泣く まで ボコ られ て はじめて 恋 に 落ち まし た。 心の鍵穴の形を探る成長物語――『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』

[B! web漫画] 実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。

泣く まで ボコ られ て はじめて 恋 に 落ち まし た

インターネット上で圧倒的なアクセス数を誇る漫画『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。 』の1巻が刊行された。 漫画家と、誰にも言えない秘密を赤裸々に綴ってベストセラーとなった話題の作家が語り合った。 こだま 作品を読んで、とても衝撃を受けました。 私の知らない世界で、こんな悩みを抱えている方がいるんだとページをめくりながら、驚きの連続でした。 複雑な身体と性自認を巡る悩みを主題にしているのに、それほど感傷的にならず、作品の中で自己分析をしっかりしていますよね。 自分は一体、何者なのかを人に会って探求しています。 なぜ、こんな問題を抱えているのか。 どうして、自分がこうなってしまったのかを丁寧に描くことで、主人公の悩みが読者に届く漫画になっていると思いました。 「周囲に理解されにくい問題」を描いている、この作品を私はとても共感して読みました。 ペス山 ありがとうございます。 恐縮です。 こだまさんが書かれた作品をずっと愛読していました。 悲痛な経験をしているのに、文章の中で乾いた笑いも織り込んでいる。 そうかと思えば、次のページでは辛いことも書いている。 「悩みを明るく笑い飛ばす」だけでなく、辛いことや痛みを感じたことをちゃんと「痛い」と書いているところが、すごく好きです。 読みながら、こんな自分でも生きていていいんだと思えてきます。 勝手に人生の師匠だと思っていたので、そんな方から褒められて本当に嬉しいです。 こだま 私は辛いだけの話は書かないようにしているんです。 辛い話を書いたら、同じくらい笑えるように書こうと思っています。 そこを読み取ってくれて、私も嬉しいです。 ペス山 前作『夫のちんぽが入らない』のほうが読んでいて辛かったんです。 もちろん大好きなんですけど、作中にタイトルと同じ刺激的なワードがリフレインのように、繰り返されますよね。 それが初めは笑えたのですが、段々と辛くなってしまって……。 最後まで読み終えると「すごいものを読んでしまった」という充実感と疲労感と悲しみが合わさって、ごちゃ混ぜになったような感覚になりました。 それが新作『ここは、おしまいの地』は読んでいると、軽やかな印象を受けます。 前作は吐き出すような感じですよね。 前作があったから、軽やかな読み心地の文章になったんですか? こだま 前作を書きつつ、同時進行で連載していたエッセイが新作なんです。 前作は自分の悩みをテーマにしていて、普段は絶対に書かないような話を書きました。 逆に、新作のほうは普段のブログのように気軽に読めるようなエッセイを目指したんですよね。 ペス山 私は悩みをためずにさらけ出してしまうタイプなんです。 こだまさんは卒業文集の「秘密の多そうな人」「早死にしそうな人」ランキングで1位になったと書いてますよね。 私は小学校の時の卒業文集で「テレビに出そうな人」で1位だったんです。 小学4年の時は友達がいないことを担任も親も問題だって思っていたんです。 そこから卒業まで痛々しいくらい明るくしました。 私って痛いけど面白いでしょって振舞っていたんです。 でも、無理していたんですよね。 躁状態と鬱っぽい状態を繰り返していて……。 中学生の時には「冬っぽい人」ランキング1位。 要は根暗ってことですよね。 3年で燃料が切れたんです(笑)。 こだま 私は友達がずっといなかったんですよ。 インターネットができて、自分のことが書けるようになって楽しかったんです。 ペス山さんは作品にも躁鬱っぽいところがでていますよね。 落ち込んでいるかと思ったら、吹っ切れて出会い系サイトにアクセスして人と会っています。 ペス山さんは私と違って、幼少期から暴力シーンをみて興奮するという自分を理解しようとしていますよね。 ペス山 私は理屈をくっつけるのが好きなんです。 「普通じゃない自分」というのを理屈づけることで、周囲に押し付けられる「普通さ」から身を守ろうとしたところがあります。 小さい頃から社会規範にあわないというか、協調性がないタイプでした。 要するに、空気が読めない子供だったんです。 家の中からも外からも小さい頃から「他人と違う」と言われ続けたので、自分の立ち位置がよくわからなくなって、理屈をつけていたのかなぁと思っています。 この漫画にもそれが出ているんじゃないですかね。 それが面白いのか、痛々しいのかはわからないんですけど……。 せめて、笑ってほしいんですけどね。 こだま 痛々しいとは思わなかったですよ。 なんでだろうと思ったら解決しようという気持ちが作品に出ているじゃないですか。 まずボクシンググローブを買いに走るとか。 ペニスバンドをつけたパンツ姿になって、鏡の前に立ったシーンで浮かべている悦びの表情に笑ってしまいました。 鏡を見たときに似合っていることがわかり、それが嬉しいというのが伝わってくるんですよね。 でも次のページになると、もう一度自分が「女性」という性自認であったことが一度もないという悩みに戻っている。 作品の中で自分をどんどん解放していって、「普通じゃなさ」に向き合おうとしている。 読者も一緒になって、ペス山さんと悩みをどうしたら解決できるのか探していけるんですよね。 ちょっと気になっていたんですけどペス山さんのように性自認が男性で、性対象も男性という女性ってご自身で出会ったことはあるんですか? ペス山 友達にも2人いるんです。 それだけでなく読者からも「私も女性の身体が嫌なんです」という感想をいただきました。 女性でも自分の身体が嫌で、自分の身体を脱ぎたいという人はいるんだなと思いました。 私の性自認が男性寄りなのも、果たして最初からなのか。 女性である自分の身体が嫌だから男性寄りになっているのか。 そこはわからないんです。 こだま ペス山さんの場合、マゾヒストという性嗜好が入ってきて、さらに複雑に絡みあっているタイプですよね。 それでも作品を出すことで、同じような悩みの方に届くんだろうなぁと思いました。 ペス山 そうなんですよ。 私のような悩みをもつ人なんていないと思っていて、せめて、こんな自分を笑ってくれと思って描いていたんです。 だけど、共有してくれる人がいる。 自分の性自認について描いた9話、10話を公開するときは本当に緊張して「悩みが複雑なので読むのやめる」なんて感想がきたら、自分は血反吐を吐いて死んでしまうと思ったんです(笑)。 描いていくことで「あぁ自分は誰かにわかってほしかったんだ、実は寂しかったんだ」ということがわかりました。 寂しさは「普通さ」に対する憧れなのかもしれないですね。 こだま 私は、夫と2人ならいいんですけど、そこに「世間」が加わると、自分は普通じゃないんだと思ってしまっていました。 子供もいないし、それどころか夫とセックスもできない。 親からも早く子供を産まないのか、と頻繁に言われていました。 どうしても、普通じゃない自分を意識させられるというか……。 ペス山 前作でこだまさんのお母さんが夫の実家に謝りにいくシーンがありますよね。 きつい~と思いながら読みました。 私も祖母から「結婚して子供を産まないと人間として生まれてきた価値がないんだよね」と普通に言われます。 優しいおばあちゃんで好きなんですけど、ぽろっと言われると傷つくんですよね。 こだま きっと「正義」で言っているんですよね。 だから悪気もない。 彼女たちは自分とは違って、それが当たり前だという価値観で育ってきたと思うことで、私は納得しています。 自分は自分で生きていこうと思ったんです。 ペス山 そう思えたのはなにがきっかけだったんですか? こだま 本を書いて、出版したことですね。 それまでは自分は恥ずかしい存在だという思いが強すぎたんですけど、本を出したことで、自分と同じようなタイプが世の中には確かにいるとわかって、普通じゃない自分を開き直れたんです。 私はこのまま「入らない自分」でいいんだ、それを書いていこうと思ったんですよ。 ペス山 書いたことで変わる、というのはありますよね。 この漫画も読んで、「わかります」って反応と同じように「気持ち悪い」って反応もあります。 私はそれでちょっと安心できるんです。 「複雑な自分がかわいそう」感を出しすぎると、思っていても気持ち悪いって言いにくいじゃないですか。 こだま あんまり「かわいそう」感は出ていないですよ。 理屈で書いてあるから、立場を超えて、あらゆる「自分は人と生き方が違うと思っている」人への励ましになっていますよね。 この作品を読むといろんな生き方があるんだ、あっていいんだと思える。 違うってことにみんな悩んでいて、だから自分だけが違うことにそこまで悩まなくていいんだって言ってもらえる気持ちになれます。 ペス山 嬉しいです。 いろんな人にそのままでいいんだって思ってほしくて描いた漫画でもあります。 特に1人あげるとしたら小さい時の自分に読んでほしい、と思って描いています。 性の話だからR指定つけるんじゃなくて、誰にも言えない性の話だからこそ小さな自分に届けたいんです。 子供の時は視野も狭いから、無理もして自分を追い詰めるんですよ。 本当は無理しないでいいって誰かに言ってほしかった。 私はこの漫画に、そんな気持ちも込めました。 こだま 「実は声に出せない気持ち」がでている作品になってますよ。 私も『ここは、おしまいの地』では、例えば就きたい仕事に就けずに落ち込んでいた当時の自分に向けて書いています。 自分の思い通りにならなくても、だから別の可能性が広がって今がある。 失敗や辛いことがあっても作品にできる。 そんなに落ち込むことはないってことが今はわかるんです。 ペス山 辛いことを辛いって言うのは勇気がいることですよね。 それはネガティブだって一刀両断される話じゃないですよ。 こだま 前作を出した時に「世の中のまだ誰も知らないことを明らかにすることが文学だ」ということを書いてくれた方がいました。 ペス山さんの漫画も同じですよね。 内に込めている秘密をさらけ出す。 それで、みんながこんな生き方をしていいんだって思える。 だから2巻が気になりますよ。 1巻はいよいよ恋に落ちるのか、というところで終わりますよね。 ペス山 1巻は今まで脳内で抱いていたファンタジーを現実化したことで終わりました。 2巻以降は自分の理屈が通用しない世界に踏み込んでいくというイメージです。 私もこだまさんの次回作が……読みたい。 こだま 次は創作に挑戦します。 構想はもう決まっていて、実際に私が出会った障害を持った男の子を主人公にした小説です。 あと『夫のちんぽが入らない』が今年は漫画化、実写化と続くのでそちらも楽しみにしています。 ペス山 いや……もう楽しみですね。 きょうはありがとうございました。 聞きたかったことが沢山聞けました。 (ぺすやま・ぽぴー 漫画家) (こだま 作家).

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23歳処女でドMな私が「泣くまでボコられて初恋をした」奇跡的な話(現代ビジネス編集部)

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『泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました』という漫画 『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。 』(通称『ボコ恋』)という漫画が、現在『くらげバンチ』というサイトに連載されています。 (タイトルそのままの内容なので、HSPの方・暴力シーンが苦手な方はかなり閲覧注意です。 >> 私もHSPなのですが、この漫画を更新されるたびに読んでいます。 (気分は良くないですがそれでも読みたくて読んでいます。 暴力を楽しむ漫画ではないので読めるのかも。 ) この漫画に、作者のペス山ポピーさんが「自分の性自認はほとんど男性で、男性からの暴力を受けたいという被虐趣味があるのは、自らの体の性を破壊する行為だからだ」と気づくシーンがあります。 先月、 をして、私はスカートを履くのをやめ、髪を切りました。 その直後にこの漫画を読んだとき、作者の悩みと自分の悩みは無関係ではないなと思わされたのです。 自分の身体の性を受け入れられないという罪悪感 私は長らく、自分の中の「自分の性別を受け入れられない気持ち」を、見てみないふりをしていました。 ひどくわがままなことにおもえたからです。 性同一性障害(FTMとかMTFとか)の人が「自分の性を受け入れられない」というのは分かります。 その人たちは「男性なのに、なぜか女性の体に生まれてきてしまったから」「女性なのに、なぜか男性の体にうまれてきてしまったから」です。 私が自分の性別に悩んだ頃(今から15年くらい前)は、LGBTを含めても、性別は大きく「女性」「男性」「FtM」「MtF」に分かれていました。 私は自分の性に違和感がありましたが、自分をFtMだとは思わなかったので、「女性」にカテゴライズするしかありませんでした。 だとすると、私の「自分の女性性に対する違和感」は、ただの「現実を受け入れないわがまま」みたいに思えました。 そんなわがままな自分が嫌でした。 そのわがままを捻りつぶすように、私は髪を長めにしてスカートを履いて、ピンクのラメのアイシャドウを塗って生きてきました。 別に、女性でも髪が短くしていて良いのです。 性自認に全く違和感がなくても、スカートをはかない女性もいます。 それでも、あえて私は髪を伸ばして、なるべくスカートを履くようにしていました。 すぐ顔を出す「女性性への違和感」をモグラ叩きゲームのように叩き続ける なぜ、そんなにガチガチに自分を縛っていたかというと、「そうしなければ、自分が女性であることをすぐに忘れてしまうから」です。 あえてなるべく頻繁にスカートをはいて、髪もなるべく長めにしていました。 そうすることで、鏡を見るたびに、自分が女であると強く自分に言い聞かせていました。 イメージとしては、放置すればすぐ顔を出す「女性性への違和感」と「違和感を感じる自分」をモグラ叩きゲームのようにひたすら叩いていた、という感じ。 多分苦しかったと思うのですが、「現実を受け入れられない自分は罰されてしかるべき」だと思っていました。 それに、モグラ叩きゲームをしているときは、叩くのに必死で、「女性性への違和感」は感じずに済むからです。 (ダメな自分に酔っていた、というようなことなのかも。 ) 「忘れてからまた考えればいいじゃん」 そんな私がスカートをやめ、髪を切り、女性らしいメイクをやめた日、友人にLINEをおくりました。 「髪切ってカワイイメイクやめたんだけど、快感すぎてやばい、自分の性別を忘れそう」と。 友人からの答えは、シンプルなものでした。 「忘れてからまた考えればいいじゃん。 忘れてるな、と思ったらその頃にまた聞くわ」 本当に心が楽になりました。 それに、友人は、私が女だから友達でいてくれたわけではなかったのだ、と気づきました。 これはとってもありがたいことです。 私が自分の性別を忘れてしまって、好き勝手に生きていたら、もしかしたら「私は女性である」と言えなくなってしまうかもしれない、その時でもその子は友達でいてくれるのだなあ、としみじみ嬉しかったです。 「のっぴきならない自分の一面」を許す 『ボコ恋』の話に戻りまして。 「わがままな自分が嫌で、そんな自分をもぐらたたきで殴り続けた自分」と、「殴られたかったポピーさん」には、似たものがあるのかなと思いました。 『ボコ恋』の13話に、ペス山ポピーさんが、自身の嗜好にOKを出せた瞬間が描かれるすてきなシーンがあります。 私が13話を読んだのは、ちょうどこの友人とのLINEのやりとりをした頃でした。 そのコマを読んだとき、なんだか「今この瞬間に、私も女性性を受け入れられない自分を受け入れたなぁ」と思ったし、「私のアレにもちゃんと……」と感じました。 全然アレな意味じゃないんですよ! 素敵なシーンなのでネタバレしたくなくて!).

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『泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』全巻徹底紹介!【ボコ恋】

泣く まで ボコ られ て はじめて 恋 に 落ち まし た

殴ってくれる人 で検索したらポピさんの漫画を見つけました。 前に他の方のエッセイ漫画を読んだ時、自慰的な内容でげんなりした覚えがありますが、ポピーさんのエッセイ漫画には嫌悪感を感じず、清々しく読めました。 ポピーさん自身が妙に明るいというか、漫画全体にあまり暗さを感じないところも良かったです。 友達キャラもそんな奇跡おこるのかというくらい素敵な友達で、羨ましくもあります。 私も自分の性的嗜好って実はこうなのではないか?と悩むうちの一人ですが、殴る殴られる意外にも、そういう人は一定数いるはずです。 要所要所で、出会い系で相手を探す場合の注意点を添えてくれているのも良いと思いました。 恋をした相手の話まではさわり程度なので残念ですが、その分二巻が楽しみです! 内容が内容なので苦労はあると思いますが、応援しています。 頑張って下さい。 いい意味で衝撃的な作品でした。 これだけマイノリティなテーマを扱っておきながら、いわゆる『普通の人』にとっても非常に面白い漫画に仕上がっていることが衝撃でした。 私自身は、性自認や性的嗜好にマイノリティな部分は持っていない極めて一般的な嗜好(と自分では思っている)のいわゆる『普通の人』である主婦です。 ところがいざ読み始めてみると、「え、この作者、暴力大嫌いなの??」と、読む前からのイメージを早速覆され、予想に反して理知的・常識的な作者のキャラクターに驚かされる結果になりました。 特に良かったと感じた点をまとめると ・作者は非常に常識的で自身を客観的に見ているため、いわゆる『普通の人』が読んでも違和感を感じない作品になっている(こういうコミックエッセイ的な内容だと、作者のマイノリティな嗜好と感情ばかりが主観的に描写されて読み手が置いてきぼりになってしまうものも多いが、この漫画においてはこの点が非常に秀逸) ・「暴力礼賛にならないように」「自分は暴力が嫌いである」「出会い系等を利用する場合の注意点」など、作品が広く出版される場合に考慮するべき点についてきちんと配慮されている ・作者の心情や葛藤を抽象的に表現した漫画内の表現がわかりやすく、印象に残りやすい ・重いテーマを扱っているのに、ギャグ的な意味で笑える(特に一巻) ・絵柄はとても上手い・綺麗というほどではないが、崩れていなくて見やすい ・ストーリーが切なく、面白い、現実にあったことで、そんなにドラマティックなことがあったわけでもないのだけど、とにかく胸に残る、、なんだこれは、、作者は本当に恋をしてたんだな、、(語彙力) 大変ほめちぎってしまったので、あえて欲を言うならば以下の点です。 ・一巻は、導入的な内容が多く、恋をした話、のメインキャラクターはほとんど登場しない、二巻が恋をした話のメインなのでがっちり恋愛ものを期待していると肩透かしと感じる人もいるかも(でも一巻からすごく面白い) ・値段はもう100~200円くらい安かったら嬉しいかも(まあでも、あえて言えば、です。 そのくらいの値段だとよりこの作品を広く読んでもらえるんじゃないかなあと。 そのくらいたくさんの人に広くおすすめしたい作品です) ここ数年で私が読んだ漫画のなかで、ベスト3に食い込むくらい衝撃的な作品でした。 現実は小説より奇なり、、です。 面白い。 「一般的に」言えばかなりマイナーな志向を、それなりに整理して言語化して漫画にしてくれている。 この人の辛さが伝わってくるけれど、それなりに客観的で、主観的に偏りすぎていない。 私はかなりおもしろく読んだ。 2巻でこの人がこの人なりに幸せになるといいなぁ。 まあ、でも、人を選ぶと思うので、タイトルみて嫌な予感がするなら絶対読んじゃダメです。。。 望まずに殴られたような経験のある人とかはすごく嫌な気分になるんじゃないかなぁ。 補足ですが、すごく幼い頃 3歳とか4歳とか から性的志向性が定まってる人の話をエッセイ本とかで読んだりする。 この方もそうらしく、改めて、人の志向に「普通」はなく 自分も含めて 、普通の人は育つ上で「普通」に矯正されるだけなんだなぁという気がした。 出版するに当たって批判の出そうな本だが、どんな志向もひとに迷惑かけない限り尊重されるべきもので、いろんな人がいるんだっていう多様性は隠すべきことではないと思う。 面白い本が読めてよかったです! ボコられることでしか性的快感を得ることができない女性ペス山ポピーさん(23歳)の「実録エッセイ」です。 一巻では対外的に抑圧し続けた性的欲求に疲れ、解放する手段として選んだ出会い系で悪戦苦闘する姿が描かれます。 ごく一般的な性的嗜好(たぶん)の私としては、未知の世界を知ることができて興味深いです。 痛みそのものが快感なのか、痛みで苦しいから快感なのかなんて考えたこともありませんでしたから。 しかし話が進むにつれて、単なるマゾヒストの話ではないことが明らかになります。 はじめて恋に落ちた彼女が不自由な欲望そして「二重苦」と表現されているもう一つの苦しみに対する答えを見出せるのかが次巻に持ち越しです。 マゾではない私にでも理解できたような気になるほど心情の描写は丁寧ですが、やはり同じ土俵に立っている人が共感できる内容なのだと思います。 少なくともこの領域では自分が多数派であることを認識させられました。

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