ドラえもん 放送 時間。 ドラえもん・クレしんの移動理由は?何曜日の何時?初回放送日と世間の感想は?

ドラえもんの放送枠はなぜ土曜日に?テレ朝改悪の理由と金曜日の番組構成は?|sugar news

ドラえもん 放送 時間

テレビアニメについて ドラえもん26年史大年表 ドラちゃんのおへや テレビアニメについて ドラえもん 26年史大年表 1979年から2005年まで、26年続くロングラン放映となった、大山のぶ代版「ドラえもん」。 振り返ると、この26年間、実に様々な出来事がありました。 ここでは、大山のぶ代版「ドラえもん」について、放映が始まってから今までの歴史をまとめました。 これ以上、この年表に追加することはないと思うと、少し寂しい気持ちです。 諸般の事情により半年で放映終了。 1978年 8月 2作目「ドラえもん」のパイロットフィルムが完成。 この時から既にドラえもんの声は大山のぶ代。 この時大山さんが当てた声を聞いて、藤子F先生が「 ドラえもんってこういう声だったんですね」と言ったのは今では有名な話。 12月 「ドラえもん」テレビ朝日での放映が決定。 1979年 4月 1日、朝8時半より「ドラえもん」開始直前の宣伝番組「ぼくらのともだちドラえもん」放映。 記念すべき第1話は「ゆめの町ノビタランド」。 8日、朝8時半より 30分番組が、全国9局ネットで放映開始。 10月 3日、19時より「秋だ!一番ドラえもん祭り」と題して 初の1時間スペシャルを放映。 内容は新作1本と再放送5本。 新作として放映された「勉強部屋のつりぼり」は、前年に制作されたパイロットフィルムだった。 1980年 1月 1〜3日にかけて「お正月だよ!ドラえもん」を、18時30分より30分番組で3日連続放映。 4月 8日、 初の2時間スペシャル「春だ!一番ドラえもん祭り」を放映。 この日の「おまたせ ドラミちゃん初登場! のび太の海底ハイキング」で ドラミ初登場。 「ドラ. パーマン」では、ドラえもんがパーマン1号、Q太郎らと共演。 5月 5日、スペシャル番組「オリンピックだドラえもん」内で、初の1時間アニメ「のび太の「夢の金メダル」」を放映。 12月 31日、 初めて「大みそかだよドラえもん」を18時30分より3時間枠で放映。 内容は、傑作再放送18本に加えて「ドラとのび太のばらえていジョッキー」「映画「のび太の宇宙開拓史」予告編」の3部構成。 1981年 9月 帯番組が26日で放映終了。 後番組は「忍者ハットリくん」。 10月 2日より、 30分番組の放映枠が金曜19時に移動。 同時に 内容が新作15分2本立てとなり、サブタイトル場面も「オレンジ色の背景、二人のドラえもんがひっくり返る」パターンに変更。 ちなみに帯番組時代は「黄色背景、ドラえもんは動きなし」だった。 12月 31日、大晦日スペシャルが前年と同じ時間枠で「大晦日だよ!ドラえもんと忍者ハットリくん」として放映された。 以後1987年まで年末特番はシンエイ藤子アニメ合同の番組になった。 1982年 1月 1〜3日にかけて1時間のお正月特番が「お正月だよ!ドラえもん・怪物くん・忍者ハットリくん」として放映され、「ドラえもん」はそれぞれ30分の新作が放映された。 8日より 30分番組の内容が再放送2本、新作1本の3本立てに変更。 4月 2日、「春だ!一番ドラえもん祭り」放映。 内容は新作3本、再放送3本の6本立て。 特番で短編新作が複数話放映されたのは初めて。 1983年 10月 13日、テレビ朝日開局25周年スペシャル番組「藤子不二雄スペシャル ヨーロッパ鉄道の旅」で、 藤子不二雄両先生(当時)が初めてテレビ画面でドラえもんたちと共演(実写・アニメ合成)。 1984年 1月 もとひら了氏に代わって劇場版「のび太の海底鬼岩城」でドラ映画初監督を務めた芝山努氏がテレビ版のチーフディレクターに就任。 4月 6日、スペシャル番組「春だ!一番ドラえもん祭り ぼくたち地球人」を放映。 これは小学館・テレビ朝日などの雑誌、テレビ、劇場版などの連動企画で、新作アニメ「さらばキー坊」は原作マンガがテレビ放映とほぼ同時に発表された。 5月 18日より 番組内容が新作1本、再放送1本の15分2本立てとなる。 これ以降、レギュラー放映は特記無き限りこの形式。 8月 10日、「ぼくたち地球人」スペシャル第2弾「夏だ!一番ドラえもん祭り!! 地球の動物はみな友達だ」放映。 新作アニメは「ドンジャラ村のホイ」(原作は「コロコロコミック」7月号掲載)。 第3弾も秋に予定されていたが、実現しなかった。 1985年 4月 5日、1時間スペシャル「春だ!一番ドラえもん祭り」内で、 初のリメイク版(同一原作の2度目のアニメ化)作品「オオカミ一家を救え!! 」放映。 30分のスペシャル版。 1987年 9月 11日、スペシャル番組を除くと帯番組時代以来の「脚本なし」で制作された「ジャイアンをだまらせろ」放映。 コンテはチーフディレクターの芝山努氏。 10月 16日より12月25日の放映まで、 新作15分2本立ての放映になった。 19時20分から開始のニュース番組「ニュースシャトル」のため、23日放映分より 放映枠が18時50分〜19時20分に移動。 次回予告が15秒となり、ドラえもんのセリフは無くなった。 また、同じく20日から月〜金曜日帯番組形式で18時より放映されたバラエティ番組「パオパオチャンネル」内で「藤子不二雄劇場」として毎週月曜日に初期の「ドラえもん」の再放送が行われた。 1988年 4月 1日放映「ワラシベにお願い」で、第1話「ゆめの町のび太ランド」から数えて 通算1000話を達成(特番含む)。 5日、1時間スペシャル番組の新企画「 夢気球スペシャル」スタート。 新作アニメに加え、ドラえもん型気球「ドラバルくん」が自然を訪ねて日本各地を訪れるという内容で、翌年5月まで約1年間続いた。 12月 31日、8年ぶりに「ドラえもん」単独枠の 「大晦日だよドラえもん」が復活。 1989年 4月 「ドラえもん」放映10周年。 放映時間が夜19時に戻る。 「ぼくドラえもんです」で始まる30秒版の次回予告も復活。 5月 「ドラえもん」放映10周年記念を兼ねた「夢気球スペシャル完結編」放映。 アニメは全て新作で4本立てで、他に実写パートもあった。 1991年 6月 21日放映分より中村英一氏が総作画監督となり、各話の作画監督はローテーション制となった。 10月 30分番組では初めて、 原作の存在しないアニメオリジナル脚本より制作した「ラッキー砂時計」放映。 1992年 1月 この年、「お正月だよドラえもん」放映なし。 10月 9日放映分より、サブタイトル場面がどこでもドアを覗くドラの絵に変更。 また、この日の放映よりOP・EDテーマともに変更。 オープニングは、歌手が大杉久美子さんから山野さと子さんへ交代。 1993年 1月 29日放映分より、 新作2本立ての放映となる(6月18日まで)。 4月 テレビ放映15年目に突入。 なぜか1年前倒しされて「ドラえもんテレビ放映15周年」のテロップがオープニング前につくようになり、記念企画「ドラえもんめいさく劇場」も始まった(10月1日放映分まで)。 9月 「水曜特バン!」枠で、 「ドラえもん」放映15周年記念の1時間半スペシャル「ボクの感謝の90分!夢の四次元バラエティー」放映。 藤子・F・不二雄先生とドラえもんが共演し、また歴代シンエイ藤子Fアニメの主人公たちも応援に駆けつけた。 1994年 4月 テレビ放映が 本当に15周年を迎えた。 1995年 12月 1980年以来毎年続いてきた 大晦日の3時間特番が30日に移動。 番組タイトルも「冬休みだよ!ドラえもんスペシャル」に変更された。 ちなみに、31日にはビートルズの特番が放映された。 1996年 8月 16日、アニメ「クレヨンしんちゃん」との合同スペシャル番組「夏だ!元気だ!! 超合体!!! ドラえもん&クレヨンしんちゃんスペシャル」放映。 新作エピソードを含んだ 藤子アニメ以外の別番組との合同スペシャルは初めて。 9月 20日、1時間スペシャル「秋一番!ドラえもん!! 1時間まるまるスペシャル!」放映。 23日、藤子・F・不二雄先生死去。 享年62歳。 12月 21日、初の「クリスマススペシャル」放映。 EDテーマは久々登場の「サンタクロースはどこのひと」。 この日の放映より、特番ではオープニングの歌が流れなくなり、その日の内容紹介が放映されるようになった。 31日、 大晦日特番が復活。 1997年 1月 5年ぶりに「お正月だよドラえもん」放映なし。 8月 8日放映分より、 サブタイトル場面、次回予告、本編BGMなどの音楽がリニューアルされた。 1998年 1月 はじめて2年連続で「お正月だよドラえもん」放映なし。 この年以降、かわって年明けに昨年公開された映画「ドラえもん」が放送されるようになった。 10月 11日、テレビ&映画20周年記念の2時間スペシャルを放映。 2時間の大半が旧作の再放送で、またゲストキャラが15周年の時より少なく、見劣りする内容だった。 1999年 10月 15日の特番より、昨年から続いてきた「TV&映画20周年」スペシャルに代わり、原作漫画30周年を記念してタイトルに「 ドラえもん誕生30周年」と付くようになった。 12月 31日、大晦日特番が従来の3時間番組ではなく、「2000年だよ!ドラえもん」の枠で初めて 長編の新作「未来を守れ! のび太VSアリ軍団」が放映された。 2000年 3月 3日の放送より、 音声がステレオに変更された。 6月 9日放映分より、サブタイトル場面がドラやき型の風船をふくらませ、それに飛びつくドラえもんの絵に変更。 7月 7日放映分より、 次回予告が15秒に短縮。 残り15秒は、テレビ朝日系列の他のアニメ・特撮番組の番宣が流れるようになった。 12月 31日、「ドラえもん」3時間単独枠の「大みそかだよ! ドラえもん」が復活。 2002年 7月 7年ぶりに「ドラえもん」単独の夏休み1時間スペシャルが復活。 10月 4日放映分より、 本編がデジタル彩色となり、またOP・EDも新しくなるなど、大幅なリニューアルが行われた。 12月 31日、 大晦日3時間スペシャルでは初の新作エピソード「未来の国からはるばると」が放映された。 また、1987年以来15年ぶりに「パーマン」の再放送も行われた。 2003年 4月 5日放映の特番で、放映枠が金曜に移ってからは、全国ネットとしては初めて、第1話「ゆめの町ノビタランド」の再放送が行われた。 10月 21日放映分で、放映枠が現在の金曜夜7時になってから、 レギュラー放送が通算1000回を迎えた。 12月 31日、大晦日3時間スペシャルでは初めて、劇場版(同時上映中編)の再放送が行われた。 また、昨年に引き続き、「パーマン」の再放送もあった。 2004年 10月 22日放映分より4回にわたって、初めてレギュラー放送枠で劇場版の分割放映が行われた(「のび太と銀河超特急」を放映) 12月 17日、芝山努チーフディレクターのコンテ担当最終作となった「のび太とのび夫」放送。 2005年 3月 18日、「ドラえもんに休日を?! 」をもって、大山のぶ代ら、 シンエイ動画版の初代声優陣による新作放送が終了。

次の

クレヨンしんちゃん|テレビ朝日

ドラえもん 放送 時間

このほか、テレビ朝日系全国ネットで下記の放送時間にて30分間の再放送(大半の地域では初回放送)がされた。 なお、帯番組のものとは放送順が異なる他、オープニング・エンディング・次回予告が別途製作された。 1979年(昭和54年)4月8日 - 1980年(昭和55年)3月30日 日曜 8:30 - 9:00 30分 1980年(昭和55年)4月6日 - 1981年(昭和56年)9月27日 日曜 9:30 - 10:00 30分 金曜日に移行した後、放送枠は『』として『』、『』(第2作)、『』(第3作)に引き継がれた。 1981年(昭和56年)10月2日 - 1987年(昭和62年)10月9日 1989年(平成元年)4月14日 - 2005年(平成17年)3月18日 金曜 19:00 - 19:30 30分 日曜日の再放送と同様にテレビ朝日系全国ネットでの放送。 前者では、金曜日の同枠で藤子アニメの放映は『』(NETテレビ時代、当時系列局だった制作)以来だった。 なお、後者は『』の放送時間変更に伴うもの。 日曜8:30~9:00。 1979年10月から月~金曜16:50~17:00で10分帯番組も追加ネット。 金曜17:30~18:00 1979年8月25日~9月29日 土曜7:45~8:15 (IBC) 1979年10月~1996年3月打ち切り 開始時は火曜 17:30~18:00に放送 IAT テレビ朝日系列 1996年10月開局から KHB 1979年4月8日から。 日曜8:30~9:00 ABS 日本テレビ系列 1979年7月17日 ~1992年9月24日。 同年10月から月~土曜18:50~19:00で10分帯番組も開始。 KNB 日本テレビ系列 作者の出身地。 1980年4月5日に第3話よりネット開始。 1980年4月5日から1985年9月28日までは土曜 17:00 - 17:30 1985年10月4日から1996年9月27日までは金曜 17:00 - 17:30 1996年10月4日から1999年3月26日までは金曜 16:55 - 17:25 1999年4月9日から2002年9月27日までは金曜 16:27 - 16:55 2002年10月1日から2005年3月22日までは火曜 16:27 - 16:55にて、 それぞれ放送。 MRO TBS系列 1979年6月19日 ~1985年9月23日。 火曜17:00~17:30 (ITC) フジテレビ系列 1985年11月1日 ~1991年9月22日 放送時間は当初は金曜17:32 - 18:00であったが、 1986年1月5日以降は日曜9:00 - 9:30にて放送された。 HAB テレビ朝日系列 1991年10月開局から FBC 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 1979年10月4日ネット開始。 木曜18:00~18:30 1987年9月までと、1989年4月から1990年代後半まで木曜17:30~18:00 1987年10月から1988年3月までは火曜19:00~19:30 1988年4月から1989年3月までは日曜10:30~11:00 1990年代後半以降変動あり。 1987年10月よりのスポンサー付きネット。 NBN テレビ朝日系列 1979年4月8日から。 日曜8:30~9:00 ABC 1979年4月8日から。 土曜17:30~18:00 BSS TBS系列 1989年10月から HOME テレビ朝日系列 1979年4月8日から。 日曜8:30~9:00 tys TBS系列 1979年秋頃~1993年9月 金曜17:30~18:00 yab テレビ朝日系列 1993年10月開局から JRT 日本テレビ系列 1979年秋頃~1990年代後半に打ち切り。 毎週金曜17:30~18:00 KSB テレビ朝日系列 1979年4月8日から。 日曜8:30~9:00 EBC フジテレビ系列 1979年10月~1995年3月。 日曜8:30~9:00 NBC TBS系列 1990年3月まで 月曜16:50~17:20 NCC テレビ朝日系列 1990年4月開局から RKK TBS系列 1979年9月5日~1989年9月。 水曜17:00~17:30 KAB テレビ朝日系列 1989年10月開局から OBS TBS系列 1979年秋頃~1993年9月。 火曜17:20~17:50 OAB テレビ朝日系列 1993年10月開局から UMK フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 1979年の秋頃から。 日曜18:00~18:30 KKB テレビ朝日系列 1982年10月開局から RBC TBS系列 1979年後半~1995年9月。 - 年表 年 月日 表類 備考 1973年 9月30日 前史経歴 によって初めてアニメ化された『』が会社の解散に伴い放送を終了。 その後、『ドラえもん』のアニメ化版権及び放送版権は宙に浮いていたが、 シンエイ動画の企画書を通じた必死の説得で、今作の制作が決定するのは1976、7年頃の事となる。 1976年 9月9日 前史経歴 Aプロダクションがシンエイ動画株式会社として独立。 1978年 8月 作品経歴 今作のパイロットフィルム『』が完成。 今作の時点でドラえもん、のび太、静香、スネ夫、ジャイアン、のび太のママが登場、その後声優は代役時を除き一律。 12月 放送経歴 テレビ朝日での放送が決定する。 1979年 4月1日 放送経歴 本放送開始の前日であるこの日に本作を紹介、予告する特別番組が放送された。 この放送で、のび太の家にドラえもんがやってきて2人がはじめて出会う内容の番組『ぼくらのともだちドラえもん』 (司会:、、ゲスト:)が放送された。 4月2日 初回経歴 本放送を開始。 第1話は単行本3巻収録『ゆめの町ノビタランド』。 ドラえもんとのび太の出会いを描いた物語は後述、 翌年正月に特別番組『ドラえもんのびっくり全百科(オールひゃっか)』にて「未来の国からはるばると」として放送された。 4月3日 登場経歴 4月3日放送作品『変身ビスケット』にて、のび太のパパこと野比のび助が初登場。 声優は。 声優交代に関しては後述。 6月15日 登場経歴 6月15日放送作品『ラジコン大海戦』にて、骨川スネ吉が初登場。 声優は。 その4年後に放送された『超リアル・ジオラマ作戦』からに変更し、そこからは一律。 10月3日 放送経歴 初の特番『秋だ! 一番ドラえもん祭り』を19:00 - 20:00で放送。 過去放送された4本の他、パイロット作『勉強部屋のつりぼり』を初放送した。 12月20日 登場経歴 12月20日放送作品『百年後のフロク』にて、セワシが初登場。 声優は。 その後25年間一律。 1980年 1月3日 初回経歴 初のテレビアニメオリジナル作品『タイムマシンでお正月(映像ソフト未収録)』が放映された。 以後数年間、正月三が日にスペシャル番組が放送されるパターンが続いた(前述の『ドラえもんびっくり全百科』もうち1日)。 同年4月、『(映像ソフト未収録)』を放送。 往年の人気藤子キャラクターと共演を果たした。 3月12日 放送経歴 前年より同局の『』で始まったアニメ特番『』の進行役として、ドラえもんが初登場。 これ以後1987年3月11日放送の『春だ! 今夜はアニメまつりだ!! とびだせ! ドラえもん』まで、ドラえもんが他の藤子アニメキャラと共に進行役を担当する。 3月15日 初回経歴 初の 『』が公開される。 配給収入15億6000万円、観客動員数320万人。 4月4日 登場経歴 4月4日放送作品『税金鳥』にて、出木杉英才が初登場。 声優は。 その後25年間一律。 4月8日 登場経歴 『春だ!一番ドラえもん祭り』内で放送された『おまたせドラミちゃん初登場!のび太の海底ハイキング』にてドラミが初登場。 ドラミの声を担当したのは番組内で多くの脇役をこなしてきた横沢啓子(現:)。 その後約25年間ドラミの声を担当した。 5月5日 放送経歴 関連大型特番『』の一環として本作のスペシャル版として『のび太の夢の金メダル』が放送される。 全編42分の長編であった。 なお直前の18:30に放送されたバラエティ「ドリフと秀樹とドラえもん」にもドラえもんが出演し、やと共演した(このため通常の18:50版は休止)。 7月11日〜 8月29日 放送経歴 金曜19時30分枠で放送されていた『』が7月11日に終了し、 同枠に8月29日から放送開始する『』までのの一環として、1か月間の本作の特集を開始。 7月18日から8月1日までは金曜19:30枠に『ドラえもん・夏休みアンコール劇場』を放送、 8月8日には初の夏の特番『夏だ! 一番・ドラえもん祭り』を、金曜19:00 - 20:00 枠で放送した。 1981年 9月23日 放送経歴 約2年と5ヶ月続いた帯放送枠での最後の放送。 帯枠最後の作品は『やどり木』。 この枠では全617話を放送した。 10月2日 変革経歴 放送枠が進出に伴い、金曜19:00 - 19:30枠に移行。 同時に多方面における大きな変革が行われる。 まずアイキャッチアニメーション を廃止し、サブタイトル画面を新作の物にした。 1作品の尺も6分30秒から10分50秒へ拡大。 10分50秒の作品を2本立てで放送。 菊池俊輔作曲による劇中のBGMを原則、すべて新たな菊池による新規BGMに変更 またキャラクターデザインや色彩設定、その他の作画設定なども変更された。 12月31日 初回経歴 初の大晦日特別番組『大晦日だよ! ドラえもんと忍者ハットリくん』を放送。 以後、毎年の大晦日に特別番組を放送。 ただし1995年は大晦日にビートルズ特別番組が編成されたため1日前倒して12月30日に放送した。 1982年 1月1日〜 1月3日 放送経歴 本作と『』に、前年開始した『』を加えた新春特番『'82お正月!! ドラえもん・怪物くん・忍者ハットリくんスペシャル』を放送。 4日連続して『ドラえもん』と『怪物くん』が見られる事となった。 1月8日 変革経歴 1回あたりの構成を変更。 新作1本8分57秒と再放送作品2本6分30秒の3本立てに。 3月24日 放送経歴 テレビ朝日の期首特番『』に、 『怪物くん』・『忍者ハットリくん』と共に全声優陣が初参加(アニメチームの参加はこれが初)。 さらにこの時のみ、藤子不二雄(当時)も参加した。 以後当番組には、最後までアニメチーム が参加した。 初参加の時は、番組冒頭にドラえもん、怪物くん、ハットリカンゾウがボウリングをするアニメ(シンエイ動画制作)が挿入された。 1983年 2月11日 放送経歴 本日放送回にて、 番組最高視聴率31. 2%を記録。 放送作品は『鏡の中の世界』『テストロボット(映像ソフト未収録)』『オンボロ旅館をたてなおせ』の3本。 ただし後記2本は再放送作品。 テレビ朝日系で放送されたアニメの中では第1位の視聴率である。 10月13日 放送経歴 テレビ朝日開局25周年『藤子不二雄スペシャル (映像ソフト未収録)』が放送。 アニメと実写の合成を用い、ドラえもんらと藤子両人が旅行するという内容の番組だった。 この番組はテレビ界初の立体的なアニメ(アニメ部分は当時としては珍しいCGでの制作)と 実写の新方式の合成が利用されていて「ドラビジョン」と名付られていた。 その後1985年の新春スペシャルとして再放送されている。 12月31日 放送経歴 本作と『ハットリくん』に、この年開始の『』を加えた大晦日特番『大みそかだよ! ドラえもん・パーマン・忍者ハットリくん "シシ丸のゆく年くる年"』を放送。 「」が誕生する。 翌1984年も『スーパービッグヒーロー 大晦日だよ! ドラ・ハッパー』のタイトルで放送。 1984年 5月18日 変革経歴 放送形態を変更。 新作10分50秒と再放送10分50秒の2本立て。 その後も数回1話当たりの放送時間が8分57秒、10分50秒、12分43秒のいずれかにたびたび変更されていた。 11月30日 変革経歴 放送形態を新作12分43秒と再放送8分57秒の2本立てに変更。 1985年 4月5日 初回経歴 初のリメイク作品が放送。 ドラえもん初のリメイク作品は単行本2巻収録『オオカミ一家』だった。 12月31日 放送経歴 「ドラ・ハッ・パー」に、この年開始の『』と『』、そして3年振りの『怪物くん』を加え、『藤子不二雄スペシャル オールスター大集合』を放送、1987年まで続ける。 1986年 11月14日 休止経歴 11月14日放送分はの報道特番に差し替えられ休止となった。 1987年 7月中 作品経歴 『ドラえもん21世紀まつり タイムカプセルドラ丸くんフェスティバル』で1つ目の・ドラ丸くんが封印される。 2001年1月1日午前0時0分開封予定であったが作者が亡くなったこともあり恒久保存となった。 10月23日 変革経歴 女優のを起用した夕方のニュース番組『』が放送されたため、この回より放映枠が18時50分-19時20分に移動。 Bパートの後半に「このあと7時20分からはニュースシャトルです」のお知らせテロップを挿入。 その後、本作が19:00スタートに戻った際はその他の藤子・F・不二雄作品を10分間の短編に仕立てて18:50から放送し、19:00からドラえもんを放送した。 次回予告はドラえもんが立て札に次回のタイトルをハケのようなもので書いていくという簡略化された20秒のものになっていた。 音楽も「ドラドラどこかにドラえもん」の前奏を利用した曲に変更された。 また、本編も10分50秒の新作2本立てとなった。 この時期は月曜日に、帯番組時代の再放送(初期放送分)があった。 1988年 1月8日 変革経歴 新作10分50秒と再放送10分50秒の2本立てになる。 3月25日 放送経歴 18:20-18:50の時間帯で放送された。 これは前日に中国で起きた関連の情報でニュースシャトルが拡大したためである。 4月1日 達成経歴 本日放送作品『ワラシベにお願い(映像ソフト未収録)』にて、第1話「ゆめの町ノビタランド」から数えて特番を含み 通算1000話を達成。 11月11日 放送経歴 1988年11月11日の放送は特番編成に伴い19:30 - 20:00での放送となる(『ニュースシャトル』が前倒しで拡大版を放送したため)。 これ以外にもの病状が芳しくない時は30分前倒して放送したこともあったほか、 ニュース速報によるテロップなどで昭和天皇の体調情報がたびたび流されていた(同時期の他のテレビ番組も同様)。 12月31日 放送経歴 8年ぶりに大晦日特番がドラえもん単独のものになり「大晦日だよドラえもん」が復活する。 1989年 1月6日 放送経歴 正月SP『ドラえもん夢気球SP』を19:00 - 20:00で放送。 しかし翌7日に昭和天皇が崩御され8日に「」と改元されたため「昭和64年」の放送はこれが唯一になった。 2月24日 放送経歴 昭和天皇の大喪の礼特番放送のため19:30 - 20:00での放送となる。 3月11日 劇場経歴 通算10作目にあたる劇場版『』が封切り。 現在も破られていない歴代最高の観客動員数420万人を記録した。 1990年 3月7日 放送経歴 同局の『』(『水SP』の後身)で、3年振りのアニメ特番として、劇場版ドラえもん10周年を記念した『春だ! 映画だ! ドラえもん祭り』を放送。 1991年 2月24日 作品経歴 本作で神成さん役を務めたが逝去。 アニメ版開始から連続で出演する声優の死去はこれが最初となった。 3月6日 放送経歴 同局の『』(『水スーパーTV』の後身)で、ドラえもん達が他のテレビ朝日系列アニメと共演するクロスオーバー特番『』を放送。 以後1992・1993年にも放送される。 3月22日 変革経歴 3月22日に放送された『チリつもらせ機(映像ソフト未収録)』から、神成さん役を演じてきた兼本新吾が死去したため、が後任となって神成さんを演じる。 6月21日 変革経歴 中村英一が総作画監督に就任。 各話の作画監督はローテーション制となった。 10月11日 放送経歴 放送が30分枠になって初めて、原作の存在しないアニメオリジナル作品が放送。 作品名は『ラッキー砂時計(映像ソフト未収録)』。 1992年 10月9日 変革経歴 サブタイトル場面が長年使用されたオレンジタイトルからグリーンタイトルへ移行。 またこの日の放映よりオープニング、エンディングテーマともに変更され、オープニングの『』は歌手がからに交代。 10月23日 変革経歴 本日放送の『シャワーでかくれんぼ(映像ソフト未収録)』から 放映開始から役を演じてきたが咽喉癌のため途中降板しが後任となった。 1993年 3月18日 作品経歴 本作で野比のび助役を務めた加藤正之が逝去。 4月9日 変革経歴 この回より新作の長さが10分50秒と8分57秒の1本ずつになり、1話目の前に1分50秒の『ドラえもん めいさく劇場』が付くようになった。 また、オープニング前に3秒間「テレビ化15周年」の表示が出るようになった。 『ドラえもん めいさく劇場』は10月1日まで続いた。 9月8日 放送経歴 15周年『 ドラえもんボクの感謝の90分! 夢の四次元バラエティー』が放送される。 藤子・F・不二雄のアニメキャラクターが出演し競演した。 また、実写とアニメで藤子・F・不二雄、と、ドラえもんのメインキャラクターの声優陣がドラえもんたちと競演した ドラえもん似の人を募集して紹介する「ドラ顔コンテスト」、1979年からの歴史を振り返るといった内容だった。 12月31日 放送経歴 『大晦日だよ! ドラえもん』を放送。 翌1994年に公開される『』の宣伝を兼ねて、デンカがゲスト出演(声は)。 1994年 4月1日 変革経歴 今放送分から(字幕放送)を開始。 テレビ朝日でのアニメ化15周年を記念し、先述の通り、菊池俊輔作曲による劇中のBGMのうち、第1回放送「ゆめの町ノビタランド」から1981年頃まで使用されていた数十種類に及ぶうちの1つだけがこの日放送の新作「ハリ千本ノマス」で久々に復活・使用された。 このBGMは集等のCDには収録されていないBGMで、久々の採用となったが、翌週以降使用せずこの話が最後となった。 またキャラクターデザインや色彩設定、その他の作画設定なども変更された。 1995年 10月6日 放送経歴 特捜関連のに配慮し、 Aパート、Bパート冒頭で「番組を中断してニュースをお伝えする場合がありますのでご了承ください」と書かれたテロップが流されたが、 ニュースが挿入されることなく放送された。 12月30日 放送経歴 1980年以来毎年続いてきた大晦日の3時間特番が30日に移動。 番組タイトルも『冬休みだよ!ドラえもんスペシャル』に変更された。 31日にはの特番が放映された。 1996年 9月23日 放送経歴 (本名:藤本弘)逝去。 享年62。 9月29日 放送経歴 藤子・F・不二雄逝去により、『』枠で追悼特番として『』が再放送された。 放送終了直後には、生前の藤子の写真がエンドロールとして流れた。 12月31日 作品経歴 1996年(平成8年)のNHK紅白歌合戦にドラえもんが登場。 同時刻にテレビ朝日ではドラえもんの大晦日スペシャルを放送していた。 1997年 8月8日 変革経歴 サブタイトル場面、次回予告、本編BGM等がリニューアルされた。 1998年 1月 作品経歴 前年に系列で放送された『』における「」の事件を受けて、年が明けたこの月からひみつ道具を出すシーンなどにおいて用いられていたなど激しい点滅の演出を一切使わなくなる。 同時にBパートや特番での前年分までの再放送もひみつ道具を出すシーンではVTRを一時停止するなど修正・編集が加えられた。 なお、現在流通している映像ソフトなどでは点滅の修正はされずそのままである。 スーパースペシャル』を放送。 番組では『パーマン』・『オバケのQ太郎』・『』・『』・『21エモン』といった、歴代藤子・F・不二雄アニメキャラが祝福に駆け付け、また『ウメ星デンカ』のデンカも5年振りにゲスト出演した。 1999年 10月 作品経歴 ドラえもんが「青少年向け番組」に指定される。 ただし、『』にあるような表記は一切なし。 12月31日 放送経歴 『』が放送される。 番組内で『2000年だよ! ドラえもん』が放送された。 この番組では、各国の2000年になるカウントダウンの時間をドラえもんがナビゲートした。 また、21世紀に保存したい名場面を納める製のドラえもんが作られた。 これはに開ける予定になっている。 放送経歴 同局の長寿番組『』にゲストとしてドラえもんがCGで初出演。 同番組に架空のキャラクターがゲスト出演したのはこれが初めて。 2000年 2月11日 放送経歴 ドラえもん、2度目の『徹子の部屋』出演。 3月3日 変革経歴 この回からモノラル放送から ステレオ放送に移行。 6月9日 変革経歴 サブタイトルが変更。 グリーンタイトルからピンクタイトルになる。 2001年 7〜8月 休止経歴 中継により約1か月間放送が休止となる。 2002年 3月 作品経歴 テレビ朝日ホームページ内にアニメドラえもんの公式ホームページが開設される。 7月13日 作品経歴 「THEドラえもん展」が大阪の「天保山」で開催された。 大好評で、日本各地でも開催されたが2005年12月22日 - 2006年の1月17日の長崎県美術館県民ギャラリーの展示で最後となった。 10月4日 変革経歴 本編がセル画制作からデジタル制作へ移行されフルデジタルアニメーションとなる。 それに伴いオープニングやエンディングも新しくなり、近代的作風へ大幅にリニューアルが行われた。 2002年当時では、すでに多くの作品がデジタル制作に移行されており、ドラえもんのデジタル制作への移行は比較的遅かった。 『ドラえもん』初の完全デジタル作品は『ミニドラレンタル中(映像ソフト未収録)』。 2003年 7月18日 放送経歴 この日の放送作品『四次元エレベーター(映像ソフト未収録)』に当時主題歌を歌っていたが出演。 8月9日 作品経歴 渡辺美里の西武ドームライブにアニメ出演のお礼としてドラえもんがゲスト出演する。 11月21日 達成経歴 この日の放送で放映枠が現在の金曜夜7時になってから レギュラー放送が通算1000回を迎えた。 2004年 3月6日 劇場経歴 大山版ドラえもんの映画シリーズ最終作『』が公開。 興行収入30. 5億円。 7月9日 休止経歴 放送前に曽我ひとみ、ジェンキンス夫妻がジャカルタで再会するニュースが入ったため、 直前に報道特別番組に差し替えられ、その日の放送予定分は翌週に延期された。 10月1日 放送経歴 渡辺歩がコンテ・演出・作画監督の三点を同時に担当した最後の作品『ためしにさようなら』がオンエア。 渡辺は次作においてキャラクターデザインを担当する。 10月22日 初回作品 番組史上初めて『』を4週に分けて放送。 11月12日は日米野球の中継を放送するため、最終章は1週延期して11月19日に放送された。 10月23日 休止経歴 特別番組『今夜公開!! 誰も知らない ドラえもんの秘密スペシャル! 』が新潟テレビ21をはじめ ほとんどの地域は放送開始から5分ほどで関連の報道特番に差し替えられる形で放送中止となった。 これに従いこの特番は2ヶ月後の12月18日に放送が延期された。 一部地域ではこの特番の再放送も行われた。 11月22日 作品経歴 朝日新聞一面にて声優陣交代が公表される。 この件は朝日新聞が独占で唐突に公表したため、NHKを始めとした他の報道機関は予定を変更し、時間を割いてこの話題を報道した。 12月17日 放送経歴 芝山努チーフディレクターのコンテ担当最終作『のび太とのび夫(映像ソフト未収録)』放送。 2005年 3月18日 放送経歴 『ドラえもん オールキャラ夢の大集合スペシャル!! 1984年12月21日放送の 再放送作品『ハリーのしっぽ(映像ソフト未収録)』と 旧声優陣による再アフレコ兼リメイク作品『ドラえもんに休日を?! 』をもって、本作のレギュラー放送を終了。 平均視聴率は14. 3月25日 放送経歴 『』を放送。 大山のぶ代と小原乃梨子が映画のとして登場しシリーズの最後の放送を終える。 これをもち大山版ドラえもんは26年の歴史に終止符を打った。 3月下旬 受賞経歴 第14回で 本作のレギュラーキャラクター5人の声を務めた、、、、の5人が賞を受賞。 2006年 11月19日 受賞経歴 2006年に開催された第11回にて 大山のぶ代、小原乃梨子、野村道子、肝付兼太、たてかべ和也が特別賞を受賞。 2007年 3月 受賞経歴 東京国際アニメフェア2007にて 本作のレギュラーキャラクター5人の声を務めた大山のぶ代、小原乃梨子、野村道子、肝付兼太、たてかべ和也が第3回功労賞を受賞。 2009年 11月18日 作品経歴 テレビアニメ『ドラえもん』の放送開始30周年を記念して、1979年4月2日から1980年3月31日までに放送された全309作品を収録した テレビ朝日限定生産DVDBOX『DORAEMON TIME MACHINE BOX 1979』が発売。 このDVDBOXにはパイロットフィルムの『勉強べやのつりぼり』と1980年の正月スペシャルに放送された『未来の国からはるばると』も特典映像として収録されている。 某日 受賞経歴 劇伴を担当したが『ドラえもんBGM』での日本国外からの著作物利用料収入が最も多い作品に与えられる国際賞を受賞。 2012年にも再度受賞。 2010年 3月19日 放送経歴 『ありがとう!30周年 今夜かぎりの春のドラえもん祭』内で地域限定だった10分帯番組時代のシリーズ第1話「ゆめの町ノビタランド」を初の全国放送。 新作ではないが5年ぶりに旧声優陣のシリーズが放送された。 12月13日 作品経歴 兼本新吾に代わり本作で神成さん役を務めた渡部猛が逝去。 2014年 5月 放送経歴 CS(現在はテレ朝チャンネル2)にて『TVアニメ35周年記念・ドラえもん名作コレクション』と題した第1話から話数順での一挙放送が実施。 30分枠で、オープニングは1981年9月27日まで放送していた日曜枠と、1981年10月2日からの金曜枠に分かれ、クレジットも再打ちされている。 8月8日 放送経歴 映画『』公開記念としてCSテレ朝チャンネルにて行われた傑作選放送で、地上波放送終了以来初めてピンクタイトル作品の再放送が行われる。 2015年 6月18日 作品経歴 本作でジャイアン役を務めたたてかべ和也が逝去。 作品の終了から11年目にして本作のメインキャストで一人目の逝去者となった。 翌日に放送された『』では追悼テロップが流れた。 11月25日 作品経歴 本作で出木杉英才役を務めた白川澄子が逝去。 2日後に放送された『ドラえもん』ではたてかべの時と同様の追悼テロップが流れた。 12月13日 放送経歴 NHK・にて、大山のぶ代と本作が歩んだ26年間を描いたドラマ『』をオンエア。 主演(大山のぶ代)はが務め、ナレーターには小原乃梨子が起用された。 併せて新規のインタビュー映像も放送され、小原の他、野村道子、肝付兼太、そして本作のプロデューサーであった別紙壮一も出演した。 さらに小原、野村、肝付は劇中のアフレコの吹替やエンディングで10年ぶりにそれぞれのキャラクターを演じた。 2016年 10月20日 作品経歴 本作でスネ夫役を務め、日本テレビ版で初代ジャイアン役を演じた肝付兼太が逝去。 8日後に放送された『ドラえもん』ではたてかべ、白川の時と同様の追悼テロップが流れた。 放送開始からまでは藤子不二雄名義。 演出助手のによると、もとひら了の以前は福冨博が監督の役職を行っていたが、ノンクレジット。 2005年4月より放送中のシリーズのDVDは『NEW TV版ドラえもん』というタイトルで発売されている• 日曜放送はから• 劇場版のテレビ放送を最終放送とした場合は3月25日• これより前の『』(同じ藤子アニメ)~『』は、当時NETとネットしていた制作のアニメが放送されていた。 1988年5月27日放送「パパのおみやげ」、2004年10月1日放送「ためしにさようなら」、2005年3月4日放送「魔法使いしずかちゃん」、2005年3月18日放送「ドラえもんに休日を?! 映画でも「」以降の作品は30分時代に放送された作品をリメイクしたものである(帯放送枠時代にも放送された「」、「」を含む)。 かつては、お正月にも『お正月だよ! ドラえもん』と題して1時間の特番が放送されていた。 では、1986 - 87年に、夏の1時間特番を番組返上として、自社送出の上ネットスポンサー付で過去の通常30分版を再放送を行い、19:30からプロ野球主催試合のを放送したことがあった(19:30 - 20:00はローカルセールス扱い。 また、1995年は春の1時間特番を翌週月曜の17:00から遅れネットとして広島戦中継を放送した。 1997年以降の映画は当初、お正月特番の代替で翌年の正月に、第2作1期最末期からは現在と同様、新作映画公開直前での放送となった。 なお、『パーマン』はその後新作映画公開記念として2002年度と2003年度にも傑作を2本程度放送された• 映画シリーズは第17作まで担当。 後任は及び。 その後、同じく高畑が関与したアニメ『』(制作・)が金曜19時枠に移動して表裏となった期間があった。 元シンエイ動画プロデューサーのは、『藤子・F・不二雄大全集 パーマン 7』(2010年)に寄稿した文章でほぼ同様の経緯を記しているが、楠部がアニメ化承諾後のエピソードとしている「権利料を先に払う話」(藤本が断る)を、許諾を求める際に持ち出して藤本がお金はいらないが、その代わりレポートを求めたとしている。 は日本テレビからをネット受けしていた。 本番組が開始される際、この編成は結果的に18時から18時半がローカルニュース(テレビ朝日では『』)となり、全国ニュースは18時30分開始を維持することとなった。 このような編成はのちに『』()などでも行っているが、こちらは再編集版がローカルネットである。 ただし、第1作の最終話でドラえもんは一度未来に戻っている。 IBC岩手放送・福島中央テレビは岩手朝日テレビ・福島放送開局準備のため途中打ち切り。 1980年3月までは日本テレビ単独加盟局。 1980年4月から1993年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局。 サービス放送期間中の1981年9月27日(日曜日朝の放送枠最終日)から。 サービス放送期間中、夕方の枠では放送されなかった(『』を放送)。 1981年10月1日と2日には、18時48分から、「ゆめのまちノビタランド」(1日)、「変身ビスケット」(2日)が放送された。 なお、金曜日に放送時間移動後初回にあたる1981年10月2日放送から正式に同時ネット開始。 1981年3月までは日本テレビ系列・テレビ朝日系列とのトリプルネット局。 1981年4月~1983年9月はテレビ朝日系列とのクロスネット局。 1987年9月まではフジテレビ系列とのクロスネット局。 放送されたのはであり、当時のテレビ朝日水曜19時台前半枠はローカルセールス枠(および制作枠)であるため、一部地域では19:30から同時ネットされた。 この時のみドラえもんの相手役は、『』のキャンディだった。 金曜19:00の『』は休止。 なお8月15日にはドキュメンタリー特番『父よ、母よ、祖国よ…孤児たちの望都』(19:00 - 20:54)、8月22日は『』(19:30 - 20:54)を、それぞれ放送した。 帯番組版では翌日分の予告テロップを表示するスペースだった。 そのため、1期終了まで行っていた次回予告はこの枠移動まで日曜版のみの放送だった。 ただし、後述のように(1994年4月1日放送「ハリ千本ノマス」等)その後も度々開始当初の1979年~1981年頃の初期BGMが復活・採用される話も現れる。 『』『』『』など。 なお制作アニメは『』と『』が参加。 制作アニメは1本も参加しなかった。 ただし1987年では『猿』は放送せず、代わりに『』と『』を加えた。 92・93年では『』と改題し、放送枠も『』に変更した。 一部のシーンで「空き地」という言葉が「広場」などに言い換えられている。 旧名・横沢啓子を経て現在の物に変更• 当初は加川三起名義• 当初は横尾マリ名義• 2000年6月16日に放送された『ハッピー』ではがスネ夫の従弟の声を担当していたが、それがスネ吉であるかは明確でない。 初期に演出を務めていたによると、厳密な形でのチーフディレクターは存在しなかったが、実質はがその責を担っていた。 一時期ノンクレジットの時期あり。 ノンクレジット。 テレビスペシャル(など)のみ。 3月18日のスペシャルはオープニングは無く、提供クレジット画面のBGMのみで使用されている。 当初はドラえもん達が地球の上で手をつないで歩いている映像が延々と流されていた。 例えば、1979年4月10日放送分の『恐竜ハンター』は中村英一が全て一人で原画を担当。 旧作画と新作画が交錯していた• 玉子の腰掛が青から白になったり、スネ夫の首襟がオレンジから白になったり、静香の靴の色が赤にされた点、など。 ドラえもんに限ればヒゲの位置などで 2 を思い起こさせるデザインだが大きく異なる点が多い。 しずかのニックネームは原作とアニメで各々異なって統一された。 ただし統一までにはある程度期間を要しており、放送初期では「しずちゃん」と呼ばれていることがある他、サブタイトルを「しずちゃんのはごろも」としてそのまま使用することもあった。 藤子・F・不二雄大全集第1巻『ドラえもんの歌』、てんとう虫コミックス第11巻『からだの部品とりかえっこ』など。 うち、映像ソフトにおけるスタッフのクレジット表記は放送時のものとビデオ刊行時のものが混在して表記されている。 これはVHS時代に権利関係の問題で本編に手を加えたり、主題歌・挿入歌の音源をステレオ音源に差し替えたりなど劇場公開時の状態で販売できないことが原因の一つである。 主にに関わる演出。 のとなってジャイアンが追いかけて来る描写がある『オーバーオーバー』なども映像ソフトに収録されている。 ドラえもんが出した「コンピュータペンシル」でのび太にノートに書かせる件。 1981年のみ、劇場用作品が2作公開されているが、3月の公開でない上、同時上映でカップリングされていた経緯上『桃太郎のなんなのさ』は劇場用作品から除かれるケースが多々ある。 - スポニチ Sponichi Annex ニュース、2009年9月21日。 (2009年9月24日時点の)• 「テレビ秋の陣 地上波の模索(下)アニメバブル 長持ちソフト期待」『』1998年10月2日夕刊、11面。 「古今東西TVアニメ作品人気番付」『読売新聞』1987年1月1日付、37頁。 『リトル・ニモの野望』、2004年• 12 - 25• 『大全』旭通信社『ミラーマン』担当 佐野吉秀インタビュー pp. 252• - スワッチのアニメ日記• 『「ドラえもん」への感謝状』pp. 26 - 27。 ここには上記の佐野寿七の話は記されていない。 , pp. 120 - 122, 第4章 異例ずくめのアニメ「ドラえもん」の船出. , pp. 122 - 124, 第4章 異例ずくめのアニメ「ドラえもん」の船出. , pp. 124 - 126, 第4章 異例ずくめのアニメ「ドラえもん」の船出. 『「ドラえもん」への感謝状』pp. 29 - 30• 31 - 32• 会報誌50号, p. 出典:1979年4月5日の陸奥新報テレビ欄(番組欄のドラえもんに「 新番組 」と記載あり)• 出典:1991年9月24日の東奥日報テレビ欄(番組欄のドラえもんに「終」マークが付されている)• 出典:1979年8月25日のテレビ欄(番組欄のドラえもんに「 新番組 」と記載あり)• 『河北新報』1979年8月25日 - 9月29日付朝刊、テレビ欄。 『河北新報』1979年10月2日 - 10月30日付朝刊、テレビ欄。 出典:1979年7月17日のテレビ欄(番組欄のドラえもんに「 新番組 」と記載あり)• 『福島民報』1979年4月10日付朝刊、テレビ欄および『福島民報縮刷版昭和56年6月号』(福島民報社)、514頁(1981年6月30日『福島民報』朝刊8面、テレビ欄より)。 出典:1979年4月5日のテレビ欄(番組欄のドラえもんに「 新番組 」と記載あり)• 「全国放映リスト」『』1983年10月号、、 98頁。 1979年6月8日、1980年9月26日 信濃毎日新聞 テレビ欄• 富山新聞 1980年4月5日付朝刊テレビ欄より。 『北日本新聞』1980年4月5日から2005年3月22日付までの各日付の朝刊テレビ欄より。 北國新聞 1979年6月19日付朝刊テレビ欄• 北國新聞 1985年9月23日付朝刊テレビ欄• 北國新聞 1985年11月1日付朝刊テレビ欄• 北國新聞 1991年9月22日付朝刊テレビ欄• 北國新聞 1986年1月5日付朝刊テレビ欄• 北國新聞 1979年10月4日付朝刊テレビ欄• 朝日新聞 1990年7月23日付朝刊テレビ欄• 朝日新聞 1990年7月23日付朝刊テレビ欄• 朝日新聞 1990年7月23日付朝刊テレビ欄• ただし前年『』内で放送された『未来を守れ!のび太VSアリ軍団』で試験的にステレオ放送された。 gooニュース 2015年6月19日. 2015年6月19日閲覧。 ORICON STYLE 2016年10月24日. 2016年10月24日閲覧。 SANSPO. COM. 2016年10月28日. 2016年10月29日閲覧。 藤子不二雄FCネオ・ユートピア会報誌50号, p. DVDBOX『ドラえもんタイムマシンBOX1979』付録パンフレット• タイムマシンBOX 付属パンフレット• 藤子不二雄FCネオ・ユートピア会報誌50号, p. 渡辺歩インタビュー• ドラえもん商品カタログ• ドラえもん タイムマシンBOX1979 パンフレット• ドラえもん タイムマシンBOX1979 パンフレット• ドラえもん タイムマシンBOX1979 パンフレット• 詳細は、9項. のび太の家を参照。 『ドラえもんタイムマシンBOX1979』付録パンフレット• 高畑と仕事をしていたが証言。 高畑は先述の企画書を執筆する際に前作を視聴し、尺が余ることからシナリオライターを起用して間延びさせているところがダメだという感想をスタッフに述べていた事が本作の制作スタイルに反映されたという。 1981年10月2日放送『ドラえもんだいきらい!? DVD用にマスターが作り直され16:9スクイーズ化された劇場版は『南海大冒険』、『宇宙漂流記』、『太陽王伝説』、『ワンニャン時空伝』のみ。 「マッチ売りのドラえもん」(1993年12月24日放送)などが該当する。 ナリナリドットコム 2012年4月23日閲覧• 小学館 ニュース 2012年4月24日閲覧(2012年4月24日時点の)• (2012年4月24日 2014年8月17日閲覧)・(記事名は一部伏字にしている)• 金曜版以前の帯番組時代の作品の放送形態は日曜版を採用。 最後に放送された新作は「リクエスト小切手」(1994年10月28日放送)。

次の

アニメ「ドラえもん」時間移動報道にため息

ドラえもん 放送 時間

年内最後の放送は12月28日(土)放送の「年忘れスペシャル」となります。 放送時間:17時から17時30分です。 年忘れスぺシャルという題名ですが、放送時間が長いということはなく、通常通りの30分間です。 なんと、 ドラえもんがネズミとなかよくなっちゃう…!? 笑顔でネズミにかこまれるドラえもんは必見だよ! そして、『出てくる出てくるお年玉』は、お年玉が少ないとなげくのび太が、いろいろな方法でお年玉をもらうことができる 『お年玉ぶくろ』を使うものの、なかなかうまくいかず…というおはなし。 くやしがるのび太に、ドラえもんは、妖怪というのはそもそも「説明のつかないふしぎな現象や体験を、昔の人は妖怪のしわざだと考えていた」のだと説明するが、それでものび太は、妖怪はきっといると言いはる。 すると、ドラえもんは『異説(いせつ)クラブメンバーズバッジとマイク』を取り出す。 このバッジをつけて、マイクに向かって自分の考えを言うと、それが本当になり、バッジをつけた人はみんな同じ考えになるのだという。 さっそくバッジをつけたのび太は、マイクに向かって「妖怪は本当にいる」と言ってみる。 そして、ジャイアンとスネ夫にこっそりとバッジをつけてみたところ、二人の目の前に雪女が現れ、二人はカチコチにされてしまった! その様子を見て大笑いするのび太の前に、ネコよりも小さくてリスよりは大きいふしぎな生き物が現れる。 だが、その写真は何が写っているかよくわからないものだった。 そこで、のび太たちはドラえもんに『どこでもドア』を出してもらい、ヤマゴンが目撃(もくげき)された山おくへと向かう。 すぐに雪男は見つかるが、おなかがすいている雪男は、どこでもドアを食べようとして…。 スネ夫は、UFOマニアの円番さんに「UFOを見た」と作り話をしては、たびたびおやつをごちそうになっていたのだ。 それを知ったドラえもんは「本物のUFOの写真を撮ろう!」と言って、『進化退(たい)化光線銃(じゅう)』を取り出す。 ドラえもんによれば、進化速度ダイヤルを最高にセットして光線を浴びせると、十億年分の進化が十日間で進み、なんと火星に生えている苔(こけ)が火星人になるというのだ。 専用のロケットで進化退化光線銃を火星に送り、モニターで火星の様子をチェックするドラえもんたち。 すると、地面に生えていた苔がだんだんと進化して、キノコのような生物が誕生(たんじょう)し、あっという間に火星に近代都市ができ上がる。 そして、十日がすぎたころ、火星人がUFOに乗って地球へとやってくるが…!? 引用:テレビ朝日 「雪男のアルバイト」は、2007年放送分、「ハロー宇宙人」は2003年放送分を再放送されものを、再度大晦日に放送されていました。 2018年は、31日の17時から18時に放送されましたので、 今年も夕方に放送される可能性が高いと思われます。 そして、2018年は3本立てでした、おそらく今年も3本立て+ スネ夫としげおのコーナーがあると推察いたします。 スネ夫とシゲオのコーナーは土曜5時にお引越ししてからの新コーナーで、サバンナの高橋さんと、スネ夫のかけあいがとってもおもしろいですね! スポンサーリンク ドラえもん2020の映画の告知はある? 2020年3月に公開される、「映画ドラえもん のび太の新恐竜」の告知も大晦日だよどらえもんの中である可能性が高いですね! 予告動画がありましたので、掲載させていただきますね。

次の