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将棋 まとめた

総説 [ ] チェスやなどと区別するため 日本将棋(にほんしょうぎ)ともいい、特に日本の「本将棋」には「」の観念があることが特徴とされ、これは諸外国の将棋類似のゲームにも例のない独特のルールである(も考案されている)。 日本将棋連盟によると将棋人口は約1,200万人である。 や の開催などもあり、日本国外への普及も進みつつある。 の分類ではである。 ただし後述する千日手のルール上の不備のために、厳密には「有限」でない点がある(2007年時点の公式ルールを前提とする)。 現代のでは特に本項で述べるいわゆる 本将棋(81マスの将棋盤と40枚の将棋駒を使用)が普及している。 また、やなど、本将棋のほかにも将棋の盤と駒を利用して別のルールで遊んだりする遊戯があり、 変則将棋と総称される。 歴史的には「」(225マスの将棋盤と130枚の将棋駒を使用)、「」(144マスの将棋盤と92枚の将棋駒を使用)、「」(81マスの将棋盤と42枚の将棋駒を使用)などが指されていたこともあり、これらの将棋は現代の将棋に対して「古将棋」と総称される。 現代でも中将棋などわずかではあるが愛好家が存在する。 ほかに小将棋から派生したと推定されるが福井県を中心として残されており、おもに福井県内のイベントなどで朝倉将棋の大会が開かれている。 ルール [ ] 将棋は2人の競技者(対局者)によって行われる。 ここでは便宜的に自分と相手と呼ぶことにする。 将棋盤と駒 [ ]• 将棋の対局には縦横9マスずつに区切られたとを用いる。 対局者は将棋盤を挟んで向かい合って対局することになるが、このとき将棋盤の自分側から3段目までのマスを 自陣、相手側から3段目までのマスを 敵陣と呼ぶ。 ほかの将棋に類するゲーム(チェス、シャンチーなど)と違い、駒に色分けなどはなく、敵味方共通の駒を用いる。 ただし駒は先の尖った独特の五角形で向きが存在し、一局を通じて自分の駒と相手の駒は常に向き合う方向に配置される。 したがって、駒の向いている方向によって、その駒が現在自分と相手のどちらに属しているかが表されることになる。 「持ち駒」のルールによって、駒が敵味方どちらに属しているかは目まぐるしく変わることになる。 盤上の駒は一局を通じて常に1つのマスに入ることになる(シャンチーのように線の交点に配置されるわけではない)。 1つのマスに複数の駒が存在したり、1つの駒が2つ以上のマスに同時に存在したりすることはできない。 駒の種類 [ ] 将棋の駒。 成駒も含め全種類を示している。 将棋の駒は(玉)及び(王)、(飛)、(角)、(金)、(銀)、(桂)、(香)、(歩)の8種類であり、それぞれ動ける範囲が決まっている。 一般的に一組の将棋駒には玉将と王将が1枚ずつ入って構成されている。 慣例として上位者が王将、下位者が玉将を用いる。 ただし、2つとも玉将である「双玉」と呼ばれるものもある。 なお、駒の種類である玉将の「玉」、金将の「金」、銀将の「銀」はいずれもの意味であり 、本来は2つとも玉将で構成されている双玉であったと考えられている。 したがって、将棋で「王様」と呼ぶのは厳密には正しくないとされる (そのため、一般的に棋譜読み上げでも玉将と王将を区別せず「ぎょく」と読み上げる。 また、一般的に自分側の玉将(王将)のことを「自玉」、相手側の玉将(王将)のことは「相手玉」あるいは「敵玉」という。 ただし、玉将(王将)に利きのかかる手は「王手」と言い、「玉手」と言うことは普通ない)。 将棋駒のうち、飛、角、銀、桂、香、歩については敵陣内への移動・敵陣内での移動・敵陣内からの移動の際に成ること(後述)を選択することができ、これによって以下のように駒の動きが変化する(成りを選択した時点で駒を裏返す)。 将棋駒のうち一方向に向かって何マスでも進めることのできる飛車、竜(成った飛車)、角、馬(成った角)、香のことを総称して「 走り駒」(跳び駒ともいう)という。 玉、王以外の大きな駒である飛車、角行はまとめて「大駒(おおごま)」と呼ばれ、金将、銀将をまとめて「金駒(かなごま)」と呼ぶことがある。 それぞれ、戦術において似た役割の駒をまとめた言い方でもある。 「駒の利き」とは盤上にある各駒の効力が及んでいる範囲(機能している範囲)を言い、各駒の移動可能となっている範囲に相当する。 駒を飛び越えてはいけない。 (かくぎょう) 角(かく) \ / 角 / \ 斜めに何マスでも動ける。 駒を飛び越えてはいけない。 その際、駒を飛び越えることができる。 (きょうしゃ、きょうす) 香(きょう) | 香 前に何マスでも動ける。 駒を飛び越えてはいけない。 上の表では便宜的に成銀を「全」、成桂を「圭」、成香を「杏」と表示している。 この表記は、将棋駒の活字がない環境で(特に詰将棋で)しばしば用いられる。 成銀を「全」、成桂を「今」、成香を「仝」、と金を「个」で表す流儀もある。 成銀、成桂、成香、と金はすべて「金」と表記されているのが実際で、くずし方を変えることで成る前の駒がわかるようにしている。 王将と玉将では役割が同一であっても先手が玉将を持つことで後手と区別している働きが存在する。 対局の進行 [ ] 将棋は対局者が相互に自らの駒を動かすことによってゲームが進められる。 対局において先に駒を動かし始める側の対局者を先手、そうでない側の対局者を後手という。 将棋では一局を通じて先手と後手が交互に盤上にある自分の駒のいずれか1つを一度動かすか、 持ち駒(相手から取って自分の駒となった駒。 後述)を1つ盤上に置くことを1回ずつ繰り返す。 この手順における一回の動作(盤上の駒を動かす、または持ち駒を盤上に置く)を「 一手」と呼び、動詞としては盤上の駒を動かす場合には「 指す」、持ち駒を盤上に置く場合には「 打つ」という。 「将棋を打つ」という表現がなされることがあるが、将棋は「指す」ものであって「打つ」ものではない。 ただし、持ち駒を盤面に配置することは「打つ」という(多くのテーブルゲーム類の中で「指す」という表現を用いるのは将棋類のゲームのみ)。 駒の配置 [ ] 将棋の対局において駒は対局者各20枚ずつの計40枚を用いる。 対局者間のの差によって(ハンデ)を考慮する必要もあり、対局者間の棋力の差がかなり大きい場合には駒落ち(棋力で上回る側に属する駒の一部を盤上から除外した状態での対局)となるが、基本的には駒を落さずに対局者各20枚ずつ対等に駒を持つ「 平手(ひらて)」で指される(手合割の詳細については後述)。 将棋の対局を始めるには、まず、駒を盤上の定められた位置(初形の位置)に配置する。 将棋の正式な礼法では、対局者のうち上位者が駒袋に入った駒を盤の中央に取り出し、対局者はそれぞれ自陣に あるいは の並べ方によって駒を並べていく。 慣例として上位者が王将、下位者が玉将を用いる。 平手戦の場合、開始時には駒を次のように並べる。 上図のように盤面を図として表示する場合、下側が、上側がとなる。 先手から見て将棋盤の右上のマスを基点とし、横方向に1、2、3、…、9、縦方向に一、二、三、…、九とマス目の位置を表す座標が決められている。 はこの数字を用いて表現される。 先手・後手はにより決定する(プロのリーグ戦など事前に先手・後手が決定している場合もある)。 手番における動作 [ ] 自分の番( 手番)が来たら、必ず盤上の自分の駒のいずれか1つを1回動かすか、持ち駒を1つだけ盤上に打たなければならない。 二手続けて指したり(二手指し)、パスすること(自分の駒をまったく移動せず、持ち駒も打たないこと)はできない。 盤上の駒の移動 [ ] 盤上にある自分の駒は、その駒の種類に応じてに書かれている範囲内に存在するマスであれば、どこにでも移動させることができる。 ただし、以下のような制限がある。 本来の駒の動きの範囲内に含まれていても、盤上に存在しないマスには移動できないため、それぞれの駒の利きは盤上にあるマスの範囲に限られる。 したがって、飛、角、香などの走り駒の移動できる範囲は盤の端のマスまでになる。 また、盤の端に近い位置にある駒は移動できる範囲がマスのある範囲に限られる。 駒の移動においては、それぞれの駒は原則としてほかの駒を飛び越して移動することができず(桂馬は例外。 後述)、また、盤上の駒は常に1つのマスに1つの駒しか入ることができないことから次のような制約がある。 自分の駒を移動させることができる範囲内にほかの自分の駒がすでに存在する場合、その駒によって塞がれているマスには入れない。 また、ほかの駒を飛び越すことはできないため、ほかの自分の駒を飛び越してその先のマスへと移動することもできない(自分の駒が移動可能な範囲は、ほかの自分の駒が存在するマスの1つ手前のマスまでとなる)。 自分の駒を移動させることができる範囲内に相手の駒がすでに入っている場合、その相手の駒を捕獲して自分の「持ち駒」としたうえで、自分の駒をその相手の駒が存在したマスの位置に動かすことができる。 したがって、自分の駒が移動可能な範囲は、その相手の駒が存在するマスにまで及ぶことになる。 ただし、ほかの駒を飛び越すことはできないため、飛、角、香などの走り駒であっても、移動範囲を塞いでいる相手の駒を取ったうえでそのマスに移動することはできるが、移動範囲を塞いでいる相手の駒を飛び越してその先のマスへと移動させることはできない。 桂馬については、ほかの駒とは異なり移動可能なマスが元のマスから離れた場所にあるため(先述のを参照)、周囲のマスにほかの駒があっても、それを飛び越して移動することができる。 ただし、桂馬の移動可能なマスにすでに自分のほかの駒が入っていて塞がれているときは移動できない。 なお、桂馬の移動可能なマスに先に入っている駒が相手の駒である場合には、その相手の駒を取ってそのマスへ移動することができる。 以上のほか、玉将の位置との関係で、自分の駒を移動させることによって自玉を相手駒の利きにさらすことになる場合には、後述するに該当することとなり移動できない。 駒の成・不成の選択 [ ] 前述のように盤上の相手側3段を敵陣と呼ぶが、玉(王)と金以外の駒(飛、角、銀、桂、香、歩)については、敵陣内へ入るとき、敵陣内で移動するとき、敵陣内から出るときに「 成る」ことを選択することができる。 こうして成った駒を と呼ぶ。 成駒となることによって、移動可能な範囲が変化する。 飛は(竜)、角は(馬)となり、それぞれ飛・角のもともとの駒の動きに加えて、全方向1マスの範囲にも動けるようになる。 また、銀は、桂は、香は、歩はとなり、それらはすべて金と同様に扱われる。 歩が成った場合にも金と同様に扱われるため、同じ縦の列に歩と成った歩(と金)が並んでも二歩(後述)にはならない。 成りは強制ではなく、成らないこと(「 不成(ならず・ふなり )」と称する)を選択することができる。 ただし、歩を敵陣の一番奥の段に移動させるなど、その駒がそれ以上は動けなくなってしまう場合は、自動的に成らなければならない。 一度、不成を選択した場合であっても、以後、その駒が成る条件(敵陣に入るとき、敵陣の中で動くとき、敵陣から出るとき)を満たすたびに、成るか成らないかを選択することができる。 また、一度成駒になってしまうと、その駒が盤上にある限り、元に戻すことはできない。 その駒が相手に取られて相手の持ち駒となった時点で、成る前の状態に戻る。 したがって、持ち駒を成った状態で打つことはできない。 駒が成ることを選択した場合には、それを表示するために、移動先のマスに駒を裏返して配置する(不成を選択した場合には裏返さずそのまま配置する)。 銀、桂、香の駒の裏面には「金」の字が崩して書いてある(歩の裏面の「と」も本来は「金」あるいは同音の「今」の字を崩したもの)が、もともとの駒の種類が分からなくならないように各駒の種類に応じて裏面の「金」の字体は変えてある。 上述のように、成りは強制ではなく、成るか成らないかを選択することができる。 銀、桂、香は、成ることによって移動できなくなるマスがあるため、不都合を生じることがある(たとえば、銀が成ると斜め後ろに動かせなくなる)。 そのため、成るか成らないかについて慎重な検討を要することもある。 これに対して飛、角、歩は、成っても移動できるマスが増えるだけで減らない(つまり、駒の性能が上がる)ため、成りが選択されることがほとんどである。 ただし、ごくまれに、反則である打ち歩詰め(後述)になる局面を回避するなどの理由で、あえて駒を成らない場合もある。 その逆に、成ることによって自玉に詰みが生じる局面(大抵は、成ってしまうと自玉の打ち歩詰めが解消されてしまう局面)を回避するなどの理由で、あえて駒を成らない場合もある。 持ち駒の使用 [ ] 詳細は「」を参照 対局者のの差によっては付きの対局も行われる。 棋力の差が非常に大きい場合、上位者が駒の一部を取り除いて(駒落ち)対局する。 右図は「二枚落ち」と呼ばれる駒落ちの場合である。 駒落ちにおいては棋力の差により、1枚ないし2枚の駒を落とすものから、・に加え、・・・まで落とす十枚落ちまでの手合割がある。 駒落ち戦の場合には「先手」や「後手」ではなく、駒を落とした方を 上手(うわて)、落とされた方を 下手(したて)といい上手から指し始める。 勝敗の決め方 [ ] 将棋は原則として互いに自らの駒で相手の玉将(王将)を捕獲することを目指し、一方の玉将(王将)が相手の駒に捕獲されてしまうことが不可避な状態()となれば勝敗が決まる。 伝統的に「実際に王を取る」ことは忌避されたため、どちらか一方が逆転不可能と判断した時点で投降することにより対局を終了する習慣になっている()。 投了のタイミングは、ルール上は自分の手番であればいつ行ってもよいが、実際に投了する局面としては、自玉が詰まされることが確定的となったとき(自玉が即詰みになることが判明した場合、自玉にがかかり敵玉が詰まないとき)がまず挙げられ、相手の攻めを受け切れず、自玉が一手一手の寄り筋となった場合、攻め合いで相手より早く玉を詰ますことができない場合も該当すると考えられる。 このほか、自玉に具体的な詰み筋・寄り筋は見えなくても、到底勝ち目がないと判断して戦意喪失した場合、すなわち相手の受けが強くて一連の攻めが続かなくなった場合(指し切り)や、攻防に必要な駒を相手にほとんど取られてしまった場合、一方的に入玉されて敵玉が寄る見込みのない形になってしまったなどの場合に投了することもある。 特にプロの公式戦では完全に詰むまで指すことはきわめて稀である。 原則的には詰みまたは投了によって勝敗が確定するが、勝敗の決し方には以下のようなものがある。 どちらかの対局者が以下の状態になった場合には、その対局者の負けとなり、もう一方の対局者の勝ちとなる。 (自玉にがかかっており、合法な指し手が存在しない)• (勝利不可能と判断して負けを認めた)• 時間切れ(がなくなった)• (反則を行ったことを指摘された)• ルール違反(基本ルールに反する動作を行った)• (ルールで禁止された手を指した)• 連続の(相手玉への王手の連続によって千日手が成立した)• 相の点数不足(相入玉に対局者同士が合意し、点数計算で24点未満となった)• 被宣言(条件を満たした状態で対戦相手が入玉を宣言した)• 以下の状態になった場合には、引き分けとなる。 連続王手以外の(連続王手以外で同一局面が4回現れた)• (相入玉に対局者同士が合意し、点数計算で両者ともに24点以上となった) 千日手 [ ] 同一局面が4回現れた場合となる。 同一局面とは、「盤面・両者の持駒・手番」がすべて同一の場合のことをいう。 千日手は原則として無勝負・指し直しだが、一方が王手の連続で千日手となった場合は、王手をかけていた側の負けである。 これは、千日手が成立した手番に関係ないため、自身が指した手で千日手が成立して負けが決まることもあれば、相手が指した手で千日手が成立して負けが決まることもある。 通常の禁手のように、自分が指した手で負けが決まるとは限らないため、ルールでは「禁じられた手」ではなく「禁じられた局面」と表記している。 連続王手の千日手は通常の禁手とは異なる特殊な規定のため、双方連続王手の千日手や(詰将棋作品)といった状況においてルールの不備が指摘されている。 持将棋 [ ] 先後両者の玉(王)が互いにし、互いの玉を詰ますことが困難になった場合、両者の合意の上で判定により勝敗を決める場合がある。 この判定法により引き分けとなる場合をという。 プロの公式戦においては、大駒1枚につき5点、小駒1枚につき1点とし、互いに24点以上であれば引き分けとしている。 アマチュアの大会の場合はそれぞれの規定による。 一般に27点法(同点)が採用され、点数が多い方が勝ち、同点の場合は後手勝ちとしている。 反則行為 [ ] 次に挙げる行為は反則と決められており、着手した場合ただちに負けとなる。 対局中であれば、反則行為が行われた時点ではそれに気付かずに手が進められても、終局前に反則が指摘された場合、反則した時点に戻して反則した側の負けとなる。 また、終局後に反則が判明した場合も、原則として反則をした側の負けとなる。 たとえば、対局者が反則に気づかずに手を進め、反則された側が投了したとしても、反則を行った対局者の負けとして勝負結果が変更されることになる(棋戦の運営による例外の対応もあり。 以前は投了優先であったが、2019年10月1日に将棋連盟対局規定の一部変更が行われている )。 なお、対局中の助言は一切禁止されるが、反則行為が行われた場合に限り第三者がそれを指摘してもよい。 ルール違反• 2手続けて指す( 二手指し)、後手が誤って初手を指す、ルール上移動できない位置に駒を移動する(特に、角(馬)を遠い位置に移動させるときに間違えやすい)、駒を成れない状況で成ってしまう、玉や金を成ってしまう、成り駒を盤上で裏返し元の駒に戻す、成り駒を打つ(持ち駒を裏返して打つ)、持ち駒を駒台に乗せず手に隠し持つあるいは将棋盤や駒台の陰に置く( 隠し駒)などの基本ルールに反する行為。 いったん着手した手を変える行為( 待ったと呼ばれる)も基本的には即負けである。 駒から手を離した時点で着手が完了となるため、いったん駒を動かしても手を離さなければ、その時点では元に戻して別の手を指してかまわない。 ただし、仲間同士の気楽な対局や駒落ちなど指導を目的とする対局の場合は、例外的に許可される場合もある。 しかし、多くの人は「待った」をマナー違反とみなすため、注意が必要である。 禁じ手• 基本ルールには反していないが、特別に禁止されている手のこと。 連続王手の千日手• 連続王手での千日手は王手している側が指し手を変更しなければならないが、これを行わずに千日手が成立してしまった場合。 千日手が成立した時点で反則になるため、対戦相手が指した手によって反則が確定する場合もある。 禁じ手は以下の通りである。 成っていない歩兵を2枚以上同じ縦の列に配置することはできない。 の禁止• 盤上の駒を行き先のない(動けない)状態にしてはいけない。 味方の駒に進路を塞がれて一時的に動けない場合はこれにあたらない。 打つ場合、不成で進む場合ともに敵陣1、2段目の桂馬、1段目の香車・歩兵は配置してはいけない。 したがって盤上の桂馬・香車・歩兵がその場所に進む場合は自動的に成らなければならない。 持ち駒の歩を打って相手の王を詰ませてはいけない。 ただし、歩による王手が詰め手順の最終手でなければ、歩を打っての王手は反則ではない。 したがって、歩を打って王手をかけたのちの連続王手で最終的に「詰み」が成立することは問題がない。 また、盤上の歩を突いて玉を詰ます 突き歩詰めは問題ない。 自玉を相手駒の利きにさらす手(王手放置)• 自らの着手の後、自らの王がのかかった状態にあってはいけない。 すなわち、• 相手に王手された場合は王手を回避しなければならない。 王を相手の駒の利きに移動してはならない。 王以外の駒を移動させた結果、王が相手の駒(香車、飛車(龍王)、角行(龍馬))の利きにさらされるようにしてはならない。 プロの棋戦で発生した反則は、記録に残っているもので回数が多い順に下記のとおり(2018年10月20日現在)。 プロの棋戦では打ち歩詰め・行き所のない駒によって反則負けになった例は現時点では1例もない。 プロの棋戦で発生した反則 1位 二歩 86回 2位 二手指し 28回 3位 ルール違反の手を指す 25回 4位 王手放置、自らの王を相手の駒の利きにさらす 14回 5位 後手が初手を指す 6回 6位 連続王手の千日手 2回 プロ が行った「ルール違反の手」として、下記のような事例がある。 持ち駒を、成り駒の状態で打った(一字駒の「成銀」を「金」と見間違えた。 駒を飛び越える位置に角を動かした。 自分が取った駒を相手の駒台に乗せた。 盤上から駒台に移ってしまった香車を持ち駒として使用した(服の袖が当たったことが原因である。 相手の駒を取ったあと、別の場所に駒を動かした(8八の王将で7八の相手の馬を取ろうとして、馬を駒台に移したあと王将を8七に移動させた。 棋譜上は馬を取らずに王を8七へ指した王手放置となっている。 いったん不成で敵陣に置いたように見えた駒を持ち直し、成りに変えた。 対局はそのまま継続されたが、テレビ放送後の視聴者の抗議を受け、「待った」であるとされた。 なお、「王手をするときには『王手! 』と言わなければいけない」と誤認する者も多いが、そのようなルールは存在しない。 これは、本来「自分で気づかなければいけない」とされているためである。 そのような王手の発声は、指導対局や、初心者同士の対局などで慣習的に行われる場合があるに過ぎず、プロの公式戦などで行われることは皆無である。 公式戦ルールの不備 [ ] 打ち歩によって、連続王手の千日手でしか王手を解除できない状態を作った場合、に該当するのか否かが不明である。 連続王手の千日手でしか王手を解除できない状態は詰みとみなすのかどうかに依存し、現行ルールではどちらの解釈も可能である。 公式戦での前例は存在しないとされるが、「」というの問題において、発生する可能性が指摘されている。 この他に、歩を打った後の局面が「」状態になった場合に、「打ち歩詰めの反則規定」に該当するのかについて、「一方が玉以外に盤上の駒や持ち駒がない」などの極端な勢力差にならない限り局面が出現せず、プロの実戦上は相当前の段階で投了による決着となるため、特に正式な見解は出されていない。 また、両者が連続王手で千日手となった場合については定義されていないが、いまだ局面や手順として再現できておらず、公式戦でも前例が存在しないがゆえ、特に問題視されていない。 公式戦ルールの不備が改正された例としては、に千日手の規定が「同一手順を3回繰り返した場合」から「同一局面が4回現れた場合」に変更された例がある。 旧規定では、千日手になることなく無限に指し続ける手順の存在が数学を用いて簡単に証明でき、実際に千日手模様の無限ではないが、かなり長手数の対局が見られたことから改正された。 また、相入玉の将棋で、一方が持将棋の合意や投了を拒否した場合、詰みによる決着の見込みがないまま延々と指し続けることになりかねないため、やが暫定導入されている。 戦略と戦術 [ ] 詳細は「」を参照 序盤戦は、攻撃・守備に適した駒組みを目指す段階である。 将棋では、長年の研究により、効果的な駒組みのパターン( 戦法)が数多く考案されている。 それぞれの戦法について、お互いに損なく駒組みを進める手順( )が整備されている。 序盤戦は、戦法ごとの定跡をベースに、相手の駒組みを見ながらときには独自の工夫を加えて作戦勝ちを目指すことになる。 通常は、盤面の左右どちらかで攻撃の陣形を構築し、反対側で守備の陣形を構築する。 おもに右側を攻撃・左側を守備に使う戦法を 居飛車、おもに左側を攻撃・右側を守備に使う戦法を 振り飛車という。 攻撃面では、通常は、強力な駒である飛角を中心に、攻撃側の金以外の駒(銀桂香歩)を絡めて敵陣突破を図る体制を作る。 守備面では、通常は、玉を移動して、2枚の金および守備側のその他の駒(銀桂香歩)で玉の周囲を守る囲いを築く。 もっとも、これはあくまで目安であり、これらのセオリーに反する戦法も数多くある。 中盤戦 [ ] 中盤戦は、完成した駒組みを利用して、相手の駒を取ったり、敵陣に切り込んでいく。 終盤戦へ向けて、持ち駒を増やして戦力を確保したり、敵陣に攻めの拠点を作ることが目標となる。 また、相手に駒を取らせない、相手に自陣への侵入を許さないということも重要であり、攻防どちらに主眼を置くかによって個人の棋風が現れる部分である。 なお、駒組みが未完成のままいきなり互いの玉に迫る激しい展開となることもあり、この場合は中盤戦がなく、序盤戦から急に終盤戦に入ったと評価される。 終盤戦 [ ] 終盤戦は、勝利条件であるを目指して相手の玉に迫っていく( 寄せ)。 駒の損得よりも寄せのスピードが重要となり、正確な読みの力が重要となる。 終盤戦では、以下のような概念が使われる。 Bが 受けなければ次のターンでAがBの玉を取れる状態。 ルール上、Bは何らかの方法で受けなければならない。 逆王手 Aに掛かっている王手を受けると同時に、Bに王手をかけること。 Bが どのように受けても次のターンでAがBの玉を取れる状態。 ルール上、Bは投了しなければならない。 即詰み Bが どのように受けても王手の連続で詰みまで到達できる状態。 この状態になれば、Aが間違えない限り詰みと同様となる。 Bが 受けなければ次のターンで即詰みになる状態。 Bは何らかの方法で受けるか、この瞬間にAの玉を即詰みにしなければ負けてしまう。 詰めろ逃れの詰めろ Aに掛かっている詰めろを受けると同時に、Bに詰めろをかけること。 Bが どのように受けても次のターンで即詰みになる状態。 Bはこの瞬間にAの玉を即詰みにしなければ負けてしまう。 一手一手の寄り Bが どのように受けても王手または詰めろの連続で必至まで到達できる状態。 この状態になれば、Aが間違えない限り必至と同様となる。 ゼット Aが 持ち駒を何枚持っていたとしても絶対にBの玉が即詰みにならない状態。 これらの概念を使って自玉と敵玉の状態を把握し、受けるべきか攻めるべきかなどを判断していくことになる。 たとえば、互いに詰めろを掛けては受ける攻防を繰り返し、最終的にAがBの玉に必至をかけ、その瞬間にBがAの玉を即詰みにする手順を見つければBの勝ち、見つけられなければAの勝ちになる、といったゲーム展開がある。 王手には強制力があり、絶対的先手となるため、王手をかけ続ける限りは(逆王手を除けば)自らが攻め続けることができる。 反面、「王手は追う手」「王手するより縛りと必至」という格言があるように、敵玉が即詰みでない場合の安易な王手は、敵玉を安全地帯に逃がして負けにつながることも多く、縛りをかけながら必至を狙う方が勝ちにつながることが多い。 お互いに玉に迫りあっている場合、相手への詰めろを1手外すと逆に自玉にかけ返されてしまうことが多々ある。 また詰めろや必至で敵玉に迫っていったとしても、そのときに自玉に詰めろがかかっていることを見落としていたり、あるいは相手が王手をかけてきたところで正しく対応していれば詰まなかったところを対応を誤ったりで、自玉が即詰みの筋に入ってしまってからではそれに気づいても手遅れである(このようなケースを「頓死」という)。 このように終盤戦は、1手のミスで勝敗がひっくり返ってしまうことも多い重要な局面である。 このほか、一方的に攻められている場合など、相手陣に玉が侵入するを目指すこともある。 先読みと形勢判断 [ ] 序盤・中盤・終盤を問わず、指し手を決める際の基本は先読みと形勢判断である。 まず、自分がこの手を指せば相手がどのように応じるか、それに対し自分はどのように応じるか、といった具合に先を読み、最終的に自分が有利になっているかどうか形勢を判断して、その手を指すかどうかを決めるのである。 形勢判断の要素としては、一般的に• 駒の損得• 駒の働き• 手番 の4つが挙げられる。 駒の損得 [ ] 詳細は「」を参照 将棋の駒は動けるマスに違いがあることから、それぞれ価値が異なる。 はゲームの勝利条件となる最終目標の駒であるから、当然最高の価値を持つ。 その他の駒の価値は局面によって変わってくるが、おおむね価値のある順に飛角金銀桂香歩となる。 このうち、特に価値の大きい飛車と角行を 大駒といい、大駒と比べて価値の小さい金将・銀将・桂馬・香車・歩兵を 小駒という。 ただで相手の駒を手に入れたり、自分の価値の低い駒と相手の価値の高い駒を交換したりすれば、局面を有利にできることが多い。 このようにして、駒のやりとりで自分の戦力を上げたり相手の戦力を下げたりすることを 駒得(こまどく)という。 反対に相手に駒得をされることを 駒損(こまぞん)という。 駒得・駒損は形勢が有利か不利かを判断するもっとも基本的な要素となる。 特に相手の玉将を詰めるという目標がまだ見えていない序盤から中盤は、基本的に駒得を目指していくことになる。 特に、狭義には、自分の大駒1枚と相手の歩兵以外の小駒2枚を交換する場合を指して二枚替えという。 狭義の二枚替えでは、小駒2枚を得た側が有利とされることが多く、駒得をはかるための基本的な戦略のひとつとなっている。 たとえば、角行を相手に渡したかわりに金将と銀将を手に入れた場合、金銀2枚を得たメリットが角行を失ったデメリットを上回る。 この際、駒得・駒損の目安として、各駒の価値を点数化した表を用いて点数計算をする方法がある(なお、ここでいう点数計算はとなった場合の判定のための点数計算とは無関係であるため注意)。 のソフトウェア(ソフト)では、各駒の点数を内部で計算したものを局面評価のためのベースとすることがある。 また、駒の点数計算による駒得・駒損の評価は、もっとも基本的な価値判断の方法としてプロ棋士が執筆した将棋の入門書などでも解説されることが多い。 ここでは、代表的なコンピュータ将棋ソフトとしてで複数回の優勝経験がある と 、代表的な棋士として永世名人の資格保持者である と の4者がつけた評価値のうち、それぞれ最新のもの を掲載する。 代表的なソフト・棋士による将棋の駒の評価 駒 Ponanza Bonanza 羽生善治 谷川浩司 歩兵 0. 9 1. 2 1 1 香車 3. 2 3. 2 3 3 桂馬 4. 1 3. 6 4 4 銀将 5. 2 5. 1 5 5 金将 5. 5 6. 2 6 6 角行 9. 3 7. 9 9 8 飛車 10. 6 8. 9 10 10 と金 5. 9 7. 4 8 7 成香 5. 5 6. 8 6 6 成桂 5. 6 7. 1 6 6 成銀 5. 7 6. 9 6 6 竜馬 10. 8 11. 5 13 10 竜王 15. 2 13. 駒の働き [ ] 駒の種類による駒得・駒損の判断は、もっとも基本的なものであるが、通常は、これに駒の働きを加味する。 たとえば、序盤において、左の香車と右の香車は先程の点数計算では同じ3点(羽生式や谷川式の場合)となる。 しかし、もし玉将を左側に囲った場合、左の香車は玉将の守備を行う役割があることから、一般的に右の香車よりも価値が上がるとされる。 また、たとえば角交換となったあとで一方が盤上に角行を打ち込んだ場合、盤上に打たれた成っていない角行といまだ持ち駒の角行とでは、後者のほうが一般に価値が高い。 なぜならば、後者の角行は隙あらば相手陣に打ち込んで竜馬にするチャンスもあり、相手側に対して打ち込みの隙を作ってはならないという制約を課す効果があるからである。 このほか、持ち駒の歩兵が0枚から1枚に増えた場合と、1枚から2枚に増えた場合とを比べた場合、形式的な計算ではどちらも1点であるが、実質的には前者のほうが価値が大きいとされることが多い。 これは、歩切れ(持ち駒の歩兵がない状態)は、何かと入り用になる歩兵を好きなタイミングで使うことができずに不利とされているためである。 このように、駒がその価値を発揮できるかどうかは、局面やその駒の位置によって大きく変わってくる。 そこで、このような駒が どの程度働いているかを「駒の働き」と呼んで、形勢判断の一要素とする。 玉形 [ ] 玉形とは、玉将(王将)の位置とその周りの駒の位置のことである。 遠さ、堅さ、広さなどの要素で判断される。 遠さ 基本的に、玉は戦場から遠いほどよいとされる。 たとえば、振り飛車ならば左が戦場となるため、玉は右に行けば行くほど戦場から遠くなるためよい。 また、端に寄れば、端にある桂馬や香車などを守りに使いやすくなるという効果もある。 ただし、展開によっては、端にいることで逃げる場所がなくなってしまうこともあるため、一概に端にいればいいというわけではない。 堅さ 玉の周りを金や銀などで囲った守りの陣形を 囲いと呼ぶ。 囲いは、駒の枚数が多いほど堅くなる。 また、駒の位置関係によっても変わってくる。 たとえば金銀が連結(相互に利きを及ぼしている状態)していると、相手に金一枚を取られても銀で相手の駒を取り返すことができるため、崩されにくい囲いとなる。 広さ 広さは玉の逃げ場所の多さである。 囲いが突破されたとしても、逃げ場所が多ければ詰むまでの間に時間稼ぎをしたり、相手に駒をたくさん使わせることができる。 そのため、自玉が詰まされる前に相手玉を詰ませることができる場合がある。 玉形がいいか悪いは勝敗に大きく関わってくる。 たとえ駒得をしても玉形が悪ければ形勢が不利とされることがある。 相手の玉形を悪化させるためにわざと駒損をしたり、逆に玉形を悪化させてでも駒得を狙うこともある。 なお、玉形の良し悪しは相手の攻めの形に大きく影響される。 たとえば、は上からの攻めに強い囲いであるため、互いに居飛車ならば堅いと評価されるが、相手が振り飛車ならば玉形の評価は悪くなる。 手番 [ ] 最終盤では寄せる速度が勝負を分けるため、寄せの局面に向けて先手をとることが重要となる。 攻防に必要な駒さえあれば全体的な駒の損得はほとんど形勢に影響しない。 たとえば、飛車や角を捨てて金を得るということも行われる。 これを表す格言として「終盤は駒の損得より速度」がある。 「」も参照 将棋の起源は、古代の(シャトランガ)であるという説がもっとも有力とされている。 の各地に広がってさまざまな類似の遊戯に発達したと考えられている。 西洋には、には(象棋)、には(將棋 : 장기)、にはがある。 将棋がいつごろ日本に伝わったのかは明らかになっていない。 の碁盤がの宝物殿に納められており、囲碁の伝来が前後とほぼ確定づけられるのとは対照的である。 伝説としては、将棋はのが作った 、がに渡来したときに将棋を伝えた などといわれているが、江戸時代初めに将棋の権威づけのために創作された説であると考えられている。 日本への伝来時期はいくつかの説があるが、早いもので6世紀ごろと考えられている。 最初伝来した将棋は、現在のような平型の駒形ではないという説もある。 古代インドから直接日本へ伝来したとする説では、古代インドのチャトランガの流れを汲む立像型の駒であったとされている。 一方、6世紀ごろインドから直接ではなく、中国を経由して伝来したという説では、駒の形状は中国の()と同様な平型の駒として伝来したという説もある。 チェスでは古い駒ほど写実的であるとされるが、アラビアなど古い地域において平面の駒がみられる。 また今までに立体の日本将棋駒は発見されていない。 他説としては、に入ってからの伝来であったとする説がある。 インドからアラビアを経て、中国のが朝鮮半島から日本に伝わったというものである。 しかしには既に日本に将棋があったという説が有力である。 また、駒の形の違い(アラビア、中国などは丸型、チャトランガは立体像、日本は五角で方向が決まっている)やこれらの駒を線の交点に置くことなど将棋とどれも大きく異なる。 これに対し、東南アジアのマークルックは銀と同じ動きの駒があるが、歩にあたるビアの動きがあまりに将棋とは違うことが指摘されている。 また、将棋は相手側三列で駒が変化するがマークルックではクン、ルア、コーン、マー、メットとも「成る」ことはない。 この点も大きく将棋とは異なる。 近年はこの系統の盤戯が中国経由または直接ルートで日本に伝来したとする説がある。 また、中国を舞台とした日本と東南アジアのは行われていたことから中国経由の伝来は十分に考えられるが、中国での現代のの成立時期は平安時代より遅く、また現代のシャンチーはルールも異なる。 このため現代中国シャンチーが伝播したものではないと考えられている。 いずれにしても日本での、古代の日本将棋に関する文献は皆無で、各説は想像の域を出ない。 平安将棋 [ ] 将棋の存在を知る文献資料として最古のものに、に著された『』があり、この第7巻には駒の字の書き方が記されているが、この記述は後世に付け足されたものであるという考え方が主流である。 (ふじわらのあきひら)の著とされる『』(1058年 - 1064年)にも将棋に関する記述があり、こちらが最古の文献資料と見なされている。 として最古のものは、の境内から発掘された駒16点 で、同時に6年(1058年)と書かれたが出土したことから、その時代のものであると考えられている。 この当時の駒は、木簡を切って作られ、直接その上に文字を書いたとみられる簡素なものであるが、すでに現在の駒と同じ五角形をしていた。 また、前述の『新猿楽記』の記述と同時期のものであり、文献上でも裏づけが取られている。 によって作られたとされる『掌中歴』『懐中歴』をもとに、1210年 - 1221年に編纂されたと推定される習俗事典『』に、大小2種類の将棋が取り上げられている。 後世の将棋類と混同しないよう、これらは現在では(または平安小将棋)およびと呼ばれている。 平安将棋は現在の将棋の原型となるものであるが、相手を玉将1枚にしても勝ちになると記述されており、この当時の将棋にはの概念がなかったことがうかがえる。 これらの将棋に使われていた駒は、平安将棋にある・・・・・と平安大将棋のみにある・・・・・・である。 平安将棋の駒はチャトランガの駒(将・象・馬・車・兵)をよく保存しており、上にの五宝と示しているといわれる玉・金・銀・桂・香の文字を重ねたものとする説がある。 さらに、チャトランガはその成立から戦争を模したゲームで駒の取り捨てであるが、平安将棋は持ち駒使用になっていたとするの説もある。 古将棋においては桂馬の動きは、(インド)、(中国象棋)、と同様にであったのではないかという説がある。 持ち駒のルールが採用されたときに、ほかの駒とのバランスをとるためにから二方桂に動きが制限されたといわれている。 将棋の発展 [ ] これは世界の将棋類で同様の傾向が見られるようだが、時代が進むにつれて必勝手順が見つかるようになり、駒の利きを増やしたり駒の種類を増やしたりして、ルールを改めることが行われるようになった。 日本将棋も例外ではない。 13世紀ごろには平安大将棋に駒数を増やしたが遊ばれるようになり、大将棋の・・を平安将棋に取り入れたも考案された。 15世紀ごろには複雑になりすぎた大将棋のルールを簡略化したが考案され、現在に至っている。 16世紀ごろには小将棋から醉象が除かれて現在の本将棋になったと考えられる。 年間の1696年に出版された『』によると、年中(1532年 - 1555年)にがとに命じて、小将棋から醉象の駒を除かせたとあるが、真偽のほどは定かではない。 室町末の厩図屏風には、将棋に興ずる人々が描かれている。 16世紀後半ののものとされるから、174枚もの駒が出土している。 その大半は歩兵の駒であるが、1枚だけの駒が見られ、この時期は醉象(象)を含む将棋と含まない将棋とが混在していたと推定されている。 1707年出版の赤県敦庵著作編集の将棋書「象戯網目」に「象(醉象)」の入った詰め将棋が掲載されている。 ほかのルールは現在の将棋とまったく同一である。 将棋をする少年(18世紀) に入り、さらに駒数を増やした将棋類が考案されるようになった。 ・・・(大将棋とも。 混同を避けるために「泰」が用いられた)・などである。 ただし、これらの将棋はごく一部を除いて実際に遊ばれることはなかったと考えられている。 江戸人の遊び心がこうした多様な将棋を考案した基盤には、江戸時代に将棋が庶民のゲームとして広く普及、愛好されていた事実がある。 将棋を素材とした川柳の多さなど多くの史料が物語っており、現在よりも日常への密着度は高かった。 このことが明治以後の将棋の発展につながっていく。 持ち駒の使用 [ ] 将棋の発展のうち特筆すべきものとして、「相手側から取った駒を自分側の駒として盤上に打って再利用できるルール」、すなわち「持ち駒」の使用制度が考案されたことが挙げられる。 もっとも、このルールがいつごろできたものかのかは分かっていない。 現在、提唱されている説としては、おもに以下の3つがある。 16世紀ごろとする説…駒の数が持ち駒ルールに関連すると考える説である。 将棋の駒の数は上述したように徐々に減って現代の本将棋になった。 この説では、駒の減少は互いに駒が足りなくなって相手玉を詰められなくなるなどのゲーム性の低下を伴うことから、これを補うために持ち駒制度が考案されたのだと説明する。 これを前提に、駒の数が現代と同じになった16世紀頃が持ち駒制度の考案時期であるとする。 13世紀以前とする説…1300年ごろに書かれた『』に、将棋指しへの追悼文として「桂馬を飛ばして銀に替ふ」との文句がある ことを根拠とする説である。 これは持ち駒ルールを前提にした駒の交換を言っているものであると理解し、この時期には持ち駒の概念があったものと考えるものである。 11世紀以前とする説…銀の裏面の「全」に似た字や歩の裏面の「と」に似た字などは「金」の崩し字であると考えられているが、これらがそれぞれ異なる崩し字を使う理由を持ち駒制度と関連づける説である。 これらが単に「金」ではなく、あえて区別できるように書かれている理由を、取って持ち駒とした場合に元の銀や歩に戻ることが分かるようにするためだと理解すれば、成駒が区別可能か否かで持ち駒ルールの有無が分かるということになる。 そのうえで、上記奈良県で出土した最古の駒について、成駒の文字が区別可能であるからこの時期には持ち駒ルールがあったとする。 持ち駒ルールが生まれた理由もよく分かっていない。 上述した駒の数の減少に伴うゲーム性低下を補うためという説明が一般的になされるが、日本将棋よりも駒の数が少ないチェスなどの他ゲームには持ち駒制度がないことから、このほかにもさまざまな説明が試みられている。 そのひとつとして、将棋の駒である、金・銀・桂(馬)・香はいずれも資産または貿易品を表していることから、将棋は戦争という殺し合いをテーマにしたゲームではなく、資産を取り合う貿易や商売をテーマにしたゲームという側面があり、相手から奪った資産は消滅するのではなく自分のものになるのが自然であるため、持ち駒使用ルールが生まれたのだとする考察もある。 本将棋 [ ] 御城将棋と家元 [ ] 1612年(17年)ごろ、は将棋と囲碁の達人であった(大橋姓は没後)・加納算砂()らに俸禄(宗桂は50石5人扶持を賜わっている)を支給することを決定し、将棋(なお、初期の将棋指したちは中将棋も得意としていた)は、囲碁とともに、江戸時代の公認となった。 宗桂と算砂は将棋でも囲碁でも達人であったが、やがてそれぞれの得意分野(宗桂は将棋、算砂は囲碁)に特化していき、彼らの後継者は、それぞれ・を名乗るようになった。 宗桂の後継者である・・の3家は、将棋の家元となり、そのうち最強の者がを称した。 現在でも名人の称号は「」というタイトルに残されている。 名人の地位は世襲のものであったが、その権威を保つためには高い棋力が求められた(たとえば、家元の地位に不満を持つ在野の強豪からの挑戦をたびたび受け、尽く退けている)ため、門下生の中で棋力の高い者を養子にして家を継がせ、名人にすることも多かった。 年間(1630年ごろ)には家元3家の将棋指しが将軍御前で対局する「御城将棋」が行われるようになった。 八代将軍のころには、年に1度、に御城将棋を行うことを制度化し、現在ではこの日付()が「」となっている。 江戸時代中期までの将棋指しは、指し将棋だけでなく、の能力も競い合った。 特に伊藤家のの作品である『』は現在でも最高峰の作品として知られている(なお、伊藤看寿は早逝したため存命中に名人とならなかったが、没後に名人位を贈られた)。 名人襲位の際には、江戸幕府に詰将棋の作品集を献上するのが慣例であった。 江戸時代後期には、近代将棋の父と呼ばれるが名人となり、現代につながるさまざまな戦法を開発した。 さらに、大橋家の門下生であったは、当時並ぶ者のいない最強の棋士として知られ、「実力十三段」と恐れられ、のちに「棋聖」と呼ばれるようになった。 名人位が期待されたものの素行不良のために大橋家の養子となれなかった宗歩は、家元3家とは独立して活動するようになり、関西で多数の弟子を育成した。 現在のプロ棋士はほぼ全員が江戸時代の将棋家元の弟子筋にあたり、将棋家元は現代将棋界の基礎となっている。 なお、現在では伊藤家に連なる一門が多数であるが、関西を中心に天野宗歩の系譜に属する棋士も多い。 江戸時代の棋譜は「」にまとめられている。 新聞将棋・将棋連盟の結成 [ ] 江戸幕府が崩壊すると、将棋三家に俸禄が支給されなくなり、将棋の家元制も力を失っていった。 将棋を専業とする者たち(なお、そのほとんどは関東では家元三家の門下、関西では天野宗歩の門下で修行した者たちである)は、家元に対して自由に活動するようになり、名人位は彼らの協議によって決定する推挙制に移行した。 アマチュアの将棋人気は明治に入っても継続しており、日本各地で将棋会などが催され、風呂屋や理髪店などの人の集まる場所でのも盛んに行われていたが、19世紀末には一握りの高段者を除いて、専業プロとして将棋で生活していくことはできなくなったといわれている。 1899年(明治32年)ごろから、が新聞として初めて紙面に将棋欄を開設し、他社も追随したため 、に将棋の実戦が掲載されるようになり、高段者が新聞への掲載を目的に合同するようになった。 1909年(明治42年)に将棋同盟社が結成され、1924年(13年)には十三世名人のもとに将棋三派が合同して東京将棋連盟が結成された。 これが現在のの前身で、連盟はこの年を創立の年としている。 将棋禁止の危機 [ ] 第二次世界大戦後、日本将棋連盟に(GHQ)より呼び出しがかかった。 これは武道などを含めた封建的思想の強い競技や娯楽の排除を狙ったものだが、連盟は知識豊富で勝負勘に優れた関西本部長代理のを派遣する。 その席でGHQは「将棋はチェスとは違い、敵から奪った駒を自軍の兵として使う。 これは捕虜虐待という国際法違反である野蛮なゲームであるために禁止にすべきである」と述べた。 それに対して升田は「チェスは捕虜を殺害している。 これこそが捕虜虐待である。 将棋は適材適所の働き場所を与えている。 常に駒が生きていて、それぞれの能力を尊重しようとする民主主義の正しい思想である」「男女同権といっているが、チェスではキングが危機に陥ったときにはクイーンを盾にしてまで逃げようとする」と反論。 この発言により将棋は禁止されることを回避することができた。 現代棋界の動向 [ ] 詳細は「」、「」、「」、「」、「」、および「」を参照 連盟結成以降の詳細は各記事に譲るが、1935年のを皮切りに8つのタイトル戦を含む10以上のが開催されている(2018年現在)。 また、女性のプロ()も誕生し、1974年には最初の女流棋戦である女流名人位戦(現・)が開始され、2018年現在、6つのタイトル戦と1つの公式棋戦が行われている。 この期間にが整備され、特にプロレベルの序盤は高度に精密化された。 将棋自身も賭博の対象から純粋なへと変化している。 プロの発展とともに、も整備され、日本全国からアマチュアの強豪選手が集まる大会が年間に数回開催されている。 また、コンピュータプログラムを利用した将棋の研究、特にコンピュータに着手を計算させる研究は、世界的に見るとチェスのそれの後を追うようにして、日本において1960年代にその萌芽があり 、21世紀にはプロとの現実的な対局が考慮されるに至った(詳細はの記事を参照)。 2008年5月には、この年に開催された第18回世界コンピュータ将棋選手権での優勝・準優勝将棋ソフトがそれぞれトップクラスのアマチュア棋士に完勝。 更に、2013年以降は将棋電王戦においてプログラムが現役A級棋士を含む上位棋士を次々に破っており、現在のコンピュータ将棋の実力はプロでも上位に入るレベルに達しているとされている。 公式棋戦においてアマチュアトップや奨励会員とプロの実力下位者の対局が年間複数回指され、前者が後者を破ることも珍しくないことから、奨励会員・アマチュアトップもすでにプロ下位者の実力に達しているともされる。 インターネット上で指せる将棋、いわゆるネット将棋も1990年代から発展してきており、・ や、と連動したshogitterなどがある。 また、2012年の主要タイトル戦の全勝負をインターネットでトッププロによる解説を交えて生配信するなど、幅広い層へのアピールやファンの獲得にも積極的に取り組んでいる。 将棋人口の概要 [ ] 『』(財団法人)によると、1年に1回以上将棋を指すいわゆる「将棋人口」は、1985年度の1,680万人から、2005年度840万人、2013年670万人、2015年530万人と漸減傾向が続いていた。 将棋人口が減少した上記の期間に、将棋が一般メディアに取り上げられたことは何度かある。 代表的なものでは、の七冠達成(1996年)、将棋を題材とした『』の放送(1996年)、との不倫報道(1998年)、のプロ編入試験(2005年)、の移管問題(2006年)、羽生善治の最年少で1000勝(2007年)、(2012年)、のプロ編入試験(2014年)などである。 しかしいずれも「将棋ブーム」を生むには至らず、取り上げ方によってはファン離れを加速するものとなっているものもあった。 そのような中で(2016年)が勃発し、将棋離れが決定的になるかと思われた矢先、の史上最年少デビューと無敗のままでの歴代連勝記録更新(2016年 - 2017年)により、逆に本物の将棋ブームが到来。 藤井の連勝継続中は毎日のように一般メディアが取り上げ、関連グッズが飛ぶように売れ、各地の将棋教室が活況となるなど、は大いに湧いた。 さらに羽生善治の永世七冠達成(2017年)と授与(2018年)と明るい話題が続いた。 これらの影響は数字としても現れ、2017年の将棋人口は700万人と回復を見せた。 また、1996年ごろからJava将棋やザ・グレート将棋など、盤駒を利用しなくともを通じて対局ができるインターネット将棋が普及。 現在は、1998年に運営を開始しアカウント延べ数20万人の将棋倶楽部24や、、道場、の将棋などインターネット対局が主流になり、将棋センターは次々閉鎖されてきた。 2010年に英語が公用語の対局サイトである81Dojoが開設され、2012年7月時点で登録者数は8,000人を超えている。 日本国外への普及 [ ] 将棋は日本で独自の発展を遂げた遊戯であり、駒の種類が漢字で書かれて区別されているなどの理由で、日本国外への普及の妨げになっていた。 は国際的に(多少の差異はあるが)ルールが統一されていること、白黒の石でゲームを行うこと、他国の固有ゲームとは類似性が見られない(他国ではチェスなどの将棋系ゲームがすでに存在していることが多い)ゲームであるなどの理由で、世界的に普及が進んでいるのとは対照的である。 将棋の存在そのものは海外でも比較的早く知られていた。 中国では早く代に対策として日本文化が研究され、1592年の侯継高『日本風土記』で将棋のルールがかなり詳細に記載されている。 またでは1860年にによって将棋のゲームが披露されている。 1881年のリンデ( )『チェス史の典拠研究』では将棋とが紹介されている。 1975年にイギリスのホッジス George F. Hodges は将棋協会 The Shogi Association, TSA というクラブを作り、将棋専門誌『Shogi』を発行した。 また西洋式の将棋駒を販売したり、将棋セットを日本から輸入販売したりした。 ホッジスはまた中将棋のマニュアルも書いた。 1985年にはヨーロッパ将棋協会連盟(FESA)が創立され、毎年ヨーロッパ将棋選手権および世界オープン将棋選手権を開催している。 2010年には英語が公用語の対局サイトである81Dojoが開設された。 非漢字圏への普及のためにいくつかの駒の形が考案された。 ホッジスのもの(通常の形の将棋の駒に英語の頭文字と動きが記されている)、 のもの 、ChessVariants のもの 、Hidetchi国際駒 などがある。 最後のものは81Dojoなどで駒のデザインの一つとして選ぶことができる。 海外向け(日本在住者を除く)のアマ免状では、名人の署名もなく簡素な日本語で表記されており、名前の間違えがないように本名は自分で記入ができる。 英語圏の棋譜表記 [ ] 英語圏の棋譜表記は何種類かあるが、上記ホッジスによるものがもっとも標準的に使われており、公式戦の棋譜中継で用いられる Kifu for Flash でも言語を日本語以外にするとこの表記になる。 この表記は日本での表記とチェスの表記を折衷したような形になっていて、駒の種類、動かし方、位置、成・不成を組み合わせる。 あいまいな場合は、駒の種類の後に移動前の位置を記す。 駒の種類は K(King、玉)R(Rook、飛)B(Bishop、角)G(Gold、金)S(Silver、銀)N(Knight、桂)L(Lance、香)P(Pawn、歩)のいずれかである。 位置は横の筋を将棋と同様右から左に1…9で、縦の段を上から下にa…iで表す。 先手・後手の区別が必要な場合、先手をb black 、後手をw white とする。 駒の英語名称のうち、King・Rook・Bishop・Knight・Pawnは近い性能のチェスの駒の名称を借りたもの、Gold・Silverは金・銀の名称をそのまま訳したもの、香車のLanceは槍を意味する。 棋譜法にはいくつかの変種がある。 イギリスの Shogi Foundation の出版物では、駒の位置を縦横とも数字で示している(「76歩」は「P76」になる)。 また、成り駒について、竜をD(Dragon)、馬をH(Horse)、と金をT(Tokin)で表す流儀もある。 将棋のゲームとしての特質 [ ] 盤面の状態の総数は10 71程度と見積もられる。 これは、の10 170程度 よりは小さいものの、の10 20程度 、の10 28程度 、(象棋)の10 48程度 、の10 50程度 と比べて大きい値である。 また、の複雑性は、10 226と見積もられている。 これは、囲碁の10 400程度 よりは小さいものの、チェッカーの10 31程度、リバーシの10 58程度 、チェスの10 123程度 、シャンチーの10 150程度 よりも大きい値である。 なお、 チェス、タイの、朝鮮の、中国のシャンチーについて、ルールを理解し、すべて実際に指してみたという将棋棋士のは、将棋に近いのは、タイのマークルックであると述べている [ ]。 羽生は、日本の将棋と他の将棋類とのあいだの大きな相違点として持ち駒(とった駒の再利用)を挙げている。 このルールの相違により、他の将棋では序盤が激しく、駒数の減る終盤は静かな戦いになることが多いのに対し、いつまでも駒数の減らない将棋では終盤の攻防がきわめて激しいものとなるというゲームの質の決定的な違いを生んでいることを指摘している [ ]。 [ ] 以上のように複雑なゲームではあるが、コンピューターゲームとしては1980年代からソフトが発売されている。 1989年のゲームボーイ用の将棋ソフトでは、AIのレベルによってはゲームボーイの電池残量との戦いになるほどの長考が行われるものの、初期のゲームボーイソフトのAIで既に弱すぎない出来となっていた。 将棋用語に由来する慣用表現 [ ] 囲碁用語と共通のものについては、囲碁が由来であるのか将棋が由来であるのかはっきりしない。 辞書によっては囲碁が由来であるとされているので注意。 ウィキクォートに に関する引用句集があります。 将棋用語としての先手・後手 対局開始から先に指す方が先手。 後に指す方が後手である (囲碁では「先番」「後番」もしくは「黒番」「白番」と呼ぶ)。 また、対局途中においても、相手が対応せざるを得ない手(王手など)を仕掛けた側を先手、それに対応する側を後手ということがある (囲碁用語としての「先手」「後手」はこちらの意味)。 慣用表現としての先手・後手 「先手を取る」「後手に回る」など、さまざまな表現で用いられる。 「先手を取る」は相手よりも素早く対応して先制することを言い、「後手に回る」はそれとは逆に相手と比べて出遅れて受け身に回ることを言う。 将棋用語としての手抜き 相手の手に応対せずに別の手を指すことを言う。 必ずしも悪い意味ではなく、あえて相手の手に付き合わないのが最善手であることはよくあることである。 慣用表現としての手抜き 必要な作業を怠ることを言う。 やるべきことをしっかりやらなかったというネガティブな意味合いであり、「手抜き工事」などと批判的に使われる。 将棋用語としての待った 自分が指した手に対して相手が予想外の手で応じてきた場合に、この2つの手を取り消して局面を戻し、もう一度自分の手からやり直すこと。 公式な対局ではルール上認められないが、練習対局などの非公式な場面では相手の合意があれば認められることもある。 待ったが認められない真剣勝負のことを「待ったなし」と言う。 慣用表現としての待った 相手の予想外の行動に対して、中止や取り消し、あるいは猶予を求めること(なお、将棋用語としての待ったは、相手の手だけでなく自分の手も取り消して自分の手番からやり直すことであるため、若干意味が異なる)。 「待ったをかける」などの言い回しで使われる。 やり直しの利かない場面であることを「待ったなし」と言う。 将棋用語としての結局 将棋の [ ]一局が指し終わって勝負の決着がつくことを言った。 現在では、この意味では「終局」と言うのが普通であり、「結局」が将棋用語として使われることは少ない。 慣用表現としての結局 紆余曲折があったものの最終的にはどうなったかという結末のことを言う。 飛車角落ち(ひしゃかくおち)• 将棋用語としての飛車角落ち 「」の別名。 棋力に差がある場合のハンデとして、一方の対局者が飛車と角を取り除いて対局する。 慣用表現としての飛車角落ち チームスポーツで主力選手2人が欠けるなど、中心となる戦力を欠いた状態で勝負すること。 高飛車(たかびしゃ)• 将棋用語としての高飛車 序盤の段階でを自陣よりも前方の四段目や五段目に進出させて、中央部で活躍させる戦法、あるいはその飛車のこと。 たとえば、戦法が出現して間もないころは「横歩取り高飛車戦法」との別名で呼ばれることもあった。 近年「浮き飛車」と呼ばれることが多くなっており、高飛車という用語の使用頻度は減っている。 慣用表現としての高飛車 人が高圧的な様子(将棋の高飛車戦法において、強力な飛車が味方の駒を下にして自由に暴れまわる様子に擬えたものと思われる)。 「高飛車な態度」のように使われる。 1990年代には、これを略した「 タカビー」というも生まれた。 (なりきん)• 将棋用語としての成金 もともとよりも価値の低かった駒(・・・)が敵陣に到達したことで金将と同様の動きの成駒(歩兵であれば「と金」)になったもの。 慣用表現としての成金 もともと貧しかったのに急に金持ちになった者を指す。 多くの場合相手をねたんだりさげすんだりする目的で用いられる。 類義語として、もともと身分の低かった者が高い地位に登りつめるという意味のがある。 手駒(てごま)• 将棋用語としての手駒 のこと。 相手から取って自分のものとし、任意の場所に打てる状態にしている駒。 慣用表現としての手駒 自分の支配下にあって自由に利用できる人材などのリソースのことを指す。 単に「駒」とも言う。 「手駒にする」「駒が足りない」のような使い方をする。 捨て駒(すてごま)• 将棋用語としての捨て駒 相手の駒を移動させる狙いなどの大局的な見地から、意図的に自分の駒を相手に取らせること。 また、その取らせる駒のこと。 慣用表現としての捨て駒 人の団体において、その団体の何らかの目的を達成するために、意図的に一部のメンバーを犠牲にすること。 また、その犠牲になるメンバー。 (おうて)• 将棋用語としての王手 相手が応じなければ次の一手で相手のを取れる状態であること、あるいはその状態にする指し手を言う。 王手をかけられた側は、(投了する場合を除いて)その王手を解消するような手を指さなければならない。 相手に王手をかけられた際に、その王手を解消しつつ相手に王手をかけ返すことを「逆王手」と言う。 慣用表現としての王手 あと一歩で求めていた結果が得られる状態であること、あるいはその状態にする行為を言う。 たとえば、スポーツの大会であと1勝で優勝が決まるという場面では「優勝に王手」と表現される。 また、相手に王手をかけられた際に、こちらも同様に王手をかけること(たとえば、先に4勝したほうが優勝という1対1のスポーツの勝負で、2勝3敗と後がない状態からこちらが1勝して3勝3敗に追いついた場合)を「逆王手」ということもある(ただし、相手にかけられた王手を解消したわけではないため、将棋における「逆王手」とは多少意味が異なる)。 (つみ)• 将棋用語としての詰み どのような手を指しても次に玉将を取られてしまう状態。 この状態になったら投了しなければならない。 慣用表現としての詰み どのような行動を取っても不利益な結果を避けられない状態。 まだ正式には確定していないものの事実上敗北が決まってしまった場面や進退窮まった場面などで、状況を悲観して「詰みだ」「詰んだ」「詰んでいる」などと使う。 (しょうぎだおし)• 将棋用語としての将棋倒し 将棋駒を利用した古典的遊びのひとつで、駒を立てて並べてから端の駒を倒すことで、連鎖的にすべての駒を倒すというもの。 慣用表現としての将棋倒し 将棋駒に限らず、複数の何かが連鎖的に倒れることを言う(類義語として)。 特に、人混みの中で何らかのきっかけによって人々が連鎖的に倒れる事故は、典型的な将棋倒しである。 しかし、2001年に発生したの際には、将棋のイメージ悪化を危惧した日本将棋連盟の依頼により、報道関係各社はこの言葉の使用を自主規制した。 脚注 [ ]• 2006年1月1日. 999-1000. 『日本将棋用語事典』 p. 77 東京堂出版 2004年• 『日本将棋用語事典』 p. 113 東京堂出版 2004年• 『日本将棋用語事典』 p. 175-176 東京堂出版 2004年• 『日本将棋用語事典』 p. 129 東京堂出版 2004年• 『日本将棋用語事典』 p. 102 東京堂出版 2004年• 26-27 東京堂出版 2004年• 56 東京堂出版 2004年• 2017年1月25日閲覧。 「歩成り」との区別から「ならず」と呼ばれることがほとんどである• 将棋の通常の対局ではまず発生しないが、自玉に王手がかかっていないが合法な指し手が存在しない(チェスでいう)場合については、合法手がないため負けが確定している。 ただしその場合は詰みにならないため、実際に負けとなるのは、投了するか、持ち時間が切れるか、反則行為を行った時である。 などでは、ステイルメイトは詰みと同様とすることが多い。 ・将棋「」『』、2018年10月20日。 2018年10月21日閲覧。 の2018-10-21時点におけるアーカイブ。 角・馬が移動できない位置に移動する、成れない状況で駒を成るなど。 公式ブログ と金 横歩き 2009年10月19日. 2013年6月19日閲覧。 2007年1月9日. 2013年8月13日閲覧。 対局者の「着手が30秒を超えており、考慮時間が消費されるべきである」との抗議で考慮時間が1回分消費されたが、対局時には反則であるという指摘はされなかった。 テレビ放送後の視聴者からの抗議を受けて理事会で協議を行い、反則であるとされ次年度の銀河戦への出場停止などの処分が決定した(参考:(日本将棋連盟からのお知らせ))。 日本将棋連盟でも、にて、同じ指摘を行っている。 なお、将棋とは異なり、チェスでは王手(チェック)をかける場合、強制ではないが慣習的に「チェック」と口頭で告げるべきとされている(参照)。 NHK『』2017年10月22日・放送分でも解説されている。 で公開されているPonanza電王戦バージョン(2016年)の駒の価値。 で公開されているBonanza 6. 0(2011年)の駒の価値。 羽生善治 『羽生善治の将棋入門』 河出書房新社、2015年。 谷川浩司 『谷川浩司の本筋を見極める』 NHK出版、2007年。 同じソフト・棋士でも、徐々に改良を重ねているため、本やバージョンによって数値は異なる。 ただコンピュータ将棋などでは便宜的に全40枚のうち玉将2枚を除いた38枚(金将以外全て成っている状態)の点数の総計より十分大きい有限の点数が設定されることがある。 『ものと人間の文化史 将棋』(法政大学出版局、)では、明治時代初めに書かれた『将棋絹篩』()の序文などに見られるが、宋代の『太平御覧』にあるものをそのまま引き写したのだろうとしている(88ページ)。 が、増川説に対しては、「将棋の日本到着時期をめぐって:増川宏一説に対する批判」(『桃山学院大学総合研究所紀要』30-2) で、武帝説の起源は初唐の数種の史料に遡る点等を指摘し、批判している。 増川の同書(88 - 89ページ)に、1690年の『人倫訓蒙図彙』、1746年の『本朝俗諺誌』、1755年の『象棋百番奇巧図式序』などに記述があると指摘している。 『持駒使用の謎』日本将棋連盟、2001年。 将棋棋士のは、著書『将棋の来た道』(めこん(文庫本は小学館)、)でマークルックを指した経験から、将棋との類似を指摘し、将棋の源流ではないかと主張している。 前述の増川宏一らが、東南アジア伝来説を主張している。 増川宏一『将棋の駒はなぜ40枚か』(集英社、)、12 - 15ページ。 出土資料そのものについては『木簡研究』16号(1994年)、「奈良・興福寺旧境内」(26ページ)参照。 「平安将棋」の呼び名は、関西にあった将棋博物館でも採用している(。 このページではの説に従っている)。 『遊戯史研究』6号(1994年)、清水康二「将棋伝来についての一試論」(12ページ)。 これを紹介したサイトが日本連盟のにある。 大内延介の『将棋の来た道』(小学館文庫版、)に、大橋家文書に含まれていた碑文から同様の記述が見つかり、記述の信憑性が高まったと指摘している(35ページ)。 「桂馬を飛ばして銀に替ふ」• 佐伯真一「」『遊戯史研究』第5号、1993年。 なお、近年の研究によると、将棋所や碁所という役職は幕府公認のものではなく自称である。 「国民百科事典4」平凡社 p21 1961年11月15日初版発行• ただし著『将棋文化誌』 Kindle では、の将棋欄創設は1908年(明治41年)に掲載開始した「高段名手勝継将棋」開始時点とされている。 などを参照• 日本語. スポーツ報知. 2018年8月7日. 2018年10月3日閲覧。 増川宏一『チェス』法政大学出版局〈ものと人間の文化史 110〉、2003年、13-14頁。 ホッジスをはじめとする西洋人の努力は増川宏一『将棋II』 法政大学出版局1985 pp. 305-307 に簡単に紹介されている• , GNU Operating System ,• , The Chess Variant Pages ,• - HIDETCHI (英語) - 他のデザインの国際駒のアイデアも紹介されている。 - 銘駒図鑑• , Online Shogi Resources ,• Roger Hare 2019. の棋譜など• tromp. github. John Tromp, Gunnar Farneback. 2018年12月22日閲覧。 編 『ゲームボーイクソゲー番付』マイウェイ出版発行、2017年。 p16• コトバンク. 2013年5月1日閲覧。 (原出典: 大辞林 3rd ed. , 三省堂, 2006 ) 参考文献 [ ]• 「将棋の海外普及」『』2011年4月号 関連項目 [ ].

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将棋初心者の攻め・受けの考え方をまとめた! 強くなりたいときのコツ中盤編!

将棋 まとめた

総説 [ ] チェスやなどと区別するため 日本将棋(にほんしょうぎ)ともいい、特に日本の「本将棋」には「」の観念があることが特徴とされ、これは諸外国の将棋類似のゲームにも例のない独特のルールである(も考案されている)。 日本将棋連盟によると将棋人口は約1,200万人である。 や の開催などもあり、日本国外への普及も進みつつある。 の分類ではである。 ただし後述する千日手のルール上の不備のために、厳密には「有限」でない点がある(2007年時点の公式ルールを前提とする)。 現代のでは特に本項で述べるいわゆる 本将棋(81マスの将棋盤と40枚の将棋駒を使用)が普及している。 また、やなど、本将棋のほかにも将棋の盤と駒を利用して別のルールで遊んだりする遊戯があり、 変則将棋と総称される。 歴史的には「」(225マスの将棋盤と130枚の将棋駒を使用)、「」(144マスの将棋盤と92枚の将棋駒を使用)、「」(81マスの将棋盤と42枚の将棋駒を使用)などが指されていたこともあり、これらの将棋は現代の将棋に対して「古将棋」と総称される。 現代でも中将棋などわずかではあるが愛好家が存在する。 ほかに小将棋から派生したと推定されるが福井県を中心として残されており、おもに福井県内のイベントなどで朝倉将棋の大会が開かれている。 ルール [ ] 将棋は2人の競技者(対局者)によって行われる。 ここでは便宜的に自分と相手と呼ぶことにする。 将棋盤と駒 [ ]• 将棋の対局には縦横9マスずつに区切られたとを用いる。 対局者は将棋盤を挟んで向かい合って対局することになるが、このとき将棋盤の自分側から3段目までのマスを 自陣、相手側から3段目までのマスを 敵陣と呼ぶ。 ほかの将棋に類するゲーム(チェス、シャンチーなど)と違い、駒に色分けなどはなく、敵味方共通の駒を用いる。 ただし駒は先の尖った独特の五角形で向きが存在し、一局を通じて自分の駒と相手の駒は常に向き合う方向に配置される。 したがって、駒の向いている方向によって、その駒が現在自分と相手のどちらに属しているかが表されることになる。 「持ち駒」のルールによって、駒が敵味方どちらに属しているかは目まぐるしく変わることになる。 盤上の駒は一局を通じて常に1つのマスに入ることになる(シャンチーのように線の交点に配置されるわけではない)。 1つのマスに複数の駒が存在したり、1つの駒が2つ以上のマスに同時に存在したりすることはできない。 駒の種類 [ ] 将棋の駒。 成駒も含め全種類を示している。 将棋の駒は(玉)及び(王)、(飛)、(角)、(金)、(銀)、(桂)、(香)、(歩)の8種類であり、それぞれ動ける範囲が決まっている。 一般的に一組の将棋駒には玉将と王将が1枚ずつ入って構成されている。 慣例として上位者が王将、下位者が玉将を用いる。 ただし、2つとも玉将である「双玉」と呼ばれるものもある。 なお、駒の種類である玉将の「玉」、金将の「金」、銀将の「銀」はいずれもの意味であり 、本来は2つとも玉将で構成されている双玉であったと考えられている。 したがって、将棋で「王様」と呼ぶのは厳密には正しくないとされる (そのため、一般的に棋譜読み上げでも玉将と王将を区別せず「ぎょく」と読み上げる。 また、一般的に自分側の玉将(王将)のことを「自玉」、相手側の玉将(王将)のことは「相手玉」あるいは「敵玉」という。 ただし、玉将(王将)に利きのかかる手は「王手」と言い、「玉手」と言うことは普通ない)。 将棋駒のうち、飛、角、銀、桂、香、歩については敵陣内への移動・敵陣内での移動・敵陣内からの移動の際に成ること(後述)を選択することができ、これによって以下のように駒の動きが変化する(成りを選択した時点で駒を裏返す)。 将棋駒のうち一方向に向かって何マスでも進めることのできる飛車、竜(成った飛車)、角、馬(成った角)、香のことを総称して「 走り駒」(跳び駒ともいう)という。 玉、王以外の大きな駒である飛車、角行はまとめて「大駒(おおごま)」と呼ばれ、金将、銀将をまとめて「金駒(かなごま)」と呼ぶことがある。 それぞれ、戦術において似た役割の駒をまとめた言い方でもある。 「駒の利き」とは盤上にある各駒の効力が及んでいる範囲(機能している範囲)を言い、各駒の移動可能となっている範囲に相当する。 駒を飛び越えてはいけない。 (かくぎょう) 角(かく) \ / 角 / \ 斜めに何マスでも動ける。 駒を飛び越えてはいけない。 その際、駒を飛び越えることができる。 (きょうしゃ、きょうす) 香(きょう) | 香 前に何マスでも動ける。 駒を飛び越えてはいけない。 上の表では便宜的に成銀を「全」、成桂を「圭」、成香を「杏」と表示している。 この表記は、将棋駒の活字がない環境で(特に詰将棋で)しばしば用いられる。 成銀を「全」、成桂を「今」、成香を「仝」、と金を「个」で表す流儀もある。 成銀、成桂、成香、と金はすべて「金」と表記されているのが実際で、くずし方を変えることで成る前の駒がわかるようにしている。 王将と玉将では役割が同一であっても先手が玉将を持つことで後手と区別している働きが存在する。 対局の進行 [ ] 将棋は対局者が相互に自らの駒を動かすことによってゲームが進められる。 対局において先に駒を動かし始める側の対局者を先手、そうでない側の対局者を後手という。 将棋では一局を通じて先手と後手が交互に盤上にある自分の駒のいずれか1つを一度動かすか、 持ち駒(相手から取って自分の駒となった駒。 後述)を1つ盤上に置くことを1回ずつ繰り返す。 この手順における一回の動作(盤上の駒を動かす、または持ち駒を盤上に置く)を「 一手」と呼び、動詞としては盤上の駒を動かす場合には「 指す」、持ち駒を盤上に置く場合には「 打つ」という。 「将棋を打つ」という表現がなされることがあるが、将棋は「指す」ものであって「打つ」ものではない。 ただし、持ち駒を盤面に配置することは「打つ」という(多くのテーブルゲーム類の中で「指す」という表現を用いるのは将棋類のゲームのみ)。 駒の配置 [ ] 将棋の対局において駒は対局者各20枚ずつの計40枚を用いる。 対局者間のの差によって(ハンデ)を考慮する必要もあり、対局者間の棋力の差がかなり大きい場合には駒落ち(棋力で上回る側に属する駒の一部を盤上から除外した状態での対局)となるが、基本的には駒を落さずに対局者各20枚ずつ対等に駒を持つ「 平手(ひらて)」で指される(手合割の詳細については後述)。 将棋の対局を始めるには、まず、駒を盤上の定められた位置(初形の位置)に配置する。 将棋の正式な礼法では、対局者のうち上位者が駒袋に入った駒を盤の中央に取り出し、対局者はそれぞれ自陣に あるいは の並べ方によって駒を並べていく。 慣例として上位者が王将、下位者が玉将を用いる。 平手戦の場合、開始時には駒を次のように並べる。 上図のように盤面を図として表示する場合、下側が、上側がとなる。 先手から見て将棋盤の右上のマスを基点とし、横方向に1、2、3、…、9、縦方向に一、二、三、…、九とマス目の位置を表す座標が決められている。 はこの数字を用いて表現される。 先手・後手はにより決定する(プロのリーグ戦など事前に先手・後手が決定している場合もある)。 手番における動作 [ ] 自分の番( 手番)が来たら、必ず盤上の自分の駒のいずれか1つを1回動かすか、持ち駒を1つだけ盤上に打たなければならない。 二手続けて指したり(二手指し)、パスすること(自分の駒をまったく移動せず、持ち駒も打たないこと)はできない。 盤上の駒の移動 [ ] 盤上にある自分の駒は、その駒の種類に応じてに書かれている範囲内に存在するマスであれば、どこにでも移動させることができる。 ただし、以下のような制限がある。 本来の駒の動きの範囲内に含まれていても、盤上に存在しないマスには移動できないため、それぞれの駒の利きは盤上にあるマスの範囲に限られる。 したがって、飛、角、香などの走り駒の移動できる範囲は盤の端のマスまでになる。 また、盤の端に近い位置にある駒は移動できる範囲がマスのある範囲に限られる。 駒の移動においては、それぞれの駒は原則としてほかの駒を飛び越して移動することができず(桂馬は例外。 後述)、また、盤上の駒は常に1つのマスに1つの駒しか入ることができないことから次のような制約がある。 自分の駒を移動させることができる範囲内にほかの自分の駒がすでに存在する場合、その駒によって塞がれているマスには入れない。 また、ほかの駒を飛び越すことはできないため、ほかの自分の駒を飛び越してその先のマスへと移動することもできない(自分の駒が移動可能な範囲は、ほかの自分の駒が存在するマスの1つ手前のマスまでとなる)。 自分の駒を移動させることができる範囲内に相手の駒がすでに入っている場合、その相手の駒を捕獲して自分の「持ち駒」としたうえで、自分の駒をその相手の駒が存在したマスの位置に動かすことができる。 したがって、自分の駒が移動可能な範囲は、その相手の駒が存在するマスにまで及ぶことになる。 ただし、ほかの駒を飛び越すことはできないため、飛、角、香などの走り駒であっても、移動範囲を塞いでいる相手の駒を取ったうえでそのマスに移動することはできるが、移動範囲を塞いでいる相手の駒を飛び越してその先のマスへと移動させることはできない。 桂馬については、ほかの駒とは異なり移動可能なマスが元のマスから離れた場所にあるため(先述のを参照)、周囲のマスにほかの駒があっても、それを飛び越して移動することができる。 ただし、桂馬の移動可能なマスにすでに自分のほかの駒が入っていて塞がれているときは移動できない。 なお、桂馬の移動可能なマスに先に入っている駒が相手の駒である場合には、その相手の駒を取ってそのマスへ移動することができる。 以上のほか、玉将の位置との関係で、自分の駒を移動させることによって自玉を相手駒の利きにさらすことになる場合には、後述するに該当することとなり移動できない。 駒の成・不成の選択 [ ] 前述のように盤上の相手側3段を敵陣と呼ぶが、玉(王)と金以外の駒(飛、角、銀、桂、香、歩)については、敵陣内へ入るとき、敵陣内で移動するとき、敵陣内から出るときに「 成る」ことを選択することができる。 こうして成った駒を と呼ぶ。 成駒となることによって、移動可能な範囲が変化する。 飛は(竜)、角は(馬)となり、それぞれ飛・角のもともとの駒の動きに加えて、全方向1マスの範囲にも動けるようになる。 また、銀は、桂は、香は、歩はとなり、それらはすべて金と同様に扱われる。 歩が成った場合にも金と同様に扱われるため、同じ縦の列に歩と成った歩(と金)が並んでも二歩(後述)にはならない。 成りは強制ではなく、成らないこと(「 不成(ならず・ふなり )」と称する)を選択することができる。 ただし、歩を敵陣の一番奥の段に移動させるなど、その駒がそれ以上は動けなくなってしまう場合は、自動的に成らなければならない。 一度、不成を選択した場合であっても、以後、その駒が成る条件(敵陣に入るとき、敵陣の中で動くとき、敵陣から出るとき)を満たすたびに、成るか成らないかを選択することができる。 また、一度成駒になってしまうと、その駒が盤上にある限り、元に戻すことはできない。 その駒が相手に取られて相手の持ち駒となった時点で、成る前の状態に戻る。 したがって、持ち駒を成った状態で打つことはできない。 駒が成ることを選択した場合には、それを表示するために、移動先のマスに駒を裏返して配置する(不成を選択した場合には裏返さずそのまま配置する)。 銀、桂、香の駒の裏面には「金」の字が崩して書いてある(歩の裏面の「と」も本来は「金」あるいは同音の「今」の字を崩したもの)が、もともとの駒の種類が分からなくならないように各駒の種類に応じて裏面の「金」の字体は変えてある。 上述のように、成りは強制ではなく、成るか成らないかを選択することができる。 銀、桂、香は、成ることによって移動できなくなるマスがあるため、不都合を生じることがある(たとえば、銀が成ると斜め後ろに動かせなくなる)。 そのため、成るか成らないかについて慎重な検討を要することもある。 これに対して飛、角、歩は、成っても移動できるマスが増えるだけで減らない(つまり、駒の性能が上がる)ため、成りが選択されることがほとんどである。 ただし、ごくまれに、反則である打ち歩詰め(後述)になる局面を回避するなどの理由で、あえて駒を成らない場合もある。 その逆に、成ることによって自玉に詰みが生じる局面(大抵は、成ってしまうと自玉の打ち歩詰めが解消されてしまう局面)を回避するなどの理由で、あえて駒を成らない場合もある。 持ち駒の使用 [ ] 詳細は「」を参照 対局者のの差によっては付きの対局も行われる。 棋力の差が非常に大きい場合、上位者が駒の一部を取り除いて(駒落ち)対局する。 右図は「二枚落ち」と呼ばれる駒落ちの場合である。 駒落ちにおいては棋力の差により、1枚ないし2枚の駒を落とすものから、・に加え、・・・まで落とす十枚落ちまでの手合割がある。 駒落ち戦の場合には「先手」や「後手」ではなく、駒を落とした方を 上手(うわて)、落とされた方を 下手(したて)といい上手から指し始める。 勝敗の決め方 [ ] 将棋は原則として互いに自らの駒で相手の玉将(王将)を捕獲することを目指し、一方の玉将(王将)が相手の駒に捕獲されてしまうことが不可避な状態()となれば勝敗が決まる。 伝統的に「実際に王を取る」ことは忌避されたため、どちらか一方が逆転不可能と判断した時点で投降することにより対局を終了する習慣になっている()。 投了のタイミングは、ルール上は自分の手番であればいつ行ってもよいが、実際に投了する局面としては、自玉が詰まされることが確定的となったとき(自玉が即詰みになることが判明した場合、自玉にがかかり敵玉が詰まないとき)がまず挙げられ、相手の攻めを受け切れず、自玉が一手一手の寄り筋となった場合、攻め合いで相手より早く玉を詰ますことができない場合も該当すると考えられる。 このほか、自玉に具体的な詰み筋・寄り筋は見えなくても、到底勝ち目がないと判断して戦意喪失した場合、すなわち相手の受けが強くて一連の攻めが続かなくなった場合(指し切り)や、攻防に必要な駒を相手にほとんど取られてしまった場合、一方的に入玉されて敵玉が寄る見込みのない形になってしまったなどの場合に投了することもある。 特にプロの公式戦では完全に詰むまで指すことはきわめて稀である。 原則的には詰みまたは投了によって勝敗が確定するが、勝敗の決し方には以下のようなものがある。 どちらかの対局者が以下の状態になった場合には、その対局者の負けとなり、もう一方の対局者の勝ちとなる。 (自玉にがかかっており、合法な指し手が存在しない)• (勝利不可能と判断して負けを認めた)• 時間切れ(がなくなった)• (反則を行ったことを指摘された)• ルール違反(基本ルールに反する動作を行った)• (ルールで禁止された手を指した)• 連続の(相手玉への王手の連続によって千日手が成立した)• 相の点数不足(相入玉に対局者同士が合意し、点数計算で24点未満となった)• 被宣言(条件を満たした状態で対戦相手が入玉を宣言した)• 以下の状態になった場合には、引き分けとなる。 連続王手以外の(連続王手以外で同一局面が4回現れた)• (相入玉に対局者同士が合意し、点数計算で両者ともに24点以上となった) 千日手 [ ] 同一局面が4回現れた場合となる。 同一局面とは、「盤面・両者の持駒・手番」がすべて同一の場合のことをいう。 千日手は原則として無勝負・指し直しだが、一方が王手の連続で千日手となった場合は、王手をかけていた側の負けである。 これは、千日手が成立した手番に関係ないため、自身が指した手で千日手が成立して負けが決まることもあれば、相手が指した手で千日手が成立して負けが決まることもある。 通常の禁手のように、自分が指した手で負けが決まるとは限らないため、ルールでは「禁じられた手」ではなく「禁じられた局面」と表記している。 連続王手の千日手は通常の禁手とは異なる特殊な規定のため、双方連続王手の千日手や(詰将棋作品)といった状況においてルールの不備が指摘されている。 持将棋 [ ] 先後両者の玉(王)が互いにし、互いの玉を詰ますことが困難になった場合、両者の合意の上で判定により勝敗を決める場合がある。 この判定法により引き分けとなる場合をという。 プロの公式戦においては、大駒1枚につき5点、小駒1枚につき1点とし、互いに24点以上であれば引き分けとしている。 アマチュアの大会の場合はそれぞれの規定による。 一般に27点法(同点)が採用され、点数が多い方が勝ち、同点の場合は後手勝ちとしている。 反則行為 [ ] 次に挙げる行為は反則と決められており、着手した場合ただちに負けとなる。 対局中であれば、反則行為が行われた時点ではそれに気付かずに手が進められても、終局前に反則が指摘された場合、反則した時点に戻して反則した側の負けとなる。 また、終局後に反則が判明した場合も、原則として反則をした側の負けとなる。 たとえば、対局者が反則に気づかずに手を進め、反則された側が投了したとしても、反則を行った対局者の負けとして勝負結果が変更されることになる(棋戦の運営による例外の対応もあり。 以前は投了優先であったが、2019年10月1日に将棋連盟対局規定の一部変更が行われている )。 なお、対局中の助言は一切禁止されるが、反則行為が行われた場合に限り第三者がそれを指摘してもよい。 ルール違反• 2手続けて指す( 二手指し)、後手が誤って初手を指す、ルール上移動できない位置に駒を移動する(特に、角(馬)を遠い位置に移動させるときに間違えやすい)、駒を成れない状況で成ってしまう、玉や金を成ってしまう、成り駒を盤上で裏返し元の駒に戻す、成り駒を打つ(持ち駒を裏返して打つ)、持ち駒を駒台に乗せず手に隠し持つあるいは将棋盤や駒台の陰に置く( 隠し駒)などの基本ルールに反する行為。 いったん着手した手を変える行為( 待ったと呼ばれる)も基本的には即負けである。 駒から手を離した時点で着手が完了となるため、いったん駒を動かしても手を離さなければ、その時点では元に戻して別の手を指してかまわない。 ただし、仲間同士の気楽な対局や駒落ちなど指導を目的とする対局の場合は、例外的に許可される場合もある。 しかし、多くの人は「待った」をマナー違反とみなすため、注意が必要である。 禁じ手• 基本ルールには反していないが、特別に禁止されている手のこと。 連続王手の千日手• 連続王手での千日手は王手している側が指し手を変更しなければならないが、これを行わずに千日手が成立してしまった場合。 千日手が成立した時点で反則になるため、対戦相手が指した手によって反則が確定する場合もある。 禁じ手は以下の通りである。 成っていない歩兵を2枚以上同じ縦の列に配置することはできない。 の禁止• 盤上の駒を行き先のない(動けない)状態にしてはいけない。 味方の駒に進路を塞がれて一時的に動けない場合はこれにあたらない。 打つ場合、不成で進む場合ともに敵陣1、2段目の桂馬、1段目の香車・歩兵は配置してはいけない。 したがって盤上の桂馬・香車・歩兵がその場所に進む場合は自動的に成らなければならない。 持ち駒の歩を打って相手の王を詰ませてはいけない。 ただし、歩による王手が詰め手順の最終手でなければ、歩を打っての王手は反則ではない。 したがって、歩を打って王手をかけたのちの連続王手で最終的に「詰み」が成立することは問題がない。 また、盤上の歩を突いて玉を詰ます 突き歩詰めは問題ない。 自玉を相手駒の利きにさらす手(王手放置)• 自らの着手の後、自らの王がのかかった状態にあってはいけない。 すなわち、• 相手に王手された場合は王手を回避しなければならない。 王を相手の駒の利きに移動してはならない。 王以外の駒を移動させた結果、王が相手の駒(香車、飛車(龍王)、角行(龍馬))の利きにさらされるようにしてはならない。 プロの棋戦で発生した反則は、記録に残っているもので回数が多い順に下記のとおり(2018年10月20日現在)。 プロの棋戦では打ち歩詰め・行き所のない駒によって反則負けになった例は現時点では1例もない。 プロの棋戦で発生した反則 1位 二歩 86回 2位 二手指し 28回 3位 ルール違反の手を指す 25回 4位 王手放置、自らの王を相手の駒の利きにさらす 14回 5位 後手が初手を指す 6回 6位 連続王手の千日手 2回 プロ が行った「ルール違反の手」として、下記のような事例がある。 持ち駒を、成り駒の状態で打った(一字駒の「成銀」を「金」と見間違えた。 駒を飛び越える位置に角を動かした。 自分が取った駒を相手の駒台に乗せた。 盤上から駒台に移ってしまった香車を持ち駒として使用した(服の袖が当たったことが原因である。 相手の駒を取ったあと、別の場所に駒を動かした(8八の王将で7八の相手の馬を取ろうとして、馬を駒台に移したあと王将を8七に移動させた。 棋譜上は馬を取らずに王を8七へ指した王手放置となっている。 いったん不成で敵陣に置いたように見えた駒を持ち直し、成りに変えた。 対局はそのまま継続されたが、テレビ放送後の視聴者の抗議を受け、「待った」であるとされた。 なお、「王手をするときには『王手! 』と言わなければいけない」と誤認する者も多いが、そのようなルールは存在しない。 これは、本来「自分で気づかなければいけない」とされているためである。 そのような王手の発声は、指導対局や、初心者同士の対局などで慣習的に行われる場合があるに過ぎず、プロの公式戦などで行われることは皆無である。 公式戦ルールの不備 [ ] 打ち歩によって、連続王手の千日手でしか王手を解除できない状態を作った場合、に該当するのか否かが不明である。 連続王手の千日手でしか王手を解除できない状態は詰みとみなすのかどうかに依存し、現行ルールではどちらの解釈も可能である。 公式戦での前例は存在しないとされるが、「」というの問題において、発生する可能性が指摘されている。 この他に、歩を打った後の局面が「」状態になった場合に、「打ち歩詰めの反則規定」に該当するのかについて、「一方が玉以外に盤上の駒や持ち駒がない」などの極端な勢力差にならない限り局面が出現せず、プロの実戦上は相当前の段階で投了による決着となるため、特に正式な見解は出されていない。 また、両者が連続王手で千日手となった場合については定義されていないが、いまだ局面や手順として再現できておらず、公式戦でも前例が存在しないがゆえ、特に問題視されていない。 公式戦ルールの不備が改正された例としては、に千日手の規定が「同一手順を3回繰り返した場合」から「同一局面が4回現れた場合」に変更された例がある。 旧規定では、千日手になることなく無限に指し続ける手順の存在が数学を用いて簡単に証明でき、実際に千日手模様の無限ではないが、かなり長手数の対局が見られたことから改正された。 また、相入玉の将棋で、一方が持将棋の合意や投了を拒否した場合、詰みによる決着の見込みがないまま延々と指し続けることになりかねないため、やが暫定導入されている。 戦略と戦術 [ ] 詳細は「」を参照 序盤戦は、攻撃・守備に適した駒組みを目指す段階である。 将棋では、長年の研究により、効果的な駒組みのパターン( 戦法)が数多く考案されている。 それぞれの戦法について、お互いに損なく駒組みを進める手順( )が整備されている。 序盤戦は、戦法ごとの定跡をベースに、相手の駒組みを見ながらときには独自の工夫を加えて作戦勝ちを目指すことになる。 通常は、盤面の左右どちらかで攻撃の陣形を構築し、反対側で守備の陣形を構築する。 おもに右側を攻撃・左側を守備に使う戦法を 居飛車、おもに左側を攻撃・右側を守備に使う戦法を 振り飛車という。 攻撃面では、通常は、強力な駒である飛角を中心に、攻撃側の金以外の駒(銀桂香歩)を絡めて敵陣突破を図る体制を作る。 守備面では、通常は、玉を移動して、2枚の金および守備側のその他の駒(銀桂香歩)で玉の周囲を守る囲いを築く。 もっとも、これはあくまで目安であり、これらのセオリーに反する戦法も数多くある。 中盤戦 [ ] 中盤戦は、完成した駒組みを利用して、相手の駒を取ったり、敵陣に切り込んでいく。 終盤戦へ向けて、持ち駒を増やして戦力を確保したり、敵陣に攻めの拠点を作ることが目標となる。 また、相手に駒を取らせない、相手に自陣への侵入を許さないということも重要であり、攻防どちらに主眼を置くかによって個人の棋風が現れる部分である。 なお、駒組みが未完成のままいきなり互いの玉に迫る激しい展開となることもあり、この場合は中盤戦がなく、序盤戦から急に終盤戦に入ったと評価される。 終盤戦 [ ] 終盤戦は、勝利条件であるを目指して相手の玉に迫っていく( 寄せ)。 駒の損得よりも寄せのスピードが重要となり、正確な読みの力が重要となる。 終盤戦では、以下のような概念が使われる。 Bが 受けなければ次のターンでAがBの玉を取れる状態。 ルール上、Bは何らかの方法で受けなければならない。 逆王手 Aに掛かっている王手を受けると同時に、Bに王手をかけること。 Bが どのように受けても次のターンでAがBの玉を取れる状態。 ルール上、Bは投了しなければならない。 即詰み Bが どのように受けても王手の連続で詰みまで到達できる状態。 この状態になれば、Aが間違えない限り詰みと同様となる。 Bが 受けなければ次のターンで即詰みになる状態。 Bは何らかの方法で受けるか、この瞬間にAの玉を即詰みにしなければ負けてしまう。 詰めろ逃れの詰めろ Aに掛かっている詰めろを受けると同時に、Bに詰めろをかけること。 Bが どのように受けても次のターンで即詰みになる状態。 Bはこの瞬間にAの玉を即詰みにしなければ負けてしまう。 一手一手の寄り Bが どのように受けても王手または詰めろの連続で必至まで到達できる状態。 この状態になれば、Aが間違えない限り必至と同様となる。 ゼット Aが 持ち駒を何枚持っていたとしても絶対にBの玉が即詰みにならない状態。 これらの概念を使って自玉と敵玉の状態を把握し、受けるべきか攻めるべきかなどを判断していくことになる。 たとえば、互いに詰めろを掛けては受ける攻防を繰り返し、最終的にAがBの玉に必至をかけ、その瞬間にBがAの玉を即詰みにする手順を見つければBの勝ち、見つけられなければAの勝ちになる、といったゲーム展開がある。 王手には強制力があり、絶対的先手となるため、王手をかけ続ける限りは(逆王手を除けば)自らが攻め続けることができる。 反面、「王手は追う手」「王手するより縛りと必至」という格言があるように、敵玉が即詰みでない場合の安易な王手は、敵玉を安全地帯に逃がして負けにつながることも多く、縛りをかけながら必至を狙う方が勝ちにつながることが多い。 お互いに玉に迫りあっている場合、相手への詰めろを1手外すと逆に自玉にかけ返されてしまうことが多々ある。 また詰めろや必至で敵玉に迫っていったとしても、そのときに自玉に詰めろがかかっていることを見落としていたり、あるいは相手が王手をかけてきたところで正しく対応していれば詰まなかったところを対応を誤ったりで、自玉が即詰みの筋に入ってしまってからではそれに気づいても手遅れである(このようなケースを「頓死」という)。 このように終盤戦は、1手のミスで勝敗がひっくり返ってしまうことも多い重要な局面である。 このほか、一方的に攻められている場合など、相手陣に玉が侵入するを目指すこともある。 先読みと形勢判断 [ ] 序盤・中盤・終盤を問わず、指し手を決める際の基本は先読みと形勢判断である。 まず、自分がこの手を指せば相手がどのように応じるか、それに対し自分はどのように応じるか、といった具合に先を読み、最終的に自分が有利になっているかどうか形勢を判断して、その手を指すかどうかを決めるのである。 形勢判断の要素としては、一般的に• 駒の損得• 駒の働き• 手番 の4つが挙げられる。 駒の損得 [ ] 詳細は「」を参照 将棋の駒は動けるマスに違いがあることから、それぞれ価値が異なる。 はゲームの勝利条件となる最終目標の駒であるから、当然最高の価値を持つ。 その他の駒の価値は局面によって変わってくるが、おおむね価値のある順に飛角金銀桂香歩となる。 このうち、特に価値の大きい飛車と角行を 大駒といい、大駒と比べて価値の小さい金将・銀将・桂馬・香車・歩兵を 小駒という。 ただで相手の駒を手に入れたり、自分の価値の低い駒と相手の価値の高い駒を交換したりすれば、局面を有利にできることが多い。 このようにして、駒のやりとりで自分の戦力を上げたり相手の戦力を下げたりすることを 駒得(こまどく)という。 反対に相手に駒得をされることを 駒損(こまぞん)という。 駒得・駒損は形勢が有利か不利かを判断するもっとも基本的な要素となる。 特に相手の玉将を詰めるという目標がまだ見えていない序盤から中盤は、基本的に駒得を目指していくことになる。 特に、狭義には、自分の大駒1枚と相手の歩兵以外の小駒2枚を交換する場合を指して二枚替えという。 狭義の二枚替えでは、小駒2枚を得た側が有利とされることが多く、駒得をはかるための基本的な戦略のひとつとなっている。 たとえば、角行を相手に渡したかわりに金将と銀将を手に入れた場合、金銀2枚を得たメリットが角行を失ったデメリットを上回る。 この際、駒得・駒損の目安として、各駒の価値を点数化した表を用いて点数計算をする方法がある(なお、ここでいう点数計算はとなった場合の判定のための点数計算とは無関係であるため注意)。 のソフトウェア(ソフト)では、各駒の点数を内部で計算したものを局面評価のためのベースとすることがある。 また、駒の点数計算による駒得・駒損の評価は、もっとも基本的な価値判断の方法としてプロ棋士が執筆した将棋の入門書などでも解説されることが多い。 ここでは、代表的なコンピュータ将棋ソフトとしてで複数回の優勝経験がある と 、代表的な棋士として永世名人の資格保持者である と の4者がつけた評価値のうち、それぞれ最新のもの を掲載する。 代表的なソフト・棋士による将棋の駒の評価 駒 Ponanza Bonanza 羽生善治 谷川浩司 歩兵 0. 9 1. 2 1 1 香車 3. 2 3. 2 3 3 桂馬 4. 1 3. 6 4 4 銀将 5. 2 5. 1 5 5 金将 5. 5 6. 2 6 6 角行 9. 3 7. 9 9 8 飛車 10. 6 8. 9 10 10 と金 5. 9 7. 4 8 7 成香 5. 5 6. 8 6 6 成桂 5. 6 7. 1 6 6 成銀 5. 7 6. 9 6 6 竜馬 10. 8 11. 5 13 10 竜王 15. 2 13. 駒の働き [ ] 駒の種類による駒得・駒損の判断は、もっとも基本的なものであるが、通常は、これに駒の働きを加味する。 たとえば、序盤において、左の香車と右の香車は先程の点数計算では同じ3点(羽生式や谷川式の場合)となる。 しかし、もし玉将を左側に囲った場合、左の香車は玉将の守備を行う役割があることから、一般的に右の香車よりも価値が上がるとされる。 また、たとえば角交換となったあとで一方が盤上に角行を打ち込んだ場合、盤上に打たれた成っていない角行といまだ持ち駒の角行とでは、後者のほうが一般に価値が高い。 なぜならば、後者の角行は隙あらば相手陣に打ち込んで竜馬にするチャンスもあり、相手側に対して打ち込みの隙を作ってはならないという制約を課す効果があるからである。 このほか、持ち駒の歩兵が0枚から1枚に増えた場合と、1枚から2枚に増えた場合とを比べた場合、形式的な計算ではどちらも1点であるが、実質的には前者のほうが価値が大きいとされることが多い。 これは、歩切れ(持ち駒の歩兵がない状態)は、何かと入り用になる歩兵を好きなタイミングで使うことができずに不利とされているためである。 このように、駒がその価値を発揮できるかどうかは、局面やその駒の位置によって大きく変わってくる。 そこで、このような駒が どの程度働いているかを「駒の働き」と呼んで、形勢判断の一要素とする。 玉形 [ ] 玉形とは、玉将(王将)の位置とその周りの駒の位置のことである。 遠さ、堅さ、広さなどの要素で判断される。 遠さ 基本的に、玉は戦場から遠いほどよいとされる。 たとえば、振り飛車ならば左が戦場となるため、玉は右に行けば行くほど戦場から遠くなるためよい。 また、端に寄れば、端にある桂馬や香車などを守りに使いやすくなるという効果もある。 ただし、展開によっては、端にいることで逃げる場所がなくなってしまうこともあるため、一概に端にいればいいというわけではない。 堅さ 玉の周りを金や銀などで囲った守りの陣形を 囲いと呼ぶ。 囲いは、駒の枚数が多いほど堅くなる。 また、駒の位置関係によっても変わってくる。 たとえば金銀が連結(相互に利きを及ぼしている状態)していると、相手に金一枚を取られても銀で相手の駒を取り返すことができるため、崩されにくい囲いとなる。 広さ 広さは玉の逃げ場所の多さである。 囲いが突破されたとしても、逃げ場所が多ければ詰むまでの間に時間稼ぎをしたり、相手に駒をたくさん使わせることができる。 そのため、自玉が詰まされる前に相手玉を詰ませることができる場合がある。 玉形がいいか悪いは勝敗に大きく関わってくる。 たとえ駒得をしても玉形が悪ければ形勢が不利とされることがある。 相手の玉形を悪化させるためにわざと駒損をしたり、逆に玉形を悪化させてでも駒得を狙うこともある。 なお、玉形の良し悪しは相手の攻めの形に大きく影響される。 たとえば、は上からの攻めに強い囲いであるため、互いに居飛車ならば堅いと評価されるが、相手が振り飛車ならば玉形の評価は悪くなる。 手番 [ ] 最終盤では寄せる速度が勝負を分けるため、寄せの局面に向けて先手をとることが重要となる。 攻防に必要な駒さえあれば全体的な駒の損得はほとんど形勢に影響しない。 たとえば、飛車や角を捨てて金を得るということも行われる。 これを表す格言として「終盤は駒の損得より速度」がある。 「」も参照 将棋の起源は、古代の(シャトランガ)であるという説がもっとも有力とされている。 の各地に広がってさまざまな類似の遊戯に発達したと考えられている。 西洋には、には(象棋)、には(將棋 : 장기)、にはがある。 将棋がいつごろ日本に伝わったのかは明らかになっていない。 の碁盤がの宝物殿に納められており、囲碁の伝来が前後とほぼ確定づけられるのとは対照的である。 伝説としては、将棋はのが作った 、がに渡来したときに将棋を伝えた などといわれているが、江戸時代初めに将棋の権威づけのために創作された説であると考えられている。 日本への伝来時期はいくつかの説があるが、早いもので6世紀ごろと考えられている。 最初伝来した将棋は、現在のような平型の駒形ではないという説もある。 古代インドから直接日本へ伝来したとする説では、古代インドのチャトランガの流れを汲む立像型の駒であったとされている。 一方、6世紀ごろインドから直接ではなく、中国を経由して伝来したという説では、駒の形状は中国の()と同様な平型の駒として伝来したという説もある。 チェスでは古い駒ほど写実的であるとされるが、アラビアなど古い地域において平面の駒がみられる。 また今までに立体の日本将棋駒は発見されていない。 他説としては、に入ってからの伝来であったとする説がある。 インドからアラビアを経て、中国のが朝鮮半島から日本に伝わったというものである。 しかしには既に日本に将棋があったという説が有力である。 また、駒の形の違い(アラビア、中国などは丸型、チャトランガは立体像、日本は五角で方向が決まっている)やこれらの駒を線の交点に置くことなど将棋とどれも大きく異なる。 これに対し、東南アジアのマークルックは銀と同じ動きの駒があるが、歩にあたるビアの動きがあまりに将棋とは違うことが指摘されている。 また、将棋は相手側三列で駒が変化するがマークルックではクン、ルア、コーン、マー、メットとも「成る」ことはない。 この点も大きく将棋とは異なる。 近年はこの系統の盤戯が中国経由または直接ルートで日本に伝来したとする説がある。 また、中国を舞台とした日本と東南アジアのは行われていたことから中国経由の伝来は十分に考えられるが、中国での現代のの成立時期は平安時代より遅く、また現代のシャンチーはルールも異なる。 このため現代中国シャンチーが伝播したものではないと考えられている。 いずれにしても日本での、古代の日本将棋に関する文献は皆無で、各説は想像の域を出ない。 平安将棋 [ ] 将棋の存在を知る文献資料として最古のものに、に著された『』があり、この第7巻には駒の字の書き方が記されているが、この記述は後世に付け足されたものであるという考え方が主流である。 (ふじわらのあきひら)の著とされる『』(1058年 - 1064年)にも将棋に関する記述があり、こちらが最古の文献資料と見なされている。 として最古のものは、の境内から発掘された駒16点 で、同時に6年(1058年)と書かれたが出土したことから、その時代のものであると考えられている。 この当時の駒は、木簡を切って作られ、直接その上に文字を書いたとみられる簡素なものであるが、すでに現在の駒と同じ五角形をしていた。 また、前述の『新猿楽記』の記述と同時期のものであり、文献上でも裏づけが取られている。 によって作られたとされる『掌中歴』『懐中歴』をもとに、1210年 - 1221年に編纂されたと推定される習俗事典『』に、大小2種類の将棋が取り上げられている。 後世の将棋類と混同しないよう、これらは現在では(または平安小将棋)およびと呼ばれている。 平安将棋は現在の将棋の原型となるものであるが、相手を玉将1枚にしても勝ちになると記述されており、この当時の将棋にはの概念がなかったことがうかがえる。 これらの将棋に使われていた駒は、平安将棋にある・・・・・と平安大将棋のみにある・・・・・・である。 平安将棋の駒はチャトランガの駒(将・象・馬・車・兵)をよく保存しており、上にの五宝と示しているといわれる玉・金・銀・桂・香の文字を重ねたものとする説がある。 さらに、チャトランガはその成立から戦争を模したゲームで駒の取り捨てであるが、平安将棋は持ち駒使用になっていたとするの説もある。 古将棋においては桂馬の動きは、(インド)、(中国象棋)、と同様にであったのではないかという説がある。 持ち駒のルールが採用されたときに、ほかの駒とのバランスをとるためにから二方桂に動きが制限されたといわれている。 将棋の発展 [ ] これは世界の将棋類で同様の傾向が見られるようだが、時代が進むにつれて必勝手順が見つかるようになり、駒の利きを増やしたり駒の種類を増やしたりして、ルールを改めることが行われるようになった。 日本将棋も例外ではない。 13世紀ごろには平安大将棋に駒数を増やしたが遊ばれるようになり、大将棋の・・を平安将棋に取り入れたも考案された。 15世紀ごろには複雑になりすぎた大将棋のルールを簡略化したが考案され、現在に至っている。 16世紀ごろには小将棋から醉象が除かれて現在の本将棋になったと考えられる。 年間の1696年に出版された『』によると、年中(1532年 - 1555年)にがとに命じて、小将棋から醉象の駒を除かせたとあるが、真偽のほどは定かではない。 室町末の厩図屏風には、将棋に興ずる人々が描かれている。 16世紀後半ののものとされるから、174枚もの駒が出土している。 その大半は歩兵の駒であるが、1枚だけの駒が見られ、この時期は醉象(象)を含む将棋と含まない将棋とが混在していたと推定されている。 1707年出版の赤県敦庵著作編集の将棋書「象戯網目」に「象(醉象)」の入った詰め将棋が掲載されている。 ほかのルールは現在の将棋とまったく同一である。 将棋をする少年(18世紀) に入り、さらに駒数を増やした将棋類が考案されるようになった。 ・・・(大将棋とも。 混同を避けるために「泰」が用いられた)・などである。 ただし、これらの将棋はごく一部を除いて実際に遊ばれることはなかったと考えられている。 江戸人の遊び心がこうした多様な将棋を考案した基盤には、江戸時代に将棋が庶民のゲームとして広く普及、愛好されていた事実がある。 将棋を素材とした川柳の多さなど多くの史料が物語っており、現在よりも日常への密着度は高かった。 このことが明治以後の将棋の発展につながっていく。 持ち駒の使用 [ ] 将棋の発展のうち特筆すべきものとして、「相手側から取った駒を自分側の駒として盤上に打って再利用できるルール」、すなわち「持ち駒」の使用制度が考案されたことが挙げられる。 もっとも、このルールがいつごろできたものかのかは分かっていない。 現在、提唱されている説としては、おもに以下の3つがある。 16世紀ごろとする説…駒の数が持ち駒ルールに関連すると考える説である。 将棋の駒の数は上述したように徐々に減って現代の本将棋になった。 この説では、駒の減少は互いに駒が足りなくなって相手玉を詰められなくなるなどのゲーム性の低下を伴うことから、これを補うために持ち駒制度が考案されたのだと説明する。 これを前提に、駒の数が現代と同じになった16世紀頃が持ち駒制度の考案時期であるとする。 13世紀以前とする説…1300年ごろに書かれた『』に、将棋指しへの追悼文として「桂馬を飛ばして銀に替ふ」との文句がある ことを根拠とする説である。 これは持ち駒ルールを前提にした駒の交換を言っているものであると理解し、この時期には持ち駒の概念があったものと考えるものである。 11世紀以前とする説…銀の裏面の「全」に似た字や歩の裏面の「と」に似た字などは「金」の崩し字であると考えられているが、これらがそれぞれ異なる崩し字を使う理由を持ち駒制度と関連づける説である。 これらが単に「金」ではなく、あえて区別できるように書かれている理由を、取って持ち駒とした場合に元の銀や歩に戻ることが分かるようにするためだと理解すれば、成駒が区別可能か否かで持ち駒ルールの有無が分かるということになる。 そのうえで、上記奈良県で出土した最古の駒について、成駒の文字が区別可能であるからこの時期には持ち駒ルールがあったとする。 持ち駒ルールが生まれた理由もよく分かっていない。 上述した駒の数の減少に伴うゲーム性低下を補うためという説明が一般的になされるが、日本将棋よりも駒の数が少ないチェスなどの他ゲームには持ち駒制度がないことから、このほかにもさまざまな説明が試みられている。 そのひとつとして、将棋の駒である、金・銀・桂(馬)・香はいずれも資産または貿易品を表していることから、将棋は戦争という殺し合いをテーマにしたゲームではなく、資産を取り合う貿易や商売をテーマにしたゲームという側面があり、相手から奪った資産は消滅するのではなく自分のものになるのが自然であるため、持ち駒使用ルールが生まれたのだとする考察もある。 本将棋 [ ] 御城将棋と家元 [ ] 1612年(17年)ごろ、は将棋と囲碁の達人であった(大橋姓は没後)・加納算砂()らに俸禄(宗桂は50石5人扶持を賜わっている)を支給することを決定し、将棋(なお、初期の将棋指したちは中将棋も得意としていた)は、囲碁とともに、江戸時代の公認となった。 宗桂と算砂は将棋でも囲碁でも達人であったが、やがてそれぞれの得意分野(宗桂は将棋、算砂は囲碁)に特化していき、彼らの後継者は、それぞれ・を名乗るようになった。 宗桂の後継者である・・の3家は、将棋の家元となり、そのうち最強の者がを称した。 現在でも名人の称号は「」というタイトルに残されている。 名人の地位は世襲のものであったが、その権威を保つためには高い棋力が求められた(たとえば、家元の地位に不満を持つ在野の強豪からの挑戦をたびたび受け、尽く退けている)ため、門下生の中で棋力の高い者を養子にして家を継がせ、名人にすることも多かった。 年間(1630年ごろ)には家元3家の将棋指しが将軍御前で対局する「御城将棋」が行われるようになった。 八代将軍のころには、年に1度、に御城将棋を行うことを制度化し、現在ではこの日付()が「」となっている。 江戸時代中期までの将棋指しは、指し将棋だけでなく、の能力も競い合った。 特に伊藤家のの作品である『』は現在でも最高峰の作品として知られている(なお、伊藤看寿は早逝したため存命中に名人とならなかったが、没後に名人位を贈られた)。 名人襲位の際には、江戸幕府に詰将棋の作品集を献上するのが慣例であった。 江戸時代後期には、近代将棋の父と呼ばれるが名人となり、現代につながるさまざまな戦法を開発した。 さらに、大橋家の門下生であったは、当時並ぶ者のいない最強の棋士として知られ、「実力十三段」と恐れられ、のちに「棋聖」と呼ばれるようになった。 名人位が期待されたものの素行不良のために大橋家の養子となれなかった宗歩は、家元3家とは独立して活動するようになり、関西で多数の弟子を育成した。 現在のプロ棋士はほぼ全員が江戸時代の将棋家元の弟子筋にあたり、将棋家元は現代将棋界の基礎となっている。 なお、現在では伊藤家に連なる一門が多数であるが、関西を中心に天野宗歩の系譜に属する棋士も多い。 江戸時代の棋譜は「」にまとめられている。 新聞将棋・将棋連盟の結成 [ ] 江戸幕府が崩壊すると、将棋三家に俸禄が支給されなくなり、将棋の家元制も力を失っていった。 将棋を専業とする者たち(なお、そのほとんどは関東では家元三家の門下、関西では天野宗歩の門下で修行した者たちである)は、家元に対して自由に活動するようになり、名人位は彼らの協議によって決定する推挙制に移行した。 アマチュアの将棋人気は明治に入っても継続しており、日本各地で将棋会などが催され、風呂屋や理髪店などの人の集まる場所でのも盛んに行われていたが、19世紀末には一握りの高段者を除いて、専業プロとして将棋で生活していくことはできなくなったといわれている。 1899年(明治32年)ごろから、が新聞として初めて紙面に将棋欄を開設し、他社も追随したため 、に将棋の実戦が掲載されるようになり、高段者が新聞への掲載を目的に合同するようになった。 1909年(明治42年)に将棋同盟社が結成され、1924年(13年)には十三世名人のもとに将棋三派が合同して東京将棋連盟が結成された。 これが現在のの前身で、連盟はこの年を創立の年としている。 将棋禁止の危機 [ ] 第二次世界大戦後、日本将棋連盟に(GHQ)より呼び出しがかかった。 これは武道などを含めた封建的思想の強い競技や娯楽の排除を狙ったものだが、連盟は知識豊富で勝負勘に優れた関西本部長代理のを派遣する。 その席でGHQは「将棋はチェスとは違い、敵から奪った駒を自軍の兵として使う。 これは捕虜虐待という国際法違反である野蛮なゲームであるために禁止にすべきである」と述べた。 それに対して升田は「チェスは捕虜を殺害している。 これこそが捕虜虐待である。 将棋は適材適所の働き場所を与えている。 常に駒が生きていて、それぞれの能力を尊重しようとする民主主義の正しい思想である」「男女同権といっているが、チェスではキングが危機に陥ったときにはクイーンを盾にしてまで逃げようとする」と反論。 この発言により将棋は禁止されることを回避することができた。 現代棋界の動向 [ ] 詳細は「」、「」、「」、「」、「」、および「」を参照 連盟結成以降の詳細は各記事に譲るが、1935年のを皮切りに8つのタイトル戦を含む10以上のが開催されている(2018年現在)。 また、女性のプロ()も誕生し、1974年には最初の女流棋戦である女流名人位戦(現・)が開始され、2018年現在、6つのタイトル戦と1つの公式棋戦が行われている。 この期間にが整備され、特にプロレベルの序盤は高度に精密化された。 将棋自身も賭博の対象から純粋なへと変化している。 プロの発展とともに、も整備され、日本全国からアマチュアの強豪選手が集まる大会が年間に数回開催されている。 また、コンピュータプログラムを利用した将棋の研究、特にコンピュータに着手を計算させる研究は、世界的に見るとチェスのそれの後を追うようにして、日本において1960年代にその萌芽があり 、21世紀にはプロとの現実的な対局が考慮されるに至った(詳細はの記事を参照)。 2008年5月には、この年に開催された第18回世界コンピュータ将棋選手権での優勝・準優勝将棋ソフトがそれぞれトップクラスのアマチュア棋士に完勝。 更に、2013年以降は将棋電王戦においてプログラムが現役A級棋士を含む上位棋士を次々に破っており、現在のコンピュータ将棋の実力はプロでも上位に入るレベルに達しているとされている。 公式棋戦においてアマチュアトップや奨励会員とプロの実力下位者の対局が年間複数回指され、前者が後者を破ることも珍しくないことから、奨励会員・アマチュアトップもすでにプロ下位者の実力に達しているともされる。 インターネット上で指せる将棋、いわゆるネット将棋も1990年代から発展してきており、・ や、と連動したshogitterなどがある。 また、2012年の主要タイトル戦の全勝負をインターネットでトッププロによる解説を交えて生配信するなど、幅広い層へのアピールやファンの獲得にも積極的に取り組んでいる。 将棋人口の概要 [ ] 『』(財団法人)によると、1年に1回以上将棋を指すいわゆる「将棋人口」は、1985年度の1,680万人から、2005年度840万人、2013年670万人、2015年530万人と漸減傾向が続いていた。 将棋人口が減少した上記の期間に、将棋が一般メディアに取り上げられたことは何度かある。 代表的なものでは、の七冠達成(1996年)、将棋を題材とした『』の放送(1996年)、との不倫報道(1998年)、のプロ編入試験(2005年)、の移管問題(2006年)、羽生善治の最年少で1000勝(2007年)、(2012年)、のプロ編入試験(2014年)などである。 しかしいずれも「将棋ブーム」を生むには至らず、取り上げ方によってはファン離れを加速するものとなっているものもあった。 そのような中で(2016年)が勃発し、将棋離れが決定的になるかと思われた矢先、の史上最年少デビューと無敗のままでの歴代連勝記録更新(2016年 - 2017年)により、逆に本物の将棋ブームが到来。 藤井の連勝継続中は毎日のように一般メディアが取り上げ、関連グッズが飛ぶように売れ、各地の将棋教室が活況となるなど、は大いに湧いた。 さらに羽生善治の永世七冠達成(2017年)と授与(2018年)と明るい話題が続いた。 これらの影響は数字としても現れ、2017年の将棋人口は700万人と回復を見せた。 また、1996年ごろからJava将棋やザ・グレート将棋など、盤駒を利用しなくともを通じて対局ができるインターネット将棋が普及。 現在は、1998年に運営を開始しアカウント延べ数20万人の将棋倶楽部24や、、道場、の将棋などインターネット対局が主流になり、将棋センターは次々閉鎖されてきた。 2010年に英語が公用語の対局サイトである81Dojoが開設され、2012年7月時点で登録者数は8,000人を超えている。 日本国外への普及 [ ] 将棋は日本で独自の発展を遂げた遊戯であり、駒の種類が漢字で書かれて区別されているなどの理由で、日本国外への普及の妨げになっていた。 は国際的に(多少の差異はあるが)ルールが統一されていること、白黒の石でゲームを行うこと、他国の固有ゲームとは類似性が見られない(他国ではチェスなどの将棋系ゲームがすでに存在していることが多い)ゲームであるなどの理由で、世界的に普及が進んでいるのとは対照的である。 将棋の存在そのものは海外でも比較的早く知られていた。 中国では早く代に対策として日本文化が研究され、1592年の侯継高『日本風土記』で将棋のルールがかなり詳細に記載されている。 またでは1860年にによって将棋のゲームが披露されている。 1881年のリンデ( )『チェス史の典拠研究』では将棋とが紹介されている。 1975年にイギリスのホッジス George F. Hodges は将棋協会 The Shogi Association, TSA というクラブを作り、将棋専門誌『Shogi』を発行した。 また西洋式の将棋駒を販売したり、将棋セットを日本から輸入販売したりした。 ホッジスはまた中将棋のマニュアルも書いた。 1985年にはヨーロッパ将棋協会連盟(FESA)が創立され、毎年ヨーロッパ将棋選手権および世界オープン将棋選手権を開催している。 2010年には英語が公用語の対局サイトである81Dojoが開設された。 非漢字圏への普及のためにいくつかの駒の形が考案された。 ホッジスのもの(通常の形の将棋の駒に英語の頭文字と動きが記されている)、 のもの 、ChessVariants のもの 、Hidetchi国際駒 などがある。 最後のものは81Dojoなどで駒のデザインの一つとして選ぶことができる。 海外向け(日本在住者を除く)のアマ免状では、名人の署名もなく簡素な日本語で表記されており、名前の間違えがないように本名は自分で記入ができる。 英語圏の棋譜表記 [ ] 英語圏の棋譜表記は何種類かあるが、上記ホッジスによるものがもっとも標準的に使われており、公式戦の棋譜中継で用いられる Kifu for Flash でも言語を日本語以外にするとこの表記になる。 この表記は日本での表記とチェスの表記を折衷したような形になっていて、駒の種類、動かし方、位置、成・不成を組み合わせる。 あいまいな場合は、駒の種類の後に移動前の位置を記す。 駒の種類は K(King、玉)R(Rook、飛)B(Bishop、角)G(Gold、金)S(Silver、銀)N(Knight、桂)L(Lance、香)P(Pawn、歩)のいずれかである。 位置は横の筋を将棋と同様右から左に1…9で、縦の段を上から下にa…iで表す。 先手・後手の区別が必要な場合、先手をb black 、後手をw white とする。 駒の英語名称のうち、King・Rook・Bishop・Knight・Pawnは近い性能のチェスの駒の名称を借りたもの、Gold・Silverは金・銀の名称をそのまま訳したもの、香車のLanceは槍を意味する。 棋譜法にはいくつかの変種がある。 イギリスの Shogi Foundation の出版物では、駒の位置を縦横とも数字で示している(「76歩」は「P76」になる)。 また、成り駒について、竜をD(Dragon)、馬をH(Horse)、と金をT(Tokin)で表す流儀もある。 将棋のゲームとしての特質 [ ] 盤面の状態の総数は10 71程度と見積もられる。 これは、の10 170程度 よりは小さいものの、の10 20程度 、の10 28程度 、(象棋)の10 48程度 、の10 50程度 と比べて大きい値である。 また、の複雑性は、10 226と見積もられている。 これは、囲碁の10 400程度 よりは小さいものの、チェッカーの10 31程度、リバーシの10 58程度 、チェスの10 123程度 、シャンチーの10 150程度 よりも大きい値である。 なお、 チェス、タイの、朝鮮の、中国のシャンチーについて、ルールを理解し、すべて実際に指してみたという将棋棋士のは、将棋に近いのは、タイのマークルックであると述べている [ ]。 羽生は、日本の将棋と他の将棋類とのあいだの大きな相違点として持ち駒(とった駒の再利用)を挙げている。 このルールの相違により、他の将棋では序盤が激しく、駒数の減る終盤は静かな戦いになることが多いのに対し、いつまでも駒数の減らない将棋では終盤の攻防がきわめて激しいものとなるというゲームの質の決定的な違いを生んでいることを指摘している [ ]。 [ ] 以上のように複雑なゲームではあるが、コンピューターゲームとしては1980年代からソフトが発売されている。 1989年のゲームボーイ用の将棋ソフトでは、AIのレベルによってはゲームボーイの電池残量との戦いになるほどの長考が行われるものの、初期のゲームボーイソフトのAIで既に弱すぎない出来となっていた。 将棋用語に由来する慣用表現 [ ] 囲碁用語と共通のものについては、囲碁が由来であるのか将棋が由来であるのかはっきりしない。 辞書によっては囲碁が由来であるとされているので注意。 ウィキクォートに に関する引用句集があります。 将棋用語としての先手・後手 対局開始から先に指す方が先手。 後に指す方が後手である (囲碁では「先番」「後番」もしくは「黒番」「白番」と呼ぶ)。 また、対局途中においても、相手が対応せざるを得ない手(王手など)を仕掛けた側を先手、それに対応する側を後手ということがある (囲碁用語としての「先手」「後手」はこちらの意味)。 慣用表現としての先手・後手 「先手を取る」「後手に回る」など、さまざまな表現で用いられる。 「先手を取る」は相手よりも素早く対応して先制することを言い、「後手に回る」はそれとは逆に相手と比べて出遅れて受け身に回ることを言う。 将棋用語としての手抜き 相手の手に応対せずに別の手を指すことを言う。 必ずしも悪い意味ではなく、あえて相手の手に付き合わないのが最善手であることはよくあることである。 慣用表現としての手抜き 必要な作業を怠ることを言う。 やるべきことをしっかりやらなかったというネガティブな意味合いであり、「手抜き工事」などと批判的に使われる。 将棋用語としての待った 自分が指した手に対して相手が予想外の手で応じてきた場合に、この2つの手を取り消して局面を戻し、もう一度自分の手からやり直すこと。 公式な対局ではルール上認められないが、練習対局などの非公式な場面では相手の合意があれば認められることもある。 待ったが認められない真剣勝負のことを「待ったなし」と言う。 慣用表現としての待った 相手の予想外の行動に対して、中止や取り消し、あるいは猶予を求めること(なお、将棋用語としての待ったは、相手の手だけでなく自分の手も取り消して自分の手番からやり直すことであるため、若干意味が異なる)。 「待ったをかける」などの言い回しで使われる。 やり直しの利かない場面であることを「待ったなし」と言う。 将棋用語としての結局 将棋の [ ]一局が指し終わって勝負の決着がつくことを言った。 現在では、この意味では「終局」と言うのが普通であり、「結局」が将棋用語として使われることは少ない。 慣用表現としての結局 紆余曲折があったものの最終的にはどうなったかという結末のことを言う。 飛車角落ち(ひしゃかくおち)• 将棋用語としての飛車角落ち 「」の別名。 棋力に差がある場合のハンデとして、一方の対局者が飛車と角を取り除いて対局する。 慣用表現としての飛車角落ち チームスポーツで主力選手2人が欠けるなど、中心となる戦力を欠いた状態で勝負すること。 高飛車(たかびしゃ)• 将棋用語としての高飛車 序盤の段階でを自陣よりも前方の四段目や五段目に進出させて、中央部で活躍させる戦法、あるいはその飛車のこと。 たとえば、戦法が出現して間もないころは「横歩取り高飛車戦法」との別名で呼ばれることもあった。 近年「浮き飛車」と呼ばれることが多くなっており、高飛車という用語の使用頻度は減っている。 慣用表現としての高飛車 人が高圧的な様子(将棋の高飛車戦法において、強力な飛車が味方の駒を下にして自由に暴れまわる様子に擬えたものと思われる)。 「高飛車な態度」のように使われる。 1990年代には、これを略した「 タカビー」というも生まれた。 (なりきん)• 将棋用語としての成金 もともとよりも価値の低かった駒(・・・)が敵陣に到達したことで金将と同様の動きの成駒(歩兵であれば「と金」)になったもの。 慣用表現としての成金 もともと貧しかったのに急に金持ちになった者を指す。 多くの場合相手をねたんだりさげすんだりする目的で用いられる。 類義語として、もともと身分の低かった者が高い地位に登りつめるという意味のがある。 手駒(てごま)• 将棋用語としての手駒 のこと。 相手から取って自分のものとし、任意の場所に打てる状態にしている駒。 慣用表現としての手駒 自分の支配下にあって自由に利用できる人材などのリソースのことを指す。 単に「駒」とも言う。 「手駒にする」「駒が足りない」のような使い方をする。 捨て駒(すてごま)• 将棋用語としての捨て駒 相手の駒を移動させる狙いなどの大局的な見地から、意図的に自分の駒を相手に取らせること。 また、その取らせる駒のこと。 慣用表現としての捨て駒 人の団体において、その団体の何らかの目的を達成するために、意図的に一部のメンバーを犠牲にすること。 また、その犠牲になるメンバー。 (おうて)• 将棋用語としての王手 相手が応じなければ次の一手で相手のを取れる状態であること、あるいはその状態にする指し手を言う。 王手をかけられた側は、(投了する場合を除いて)その王手を解消するような手を指さなければならない。 相手に王手をかけられた際に、その王手を解消しつつ相手に王手をかけ返すことを「逆王手」と言う。 慣用表現としての王手 あと一歩で求めていた結果が得られる状態であること、あるいはその状態にする行為を言う。 たとえば、スポーツの大会であと1勝で優勝が決まるという場面では「優勝に王手」と表現される。 また、相手に王手をかけられた際に、こちらも同様に王手をかけること(たとえば、先に4勝したほうが優勝という1対1のスポーツの勝負で、2勝3敗と後がない状態からこちらが1勝して3勝3敗に追いついた場合)を「逆王手」ということもある(ただし、相手にかけられた王手を解消したわけではないため、将棋における「逆王手」とは多少意味が異なる)。 (つみ)• 将棋用語としての詰み どのような手を指しても次に玉将を取られてしまう状態。 この状態になったら投了しなければならない。 慣用表現としての詰み どのような行動を取っても不利益な結果を避けられない状態。 まだ正式には確定していないものの事実上敗北が決まってしまった場面や進退窮まった場面などで、状況を悲観して「詰みだ」「詰んだ」「詰んでいる」などと使う。 (しょうぎだおし)• 将棋用語としての将棋倒し 将棋駒を利用した古典的遊びのひとつで、駒を立てて並べてから端の駒を倒すことで、連鎖的にすべての駒を倒すというもの。 慣用表現としての将棋倒し 将棋駒に限らず、複数の何かが連鎖的に倒れることを言う(類義語として)。 特に、人混みの中で何らかのきっかけによって人々が連鎖的に倒れる事故は、典型的な将棋倒しである。 しかし、2001年に発生したの際には、将棋のイメージ悪化を危惧した日本将棋連盟の依頼により、報道関係各社はこの言葉の使用を自主規制した。 脚注 [ ]• 2006年1月1日. 999-1000. 『日本将棋用語事典』 p. 77 東京堂出版 2004年• 『日本将棋用語事典』 p. 113 東京堂出版 2004年• 『日本将棋用語事典』 p. 175-176 東京堂出版 2004年• 『日本将棋用語事典』 p. 129 東京堂出版 2004年• 『日本将棋用語事典』 p. 102 東京堂出版 2004年• 26-27 東京堂出版 2004年• 56 東京堂出版 2004年• 2017年1月25日閲覧。 「歩成り」との区別から「ならず」と呼ばれることがほとんどである• 将棋の通常の対局ではまず発生しないが、自玉に王手がかかっていないが合法な指し手が存在しない(チェスでいう)場合については、合法手がないため負けが確定している。 ただしその場合は詰みにならないため、実際に負けとなるのは、投了するか、持ち時間が切れるか、反則行為を行った時である。 などでは、ステイルメイトは詰みと同様とすることが多い。 ・将棋「」『』、2018年10月20日。 2018年10月21日閲覧。 の2018-10-21時点におけるアーカイブ。 角・馬が移動できない位置に移動する、成れない状況で駒を成るなど。 公式ブログ と金 横歩き 2009年10月19日. 2013年6月19日閲覧。 2007年1月9日. 2013年8月13日閲覧。 対局者の「着手が30秒を超えており、考慮時間が消費されるべきである」との抗議で考慮時間が1回分消費されたが、対局時には反則であるという指摘はされなかった。 テレビ放送後の視聴者からの抗議を受けて理事会で協議を行い、反則であるとされ次年度の銀河戦への出場停止などの処分が決定した(参考:(日本将棋連盟からのお知らせ))。 日本将棋連盟でも、にて、同じ指摘を行っている。 なお、将棋とは異なり、チェスでは王手(チェック)をかける場合、強制ではないが慣習的に「チェック」と口頭で告げるべきとされている(参照)。 NHK『』2017年10月22日・放送分でも解説されている。 で公開されているPonanza電王戦バージョン(2016年)の駒の価値。 で公開されているBonanza 6. 0(2011年)の駒の価値。 羽生善治 『羽生善治の将棋入門』 河出書房新社、2015年。 谷川浩司 『谷川浩司の本筋を見極める』 NHK出版、2007年。 同じソフト・棋士でも、徐々に改良を重ねているため、本やバージョンによって数値は異なる。 ただコンピュータ将棋などでは便宜的に全40枚のうち玉将2枚を除いた38枚(金将以外全て成っている状態)の点数の総計より十分大きい有限の点数が設定されることがある。 『ものと人間の文化史 将棋』(法政大学出版局、)では、明治時代初めに書かれた『将棋絹篩』()の序文などに見られるが、宋代の『太平御覧』にあるものをそのまま引き写したのだろうとしている(88ページ)。 が、増川説に対しては、「将棋の日本到着時期をめぐって:増川宏一説に対する批判」(『桃山学院大学総合研究所紀要』30-2) で、武帝説の起源は初唐の数種の史料に遡る点等を指摘し、批判している。 増川の同書(88 - 89ページ)に、1690年の『人倫訓蒙図彙』、1746年の『本朝俗諺誌』、1755年の『象棋百番奇巧図式序』などに記述があると指摘している。 『持駒使用の謎』日本将棋連盟、2001年。 将棋棋士のは、著書『将棋の来た道』(めこん(文庫本は小学館)、)でマークルックを指した経験から、将棋との類似を指摘し、将棋の源流ではないかと主張している。 前述の増川宏一らが、東南アジア伝来説を主張している。 増川宏一『将棋の駒はなぜ40枚か』(集英社、)、12 - 15ページ。 出土資料そのものについては『木簡研究』16号(1994年)、「奈良・興福寺旧境内」(26ページ)参照。 「平安将棋」の呼び名は、関西にあった将棋博物館でも採用している(。 このページではの説に従っている)。 『遊戯史研究』6号(1994年)、清水康二「将棋伝来についての一試論」(12ページ)。 これを紹介したサイトが日本連盟のにある。 大内延介の『将棋の来た道』(小学館文庫版、)に、大橋家文書に含まれていた碑文から同様の記述が見つかり、記述の信憑性が高まったと指摘している(35ページ)。 「桂馬を飛ばして銀に替ふ」• 佐伯真一「」『遊戯史研究』第5号、1993年。 なお、近年の研究によると、将棋所や碁所という役職は幕府公認のものではなく自称である。 「国民百科事典4」平凡社 p21 1961年11月15日初版発行• ただし著『将棋文化誌』 Kindle では、の将棋欄創設は1908年(明治41年)に掲載開始した「高段名手勝継将棋」開始時点とされている。 などを参照• 日本語. スポーツ報知. 2018年8月7日. 2018年10月3日閲覧。 増川宏一『チェス』法政大学出版局〈ものと人間の文化史 110〉、2003年、13-14頁。 ホッジスをはじめとする西洋人の努力は増川宏一『将棋II』 法政大学出版局1985 pp. 305-307 に簡単に紹介されている• , GNU Operating System ,• , The Chess Variant Pages ,• - HIDETCHI (英語) - 他のデザインの国際駒のアイデアも紹介されている。 - 銘駒図鑑• , Online Shogi Resources ,• Roger Hare 2019. の棋譜など• tromp. github. John Tromp, Gunnar Farneback. 2018年12月22日閲覧。 編 『ゲームボーイクソゲー番付』マイウェイ出版発行、2017年。 p16• コトバンク. 2013年5月1日閲覧。 (原出典: 大辞林 3rd ed. , 三省堂, 2006 ) 参考文献 [ ]• 「将棋の海外普及」『』2011年4月号 関連項目 [ ].

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[B! 将棋] 将棋まとめた@2ch : 【NHK杯 1回戦第02局】山崎隆之八段-西川和宏六段 解説:畠山 鎮八段

将棋 まとめた

12 ID:A9wng6vb9. net <フードファイターのようにトレーニングを通じて特殊な能力を身につけた人が10分間に食べられるホットドッグの量は、理論上、84本であることがわかった...... > 米国のホットドック専門ファストフードチェーン「ネイサンズ」が主催する「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」は、1916年の独立記念日に4人の移民がホットドッグの早食いを競い合ったことが起源とされ、1972年以降は毎年、独立記念日に、ネイサンズの創業の地であるニューヨーク・ブルックリンのコニーアイランドで開催されている。 2020年大会では、ジョーイ・チェスナット氏が10分間にホットドッグ75本を食べ、世界記録を更新して5連覇を達成した。 世界記録は、いよいよその上限に近づいている (省略) 全文 Joey Chestnut sets world record downing 75 hot dogs in Nathan's Hot Dog... 国会境内で一般人が国家元首に接近して物理的な脅威を加えたことは非常に異例的なことなので、大統領府警護処など大統領警備兵力の責任ある措置が避けられないと見られる。 16日午後3時30分頃、国会本館前の階段にいたチョン・チャンオク氏が自分の靴を脱いでドア大統領に向かって投げた。 ドア大統領は、靴に当たらなかった。 ドア大統領は国会で開院演説を終えた後、イ代表と歓談をし議事堂を出る所だった。 記者に自分の名前を明らかにしたチョン氏は、「(靴を)ドア大統領に投げた。 侮蔑感と屈辱感を感じたため」と「偽の平和主義者、偽の人権主義者ムン・ジェイン」と叫んだ。 彼は「(国会)傍聴席で(講演途中に)靴を投げしようとした。 しかし、コロナで(傍聴席への入場を)禁止されているよ」とし、午後2時頃から、国会の階段付近でドア大統領が出るのを待っていた。 警察は、現場で「暴行罪で逮捕する」とチョン氏をパトカーに乗せて近くの地区隊に連れて行って調査中だ。 53 ID:lNmEy2KI0. net 日本人はなぜ自虐的になったのか(1) 邪馬台国の所在地、明智光秀の謀反の動機等々、歴史にはさまざまな謎や意見の分かれる問題がある。 何も古代や中世といった大昔に限った話ではない。 太平洋戦争が避けられなかった理由についても諸説あるし、南京事件についても複数の見方が存在している。 それは戦後の問題でも同様だ。 たとえば論者によって大きく立場が異なるのが、占領軍の行った「心理戦」への見方である。 終戦後、日本に上陸したGHQは日本に対して様々な「心理戦」を展開した。 064 ID:lUaLSqgs0. 525 ID:OgSIPfjq0. 933 ID:vzwnw4pE0. 509 ID:NxtieR3C0. 735 ID:VFyuUIF8d. 操縦士教育訓練と技量維持のために現在、飛行教育部隊がある2カ所と戦闘機運用基地にも配備されている。 防衛省と自衛隊内では次世代高等訓練機の開発要求が出ているが、147機のF35A/B導入による予算問題で困難に直面している。 韓日関係 が制限要素になっているが、今後、韓米日安保協力および相互運用性向上レベルで推進する必要があるからだ。 854 ID:PolTdsetp. 195 ID:405MULVk0. 350 ID:PolTdsetp. 701 ID:ymyghfY4a. 178 ID:ey27wVpSa. 69 ID:J3b28xjF0. その技術とは、波長が222nmの紫外線によるウイルスや細菌の不活化(感染力や毒性の消失)である。 222nm紫外線は、「数分の照射でウイルス・細菌をほぼ不活化」「人体に照射しても影響がほとんどない」という夢のような性質を兼ね備えているのだ。 光源の開発では、日本のメーカーが圧倒的な優位にいる。 408 ID:hujpgqMp0. 518 ID:ZncYi6Yd0. 548 ID:oIzlgrEE0. net 壊れやすいけど死ぬほど脆くはないっていう.

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