海老蔵 関東連合。 関東連合元リーダーが明かす「私が接触した“酒鬼薔薇聖斗”の正体」(1)自分に同じことができるか?

市川海老蔵暴行事件の真相!関東連合の石本太一と伊藤リオンの現在も総まとめ

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マジックマッシュルーム事件とかきな臭い事件もあったしな。 excite. jp 2010年11月25日。 歌舞伎俳優・市川海老蔵さんが暴行された事件がありました。 まだ鮮明に覚えている人もいらっしゃるのではないでしょうか? その時の事件で海老蔵さんの黒い交友関係が噂されましたが、実は事件現場となったバーは伊藤英明さんが紹介したのだそうです。 伊藤英明さんと市川海老蔵さんは親友関係にあり、海老蔵さんの結婚式にも出席されていました。 ということは、あの事件に多少なりとも伊藤英明さんは関わっていたということになります。 市川海老蔵事件の真相 出典: 世間を騒がせた市川海老蔵さんの暴行事件から10年経ちましたが、未だに後味の悪い事件だったことは言うまでもありません。 当時の海老蔵さんは新婚で幸せ一杯だったはずなのに、独身時代から続く酒癖の悪さが仇となった事件でした。 加害者も都内で有名な暴走族の元メンバーとあっては、事件になるべくしてなったと言わざるを得ません。 2010年11月25日に起こった通称「海老蔵事件」の真相を解明していきましょう。 今では海老蔵ビル!『バルビゾン27』 出典: それでは事件発生の前日からの様子を振り返ってみます。 2010年11月24日PM 11:00 海老蔵さんは歌舞伎役者の仲間たちとお酒を飲み始めました。 当時、新婚だった海老蔵さんですが、お子様も生まれる前だったこともあり、飲みに行くことは珍しいことではありませんでした。 日付が変わってから二次会へ行く人と行かない人に別れたのです。 海老蔵さんは西麻布の「バルビゾン27」というビルの中の飲食店に移動。 この「バルビゾン27」こそ「海老蔵ビル」と言われるようになった事件現場です。 「バルビゾン27」に入っている飲食店は看板などは出しておらず、知る人ぞ知るといった芸能人の間では有名な会員制のお店ばかりで、外から見ると何のお店が入っているのか分からないようになっていました。 ダイニングバー、ラウンジ、カラオケなどの店舗が入っていて、同じビル内でそれぞれのお店が楽しめるので、芸能人にとっては隠れ家的ビルとして多くの人が利用していたとか。 あまり顔を見られたくない芸能人にとってはうってつけのビルだったのです。 カラオケバーにて元暴走族メンバーと合流 出典: そんな「バルビゾン27」の中で海老蔵さんは11階の「マーキス」というカラオケバーで飲んでいました。 こちらのカラオケバーは完全会員制。 お店に連絡を入れないとエレベーターは11階でとまらないようになっていました。 徹底的にプライベートを守るお店だったようです。 しばらく飲んでいた海老蔵さんですが、途中、仲間は先に帰ります。 海老蔵さんは飲み足りなかったのか一人残り、同じ店にいた8人前後のグループと一緒に飲み始めました。 この時、合流したのが正に関東連合の元リーダー・石元太一さん率いる暴走族のグループだったのです。 ダーツバーにてモデルと合流 出典: 2010年11月25日AM 3:00。 石元太一さん率いるグループと一緒に飲んでいた海老蔵さんは更に盛り上がり、同じビルの中のダーツバー「フィオレット」に移動しました。 こちらの「フィオレット」も指紋認証がなければ入れないシステム。 海老蔵さんがお店に移動した時は、モデルの藤井リナさんがいらっしゃったそうです。 藤井リナも関東連合と深い仲にあるよな 常連さんには佐々木希さん、今話題の沢尻エリカさん、泥沼離婚のあびる優さんなどもいらっしゃったとか。 本当かウソかは分かりませんが、海老蔵さんは藤井リナさんをしつこく口説いていたとかなんとか。 当時、小林麻央と結婚したばっかりの新婚でこれだったらアルコールだけが言い訳にはなりませんよね。。。 sponichi. jp この事件で有名になったのは、海老蔵さんが灰皿にテキーラを注ぎ、関東連合メンバーに飲むことを強要したという件。 これは本当だったのでしょうか? この時、海老蔵さんは藤井リナさんを口説こうとしていたものの、簡単にあしらわれたからか不機嫌になっていました。 そしてあの石元太一さんにまで絡んだといいます。 海老蔵さんは酒癖の悪さは有名で海老蔵さんNGにしている飲食店もあるんだとか。 海老蔵さんはこの時の様子を「酔いつぶれていた人を介抱していたら殴られた」と話しています。 ですが、実は酔いつぶれていた石元太一さんに「寝るんじゃない、大丈夫か!?」と声をかけ、髪の毛をつかんで姿勢を立たたせようとしたとか。 そして、灰皿にテキーラを入れて無理矢理飲ませようとしたのだそう。 これが介抱??? 時間が進み、石元太一さんのグループに後輩たちが合流しました。 そうです。 ここで合流したのが伊藤リオンさん。 海老蔵さんに暴行したとされる男性です。 海老蔵「俺は人間国宝だ!」発言 出典: お酒に泥酔している海老蔵さんは気持ちが大きくなったのでしょう。 「俺は、人間国宝だ!」と叫んだそうです。 石元太一さんも伊藤リオンさんも同席している席で調子に乗っている海老蔵さん。 石元さんにも「お前、もっと飲めるだろ?」と煽ったり、酒を頭から浴びせるなどもしたと言います。 ここまでくると事件は起こるべくして起こったとしか言いようがありません。 同席していた伊藤リオンさんは「先輩がバカにされている!」 そう思ったのです。 そして、海老蔵さんを殴ってしまいました。 我慢の限界にきていて勢いづいた伊藤リオンさんは、殴る蹴るを続けたそうです。 周りは最早止められなかったと言います。 海老蔵さんも我に返り、謝罪の言葉を口にしたのですが、伊藤リオンさんは止まらない。 身の危険を感じた海老蔵さんはお店の非常階段から逃走しました。 血を流しながらタクシーに乗り命からがら家に到着。 ボコボコで血に染まった海老蔵さんを見てびっくりした妻・小林麻央さんはすぐに110番へ通報。 これが事件の全貌だったんですね。。

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海老蔵「泣いて土下座」 関東連合元幹部を直撃! 逃亡中の元リーダーどこへ… (1/2ページ)

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関東連合元リーダーが、本名「柴田大輔」で著した「酒鬼薔薇聖斗と関東連合」が刊行された。 神戸事件当時、房内の柴田氏は同じ非行少年の事件に興味を覚え、記事を読み漁る。 そして手記「絶歌」発売をきっかけに接触に成功。 2人の「元少年A」対峙の果てに浮かび上がった猟奇犯の正体を、柴田氏が緊急寄稿する。 1997年6月28日、神戸連続児童殺傷事件の犯人・酒鬼薔薇聖斗が逮捕される。 当時私は、対立グループとの抗争事件で逮捕され、凶器準備集合罪と傷害致死の罪に問われていた。 14歳の猟奇犯逮捕は、ちょうど鑑別所に収容される少し前の時期だった。 酒鬼薔薇による事件を振り返ろう。 97年2月10日、神戸市須磨区の路上で小学生の女児2人をゴム製のハンマーで殴り、1人に重傷を負わせる。 3月16日には同区公園で、10歳の山下彩花さんを八角げんのうで殴り、脳挫傷で死亡させる。 直後には、小学生女児を小刀で刺傷させた。 5月24日に小学校5年生の土師淳さんを、近隣の「タンク山」に誘い出し絞殺。 翌日に首を切断し、25日には口内に手紙を入れ、市立友が丘中学校の校門の上に置いた。 事件を知った、18歳の私の感想は実に稚拙で、 「14歳の時には非行少年だったが、自分に同じ事ができただろうか? 今ならできるだろうか?」 というものだった。 いくら自問を重ねても、答えは「ノー」。 こうして興味を持った私は、いつもの癖で、酒鬼薔薇について書かれたものを読み漁っていく。 2010年の「朝青龍暴行事件」「市川海老蔵暴行事件」で「関東連合」は、日本の伝統文化の破壊者として全国的に知れわたる。 すでにITなどで事業を興していた私も、「元リーダー」としてネットを中心に「デマ」が書き込まれ、不動産取引もできない状態となった。 12年にはメンバーによる人違い撲殺事件、「六本木フラワー事件」が発生。 主犯格の「見立君」=見立真一容疑者・37=は、海外逃亡し国際指名手配となる。 無関係な私も事件関係者の対立に巻き込まれ、自首した2名の支援者となったことで、「見立君」と対立。 「見立君」は、 「柴田を殺せ! 家族もオンナも皆殺しだ!」 と海外から指令を出した。 このような目まぐるしさから、「酒鬼薔薇聖斗」は私の中で、記憶と忘却の狭間に置かれることとなった。 しかし、2015年6月28日、事件が起きる。 酒鬼薔薇が「元少年A」として手記「絶歌」を出版したのだ。 「性的サディズム」と診断されたA氏だが、私は「見立君」を思い出さずにいられない。 暴力を働く不良少年と、拷問を働くサディストの間にはかい離がある。 両者の境界線を、私は「集団と単独」、「暴力と性の結びつきの有無」と考えている。 「見立君」には単独での強姦歴があり、A氏もまた単独犯行の中で射精を経験している。 そして「サディスト」はなぜかカリスマ性を持ち、集団を導くのだ。 本作より、本名を明かす。 関東連合元リーダー。 ITや芸能の分野で活動後、警察当局に関東連合最大の資金源と目されていた。 現在は、執筆活動を中心にスマホアプリの開発・運営をしている。 最新作「聖域」(宝島社)では「関東連合の金脈とVIPコネクション」を描く。

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市川海老蔵暴行事件の真相!関東連合の石本太一と伊藤リオンの現在も総まとめ

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〈相手に向かって金属バットをフルスイングし、意識を失うまで叩いたこともある。 血を吐き、気絶をしようが関係ない。 自分には負けは許されない。 終わりのない出口に向かって、自分の正義を貫き通してきた。 〉 凄惨で生々しい暴力シーンだが、これは空想の"アウトロー小説"ではなく、回顧録の一節だ。 著者は、石元太一氏。 その肩書きは、関東連合「千歳台ブラックエンペラー」第16代目総長。 あの騒動から約1年8カ月たった今夏、石元氏が『不良録』(双葉社刊=8月22日発売)と題した"自叙伝"を上梓。 その内容たるや、ヤクザだった父親の話に始まり、喧嘩に明け暮れた青春、少年院の中の様子、そして暴走族引退後の芸能人との交流までと、まさに実録・不良小説だ。 そこで本誌は、石元氏に独占インタビューを敢行。 出版の経緯を聞いた。 「この本で、自らの過去を"正当化"しようという気はさらさらない。 いうなれば、これはオレの"懺悔録"です。 オレがやってきたことを包み隠さず晒して、一度、底辺まで落ちようと思ったんです」 開口一番、こう話す石元氏。 「底辺まで落ちようと思った」という言葉に象徴されるように、暴走族時代の話は、同じ人間とは思えない狂気を感じさせる。 「いま思えば、関東連合にいた頃は異常な精神状態でしたね。 あの頃のオレは、相手がどうなるかなんて考えてもいませんでした」 良識のある人間からすれば、彼の過去の行ないは、糾弾すべき話だろう。 しかし、石元氏は世間からの非難を覚悟のうえで、いま何かを伝えようとしているのだ。 その一つが、同書にもある「海老蔵事件報道のウソ」だ。 「あの事件に関しては、収まった話を蒸し返して、本当の真実はどうだったかと告げ口のような真似をするつもりもない。 オレからいえるのは、酒の席でのトラブルがたまたま関東連合の人間と歌舞伎役者だっただけのことで、それ以上でもそれ以下でもないんです。 ただ、その後のマスコミ報道が事実とかけ離れていた点だけは正したい」 実際、当時のマスコミ報道やインターネットの書き込みは"誤報"だらけだった。 石元氏ではない人間の写真が、本人として掲載されたことも数知れず。 なかでも、とんでもないデマというのは、和解に関して、海老蔵サイドから1億円規模の多額の示談金が支払われたという噂だ。 こんな報道を聞けば、世間は"関東連合が海老蔵を脅迫した"と捉えるはず。 「断言しますが、オレが海老蔵さんサイドからおカネを貰ったという事実は一切ありません。 それどころか、オレや仲間の弁護士費用に何百万というカネがかかって、大赤字でした」 それ以外にも、いまだから語れる石元氏の海老蔵に対する"想い"も書かれており、読む人は"意外な事実"に驚くことだろう。 「海老蔵事件」だけではなく「関東連合」についても彼は、その正体を詳しく明かしてくれた。 「関東連合とは世田谷区と杉並区を拠点とした、暴走族の"連合組織"ですね。 オレがいた頃は、宮前愚連隊、用賀喧嘩会、千歳台ブラックエンペラー、鬼面党、小次郎の5つのグループが加入していました。 ただ、それでも現役メンバーは社会不在の人を除けば30人程度で、大所帯の暴走族ではないんですよ」 世間的には巨大な悪の組織というイメージを持たれているが、現実は規模も小さかった。 しかし、最強の暴走族であったのは事実。 「関東連合は、単車を乗り回して暴走行為を繰り広げる暴走族とは違う。 金属バットと包丁を片手に街をパトロールし、よその暴走族を発見したらすぐに"襲撃"するゲリラ部隊でした」 前掲書には、そんな襲撃の日々が生々しく描かれている。 たとえば、敵対する「全狂連(全日本狂走連盟)」との抗争シーン。 〈全狂連に怒りを感じたオレは、引退した身ながら、後輩たちとともに、パトロールを開始した。 すると偶然にも、目の前のワゴン車に全狂連の連中がビッシリ乗りこんでいるではないか。 車は何台も連なっており、全部で20~30人の敵がそこにいたと思う。

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