エヴァの呪縛。 エヴァQの(エヴァの呪縛)は、どういうことなのでしょうか?教え...

惣流・アスカ・ラングレー

エヴァの呪縛

スポンサーリンク エヴァの2020年の映画が完結作となっているにも関わらず、コロナの影響があり近日公開の発表のみで詳しい上映日がまだわかりませんね。 前作の映画のエヴァ(新劇場版エヴァンゲリヲン)では、セカンドインパクトを起こしてから14年もの月日が経っている世界の話でした。 突然のカヲルくん登場で女子の心を掴んだところで、最後に渚カヲルくんの頭が吹き飛ぶと生々しく死んでしまうという。。。 渚カヲルくんが死んでしまったということは、最後の使徒がを殺したことになります。 いよいよ2020年のエヴァの映画でクライマックス、完結になるのです! それでは気になるエヴァのクライマックスはどうなるのか予告映像などから予想し考察していきましょう。 エヴァという作品は制作側の意図も含め考察していくとより面白いですよ! 2020年のエヴァ映画は、ネタバレがほとんどされていませんので正直に今回のエヴァ映画がどうなるのかが、予想することも難しいです。 が、私なりに過去の作品や様々な考察を読んだ上で予想していきたいと思います。 それでは「エヴァ映画2020予告で予想・考察!あらすじネタバレどうなる?」の記事を読んで、皆様もエヴァ映画の完結はどうなるのか予想・考察してみてください。 更に遡るともともとは、エヴァはアニメ放送が最初だったのです。 エヴァ初心者の方は、意外と知らない方が多かったのではないでしょうか。 今回エヴァ2020年の映画の考察をする前に、基礎的な知識を身に着けなくては予想することすらできないので、簡単にエヴァ作品をご紹介します。 エヴァ作品はそんなにも長い間、やっていたんだね! 1995年アニメ版エヴァ放送 「新世紀エヴァンゲリオン Blu-ray BOX STANDARD EDITION」 TVシリーズ単巻Blu-ray&DVDとともに7月24日発売決定! 2015年に発売され、既に完売となった 「新世紀エヴァンゲリオン Blu-ray BOX」が 仕様を変えたSTANDARD EDITIONとなりリリースされます。 現在ではあまり見ることのない、キャラクターの心情などを文字だけの映像を組み込むことにより人間のエゴを表現していました。 渚カヲルが碇シンジに殺さっけるまでの、間は静止画かと思うほど長かったことを覚えています。 現在のアニメのように流れるようにキャラクターが世界観や設定などを説明してくれるわけではなく、所々の映像やキャラクターの発言・行動などから心情やキャラクターの思いなどを考察していかなくてはいけないため、子供が見るには非常に難しいアニメであると感じました。 「まごころを、君に」をもってエヴァの作品は完結されました。 碇シンジがアスカの首を絞めアスカが一言「気持ち悪い」と言い残し終わるのですが、私は難しくて理解することができませんでした。 調べてみると賛否両論あり様々な意見がありますが、碇シンジの苦悩などをアスカが理解し更に碇シンジがアスカを殺そうとしてしまったシンジはショックで涙してしまった。 その涙しているシンジの姿を見て、アスカは「気持ち悪い」と放ったそうなのです。 ここまでの アニメと旧劇場版を見てから、新劇場版のエヴァを見るとかなり理解することができますので少し根気のいる作業になりますが、ぜひ見てみてください。 年号 作品名 2007年 新劇場版エヴァンリヲン:序 2009年 新劇場版エヴァンゲリヲン:破 2012年 新劇場版エヴァンゲリヲン:Q 2020年 新劇場版エヴァンゲリヲン: 作品は上記のようになります。 エヴァ序・エヴァ破ではアニメ版のエヴァと内容が同じ部分もありますが、エヴァQからは特に内容が全く異なり展開が全くわからない状況です。 根本的な内容は一緒になってくるのかと予想もしてみたのですが、私はエヴァQで更にわからなくなってしまいました。 皆さんはいかがだったでしょうか。 エヴァQで特に多くの謎を残し、8年も待たせてようやく完結作が上映されます。 それでは次の記事で完結作よ予想・考察していきましょう。 考察してから映画を見に行くと、面白いからね! タイトルの『: 』とは? エヴァ2020の映画のタイトルに含まれている『: 』とは何なのか、どのような意味しているのかについてご説明していきたいと思います。 ファンの間でも様々な意見がありますが、一番説得力のあるものは 楽譜のに使われる「リピート」を意味する記号ではないかという意見です。 エヴァのタイトルに使われている「序・破・Q(急)」は、舞楽や能楽の構成形式のことをいい、カヲルがピアノを弾くなどエヴァは音楽に携わり作成されたと言われているのです。 新劇場版からは再度、別の物語が始まろうとしていると考えられるわけです。 また「:」がただのコロンを意味し『 』が終止線を意味するのであれば、別の世界の始まりではなく『終わり』を意味しているのだと思います。 しかし「始まりと終わりは同じ」というセリフがあるように、『: 』はリピートを意味している可能性が高いのかもしれません。 シン・エヴァの舞台はパリ ミサト・リツコを中心としたエヴァを排除する組織「ヴィレ」が、エヴァQより登場しました。 エヴァQでは2・8号機が壊されてしまったため、赤く染まってしまったパリを修復し2・8号機を修復するためのパーツを入手しようとするのです。 作業場所はパリにあるユーロンエルフ第1号封印柱の上になり、L結界密度が高いため作戦のタイムリミットは720秒になります。 しかしパリ復元作業中にヴィレの敵である、ネルフのエヴァが妨害してくるのです マリが操縦する8号機でなんとか阻止し、4444cの攻撃も阻止しパリの街を修復することができました。 冒頭10分映像で知ることができた内容になります。 マリがアスカや碇シンジたちと一緒にいないということは、エヴァQで別れたあとまだ会えていないということになりますね。 マリには謎が多く、年齢不詳であり60〜70年代の懐メロを歌うシーンが有名になります。 漫画のエヴァでは1998年の京都を舞台でマリの視点で、大学時代のゲンドウとユイの姿が描かれていたのです。 つまりエヴァQで紹介された 「エヴァの呪縛」が掛けられた人物であり、もはや「人間ではない何かである」可能性があるということになります。 2020年のエヴァ映画の完結作のキーマンになる可能性もありますね。 特報2に挟まれる謎の暗号の意味は? 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』特報2 — ローグ 🍭🍩🍫 totoron275 エヴァのPV動画の2本目である特報2をよく見ると、一瞬ですが謎の暗号が挟まれていることにお気づきでしょうか。 暗号 シーン Sn299 C001 エヴァ2号機:赤黒い空間を進む Sn002 C018 アスカ Sn054 C010 レイ Sn299 C001A エヴァ2号機 Sn002 C010 シンジ、レイ、アスカ:赤暗い道を進む Sn299 C002 ヴンダー:突き進む Sn299 C003 ヴンダー:ガフの扉へ突入する Sn054 C010 レイ 苦悩の表情 と冬月 Sn105 C002 2本の槍が刺さっている第13号機 Sn105 C001 第13号機:極初期型制御システムに入っている Sn134 C017 マリ Sn109 C002 S-DATを持つシンジ Sn115 C003 ミサトとリツコ Sn136 C003 シンジを横で見つめているカヲル 暗号とシーンとの関係性はまだ謎が多いですが、映画上でこの暗号が何か関わってくるのかもしれませんね。 謎が深まるばかりで、これもまたエヴァの面白いところかもしれませんよね。 クライマックスは気になるな! 予想していこう! 旧劇場版エヴァと同じような内容で終わる? 旧作のエヴァ作品では先程も言いましたが、謎を多く残し完結してしまったのです。 エヴ初号機はリリスに取り込まれ、A・Tフィールドが壊され人類はLCLと溶けていってしまいました。 つまりLCLに人類が溶け込むことで、碇シンジと一緒になり穏やかな世界にしようというのです。 シンジは長い夢の中でレイとカヲルと出会い、神に等しい存在である初号機、そして初号機のパイロットであるシンジに望みを問います。 シンジは今まで辛かった世界であったが、再び皆に会いたいと思い「裏切られてもいいからもとの世界に戻る」ことを望むのでした。 目を覚ますと眼帯をしたアスカが隣で横になり、シンジはアスカの首を絞めます。 首を絞めるシンジに気づいたアスカは、シンジの頬を撫で「気持ち悪い」と放ちエヴァ完結となるのです。 新エヴァンゲリヲンでもこのように、同じように完結するのでしょうか。 予想のクライマックスだからね!どう終わるのか、楽しみだよね! まとめ 「エヴァ映画2020予告で予想・考察!あらすじネタバレどうなる?」の記事はいかがだったでしょうか。 エヴァの作品は見れば見るほど謎が深まり、予想・考察して観ることが面白い作品になります。 アニメ版エヴァ・旧劇場版エヴァを見ていないという方は、新エヴァ作品だけでなくアニメ版・旧劇場版も見ていただくとより2020年の新映画エヴァも面白くることができると思います。 今回は現在ネタバレしている冒頭10分の映像や特報2の予行映像などをもとに、ラストシーンのあらすじはどうなるのかを予想・考察もしました。 予想するのにも限界がありますがエヴァのタイトルに含まれている『: 』が『リピート』を意味するのであれば、現在上映されている新劇場版エヴァ作品は2度目の別の世界でありラストシーンではまた別の世界が準備されているのかもしれませんね。

次の

エヴァンゲリオン (架空の兵器)

エヴァの呪縛

ヱヴァンゲリヲン新劇場版とは? ヱヴァンゲリヲン新劇場版は、1995年からテレビで放送開始された新世紀エヴェンゲリオンのリメイク作品です。 映像は作り直しされたことで、かなり高画質となっています。 またアニメ版は「エヴァンゲリオン」でしたが、新劇場版は1〜3作品目までは「ヱヴァンゲリヲン」という旧字表記になっています。 庵野監督は元々の構想として、エヴァを若い人たちの手でガンダムのようにシリーズ化していって欲しいと考えていました。 しかし、そのためにはまず自身が見本を示す必要があると考え、全く新しいエヴァンゲリオンを作り出すことを考えます。 そのための第一歩として 「オリジナルのアニメ版を知ってもらう総集編」という位置づけで、新劇場版の制作が始められました。 インタビューの中で、本来は半年に1作ペースで公開し、1年半で完成する予定だったと語られています。 しかし、総集編を作成していく中で、そこに新しいエヴァンゲリオンの要素も取り入れることになったのです。 つまり、新劇場版は、 序はアニメ版6話のヤシマ作戦までの内容をほぼ踏襲しています。 失踪した父親に突如呼び出された主人公の碇シンジ。 国連直属のNERV本部で、最高司令官である父親からエヴァンゲリオン初号機に乗って使徒と戦うように命令されます。 エヴァへの搭乗を拒否するシンジでしたが、大怪我をした綾波レイが搭乗しようとする姿を見て、自分がエヴァに乗ることを決意します。 しかし、初号機で出撃したシンジは惨敗。 最終的に暴走した初号機によって第4使徒は殲滅されました。 そして、シンジはミサトと一緒に住むことになり、第3新東京市で新しい生活が始まります。 その後、第5使徒の襲撃がありますが、シンジの独断でかろうじてこれを撃破。 しかし、続いて襲撃してきた第6使徒の砲撃で、初号機は大破しシンジは大怪我を負ってしまいます。 地層の装甲を破って刻一刻と迫ってくる第6使徒に対し、NERVは日本全国から電力を集め、陽電子砲でエヴァに狙撃させるヤシマ作戦を考案。 エヴァに乗る恐怖から作戦参加を拒むシンジでしたが、ミサトやみんなの決意を知り、作戦に参加することになります。 一撃目の狙撃では仕留めることができず、使徒に反撃されてしまいますが、レイが乗る零号機が身を挺して初号機をかばいます。 そして、続く2撃目で使徒を撃破し、序の物語は終わります。 タイトルの「破」という言葉どおり、これまでのエヴァ作品を破った作品となりました。 アニメ版のエピソードを踏襲しつつ、新たなキャラクターや使徒が登場し、アニメ版とは違った展開に進んでいきます。 新たなエヴァを作る上で重要な役割を担っているのが、エヴァの新パイロットである 「真希波・マリ・イラストリアス」です。 このマリを物語の中心におくことで、新劇場版は大きく転換していきます。 またその他にも、シリーズでお馴染みのアスカが「式波・アスカ・ラングレー」と名前を改めて登場。 「エヴァでしか人と繋がれないだけ」と言っていたレイも、クラスで自分から挨拶をしたり、シンジのために料理を作ったりといった変化が起こります。 そして、レイの食事会のためにアスカはエヴァ3号機の起動実験に参加するのですが、第9使徒に乗っ取られたことで3号機が暴走。 シンジはアスカが3号機に乗っていることを知り、戦うことを拒否しますが、ダミープラグに切り替わった初号機が3号機を破壊し、エントリープラグを噛み砕きました。 アスカは一命を取り留めることができましたが、シンジは自らの手でアスカを傷つけてしまったショックからエヴァを降りることを決意します。 しかし、強敵である第10使徒がNERVを襲撃し、レイが零号機もろとも取り込まれ融合してしまいました。 その事を知ったシンジは、レイを助けるため再度エヴァに乗り使徒との戦いに身を投じます。 戦いの中で、シンジの想いに呼応する形で初号機が覚醒。 そして、覚醒した初号機によって「サードインパクト」が発動されてしまいます。 しかし、カヲルが乗るエヴァンゲリオンMark. 06の放ったカシウスの槍が初号機を貫き、サードインパククトは止められました。 舞台は前作から14年後の世界で、完全にオリジナルのストーリーとなっています。 宇宙空間に封印されていた初号機をサルベージするアスカとマリ。 目を覚ましたシンジが見たのは、NERVに反旗を翻したかつての仲間たちの姿でした。 ヴィレという組織を名乗り、艦長であるミサトを中心に空中戦艦AAAヴンダーを操ってNERVと交戦状態にありました。 ミサトたちに監禁されたシンジでしたが、NERVから送り込まれた綾波のクローンと一緒に逃亡。 NERV本部でカヲルと出会うことになります。 そして、14年前に自分の手で擬似的なサードインパクトである「ニア・サードインパクト」を引き起こしてしまったことを知ります。 深く絶望するシンジに対し、カヲルはやり直す方法があることを告げ、2人はエヴァ13号機に乗ってセントラルドグマに安置された2本の槍を目指します。 その結果、シンジはフォースインパクトを引き起こしてしまいそうになりますが、カヲルの自爆によってこれを阻止。 再び絶望するシンジでしたが、アスカに手を引かれ、レイのクローンも一緒に「リリンが来れる場所」に向かって歩き出します。 (画像引用元:カラー) 完結編には「: 」という見慣れない記号が付いていますが、これは音楽のリピート記号ではないかと言われています。 つまり完結編のタイトルには 「繰り返す」という意味が込められているということです。 新劇場版では、今までのタイトルに雅楽の概念である「序破急」が採用されており、Qではカヲルとシンジがピアノで連弾をする描写があります。 このようにエヴァは音楽に関連する要素が多いので、楽譜の符号というのは、かなり的を得ていると思います。 また今までのタイトルに「:(コロン)」が用いられていたこともあり、「 」の符号単体で終止線(フィナーレ)を表していると考えることもできます。 この場合だと、 「物語は終わり」という意味合いで、完結編に合致するタイトルと言えます。 なぜアスカは「惣流」から「式波」になったのか? (画像引用元:カラー) 新劇場版ではエヴァパイロットの設定が変わっており、整合性を合わせるためにアスカの名前を変えたと監督自らが語っています。 元々の名前である「惣流」は、大日本帝国海軍航空母艦「蒼龍」が由来となっていました。 新たな名前である「式波」は、海上自衛隊のあやなみ型護衛艦の同型4番艦「敷波」が由来となっています。 アスカの名前を変えることで、旧作とは違う作品だということをアピールする狙いもあったそうです。 またアスカの新たな設定として、精神汚染区域に突入したことで 「エヴァの呪縛」を受け、ヒトではなくなっています。 そのため年を取ることがありません。 真希波・マリ・イラストリアスについて• レイのオリジナルを知っているかのような発言• エヴァの「裏コード」を知っている• 碇ゲンドウのことを「ゲンドウ君」と呼ぶ• 「Q」で冬月が持っていた昔の写真に、マリ似の女性が写っている• 古い昭和歌謡を好んで口ずさむ こういった事柄から推測するに、マリはゲンドウやユイの大学時代の同期と見られています。 またマリの容姿が若いことから、アスカと同様に年を取らないエヴァの呪縛を受けていると推測されます。 そして、劇場版「破」から登場したマリですが、実は重要な役割があります。 それは、 今までのエヴァを大きく変えること。 庵野監督自らがインタビューの中で、「新キャラクター、女性のエヴァパイロットをひとり増やすことを決めていた」と語っています。 その証拠にシンジの持つカセットテープSDATは、「序」の時点でトラックの25と26が繰り返しループされていました。 これはアニメ版と旧劇場版の最終2話を表す数字で、言うなれば今までのエヴァンゲリオンを表しています。 (画像引用元:カラー) このことから、カヲルもマリ同様に、エヴァンゲリオンを新しく生まれ変わらせる役割を担っていると考えられます。 【追記】シン・エヴァンゲリオン劇場版AVANT1(冒頭10分40秒00コマ)0706版 2019年7月6日。 「シン・エヴァンゲリオン劇場版: 」の冒頭映像(10分40秒)が世界同時上映されました。 この上映会は本作のヤシマ作戦を文字って、通称 「0706作戦」と呼ばれています。 冒頭のエヴァの舞台はパリ。 反ネルフ組織ヴィレのメンバーが、パリのユーロネルフ施設の復元作業をしているシーンから始まります。 映像はマリが口ずさむ昭和歌謡からはじまり、マリの操縦するエヴァンゲリオン8号機が敵をなぎ倒したりと、マリの活躍が中心の内容となっていました。 新劇場が公開されてから10年以上経過しているにも関わらず、完結となる最新作を待ち望んでいるエヴァファンは本当にたくさんいます。 アニメ版の結末のように、物議を醸すような終わり方になるのか? それとも伏線や謎などを回収し、スッキリした終わり方になるのか? どんな終わり方になるのか、今からものすごく楽しみです。 それと、「Q」に関しては破から14年もの月日が流れており、急展開でかなりわかりずらいので、ストーリーを理解できるまで何度か見直しておくといいと思います。 Qを見る方法としては、「 」を活用するのがおすすめです。 無料体験で付与されるポイントを使って、Qを無料で見ることができます。 完結編を最大限楽しむためにも、ここまでのストーリーをしっかりと理解しておきましょう。 CHECK NOW.

次の

『天気の子』感想 新海誠はエヴァより新しいアニメを作ったか?

エヴァの呪縛

監督の新劇場版シリーズ所信表明は、挑発的でありながら2006年時点では確かに説得力を持っていた。 10年以上昔のタイトルを何故今更、とも思います。 はもう古い、とも感じます。 しかし、この12年間より新しいアニメはありませんでした。 しかし『Q』から約7年、旧劇場版から約22年が経過した現在、 その呪縛は着実に弱まっていると感じる。 信者としては、呪縛を解くのは自身だと信じていたが、もしかしたら新海監督は『天気の子』で、『シン・劇場版』に先んじてその領域に足を踏み入れたのかもしれない。 そう感じさせるなにかがある作品だった。 誰か誠の住所知ってる奴がいたら今すぐ教えてくれ。 走って届けてくるから……。 — さめぱ samepacola あるいは新海監督を国民的作家に押し上げた『』の時点で、の呪縛は失効していたという意見もあるだろう。 しかし、『』はそれまでの新海作品の中で最もキャッチーではあったが、過去作品の良いとこ取り/セルフリメイクな側面がどこか引っかかった。 セルフリメイク自体を批判するつもりは毛頭なく、むしろ公開当時、私はその点こそが『』の美点なのだと褒めちぎっていた。 過去の作品の夢の残骸が無ければ絶対に誕生しなかった作品で、余計に感動があります。 (…) (三葉と入れ替わった状態の)瀧は先祖代々の写真を見渡し、「このこと(彗星の落下)を知らせるために、先祖たちはみんな過去同じような体験をしてきたのではないか」的な台詞を口にします。 そこで映る先祖たちの遺影の眼差しが、過去作られた深海作品たちの眼差しのように見えてなりませんでした。 『』のアガルタでの旅は無駄ではなかった。 ただ、どうしてもそこに「より新しいアニメ」と呼べるほどのトは感じられなかった。 ネタバレも含むので、映画を見てから読んでほしい。 今作で初期新海作品に近い肌触りを覚える人がいたとしたら、これが一つの所以ではないかと考えている。 もともと新海監督の特性は、 わりと遠慮なく先行作品の良い部分を自らの作品に取り入れてしまうところにあった。 例えば初期の代表作『』は、『』の要素(時間と空間を隔てたすれ違いの切なさ)を携帯メールという現代性のあるガジェットと融合させた快作だった。 『』に限ってみても• 陽菜が初めて祈り、天気が晴れになるシーン 『』2話• 手錠 『』6話 さらに『』から少しずれたところを見ても• 世界の在り方に孤独な戦いを挑む物語構造(『』)• 終盤、有刺鉄線で頬を切る帆高。 3年語にも頬に傷跡が残っているのが確認できる(『』最終話で歯が折れる)• それまで「陽菜さん」呼びだったのが、最後に「陽菜」と呼び捨てになる(『STAR DRIVER』)• 肝心なところで「走れ」というセリフ(『』)• 本田翼のキャスティング。 彼女はのコ(、轟木、鶴巻、前田)がコンセプト/デザイン協力で参加した• 単に選ばれる存在としてではなく、自ら運命を選び取るヒロイン。 『天気の子』では「飛べ」という帆高の呼びかけに応え、陽菜は最後自ら帆高に向かって手を伸ばし、飛び出した(『』のハナ)• 拳銃というモチーフ(『』)• 青い地球を背に映し出されるのクレジット(『』最終話では主人公・真夏ダイチが地球を背に啖呵を切るが、『天気の子』の主人公は実質でもあるので……)• 子供と大人の対比。 またそのための小道具としてのタバコ(いろいろな榎戸作品) と、目白押しだ。 ただし、個人的には『』の以下の台詞を初めて聞いたときからは『』が好きに違いないと信じて疑っていないのだが、彼が鶴巻監督やのその後の仕事をつぶさに追ってるかまでの確証はない。 昇 ねえ美加子。 俺はね 美加子 私はね。 昇くん。 懐かしいものがたくさんあるんだ。 ここには何もないんだもの。 例えばね 昇 例えば、夏の雲とか、冷たい雨とか、秋の風の匂いとか 美加子 傘に当たる雨の音とか、春の土の柔らかさとか、夜中のコンビニの安心する感じとか 昇 それからね。 放課後のひんやりとした空気とか 美加子 黒板消しの匂いとか 昇 夜中のトラックの遠い音とか 美加子 夕立のの匂いとか。 昇くん、そういうものをね私はずっと 昇 僕はずっと、美加子と一緒に感じていたいって思っていたよ 『』より ナオ太 兄ちゃんのこと、どれぐらい好き? マミ美 硬い…… ナオ太 店の張り紙見たろ。 それ古いのだよ マミ美 ス ナオ太 ? マミ美 それとか、パンダの意地悪そうな顔とか、ツボの書いてある健康サンダルとか、黒板消しの匂いとか、朝起きたら雨が振ってた日曜日とか。 まあ、パンの耳よりは好き 『』1話より 『』1話 具体的にどの作品と符合すると感じるかは、人によって異なるかもしれない。 また、エンドロールの最後にかかる「愛にできることはまだあるかい」では、次の歌詞が見られる。 愛の歌も 歌われ尽くした 数多の映画で 語られ尽くした そんな荒野に 生まれ落ちた僕、君 それでも 愛にできることはまだあるよ はまだあるよ ここに出てくる「僕」がを指すとしか思えず、なんとストレートに彼の決意を歌っているのだろうと震えた。 コピー世代だからなんなのだと、それでも自分に役割はあるのだという叫びのように思えたのだ。 新海監督とどの程度すり合わせがあったかわ分からないが、による、作品の本質に迫ったすばらしい詞である。 『』と 『』だ。 『破』と『』で『天気の子』と共通するのは、クライマックス。 いずれの作品でも、状況にがんじがらめにされた ヒロイン(/姫宮アンシー/天野陽菜)が、主人公(/天上/森嶋帆高)の協力を得て鮮やかに革命される様を描いている。 問題は『破』との類似点だ。 『破』のシンジは「世界がどうなったっていい。 だけどは、せめてだけは絶対に助ける!」と叫び、結果的にニア・を引き起こしつつもを救うことに成功する。 ところが『Q』で描かれるのは、その後、被害の大きさに責任が取れず思考停止してしまうシンジの姿である。 シンジ君は『破』において台詞ではっきりと、「>世界」という考えを表明しています。 (…)もしもシンジ君がこの考えを全うするのであれば、誰にも文句は言えなかったはずです。 いえ、文句を言うことはできたかもしれませんが、シンジ君にとっては納得済み(…) ですが『Q』のシンジ君は、「そんなつもり(世界を滅ぼすつもり)は無かった」と、責任転嫁を試みます。 これでは彼の行いを劇中でたった一人支持してくれたや、あの時胸を熱くした観客に対し、あまりに不実な気がします。 『天気の子』のラストで描かれるのは、まさしく 『Q』同様、主人公たちの選択により決定的に変わってしまった世界だ。 ここで新海監督は 回答を2パターン提示する。 ひとつは須賀()が言う、世界は最初から狂っているので、気にしすぎるな(思い上がるな)というもの。 もうひとつが帆高が最後に選び取ったものだ。 須賀は主人公のもう一つの可能性ともいうべきキャターで、終盤には一度ラスボスに近いポジションで帆高の前に立ちはだかる。 帆高はそんな批判を踏まえた上で、自らの「陽菜を救う」という選択を再肯定してみせるのだ。 世界の命運を左右した責任は、とても個人で負えるものではない。 災害で負った傷は癒えない場合だってある。 それすらも数百年単位で見れば些細な変化なのかもしれない。 でも、例え四季がなくなっても、大人から見て不幸そうに見えたとしても、次世代の子らは自ら幸せを作り出すたくましさを持っている。 さまざまな要素をないまぜにした上で、「大丈夫だ」と謳い上げるのがあの結末なのだ。 帆高が陽菜と再開する前に代わる代わる登場する子どもたちの、雨にもかかわらず楽しげな様子。 そして、最後の最後に、天に祈る陽菜の背後に映る満開の桜の木がさり気なく「大丈夫」を補強しているように感じられた。 『天気の子』が22年前のより新しいアニメだったかは、正直なんともいえない。 少なくとも、『』よりは中盤までのペース配分がぎこちなく、娯楽作としては変な作品になっていると思う。 だがテーマ的には『Q』よりも先を描いていた。 というか、 『Q』を観た直後に妄想した理想的な『シン・』の形に近かった。 果たして『シン・』はかつてのや、『天気の子』よりも新しいアニメになっているだろうか。 『天気の子』今日観れてよかったよ。 — さめぱ samepacola : ちょうど監督の『 !』と『』の関係性のような感じ、というと分かりやすいだろうか。 : 【追記:7月22日2時50分】『』はじゃないよ!という指摘を受け、文章を微修正。 参照 : この図式から距離を取りある程度成功したのが『』と『』だと思うが、脱線するのでばっさり割愛する。 : 『天気の子』終盤で2人が落下するシーン。 繋いだ手が離れそうになっても、帆高が陽菜に手錠をかけないのが良かったですね : 『』では一見アンシーを助けそびれたかのようにも見えるが、アンシーはレイや陽菜と同様、内面を救われたと解釈している。 : 「」という言葉は話者によって定義が異なり、結果的に混乱しかもたらさないことも多いので普段はなるべく使わないようにしているのだが、新海作品においては意識的に逆輸入されているふしがあるので安易に使ってしまうことを許してほしい。 samepa.

次の