが発出されたことや、日本国内での新型コロナウイルスの感染拡大を受けた措置として辻岡、望月、安村、杉江、ニュース担当の一部出演者のみとなっている。 また、ニュース担当はニュースサタデー時間帯も報道フロアからの出演となり、基本的には一人でニュースを担当する。 スポーツコメンテーター [ ] 現在• (ラジオ・ナレーター、2019年4月6日 - )• (、総合プロデューサー兼)*不定期出演 過去• (元巨人投手コーチ。 - 2006年3月25日。 (元監督・巨人ヘッドコーチ。 2006年4月1日 -?? 1998年1月10日 - 2018年12月22日。 (日本テレビアナウンサー・2014年4月5日 - )• (日本テレビアナウンサー・2017年10月7日 - ) 佐藤は前任の久野静香・徳島えりか・滝菜月と同様ニュースの読み上げにのみ出演し、原則としてオープニング・特集コーナー・エンディングなどに直接参加することはない が、特集コーナーのVTRに起用されることはある。 (日本テレビ報道記者・2010年4月3日 - 2013年9月28日) 2005年4月から1年間担当していたため、今回の担当で4年ぶりの担当となった。 (日本テレビ解説委員・2013年10月5日 - 2014年3月29日)• (日本テレビアナウンサー・2012年10月6日 - 2014年3月29日)• (日本テレビアナウンサー・2014年1月18日 - 2014年3月29日)• (日本テレビアナウンサー・2014年4月5日 - 2015年10月3日)• (日本テレビアナウンサー・2015年10月10日 - 2017年3月25日)• (日本テレビアナウンサー・2017年4月1日 - 2017年9月30日) 週替わりゲストMC [ ] 2019年から、宮本が巨人投手総合コーチに就任のため、1月から3月までゲストMCが毎週登場した。 タイムテーブル [ ] (2019. 9月現在) この節のが望まれています。 当番組のタイムテーブルは、生放送を前提に製作しているため、コーナーの開始時間が異なったり、コーナーが前後に交互する場合がある。 第1部 5:30 - 6:28 時刻 放送内容 備考 5:30. 00 オープニング ・7時台特集コーナーの予告・「日本全国土曜の朝にズームイン!! 」 5:33頃 天気予報【ローカル枠】 全国の天気予報と各地の天気予報(30年以上の伝統がある朝番組の象徴「大型」が登場する。 5:36頃 きょうナニたべたい食堂 キャスターから募集した食べたいものを一つ紹介。 5:42頃 ニュースフラッシュ 報道スタジオから安村と佐藤が伝える。 5:47頃 新聞ぜ〜んぶ見てみよう! 一般紙からスポーツ紙までの新聞を紹介。 5:56. 30自社催事CM5:57. 15関西天気 5:59. 00 サタイチ内容紹介 ここで大半のネット局は飛び乗り。 辻岡の裏読みでニュースVTR画面右上にロゴが表示されるだけの簡素なもの(この後の「サタイチ」の内容の1つを10秒で伝えた後CM)。 6:00. 55 サタイチ 朝一番に気になるニュースを紹介する。 『』(現在は終了)の「イチバンNEWS」に近い。 6:05頃 天気予報【ローカル枠】 全国の天気予報・各地の天気予報 日本テレビ:「お天気ニュース」 中京テレビ:アナウンサーの顔出しによるローカル天気+ローカルニュース 2017年3月までは他の系列局同様、自動音声のみの天気予報 秋田放送:「さきがけABSニュース」(前日録画)+ローカル天気(自動音声、情報カメラの映像をバックに)。 ytv:関西天気 6:10頃 「サタイチ」で放送したものを含めて、最新ニュース。 『』の「」に若干近い(スタジオから辻岡と佐藤が伝える)。 6:18頃 ぐっ! とモーニングスポーツ ズムサタ唯一の純粋なスポーツコーナー。 タイトルコール後、内容の1つを10秒で伝えてからCM。 CM明け後、改めて前述の詳細な内容から伝える。 第2部 6:28 - 8:00 時刻 放送内容 備考 6:28. 00 モッチーのよくばりエンタ ここでVTR画面右上にロゴが表示。 辻岡 2018年10月までは宮本 がキャンプ場や球場に足を運びリポートする。 なお、では前2回分の放送に加え、未公開シーンも放映される。 過去には、ジャイアンツ戦試合情報の途中で割り込む、タイガースが勝った試合の情報「キノーの虎」も存在した。 7:52頃 最新ニュース (報道スタジオから佐藤が伝える) 7:55頃 OH! ワンダフルHulu で配信中の映画等の紹介 7:57頃 全国の天気予報 ・翌日放送の『』の予告 ・エンディング「今日も良い日になりますように、ズームイン!! 」 エンディングの時間内は、画面下に2星座ずつ占いが表示される。 かつては番組中に「今日の占い」と題したようなコーナーを放送していた。 ただし、総合演出の意向や重大ニュース(台風・地震など)の関係で大幅に変更されることが頻繁にある。 コーナーの詳細 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 「キャスター全員」としているものは、原則として佐藤は除外。 オープニング キャスター全員とサタボー、 2016年3月まではズーミン、チャーミンもいっしょだった で挨拶をした後、この日のラインナップが紹介され、ズームインのポーズをした後にタイトルロゴを表示。 CMの後に天気を伝える。 きょうナニたべたい食堂(2014年10月4日 - ) 前週の放送終了後に佐藤を含むキャスター達が話し合った、特に食べたいもの(地方の特産品など)のうちどれか一つが紹介され、辻岡、望月、宮本が試食する。 2014年9月までは「朝ナニたべたい食堂」だった。 2016年1月は期間限定で「きょう 鍋たべたい食堂」とし、鍋料理に絞って紹介(1月30日は放送を見合わせたため、2月6日に振り替えた)。 ニュースフラッシュ 時間拡大後、5時台のニュースコーナーとして新設(事実上「朝一番ヘッドライン」のエッセンスはこちらが引き継いでいる)。 報道スタジオ news everyスタジオ から。 2011年3月までは小西・上重の担当だったが、2011年4月からは小西・森の担当、森が降板した2012年10月からは小西・藤井恒久の担当、さらに2013年10月からは宮島・藤井の担当になった。 藤井恒久の降板後の2014年4月から、安村・久野が担当し、久野の降板後の2015年10月から、徳島・安村が担当した。 徳島の降板後の2017年4月から、安村・滝が担当していた。 滝の降板後の2017年10月から、安村・佐藤が担当している。 2014年4月から伝える形式が変わった。 新聞ぜ〜んぶ見てみよう! 時間拡大後、新設されたコーナー。 最初にニュースとスポーツを伝え、その後にエンタを伝える。 ニュース・スポーツは辻岡が、エンタは長沢が担当。 サタイチ 辻岡と望月が担当。 昨日あった出来事の中で紹介していく。 2009年3月までは「朝一番ヘッドライン」を引き継いだ番組最初のニュースコーナーだったが、時間拡大後、5時台でも報道フロアからのニュースコーナーが設けられたため、実質2回目のニュースコーナーになっている。 2014年4月からリニューアルした。 事実上「」の前座。 とモーニングスポーツ 安村が担当。 スポーツ全般の話題を扱う。 モッチーのよくばりエンタ 望月がスポーツ紙の芸能面を詳しく紹介していく。 なお、兄弟番組の『ZIP! 』や『スッキリ!! 』ともども、この番組では普通の話題でも芸能人に「さん」付けをする。 スナックモッチー (2013年4月 -) 2013年4月からスタート。 にある、望月がママを務めるスナックという設定で、客として出演するゲストとプライベートなトークを演じる。 ナレーションはが担当。 これ知ってました? (?-2017年2月11日) ZIP! の『チューモーク! 』に類似したコーナー。 今話題の人物やエンターテイメントを取り上げる。 スタジオの壁に「未知の部屋」と書かれた扉が設置されており、扉をノックすると中からスタッフが現れ、お題の書かれたプレート等を差し出すのが定番である。 2017年2月11日の放送分を最後に廃止され、以後スナックモッチーに統一した。 公開1週間前シネマ(2009年3月28日 -) 望月が担当。 公開1週間前の話題のを詳しく紹介する。 今日土曜日だけの詳しく天気 杉江が担当。 関東地方のその日の天気・気温を1時間毎に表示・解説を行う。 2007年までは「ズムサタヘッドライン」と呼ばれていたコーナー。 2015年4月からは辻岡が顔出し読み上げ、2014年4月からは安村が裏読みとなっている。 気象の解説が必要な場合は杉江が担当。 2018年10月頃?から1週間の注目ニュースを伝える形式に変更された。 ズムサタいち押し 日本各地の話題を取り上げるコーナー。 担当者は毎週変動するが、安村や長沢、山崎の出番が多い。 きわめて稀ではあるが視聴者投票を行うコーナーでもある。 プロ野球熱ケツ情報 番組開始当初から存在するコーナーだが、後述する通り開始当初と現在ではコーナー内容が大きく変遷しているコーナーである。 スタート当初はメインMCの福澤による進行で、平日のズームイン!! における『プロ野球いれコミ情報』同様、前日の試合結果を中心としたプロ野球情報コーナーであった。 1998年1月からは、前年に現役引退し、スポーツコメンテーター兼サブMCとして番組に加入した読売ジャイアンツ元選手の宮本和知が司会を務め、番組降板前の2018年10月まで担当した。 2018年11月以降の司会はメインMCの辻岡が兼任している。 このコーナー内でプロ野球選手の中には特別の地位がある選手や監督(詳しくは当該項目を参照)が存在する。 野球とは関係ないテーマを決め、宮本がそのテーマに沿っての選手 時には監督・コーチ陣もインタビュー対象となる にインタビューしている(宮本が「このコーナーは野球の話は全くしません」と言い放つことも)。 宮本の起用以降も、当初はプロ野球の試合結果や宮本による野球指導のコーナーなどがあり、純然たるプロ野球情報コーナーとして位置付けられていたが 、本コーナー内で宮本によるジャイアンツの密着取材を放送した事がきっかけで、徐々に毎週1つのテーマについて宮本が選手・監督・コーチ陣にインタビューする内容が定着。 最終的に試合結果の詳細やダイジェストはスポーツコーナーへ吸収され、プロ野球情報コーナーからジャイアンツを中心としたプロ野球選手・指導陣の素顔に迫るバラエティーコーナーへシフトしている。 また、のでは、未公開映像を含めた30分の『ズムサタ プロ野球熱ケツ情報』が独立番組として放送されている。 ジャイアンツが取材の功績を称え、このコーナー、及び本番組に対して感謝状を送ったことのある、球団公認のコーナーである(ジャイアンツの公式ホームページでは、毎週金曜日に翌日の放送で取り扱うテーマを紹介している。 ただし、まれに権利上の関係などで紹介されない場合もある)。 コーナー開始時には長年『』のエンディング曲で「この星を この街を」のイントロ部分が流れていたが、2019年5月11日より作曲のインストゥルメンタル曲が用いられている。 2017年度はが当コーナーで出た発言などをほぼ毎週掲載していた。 デイリーはの記事をメインに構成されており、ライバル球団専門のコーナーを記事にするのは極めて異例。 2018年10月27日の放送で、宮本が読売ジャイアンツ投手総合コーチ就任に伴い同年12月で降板し、後任はMCである辻岡が担当することが発表された。 同時に、同年11月に宮本がコーチとして秋季キャンプに帯同することから、降板前の11月と12月の放送で宮本が取材・進行する事が困難となった為、10月27日の放送を以て取材・進行の役割は宮本の番組降板に先立って辻岡に引き継がれた。 ワンダフルHulu で配信されている映画等の作品を、長沢と山崎が紹介する。 犬をモチーフにしたマスコットキャラ「ふるおくん」が登場する。 サタボーの週末占い 放送日当日及び翌日の運勢を12星座別に紹介。 かつては、最後にその日の一番運勢のいい星座を望月が発表していた。 最近は、エンディングで画面の右上に載るぐらいの簡素なものになった。 また、キャスターの読み上げもなくなった。 エンディング マイスタジオ前にキャスター全員と一般の親子連れが集まり、辻岡が「さんからのお知らせです」と言い、翌日の『』の予告をする。 その後、その日に誕生日を迎える子供の名前を一人ずつ呼び(時間があれば、誕生日以外の子供も呼ぶ)、最後にレギュラー陣でポーズと共に「ズームイン!! また来週(年内最後はよいお年を)! 」と言って終了する。 子供の名前紹介は、2020年2月22日から新型コロナウイルスの感染問題のため、自粛となった。 以前放送されていたコーナー [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2012年12月)• 2006年9月30日より「サタイチ」に改題• スポーツ紙チェック(1996年4月 - 2006年9月)• けさの注目記事(1996年4月 - 2006年3月)• 日本」のコーナー(不定期)で放送中。 かつての「ズームイン!! 」のコーナー「N. ヘッドライン」の土曜版。 話題の!? 現場検証(開始 - 2006年? 月 街頭調査をするコーナー。 主に若年女性の流行を取り上げる。 2006年4月以降はレギュラーでの放送がなくなった。 内容は「ズームイン!! SUPER」の「」に引き継がれている。 願いがかなう風水(開始 - 1997年頃、福澤担当時でエンディング近くに放送・同じくDr. コパが担当していた)• 週末ちょい旅(開始? - 2006年? 月 週末のイベントを紹介(時々中継もする)。 当初は6時台後半だったが、2006年4月よりエンディングに移った)• けさのスポーツ紙一面• マンスリースペシャル(2007年2月 - 不明) これまで(着ぐるみの)サタボー〔「番組のマスコットキャラクター」参照〕が芸能レポーターとして芸能情報を伝える「サタボーのもっとよくばりエンタ」や(着ぐるみの)サタボーが芸能人と一緒に遊ぶ「サタボーあそぼー」などを放送。 なお、この時間帯にのコラボレーション企画を放送することがあり、特にのが主演するドラマとコラボがほとんどでその時だけ、亀梨は「亀梨プロデューサー」という設定。 また、後に『』とのコラボの際にはのがアシスタントプロデューサーに任命されている。 天気リレー(2009年3月まで) 6時台:各地と中継を結び、オリジナルの大型温度計を使ってその場所の天気や気温を伝えるコーナー。 中継する局は基本的に幹部局のみ(MMTとHTVを除く)。 7時台:札幌テレビ、中京テレビ、読売テレビ、福岡放送の順に各局のキャスターが伝え、最後は日本テレビ(マイスタ前)でお天気キャスターが全国の天気を伝えてコーナーを締める。 今日の天キャメラマン(2009年4月から数ヶ月間) NNN系列局の協力により、各地の生の風景をお天気カメラで見ていくコーナー。 リポートは各局の社屋内からディレクターや記者が天カメを操作しながら伝えていたが、音声はほとんどがではなく電話回線からのものだった。 現在も台風中継などの時にこの方式をとることがある。 上重お役立ち新聞(2010年4月 - 9月) 各朝刊の一面・中面を詳しく紹介する。 2010年3月27日まで「朝刊ニュースの目」と呼ばれていたコーナー。 理科系男子 "ます"たいちのスポーツ新聞でござい"ます"(2010年4月から9月) 前身は「高橋くんの3分スポーツ新聞」で桝太一がスポーツ紙一面を紹介していく。 高橋はエプロン姿と調理器具型の差し棒(ベル付)でコーナーを進行していたが、桝は白衣姿と虫眼鏡型の差し棒(ベル付)で進行する。 サタトピ(2007年4月 - 2010年9月) その週の注目ニュースを深く掘り下げる特集コーナー。 2007年より「特集!! サタデー」から改題された。 また「注目ランキング」も不定期で行われる。 「注目ベタランキング」第1位の話題を扱う場合はそのままVTRが連結される形でコーナーが始まる。 2007年9月までは藤井と伊藤奈穂子(週代わりで今中麻貴)が進行していた。 2007年10月からは元アナウンサーの山元香里がロケも含めて担当していたが、山元降板以降は伊藤や岸本梓が担当している。 新聞エンタとって出し(2010年10月2日 - 2011年2月19日) スポーツ紙などの三面記事にある記事を紹介する芸能コーナー。 朝刊から Pick UP! (2010年11月13日 - 2011年3月5日) 各朝刊の一面・中面を詳しく紹介する。 2010年4月から半年間放送されていた「上重お役立ち新聞」に若干似ている。 1を発表。 1に選ばれたペットからグランドチャンピオンを決める「グランドチャンピオン大会」を開催。 エンタ特技見せ(2011年5月14日 - 2012年3月31日と2012年4月7日の新聞ぜ〜んぶ見てみよう!のコーナ内) 望月が芸能人のもとを訪れ、特技を披露してもらう。 望月の判断により、特技と認定されないものもある(2011年9月10日放送でが披露したヒーローバック宙など)。 芸能人がどんな特技なのかを発表した時に、望月とスタッフ(番組側・芸能人側両方とも)が「ええっ!? 」と驚きのリアクションをするのがお約束となっている。 みんなのキモッチー(2012年4月14日 - 2013年3月30日)• クイズ・今日のジャスト!! (2011年4月9日 - 2014年9月27日) 当日の「ジャスト!! ほとんどは、1問目は正解が発表されるが、2問目についてはなく、「正解は7時20分ごろからのジャスト日本で! エース上重は見た! 2010年4月3日-2015年3月28日 上重が話題のスポットを取材するコーナー。 このコーナーからはキャスター全員が着座してマイスタジオから放送、VTR後のフリートークの最後からコーナーが繋がっていく。 杉江勇次のドラマーチック天気? - 2015年7月頃 杉江、山崎、宮本が担当。 杉江が詳しい天気を伝える際に趣味のドラムを叩くパフォーマンスを行う(悪天候などの場合は中止)。 義堂が参ります。 (2015年4月4日 -? ) 2015年4月4日から辻岡が総合司会に就任したことに伴い、「エース上重は見た! 」を改題したコーナー。 辻岡が渋谷の繁華街などをリポートし、特定の話題に関するいろいろな話を聞く、「話題の!? 現場検証」時代から続くトレンド情報。 マスコットキャラクター [ ] 「ズムサタ」ではかつて土曜日の「 土」の字をモチーフにした「サタッピ」と「サタミ」というキャラクターを2005年1月から設けていた。 しかし『ズームイン!! SUPER』の「ズーミン」よりマイナーな印象があったせいか、2006年3月いっぱいで姿を消した。 その後「サタッピ」・「サタミ」に代わるキャラクターが2006年から登場。 『ズームイン!! SUPER』同様、鳥をモチーフにしたキャラクターで「ズーミン・チャーミン」(以下、略称「ズーチャー」と表記)のという設定。 体毛は2006年4月からのタイトルロゴと同じ緑色でを着用(着ぐるみは両端に「Z」と表記されているゴーグルを着用)し、ズーチャーより脚が長く、お腹に「ZS 」と書かれている。 当時の司会者である藤井の左利きをイメージしている為、「ズームイン!! このキャラクターの名称募集が2006年から行われていたが、同年の放送でキャラクター名が「 サタボー」に決定した(ドラマ『』の宣伝に来ていたのが応募数の多かった上位5つの中から選んで決定)。 グッズは2006年に発売された。 2011年3月31日を以って『ズームイン!! SUPER』が終了することになったため、ズーチャーのキャラクター消滅も考えられたが、多くの視聴者からの要望に応え、同年4月以降は本番組に移動し、サタボーと3羽揃って登場することになった。 2016年3月26日を以ってズーチャーは番組を卒業。 その際辻岡アナから「ふるさとの「鳥の島 とりのしま 」に帰る事になった」と説明され、お別れの挨拶 をした後、赤いカーテンの「とりのしまの入り口」に入って飛び立ち、絵本 の中に入るアニメーションが挿入される演出で締めくくられた。 ズーミンは『ズームイン!! SUPER』から約13年、チャーミンは約10年活躍し続けた。 (サタボーのみ番組続投)。 サタボーは2018年のドラマ『』で、共亜火災保険のイメージキャラクター『きょうあ君』として第1話 、第5話 、第6話 に出演している。 キャラクター一覧 [ ] 現在• サタボー(2006年4月29日 - 現在) 過去• サタッピ(2005年1月 - 2006年3月)• サタミ(2005年1月 - 2006年3月)• (『』終了に伴う引っ越し・2011年4月2日 - 2016年3月26日 )• (同上) 出演者のニックネーム [ ] 出演者を親しみを込めて呼ぶことが多い。 国木田かっぱの「かっぱちゃん(さん)」のような氏名の 名を呼ぶのがほとんどである。 しかし「バード羽鳥」「ヤッシー矢島」「ターボ藤井」「エース上重」「ギドー辻岡」「モッチー(望月 )」といった「ニックネーム」がズムサタの独自性といえ、ほかの番組に出演するときでもこの場でついた名前で呼ばれることが多々ある(羽鳥や矢島など)。 司会者のニックネームについては、福澤は番組開始以前から名乗っていた「ジャストミート」を使用し、羽鳥は番組開始時に公募したが応募件数が少なく結局福澤から「バードでいいんじゃない?」と名づけられた。 矢島以降は番組で公募し、ズムサタ終身名誉顧問である原辰徳に決めてもらうことが恒例となっている。 辻岡については公募はしたものの、最終的には福澤から提案された「ギドー」を原が気に入り決定した。 終身名誉会長 … (監督(2002年 - 2003年、2006年 - 2015年、2019年 - )。 なお、終身名誉顧問とは本番組放送開始当時の巨人監督・が2001年に退任した時に与えられた終身名誉監督がその由来)• 同コーナーでの当初の肩書は「中日広報」であったが、中日のリーグ優勝時に勝手にセ・リーグ統括を名乗ったため、現在まで定着)• ピッチボーイズ … (2008年退団、2018年復帰、2019年引退)、(2007年引退) しかし、上記のメンバーの多くは移籍や退団などで巨人軍を去ってしまい、この地位表現が使われる機会は激減している。 2000年代後半からは(現・福岡ソフトバンクホークス2軍打撃コーチ)を筆頭に、(現・一軍バッテリーコーチ)、(引退)、などで結成されたウーウー隊(の持ちネタでのサイレンを真似した「ウーウー」を頻繁に行う集団。 特に大道はこのコーナーで選手を仕切る事が多く、司会の宮本から「(番組)プロデューサーみたいだ」などと言われたことがある。 さらに、2017年シーズンからは日ハムから移籍してきたが独特な価値観の持ち主であることと、話術が優れていることもあって、新レギュラーになりつつある。 また、2010年4月7日に急逝したコーチのも、巨人での現役時代はこのコーナーの常連、ズムサタレギュラーであり、2009年のオフには広島の自宅に、このコーナーで宮本が取材に行くほどであった。 そのため、同年4月10日の放送回では「プロ野球熱ケツ情報」と「ジャスト!! 日本」分の時間を使い、追悼特集をCMを挟まずに放送した(この日の「ジャスト!! 日本」は2週連続放送の特集『外国人インタビュー』の後編を放送する予定であったが、コーナーを休止し、後編はその翌週放送となった)。 その他に、(引退、現・一軍投手チーフコーチ)が描いた絵を、毎年オフシーズンに紹介する『木田画伯展』などの企画は、該当する選手が巨人を去った後も継続して行われており、そういった選手もズムサタレギュラーと呼ばれている。 ネット局 [ ] 29局同時ネット。 放送時間は2020年7月現在。 第1部(5:30 - 6:28)は ローカルセールス枠のため5:30開始のフルネット局も臨時に5:59飛び乗りとすることもある。 逆に5:59開始の飛び乗り局も臨時にフルネットとする場合もある。 〈タレントスタッフ〉• 総合プロデューサー:() - 不定期出演(亀梨主演のドラマや映画の宣伝、プロ野球巨人戦開幕時(プロ野球スペシャルサポーターも担当)など)• AP:() - 不定期出演(ドラマ・映画・新曲の宣伝など) 〈通常スタッフ〉• 演出:高井健司• 日本担当、一時離脱も復帰していた)、山口葵、中尾阿実(以前は、ニュース担当)、猪口義之(週替り交代)• エンタデスク:藤田梨奈• TM:川合亮• SW:三井隆裕、村松明(週替り交代)• カメラ:池田純哉、中村佳央、加美山稔、津野祐一、濱川和人、橋本圭祐、星合陽介、西阪康史、渡邊晃、伊藤孝浩、横田将宏(週替り交代)• 音声:藤岡絵里子、寺田恭子、榊原大輔(週替り交代)• VE:塩原和益、笈川太(週替り交代)• 照明:大野精一、鈴木道隆、坂口尚真、大矢晃、山内圭、大川俊 敏 行、掛橋司、佐野広之、本木卓、貫井亜廉、中山佑宇(週替り交代)• 美術:本田恵子• TK:桜井えみこ、居波初子(週替り交代)• AP:山下田歌子(デスクの回あり)• 音効:島野高一、石橋裕司• ECG:辻根昌枝、石黒好美• 編集:福井洋、石毛孝• ライター:池田正喜(一時離脱も復帰していた)、板垣悟司、富永淳一、板橋めぐみ、浜崎美帆、小田川朋広、細村卓也、川瀬吉宏(週替り交代)• 構成:西村耕平(以前は、リサーチャー)• リサーチャー:吉嶋亮• ブレーン:川上伸一(以前は、構成)• キャラクター:宮城創(Middle)• 音楽:小野雄紀(2011年4月2日 -。 2019年4月よりオープニングテーマはが編曲したものを使用)• 制作協力:、(旧:)• チーフプロデューサー:関健一(2018年6月9日 - )• 製作著作:日本テレビ 過去のスタッフ [ ]• 構成:、(番組開始から1998年8月まで)• ディレクター:• ジャスト!! スポーツ担当:黒田清隆、島村茂樹、盛田和哉• 熱ケツ:大矢裕之、石川絵里、西尾玲香• エンタ担当:、小川裕之(以前は、ジャスト!! 新聞:藤田正和、斎藤陽子、中村克之• 日本担当)、田中孝将、山内かのこ、熊谷航太郎、塚本和也、濱田大樹、菅原広、工藤啓史• TD:一ノ瀬健次、今村公威、遠藤裕二、牛山敏彦、矢込宏敬、佐藤勝義、三山隆浩、荻野高康• SW:高梨正利、米田博之、村上和正• カメラ:渡辺滋雄、榎本丈之、小林豊、日向野崇、井出善彦、岡田勇輝• 音声:荒井吉春、三石敏生• 照明:吉松耕司、野村博幸、木村明、浅見俊一、佐々木靖、佐々木康雄、大前英樹、徳永博一、市原伸、秋長稔、高星武志、森田恵太郎、菅原佑介、高橋正彦• VE:梅津孝一• 中継:大熊昇、田村好彦、山根寿彦• 美術:高野豊• 大道具:町山宏• TK:柏木梨佐• ECG:滝澤奈美子• 編集:要田和宏• デスク:小早川純世• 総合演出:• 制作協力:(旧:) 兄弟番組 [ ]• (月 - 金 7:00 - 8:30)〔1996年4月1日 - 2001年9月30日〕 - 末期の司会は本番組初代男性司会の福澤が務めた。 月 - 金 5:50 - 8:00 〔2011年4月1日 - 〕 - 司会は2010年 - 2011年に本番組のスポーツコーナーを担当していた桝が務める。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• データ放送企画は時期によって変わることがあるため、一部回は実施していない。 編成上及びの場合。 後にマイスタジオに戻った。 総合コーチ就任に伴い番組を卒業(降板)。 人事異動など行事がある際には参加する。 また、放送後のキャスタートークにも他の全員と共に参加している。 一般紙の冒頭で流れる曲はCapsule「FRUITS CLiPPER」の5秒早回し版• 「Missデビル 人事の悪魔・椿眞子」に出演した際は、その部分が劇中の企業、共亜火災保険のロゴマークとなっていた。 彼らの言葉が唯一わかる宮本和知が「通訳」をして代わりに宮本がコメントした。 の『』。 ズムサタ出演以前から使用されていたものがそのまま使用。 2017年10月14日までは第1部を5:59飛び乗り。 2015年12月までは第1部を5:59飛び乗り。 (サブ)とのでもあるが、テレビ朝日系列の一般番組供給部門には非加盟で、日本テレビの公式ウェブサイト上でも単独ネット扱い。 1996年9月までは7:30飛び降り。 2010年3月までは第1部を5:59飛び乗り。 2014年3月までは5:59飛び乗り。 福岡放送の取材地域はを含む。 2009年4月から12月までは第1部を非ネット、2010年1月から3月までは第1部を5:59飛び乗り。 2009年4月から2010年9月、2012年4月 - 2018年9月は第1部を非ネット、2010年10月2日から2012年3月は第1部を5:59飛び乗り。 2014年4月から2018年9月まで全ネット局で唯一、通常編成において第1部が非ネットであった。 2009年4月から2012年3月までは第1部を非ネット、同年4月より第1部を5:59飛び乗り。 2009年4月から2010年3月までは第1部を非ネット、2010年4月3日より第1部を5:59飛び乗り。• 2010年4月3日 - 2011年3月26日は第1部を非ネット。• 2014年3月までは第1部を非ネット。 出典 [ ]• ORICON NEWS. Oricon ME. 2019年4月5日. 2019年6月11日閲覧。 2018年2月15日閲覧。 2018年2月15日閲覧。 - THE ALFEE OFFICIAL WEB SITE• スポニチアネックス. 2016年3月26日. 2016年3月26日閲覧。 スポニチアネックス. 2016年3月19日. 2016年3月22日閲覧。 2018年4月22日閲覧。 2018年6月2日閲覧。 2018年6月2日閲覧。 外部リンク [ ]• zumusata - 前番組 番組名 次番組.

次の

ズームイン!!サタデー

ズームインサタデー

概要 [ ] ()の本社(当時)内オープンスタジオ「(通称:マイスタ)」を拠点に、国内外からの中継を基に構成。 最新のニュースと気象、スポーツ情報から、番組の目玉である日本列島各所の中継、特集を放送した。 その一方、芸能情報は番組開始時から晩年までほとんど扱うことがなかった。 番組の企画段階での仮タイトルは『 今日、あなたは』。 その後『 ズームイン!! 全国的に朝! 』と変更されたが(1970年代初頭のの漫画が元の流行語「全国的にアサー! 」が元ネタ)、当時日本テレビ社長のに伺いを立てたところ「人の真似は良くない」とされた決裁により「全国的に」の部分だけが取れて『 ズームイン!! 』(後身『』も含め、一部の記事を除き以下『ズームイン!! 』と記す)に落ち着いた。 番組の開始を機に、当時新築された1階に「マイスタジオ」を新設した。 マイスタジオは本番組以外にも『』(5月放送開始)や『』(後に本番組の2代目司会者となるが担当)、『日本テレビハイライト』などで使用されたほか、スタジオ特性(外部からの中継回線を通常のスタジオより多く受け入れられる設計であった)を生かし、外部からの中継番組を処理する「受けサブ(リモートサブ)」としても使用された。 日本テレビでの放送時間は7:00 - 8:30()で開始以来不変だった。 ただし、一部ネット局では放送時間が異なっていた事例もあった。 番組マスコットは「ズームくん」という人工衛星を擬人化したキャラクターで、テロップや番組ノベルティグッズ等に使用され、開始当初から1985年頃までのオープニングアニメーションや「プロ野球いれコミ情報」のオープニングCG、1995年から1998年までのオープニングCGにもその姿を確認することができる。 しかし番組終了と共に姿を消し、『ズームイン!! SUPER』ではしばらくの間マスコットは使用されなかった。 2001年より、本番組をリニューアルする形で『 』がスタート。 番組の歴史 [ ] 前史 [ ]• にスタートした45分のニュース番組『』はそれまでの『』で伝えられた全国ニュースに加え、特集や地方の話題などを加えて放送するという、当番組の原型となるような内容で放送されていた。 その後、『』との枠統合、ならびにネット局との調整を経て当番組がスタートする。 後述通り、当番組には報道部が関与しないため、報道部制作のニュース枠として『NNN朝のニュース』を放送再開した。 徳光時代 [ ]• 1979年放送開始。 初代司会者は。 番組冒頭、徳光は「皆さんおはようございます。 徳光和夫、37歳、顔も背丈も標準よりちょっと下回っているようでございますが、そんな私が司会を致します『ズームイン!! 』が今からスタートいたします」と視聴者に挨拶した。 初日最初のニュースは前日に起きたのであった(後に福永と徳光が遠縁の親戚であることが放送の『』で明らかになった)。 開始当初からの企画としては、全国ニュースでは取り上げにくいローカル色の強いニュースを各局のアナウンサーが直接伝える「NSヘッドライン」、各局が地元球団を応援しながら伝える「プロ野球イレコミ情報」、街角からの中継で通りがかった一般の人と英会話を行う「さんのワンポイント英会話」、「朝の詩(ポエム)」などがあり、これらは長寿企画となった。 『ズームイン』開始前の徳光は中堅アナウンサーとして視聴者から一定の支持を得ていたものの、報道に不向きなのが災いし社内の評価は芳しいものではなかった。 徳光の起用を決めた初代総合演出のによると、「プロレスやバラエティで活躍している奴を真ん中に置いて朝の番組で使って、何を考えているんだ」と上層部から猛反対されたという。 しかし、斎藤は徳光の才能を高く買っており、「『ズームイン』の司会には渡された原稿を読むだけでなく、自分の言葉、自分の感性で喋ってもらいたい。 そう考えたら(当時の日本テレビアナウンス部の中で適任なのは)徳光しかいないじゃないか」と押し切った。 結果徳光は番組の成功と共に朝の顔としてお茶の間に定着。 アナウンサーとしても徐々に再評価され、『ズームイン』以外の番組にも多数起用されるなど、活躍の場を広げていくことになる。 前番組である『おはよう! -』からジャーナリストのがコメンテーターとして続投。 ニュースコーナーでは秋元が中心になって仕切っていた。 1980年に第17回・選奨を受賞。 1980年10月22日放送で前日の監督解任に激怒した長嶋ファンである徳光は、視聴者に対し・()の購読打ち切りを行うよう呼びかけた。 1980年、日本テレビが制作担当であったこの年の『』は、本番組のスタッフが実働部隊となり、本番組のシステムで『ゆく年くる年』を制作・放送した。 これには本番組並びにキャスターとしての徳光を全国的に売り出す狙いがあったとされ、そのために(当時アナウンサー)、(当時アナウンサー)、(当時専属キャスター)、(当時アナウンサー)といった各局の看板キャスターを集め、中心に徳光を置くといった演出も行われた。 この年は当番組と同様にマイスタからの生放送となり、各地からの中継レポートも当番組の各局キャスターが担当。 中継を呼び出すときの音も当番組の効果音が使われた。 ネット局関連 [ ] 開始当時のネット局は日本テレビ、、、、、、、、、、、、(・)、、、、、、の19局ネット。 このうち、山形放送、北日本放送、福井放送では1984年3月まで『』を放送していたため、8時10分飛び降りとなっていた。 このとき、北日本放送はローカル番組『 おはようKNBです』に内包する形をとり、番組後半はローカル編成を組んだ。 このため番組欄では両番組名が併記となったほか、ローカル部分がのちにステレオ放送化されたため、新聞等の番組欄のタイトルにはステレオ放送のマークがついた。 また山形放送では9月までも放送していたことに加え『』があったため、7時30分からの飛び乗りとなっていた。 詳細は「」および「」を参照 1979年4月から、西日本放送のにより岡山県での放送を開始。 同年(実質はのサービス放送から)、前日に開局したにて静岡県での放送を開始。 それまで日本テレビとテレビ朝日とのクロスネット局であったは前番組『』はネットしていたものの、終了後はテレビ朝日系列の『オリンピックニュース』とアニメの再放送枠に充てていた。 同年、当時日本テレビ・フジテレビ・テレビ朝日とのであったでのネットが開始した。 ただし、開始当初はフジテレビの『』も放送していたため、8時飛び降りとなっていた。 、この日に開局したにて長野県での放送を開始。 それ以前は長野県に日本テレビ系列局が無かった。 1981年(実質はのサービス放送から)、この日に開局したにて新潟県での放送を開始。 開局当日は徳光が新潟に赴き、生放送を行った。 同年、上記の『ゆく年くる年』の効果により、それまでフジテレビ系列の番組をネットしていたにて鹿児島県での放送を開始。 4月1日(実質はのサービス放送から)、この日に開局したにて熊本県での放送を開始。 前年の新潟の時と同様に、徳光は熊本に赴き、生放送を行った。 福留時代 [ ]• 、徳光は同年4月から開始される夕方の報道番組『』のメインキャスターに就任することになり、が最後の担当となった。 から後任にが起用され、同日はバトンタッチを兼ねて二人で進行した。 なお、福留は当時『』( - )・『』( - )の司会を務めており、『高校生クイズ』ロケ期間(7月下旬から8月上旬にかけて)は収録先から福留が中継で出演して番組が進行され、『ウルトラクイズ』ロケ期間(8月下旬、9月から10月上旬までの間の1ヶ月間程)は主に自局および系列基幹局の代理キャスターが担当していた。 徳光から『ズームイン』の司会を引き継いだことについて福留は後年、「当時の社長が日テレ系列局の役員会で『徳光さんの後任司会は誰なんですか』と系列局の社長に突っ込まれて、高木社長が日テレの局アナの中で私と徳光さんしか分からなかったのでやむなく私が抜擢された」と語っている。 なお、『ズームイン』司会就任に当たり福留は『ウルトラクイズ』、『高校生クイズ』はどうするのかを上層部に問いただしたが、双方続投と聞いてあ然となった。 当初は福留ではなく当時読売テレビアナウンサーで関西地区のキャスターも担当したが2代目司会者の最有力候補に挙がっていた。 福留は「最初の1年間は味噌汁の味は変えない(徳光時代の番組カラーはそのまま引き継ぐ)が、1年経ったらその後は自分の色でやる」として、実際に1年後にはスタッフを総入れ替えして報道・情報番組色を強めたという。 最初の1年間は、福留が中心となって、視聴者の朝の生活習慣を調査した。 この調査によると、トイレ・歯磨きなどほとんどの行動が3分以内であることが判明し、1回の中継時間を可能な限り3分以内とするリニューアルを実施した。 同時に、それまで持ち回り制だった中継スケジュールを廃止。 毎月全国の系列局のを集めて企画会議を行い、それを基に中継を実施した。 また「情報トレイン」に至っては会議であらかじめテーマを決め、各局が企画したテーマを持ち帰って取材を進め、中継を放送した。 1990年7月には8時台の「NSヘッドライン(2回目のニュースコーナー)」を「情報トレイン」に変更。 さらには「31分31秒」を「朝生リポート」に変更し、31分31秒に代わる企画「ズームインズーム」を登場させ、「ワンポイント英会話」の開始時間を7時20分から7時45分にする、「プロ野球いれコミ情報」の最後に時間切れの爆弾とGAME OVERの文字を表示させて「朝の詩」に移行するなどの大幅なリニューアルを行った。 また情報番組としてスピーディーな進行を志向した福留の意向により、徳光時代以来長らく続いてきたが不確実性が高くアクシデントの主要因ともなっていたマイスタ前の一般開放を取りやめた(オープニングのみ、エンディングは継続したが来訪者にインタビューするなど絡むことはなくなった)。 3月に福留は日本テレビを退社しフリーアナウンサーに転身したが、本番組の司会は続投した。 福留はこの半年後、の情報番組『』の司会に就任し、以降はTBS側の方針により、『ブロードキャスター』が休止される場合同時に本番組の放送週を休む形をとっていた。 『ウルトラクイズ』、『高校生クイズ』の司会はこの年からに交代したため、前年までのように『高校生クイズ』収録のため福留が地方から出演したり、『ウルトラクイズ』収録のため福留が番組を1ヶ月離れたりするという事はなくなった。 、番組放送開始15周年を記念して日本テレビ開局40周年記念特別番組『 ズームイン!! 』をゴールデンタイムの夜7時から4時間にわたって放送。 徳光と福留のダブル司会により朝と同じスタイルの番組を夜に展開する企画で、好評につき同年秋にも2回目(この時は夜7時からの2時間30分)の放送がなされた。 1993年からに掛けて、長寿企画である「朝の詩」や「ワンポイント英会話」のコーナーを終了させた。 ニュース量・地方中継の量と質の向上などの第2のリニューアルを進め、スピーディーな番組進行の色合いが強まった。 「朝の詩」はのコーナーであり、花王に了承を得てから終了となった。 以後、花王はから降りてPT()扱いとしてCMを流した。 重大な事件・事故が起きた際、その翌朝にはマイスタでの司会を別の者(など)に任せた上で、メインキャスターである福留自ら現場から生放送・リポートを行う手法を多用した。 1993年の発生の際には、被災したを翌朝の番組でからリポートした。 最も有名なのはの発生から2日後の、神戸から番組を生放送し、現地キャスターと被災地や被災者のリポートを行っている。 、に姉妹番組として『』を福澤朗の司会で開始した。 1998年4月1日、前半ネット部分の体制が、それまでの隔日提供から曜日毎の提供に変更された。 これは直前番組の「ジパングあさ6」や「ズームイン!! サタデー」、後番組の「ズームイン!! SUPER」でも同様。 ネット局関連 [ ] (実質的にはサービス放送開始のから)、前日に開局したにて石川県での放送を開始。 それ以前は石川県に日本テレビ系列局が無かったため、北日本放送(主に金沢市・能登地方)と福井放送(主に加賀地方)が取材を行っていた。 1991年4月1日、長崎県での放送がこの日に開局したに変更。 テレビ長崎での放送はその半年前に打ち切りになっている。 10月1日、愛媛県での伊予テレビ(現:)開局 を期にTBS系列の番組ネットの見直しが行われ、これまでTBSの平日朝7時の番組(最末期の番組は『』)を放送していた(愛媛)とが番組ネットを開始。 最大の28局ネットになる。 1994年4月1日、鹿児島県での放送がこの日に開局したに変更。 なお、それまで鹿児島県でのネット局であった鹿児島テレビは同日フジテレビが開始した『』を本番組の後継番組扱いでネット開始した。 開局当日は福留とNNNの九州地区基幹局である、の中継キャスターのが鹿児島に出向いて番組が放送された。 福澤時代 [ ]• 1998年の放送を最後に福留が勇退。 代わって放送から『ズムサタ』のメインを担当していたを3代目司会者に起用。 福澤はこれ以前にも、『アメリカ横断ウルトラクイズ』( - 1992年)と『』(1991年 - )において、福留に代わって司会を担当していた。 福留は同年4月に「『ズームイン!! 』をそろそろ若い人に譲りたい」として日本テレビの社長に勇退を申し出ており 、それ以降「後釜は誰か」という声は上がっていたが結局『ズムサタ』初代司会者の福澤が横滑りすることになった。 2000年、「ズバリ!! 橋本五郎」放送中に当時のから突然電話がかかり、スタジオと数分間談話した。 この日の前後にも複数の番組に電話をかけ、話題になった(のにも選ばれた「 」の有名な一例である)。 、最終回を迎えた。 22年半の放送にピリオドを打ち、『ズームイン!! SUPER』にリニューアルされる。 福澤は『SUPER』の初代司会者の1人として続投した。 なお、2000年秋には『』で本番組のスペシャルが放送され、歴代の司会者である徳光・福留の両名も福澤とともにマイスタから出演した。 視聴率 [ ]• における初回視聴率は、2. ところが1979年7月にでが開局したのを機に、基幹地域以外にも民放地方局第3局・第4局が開局。 4月には当時、視聴率で民放1位だった『』を追い抜いた。 1992年4月には1日だけではあるが、NHK総合テレビ『』の視聴率を民放史上初めて上回り、1994年4月には平均視聴率でもNHK総合テレビ『』(上記『モーニングワイド』の後継番組)を上回った。 同年7月には番組最高視聴率である22. 中盤の勢いは福留時代末期から、『おはよう日本』の復調や『』の躍進により、視聴率が頭打ちとなった。 同年6月に『』のプロデューサーであったが編成部長に就任した際、最初に着手したのが早朝時間帯の大改革の断行であり、本番組・『』・『』の3番組を統合する形で、『ズームイン!! SUPER』が始まることとなる。 番組テーマ曲 [ ] サンバ調で流れるテーマ曲はの作曲による番組オリジナルで、オープニング、エンディングとも同じ曲である。 原曲は3分00秒の曲だが、番組オープニング部分が長時間のため番組では原曲を継ぎ接ぎして長くし、使用しており のように、何度でも繰り返しできるように構成されていた 、エンディングでは応用として、元日などネット局のが発生する際に、飛び降りポイントで曲が終わるかのように、かつ引き続きネットする局では続けて流されたこともあった。 なお、司会が福澤になってからは宮川が改めてアレンジしたものを使用した。 オリジナル音源は長らくCD化されなかったが、番組の終了および宮川の没後である発売の「宮川泰 テレビテーマ・ワールド」にアレンジ版も含めて収録された。 同CDには、『SUPER』と『ジパングあさ6』のテーマ曲も収録されている。 ネットしていた局 [ ] 系列はネット終了時のもの。 (1979年3月5日 - 1988年3月7日)• (1988年3月7日 - 1998年8月31日)• (1998年9月1日 - 2001年9月28日) 徳光時代にオープニングのフォーマットが変わってからは名前テロップ上部に必ず「おはようございます」の表記が入る。 「ズムサタ」でも共通だったが、『SUPER』になってからは表記を廃止し『ズムサタ』も途中からやめている。 歴代の司会者はその当時の日テレの看板が務めていたが、いずれも後にフリーに転身しており(後身の『』司会の羽鳥慎一・も)、「ズームイン!! また、司会の3人はそれぞれ『』と『』に関係している。 現在の『高校生クイズ』の司会は『』の司会のである。 また『ズームイン!! SUPER』の司会の羽鳥は『高校生クイズ』の司会を担当せずに彼の後輩であるが担当していた。 司会が休暇の場合は日テレのアナウンサーやネット局のアナウンサーが東京に派遣されての代理司会を務めた。 徳光の休養時は福留など、福留の休養時は福澤、羽鳥など、そして福澤の休養時はや、羽鳥などが司会を務めたことがある(福留時代には代理で徳光の司会が復活したこともあった)。 番組末期はほとんど札幌テレビのが東京での代理司会に定着していた。 マイスタを基点とせず、日本各地の中継先(系列局の開局時や福留時代における『高校生クイズ』の収録、マイスタが機材の更新工事などで使えない場合)から司会を行う場合もあった。 アシスタント(末期のみ) [ ]• (月 - 水)• (木・金) お天気キャスター [ ]• 和田より子(現:・フリーアナウンサー)• (1993年 - 1996年)• (1996年 - 1998年)• (1998年 - 2000年)• (2000年 - 番組終了まで) 中継キャスター・アナウンサー [ ] 中継時(コーナーの担当時)、画面右上に中継地と放送局名が常に表示されていた。 当初は中継地にあたる箇所には、中継先を問わず局舎所在地が入っていたが、後に「東京・日本テレビ」・「北海道・札幌テレビ」・「静岡・静岡第一テレビ」・「愛知・中京テレビ」・「大阪・よみうりテレビ」・「福岡・福岡放送」というように、中継地の都道府県名と放送局名へと変更された。 このような表示は、全国各地の中継を目玉とするこの番組の大きな特徴であった。 この方式は、初期の各局リレー中継でも踏襲された。 通常は中継地と放送局のエリアは一致するのだが、ごくまれに放送局のエリア外を担当することもあった。 『』に出演のキャスターについては当該項目を参照。 (STV)• (RAB)• (TVI)• (MMT)• (ABS)• (YBC)• (FCT)• 日本テレビ(NTV)• (YBS)• (TeNY、1997年12月まではTNN)• (TSB)• (SDT)• (KNB)• (KTK)• (FBC)• (CTV)• (YTV)• (NKT)• (HTV)• (KRY)• (JRT)• (RNC)• (RNB)• (RKC)• (FBS)• (KKT)• (TOS)• お天気コーナー [ ] 天気予報のコーナーは当初、徳光の歌う「」に合わせて天気予報を放送していたが、放送開始から2〜3年した頃、アメリカでは天気予報がとしてしてきている事に着眼した()と()がコーナーを一新し、以下の項目に重点を絞った天気予報コーナーを作った。 視覚的にわかりやすい巨大な温度計を使用(視聴者が一番知りたい寒暖などの情報を一瞬で伝える)し、全国各地の中継先から天気予報の概要を伝え、それをリレー形式でつなげる。 東京においてもから外に出る(天気予報をスタジオの外から送る)。 なお、番組中使用していた大型温度計は計測機能のない「温度表示板」で、実際の気温に合わせて赤いテープを手動で上下させる単純な仕組みだった。 番組中にその事を明言することは無かったが、強風で温度計が倒れてテープがずれてしまったことがあり、福留が放送中に堂々と直している様子が映されたことがあった。 従来の天気予報は、各地の気象観測所を中心とした予報であったが、気象協会から送られてくる情報に加工を施しアバウトな形で伝えることに特化した。 日本列島を極めて簡略的に表示した上で主要地のみに天気マークを配置した「きょうの天気」テロップを番組冒頭で用いたり、日本列島上の晴れや雨の場所を大雑把に色分けする形でCGで表示し、それを日中と夕方以降の2パターン用意することで予報推移の概況を伝えた。 関東ローカルの天気でも大雑把な天気予報は同じで、関東地方の場合は関東7都県の地図の上に大雑把な色分けの天気分布と同時に関東7都県の降水確率と東京の最高気温が表示される。 主なコーナー [ ] オープニング・天気リレー• 番組開始当初は天気リレーがなく、7時の時報とともに番組テーマ曲とオープニング映像の を流し、アニメーションの終了とともにマイスタ前に映像が切り替わり、総合司会が朝の挨拶及び話題を話した後、最初の提供クレジットの直前に「ズームイン!! 」の掛け声を行っていた。 なおOPには右下に日付が10秒間表示されていた。 表示字幕は変わらず使用され、司会者が「おはようございます! 」と挨拶をしたところでいれられるようになる。 番組開始から数ヵ月後に「ズームイン!! 」の掛け声の前に「全国の朝」と題した全国リレーを行っていた(ただし中継局キャスターへ呼びかけは総合司会の徳光だった)。 その後、前述したようにオープニングのスタイルを変更。 」とカメラに向かって指をさし、同時にカメラが総合司会に向けてズームされつつ最初の中継地に画面が切り替わり、最初の中継地の映像とともに番組のタイトルロゴ及びテーマ曲が流れて番組がスタートする形式となった。 各中継局は番組テーマ曲に乗せて中継地の様子、、番組オリジナルで気温を伝え、次の中継局キャスターへ呼びかけて順次中継をつなぎ、最後は東京(マイスタ前)に戻りが全国の天気を伝える。 その後は再び総合司会にカメラが切り替わり、改めて「ズームイン!! 」の掛け声を行い、最初の提供クレジットが入る。 総合司会が福留・福澤に代わってもこのスタイルを踏襲、番組の看板コーナーのひとつとなったが、福留時代の途中からは最後に総合司会へ戻さなくなり、全国の天気の最後にお天気キャスターが次のコーナー名を読み上げた後(例:「コマーシャルの後は、『N. ヘッドライン』です」)、そのまま最初の提供クレジットに入るようになった 時期不明だが前述通り福留時代末期からアナウンサーに読み上げが廃止された関係で最初の提供クレジットが全国の天気前にテロップで表示される形式に変更され、後に番組中盤にCM明けにテロップで表示される形式に変更された為、全国の天気の後そのままCM入りするようになった。 福留時代末期から福澤時代は、冒頭その日の主なニュースをヘッドライン形式で数項目伝えてからマイスタ前に映像を切り替えていた。 これは、前座番組『ジパングあさ6』からの接続がレスとなり(一部地域を除く)、マイスタジオのセットを『ジパング - 』仕様から本番組仕様に入れ替えるための時間が必要となったためで、その時間をヘッドラインニュースに充てていた。 ただし、大型事件や大災害により番組内容を大幅に変更する際は、オープニングはマイスタ内あるいは現地からの中継となり、アニメーションも自粛、BGMも流さず番組タイトルの表示のみとする。 タイトルアニメーション・CG• 1979年 - 1985年 アニメーション。 夜から朝への移り変わりをイメージしたものとなっている。 まず夜空を模した幕が開いて青空が現れ、ズームくんが日の出のように現れた後、卵、扉の順で現れ、鳩が飛び去った後朝日が昇り、その朝日が「朝」(黒色)に変化し地平線に立つ。 続いて、「ズームイン!! 」(虹色)が太陽光線を伴って左下から右上に向かって表示され、それと同時に「朝」の右側に付帯する「! 」(青色)が表示される(この時点で「朝」は地平線から切り離される)。 1985年 - 1988年 ここからアバンタイトルとなり、最初の中継先の映像を背景に「朝」の青文字がズームアップし、次に右下にズームダウン。 それと同時に右上から「ズームイン!! 」(赤色)と「朝」(紫色)の右側に「! 」(黄色)が表示され、最後にロゴ全体がズームアップされ見切れる。 1988年 - 1990年 画面左下から「朝」(紫色)の文字が跳ねるように登場し、次に「ズームイン!! 」(赤色)と「! 」(黄色)が1文字ずつ右上から表示され、最後にロゴ全体がズームアップされ見切れる。 1990年 - 1991年 「ズームイン!! 」(青色)の文字が1字ずつバラバラに表示され集結していき、続いて画面中央右下からズームアップして「朝」(赤色)が表示されたのちに「! 」(黄色)が表示、ロゴの色がテーマ曲のメロディに合わせ変化し、最後にロゴ全体がズームアップされ見切れる。 1991年 - 1995年 画面内にのグラフィックが表示され、それらが1字ずつタイトルロゴに変化する。 最後にそれらが1つの大きなシャボン玉となり割れる。 ロゴマークとなった際に縁どりがされた時期もある。 初期はシャボン玉の色彩が薄かったが、のちに濃くされている。 1995年 - 1998年 四角形、円形、三角形、太陽、カモメ、波、蜃気楼をイメージしたグラフィックを順に写したのち、タイトルロゴ(「朝」の時計の部分がズームくんの顔となっている)が赤色(グラデーションがあり変化し続けている)で集結されるように表示、直後に「ズームイン!! 」の部分が横方向に1回転し画面外左側へに飛び出し、右側から元の位置に戻る(飛び出す際にロゴが反転するケースとしないケースの2種類あった。 またその際に「朝」が元の時計を模したものに戻る)。 最後にロゴを形成していた赤色がそのまま四散し消える。 1998年 - 2001年 虹をイメージしたグラフィックが画面左右から表示され、それらが輪を形成し右下へ回転しながら泡を表示させつつ消え、その泡がさらに左下から表示された山並みをイメージしたグラフィックと合わさる形で朝焼けとなり、太陽が表示される、その太陽が「朝」のロゴの一部になる午前7時を示すアナログ時計に分針を動かしながら変化し、さらにそれが反転して「朝」のロゴとなり、そして画面左下から「ズームイン!! 」、右上から「!」が表示(いずれもオレンジがかった赤色)、最後はロゴの赤色が中央に集結し泡状に四散して消える。 大型事件や大災害があった場合はアバンタイトルでの司会者挨拶や天気リレーも行われなく、被害地の映像に白抜きで番組タイトルのみ流れて、すぐに司会者に映像が変わり本題に入る。 なお、福留の最終出演回もが直近にあったため同様の流れとなり、番組の最後に福留の降板の挨拶と後任司会の福澤の紹介が行われた以外は全編豪雨被害関連のニュースで持ち切りだった。 NSヘッドライン 開始当初はとの区切りがあったので『』という言葉が使えず、その結果このタイトルにした。 ニュース映像を使用できない時期もあり、新聞記事を紹介していたこともある。 全国各地のローカルニュースを繋ぎあわせて報道した。 それらはマイスタでは全く読まず 、放送局名または地方名を東京で告げた直後に中継先(事件・事故現場とは限らない)から各放送局のアナウンサーが直接伝える点 が番組で最も特徴的な部分であった。 福留時代に顕著だった傾向として、項目1つあたりにかける時間が短く、矢継ぎ早に次の項目に移るということがあった。 その結果項目数も多く、短時間で情報量の非常に濃いコーナーとなっていた。 ニュース映像は当初映像素材に番組で使うテロップを付けて流していた。 末期になると前夜の『』や『』、約1時間前に放送された『』からのニュース映像を使い回して放送していたため音声・部分はカットして読みにしていた。 ズバリ!! 橋本五郎 読売新聞編集委員(当時)のが主に一般紙朝刊紙面を紹介、解説するコーナー。 福澤が司会となって登場。 橋本が2001年2月に面の理由で休業(復帰したのは次番組の為、実質降板となった)後は、日本テレビ報道局のが引き継いだ。 プロ野球いれコミ情報 コーナータイトルは(現・)から発売されていた人形型玩具の『』が由来。 コーナー中でもチーム応援用の小道具として必ず使われていた。 各局の中継キャスターが全国の局でそれぞれ応援している地元球団のハッピやジャンパーを着て、試合結果などを伝えていた。 総合司会が、よみうりテレビが、中京テレビが、広島テレビがを担当し、エリア担当のリポーターであるがを、がの応援役として登場した。 回によっては福岡放送が代表として 、札幌テレビが巨人(札幌シリーズ時)の結果を伝えることもあった。 のリポーターが下関発祥の大洋(横浜)の応援役となったこともあった。 リポーターと共に各局専属のプロ野球解説者も参加しており、日本テレビからは、、、、読売テレビからは、、、中京テレビからは、、、、広島テレビからは、、福岡放送からはなどが出演していた。 胸にはその放送日時点のチームの順位が書かれた名札をつけており、Aクラスのチームは赤色 、Bクラスのチームは黒色と分けられていた。 各局が情報を伝える時は中継がその局に切り替わっていた。 切り替わるとその応援球団に因んだBGM が流れ、試合結果や喜びの声、ぼやき(敗者の主張)などが繰り広げられた。 (チーム名 ) ワリコミ情報! 」と声が上がることもある。 伊藤や魁が乱入し、またネット局からの応援合戦が白熱したところで画面右上に15秒からのカウンターが表示され、0になると「GAME OVER」と表示されコーナーは終了 喧騒の後は一転しておだやかな「朝の詩」が始まる(1994年まで)。 東京の総合司会が巨人を応援するので巨人の情報に偏りがちになっていた。 なお、総合司会の休養時には日テレのアナ が巨人を担当していたことが多かったほか、札幌テレビの森中アナ(滋賀県出身で、大の阪神ファン)が代理の場合、読売テレビと共に阪神ニュースを読んでいた。 阪神が低迷していたには、負け試合を伝える場合に「なんぎやなぁ」 というフレーズを言うのが恒例となり、1987年の銀賞を獲得した。 視聴者プレゼントのための「なんぎやなぁステッカー」も作られた。 また辛坊治郎・森武史の両アナウンサーは阪神の応援ソング「」を出版し、阪神のコーナー中は森が当番でかつ前日の試合で阪神が勝利した場合にBGMに「負ける気せんね」 を、阪神が負けた場合はカップリングの「ハイハイ敗」を流し、それ以外の時は「」のを流していた。 また、現在『朝生ワイド す・またん! 』で使用している「ハタハタマシーン」の原型というべきものが当コーナー内で使用されていた。 中継リポーターの伊藤と魁をはじめ、中継先から伝えることも多い。 巨人以外の球団を担当するリポーター(と解説者)が試合の開催地まで出張することもある。 対巨人戦(巨人のホームゲーム)の際に東京のマイスタジオに出張した場合、前日の試合で巨人に勝った場合は巨人担当の総合司会(と巨人担当解説者)をスタジオの隅に追いやって(または追い出して)進行した。 ただし、前日に巨人に負けた場合は逆に隅に追いやられるか追い出される。 福岡放送のホークス情報はもともと放送時間・曜日がほとんど確保されていなかった。 また、セ・リーグの情報に時間を割いた ため、パ・リーグの結果は字幕のみで終了する日が大部分になっていた。 魁は大洋時代、「 ヒゲクジラ」と称してマスクマン姿でこのコーナーに登場していた が、ヒゲクジラになる前には福留と一緒に巨人のハッピを着て応援していた時期も存在した。 コーナー最後のカウントダウン表示は『ズームイン!! サタデー』の「プロ野球熱ケツ情報」にも引き継がれていた(現在は廃止)。 この方法は他局にも影響を与えた。 その例として10月1日の放送ではこの日、一部が先行開業したの特集にちなみ、イレコミ情報の最中にが、下り始発がに到着するシーンを「ワリコミ新幹線情報」と叫んで割り込んだことがあった。 被害を受けたのは阪神の情報を途中で切られた読売テレビであったほか、その後の中京テレビでは佐藤が「は、ドラゴンズは」と便乗しながら叫んで割り込んだ。 1993年ごろから「いれコミ感動大賞! 」と称して、番組独自の月間MVPをチームごとに選出し、受賞選手にトロフィーを贈呈していた。 選考基準は記録よりも目に見えない活躍をするなど、ファンに感動を与えたかどうかが重要視された。 番宣などで芸能人らがマイスタから出演するときは、ひいきチームの応援役として登場することもあった。 福留時代途中までは、冒頭に司会者が前日の結果について触れた後にカメラ前にいるスタッフが投げたボールをキャッチしてスタートしていた。 その直後に出てくるイレコミ君のかぶっているキャップが一つ目の対戦で勝利したチーム、ないしは中継先が応援しているチームおキャップの色であった。 コーナー開始時のテーマ曲で最も長く使われたのは、テレビアニメ「」の挿入歌「戦え!バイカンフー!」である(前奏〜曲の最後の部分につなぐアレンジが施されていた)。 Jリーグおまかせ情報 プロ野球イレコミ情報とは異なり中継は結ばず、東京のマイスタから試合結果を伝えた。 集英社の雑誌です 当日もしくはその週に発売されるの雑誌を告知する。 あくまでもコマーシャルなので、番組のコーナーではない。 集英社の提供エリアが全国ではなく基幹地域やそれに準ずる一部地域のみだったことから、この枠は(集英社が提供していたエリア以外では)PT枠扱いとされ、該当するエリアではローカルなど別スポンサーのコマーシャルに差し替えられていた。 福留時代には冒頭に「 おはよう、今日の一冊」というタイトルCGも表示されていた。 初期の頃は井出ひろし(現:)や、などが担当していた。 (小粥よう子(現:)、、)や、フリーアナウンサーのも出演した。 末期の「」のコマーシャルでは、同誌連載作品で他系列局でアニメとなったものが(『』『』)そのまま流れていた。 当初はスタジオ内やスタジオ前での生コマーシャルであったが、後に生コマーシャルの形態を用いつつも事前収録されたものや、通常のコマーシャル形態で放送されるものも増えていた。 後番組の『ズームイン!! SUPER』でも2001年12月まで集英社は同じ時間帯のスポンサーを継続していた(全国ではなく、基幹地域やそれに準ずる一部地域のみ)。 Wickyさんのワンポイント英会話 ウィッキーさん()が街角で、通りがかった一般の人とを行うコーナー。 途中で時間がなかったり、テレビに映るのを嫌う人が多いため、通りがかりの人を追いかけながら英会話することが多かった。 『』の企画にて、がと一緒に乱入(放送分)した際は、終始ウィッキーさんの邪魔をしたまま、コーナーの時間切れで「朝の詩」に移ってしまった事もある。 朝の詩(ポエム)(1979年3月 - 1994年9月) が提供。 番組開始当時は朝の番組に固定スポンサーがつくことはめずらしかったため、ネット局開拓の際にはこのコーナーの存在が大きなセールスポイントになったという。 なおこのコーナーは後に「詩の樹」と言うタイトルに名前を変えて放送番組センター供給の番組となった。 花王自体は当時の前半30分の全国スポンサー枠の筆頭扱いとなっていたが 、花王のCMは全てこのコーナーの後に集中させていた。 テーマ音楽のは、広瀬量平()。 31分31秒(1985年4月3日 - /ズームインズーム/おもしろ発見 各局が持ち回りで担当する特集枠。 読売テレビのみ地元ローカル枠差し替えの関係上、しかコーナーを担当できなかった時期がある。 チェック 8時前後に放送していたニュースコーナー。 末期にはバンヅケと併せて放送。 北日本放送で『おはようKNBです』を放送していた頃は、ここで、ローカル枠に飛び降りていた。 情報トレイン 数ある中継の中心企画。 共通のテーマで各局から中継を行う。 企画を考えた放送局がホスト局を務め、進行を担当する。 当初は8時ジャストにスタートしていたが、時々前後した。 天気リレーとともに番組の看板コーナーとなった。 『』をネットしていた系列局は、1984年3月まで8時10分で飛び降りていた。 エンディング 天気リレーのあと、日本テレビの正面玄関前から総合司会が締めくくる。 の告知などでやってきた観客とともにその日の放送が終了する。 福澤時代の途中からは天気リレーを廃止かつ観客を原則として入れなくなり、総合司会とお天気キャスターのみで締めることが多くなった。 日テレでは、放送終了後に徳光時代はCMを挟んでマイスタ前で徳光が観覧者にインタビューをしていて、福留時代はCMを挟んで次番組の『』のスタジオとの掛け合いが放送されていたが、それ以外の局では『ルックルック』の放送がある無し関係無く自社送信で提供とエンドカードが流されていた。 福留時代の読売テレビではその日の中継先からキャスターが挨拶するローカル向けのエンディングをエンドカードとしていた。 この他のコーナー• 今朝のキーワード• なるほどエブリデイ• 見て聞いてホント! こだわりの逸品• 名物・日本の味• 衛星中継世界は今! あどべんちゃあレディ• おはよう新婚さん• 日本一• の健康一番! 花とおじさん• 日本列島・聞いたら答えて! 紳助・竜介のOSAKAあっちゃこっちゃ• 深夜の出来事 シリーズ企画 [ ]• 毎年の元旦は時間を拡大して『新春・ズームイン!! 』として放送し、全国の名産品をお年玉として視聴者へプレゼントしていた。 なお、や非マストバイ局では途中(大方は8時30分)で飛び降りていた。 フルネット局でも広島テレビが飛び降りを行う場合があったが、ネット枠の後のCM終了とともに自社の中継地点に切り替えて独自のエンディングの挨拶を行う形を取っていた。 1月2日・3日は休止し、曜日配列によって異なるものの、4日以降から年始の放送を本格開始していた。 この体制は、現在の「ZIP! 」にも引き継がれている。 毎年にはのに合わせ、富士山頂からの生中継を特集にして放送した。 これは『ズームイン!! SUPER』においても数年間は引き継がれた。 毎年には「特集」として、広島テレビとの二元中継で放送時間すべてを原爆についての特集にあてていた。 なお8時からは「報道特別番組」としてを生中継していたので、厳密には本番組としての放送時間は1時間である。 小学生チャレンジランキング大会(通称:チャレラン)• 年数回、祝日(特に)などに行われた全国各地の対抗の運動大会。 空き缶積み・背中渡り競争・靴とばし・ぞうきんがけリレー・9人10脚等の競技で順位を争い、優勝校を決定した。 その日は90分間の放送がまるまる利用され、通常のコーナーを休止して(「NSヘッドライン」と場合によっては「プロ野球イレコミ情報」だけは放送)大々的に開催された。 ネット局同士の連携が高技術の同番組ならではの企画だった。 後年、この企画は他局の企画(フジテレビ『』や、テレビ朝日『』)にも影響を与えたとされる。 投稿ビデオ大賞• 「チャレラン」に代わる企画として登場。 視聴者から面白いビデオ募集して、大賞や個人賞等を決定した。 審査委員長は(鈴木の代役としてが出演したこともある)が務め、『ジパングあさ6』放送終了後居残っていたなどが審査員として加わっていた。 この企画は『SUPER』や枠のスペシャル番組として『SUPER』が終了するまで年数回放送されていた。 全国妙なモノ図鑑• 中京テレビの企画制作で不定期に放送されていた。 街で見かける妙な道路標識・看板・建造物などをノンストップで紹介していくもので、テレビ版ののような企画だった。 一部の局の担当では事前に収録したものを放送した。 路線別の旅• 「情報トレイン」の中で特に人気が高く、後に・化されたシリーズであった。 初登場は1997年()の「鉄道唱歌東海道編」であり、その後各主要路線ごとに放送された。 各放送局のアナウンサーが受け持ちエリア別(一例として「編」ではのではなく からスタートしで日テレから静岡第一テレビ 、で中京テレビ、で読売テレビ と沿線の系列各局でリレーされた)にに乗って鉄道唱歌にちなんだ場所を巡る。 歴代スタッフ [ ]• 『テレビ夢50年』番組編・3(1971 - 1980 日本テレビ50年史編集室 編)p. 2014年11月14日閲覧。 迄に加盟していたは本番組は未ネット。 福留が本番組と『ウルトラクイズ』が重複していた期間の『ウルトラクイズ』は、歴代で相当過酷な旅の行程になっており、本番組と重複した初年度の第12回は北極圏から南極圏まで行き、13回はオセアニアからアメリカ大陸に上陸、福留が本番組と重複していた最後の年の14回はアメリカ大陸上陸からバスツアーでニューヨークまで行くという内容であり、スケールが大きくなっていた為、初期は9月初め前後からロケがスタートして中旬には収録が終わっていたが、この時期は10月まで食い込んだりしていた。 福留の著書『葬らん! 』にも同様の記述がある。 徳光が『プラス1』キャスター就任が先に決まり、その為に『ズームイン』から徳光は勇退するという流れで、その後に『ズームイン』は福留と決まった。 また、徳光は『ズームイン』勇退は自分の意志での勇退ではなかったのと、この時期からフリーに転身を考え始めたというのを後年話しており、実際に『ズームイン』勇退から1年半後の9月に日本テレビを退社しフリーとなった(『プラス1』キャスターはフリーの立場で9月まで継続した)。 ,デイリースポーツ,2017年3月19日…同日、関西ローカルで放送された『』(ゲスト:辛坊、森たけし)より、証言ゲストとしてVTR出演した徳光談。 その辛坊は後番組の『ズームイン!! SUPER』において開始から9年間新聞解説という形ではあるもののメイン格で出演していた。 TBSでは1991年の10月期改編から期首特番として『』の放送を開始し、10月の第1土曜日及び9月の第4・5土曜日に『感謝祭』の放送がある場合『ブロードキャスター』は休止となるため福留はその時期を利用して遅い夏休みを取っていた(1997年まで)。 『ズームイン』勇退後に福留はTBSで昼の帯番組である『』の司会を担当していたが、この番組を担当していた時も『ズームイン』で司会だった時と同じ形の休暇の取り方をしている。 この年の『ウルトラクイズ』に関しては東京ドーム1次予選での第1問までを福留が担当して、第2問以降からを福澤にバトンタッチしている。 発生当日の17日は冒頭から随時、日本テレビ報道フロアや被災地域の地元局・読売テレビと中継を結びながら地震の第一報を伝えたが、番組放送中の時点ではまだ神戸市内の被害状況の甚大さが明らかになっておらず、一部地震関連以外のニュースも伝えたほか、「プロ野球いれコミ情報」など一部の通常コーナーも放送した。 翌18日から20日は福留が神戸入りした19日も含めて全編地震報道となり、神戸市内など被害の大きかった各地や読売テレビ報道フロアと何度も中継を結びながら番組を進行。 これにより「NSヘッドライン」や天気予報を除く全ての通常コーナーを休止した。 福留は18・20日は通常通り東京のマイスタジオから出演したが、普段のラフな格好では無くスーツ姿で出演した。 秋田県では同日にのが開局• 1998年3月時点で福留は『ズームイン』以外にも、土曜日に『ブロードキャスター』、日曜日に『』を担当していた。 『ズムサタ』は同年放送から当時入社5年目で当時スポーツ中継を担当していた羽鳥慎一に交代した。 その後羽鳥はスポーツ実況を降板し、土曜から平日に代わっても朝の顔を続けたが日本テレビを退社した2011年3月いっぱいで降板した(その後、テレビ朝日でワイドショーの司会を務めており日本テレビ時代を含め20年以上に渡り朝の顔を務めている)。 2018年 『宮川泰 テレビテーマ・ワールド』のアルバム・ノーツ [Booklet]. COCX-40353. 日本コロムビア、2018年8月27日閲覧。 但し、ANNに加盟したのは1980年4月1日。 迄に加盟していたは未ネット。 正式には()のみ(は非加盟)• 迄に加盟していたは未ネット。 出典、1981年4月6日付。 当初中京テレビは「名古屋・中京テレビ」だったり、ネット開始直後のくまもと県民テレビは「熊本・県民テレビ」と表記されていた。 末期にはあったネット局も開始当時〜中期にかけて非ネットだった場合は隣接するネット局が担当していた。 石川県における北日本放送や愛媛における西日本放送がそれにあたる。 特集企画などで特別に裏送りで中継参加した非ネット局も同様に局名表示があった(例:宮崎・)一方、福岡放送や静岡第一テレビのように局全体の不祥事によりを一旦除名(番組供給関係ののみ除名され、報道関係のには残留)された局は中継担当も外され、福岡の場合は近隣ネット局(熊本県民テレビなど)が、静岡の場合は日本テレビが中継を担当した。 報道関連の中継はこれまで通りだがその際の右上のテロップは「福岡」「静岡」となっていた。 プロデューサーをなどが務めた。 堀は福留司会時代初期に福留が『ウルトラクイズ』海外ロケで不在の時期に代理司会を務めていたり、魁も福留が同様の理由で不在の時期に福留の代理で「イレコミ情報」の巨人を応援レポーターを務めていた。 日本テレビが中継を担当したこともあり、その時の発局スーパーは「山梨・日本テレビ」• 後に選挙に出馬• - 2001年4月は、間引き問題により除名処分を受け、日本テレビが中継を担当• 発局スーパーは「静岡・日本テレビ」。 ニュース中継に関してはSDTが担当したが、発局スーパーは「静岡」のみ• 番組開始のころは発局スーパーは「名古屋・中京テレビ」、その後は「(中継地の県名)・中京テレビ」となる。 番組初期にが毎週月曜日に出演し、きくち教児と共にの情報を全国に伝えた。 1990年4月から1991年3月まで1年間出演。 後にのアナウンサーとして『』の中継コーナー担当を歴任。 番組開始のころは発局スーパーは「大阪・よみうりテレビ」だったが、後に以外の各府県から中継の場合は「(中継地の府県名)・よみうりテレビ」と表示される。 番組開始のころは発局スーパーは「山陰・日本海テレビ」、その後は「(中継地の県名)・日本海テレビ」となる。 番組は終始ネットせず、番組中期よりにて参加。 詳しくは『』参照• 初期は番組をネットしていない徳島・愛媛地区の取材も担当。 1992年9月30日(最後の担当は1992年9月17日)まではTBS系『』の中継リポーターを務めていた。 の取材も担当。 NIB開局初日とKYT開局初日の中継リポーターとしても出演。 10月から3月まではFBSが取材を担当。 ネット移動後の1998年10月から2001年10月11日まで、フジテレビ系『』の中継リポーターを担当。 KKT退職3日前、実家の火災が原因で死亡。 訃報は番組の当日ラストで伝えられた• のちにFBSに移籍、東京でフリーアナウンサーとして活動、現在は、KTSに復帰。 が中継担当のため当初の発局スーパーは「沖縄・日本テレビ」だったが、後に「沖縄」のみとなる• www2. ctv. 2020年3月17日閲覧。 アニメーションは『』『』のを担当した木下蓮三が手がけた。 福澤時代途中からは次の中継地のみで担当キャスターの名前は省略され、挨拶もなくなった。 福澤に司会交代後は交代初回から中継キャスターが「おはようございます」というと、福澤も「おはようございます」と返していた(『ズムサタ』でのやり方を踏襲したもの。 ちなみに、『ジパング - 』側もエンディングはメインキャスターとニュース解説者がマイスタ前に出ていた。 『』の「」のコーナーでも使用されている。 ちなみに、福留の最終出演日の1998年8月31日は月曜日で、本来は「福留ラストウイーク」として、その前週からは福留が地方から生中継を行い、福留の故郷のでも中継が行われる予定だったが、この台風4号のために福留の最終出演2回は当初の予定が中止となった。 ただし経済ニュースや海外ニュース、また著名人の訃報など東京発信となるものが加わる場合があり、それらはマイスタから徳光や福留らが伝えた。 全て当日中継がある系列局のみで、その日の天気リレーやズームインズーム・朝生リポートなどの特集で中継する場所から伝えていた。 これはイレコミ情報も同様。 2県に跨るニュースの場合は別々に中継を振る場合と中心となった地域に一括する場合とあった。 ただし、重大事件・事故の場合はアナウンサーではなく報道記者が現場から中継したり、その地域のニュースがあっても中継がない場合は東京のキャスターが読む形をとった。 勝利チームのものは喜び顔、敗戦チームのものは泣き顔、連敗の場合は怒り顔、優勝の場合は胴上げの形で置かれる。 パ・リーグの優勝争いが佳境に入るころや日本シリーズ開催時には出演機会が多かった• 途中から首位のみ金色• 原則的に阪神なら「タイガース」、中日なら「ドラゴンズ」、といった具合にカタカナ名を使うことが多かった。 「GAME OVER」の表記と効果音が挿入されたのは福留時代以降。 ののしり合いになった場合は、福留がかならず「おにぎやかで恐縮でございました」というフレーズでコーナーをしめていた。 総合司会が不在で代理司会が担当の時は「イレコミ情報」のみ代理司会が不参加というパターンがあったが、(が代理司会の時が該当、当時、北海道にプロ野球チームがなかったために普段は「イレコミ情報」に参加していなかった札幌テレビアナのが代理司会の時は当人が阪神ファンのため参加していた)「GAME OVER」の告知だけ代理司会が担当というパターンがあった。 徳光時代〜福留時代初期は「NSヘッドライン」の後にCMに入らず「イレコミ情報」だった為、「イレコミ情報」の後に即CMだった。 代理司会に代わってニュースのみ担当• 右手を頭部の後ろに回して左耳をつまむという、の「キビシーッ! 」と同じポーズを取って言っていた。 2011年8月21日の『24時間テレビ』(徳光和夫がマラソンランナーを務めた)で7時過ぎの 列島リレーでは久々に森と辛坊が、24年ぶりに「なんぎやなぁ」と言った。 ユーキャン. 2015年3月13日閲覧。 同曲を歌った森と辛坊は春改編より読売テレビの朝ワイド番組『』の進行をしているが、辛坊は3月限りで番組を卒業している。 森は現在も出演中。 中でも伊藤は、魁はのエリアが比較的多かった• 読売テレビの場合は関西ローカルパートとのからみから、担当曜日でない方のリポーターが東京出張していた(やは担当でない日にマイスタ出張がよくあった)。 中京テレビの場合はがタレントのためが東京から出演がほとんどで、日本シリーズの時にはがパ・リーグ出場チームにも関わらず、担当アナのがパ・リーグ代表としてマイスタから出演という事もあった(当時のホークスはからBクラスが続いており、1997年まで暗黒時代が続いた)• 当時のパ・リーグ球団は関東・関西両圏に集中しており福岡以外の地方局は出番がなかったため。 札幌や仙台へのチーム移転は本番組が終了した後である。 西武とが優勝を争った1993年には週1回の割合で「イレコミ情報」のラストに「セクシーパ・リーグ」というコーナーがあり、福岡放送発信で古賀ゆきひとがパ・リーグの順位や状況を伝えていた。 前述の通り古賀はホークスだけではなく、パ・リーグ情報の全てを請け負っていて、日本シリーズでは当時は西武が黄金時代だったが、パ・リーグから西武が日本シリーズに出場すればパ・リーグ代表として日本シリーズ期間中「イレコミ情報」に出演している• 1993年からチーム名が「横浜ベイスターズ」に変わった際にもとの名義に戻った。 徳光時代から徳光と一緒に巨人応援レポーターでよく登場していたが、福留司会時代初期には、『ウルトラクイズ』収録で福留が『ズームイン』不在の時は巨人応援レポーターとして登場していた。 福留が司会就任初年度()に『ウルトラクイズ』収録で番組を離れる直前回の「イレコミ情報」では、福留が魁に「私がいない間頼むよ」といったやり取りをしている。 これに関しては、総合司会の代行はやといった他球団応援のレポーターが代行しているパターンが多いための処置だと思われる。 「朝の詩」が無くなってからはCM後の予告を福留が告知してCMに入っていた)「ウィッキーさん」は後半パートに移動している。 この日の放送は福留が夏休みであったため、堀をメイン司会にから生放送した• ただし、発足当初にはからがの話題を、からがの話題をそれぞれ中継で伝えていて、どちらも応援チームのシャツを着て話題を伝えている。 この時はウィッキーさんの中継を見ていた福留が「あれ、たけしさんじゃないかな」とウィッキーさんに指摘して、それでウィッキーさんも気付いてたけしに絡み始めてコーナー終了となった。 それまでは「変な人が歩いている」とウィッキーさんも言ってるだけでたけしとは気付いていなかった。 1985年9月までは花王石鹸。 花王の社名変更に伴い、同年7月からの3か月間は月のマーク+漢字の花王ロゴがアップで写されていた• コーナー制作はベテランのなどが所属しているが担当していた• 以降の時間はローカルセールスあるいはオールスポット枠• 1985年4月3日付け東奥日報・RAB、TVI、STVテレビ欄から。 同欄に「新企画31分31秒」と記載ある。 全国を結び、ひとつのテーマに関して掘り下げて特集するコーナー。 毎回、1秒前の7時31分30秒にマイスタのの時計がアップになり、1秒後の「7時31分31秒」になったと同時にコーナータイトルを読んで始まっていた。 オープニングでは徳光が、飛んできた地球儀の球をキャッチし、中継地点を指し示していた• 一般主婦による海外旅行記• 毎回が(地方収録の時もあり)の一室で新婚夫婦とトークを交わしていた。 日テレアナウンサーだったが夫人と共に出演したこともある• キャスターの定位置の横に置いてある、花瓶に飾られた花の特徴を紹介するミニコーナー。 もちろん紹介される花は日替わりである• 時事問題に関して各地の街頭で、一般の人に直接マイクを向けて意見を聞くコーナー。 生放送だった• が大阪の名所や話題のスポットを紹介。 他に「TOKYOあっちゃこっちゃ」「KYOTOあっちゃこっちゃ」もあった• 最終版ニュース(当時は『NNNきょうの出来事』)終了から当番組放送までに起きた都内の事件・事故を当時新人だった羽鳥と藤井が担当。 日テレはに新橋駅の近くに本社を移転している。 ここから• ここから 関連項目 [ ]• - 『ズームイン!! 』の歴代司会者である徳光、福留、福澤が出演(徳光はリポーター、福留と福澤は司会を担当)。 - 『ズームイン!! 』の歴代司会者である福留、福澤、桝が司会として出演。 『ズームイン!! 』担当前の羽鳥も福澤のアシスタントとして番組に携わった。 - 福留を除く『ズームイン!! 』の歴代司会者である徳光、福澤が出演(徳光は解答者、福澤は司会者の一人として出演)。 - 素人投稿ビデオ番組で、「投稿ビデオ大賞」審査委員長の鈴木清順も審査員の一人として出演。 - 福澤、大桃、西尾を除く『ズームイン!! ZIP! を除く 』の歴代司会者である徳光、福留、羽鳥が出演(徳光、福留は出演者、羽鳥は司会を担当)。 - 福留、大桃を除く『ズームイン!! ZIP! を除く 』の歴代司会者である徳光、福澤、羽鳥、西尾が出演(徳光、福澤、羽鳥はゲストとして出演、西尾は司会を担当)。 - 2011年12月19日の放送で平日の歴代『ズームイン!! 』の歴代男性司会者が出演(徳光、福留、福澤、桝はゲストとして出演、羽鳥は司会を担当)。 - 本番組の特集を映画作品にした『』(公開)でナレーションを担当。 - 『ズームイン!! 』の歴代司会者である徳光、福留、西尾、羽鳥が総合司会を担当。 桝も番組に出演しているほか、『ズームイン!! 』をベースにした全国リレーなどを日曜の朝に行うのが恒例となっている。 第40回(2017年)以降は歴代男性司会者が生放送でそろって出演している。 - 番組名付け親の小林與三次の義兄で、『ズームイン!! 』放送開始当時の日テレ取締役。 徳光、福留の後ろ盾でもあった。 外部リンク [ ]• 前番組 番組名 次番組.

次の

【ズームイン!!サタデー全国うまいもの博】札幌東急百貨店で4/11~4/16開催

ズームインサタデー

生放送を行っている 日本テレビ汐留本社 (から) ジャンル ・ 演出 高井健司 出演者 ほか 製作 プロデューサー 似鳥利行、首藤由紀子 碓田千加志、坂本水奈、塚本大輔 関健一() 制作 放送 映像形式 (2017年4月1日より) (同上) 音声形式 (2011年10月8日より) 放送国・地域 放送開始から2009年3月まで 放送期間 - 放送時間 土曜日 5:59 - 8:00 放送枠 日本テレビ系列朝の情報番組枠 放送分 121分 2009年4月から 放送期間 2009年 - 放送時間 土曜日 5:30 - 8:00 放送分 150分 特記事項: 6:10頃 - 6:18頃に 『』を内包。 大半の地域では2009年4月以降、5:59からの飛び乗りで放送。 2018年9月までは6:28からの飛び乗り局もあり。 『 ズームイン!! サタデー』(英称: Zoom in!! Saturday、略称: ズムサタ)は、系列でからされているである。 全国29局ネット。 概要 [ ] 時間としては過去に放送していた『』と『』の後枠で、在京キー局としては当該時間帯初のである。 中継の企画やお天気リレーは関東地方と制作に携わっている基幹局(、、、)のある地域と日テレの計5局で行っていた。 しかし、2009年4月からは地方からの中継が「今日の天キャメラマン」があるだけとなり、事実上不定期となったが、2011年3月を持って廃止された。 ではあるが、基幹局の中継は中継車からの映像が標準画質である場合が多い(放送回線はハイビジョン対応のため一部などの映像はハイビジョン映像で放送されている)。 2009年3月28日まで、本番組は天気予報など一部を除き差し替えはなく、原則全ネット局5:59()開始で放送されていた(ただし、中京テレビでは編成の都合上、放送開始の1996年4月から半年間のみは7:30で終了していた)。 一方その中でも、は最初の1年間は放送されていなかったが、後にフジテレビが『』開始と同時にそれまでのネット番組の代替番組として1997年4月5日に本番組のネットを開始した。 このため、テレビ大分はその1年間のみ土曜朝の全国ニュースの放送がなかった。 2009年4月4日からは、本番組の前に放送していた『』を統合する形で5:30からの2部制の放送に移行する。 また同時に、これまでの開始時間である5:59に飛び乗り点が設けられ、さらに一部地域での編成見直しのため6:28(第2部開始時刻)にも飛び乗り点が設けられることになった。 詳しくは参照。 4月1日からは本番組スポーツコーナーを担当していたが総合司会を務める『』がスタートした。 『ZIP! 』の名前は「 ZOOM IN!! PEOPLE」(ズームイン!! ピープル)の略であり、位置的には『朝! 』から続く「」シリーズの3代目であるが、「ズーム」および「ズームイン!! 」の表示は番組中に一切登場しないため、初代『朝! 『ZIP! 』の最後のCM明けに本番組の「ジャスト!! 日本」の予告をしている(2011年6月以降、ただし金曜日のみ)。 2011年4月2日より放送開始15周年を記念して、デザインなどが変更された。 また同年から編成上の音声がに変更されたが、スタジオ音声はBGM・効果音含めての状態である(ただし、オープニングBGMのみステレオ音源で流れている)。 2016年4月で番組放送開始20周年をむかえるのにあわせて、2016年3月26日から『ズームイン!! SUPER』時代から使われていたスタジオセットが一新された。 2017年4月1日からマイスタジオの改装のためスタジオが変更。 同時に、を開始。 出演者 [ ] 総合司会・サブ司会・スポーツ・お天気担当・その他コーナー [ ] 「ズームイン!! サタデー」歴代の出演者一覧 期間 総合司会 サブ司会 スポーツ お天気 その他コーナー 1996. 6 1997. 27 ( ジャストミート) ( 三子さん) 不在 ( バード) 女性司会者が兼務 不在 1998. 10 1998. 29 ( ミヤちゃん) 1998. 5 2003. 1 羽鳥慎一 ( バード) ( ボート) 2003. 8 2004. 25 ( ヤッシー) 2004. 2 2006. 25 ( モッチー) 2006. 1 2006. 23 ( ターボ) 2006. 30 2008. 27 ( ) ( ユッキー) 2008. 4 2010. 27 ( みゅうみゅう) 2010. 3 2011. 26 ( エース) 2011. 2 2011. 24 ( モリスケ) 2011. 1 2012. 29 ( ドキンちゃん) 2012. 6 2015. 28 2015. 4 2017. 30 ( ギドー) ( あーみん) 2017. 7 2018. 22 ( ミッキー) 2019. 5 2019. 29 週替わり 2019. 6 現在 この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2012年12月) 備考(総合司会)• ( )内は愛称。 男性司会者は全て出演時点で日本テレビアナウンサー。 それぞれ降板後、初代総合司会の福澤は『ズームイン!! 』(『ズームイン!! SUPER』の初代総合司会も担当)、2代目の羽鳥は『ズームイン!! SUPER』の総合司会を担当。 一方、3代目総合司会の矢島は降板して、『』(終了)、『』(から)とスポーツ中継を担当。 4代目総合司会の藤井は降板後、夕方に放送される『』を担当( - 現在)。 5代目総合司会の上重はまで『ズームイン!! SUPER』のスポーツキャスターを担当していた。 降板後のからは『』を担当。 6代目総合司会の辻岡は、『』(月曜日)を兼務している中で就任。 2018年11月より、サブ司会の宮本の読売巨人軍投手総合コーチ就任に伴う番組降板およびその前準備として、宮本が担当していた「プロ野球熱ケツ情報」のリポーター・進行を兼任している。 2020年3月7日放送分は、辻岡が冬休みのため5代目総合司会を務めていた上重が代行した。 備考(サブ司会)• 宮本は就任初回から司会者とともにタイトルコールを行う。 各コーナー出演はもとより、「プロ野球熱ケツ情報」のコーナーではリポートとスタジオ進行を担当。 備考(その他)• スポーツコーナー担当はすべて出演時点で日本テレビアナウンサー。 スポーツコーナー時代の羽鳥は福澤が総合司会の時期のみ担当。 テロップでも「 バード 羽鳥慎一」と記載されていた。 高橋の愛称は担当コーナーに合わせたもの。 桝は2011年4月1日からは『』でメインキャスターを務める。 森は2009年3月30日から2011年3月まで『ズームイン!! SUPER』のエンタコーナーを担当していた。 日本のナレーションも担当していた。 安村は2014年4月から9月まで『ZIP! 』にフィールドキャスターとして出演していた。 現在は『』(金曜日)と『』(木・金)、『』を兼務している中で出演。 望月は罹患のため2018年1月13日放送回を休演。 2019年1月から12月まで月1回「日本全国ビューティー城」のコーナーにが出演していた。 2020年4月11日からは、2020年4月7日に番組を制作している日本テレビが所在する東京都などにが発出されたことや、日本国内での新型コロナウイルスの感染拡大を受けた措置として辻岡、望月、安村、杉江、ニュース担当の一部出演者のみとなっている。 また、ニュース担当はニュースサタデー時間帯も報道フロアからの出演となり、基本的には一人でニュースを担当する。 スポーツコメンテーター [ ] 現在• (ラジオ・ナレーター、2019年4月6日 - )• (、総合プロデューサー兼)*不定期出演 過去• (元巨人投手コーチ。 - 2006年3月25日。 (元監督・巨人ヘッドコーチ。 2006年4月1日 -?? 1998年1月10日 - 2018年12月22日。 (日本テレビアナウンサー・2014年4月5日 - )• (日本テレビアナウンサー・2017年10月7日 - ) 佐藤は前任の久野静香・徳島えりか・滝菜月と同様ニュースの読み上げにのみ出演し、原則としてオープニング・特集コーナー・エンディングなどに直接参加することはない が、特集コーナーのVTRに起用されることはある。 (日本テレビ報道記者・2010年4月3日 - 2013年9月28日) 2005年4月から1年間担当していたため、今回の担当で4年ぶりの担当となった。 (日本テレビ解説委員・2013年10月5日 - 2014年3月29日)• (日本テレビアナウンサー・2012年10月6日 - 2014年3月29日)• (日本テレビアナウンサー・2014年1月18日 - 2014年3月29日)• (日本テレビアナウンサー・2014年4月5日 - 2015年10月3日)• (日本テレビアナウンサー・2015年10月10日 - 2017年3月25日)• (日本テレビアナウンサー・2017年4月1日 - 2017年9月30日) 週替わりゲストMC [ ] 2019年から、宮本が巨人投手総合コーチに就任のため、1月から3月までゲストMCが毎週登場した。 タイムテーブル [ ] (2019. 9月現在) この節のが望まれています。 当番組のタイムテーブルは、生放送を前提に製作しているため、コーナーの開始時間が異なったり、コーナーが前後に交互する場合がある。 第1部 5:30 - 6:28 時刻 放送内容 備考 5:30. 00 オープニング ・7時台特集コーナーの予告・「日本全国土曜の朝にズームイン!! 」 5:33頃 天気予報【ローカル枠】 全国の天気予報と各地の天気予報(30年以上の伝統がある朝番組の象徴「大型」が登場する。 5:36頃 きょうナニたべたい食堂 キャスターから募集した食べたいものを一つ紹介。 5:42頃 ニュースフラッシュ 報道スタジオから安村と佐藤が伝える。 5:47頃 新聞ぜ〜んぶ見てみよう! 一般紙からスポーツ紙までの新聞を紹介。 5:56. 30自社催事CM5:57. 15関西天気 5:59. 00 サタイチ内容紹介 ここで大半のネット局は飛び乗り。 辻岡の裏読みでニュースVTR画面右上にロゴが表示されるだけの簡素なもの(この後の「サタイチ」の内容の1つを10秒で伝えた後CM)。 6:00. 55 サタイチ 朝一番に気になるニュースを紹介する。 『』(現在は終了)の「イチバンNEWS」に近い。 6:05頃 天気予報【ローカル枠】 全国の天気予報・各地の天気予報 日本テレビ:「お天気ニュース」 中京テレビ:アナウンサーの顔出しによるローカル天気+ローカルニュース 2017年3月までは他の系列局同様、自動音声のみの天気予報 秋田放送:「さきがけABSニュース」(前日録画)+ローカル天気(自動音声、情報カメラの映像をバックに)。 ytv:関西天気 6:10頃 「サタイチ」で放送したものを含めて、最新ニュース。 『』の「」に若干近い(スタジオから辻岡と佐藤が伝える)。 6:18頃 ぐっ! とモーニングスポーツ ズムサタ唯一の純粋なスポーツコーナー。 タイトルコール後、内容の1つを10秒で伝えてからCM。 CM明け後、改めて前述の詳細な内容から伝える。 第2部 6:28 - 8:00 時刻 放送内容 備考 6:28. 00 モッチーのよくばりエンタ ここでVTR画面右上にロゴが表示。 辻岡 2018年10月までは宮本 がキャンプ場や球場に足を運びリポートする。 なお、では前2回分の放送に加え、未公開シーンも放映される。 過去には、ジャイアンツ戦試合情報の途中で割り込む、タイガースが勝った試合の情報「キノーの虎」も存在した。 7:52頃 最新ニュース (報道スタジオから佐藤が伝える) 7:55頃 OH! ワンダフルHulu で配信中の映画等の紹介 7:57頃 全国の天気予報 ・翌日放送の『』の予告 ・エンディング「今日も良い日になりますように、ズームイン!! 」 エンディングの時間内は、画面下に2星座ずつ占いが表示される。 かつては番組中に「今日の占い」と題したようなコーナーを放送していた。 ただし、総合演出の意向や重大ニュース(台風・地震など)の関係で大幅に変更されることが頻繁にある。 コーナーの詳細 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 「キャスター全員」としているものは、原則として佐藤は除外。 オープニング キャスター全員とサタボー、 2016年3月まではズーミン、チャーミンもいっしょだった で挨拶をした後、この日のラインナップが紹介され、ズームインのポーズをした後にタイトルロゴを表示。 CMの後に天気を伝える。 きょうナニたべたい食堂(2014年10月4日 - ) 前週の放送終了後に佐藤を含むキャスター達が話し合った、特に食べたいもの(地方の特産品など)のうちどれか一つが紹介され、辻岡、望月、宮本が試食する。 2014年9月までは「朝ナニたべたい食堂」だった。 2016年1月は期間限定で「きょう 鍋たべたい食堂」とし、鍋料理に絞って紹介(1月30日は放送を見合わせたため、2月6日に振り替えた)。 ニュースフラッシュ 時間拡大後、5時台のニュースコーナーとして新設(事実上「朝一番ヘッドライン」のエッセンスはこちらが引き継いでいる)。 報道スタジオ news everyスタジオ から。 2011年3月までは小西・上重の担当だったが、2011年4月からは小西・森の担当、森が降板した2012年10月からは小西・藤井恒久の担当、さらに2013年10月からは宮島・藤井の担当になった。 藤井恒久の降板後の2014年4月から、安村・久野が担当し、久野の降板後の2015年10月から、徳島・安村が担当した。 徳島の降板後の2017年4月から、安村・滝が担当していた。 滝の降板後の2017年10月から、安村・佐藤が担当している。 2014年4月から伝える形式が変わった。 新聞ぜ〜んぶ見てみよう! 時間拡大後、新設されたコーナー。 最初にニュースとスポーツを伝え、その後にエンタを伝える。 ニュース・スポーツは辻岡が、エンタは長沢が担当。 サタイチ 辻岡と望月が担当。 昨日あった出来事の中で紹介していく。 2009年3月までは「朝一番ヘッドライン」を引き継いだ番組最初のニュースコーナーだったが、時間拡大後、5時台でも報道フロアからのニュースコーナーが設けられたため、実質2回目のニュースコーナーになっている。 2014年4月からリニューアルした。 事実上「」の前座。 とモーニングスポーツ 安村が担当。 スポーツ全般の話題を扱う。 モッチーのよくばりエンタ 望月がスポーツ紙の芸能面を詳しく紹介していく。 なお、兄弟番組の『ZIP! 』や『スッキリ!! 』ともども、この番組では普通の話題でも芸能人に「さん」付けをする。 スナックモッチー (2013年4月 -) 2013年4月からスタート。 にある、望月がママを務めるスナックという設定で、客として出演するゲストとプライベートなトークを演じる。 ナレーションはが担当。 これ知ってました? (?-2017年2月11日) ZIP! の『チューモーク! 』に類似したコーナー。 今話題の人物やエンターテイメントを取り上げる。 スタジオの壁に「未知の部屋」と書かれた扉が設置されており、扉をノックすると中からスタッフが現れ、お題の書かれたプレート等を差し出すのが定番である。 2017年2月11日の放送分を最後に廃止され、以後スナックモッチーに統一した。 公開1週間前シネマ(2009年3月28日 -) 望月が担当。 公開1週間前の話題のを詳しく紹介する。 今日土曜日だけの詳しく天気 杉江が担当。 関東地方のその日の天気・気温を1時間毎に表示・解説を行う。 2007年までは「ズムサタヘッドライン」と呼ばれていたコーナー。 2015年4月からは辻岡が顔出し読み上げ、2014年4月からは安村が裏読みとなっている。 気象の解説が必要な場合は杉江が担当。 2018年10月頃?から1週間の注目ニュースを伝える形式に変更された。 ズムサタいち押し 日本各地の話題を取り上げるコーナー。 担当者は毎週変動するが、安村や長沢、山崎の出番が多い。 きわめて稀ではあるが視聴者投票を行うコーナーでもある。 プロ野球熱ケツ情報 番組開始当初から存在するコーナーだが、後述する通り開始当初と現在ではコーナー内容が大きく変遷しているコーナーである。 スタート当初はメインMCの福澤による進行で、平日のズームイン!! における『プロ野球いれコミ情報』同様、前日の試合結果を中心としたプロ野球情報コーナーであった。 1998年1月からは、前年に現役引退し、スポーツコメンテーター兼サブMCとして番組に加入した読売ジャイアンツ元選手の宮本和知が司会を務め、番組降板前の2018年10月まで担当した。 2018年11月以降の司会はメインMCの辻岡が兼任している。 このコーナー内でプロ野球選手の中には特別の地位がある選手や監督(詳しくは当該項目を参照)が存在する。 野球とは関係ないテーマを決め、宮本がそのテーマに沿っての選手 時には監督・コーチ陣もインタビュー対象となる にインタビューしている(宮本が「このコーナーは野球の話は全くしません」と言い放つことも)。 宮本の起用以降も、当初はプロ野球の試合結果や宮本による野球指導のコーナーなどがあり、純然たるプロ野球情報コーナーとして位置付けられていたが 、本コーナー内で宮本によるジャイアンツの密着取材を放送した事がきっかけで、徐々に毎週1つのテーマについて宮本が選手・監督・コーチ陣にインタビューする内容が定着。 最終的に試合結果の詳細やダイジェストはスポーツコーナーへ吸収され、プロ野球情報コーナーからジャイアンツを中心としたプロ野球選手・指導陣の素顔に迫るバラエティーコーナーへシフトしている。 また、のでは、未公開映像を含めた30分の『ズムサタ プロ野球熱ケツ情報』が独立番組として放送されている。 ジャイアンツが取材の功績を称え、このコーナー、及び本番組に対して感謝状を送ったことのある、球団公認のコーナーである(ジャイアンツの公式ホームページでは、毎週金曜日に翌日の放送で取り扱うテーマを紹介している。 ただし、まれに権利上の関係などで紹介されない場合もある)。 コーナー開始時には長年『』のエンディング曲で「この星を この街を」のイントロ部分が流れていたが、2019年5月11日より作曲のインストゥルメンタル曲が用いられている。 2017年度はが当コーナーで出た発言などをほぼ毎週掲載していた。 デイリーはの記事をメインに構成されており、ライバル球団専門のコーナーを記事にするのは極めて異例。 2018年10月27日の放送で、宮本が読売ジャイアンツ投手総合コーチ就任に伴い同年12月で降板し、後任はMCである辻岡が担当することが発表された。 同時に、同年11月に宮本がコーチとして秋季キャンプに帯同することから、降板前の11月と12月の放送で宮本が取材・進行する事が困難となった為、10月27日の放送を以て取材・進行の役割は宮本の番組降板に先立って辻岡に引き継がれた。 ワンダフルHulu で配信されている映画等の作品を、長沢と山崎が紹介する。 犬をモチーフにしたマスコットキャラ「ふるおくん」が登場する。 サタボーの週末占い 放送日当日及び翌日の運勢を12星座別に紹介。 かつては、最後にその日の一番運勢のいい星座を望月が発表していた。 最近は、エンディングで画面の右上に載るぐらいの簡素なものになった。 また、キャスターの読み上げもなくなった。 エンディング マイスタジオ前にキャスター全員と一般の親子連れが集まり、辻岡が「さんからのお知らせです」と言い、翌日の『』の予告をする。 その後、その日に誕生日を迎える子供の名前を一人ずつ呼び(時間があれば、誕生日以外の子供も呼ぶ)、最後にレギュラー陣でポーズと共に「ズームイン!! また来週(年内最後はよいお年を)! 」と言って終了する。 子供の名前紹介は、2020年2月22日から新型コロナウイルスの感染問題のため、自粛となった。 以前放送されていたコーナー [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2012年12月)• 2006年9月30日より「サタイチ」に改題• スポーツ紙チェック(1996年4月 - 2006年9月)• けさの注目記事(1996年4月 - 2006年3月)• 日本」のコーナー(不定期)で放送中。 かつての「ズームイン!! 」のコーナー「N. ヘッドライン」の土曜版。 話題の!? 現場検証(開始 - 2006年? 月 街頭調査をするコーナー。 主に若年女性の流行を取り上げる。 2006年4月以降はレギュラーでの放送がなくなった。 内容は「ズームイン!! SUPER」の「」に引き継がれている。 願いがかなう風水(開始 - 1997年頃、福澤担当時でエンディング近くに放送・同じくDr. コパが担当していた)• 週末ちょい旅(開始? - 2006年? 月 週末のイベントを紹介(時々中継もする)。 当初は6時台後半だったが、2006年4月よりエンディングに移った)• けさのスポーツ紙一面• マンスリースペシャル(2007年2月 - 不明) これまで(着ぐるみの)サタボー〔「番組のマスコットキャラクター」参照〕が芸能レポーターとして芸能情報を伝える「サタボーのもっとよくばりエンタ」や(着ぐるみの)サタボーが芸能人と一緒に遊ぶ「サタボーあそぼー」などを放送。 なお、この時間帯にのコラボレーション企画を放送することがあり、特にのが主演するドラマとコラボがほとんどでその時だけ、亀梨は「亀梨プロデューサー」という設定。 また、後に『』とのコラボの際にはのがアシスタントプロデューサーに任命されている。 天気リレー(2009年3月まで) 6時台:各地と中継を結び、オリジナルの大型温度計を使ってその場所の天気や気温を伝えるコーナー。 中継する局は基本的に幹部局のみ(MMTとHTVを除く)。 7時台:札幌テレビ、中京テレビ、読売テレビ、福岡放送の順に各局のキャスターが伝え、最後は日本テレビ(マイスタ前)でお天気キャスターが全国の天気を伝えてコーナーを締める。 今日の天キャメラマン(2009年4月から数ヶ月間) NNN系列局の協力により、各地の生の風景をお天気カメラで見ていくコーナー。 リポートは各局の社屋内からディレクターや記者が天カメを操作しながら伝えていたが、音声はほとんどがではなく電話回線からのものだった。 現在も台風中継などの時にこの方式をとることがある。 上重お役立ち新聞(2010年4月 - 9月) 各朝刊の一面・中面を詳しく紹介する。 2010年3月27日まで「朝刊ニュースの目」と呼ばれていたコーナー。 理科系男子 "ます"たいちのスポーツ新聞でござい"ます"(2010年4月から9月) 前身は「高橋くんの3分スポーツ新聞」で桝太一がスポーツ紙一面を紹介していく。 高橋はエプロン姿と調理器具型の差し棒(ベル付)でコーナーを進行していたが、桝は白衣姿と虫眼鏡型の差し棒(ベル付)で進行する。 サタトピ(2007年4月 - 2010年9月) その週の注目ニュースを深く掘り下げる特集コーナー。 2007年より「特集!! サタデー」から改題された。 また「注目ランキング」も不定期で行われる。 「注目ベタランキング」第1位の話題を扱う場合はそのままVTRが連結される形でコーナーが始まる。 2007年9月までは藤井と伊藤奈穂子(週代わりで今中麻貴)が進行していた。 2007年10月からは元アナウンサーの山元香里がロケも含めて担当していたが、山元降板以降は伊藤や岸本梓が担当している。 新聞エンタとって出し(2010年10月2日 - 2011年2月19日) スポーツ紙などの三面記事にある記事を紹介する芸能コーナー。 朝刊から Pick UP! (2010年11月13日 - 2011年3月5日) 各朝刊の一面・中面を詳しく紹介する。 2010年4月から半年間放送されていた「上重お役立ち新聞」に若干似ている。 1を発表。 1に選ばれたペットからグランドチャンピオンを決める「グランドチャンピオン大会」を開催。 エンタ特技見せ(2011年5月14日 - 2012年3月31日と2012年4月7日の新聞ぜ〜んぶ見てみよう!のコーナ内) 望月が芸能人のもとを訪れ、特技を披露してもらう。 望月の判断により、特技と認定されないものもある(2011年9月10日放送でが披露したヒーローバック宙など)。 芸能人がどんな特技なのかを発表した時に、望月とスタッフ(番組側・芸能人側両方とも)が「ええっ!? 」と驚きのリアクションをするのがお約束となっている。 みんなのキモッチー(2012年4月14日 - 2013年3月30日)• クイズ・今日のジャスト!! (2011年4月9日 - 2014年9月27日) 当日の「ジャスト!! ほとんどは、1問目は正解が発表されるが、2問目についてはなく、「正解は7時20分ごろからのジャスト日本で! エース上重は見た! 2010年4月3日-2015年3月28日 上重が話題のスポットを取材するコーナー。 このコーナーからはキャスター全員が着座してマイスタジオから放送、VTR後のフリートークの最後からコーナーが繋がっていく。 杉江勇次のドラマーチック天気? - 2015年7月頃 杉江、山崎、宮本が担当。 杉江が詳しい天気を伝える際に趣味のドラムを叩くパフォーマンスを行う(悪天候などの場合は中止)。 義堂が参ります。 (2015年4月4日 -? ) 2015年4月4日から辻岡が総合司会に就任したことに伴い、「エース上重は見た! 」を改題したコーナー。 辻岡が渋谷の繁華街などをリポートし、特定の話題に関するいろいろな話を聞く、「話題の!? 現場検証」時代から続くトレンド情報。 マスコットキャラクター [ ] 「ズムサタ」ではかつて土曜日の「 土」の字をモチーフにした「サタッピ」と「サタミ」というキャラクターを2005年1月から設けていた。 しかし『ズームイン!! SUPER』の「ズーミン」よりマイナーな印象があったせいか、2006年3月いっぱいで姿を消した。 その後「サタッピ」・「サタミ」に代わるキャラクターが2006年から登場。 『ズームイン!! SUPER』同様、鳥をモチーフにしたキャラクターで「ズーミン・チャーミン」(以下、略称「ズーチャー」と表記)のという設定。 体毛は2006年4月からのタイトルロゴと同じ緑色でを着用(着ぐるみは両端に「Z」と表記されているゴーグルを着用)し、ズーチャーより脚が長く、お腹に「ZS 」と書かれている。 当時の司会者である藤井の左利きをイメージしている為、「ズームイン!! このキャラクターの名称募集が2006年から行われていたが、同年の放送でキャラクター名が「 サタボー」に決定した(ドラマ『』の宣伝に来ていたのが応募数の多かった上位5つの中から選んで決定)。 グッズは2006年に発売された。 2011年3月31日を以って『ズームイン!! SUPER』が終了することになったため、ズーチャーのキャラクター消滅も考えられたが、多くの視聴者からの要望に応え、同年4月以降は本番組に移動し、サタボーと3羽揃って登場することになった。 2016年3月26日を以ってズーチャーは番組を卒業。 その際辻岡アナから「ふるさとの「鳥の島 とりのしま 」に帰る事になった」と説明され、お別れの挨拶 をした後、赤いカーテンの「とりのしまの入り口」に入って飛び立ち、絵本 の中に入るアニメーションが挿入される演出で締めくくられた。 ズーミンは『ズームイン!! SUPER』から約13年、チャーミンは約10年活躍し続けた。 (サタボーのみ番組続投)。 サタボーは2018年のドラマ『』で、共亜火災保険のイメージキャラクター『きょうあ君』として第1話 、第5話 、第6話 に出演している。 キャラクター一覧 [ ] 現在• サタボー(2006年4月29日 - 現在) 過去• サタッピ(2005年1月 - 2006年3月)• サタミ(2005年1月 - 2006年3月)• (『』終了に伴う引っ越し・2011年4月2日 - 2016年3月26日 )• (同上) 出演者のニックネーム [ ] 出演者を親しみを込めて呼ぶことが多い。 国木田かっぱの「かっぱちゃん(さん)」のような氏名の 名を呼ぶのがほとんどである。 しかし「バード羽鳥」「ヤッシー矢島」「ターボ藤井」「エース上重」「ギドー辻岡」「モッチー(望月 )」といった「ニックネーム」がズムサタの独自性といえ、ほかの番組に出演するときでもこの場でついた名前で呼ばれることが多々ある(羽鳥や矢島など)。 司会者のニックネームについては、福澤は番組開始以前から名乗っていた「ジャストミート」を使用し、羽鳥は番組開始時に公募したが応募件数が少なく結局福澤から「バードでいいんじゃない?」と名づけられた。 矢島以降は番組で公募し、ズムサタ終身名誉顧問である原辰徳に決めてもらうことが恒例となっている。 辻岡については公募はしたものの、最終的には福澤から提案された「ギドー」を原が気に入り決定した。 終身名誉会長 … (監督(2002年 - 2003年、2006年 - 2015年、2019年 - )。 なお、終身名誉顧問とは本番組放送開始当時の巨人監督・が2001年に退任した時に与えられた終身名誉監督がその由来)• 同コーナーでの当初の肩書は「中日広報」であったが、中日のリーグ優勝時に勝手にセ・リーグ統括を名乗ったため、現在まで定着)• ピッチボーイズ … (2008年退団、2018年復帰、2019年引退)、(2007年引退) しかし、上記のメンバーの多くは移籍や退団などで巨人軍を去ってしまい、この地位表現が使われる機会は激減している。 2000年代後半からは(現・福岡ソフトバンクホークス2軍打撃コーチ)を筆頭に、(現・一軍バッテリーコーチ)、(引退)、などで結成されたウーウー隊(の持ちネタでのサイレンを真似した「ウーウー」を頻繁に行う集団。 特に大道はこのコーナーで選手を仕切る事が多く、司会の宮本から「(番組)プロデューサーみたいだ」などと言われたことがある。 さらに、2017年シーズンからは日ハムから移籍してきたが独特な価値観の持ち主であることと、話術が優れていることもあって、新レギュラーになりつつある。 また、2010年4月7日に急逝したコーチのも、巨人での現役時代はこのコーナーの常連、ズムサタレギュラーであり、2009年のオフには広島の自宅に、このコーナーで宮本が取材に行くほどであった。 そのため、同年4月10日の放送回では「プロ野球熱ケツ情報」と「ジャスト!! 日本」分の時間を使い、追悼特集をCMを挟まずに放送した(この日の「ジャスト!! 日本」は2週連続放送の特集『外国人インタビュー』の後編を放送する予定であったが、コーナーを休止し、後編はその翌週放送となった)。 その他に、(引退、現・一軍投手チーフコーチ)が描いた絵を、毎年オフシーズンに紹介する『木田画伯展』などの企画は、該当する選手が巨人を去った後も継続して行われており、そういった選手もズムサタレギュラーと呼ばれている。 ネット局 [ ] 29局同時ネット。 放送時間は2020年7月現在。 第1部(5:30 - 6:28)は ローカルセールス枠のため5:30開始のフルネット局も臨時に5:59飛び乗りとすることもある。 逆に5:59開始の飛び乗り局も臨時にフルネットとする場合もある。 〈タレントスタッフ〉• 総合プロデューサー:() - 不定期出演(亀梨主演のドラマや映画の宣伝、プロ野球巨人戦開幕時(プロ野球スペシャルサポーターも担当)など)• AP:() - 不定期出演(ドラマ・映画・新曲の宣伝など) 〈通常スタッフ〉• 演出:高井健司• 日本担当、一時離脱も復帰していた)、山口葵、中尾阿実(以前は、ニュース担当)、猪口義之(週替り交代)• エンタデスク:藤田梨奈• TM:川合亮• SW:三井隆裕、村松明(週替り交代)• カメラ:池田純哉、中村佳央、加美山稔、津野祐一、濱川和人、橋本圭祐、星合陽介、西阪康史、渡邊晃、伊藤孝浩、横田将宏(週替り交代)• 音声:藤岡絵里子、寺田恭子、榊原大輔(週替り交代)• VE:塩原和益、笈川太(週替り交代)• 照明:大野精一、鈴木道隆、坂口尚真、大矢晃、山内圭、大川俊 敏 行、掛橋司、佐野広之、本木卓、貫井亜廉、中山佑宇(週替り交代)• 美術:本田恵子• TK:桜井えみこ、居波初子(週替り交代)• AP:山下田歌子(デスクの回あり)• 音効:島野高一、石橋裕司• ECG:辻根昌枝、石黒好美• 編集:福井洋、石毛孝• ライター:池田正喜(一時離脱も復帰していた)、板垣悟司、富永淳一、板橋めぐみ、浜崎美帆、小田川朋広、細村卓也、川瀬吉宏(週替り交代)• 構成:西村耕平(以前は、リサーチャー)• リサーチャー:吉嶋亮• ブレーン:川上伸一(以前は、構成)• キャラクター:宮城創(Middle)• 音楽:小野雄紀(2011年4月2日 -。 2019年4月よりオープニングテーマはが編曲したものを使用)• 制作協力:、(旧:)• チーフプロデューサー:関健一(2018年6月9日 - )• 製作著作:日本テレビ 過去のスタッフ [ ]• 構成:、(番組開始から1998年8月まで)• ディレクター:• ジャスト!! スポーツ担当:黒田清隆、島村茂樹、盛田和哉• 熱ケツ:大矢裕之、石川絵里、西尾玲香• エンタ担当:、小川裕之(以前は、ジャスト!! 新聞:藤田正和、斎藤陽子、中村克之• 日本担当)、田中孝将、山内かのこ、熊谷航太郎、塚本和也、濱田大樹、菅原広、工藤啓史• TD:一ノ瀬健次、今村公威、遠藤裕二、牛山敏彦、矢込宏敬、佐藤勝義、三山隆浩、荻野高康• SW:高梨正利、米田博之、村上和正• カメラ:渡辺滋雄、榎本丈之、小林豊、日向野崇、井出善彦、岡田勇輝• 音声:荒井吉春、三石敏生• 照明:吉松耕司、野村博幸、木村明、浅見俊一、佐々木靖、佐々木康雄、大前英樹、徳永博一、市原伸、秋長稔、高星武志、森田恵太郎、菅原佑介、高橋正彦• VE:梅津孝一• 中継:大熊昇、田村好彦、山根寿彦• 美術:高野豊• 大道具:町山宏• TK:柏木梨佐• ECG:滝澤奈美子• 編集:要田和宏• デスク:小早川純世• 総合演出:• 制作協力:(旧:) 兄弟番組 [ ]• (月 - 金 7:00 - 8:30)〔1996年4月1日 - 2001年9月30日〕 - 末期の司会は本番組初代男性司会の福澤が務めた。 月 - 金 5:50 - 8:00 〔2011年4月1日 - 〕 - 司会は2010年 - 2011年に本番組のスポーツコーナーを担当していた桝が務める。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• データ放送企画は時期によって変わることがあるため、一部回は実施していない。 編成上及びの場合。 後にマイスタジオに戻った。 総合コーチ就任に伴い番組を卒業(降板)。 人事異動など行事がある際には参加する。 また、放送後のキャスタートークにも他の全員と共に参加している。 一般紙の冒頭で流れる曲はCapsule「FRUITS CLiPPER」の5秒早回し版• 「Missデビル 人事の悪魔・椿眞子」に出演した際は、その部分が劇中の企業、共亜火災保険のロゴマークとなっていた。 彼らの言葉が唯一わかる宮本和知が「通訳」をして代わりに宮本がコメントした。 の『』。 ズムサタ出演以前から使用されていたものがそのまま使用。 2017年10月14日までは第1部を5:59飛び乗り。 2015年12月までは第1部を5:59飛び乗り。 (サブ)とのでもあるが、テレビ朝日系列の一般番組供給部門には非加盟で、日本テレビの公式ウェブサイト上でも単独ネット扱い。 1996年9月までは7:30飛び降り。 2010年3月までは第1部を5:59飛び乗り。 2014年3月までは5:59飛び乗り。 福岡放送の取材地域はを含む。 2009年4月から12月までは第1部を非ネット、2010年1月から3月までは第1部を5:59飛び乗り。 2009年4月から2010年9月、2012年4月 - 2018年9月は第1部を非ネット、2010年10月2日から2012年3月は第1部を5:59飛び乗り。 2014年4月から2018年9月まで全ネット局で唯一、通常編成において第1部が非ネットであった。 2009年4月から2012年3月までは第1部を非ネット、同年4月より第1部を5:59飛び乗り。 2009年4月から2010年3月までは第1部を非ネット、2010年4月3日より第1部を5:59飛び乗り。• 2010年4月3日 - 2011年3月26日は第1部を非ネット。• 2014年3月までは第1部を非ネット。 出典 [ ]• ORICON NEWS. Oricon ME. 2019年4月5日. 2019年6月11日閲覧。 2018年2月15日閲覧。 2018年2月15日閲覧。 - THE ALFEE OFFICIAL WEB SITE• スポニチアネックス. 2016年3月26日. 2016年3月26日閲覧。 スポニチアネックス. 2016年3月19日. 2016年3月22日閲覧。 2018年4月22日閲覧。 2018年6月2日閲覧。 2018年6月2日閲覧。 外部リンク [ ]• zumusata - 前番組 番組名 次番組.

次の